ただ笑顔を撮りたいだけの少年が救世主として世界を救うまでのお話   作:ヒナニウム欠乏症

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UA4000突破していました。ありがとうございます。

何も考えないで書いているので、ガバってたら教えてください。
考え出すとプレッシャーで更新出来なくなりそうで……。


1-4.別れと契約

 ラブが目を覚ましたのは、綺麗な天井がある屋根の下だった。

 

「え、あ……れ?」

 

 ぱちくりと。赤髪の少女はそのルビーの瞳を瞬かせる。その身体が、ベッドのマットレスに沈んでいた。ふかふかとした、安物ではないマットレスに腰掛けながら、ラブは辺りを見渡した。

 

 ベッドが二つある部屋だった。あの孤児院で彼女に宛行われていた一人部屋の三倍はある部屋面積と、簡素なキッチンが付いたワンルームだ。無論、ラブはこんな部屋を知らない。

 

「何で、こんな場所、に――」思い出そうとして、頭に痛みが走った。「――う、あ?」

 

 その記憶は、真っ赤に染まっていた。

 

 彼女の記憶に、それは焼き付いていた。

 

 写野リヒトが爆ぜ、その肉と血をぶちまける光景が、鮮明にラブの脳内メモリに展開された。

 

 思わず、口を抑える。込み上げてくる吐き気をどうにか止めながら、ラブは見開かれた目で辺りを狂ったように見回した。

 

 いない。写野リヒトがいない。最後に彼女の胸の内で死へと向かっていた、あの少年がいない。

 

「どこ、どこなの、リヒト!!」

 

 立ち上がる。肩に痛みが走る。咄嗟に触れた肩には、包帯が巻かれている。何者かが彼女を治療したのだろうか。だが、今のラブにはそんな些事に思考リソースを費やす余裕など無い。探さねば。リヒトを、彼を見つけなければ。少女は肩を抑えながら、その玄関――ホテルの一室から外へと飛び出していった。ホテルマンだと思われるロボットの青年が、少女を呼び止めようと駆け出していった。

 

 

 結論から述べてしまえば、ラブがリヒトと再会することは叶わなかった。

 

 彼が元々孤児であった上、所属していた孤児院はどうやら相当問題があったようで間もなく廃院となった上、そこに保管されていた個人情報などの資料は全て、粉微塵になって散逸してしまった。孤児たちは皆死亡したと処理され、彼の、そして孤児院の子供たちの戸籍は消えてしまったのだ。

 

 ただひとり。何者かによってその戸籍がD.U.の公立学校預かりに変更されていた河駒風ラブのみを例外として。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「――調子は如何ですか?」

 

 こつこつ、と。液体の中にいても聞こえてくる革靴の音で、俺は瞼を持ち上げた。口を開き、この溶液の中での喋り方を実践する。喉の断面から口へ、この水槽を満たす緑色の溶液を吸い上げ吐き出すような感覚。すっかり慣れた、異常なやり方だった。

 

「確かにその通りでしょうね。生きている実感が無い。ええ、間違いない。実際、あなたはそこにいなければ死んでいる」

 

 それ――黒服と自分では名乗っていた――が見るのは、俺が入っている水槽の隣。そこには、ばらばらにぶつ切りにされ、内容物を取り出された俺の肉体が浮かんだ水槽がある。手も、足も、腹も、内臓も、骨も、筋肉も、神経も、何もかもがその緑色の溶液が満ちた水槽に浮かべられ、静かにそこにあるのだ。今の俺は、バラバラ死体なのだ。生きているだけのバラバラ死体だ。それでも、この溶液の中にいる限り、俺は失血や栄養失調で死ぬことは無いと黒服は言う。実際、俺は首だけになって死んでいないのだから、間違いないのだろうが。

 

「あなたを組み立て直すには、まだ実験が終わっていないのです。今私が欲しいのは、純粋な状態のあなた――写野リヒトの実験結果とその成果だ」

 

 黒服が、水槽から俺の身体の一部を取り出す。ちょうど、背中の辺りだ。そいつを少しナイフで切り取ると、再び俺の背を水槽へ入れた。水槽が振動し、気泡が俺のばらばらになった手足や内蔵、神経を洗っていく。孤児院で使われていた洗濯機も、開けてみればこのように洗っているのが見えるのだろうか。

 

「お借りしますよ、というのも変な話ですかね」

 

 そういう契約とはいえ、自分の身体を刻まれ消費されるというのは変な感触だ。だが、仕方がない。こうしなければ、俺も、ラブも、あそこで仲良く終わっていたのだろうから。彼女は元気だろうか。学校に所属さえしてくれていれば、生活費などは出るはずだ。あの笑顔で、人を笑顔にして欲しいものだと俺は思う。

 

「……これからの問いは、私の興味本位によるものです」黒服は切り取った肉片を何かにしまいながら、「何故、あなたは立ち上がったのですか?」

 

 それが何を示しているのか。知っているのは、俺と黒服だけだ。

 

「あのときのあなたは間違いなく、心臓が止まっていた。体内の血液を全て排出していた。事実、その人造血漿が無ければ、今のあなたは絶命するしか無いほどの酷い状態です。……なのに、何故?」

 

 そんなことか、と声が出た。そんなもの、決まっていた。

 

 

 ――笑っていて欲しい。そう願うのに、理由がいるのか。

 

 

「――ククッ。回答、感謝致しますよ。写野リヒトさん」

 

 一礼して、黒服は消えていく。残されたのは、相変わらず緑色に染まった打ちっぱなしのコンクリートの壁と、微かに響くこの水槽の駆動音。水槽の中に首だけで浮かびながら、俺は再び目を閉じた。俺の脳裏に、彼女の笑顔が浮かび上がった。

 

 

 ――会いたいなぁ。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「――ま、て」

 

 血塗れの手が己の手首を掴んだ時、黒服は正直驚愕していた。

 

 写野リヒトを回収するために孤児院があった場所にやって来た黒服が、気絶したラブの胸の中にいるリヒトを引っ張り出すため、ラブの肩に手をかけ、少女の上体を寝かせようと引っ張った瞬間の出来事だった。

 

 黒服は思わず、覗き込むようにそれを見た。リヒトが目を覚ましている。その赤黒に染まった目と身体で、黒服にそれ以上の行動を許さないと訴えかけているようだった。

 

「何の、まね、だ……この、手は……!」

 

 ぎりぎり、と。黒服の右手の進行を食い止めんと、真っ赤な手が震える。何処にこんな力が残っていたのだ、と黒服は思う。

 

 それは、最早生きたものとはいえない姿をしていた。胴体を貫くように大穴が開き、そこからは身体の向こう側の景色と千切れた臓物が覗いている。脚は直角に折れ曲がり、腕は片方がおもちゃのようにもげ、その皮膚は破裂によって裏返っていた。血糊の装飾を施した人体模型のような有様のまま、写野リヒトは立ち上がる。その身体を支えられず、折れていた脚が決定的に破断する。それでも、未就学児の年齢である子供は、黒服の手を縫い止めていた。

 

「お、まえ。……ラブに、何するつもりだ……ご、ぼッ」

 

 彼女の胸の中に崩れ落ちたリヒトを拾い上げるために行ったラブから彼を引き離すための作業。それを、少女への攻撃だと判断したのだろうと黒服は理解する。

 

「私は、敵ではありません」

 

「じゃあ、この手は何だ。ラブの怪我した肩を掴んだ、この手は何だ……!」

 

 口の端から赤黒い粘液を零しながら、リヒトは黒服を押し込んでいく。死に体の筈なのに、凄まじい力だった。既に変身は解けている筈なのに、全身から血液を放出しきった筈なのに、もう心臓は動いていない筈なのに、リヒトは立ち上がる。その黒い瞳が、力を増す。

 

「申し訳ありません。仔細を見ていたわけでは無いのです」

 

「黙れ、黒スーツ野郎……!」

 

 その表情に、黒服は覚えがあった。先程、彼が孤児院の建造物内に入るその瞬間に浮かべていた、固い決意を漲らせた表情。

 

 自分の全てを捨ててもいいという、覚悟の表情。

 

 そんなものを、まだ小学生でも無い少年が浮かべることが出来るという事実。

 

 それは、()()()()()()()、そして()()()()()()だった。

 

 

 知りたい。

 

 黒服は思う。

 

 その源を知りたい。

 

 知ることを至上命題とする黒服は思う。

 

 その異質を、調べ尽くし、知り尽くしたい。

 

 その果てにあるものを見たいと黒服は思う。

 

 

 黒服という"大人"は、知ることを求める存在である。

 

 そんな彼の前に現れたのが、黒服の知らないものを持った、気高く異質な少年。

 

 ヘイローが無いのに、機械でも獣人でも何でもない、"生徒"と同じような容姿の少年。

 

 それは、未知だった。宝箱だった。

 

 知りたい。知りたい。知り尽くしたい。

 

 黒服という存在は、そのために生きている。それこそが、存在理由だ。

 

「――あなたが死ぬことは、彼女の望むものですか?」

 

「……ッ」

 

 だから、黒服は提案した。契約を持ちかけた。そんなことをせずとも、助けてしまえば貸しを作れる筈なのに。寧ろ今まではそうしてきた筈なのに。

 

 

「――彼女の、ラブさんの安全と、学校に通い保護されるための戸籍。そしてあなたの命。私の実験に協力して頂けるのであれば、保証しましょう」

 

 

 ククッ、と。まるで全てを掌握しているかのように黒服は笑う。その笑い声だけならば、その表情を見なかったのならば、リヒトは黒服に向かって唾でも吐きかけていただろう。だが、二人は向き合っていた。罅割れた黒服の顔を、リヒトは見ていた。そこに表情は無い。ただ、青白く輝くものがあるだけだ。

 

 リヒトは、感じていた。そこに、純粋さを感じていた。嘘を言ってはいないという直感があった。それに、黒服の言う事を尤もだと思う自分がいた。自分が死ぬこと、ラブが死ぬこと、それはあってはならないことなのだ。そして、この手を払えば、あってはならないことが起きることを理解して、リヒトは気付いた。目の前の黒スーツが、それを理解した上で契約を持ちかけてきているのだ、と。恩を売れる筈なのに、それをしていない、と。

 

 

 契約が結ばれたのは、その僅か後だった。リヒトは気絶し、黒服は彼ら二人を連れて、己のアジトへと引き返していく。リヒトを人造血漿のプールに叩き込み、ラブの戸籍を偽造して、黒服はラブに当座の預金を与え、D.U.のホテル――彼が所属する「組織」の息がかかったホテルへと、少女を放り込んだのだった。




一話四〇〇〇字くらいを目指しています。それ以上書いても無駄に長いだけになりそうで怖いので。
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