白上フブキが焼肉屋へと合流できたのは、既に宴を終わりに近づいか終盤だった。空になった皿の山を見ては半分切れた様に「あ~?」と眉を上げる。
「白上の分何も残ってないじゃないですか!」
ゲラゲラと笑う一同は場所を変えての二次会を提案するとフブキは白獅子の働く定食屋を提案した。
「この時間なら貸し切り状態ですし、ちょっと共有したいことがあるんです。」
フブキの予想通り、その定食屋には客が一人もいなかった。
店主も意を察してか早々と閉店の看板を表に出す。
注文を終えるとフブキは料理が来るまでに神妙な顔をして語りだした。
「まず、私たちが捕まえたストーカーですが、ストーカーじゃありませんでした。」
「ん?やっぱりボディーガード?」とギャル風のフェネックが口を挟む。
「…日原さんといって、アリス達の上司でした。」
「にぇ!」
「本当に潜入捜査中みたいだったようです。」
「あゝ」とみこは深いため息をついて「よかった」と言った。
「移籍の話後悔するところだった。いや、でも十分怪しいけどな」
詳しい話は伏せられてしまったが、上長にあたる人物が自ら動いている所を見ると辺里邸を取り巻く状況はフブみこの二人が見ていたものよりもずっと入り組んでいたのかもしれなかった。
残された母子については今後の経過を観察し対応するということなのでその点は安心できた。
友人二人の頼んだ半ラーメンが到着するとフブキはなぜここまで合流が遅れたのか話し始める。一応チラリと周囲を確認してから改めて仕切りなおすと先にみこが口を開いた。
「上長のケツに棒ぶっさしたから?」
「それおめーだろっ!」
キャハハと笑う幼女を無視してフブキは話し始める。それからいつの間にか来ていたピラフをほおばりながらみこはまるで映画でも見るかのような態勢で隣のフブキを見つめる。
癪に障った白狐はピクリと感情に任せて静かに言った。
「みこさん、白上の分も残しといてください。」
「にぇ。これみこが頼んだんですケド」
「白上が報告書の作成でここまで遅くなったのはですね。」
「フブさん、無視は良くないよ。カニピラフ、もう一コ頼もう?」
「ガレージの爆発現場から死体が見つかったからなんです。」
「え」三人は動かしていた手を止める。
タイミングがいい所にフブキの料理がテーブルに置かれた。
パシンっと割られた割りばしを用いて、とんかつ定食と単品の唐揚げを瞬時に頬張るとモゴモゴと続ける。
「爆発に巻き込まれたみたいなんですよね。身元もわかって都内に住んでいる人間だとわかりました。」
「じゃあ、その人がストーカーだったってこと?」野菜きらいが質問するが、フブキはワシャワシャと頭をかいた。それからゴクンと喉を動かす。
「そこが分からないんです。結論から言うと、調べた人物は生きていました。」
みこは無言で顔を上げる。
「同姓同名ってこと?」
「正確には同姓同名の別人ですね。」
「そっか生きているんだもんね」
フブキは「違う違う。」とみこの考えを否定する。他の二人もその様子に注目し始める。
「指紋の一部が一致したんですよ。で、今慌ててDNA判定を依頼しています。つまり、今のところ別人の同一人物って仮説が立てられています。それと…発見された遺体にはオレンジ色の作業服らしいものを身に着けていたそうです。」
そこまで聞くと友人二人も順々に口を開き始めた。
「まあ、百歩譲って指紋の一致なら何億分の一のマリアージュがおきちゃうかもだけど…そっか…問題はオレンジ色の作業着ってとこだよね。」
「財団が絡んでるかもってことでしょ?身元を隠せる力があるかそれ以外の影響力を持った実験中だったとか。」
みこが思わず言葉を遮る。
「すげえ二人共ギャルじゃないみたい」
「みこさん黙ろうか。」
「にぇ」
「二人ともさすがです。ここからは仮説ですが、あのガレージはポータルの出口じゃないかと思うんです。」
ポチャン、とラーメンの汁が机にこぼれる。
「平行世界につながるポータル、その出口だとしたらどうでしょう。センサーが反応したのは何者かがこっちへ来たんじゃないでしょうか。貴道さんもそれを知っていた。」
みこが「あっ!」と声を上げ、挙手する。
「もしかしてだけど、貴道さんもそっちの世界から来た人だったり。」
「白上もそう思います。人柄が変わったり、家族の事を間違えたりっていうのは不倫が原因では無くて、元々あっちの人間だったのではないかってことです。じゃあこっちの世界にいた本物の貴道さんはって話なんですが…。」
「話の内容的に消されたような感じだけど。」
「あっちに飛ばされたんでしょうね。きっと。」
仲間たちの考察を耳にフブキは味噌汁をすすり口直しを済ませると視線を戻す。
「そして貴道さんが消えた三階の書斎、あそこがポータルの入り口だったんでしょう。だから厳重に施錠されていた。伊東の考えはあってました。貴道さんは白上たちのスキをついて三人を向こうの世界に飛ばそうとしていたんですよ。」
その考察にみこは悪寒を覚える。
そして「そういえば」と思い出したようにフブキに言った。
「貴道さんが花瓶を投げつけられた時、遠くからじゃなくってどっちかっていうと近くで思いっきりフルスウィングされたように感じたなあ」
「ん、その本当の貴道さんなんですが、一週間前にセンサーが反応したって話し合ったじゃないですか、その時戻って来れたんじゃないかと思いましてね。」
しかし実体はない。それが何を意味するのかはこの場の誰にもわかるはずもなかった。
みこはポルターガイストの一種ではないか、と考えた。
「もしかしてだけど向こうで亡くなったけど、想いだけ、ここまで戻って来れたとか。」
「ドラマみたいだな。」と無気力なフェネック。
「もし貴道さんもそう考えていたのならガレージを壊そうとしたのにも理解ができます。不安材料を減らしたかったんでしょうね。」
「じゃあ、こっち側の出口が無くなっちゃったけど、そうなるとどうなるんだ?」
青髪の発言に一同は沈黙する。
「向こうの出口が健在なら向こうには行けるんじゃない?こっちには帰って来れないかもだけど。」
「んー、やっぱそうなるか。」
「あやべ、ピラフ全部食っちゃった」
「あー!みこさん!」
「みこ思うんだけどさ」
「ピラフもう一個頼んでくれますか?」
「ちげーよ!性格の悪い貴道さん、頭に怪我してたから下手したらポータルの移動中に動けなくなってるんじゃないかと思ってさ」
「だとしたら…誰にもその姿は見つからないでしょうね。永遠に。」
全ては人生を奪われた真っ当な男の零体による復讐劇だったのか、それとも死神によるいたずらだったのか、いずれにせよこれから調査を進めなければわからないとフブキは話す。
辺里貴道氏を取り巻く実情は今や証言を行える者がおらず、全ては空想の域を脱することのないものと化している。フブキの考察通りなら、既に貴道氏はこの世界におらず、また戻ってくることも不可能である。みこの発言した『もともとこちらにいた零体となった貴道氏』は探せばいる可能性はあるが、残念ならがその為のエージェント申請を彼女たちで行うことはできない。
不思議なことに、本捜査の主導権は彼女たちの在籍しているV市財団本部にあるというのだ。故に手続きから何まで加山係長以上の管理職権限を持つ者たちのスピードによって左右される。「きっと残された母子の保護に全力を使うんだろうな」とみこは思った。その選択肢はそれで正解なのである。しかし、大きな魚を逃してしまうという不安が少なからずあった。
先輩である森本にも白い目で見られる始末である。
「あゝ…みこが勝手にアリスに協力申請したから…」
「マジでそう。」フブキが自信をもって答える。
「でもそうしなかったらストーカー事件ってだけで終わってたと思います。」
何かを得るために何かを失った。そのなにかは部署内の信頼である。
規律の乱れは精神の乱れ、つまりいずれは重大災害へとつながる恐れがあるのだ。組織はそれを危惧している。しかし今回フブキ達にはアリスや伊東のように所々、綻びを治してくれる存在があった。何事も準備が8割と言うが、形の見えない8割に注力しすぎて正気を失っては本末転倒である。
「ネチネチ言われますねえ…。」
「もう言われちったよ…」
その場面を思い出し面倒そうにみこがあくびをすると、フブキにもそれが移った。その場で二人だけが笑う。
食事を終えて解散する頃、友人たちは再度二人に言葉をかけると、白狐は「大丈夫」とにっこり笑って小さな胸を張った。そして「みこちもね」と話を振られると「にぇ」と返す。
「じゃ、ふぶさん、みなさん。また、みこはこっちなんで。」
3人に背を向け市電へと向かう彼女にフェネックが思わず声をかける。
「みこちこっちじゃなかったっけ?」
振り返ったみこは全てを悟ったような笑みを見せ、スチャリと星形のサングラスをかけた。
「オンナのトコ…行って来っから」そう一言が家言うと改札へと向かう階段を大股で歩いて行った。背中のリュックからは35Pも同じサングラスをかけているのが覗いて見えた。
唖然としている残された友人二人にフブキは呼び戻すように声を張った。
「すいちゃん、ポルカ」
彼女たちは少し情けない声で返事をする。
「安心して下さい。アレ、多分ガールズバーの事なんで。」
ガールズ・バー兎の園は、今日もまた開園なのだという。