その放送は突然だった。
俺たちはまだ授業中でいつものように文学の歴史という眠たくなる授業を受けている最中で、
『絶対防御』の名を持つ姫川のアイギスだってこの催眠攻撃は防げないのではないかなどと思考の脱線をしながらやっとの事で意識を保っているのがやっとだった。
ちなみに、浜北のヤツは授業が始まる前に大きなあくびをして寝る準備をしていて授業が始まると同時に机に突っ伏して夢の国へと船を漕ぎ出していた。
ヒビキのヤツはまるで読み慣れた小説を読み様に真面目に古文の教科書を読んでいた。ただし、3年生用の教科書だったが……
そんないつもと変わらない、ちょっと変わったヤツらがありふれた日常だったはずだった。
ーーー近濠先輩の緊迫した放送が入るまでは
「アルゴノート諸君に告ぐ!至急3階第3演習室に集まってほしい。
なお、2年A組 沖原琴羽も今回の事態に手を貸して欲しい。
今回は緊急を要する件の為各担任の許可はまだだが、臨時として朝比奈先生、汀先生、両先生の了承を受けている。気兼ねなく授業を抜けてこい!」
突然の放送に呆然となるクラスだったが真っ先に動いたのは意外にも放送内で指名されていた琴羽だった。
「先生!緊急事態みたいなので沖原琴羽 第3演習室に行ってきます」
あぁこいつもこの睡眠攻撃からいち早く逃げたかったんだなと琴羽の笑顔を見ながら考えてしまった。
「ちょっ!琴羽ちゃん!?あ……あぅ先生すみません。姫川風花もお手伝い行ってきます」
姫川も授業を抜けることに迷っていたようだが先にクラスを飛び出た沖原の後を追ってクラスを飛び出していった。
「山音響、速瀬慶司アルゴノート一員の両名も馳せ参じてまいります」
「じゃ俺、浜北ーー」
「おまえはアルゴノートの一員じゃないだろ」
ヒビキが俺の名前も一緒に告げるとすぐに踵を返しロッカーに駆け寄りなにかを取り出していた。
みんなの逃走劇に便乗にしようとした浜北は俺が切って捨てる。
「なら、沖原だってアルゴノートのメンバーじゃないじゃんか助っ人だろぅ」
「放送聞いてなかったのか?近濠先輩指名だぞ沖原は
まぁそれでも付いて来たいなら来ればいい」
情けない声を上げながら食い下がる浜北に俺は妥協案を告げると輝かんばかりの笑顔をこちらに向けてきたが
そこはそれ相方がきっちり落とす。
「来るのはいいが許可のないお前は授業サボり扱いになって補習になるかもしれんぞ?」
あれほど輝いていた笑顔は見る影もなく陰っていた。まるで洛陽。
準備ができたのだろうヒビキを伴い廊下に向かうと声援が飛んできた
「なにか知らんが頑張れ!」
「速瀬、ヒビキしっかりな!」
「お前たちならできるぞ!」
「ヒビキ君頑張って~」
若干1名この場に紛れて黄色い声援を送っている子がいた。
たぶん馬渕さんだろう。以前アルゴノートの活動の際に馬渕さんがヒビキに助けられてそれからヒビキにアプローチしているという話を近濠先輩から聞いていた。
3階の第3演習室まで駆け足で向かってるうちにヒビキと状況確認を行う。
「ヒビキ今第3演習室を使ってる学年はわかるか?」
「確か3年の選択授業で実践演習組の使用枠だったはずだ
それと沖原を指名した事からも分かることだが第3演習室はプールだ。
大きさはシンクロナイズドスイミング用で広くはないが深い」
転校してきて日の浅い俺でも第3演習室がプールだということは知っている。まだ授業で使ったこともないし特別用がないと行く事のない場所でヒビキは気を利かせて詳しく説明したのだろうが……
まぁ俺の場合は琴羽と《マーメイド》で遊ぶという特別な目的があって入ったことがあるのだがここは知らない振りが正解だろう。
「3年生のメティス演習中。近濠先輩の緊迫した声から一緒のはずの宇佐美先輩でも対処の出来ない事態が発生しているって事か」
「沖原を呼んだってことは潜る必要があるんだろう
《マーメイド》じゃ荒事に対処はできないからな」
「それでも急いで解決しなければいけない。なにかタイムリミット的な物があるってことか?」
「それらのことから考えて・・・」
なんだ?もうヒビキには事件の全体が見えているのか?これだけの情報で?
答え合わせをしながらもいっさい正解が見えないことに俺は焦りを感じる。
ヒビキとの差はそんなにもあるのかと気持ちが落ち込むのが分かった。
「ーーー制服が濡れるってことだろ?」
あれだけ事件の全体に迫っておきながら持ってくるのはこの結論だ
さっきの落ち込みも焦りもヒビキの両手にある着替えとタオルを見てどこかに行ってしまった。
「そんなに笑うことないじゃないか。沖原の能力は荒事に向かない。この緊急時にその沖原を呼ぶってことは欲しいのは一点に特化した水に関する能力。その能力のない俺たちは一般人と変わらないだからーー」
「ーーだから、濡れる心配だけしとけっと」
「そういうことだ。それに荒事ならオーバーキルの祐天寺に、絶対防御の姫川がいる。あの二人が能力を使う自体にならない限りオレらが必死になることはないだろうさ」
なにも知らないならヒビキの発言は楽観的過ぎると批難されるだろう。
でも、それは間違っている。ヒビキは今会話に上がらなかった要因に対して自身しか知らない要因でその選択しを消しているのだ。
俺がこいつから学んだ物。未来は不確かだが確実に予想できる。
メティスなんて予測できないものでも予測する。条件さえ揃えば導けない答えはない。
あの近濠先輩を納得させた能力と実績。
同年代に尊敬できる仲間がいることにほんと感謝だな
最後の階段に差し掛かって更に俺は脚に力を入れて駆け上がる。
ひと呼吸遅れてヒビキも到着し二人揃って第3演習室の扉を潜る。
そんな二人を出迎えたのは
「《アイギス》」
「《プロミネンス》」
荒事確実の二つの声だった。