ただ笑顔を撮りたいだけの少年が救世主として世界を救うまでのお話 作:ヒナニウム欠乏症
今回、軽度ですが残酷な描写があります。ご注意ください。バレンタインに何書いてんだ俺。ブラッディバレンタインってか。
嫌な感触だった。
そいつは俺を殴ったり、傷口を広げるような真似もしたことがあるやつだった。
それでも。
何かを殴るのは、気分が悪い。鍋の蓋を放り投げながら、俺は歯を食いしばった。どしゃ、と。虎頭の職員は床に顔面から崩れ落ちていく。
「……あ、あんた。どうして」
床に転がっているラブを見つける。タイルの床に赤色の水溜りが見えた。獣人の足元に転がっているグレネードランチャーによる負傷だろうことは想像できた。割れている皿が広がる地雷原を慎重に踏破しながら、俺は答えた。君の笑顔が見たいからだ、笑顔が好きだからだ、と。彼女の、ラブの笑顔を俺は見たい。それを守りたいのだ。俺は感謝している。危うく連中の同類になろうとしていた俺を救い出してくれたラブに。
「ば、ばかじゃないの……っ」
抱き起こすと、ラブは慌てたように「自分で歩ける」と俺の肩を叩いた。痛覚。見れば、肩に穴が空いていた。そういえばさっき、撃たれていたことを思い出した。ラブの顔が青くなる。
「うち……守るって言ったのに」
大丈夫だという旨を伝えるために自分なりに作れる笑顔を作って示す。ラブのそれとは比べ物にならないほど汚いそれだったが、ラブは俺の表情を見て、どうにか俺の言いたかったことを理解してくれたようだった。早く逃げなければ。調理室への進入路は積み上げられていた雑貨を崩し、ドアを施錠することで一旦は閉鎖しているが、彼奴らは銃器持ちだ。ドアをふっとばすくらいは訳のない連中である。俺たちは互いに肩を支え合いながら、勝手口の扉を目指す。だが、それは叶わなかった。
ドバ! と。金属製の扉が蜂の巣になって吹き飛んだ。あの障害をもう踏破したというのか。舌打ちしたくなる衝動を抑えつけながら、俺は勝手口の扉のドアノブに右手をかけた。
破裂するような音だった。
俺の身体が叩きつけられる。衝撃と激痛が俺を包む。ラブ共々、俺たちはもんどりうって調理室の床の上に転がった。
「……う、そ。うち、また……!」
ラブの顔が歪んだ。何故そんな顔をするんだ。笑ってくれ。頼むよ。お願いだ。俺は静かに、ラブが見ている場所を見た。俺の脇腹だった。まるで食い千切られたように、俺の腹が欠けていた。真っ赤な鮮血が溢れ、白い床を汚していた。ぐわん、と。俺の視界が揺れる。どうやら頭も打っていたらしい。俺は意識を飛ばしかけていた。
「あんた……リヒトッ」
「――死ね! 優等生!!」
叫びながら、俺を撃った鼠色のヘイローの少女がラッパ銃に弾を込めた。その狙いは、ラブの頭。見れば後ろから奴らが何人もやって来て、同じようにラブの身体を狙って各々の得物を向けている。俺は知っている。こういった、頭の上にヘイローを持つ人間であっても、幾度も幾度も鉛玉を撃ち込まれれば、俺と同じように死んでしまうということを。彼女たちは頑丈だが、無敵では無い。ラブが来る前にここのルールに逆らったやつが、そうやって死にかけたことがあった。そいつは今、鼠色のヘイローを浮かべたまま、弾込めを終えてあの引き裂くような笑みを浮かべている。
故に、分かる。こいつらが本気だということが。ラブを殺してしまおうとしていることが。
俺にとってそれは、許容できないものだった。
彼女の笑顔を二度と見れなくなることは、俺にとってはあってはならないことだった。
それくらい、俺は救われていた。彼女の笑顔に救われていた。ラブに、救われていた。
――俺がするべきは、一つだけ。
今度は俺が、ラブを救うことだけだ。
「――死なせや、しねえよ」
ゆらりと。少年はその力強い声に反するような、幽霊のような動きで立ち上がった。赤色の液体が、鉄砲水のように腹の傷口から飛び出した。
「りひ、と――」
「笑ってくれないか、ラブ」
少年は言う。迫る死を前にして、まるで世間話でも切り出すように。
「そんな苦しそうな、悲しそうな顔を俺は見たくねえんだ」
その瞬間のラブには罪悪感が満ちていた。約束を違えたこと、戦う力があるのに立ち上がれないこと、迫る死を幾度も体験している筈のリヒトと違い、死を前にして恐怖した自分。それら全てへの罪悪感だった。今の彼女は恐らく、リヒトの言う事ならば何だって聞くだろう。それくらいには、彼女はかなりの時間を彼と過ごしていた。彼を守ると言えたのだって、正義感や哀れみだけでは決して無いのだ。
だから、ラブは笑った。彼の、リヒトが好きだと言ってくれた笑顔を、花のように開かせた。
それが引き金だった。
光る。少年の身体から、莫大なエネルギーが解き放たれた。それは放たれた弾丸を灼き、迫っていた殺戮者たちの目を灼いた。しかし、ラブにだけは見えていた。光の中で、少年が変わっていく姿を、その目で見ていた。
それは、赤髪だった。
それは、ツインテールだった。
それは、赤色の目だった。
それは、リヒトとラブを混ぜ合わせたような、整った顔だった。
光を吹き散らす。エネルギーが収束する。
そこに、リヒトだったものがあった。長く伸びた赤いツインテールを靡かせた、中性的な容姿の人間が立っていた。
その顔には、ラブが見せていたような、花開くような笑顔がある。にこにこと。それは場違いに笑っていた。それが正しい姿であるかのように、ごくごく自然にそこにいた。
「なん、だ。そりゃ――」
鼠色のヘイローの少女が、一歩後退りする。彼女の視線の先には、溶けて調理台と一体化したラッパ銃の弾丸があった。だが、少女は足を止める。地面に転がっていた鍋の蓋を踏んだからだった。その感触で、彼女は現実へと意識を引き戻す。目の前に立っているのは、人だった。ヘイローの無い、ただの人だった。
撃てばきっと殺せる、ただそれだけの存在でしか無いと少女は思った。そう、思い込んだ。思い込まなければ動けなかった。
「――舐めんじゃねえええええええええええ!!!」
少女が叫び、それを合図に一斉に引き金が落とされた。銃声のオーケストラだった。無数の弾丸が、リヒトだったものに迫る。それが右手を閃かせると、空気を引き裂く音がした。からんからん、と。それの右手から、無数の鉛玉が落ちていく。全て掴み、叩き落としたのだ。あの弾丸を。亜音速の銃弾を。
「ひ――!?」
誰かが漏らしは悲鳴も気にせず、それは何も言わぬまま、右手を振った。何でも無いように、ただ振った。
刹那、戦場だった孤児院が千切れ飛んだ。
鉄筋コンクリートと金属を破壊する音が連鎖した。遅れて、悲鳴。彼らは孤児院だった瓦礫とともに優に五キロは吹き飛び、そして重力に従って落下していった。彼方で、墜落の連鎖する音がした。
「……うそ」
ぺたん、とラブは腰を落とした。ぱたぱた、と。彼女のツインテールが激しく揺れていた。遅れて、ラブは危機が去ったことを認知し、その結果を齎したリヒトを見た。
「す、凄いよ、リヒ――」
声は、続かなかった。
何故ならば。
ラブが彼を見た瞬間、
まるで針で突付いた水風船みたいに。まるで焼きすぎで膨れ上がった餅みたいに。
「――は」
音が出た。間抜けな声だった。ばちゃぼちゃ、とラブの身体に熱を持った粘液が降り注ぐ。真っ赤なそれが何か。鉄錆の香りがするそれが何か。ラブは理解した。してしまった。
それは、写野リヒトの血液であり、肉片だった。
「あ、あ――うそ、いや、いや……!!」
ラブが絶叫する。それを待っていたかのように、リヒトの身体はラブに向かって倒れてきた。彼女の胸の中に、全身の血管が爆ぜ、肉が裏返り、皮膚が切り裂かれ、真っ赤に染まった肉袋と化したリヒトが収まった。既にラブの特徴だった赤い髪などは、元の白を基調とした髪に戻り、改めて血によって赤く染め上げられている。
血が止まらない。痙攣した肉体が蠢いている。呼吸が浅く早くなっている。
まだ、生きている。だが確実に、死に向かっている。
「いやだ、やだよ。止まって、ねえ……何でよ……!!」
開いた穴に、ラブは手を宛行った。血は間欠泉のようにごぼごぼと湧き出している。止まらない。彼女だけで止血することは出来ない。リヒトの口から、泡混じりの赤色が吐き出された。
死んでしまう。このままでは自分の大事な人が死んでしまう。ラブは震える。泣き喚きたくなる。だが、そんなことをしたところでリヒトが生き残る可能性は上がらない。最早、ラブの頭からここを離れなければそのうち連中が戻ってくる、という考えは抜け落ちていた。そんな些事など、このリアルと比べればちっぽけだ。
「お願い、生きて!! 一緒に、生きてよ……!」
願いは、届かない。熱が消えていく。動きが消えていく。呼吸が消えていく。
当たり前だった。体内の血液全てを、噴火したかのように吐き出してしまったのだから。人間は、その体内の血液のうち二割を失うと、気絶を起こし命の危機に見舞われる。特に子供は大人と比して血液が少ないこともあり、そのデッドラインは更に下がる。
明らかに、致命傷だった。
「やだよ……誰か、助けてよ……」
ラブは希う。奇跡を、救いを、神の手を。
無力だった。守ると誓っておきながら、この有様だった。
己の無力を徹底的に味わって、ラブは縋った。顔も見たことのない神様に。信じたこともない奇跡に。
それしか、子供にはもう出来なかったのだ。
少女は意識を失った。無力感と絶望を噛み締めたまま、昏い世界にその意識を飛ばしていった。肉体的にも精神的にも限界だった。それだけの話だった。
◆◆◆◆◆
「――成る程、実に興味深い」
声がした。
「些か安定性に難はありますが……これは、貴重なサンプルになるやもしれませんね?」
くつくつと。それは笑う。
それは、異形だった。罅割れた真っ黒な顔に、糊の効いた黒スーツ。エイリアンが形だけ人間を真似ているかのような、そんなちぐはぐさを感じさせる風貌だ。
こつん、と。砕けた調理室のタイルを、革靴が踏んだ。
「
くつくつと。黒いスーツの異形が笑う。
その空虚な眼窩は、少女が覆い被さっている血みどろの少年を見つめていた。
人気キャラ(黒服)登場! これでこのSSも二次創作「らしく」なってきたぜぇ~!
あ違いますラブが不人気って話じゃないんです石投げないで。