ただ笑顔を撮りたいだけの少年が救世主として世界を救うまでのお話   作:ヒナニウム欠乏症

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性癖に従って書き連ねていこうと思います。
プロットなんてねえよ(ねえよ)な作品ですが、宜しければ是非、お楽しみくださいませ。

2/6 ネット小説向けに行間を開ける処理。


0-1.終わりの日

「――ねえ、リヒト」トンネル型の水槽を見上げながら、桃色髪の少女は言う。「楽しいね。本当に」

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 また、夢を見た。俺の知らない少女が出てきて俺の名前を呼ぶ、そんな夢だ。

 

 もう何人分見ただろうか? 覚えていない。眠る度に少女は変わり、そして俺の名前を呼ぶ。出会った覚えのない人間が、俺を呼ぶ。嫌に、リアリティがある。まるでそれを体験したかのような、生の熱を感じる。俺は、こんな人達を出会ったことなんて無いのに。

 

 参ってしまっているのだろうか? そう考えながら、俺はモルタル作りの天井を見上げていた。寝転がっているベッドが軋む。何とか身体を起こしながら、俺は部屋の窓を開けた。開けた瞬間、銃声と硝煙の香りが飛び込んでくる。即座に窓を閉める。仕方ないとはいえ、酷い治安だ。

 

 ベッドから離れながら、俺は口を開けた。

 

 

 否、開けていた。

 

 

 誰もいない部屋に向かって、朝食に何を食べたいかを訊いていた。

 

 

 認識してから、溜息をつく。これも、今の俺を襲っている謎の症状なのだった。妙にリアルな少女に名前を呼ばれる夢と、誰もいない場所に向かって、声をかけたり手を動かしてしまう夢遊病のような現象。俺は今、この二つの異常を抱えているのだった。異常と言っても、特に致命的な害があるわけでも無い上に病院に行くのも難しいため放置しているというのが現状だ。真っ当な病院に罹ることが俺には出来ないし、真っ当でない病院に罹るには手持ちが足りていないので、放置するしか無い、という方が正しいかもしれない。

 

 ともあれ、俺は外出のために着替えていく。この辺りで購入した出処の知れない安物のジャケットを着込み、俺にとっては命と同等に大事な黒塗りのフィルムカメラを首から提げる。首にかかる重みを確認して、俺は階段を降りた。

 

 自宅兼店舗の勝手口から、外へ出る。表側では銃撃戦が続いているようで、未だに銃声が聞こえている。隠れるように、俺は裏路地を伝って表側へと出ていく。銃声が聞こえないことを確認して、俺は屋台と雑居ビルが居並ぶ表通りへと飛び出した。

 

 そこの名は、ブラックマーケット。

 

 この学園都市「キヴォトス」に於いて唯一、連邦生徒会の権力が一切及ばない、俺のような逸れものが流れ着く掃き溜めであり、俺が構える写真屋「写野(まの)写真館」が存在する商売場所であり、俺が暮らす町でもあった。

 

 

 

 俺こと写野(まの)リヒトは、カメラマンである。写野写真館を拠点とし、依頼があればキヴォトスの何処にでもバイクで駆けつけ写真を撮影する、そんな存在だ。尤も、カメラマンとしてよりもカメラの修繕をするメカニックの仕事のほうが多いという有様なのだが。その理由こそが、今俺が現像したフィルムに収められていた。

 

 ピンボケ、色ずれ、焼付きならまだ良い方だろう。酷いものは墨でも塗ったように黒く染まったり、テレビの砂嵐のようなものしか無い。唯一まともに写っているのは、俺自身を撮ったフィルムだけ。それも、俺以外のものは全てまともに写っていない有様だ。これこそが、俺がカメラマンとして仕事を貰えない理由である。俺が撮った写真は、俺自身以外の全てが、このようにまともに写らないのだ。カメラを変えても、デジカメでも、ビデオで撮っても駄目だった。どうしても、俺は俺以外を撮影することが出来ない。一度不良を撮影してぐにゃぐにゃにひん曲がった写真になってしまい、店内をアサルトライフルで蜂の巣にされて以来、俺はこうして、毎朝様々な場所に向かって写真を撮ること以外で、写真を撮らなくなった。それでも俺は自分がカメラマンであると思っている。そう思い続けなければ、カメラに真摯で無ければ、俺に撮られてくれる被写体がやって来ることも、探し当てることも出来ないのではないかと思っているからだ。俺はカメラが好きだ。だからこそ、この気持ちを忘れたくない。俺はそう思っている。

 

 今朝撮影したブラックマーケットの風景のフィルムを乾かすために棚に安置し、俺は昨日撮影したゲヘナの風景のフィルムを棚から下ろす。そこには、歪みに歪んだ学び舎や虹色に変色した屋台のホットドッグなどが写っている。それでも、これは俺が撮影した写真なのだ。自室に戻り、アルバムに差し込む。もう何冊目かも定かではないアルバムを開く。そこで、俺は信じ難いものを見つけた。

 

 

 きれいな写真だった。確かこれはゲヘナの制服だっただろうか。もっと上の立場の制服だっただろうか。覚えてはいないが、兎に角軍服のような制服をかっちりと着込んだ鋭い目つきの美女の写真だった。ピンボケも色ずれも焼付きも何もない、微かな笑みを称えた美女の魅力を余すところなく引き出した、美しい写真だったのだ。

 

 

 知らない。俺は知らない。こんな写真も、この美女も。この写真を撮影できていたならば、俺は即座にその被写体のところにバイクで赴き、手持ちのフィルム全てを被写体で埋め尽くしてしまう確信がある。つまり、これを撮影したのは俺ではない。だが、ならば誰がこれを撮ったというのか。侵入者がいなかったことは、ここ三日間来客が無かったことからも明らかだ。

 

 疑問点を俺はうっちゃることにした。考えたって無駄だ。自分の頭が悪い自覚はある。俺は写真を抜き出すと、二重に保護用フィルムを被せてから額縁に入れた。彼女を見つけたら、撮らせてもらえないか頼んでみよう、と決意しながらだった。

 

 ともあれ、朝のルーティーンを済ませた俺は、消費期限の怪しいパンの耳を齧ってから、店舗の最奥にしまっておいたカメラを取り出す。顧客から送られてきたカメラだ。今日は、修繕したこれを納品する仕事があるのだった。すっかり修理業者である。道すがら、撮ったことのないものを片っ端から撮ってやる、という決意を胸に、俺はカメラを梱包し、丁寧にリュックサックに詰め込んでから、勝手口に停めてある愛車に跨る。タンク表示を見ると、ガソリンが心許なかった。給油する金があるかしらん、と考えながらも、俺はバイクのエンジンに火を入れた。最悪、納品さえできればあとは歩いて帰ってもいいだろうという感情があった。どうせ客など来ないのだから。我ながら、随分適当である。

 

 

 

 ちょうど正午ごろ。納品を達成できた。年季の入ったカメラだったが、どうやら遺跡からの発掘品だったらしい。それにしては機構もフレームも大した損傷が無かったことを考えれば、相当いい環境で保全されていたのだろう。ともあれ、依頼人からの報酬を受け取った俺は、トリニティのガソリンスタンドで、愛車に燃料を詰め込んでいた。

 

「いや、しかし。かなり年季入っていますけど、どうです。買い替え。燃費良くなりますよ、ネ?」

 

 車屋を兼ねているらしく、俺にロボット頭が買い替えを勧めてくる。そんな金は無いのだ。ならばローンは、と言ってくるが、俺はローンを組めないので選択肢として論外である。論外は俺だった。それでも、ロボット頭は交渉を辞めない。この手の連中は車を売る数に追われているのだ、と訊いたことがあるが、そういう類の必死さを感じ取れる。といっても無い袖は振れないので、どうしたものか、と俺は天を仰ぐように首を上に向けた。

 

 

 今朝撮影した写真では歪んでいたとはいえ青かった空が、真っ赤に染まっていた。

 

 

「ひ、ひ……!? なんです、これは!?」

 

 空を見ていた俺に釣られたのか、空を見上げたロボット頭が絶叫する。その声が、これが幻視などでは無いのだと教えてくれた。今の俺は、自分の感覚を信じられないのだ。

 

 辺りからも、疑念の感情に満ちた声が響いてくる。世界が赤黒く染まり始めていた。俺はバイクのハンドルに手をかけたまま、空を見上げ続けていた。

 

 降ってくる。何かが落ちてくる。

 

 黒い槍が、落ちてくる。

 

 烈風が俺たちを襲った。相当遠くに着地したようだが、それであのサイズに見えるというのは相当だ。ロボット頭は体幹が弱かったのか、転がって行ってしまいそうになる。どうにかやつの左手を掴んでやり、事なきを得た。

 

「ど、どうも。……それにしても、なんですかアレ。まさか、ゲヘナ辺りの攻撃――」

 

『キヴォトス各地に、謎の巨大物体が出現しています! 皆様! 避難を! 避難を――!!』

 

 誰かのスマートフォンから、そんな金切り声がした。どうやらニュースを見ていたらしい。ロボット頭も、生徒も、何もかも、一気に逃げ始める。彼女たちが目指すのは、どうやら最寄りの学校――つまりはトリニティのようだ。

 

「お客様! お客様も一緒に!」

 

 ロボット頭が叫ぶが、俺は動けなかった。恐怖ではない。頭に情報を叩きつけられていた。何かが、俺に語りかけてくる。夢だ。夢の中で出会った少女たちが、一斉に話しかけてきている。最早、何が何だかわからない。言語を幾つもまとめてぶつけられるが、俺の思考リソースはそれらを全て展開できるほど上等なものでもないのだ。吐き気と激痛と悪寒に襲われる俺は、肉体の制御を手放さざるを得なかった。愛車に身を預け、俺は吐き気を抑えるために下を向くことしか出来なかった。

 

 だから、何故そうなったのかは、分からない。

 

 凄絶な破壊音がした。それに気付いて俺は見た。ロボット頭や生徒たちが逃げていった、トリニティの方を見た。

 

 穿たれていた。あのトリニティが、キヴォトス有数の敷地に見合うサイズの学び舎に、蜂の巣のような穴が幾つも空いていた。絶叫が響く。がしゃん、と。金属音がした。見れば、あのロボット頭の首が、ボールのように転がってきていた。そのディスプレイに光はない。絶命した、ということを理解するのに、数秒かかった。吐いた。既に胃の中身は空っぽだったため、苦酸っぱい胃液を吐いた。悲鳴と騒音が大きくなる。

 

 何だこれは。

 

 何が起きた。

 

 何故死んだ。

 

 拒絶したいのに、現実がそれ以上の情報量で殴りつけてくる。こういうときに限って、夢の少女たちは消えたようにいないのだ。いっそ逃避できれば、という俺の思考を縫い止めたのは、少女の悲鳴だった。先程スマートフォンでニュースを大音量で流していた、トリニティの生徒にしては素行の悪そうな風体をした少女だった。

 

 その少女が、追われている。青い肌を輝かせる、黒尽くめの人型に追われている。

 黒尽くめが、黒と赤に染められたライフルを抜いた。一斉射。少女の足元に着弾するが、威力がおかしい。アスファルトを抉り飛ばし、亀裂を走らせる。明らかにライフルで出せる威力を超えている。少女は悪くなった足場に足を取られ、転倒する。がしゃん、と。黒尽くめが態とらしく、リロードをする。少女の顔に、絶望の色が現れた。

 

 今、バイクに跨って走り出せば、恐らく助かるだろうことは理解できていた。

 

 だが同時に、後悔するとも思った。

 

 彼女を見捨てればその瞬間、写野リヒトという人間は終わる。俺はそう直感したのだ。これ以上見捨てれば、俺は俺で無くなってしまう確信があったのだ。

 

 だから、俺は駆け出した。自分にヘイローが無いだとか、自分もあの店員みたいに死んでしまうだとか、銃なんて持っていないだとか、そういう現実を全て無視して、俺は走った。俺が俺であるために、あの少女の涙を拭うために、走った。

 

 頭痛がする。やめろと生存本能が叫ぶ。止まれと理性が足を止めようとする――知るか。

 

 

 俺が見たいのは、俺が撮りたいのは――笑顔だッ!!

 

 

 果たして、俺は黒尽くめを殴り飛ばしていた。アスファルトを抉りながら、黒尽くめは回転しながら転がっていく。彼奴を注視したまま構えていた俺に、少女は呆けたように言った。

 

「あ、あの……その、ヘイローって」

 

 言われた瞬間、俺は理解する。自分にヘイローがあることを。ヘイローがこの局面で出現したことを。視線を向けずとも分かる。そして、少女の言いたいこともわかった。だが、今はそれどころでは無い。少女に逃げるよう叫ぶ。少女は有り難うと震えた声で言いながら、逃げていった。逃げ延びてくれることを祈ることしか、俺には出来ない。ぞろぞろと、黒尽くめの人型が、横並びになってやって来たのが見えたからだった。先程殴り飛ばしたやつも、立ち上がってこちらへの距離を詰めている。ここを通すわけにはいかない。それだけの話だった。

 

 俺は、理解できないままに腕を振るう。それは、今朝も行っていた無自覚的な行動と同様のプロセスで行ったものだった。腰を捻り、左手を右肩越しに背に回すように振る。瞬間、「俺の背」に存在するヘイローは稼働し、その立体的な歯車が幾つも組み合わさったような形のヘイローの歯のひとつを分離する。組み立て式のおもちゃのパーツを引っこ抜くような挙動で外れた歯は俺の左手に収まり、そして光の粒子をばらまきながら、長方形の姿を現した。

 

 それは、カード。そこには、今朝俺が夢で出会った桃髪の少女の笑顔がある。

 

 分かるのだ。俺には、これの使い方が分かる。

 

 俺は、カードを高々と掲げた。まるで、その中に眠るものを呼び覚ますように。

 

 そして、叫ぶ。そのカードを起動するための、合言葉を。

 

 

 ――《ミキシングライド》!!!

 

 

 髪が伸びる。肉体が変質する。背が縮む。白と灰褐色が混じっていた髪に、桃色が差し込まれる。背のヘイローが猛然と回転を始めているのが分かった。俺の身体がカードの少女と俺の特徴の両方を掛け合わせたような姿へと変貌を遂げたことを理解する。そこに恐怖はない。只、それが当たり前だという凪いだ心が、俺の中にあった。

 

 そして、力も感じ取れる。今までの俺に無かった、暴の力だった。

 

 本能は告げている。

 

 黒尽くめ共を、力で倒せ、と。

 

 俺は絶叫しながら、連中に飛びかかっていった。




おかしいな……皆の笑顔をファインダーに収めて笑う系ほのぼの二次創作を書く予定だったのにな……。
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