財団調査隊   作:茶漬四郎

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1万年の復讐劇

 みこと伊東の二人は先ほど目の前で起こったことに頭が追い付いていなかった。クシャクシャの敷布団よろしく乱れたみこは伊東の下敷きになるも、そんなことは忘れて扉のしまった書斎を見つめる。

その扉は一人でに勢いよく閉まった。誰も手を触れていない。そして中には頭を負傷した貴道氏がいる。

背中から床に倒された伊東はみこを起き上がらせると、ドアノブに手を伸ばし室内を確認する。しかしそこに貴道氏の姿はなかった。 

一連の流れをみこは「わがんない」とアリスからの問いに返した。

彼女は話を聞きながら手に取ったペンをトントンとたたき、「それじゃわからないじゃない。」とつぶやいた。

「ほら、試験対策だと思って。」というアリスの声に、みこは真剣な顔をして初めから話し始めた。

 時は少し遡り、伊東が辺里邸の玄関に突入した頃から始まる。

伊東の登場はみことフブキとの容姿が違う為、辺里母子に安心感を与えたようで、そのメガネから放たれる優しいまなざしに二人は心を開いたようだ。

挨拶と共に状況を軽く説明し、彼は貴道氏に体を向ける。そして決して問い詰めないように注意しながら、あくまで協力してもらう形でガレージを見せてくれるとように頼んだ。

 今にして思えば、この時貴道には何か考えがあったのかもしれない。逃げ場を失った爬虫類ではなく、その目には起死回生を狙っている禍々しい何かがあったように感じた。

氏の表情が一瞬緩んだ後、彼は3人を3階の書斎へと案内することを提案した。

「ガレージの鍵があるんです。」

思えばこの発言はおかしかったように思う。日頃使っているガレージの鍵がなぜ不便な3階にあるのか。ましてや使わなくなった場所である。

しかし彼ら財団職員の不安気をよそに、まるで執事のように貴道氏は言い放った。

「せっかくなので見に来て下さい。」

直感が働いた伊東は歩きだす前にフブキの腕を掴んで小さい声でささやいた。

「悪いけど、ガレージに行ってくれ。」

「へ?白上だけ?」

「うん、一か所に固まっていると全滅したとき大変だから。リスクは分散しよう。それにガレージも見ておきたいしね。」

フブキはなるほど、と言って手をたたいた。ポン、という空気の音が可愛らしい。しかし同時に彼女の内心には、常に危険が隣り合わせなのだという現実を再認識させられる指示であった。

当の貴道氏は何も知らずに前を向いて歩いていたため、階段まで辿り着いて振り返ったとき、後ろにはトコトコをついてくるみこしかいないことに声を上げて驚いた。

「え!あ、あの…他のお二人は…?」

「え!あ!えっと…」淀むみこの背後からスタスタと伊東が追い付いてくる。彼はフブキは少し遅れて来ると話した。

一階から三階まで続く階段はらせん状になっており、トントンと足をたたく音はまるでノックするようである。二階に上がるまで、貴道氏は揚々と己の経歴について話し始める。どこ大卒、どこ入社、資格はいつ取ったか等、自慢そのものだったのが、それが彼の傲慢さを表していた。そして三階へ上がろうとしたとき、パタリと口と足が止まった。

3人の目の前に階段を滑り落ちるようにして花瓶が落ちてきたのである。

粉々になった破片が彼らの足元に散らばる。

「にぇ」とみこ。小声で「花瓶バイバイッ」とつぶやいたのを伊東は聞き逃さなかった。

辺里家の家族構成は3人である。ペットは飼っていない。ならば今の花瓶はどうやってここまで来たのか。まるで誰かが早く来いと言っているようである。

もしかしたら本当のストーカーがすでに侵入しているのかもしれないという最悪の事態が頭をよぎる。

驚いたことに、この状況にいち早く反応を見せたのは貴道氏であった。伊東すら反応できないほどの速さで血相を変えて三階へと駆け上がる彼を二人は呆気にとられた表情で見送ってしまう。いったい彼のどこにそんな瞬発力があるというのか。

みこ達が3階へとたどり着いたのは時間にしてほんの一瞬、貴道氏より後だった。

そこには投げつけられた別の花瓶が頭部に直撃し、その痛みに悶える貴道氏の姿があった。

皮膚を貫き、骨を響かす鋭い音。鮮血が床に滴る。

どこからの刺客かと伊東は氏を守るようにして前へとその身を突き出し自ら肉壁となった。彼の見る先には廊下が続いているだけで異変はない。伊東の背中にはみこが隠れるように滑り込み、負傷した貴道氏の様子を窺った。しかし、彼には「大丈夫ですか」と言うみこの声が聞こえていないようで眼球が震えていた。その背後に目をやると、そこには貴道氏が以前まで使っていた書斎が彼らを待つようにドアを開いて待っていた。その様子はまるで口を開いた蛇のようであった。

狼狽えている氏だったが、みこは明らかに「ドアは閉まっていたはずなんだ…」と震える声を耳にした。確かに、ドアの近くに壊された南京錠があるのを確認する。

みこがギュッと伊東の背中を小さな手でつかむ。

「おい、ヌリ壁」

「え、俺の事か。」

「違ったヌリ壁は別の奴だった」

そう言うとヒョイっと伊東の背中から顔をのぞかせて同じ視線の先を除く。その先には陽の差し込むのどかな屋内風景しかなかった。

固唾をのんでしばし、突如伊東がバランスを崩し、みこを下敷きにして背中から床に倒れる。

「うぎゃ」と言う小動物をつぶしたような声と、35Pの霊魂が宙を舞うのが見えた。

彼はこの時の状況を、正面から誰かにタックルされたようだと後に話している。

運が悪いことに3人はドミノ倒しのように順々に後ろへと倒れてしまった。よろけた貴道氏は平衡感覚を失っていたのであろう「あ」と言う声を出して書斎の床に尻餅をついた。

みこが「貴道さん!」と声を投げると同時に二人の目の前でドアが勢いよく閉まったのである。

 

「それでドアを開けたら貴道氏はいなくなっていたってこと?」話を聞き終えたアリスは静かに尋ねる。

「そっ。貴道さんバイバイッって。ブラックだったかなあ」

みこは単調な口調で答える。

アリスはそれに対してフッと軽く笑うと「本人が行方不明の状態ならなかなかのブラックね。」と答え、素質ありと判断した。

みこはふと思い出したように「フブさんは?」と聞いてきた。辺里邸から戻って来て一度も顔を合わせていないのである。

「ああ、今財団職員から話を聞いてもらってる。」

 

 ここで白上フブキの視点に移る。時を同じくして彼女は何をしていたのかと言うと、ストーカー容疑の男と対峙していた。伊東の指示によりガレージに向かった彼女は目の前にいるガッチリとした体格の男を見ると時が止まったように体が膠着したのである。

ぞろぞろと作業員たちが集まってくる中、フブキはそろりと背後から忍び寄り対象を無力化しようと目論むが、男はノーモーションでフブキの気配に気づきつまらなそうに振り返った。それから、「よぉ、お前か。」と一言。

感知から動きまでただ者ならざるこの男に、悔しさと恐怖を覚えるが、そもそもストーカーはただ者ならざる行為なので深く考えないようにする。

「何してるんですか。」

いざとなれば周りの人間も巻き込んで事を大きくしてやろうと魂胆をもくろみ、相手の巨体に負けじと虚勢を張る。

すると男は少し考えてまた一言「バイト」と答えた。

それからジーとガレージを見つめ、フブキに語り掛けるように口を開いた。

「あの中見たことあるか?」

突然の声かけにギョッとする。感情を殺して「無いですね」と淡泊に返答した。

「そうか、あの中にはな」と話し続ける男は陰湿な口調を微塵も感じられず、むしろスラスラと何かを報告するような口調だった。

「一台の電気自動車が駐車されているんだ。そこまではいいんだが、さっき覗きに行ったらガスの匂いがしてな。」

「どういうことです?」とフブキ。

「熱を持ったリチウムバッテリーは何かの拍子に爆発する事故が多発しただろ。ましてガスが漏れてるかもってなったら、どんな摩擦で爆発するかわかったもんじゃない。」

「え?」ガレージが爆発するかもしれないという話にフブキは頭が追い付かない。言われてみれば周りの人間たちも一定の距離を取ってガレージを囲んでいる。

「お前、ファイナルディスティネーションって映画見たことあるか。」

男の問いにフブキはフルフルと首を横に振る。

「主要人物たちが事故で命を落とす内容なんだが…その方法がな。日常のちょっとしたことが積み重なって大きな結果に結びついてしまうんだよ。」

彼は終わりに「まるでハインリヒの法則みたいにね。」と付け加えた。

雑音交わる頭の中、フブキはその単語をどこかで聞いたような気がした。そして力なく「何でえ。」と狼狽える。

「ガスが充満してるってどういうこと…。この前見た時はそんなことなさそうだったのに。」

「俺にもわからん。」

「ストーカーのくせにどうしてそんなに落ち着いているんですか。」

「俺は影から守るボディーガードなんでな。」

男はニカッと白い歯を見せ決め顔を見せる。そんな様子を尻目にガレージのモーターが動き出した。センサーが反応してシャッターが動こうとしているのである。

これが貴道氏の言っていた誤作動だろうか。確かに中に誰もいないとわかっていても気味が悪い。

異変は突然、不意打ちをくらわすように発生する。風船が破裂するような感かん高い音が耳を劈き、ガラガラとガレージは内部の炎を周囲に見せながら崩れ落ちた。

怯んだストーカー男はすぐに態勢を取り戻すと「あちゃー」とつぶやいた。

「やっちまったか。こりゃ報告書めんどくさいことになるぞ。」

男の言葉に首を傾げたフブキだった。なぜなら、バイトなら報告書について考える必要もないからである。

フブキは後に報告書の作成をしながら、現場で発見された遺留品から推測される一連の出来事を耳にすることになる。その内容はみこ達が焼き肉を頬張って、憎たらしい絵がををしているであろう事実を忘れさせるほど、奇々怪々だった。

 

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