ただ笑顔を撮りたいだけの少年が救世主として世界を救うまでのお話 作:ヒナニウム欠乏症
色々考えてたら三ヶ月空いてました。申し訳ナス!
「――成る程、これは」
きしきし、と。それは人工物で象られた肉体を軋ませながら言う。
「お前が私を呼ぶとは何事かと思ったが、よもや私のテーマに相応しいモノとはな」
「はっきり言えば、貴方を呼ぶつもりは私にもありませんでした」
罅割れた頭の隙間から青白いエネルギーを漏らしながら、黒スーツの男は平板な調子で、
「しかし、今回の私の実験のためにどうしても欲しいものがありましてね?」
「つまり交換条件、と」
「ええ……報酬はその素材、とある存在から取り出し、精錬することで生み出された、その肉です。貴方のテーマをより進めるものとして、私なりにお墨付きですよ――マエストロ」
黒スーツがマエストロと呼んだ、プラスチックだか金属だかわからないのっぺりとした硬質な素材の顔をした人形のような男は、機嫌良さげにその身体を揺らす。かたかたきし、と。硬質な物質が擦れ合う音がした。
「いいだろう。これは私の"
それで何を作れというのだ、とマエストロは上機嫌に問う。
「ええ――その黒い肉を用いた、複製をひとつ」
◆◆◆◆◆
どれくらいの時間が経っただろうか。昼も夜もない緑色の世界を見つめながら、俺はもう何度目かもわからない思考に有り余った脳内リソースを注ぎ込んでいた。無駄なことではあると思うが、仕方がないだろう。外に出る機会も無いのだから。俺はちらりと下を見る。そこに、俺の身体があった。つい数日前までは、隣にあった水槽でバラバラのまま浮かんでいた俺の身体は、今や何事も無いかのように俺の身体としてくっついている。それもこれも、あの黒スーツが俺の身体から精錬したという黒い肉片の効果なのであった。
「成程。元は貴方の細胞ですからね……実験動物のときよりも遥かに早い。否、まるで最初からそのためだったかのような――」
兎に角、俺は無事、俺の身体を取り戻したのであった。まあ、まだ俺の身体には血液が流れていないので、新たに作られた俺の身体が血をしっかり生み出すまではこの溶液の中なのだが。だが、それももう終わる、とは黒服の話である。いよいよ、俺の身体が動く時が来たのだ。
「……実験、ねぇ」
何をさせられるというのだろう。そういう契約である以上どうしようもないとはいえ、俺の身体は今やあの男のものだ。無論、そうしなければ俺もラブも死んでいただろうことは間違いない。それに後悔は無い。ただ……不自由だ。あの男は笑わない。笑顔のない生活は、否、あの花のような笑顔のない生活は、俺のこころを想像以上に蝕んでいるようだった。贅沢を知ったらもう遅い、というやつだろうか。
恋しい。あの笑顔が恋しい。寂しい。もう一度会いたい――
「失礼しますよ、リヒトさん」革靴の音がした。「調子は、良さそうですね」
「まあな。それで? あんたが来るってことは、実験だろ? 今度は何だ? 指でも切るのか?」
「身体を戻してからは何もしていないでしょう。ええ、実験というのは相違無いのですが」
言って、黒服は何かを取り出した。その黒いボール状のものを、俺は見た。
「リヒトさん、貴方の細胞を加工し生み出した物質です。これに触れていただけませんか?」
逆らう理由もない俺は、黒服がパイプから溶液の中に沈めたそれを持ち上げる。触れた感じは、ゴムボールだ。だが、中までみっちりと何かが詰まっている。どういうつもりだ、と思う間も無く、俺の頭の中を何かが走った。閃光のように、テレパシーのように、それは問うてくる。
――貴方の思い出は何? と。
瞬間、俺の頭の中で膨れ上がったのは、笑顔だった。俺に正しい常識を、あんな美しいものを教えてくれた、ラブの笑顔だった。
変化は一瞬だった。黒い肉が突如膨張し、俺の入るカプセルを揺すぶる。右手の中で変化を始めたそれを、俺はただ見ていることしか出来ない。カプセルの外で、黒服は観察している。
「――記憶、そしてそこに紐付く感情。それに従い姿を変える……マエストロもする仕事はいいですね、ええ」
そして、それは形を為した。ばりん、と。俺の入っていたカプセルが割れ、俺は右手で触れた黒い物体と一緒に外界へと吐き出される。何年ぶりかも定かではない溶液越しで無い世界に瞠目しながらも、俺は何かを感じていた。
それは、温度。
右手から伝わる、好ましい温度。
俺は見た。右手を見た。
そこに、手があった。
手の根本には腕があり、肘があり、上腕があり、そして肩と胴体があった。
果たして、俺は見た。
真っ黒い肌と赤い瞳の俺より幾らか年齢が上だろう少女が、瞬きもせずに俺を見つめている姿を。
「――それが、貴方の源ですか。リヒトさん」
「……どういうことだ?」
黒服は少しだけ不機嫌そうに続けた。
「それは、人間の持つ記憶、感情を受け姿を変える生命体なのですよ。……私の仮説とは少々離れた結果ではありますが」
「……道理で」
その少女は、似ていた。目の具合だとか、顔の形だとか、そういうところがラブそっくりだった。だがその表情は、無。ただ能面のように、俺をじっと見つめている。
「……」
「何か、言えるか?」
「……」
だんまりだった。彼女はただずっと、俺を見ている。瞬きせずに、右手を離さず、ただ俺を観察している。そんな彼女を少し見てから、黒服は俺に言う。
「次の実験は、それと共に過ごすことです。何をしても構いませんよ。それの変化や貴方の変化を確認したい、ということですよ」
「……彼女、元は俺の身体、なんだっけ」
「ええ。そして、貴方の肉体を修復したものと同じ原料です」
「……やるよ。そういう契約、だからな」
必要なものがありましたら呼んでください、と言い残して、黒服は消えていく。残ったのは、俺と少女、そして半壊した俺の住処だったカプセルのみだ。
「……」
「……」
「……」
気不味いので取り敢えず聞いた。
「……あー、君、何したい?」
「……」
「……」
長い沈黙の後、少女は静かに口を開いた。
「笑い、たい」
「え、笑う?」
こくり、と少女は首肯した。長い黒髪が少女の顔を半分ほど覆う。そこで初めて、彼女が何も身に着けていないことに気がついた。だが、何か着せようにもここには何も無いし、彼女は俺の右手を掴みっぱなしである。一旦諦め、俺は彼女と相対しないように、その隣に座ることにした。べちゃ、と冷たい感触を味わってから、俺も何も着ていなかったことを思い出した。
「……」
「笑う」
「……いいんじゃないか、笑って」
今は裸であることに狼狽えている暇はない。そう判断し、俺は気合を入れ直す。だが、彼女はその表情を歪めて、
「出来ない。……私が知っているようには」
「知っている?」
「……あなたの、思い出。その中の人みたいには出来ない。その人みたいな顔には出来たのに、同じ顔が出来ない」
彼女には自分が渡したものしか無いのか、と俺は気付いた。黒服も言っていた通り、彼女は今、俺が渡したことしか知らないのだろう。なのに、その情報通りに出来ない。それを嫌がっているように思えた。
(……人の記憶や感情で姿を変える、か)
そういう生き方を運命づけられているというのなら、その真似をすることをプログラミングされているのなら、それはきっと、とても辛いだろう。存在意義を果たせていないのだから。……だが、違う。俺は思うのだ。
「いいんじゃないか、出来なくって」だってそうだろう。「俺が君に見せた彼女と、君は違う存在じゃあないか」
「……じゃあ、どうすればいい」
「好きにやればいい。だって君は自由じゃあないか」正直君がどういう存在なのかはわからないけど、「だって生きてるじゃないか、君」
少女は暫し呆然としていた。そして、そのまま目を瞬かせると、まるで電池でも切れたかのようにふらりとその上体を倒してしまう。彼女をどうにか床の上に安置した俺は、早速黒服に注文をかけることにした。
――二人分の服とメシをくれ。
オリヒロイン編始動とか原作モノの自覚無いんとちゃう?