ただ笑顔を撮りたいだけの少年が救世主として世界を救うまでのお話 作:ヒナニウム欠乏症
第一話のみでは抽象的すぎて読者さんから蹴られるのではと戦々恐々しておりました。感謝します。
それでは今回も、どうぞ。
黒尽くめの軍団が、俺目掛けてアサルトライフルを腰溜めにして撃ち出してくる。銃声のオーケストラだった。だが、俺には当たらない。分かるのだ。その弾丸の躱し方が。今まで荒事など覚えがなかった俺の頭と身体が、戦いを覚えている。その異常を強く感じ取りながら、俺は一番近くの黒尽くめに突っ込んでいった。空気を裂くような蹴りを反射的に腕で受けると黒尽くめの脚が直角に折れ曲がる。硬い。この身体は、硬い。仰け反った黒尽くめの胸倉を掴み上げると、黒尽くめの身体が燃える。これこそが、力だった。
壊れず硬い肉体と、熱。それこそが、桃髪の少女から引き出した能力だった。そこまで理解した瞬間、俺は無自覚的に左腕を右肩越しに背に回していた。俺の背の歯車が、欠けた部分から新たなカードを放出した。光に包まれたそれをそのまま掲げ、叫ぶ。
――
それは、火球だった。否、球と呼ぶには余りにも大きな、まさに地上に呼び出された太陽とでも称するべき熱の塊だった。左手の上に掲げたそれを、俺は地面に触れないように投げつける。アスファルトが溶ける音と、黒尽くめの軍団が溶け消える音が響き渡る。火球が通った痕には、もう誰もいない。溶け抉れた地面と、石油の香りと、水蒸気だけが残った。蒸発させたのだ。俺が、あの黒尽くめたちを。理解した瞬間、俺の身体は元に戻っていた。そして、左手に持っていた二枚のカードに、変化が訪れていることに気がついた。
消えていた。カードにあった笑顔が、無い。もう一方のカードは何も言わないまま、粒子となって溶けるように消える。俺の手に残されたのは、何も書いておらず、何も写されていない一枚のカードだけだった。
俺は気付いた。そのカードが、写真を印刷するために使用する印画紙だということに。慌てて背を見るが、そこには歯車のような形をしたヘイローが、幾つも回転しているだけだった。歯がカードになることは、もう無かった。
その後も、俺は黒尽くめの連中や見たこともない巨大な怪物たちと戦った。その度に俺は背の歯車をカードに変え、夢の中で見た少女たちを模した姿に己を変え、怪物たちを倒し続けた。戦い方は、勝手に身についていた。少女のカードは、俺が戦いを終えると白紙の印画紙になり、そのまま二度と元には戻らない。両手で数えられないほど変身した時、俺は背のヘイローがところどころ歯欠けになっていることに気がついた。何故歯が欠けたのか。考えるまでも無かった。引き抜けば欠けるというのは、当たり前の話だった。
それでも俺は戦う。笑顔を守るために。俺が撮りたい笑顔を、美しい世界を守るために。だが、キヴォトス全土を襲うこの怪物たちは圧倒的な物量と能力で、キヴォトス各地を少しずつ赤黒く染めていく。
そして、一ヶ月ほど経過した頃だろうか。
「シャーレの先生」が死亡したというニュースが、ラジオから流れてきた。
士気が落ちた。希望が潰えた。俺にもそれが肌で感じ取れた。戦争は殲滅に、彼奴らにとっての駆除に変わった。ゲヘナが落ち、トリニティが沈み、ミレニアムが崩れた。各地の学園も次々と赤黒に支配された。俺が守ろうとした人々も多くがヘイローを割られ、首を落とされ、胴体を千切られた。
ここに、笑顔は無い。希望は無い。我々は死んでいくだけなのだという空気が、世界を覆い尽くしていた。既にラジオも流れなくなった。インターネットも更新されない。空気は赤く、世界には破壊の雰囲気と音が響き渡る。迫る死が、目の前にあった。
「何で、戦うの」
彼女は言う。あの時助けた彼女は、涙を浮かべながら言う。滅ぶまで二人で過ごそう、と言う。男好きする豊満な肢体を見せつけながら、媚びるように言う。
俺には、それは出来ない。まだ手が尽きていないからだった。歯車の歯はあと九本ある。まだ戦える。まだ足掻ける。まだ身体だって動く。まだ――笑顔を守れる。まだ何処かで泣いているかもしれない人に、手が届くかもしれない。そう思うと、俺は動かなければならないという衝動に駆られた。
今や、戦う能力を持つ人間は、俺だけなのだから。
彼女をどうにか説得したと思った翌日、彼女はいなくなっていた。避難所に向かうと、彼女は避難民のロボット頭や獣人に股を開いていた。俺は何も言わず、手持ちの最後のフィルムで彼女を撮った。彼女が、俺の見たこともない心の底からの笑顔を浮かべていたように見えたからだった。最後のフィルムに写った彼女の顔は、やはりぐちゃぐちゃになって現像された。とうとう、彼女をきれいに撮ることは叶わなかった。
無力だった。避難所は破壊され、みんな消えた。真っ赤なものをぶちまけ、命を絶たれた。誰も守れなかった俺は、荒廃しきった大地の上で、うつ伏せのまま倒れていた。
既に、背の歯車には歯が無い。ただの幾つもの丸いリングが、がたんがたんと軸がずれているかのように揺れ動くのみだ。右腕は千切れ、左足は脛から下が折れ曲がっている。内蔵もぐちゃぐちゃで、口からは肉片と赤黒い血液が溢れている。敗北者に相応しい姿で、俺は地に伏していた。
一度も出会ったことのないシャーレの先生が死んでから二週間、彼女と別れてから五日が経過していた。彼奴らの攻勢は、蓋をしていた三大学園の壊滅によって更に勢いを増した。俺の歯車に残っていたカードはどうやらそれまでのものと比べると戦闘向きのカードでは無かったらしく、敵の増加も相まって、俺自身のダメージも増大した。そしてカードを使い切った俺に、戦闘能力は無い。俺がまだ生きていられるのは、連中が突如、揃って引き下がっていったためだった。撤退では無い、と俺は思う。何か目的を完遂したからこそだろうと考える。少なくとも俺は、現状キヴォトスで唯一戦える存在なのだ。それを殺せる場面での撤退など、俺を脅威でも何でも無いと考えているので無ければ、目的がもう無いからとしか思えなかった。だが、そうなると連中の目的は、キヴォトスの支配では無いように思える。支配を目論むならそれこそ、俺を殺してしまえば後顧の憂いを絶てるはずなのだ。
その答えは、赤黒い空からやって来た。
それは、「無」だった。
否、「光」だった。
宛ら皆既日食を思わせる、光と闇が融合したようなそれ。キヴォトスをまるごと包み込めるだろう、何か。
終わりだ、と理性が言う。
死ぬぞ、と本能が言う。
文字通りの、終わりだ。触れれば恐らく、俺は俺で無くなるだろう。キヴォトスはキヴォトスで無くなるだろう。何もかもが消え、そして無へと変わるのだろう。そんな確信が俺にはあった。
抗っても無駄だ。
向かっていっても意味がない。
誰かが対処できるようなものではない。
諦めよう。
そんな思考と本能を無視して、俺は立ち上がる。
恐らく、無理だというのが正しいのだ。
そんなことは分かっている。
だが、そんなことで俺は止まれない。止まってはならないのだ。
あれに挑まなければ、俺は俺で無くなるという予感が、俺を衝き動かしていた。折れた脚を無理やり突きながら、俺は迫る破滅に向かって進み出す。
音はない。
景色もない。
何もない。
だが、俺がある。
俺には、俺がある。
それだけあれば、俺は俺なのだ。
そして俺は、最早身体に染み付いたポーズを取る。左腕を右肩越しに背に回し、左手で何かを掴む。そして、左手を掲げ、叫ぶのだ。
――《ミキシングライド》!!!
何も変わらないまま、写野リヒトのまま、俺は目の前に迫った破滅へと飛び込んでいく。刹那を感じる間も無く、俺はそれに呑ま――
――暗転。
「――これは、最後の
電車が線路の継ぎ目の上を駆け抜ける音がした。
ハッピーエンドになるからよ、安心しろってばよ!
あと次回から原作キャラが出ますよ。その点でもご安心を。