財団調査隊   作:茶漬四郎

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探偵さくらみこ

 ストーカー男をその場に駆けつけてきた警官と、後から来るアリスに任せたみことフブキは、憔悴しきっているアリサ夫人と娘を連れて辺里邸へと来ていた。

彼女は息も絶え絶えに二人に感謝をするも、その様子からはとても現状を整理できていると思えなかった。

これで終わったのか、と安堵する夫人に対し、フブキは現実を見せなければならないと感じた。

「さっき捕まえた男はあくまでストーカー容疑の人物ですよ。不法侵入の件も否定していましたし、情報を精査しなければいけないです。」

そのやり取りに貴道氏が割って入ってくる。

「もう捕まえたんでしょ?」

結論を急ぐ氏に対して不信感をぬぐい切れていないフブキはすぐに唾を返す。

「先ほども言いましたが、あくまで容疑者です。敷地に入ったことを否定しているってことはガレージにもタッチしていないということです。」

「ガレージの事はいいじゃないですか!」

貴道氏は言葉を遮り、そのあまりの横槍にフブキはムッと眉が思わず角度をつける。

やはりそこには何かある、二人の直感は段々と確信へと繋がっていった。

しかしこのままではただの押し問答で終わってしまう。フブキは角度を少し変えてまだストーカーの魔の手があることを話し出した。いや、ストーカーではないのかもしれない。みこは内心考えをまとめていた。

「貴道さんは、ガレージを使う時は裏口を使いますか?」

「いつもシャッターを上げてから入ってるからないよ。」貴道氏は冷静さを装った。

「なら裏口の塗料が剥がれていたり、汚れていたりするのは変じゃないですか?」

彼は唾を飲み込んだ。

「そこから侵入した誰かがセンサーに反応してシャッターが上がったとは考えられませんか。」

「バカ言っちゃいけないよ。施錠されているんだよ。」

「完璧な施錠なんてありませんよ。アナログならなおさらです。過去に鍵の型を取って自作した泥棒がいた例だってあるんですから。」

その時は工事作業員に扮した人物が、持参の粘土でドアに刺さったままで放置されている鍵の型を取り、徹夜で複数本の鍵を作成したのだった。

ポン、とみこはフブキの肩に手を置いた。その表情は何かを理解したように落ちついている。

彼女は「フブさん、みこ、分かっちゃったかも」と静かに呟いて困惑するフブキの前へと出た。

若干不安を覚える。

「今、霧が晴れた」少し間をおいて「にぇ」と付け加えたところからさらに不安が加速する。

しかし何かを言ってしまったら彼女はふてくされてしまうであろう。今のフブキには誰よりも、そしてどんな時よりも固唾を飲んで見守ることしかできなかった。

アリス、いや、伊東でもいい。早く誰か来てくれ。フブキは願った。

「貴道さん、あなたはアノマリーと関わりを持ちましたね」

さくらみこのプレゼンが始まる。下からじっくりと伺うような声に貴道氏はたじろいだ。

そんな彼は息を吐くように「アノマリー?」と返す。なんとなくだが、そのトーンはその存在を知っているかのようにフブキには聞こえた。

「この場合、人知を超えた作用を引き起こす物や物体を指します」

ピクリと態度をこわばられるのをコンビは見逃さなかった。

普通の人ならこの単語を聞いても、キョトンとするのが大概である。

「一般人がアノマリーに触れた場合、その人物は保護、収容、場合によってはその場で終了されます。一番軽くて記憶処理の対処を行います」

えらく難しい内容をスラスラ話すと思ったら、彼女の背中から顔を出す35Pのカンペを読んでいるだけであった。しかし氏は明らかに動揺しており、その効果は絶大だと思われた。

「アノマリーって何のことですか。」

ひっかかった。フブキは密かに拳を握った。

「なら、一緒に確認しましょーよ。ガレージにあるんでしょ?」

みこの凛とした姿勢にまるで別人を見ているような錯覚を覚える。貴道氏はペチャリと口を鳴らす。

「あいにく、ガレージは今から解体するんです。準備しないと、そろそろ業者が来ますので。」

それは初耳だった。奥さんと顔を合わせると小声で「今朝決まったんです。」と伝えられる。

みこはそんな状況でも勢いを崩さない。

「なら、なおさら急ぎましょう」

みこには確信があったのかもしれない。

「アノマリーは言ってしまえば何でもありなんですよ」と人狼を追い詰めたように、はたみかける。

「認識だって変えられるんです。たとえそれが夢の中であろうとも」

「みこさん?」とフブキは驚いて思わず名前を呼んだ。

「あの事故のあった日、あなたも夢の登場人物だったんじゃないですか?夢を見た女性もあなたに会いに来たはずです。それを知ったあなたはその時自分の運命を変える認識操作を行ったんじゃないですか?」

フブキの脳裏に一筋の野望がきらめいた。もしその通りなら、彼女たちは初めてアノマリーの収集に携わることになる。これは大きな成果となるはずだ。

「ミセス・カーモディ、この名前に聞き覚えがありますね?あなたは彼女に会いに行ったはずです」

みこはここで言葉を区切った。

「貴道さん、あなたは何かに触れたんじゃないですか?みこ達にガレージを見せて下さい」

みこの押し切るような口調に、フブキもここぞとばかりに続ける。

「そう言えば三階の書斎を使わなくなったって言ってましたよね。それも何か関係があるんじゃないですか?」

これは憶測だらけの危ない橋である。しかし彼女らがここまで強気で出て行けるのには一つに母子を救ったという事実が大きい。しかも追及する相手は彼女たちではなく旦那である貴道氏なのだ。加えて彼自体の人格やその疑わしい言動は多少の無礼も無視されると、二人は思っている。そもそも怒られる覚悟がなければ、痛みが無ければ、得る物がないのだということを心底分かっているからこその発言だった。

更にみこに勢いを与えたのはミセス・カーモディと言う人物の存在だ。みこはすべては彼女から始まったと考えている。あの人の執念なら貴道氏に接触してもおかしくないのではと言う疑問がみこにはあった。

彼女の持論、いわゆる最終目的地論を支持するわけでは無いが、その時の彼女の目には野心と確信があるように感じられた。それが前日、パッと見えなくなったのには何かあると思ったのである。

 二人の勢いが一段落すると、今まで黙っていた貴道氏は不気味に笑みを浮かべていた。見たかによっては不敵の笑みにも見える。彼にはまだ策があるのだろうか、それともみこの考えは根本的に間違っていたのであろうか。

そんな一抹の不安がみこの中に生まれる。

 アリスと離れた伊東がその場にやって来たのはちょうどそのタイミングであった。

 

 フブキとみこの二人よりも土地勘のある伊東は、辺里邸の立地とその立派なたたずまいに空虚な威厳を感じ取った。それは貴道と言う人物像を知っていたからかもしれない。

背の高いゲートの前には作業着を着た数名の人物達が屯しており、暇を持て余しているようだった。

路上で紙を燃やせない彼らはハイエースの中で電子煙草をふかしている。彼らは制服姿の伊東を目にとらえるとバツの悪そうに顔をしかめたが、特に注意するわけでもないことが分かると安堵した。

彼らは貴道氏の要望によりガレージを解体しに来たのだという。

「今待機中なのネ。」と答えてくれた東南アジア系の作業員には見覚えがあったが、彼が「サイトウ」と呼ばれるのを見て気のせいにすることにした。

 敷地内へ入ると、伊東はまず例のガレージをまじまじと見つめ、フブキ達と同じ軌道をたどる。それから母屋の玄関へとたどり着くと、少し開いた玄関からみこの考察ショーに耳を傾けた。

その内容は先輩としても出来のいいもので、少ない情報量でよくそこまで想像を働かせたものだと感心する。しかし彼女らはいくつかの点で見落としている箇所があった。

そのうちの一つが「貴道氏がミスリード」だった場合である。

みこが提唱していた「最終目的地論」の元となった事例は過去に幾度か確認されており、最古のものではリンカーン暗殺まで遡る。フブキの取り寄せた資料では、とある航空機事故について書かれていた。離陸直前に騒ぎ出したグループは機体から降ろされ、運よく墜落事故に巻き込まれなかったものの、その後に次々と不可解な事故死を迎えるという内容である。

また、その後に発生した高速道路での事故でも同様の事例が発生し、次々と事故から逃れた人間たちが命を落とすも一人だけ生還している。しかしその人物は後に夢で出てきたが、無関係であることが判明する。ここでミスリードの存在が確認された。

つまり、貴道氏が単なるミスリードだとしたら、みこの仮説である「認識操作のアノマリー」を使用したという考えは必然性を失う。

だから伊東には別の考えがあった。それは貴道氏自身がアノマリーと言う内容である。

根拠は人が変わったという証言の数々だ。以前とは違う内面的な人相の変貌はとても短期間で成し得る事ではない。で、あれば渦中の人物は同姓同名の別人と言うことになる。もしそうなら、身内に対しての攻撃的な言動と態度に説明がつく。彼にとっては他人でしかないからだ。もっとも、子供の性別と名前を間違える事は不倫と言う可能性も十分に孕んでいる。

伊東はそこまで考え、場の固まった空間へと一歩入り込んだ。

 

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