財団調査隊   作:茶漬四郎

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ストーカーほどストーカーと認めない

 白上フブキはご機嫌が斜めであり、さくらみこはその理由を知っていた。二人はアリサ夫人が娘と下校する日に限り、道中の警護を買って出たのである。係長や森本はその提案にあまり良い顔をしなかったが、半ば匙を投げるように承諾したのだった。

午後3時と言うこともあり、天高く晴天が広がり、近辺も目の行く隅々まで空気がいきわたっている。道行く学童たちは帰路へ向かう最中に白狐たちに会うと、見ず知らずであるにもかかわらず挨拶をしてくれる。最近は防犯上声掛けを嫌厭している地域があると聞いていたが、ここは違うようだ。

挨拶にはにこやかに挨拶で返す。時折手を振り、気分はプリンセスだ。

「あ!桜だ!」とみこが指をさして言うもフブキはツーンとそっぽを向いた。

「満開の桜って綺麗だよねえ…。あ!そうだ!お花見行こうよ、フブさん!」

フブキはシカトを決め込むも、歩くスピードはみこに合わせている。つまり本心では嫌っていないのだ。

次にみこはカバンの中から35Pを呼び出し、その手に持った紙袋を手に取る。温かく、甘いにおいが漂った。

「フブさん…これどうぞ」とみこはガサゴソとその中から一尾のたい焼きを取り出してズイ、とフブキの顔に近づけた。チラリと横目で獲物を目でとらえると、甘い桜餅餡の匂いがした。パクッと口で噛みつき、ムシャムシャと食べ始める。

みこは動物園を思い出した。

「何勝手に動いとんじゃい!」

彼女はみこがアリスに推薦書をお願いしたことに怒っていたのだ。

グワッと開いた口からは八重歯がのぞき、ピンク色の餡が宙を舞う。

「ごめんよぉ…嫌だった?」とみこは申し訳なさそうに言うと、フブキは早口で「自分から言いたかったんです!」とムーと頬を膨らませた。

「たい焼きもらったからいいとしましょう。」

パクパクと尻尾まで詰め込むと、フブキはみこの手に持っている本を指さした。

「それ、参考書ですか?」

「うん!学科試験の対策!」

キラリとフブキの眼が光る。彼女の仕返しタイムの始まりだ。

ヒョイ、と参考書を手に取り問題を出した。

「白上が今から問題を出しますね。訳して下さい。What kind of pet do you have?」

「そんなん簡単だよ」とみこは一瞥する。

「どんなハブがペットですか」

「あ、落ちたわコレ。」

「なぁんでだよぉぉぉ!」

ボケたつもりが冷静にツッコまれてしまった。もっとも、どこまで本気なのかも怪しい。

すぐ近くから軽い足取りの音がこちらに向かってくるのが聞こえる。歩幅短く、慌てているようである。その方角に目をやると、髪を結った少女が全力で走ってくるのが見えた。

少女は制服姿の二人の前まで来ると息も絶え絶えに「お母さんが」とつぶやく。

青色のランドセルには「辺里」と名札がつけられていた。

状況を察したフブキとみこはお互いに顔を見合わせ、血相を変えて走り出した。全力と言っても少女と同じ速度だったので、目的地までスムーズにたどり着くことが出来た。

そこには大柄な男性に言い寄られているアリサ夫人の姿があった。みこの直感が働きすぐにアリスへ連絡を取る。

背丈は180センチほどあるであろう、角刈りでやや釣り目の男は夫人と2歩ほどの距離を置いている。しかしその威圧感は絶大であった。

「アレが例のストーカーですか。」とフブキはみこに耳打ちする。

「夫人のストーカーか。不倫相手じゃなさなさそうだにぇ」

二人はヨシッと見合わせて呼吸を整えると、意を決して一歩前へ出た。

「おい!ストーカー!その人からは慣れろっ‼」

みこがそう叫ぶとストーカーと呼ばれた男はギョッとした顔で振り返り、たどたどしく言葉がマシンガンのように彼の口から放たれる。否定しているようだが、あまりにも疑わしく、みこ達は睨み続けたままだ。

何を言っても無駄だと観念した男は唾を飛ばしながら次のように答えた。

「ス、ストーカーはストーカーでも、俺はハンターだ!愛の」

「…認めやがりましたよ。コイツ」

「ヤッちゃう?フブさん」

「ダァー‼待って!待って!殺意マシマシの眼で俺を見るのはやめて!その檜の棒どこから出したの!」

「ケツにぶっさす」

その心構えは一騎当千のごとく鬼神に満ちていた。 

「君たちぃ!ちょっと待ってくれ!」場の不利を察した男は手を前に差し出してけん制のポーズをとる。

「本当はストーカーなんかじゃないんだ!俺はただ奥さんが心配で!」

「辞世の句は読めたか?」みこは話をあえて聞かない。

「さっき自分で認めたじゃねーか。」

「でも本当に違うんだ、信じてほしい!」

確かにジャージを着ているとはいえ、容姿は不審者のようではない。

男が言うには、アリサとの出会いは市の催し物からだったという。その時は家族3人で仲睦ましい様子が印象的だった。しかしここ最近旦那の姿が見えず、日に日に母子の表情が曇って行ったのだという。それを間近で見ていたものだから心が痛むのだ。

「間近で見るってのがキモいよなー」とみこ。その手に持った棒をパチパチとたたく。

「正確には周囲3メートル以内だ。」

つまり約10歩分の距離と言うことである。

男は精神的にタフのようで、この状況でも突破口を見つけ出そうとしていた。

「そういう貴様らの方こそストーカーじゃないのか!」

「は?」

「は?」

「俺はただ、奥さんが心配だったから!影から見守っていただけだ!!」

「それアイドルにつきまとう理由ナンバー1じゃねーか。」

「みこ達はそこの奥さんに依頼されたんだよ。非モテなうえに不法侵入とかやめとけよ。それ以上罪を重ねるな」

「不法侵入?不細工なのは認めるが、スニーキングはしてないぞ。プライベートエリアには入っていないからな。」

埒が明かないと判断したみこは彼女による即決裁判を実行することにした。

ブスリという鈍い音と共に、野太い悲鳴が響いた。

 

 「マンダリン」と呼ばれる後方支援所の事務所は今のご時世では珍しく、LEDライトのような明るい照明は整備されていなかった。室内では朝一から顔を出したっきりの上長である日原を待つアリスの姿があった。

彼女はフブキとみことの合同調査の許可を待っているのである。すでに口回しと必要書類は提出しているので後は承認が下りるのを待つだけである。今頃二人はアリサ親子と一緒にいるはずだ。

ガチャリと重厚なドアが開きそこから紺色の制服に身を包んだ志村、伊東そしてなぜか全身青い戌神ころねが入ってきた。

アリスは一人一人に「お疲れ様です。」と声をかけ、笑いを堪えながらころねに顔を向ける。「こーね?どうしたのそれ。いろいろ聞きたいんだけど、飲み過ぎた?」

ころねはプクク、と笑う。

「違うよ、アリスちゃん。こーねは二人みたいなヘマしないよ。」

コツコツと木製の床から足音が反射される。曰く、今日一日お手伝いをしてくれるというので、制服の代わりに自身を紺色に染めたのだそうだ。

「これで早く走れるでな。」

服だけでなく、首より上まで青くし、髪型に至っては何故か後ろに反りたてている。いくらなんでもこれは反則だ。アリスは笑いを堪えることが出来なかったが、その様子をころねはしてやったりと言う表情で見ていた。

彼らは呑みにティで噂になっている人柄が変わってしまった人物についての情報を集めていた。地元のゴシップに収まりそうな内容に何故ここまで人員を割くのか疑問だが、この際聞かないことにする。

伊東が言うには、その人物は酒の趣向とアルコールの強さに大きな変化があったのだという。

日本酒や焼酎よりもワインを飲むようになり、グラス一杯でふ抜けた風船のようになってしまうという証言があった。また、ボトルを入れている店舗では、その存在を忘れた様子が確認された。趣味がコロコロ変わるのとは違い、体質に関係があることなので健康体であれば、突如このように変わるのはおかしいというのだ。

「それとこっちの方が納得しやすいと思うンだけど、この人、自分の子供の名前をよく間違えるらしい。うちの息子はバカで豚みたいに太ってるって。一人娘しかいないのに。」

「あらら。それで?」

「人の中身だけ変わったんじゃないかって仮設たててるとこ。あとね、奥さんが人につきまとわれてるって本人がぼやいてた。」

アリスはふーん、と腕を組み、「もしかして大分蔑ろにしてたりする?」と聞いた。

そこまで言うと志村がアリスの心を読み取ったように発言した。

「もしかして、みこちゃんたちが追ってる一家と同じ人だったりする?」

二人の追ってる件は既に志村率いる班には知れ渡っており、調査中にもしや、と思ったそうだ。

アリスは確信をもって3人に尋ねた。

「その人って建築士じゃない?」

「うん、辺里貴道って人。」

「アリスちゃんなんか知ってるん?」

伊東ところねが言葉を重ねてきた。

「フブみこが担当しているストーカー被害を訴えてきた女性の旦那さんよ、ソレ。」

双方の調査による共通点は、アリサ夫人はストーカーにつけられているかもしれないという点と、家庭内外から見てもわかるほど貴道氏の人格が変化したことである。

「俺は今からみこち達と合流して辺里邸に行ってくるよ。」伊東はそういって出発の準備を行う。アリスもさっきみこからストーカーらしき人物がアリサ夫人に接触しているというので一緒に向かうことにした。

「犯人だったら一応解決なんだがな。」と伊東はぼやいた。

志村は事務所を出て行こうとする二人に声をかけた。

「日原さんも辺里邸の事調べてたりしてな。」

「え」ところねまでも声を上げる。

留守番を頼まれた彼女は「どおして?」と質問する。

「理由は一切書かれていないけど、日原さんから共有された資料には辺里貴道の名前があったのさ。しくった。今見て気づいたよ。」と彼はポリポリと頭をかいた。

「調査期間は一週間前からになってる。」

「ただの不倫じゃなさそうね。でもどおして何も書いてないのん。」と、ころね。

「俺のクリアランスレベルが足りてないのさ。」

「あーね。」と同情するようにつぶやくころねの声を後ろにアリスは伊東を連れて事務所を飛び出した。

 伊東をみこ達が先に向かった辺里邸へと向かわせたアリスは、人がまばらに集まっている現場へと到着した。すでにフブみこの二人がいなくなったその場に、人混みを分けて中央までたどり着くと、そこには若い警察官が地面に倒れたストーカー疑惑の男の側に立っていた。

彼の表情は少し困惑していた。

「お疲れ様です。」と彼女は声をかけると改めて地面に倒れている男性を見る。その顔に見覚えがあった。

「あれ?日原さん?」

警官は察したように顔を緩ませる。

「やっぱ、そうでした?おたくのトコですよね?」

日原上長はケツに長い棒を突き立てられた状態で、気を失っていた。その姿に輝かしい幹部の風貌は感じられない。

 

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