財団調査隊   作:茶漬四郎

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以前投稿した「室内一万年の旅」の加筆,再考です。


次元を超えた殺意
OJTには余裕がない


 その夜、さくらみこは友人二人と共に初めてくる焼肉屋へと来ていた。野菜を食べたがらない青髪の友人は、網の上で焼きあがった肉を次から次へと口へ放り込んでいく。

焼く係りを買って出てしまったみこは、その労働の対価をもらえることが出来ず、しまいには泣き出してしまった。

「せっかくアタシらが移籍を手伝おうと思ったのにさー。労働を返せー!」と青髪の友人はチュパチュパと割りばしについたタレと肉汁を吸いながら強気でみこに言い放った。

「だってぇ…そんなのみこもよく知らなかったんですケド…」とみこ。「ちなみに何をするつもりだったんだよ」と聞いてみると、ガン飛ばされながら「んなもん下克上に決まってんだろー。」と返される。その気迫に怯んでいるみこを「アハハ」と笑ったもう一人の友人であるフェネックは皿を差し出し助け舟を出した。

「みこち、これ食べな。」

「ポゥポゥ…」と彼女は眼を輝かせる。

しかしそれはキムチだった。

「あの、みこはお肉が食べたいんですケド…」

「甘えんなよ。自分の分は自分で焼けよ。」

「ポゥポゥ?」

すると今度は青髪の方が手を差し伸べてきた。

「しょーが無いから、すいちゃんが焼いてあげるよ。」

その優しさに一瞬感動したみこだったが、悲しくも背後に何かあるのではないかと疑ってしまう。

「解釈不一致だなあ」

「お前を焼いてもいいんだぞ。」

「!?」

3人が追加の料理を頼んだ後、フェネックがテーブルに肘を立ててみこに話しかける。

「で、みこちは最近どうなの?仕事の方は。」

話題を振られたみこは待ってましたと言わんばかりに喉を鳴らした。

「今、みことフブさん無敵状態」

してやったりと言わんばかりの表情に、話を聞いていた二人は「カカカ」と笑い、終わりが見えているから当然だろ、と付け加えた。

「辞める間際って一番楽しいもんね。」

「んで。フブさん今どうしてんの。」

待ち合わせに遅れて来ると言っていたフブキは今なお顔を出さないのだ。

まるで女子高生の無駄使いのような空気が周囲に漂う。その中のうち一人はちょくちょく幼児になるのがまたコントのようで店員は笑いをこらえるのに必死だ。

「フブさん今調書取ってるの」それからニカッと笑って「みこはちなみにすぐ終わりました」と得意気に伝える。

「またー?何したのさ、みこち。」と二人からの質問を受け、みこは何が起こったのか話し始める。

「みんなはさ。死神って信じる?」

 

 もし白上フブキが自由に報告書を書くことが出来たのなら、その冒頭は「今にして思えば全ての始まりは一週間前に国道で発生した自動車多重事故であろう。」という小説のようなものから始まっただろう。

その日、アリスの運転する自動車に同乗したフブキとみこは渋滞に巻き込まれていた。

「この前寝ぼけてテレビつけたらさ…乳首ドーンって映っててびっくりしちゃった」

「それ相撲中継だったって落ちですか?」

苛立つ運転手をよそに後部座席でイチャイチャし始める二人に対して、彼女はH公園の報告書について尋ねると押し黙ってしまった。

してやったりとしたアリスは、トントンと頬を指でたたき、渋滞のはるか先をぼんやりと眺める。彼女は「あ」と声を上げると、フブみこの二人はズイッと身を乗り出してアリスと同じ方向に目線をやる。

「なんかあったのかな」とみこ。

その視線の先には騒ぐ女性とそれをなだめる警官がいた。騒ぎは大きくなり、後ろにいた運転手たちも車外へ出て「なんだ、なんだ」と加わり始める。

フブキはアリスに「出て行かなくていいの?」と尋ねると、彼女は少し考えてからため息をついた。シートベルトを外し、二人に目で合図を送ったとき、前方から大きな金属が地面にたたきつぶされる音と、大きな火柱が打ち上がるのが見えた。

あまりの出来事に「あー」と目を丸くする一行。それを見たアリスは「トラウマだなー」とつぶやいた。

 それから一週間が経ち、財団のV市本部に厄介な依頼者が訪れた。

自身をミセス・カーモディと名乗り、有名な占いなのだという。白髪をうっすらとピンク色に染め、痩せこけたその顔には年齢以上の皺が目立つ。

凛と背筋を伸ばして、聖書のようなものを片手に取った彼女は、貧乏くじを引かされたみこと対面した。

カーモディは「にぇ」と二日酔いに苦しむような表情を隠さないみこに動じない。

ゆっくりと、なんだか空気を食べているような口調で彼女は話し始める。

「死神が来ている。」

「にぇ」

「彼らの手からは逃げられないの。」

「みこ、死んでるってこと?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。」

みこの頭がゆっくりとこんがらがっていく。カーモディは手帳を差し出した。それは今時珍しい新聞のスクラップ集だった。

そこには死亡事故の記事が貼られており、あまりの悪趣味に顔が青くなる。カーモディの不気味な口調がいうには、この犠牲者たちは先に起きた事故で死ぬ運命だった者たちなのだという。

彼女は最終目的地論とその考えを名付けているようだった。

「へ?」

アノマリー案件だろうか。

不思議そうにアホ毛がゲンナリする。

「ある女性が訪れたのです。事故の前に夢を見たと、寸で車から降りたら事故が起こったというのです。そして夢の順番どおりに生還者たちが次々と命を落としていったのです。」

彼女は誰もサイクルからは逃れられないのだと言った。

「それでこちらにはどういった用件で…」

「まだサイクルは終わっていないのです。私の見聞によると、まだ何人か対象者が存在しております。ご興味ありませんか?」

にっこりとほほ笑むミセス・カーモディはやはり悪趣味な女性だとみこは思った。

 みこはこの話を本部内で共有し、フブキには直接口頭で伝える。

彼女はキラキラと興味を持ち、「あの事故の裏にそんな出来事が起きてたんですねえ。」としみじみ話した。

その日、彼女らはストーカー被害で悩む女性に話を聞きに行く予定だった。丁度その頃はH公園の事務処理が落ち着いてきており、フブキとみこの移籍話が水面下で本格的に動き始めていた。この話は本部では係長以下の職員には何も知らせず、管理職、人事部の人間しか共有されていなかった。慌ただしく動く彼らの姿はどこか滑稽だ。

あれほど頑として意見を受け入れなかった彼らが、今やこちらの様子を窺うようにアプローチを仕掛けてくる。当初、二人は何も考えずに移籍の希望を出した。話こそ暖かく聞いてくれたものの、自己反省の余地大いにあり、と言った結論になってしまい彼女らは深夜のラーメンを爆食する羽目になる。

しかし今や彼らは血相を変えている。

フブキは誰かが推薦書を書いてくれたのではないか、と想像するのだった。

「さすがに本当かどうかはわかりませんけどね。」

「推薦書にぇ…」

夢にまで見た最高の贈り物だ。しかし、みこは現実的に自虐的に返答する。

「本当に書いてくれんの?それ」

フブキはうーんとうねり、腕を組む。

「書いてくれってこっちからお願いするのはさすがに図々しいですし、もし誰かがやってくれるなら、こことおさらばは堅いですよ。」

そもそも推薦書は第3組織がその人材を欲しいという意思を書面化したものであり、書類作業で手間のかかる事柄であるから、そのほとんどは腰が重くなってしまうのだ。

ピクピクと耳を動かし考える白狐は見ていて癒しになるほどかわいい。

そうこうしているうちに二人の先輩である森本遥香がやって来た。今日はいつもと違って低気圧なのかそれとも花粉のせいか、不機嫌そうに見えた。

彼女は今回から二人に同行して調査を見守る子守として、係長から派遣されたのだった。

フブみこコンビのOJTであり、それが最適だと判断されたのだが、ここに来るからと言って本来の業務が減るわけでもなく、仕事ばかりが増えていく。対価として得られるものと言えば、残業時間が必然的に増え、生活費が若干潤うくらいである。

「この前の公園の事か…」とみこは予想する。上の者は改善報告書の提出に時間をかけていたらしく、その解決策がこれなのだと理解した。今朝、特に説明を受けるわけでなく、人をつけるから安心してね、と係長から言われたことを思い出した。

「みこ、この人苦手なんですケド」とフブキに耳打ちすると顔の出ていることを注意された。

OJTである森本にとっても、この決断には不満があった。二人の昇格試験時には最大の功労者であり、キャリアを通し育ての親ともいえる存在なのだ。そんな彼女からしたら、手塩にかけて職員として送り出した二人が不合格の烙印を押されたのはキャリアに汚点が付いたも同然なのだ。それは自身の功績を否定されたと、森本には受け取られた。

その上、当の本人たちはどこ吹く風と言った具合でさらに不快を増していくがそれを何とか抑える。

一通りの安全事項を説明すると、彼女は感情を押し殺して次のように念押しする。

「何考えているかは知らないけど、逃げちゃだめよ。」

みこは珍しくドキリとした。

「せっかく昇給できたのに、ここで逃げたら手伝ってくれた先輩たちや上司の想いを無碍にするのよ。ちゃんと考えようね。」

森本が何も耳にしていないことを祈るばかりである。しかしその心配もフブキは知ったことかと言わんばかりに隠れて口笛を吹く始末だ。

 二人は森本の運転する車に乗り、丘の上に住む辺理貴道氏の自宅へと向かう。ここの夫人のアリサがストーカー被害に悩んでいるというのだ。

車を走らせている間、森本は後輩二人に対して暇つぶしにクイズを出した。その内容は数カ月前に実施された昇格試験の内容だった。

「本部のモットー言える?」

その声は、不幸にも隣の助手席に座るフブキに向けられた。苦虫を押しつぶしたような表情を噛みしめ、彼女はチラリとバックミラーを覗く。後部座席に座るみこは窓の外に注目しており見向きもしない。

「注視、注目、自問自答です。」

フブキがそう答えると森本は満足そうに頷いた。そして矛先は後ろのみこに向けられた。

「にぇ」

「にぇ?」

「あ、はい!」

今の今まで車窓を見ていたせいか、反応が悪い。

「その返事はやめなさいって指導したよね?」

「スイマセン」

「みこち、すいませんじゃなくて、すみませんね。」

話を聞いていなかったであろうと予想し、同じ質問をみこにぶつける。すると彼女はキョトンと目を点にし、少し考えてから「ぜ、漸進主義」と返した。

「それは組合でしょ。」とハンドルを握る手に力がこもりながら大きめの溜息を吐く。

その様子を見てフブキは「いいじゃないか。」と内心文句を言う。

そんなの覚えたって何一つ給料には反映されない。覚えるのも仕事と言うのなら、覚えるまでの過程でも給料が発生されなければおかしい。しかしその理屈は通用しない。

何故なら昇格は自分の意思であり、強制ではないのだ。試験に必要な勉強はあくまで自分の都合で発生しているというスタンスなので、時給は発生しないのだ。

覚えたくなければ覚えなくてもいい、ただし上には行けなくなる。それだけなのだ。

もっともみこの場合、覚えたくても覚えられないのだが。

みこは話の合間に密かに窓の外へと視線を移し、道行く人たちを見ては各々の人生を想像する。みこ達のような経験をして社会を動かしているのかと思うと、尊敬しかできない。

車が急こう配に差し掛かり一度停止した。

「結構急ね。」とぼやく声が運転席から聞こえてくる。力強くアクセルを踏むと、モーターが一層回転する振動が響き、ジェットコースターのように重心が後ろに投げ倒される。対向車が来ないよう祈りながら、車が後ろに滑らないよう注意しているのか、森本からの会話は途切れた。

しめた!と思った二人は一斉に意識を車窓の外へとむける。

「みこ、みんなが誇らしいよ」

みこは一人、ポツリとつぶやいた。

 

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