財団調査隊   作:茶漬四郎

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二人の直感

 貴道氏は一言でいうとガサツな印象を受ける人物だった。薄い縁の眼鏡に長くなりかけた無精髭を携え、天然パーマなのか寝癖なのかわからない髪型、アリサ夫人とは真逆である。

本棚にスティーブ・ジョブスの伝記があったので、もしかしたら何かしらの影響を受けたのかもしれない。

3人は夫婦と対面するような形でテーブルに着き、差し出された紅茶を口にした。アロマの香りが鼻腔をつく。

誰も何も言わない重苦しい空気に耐え兼ねたアリサ夫人がとうとう口を開いた。その内容はストーカーについてだ。

この一週間の間に、人の視線や背後から気配を感じる事が多々あったという。反面、よくある郵便物の物色や、身の回りの私物には何も実害がないことなどから本当かどうか、自分でも怪しいということを素直に伝えてきた。

「私も娘の登下校に付き添うこともありますし、町内の行事に参加もしております。私はともかく、娘に危害が加わるんじゃないかと心配で…。」

夫人の言うことはもっともだった。自身はともかく、幼い我が子の身を案じているのだ。言葉の節々に不安でいっぱいなことが感じ取れた。

それを夫である貴道氏はそれを軽くあしらう。

「ただの気のせいだろ?」

夫人は「でも…」と弱い声で反論する。

「この前事故に巻き込まれたじゃない。その時は無事だったけど、何か起こってからじゃ遅いのよ。」

「事故とストーカーは関係ないだろ。」

事故の内容はまだわからないが、この状況では貴道氏の意見に理があるように受け取れる。

しかし、夫人が「敷地の中に入ってきてるかもしれないじゃない。」と発言するとフブキとみこの中で、意見を一転させた。

「何があったんですか?」とみこが貴道とアリサの間に入る。

「ガレージの動作不良ですよ。」と貴道。

「へ?」

「センサー感知でシャッターが自動で上がるんです。誰もいないところで動いたものだから、コイツ神経質になっちゃって。」

フブキが夫人を安心させようと「念のためにガレージも調べましょう。」と助け船を出すも貴道によって沈められる。

「これからガレージに行って調整するんで、気にしないで下さい。」

「え?」と再びみこがふ抜けた声を上げる。

それから氏は軽くあいさつを済ませると、本当にガレージへと向かっていってしまった。

「え?」と三度みこ。

二人は思わず顔を見合わせる。フブキの瞳はパチパチと何かを感じ取ったように瞬いていた。

夫人の方に視線を戻すと、彼女は静かに下を向いていたまま何も話さなくなった。彼女の心境は察するに、頼る相手が身近にいない孤立無援なのだ。

恐らく発端は先ほど少し話した事故から無事に帰ってきたこと。悪い事の連鎖が起こるのではないかと言う直感にも似た恐怖なのだ。そして極めつけは何故か作動したガレージのシャッターである。

「ハインリヒの法則って聞いたことありますか?」

あったかなあ、とみこは首をかしげる。

「大きな災害は小さい災害の積み重ねから起こるって意味です。夫から聞いた知識なんですけどね。」と夫人は微笑んだ。

つまり、アリサの心配はこれからもっと大きな災害が発生するのでないかと言うことだった。

みこは「うん」と頷き、珍しくまじめな顔になり口を開いた。

「ストーカーの話もっと詳しく聞かせてくれませんか。さっき話してたシャッターの事とか。」

少し驚いたようにアリサは顔を上げる。

その言葉を聞いたフブキも「念のため白上が見てきます。」と言ってさっと応接室を出て行った。

「あの…よろしいんでしょうか。」と言う申し訳なさそうな夫人の言葉にみこはまっすぐに答える。

「だいじょーぶです!みこ達、エリートなんで!」

 

 白上フブキのスニーキングスキルは自他ともに認める一級品である。現に貴道氏は、彼女が自ら声をかけるまでフブキに気が付かなかった。

その間、フブキはガレージをぐるりと一周見て回ることが出来たのである。真新しい車庫には不審者の足跡や、窓ガラスに手を置いた後など不審な形跡は見られなかった。ただ一つ気になったのは裏口のドアには剥がれかけた塗料があったことである。

センサーが整備されているということを思い出し、念のためにドアには触れずにじっくりと観察をすると、その剥がれ方は無理やり侵入したようにも、何が重たい物体を不意に当ててしまったようにも見れる。

夫人が感じた不審者の侵入はもしかしたらこのことかもしれないとフブキは思った。新築のガレージに貴道氏が傷をつけるとは考えにくいと思ったのだ。

これ以上の調査は何も得ないと判断したフブキはようやく貴道氏に声をかけた。

「これがさっき言ってたガレージですか。」

白々しいにも程のある演技だが、あくまで初見のていで接すると貴道氏はギョッとした顔で振り返った。「お前…」と低い声で口走ったのを聞き逃さなかった。

慌てて礼儀正しく装うも遅い。

「どうしたんですか。もう妻と話し合いは終わったんですか。」しゃがんでいた氏は立ち上がり、フブキを視線の下にとらえる。

「相棒が今話を聞いています。こっちはこっちで不審者の情報を集めに来ました!」

彼女はピコピコと尻尾を振りハキハキと返す。その姿がまぶしい。

「まずは現場検証です!」そう言って何も知らないふりをしてグイグイ詰めると、さすがの貴道氏も彼女の流れを止められない。

車庫の前を何回も行ったり来たりをしてシャッターが動くか確認するも一向に作動しなかった。

「シャッター上がりませんねえ。センサーどこです?」

ハッと氏は我に返る。

「センサーは中にしか設置していないよ。だから外からじゃ開かないんだ。」

こうすれば車に乗ったまま車庫出しがしやすいのだという。

「外出たらどうやってシャッター下すんです?」とフブキからの質問。

「降りて手動だよ。」

「ん?」と疑問を持った。

「車庫入れの時も手動で開けるんだよ。」

「ずいぶん不便ですね。業者のミスですか。」

「いや、自分でやった。車庫自体自分で建てたしね。」

「へ?」

「おかしいよな?やっぱ頭おかしいよな?」

忠道氏はまるで他者を責めるように感情を込める。

その形相の転換にフブキはただならぬ恐怖を感じた。

「奥様がシャッターが上がる音がしたって言ってましたけど。」

「ありえるわけないのさ!」

氏は一段と声のトーンを上げた。

「前通ったって反応しないんだから。」

フブキは「じゃあ」と言葉初めをかんで自身の恐ろしい考えを口にする。

「車庫の中にいたってことですか?」

「ハハハ!それはないよ!だって裏口には鍵がかかってるからさ!」

その時フワリと何かがフブキの背後を通り過ぎたような気がした。彼女の直感が振り向いては行けないと伝えて来る。

思えば何もないはずなのに微かに残る野生の勘だろうか。こちらを振り拭いて話す忠道氏は顔色一つ変えないので、誰かいるはずはない。

 

 その頃、応接室ではみこが主体的にアリサ夫人から話を聞いていた。その少し前、森本は彼女に自分で動くようにと耳打ちをする。

OJTである彼女からすれば、後輩の成長を確かめるいい機会なのである。

みこのつたない日本語に心なしかアリサ夫人の態度が少し柔らかくなってくる。夫人がお代わりの紅茶を持ってきた時、みこのリュックがモゾモゾと動き出した。

森本はこの時初めてみこがリュックを背負ったままなのを視認し、呆れたように顔を曇らせる。「またこの子は…」とその口を開けるとそこにはM字に足を開脚させた二頭身の白い猫が寝そばっていた。

「きゃあ」と森本が声を上げると異変に気付いたみこが素早く背後に手を回し、35Pを引っ張り出した。その個体はピンク色のハッピを身にまとい、背中には「さくら組45番対体調1145の人」と書かれていた。

「テメ!」とマーモットのような叫び声を出し、往復ビンタでぷにぷにの頬をはたく

「TPOわきまえろよ!1145って明らかに下ネタじゃねえか!」

はたから見ても意識が朦朧としてしてきたその35Pは必死に手を振り、それを否定しようとする。ビンタが終わりスタッと机の上に降り立つと、まずは夫人に頭を下げて挨拶をする。

礼儀正しい者だ。

しかしタイミング悪く鼻血が垂れてしまう。みこのチョップが頭をえぐる。

それからその猫は皆の注目が集まる中、足を開いて中腰に、両手を開いて足を大きく抱え込んだ。

「もしかして四股踏んでる?」

正解だったようだ。「ペッ」とみこの吐いたつばが35Pの口に入った。

そして「お見苦しものをお見せしました」とみこが謝罪するとアリサに話の続きを促した。

「さっきの話だと一週間前でしたっけ?」

「ええ、シャッターが上がったのはその頃です。その日から後をつけられていたり、人の気配を感じる事がおきまして…主人はセンサーの誤作動だ、なんて言ってましたけど。何せ事故のあとでしょう?気になってしまって。」

「事故と言うのは?」

「国道での多重事故です。間一髪巻き込まれませんでしたけど。」

ああ、とみこは天井を見上げ、すぐあ”!と鈍い声を上げた。

「旦那さんあの事故に遭遇してたんですか!?」

その様子に驚いた森本が「どうしたの」と声をかける。みこは再度、ミセス・カーモディの話と事故の概要を説明した。森本は怪訝そうな顔をした。

「その頃から主人の様子がおかしくなったんです。」と夫人。

「最初はショックだったのかと思いましたが、以前もストーカーに遭った時は親身になってくれたので。」

「奥さんこれ2回目?」モテすぎだろ、とみこ。

夫人は不満が溜まっているらしく、その口は止まらない。

「挙句に最近はずっとシャッターが、なんて言いだして、そうまでしてストーカーの可能性を消したいのかしら…。」

溜息をつく夫人はやり場のない気持ちを押し殺したようにつぶやいた

 

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