コナン君に怪しまれれば死なずに済むと思ったけどワンチャン捕まる可能性出てきた 作:Splite
住宅街の外れにポツンとある、一般的なものより大きな一軒家。その家の前に一人の男が立っていた。まるで三国志に出てくる武将のように立派な髭を生やした男――諸伏高明は、コホンっと一つだけ咳払いをして、その家のインターフォンを押した。すると、すぐに中からドタバタと音がして、黒髪の女がガチャっと中から扉を開けた。
「はーい!!」
――岩舩千代子。この家の主である。
「高明くん。久しぶり!」
「ええ、お久しぶりです、千代子さん」
高明は眩いものを見るかのように目を細め、千代子を見る。そんな高明の表情に気付かず、千代子は口を開いた。
「さ、中入って」
「お邪魔します」
「ただいまで良いって言ってるのに…。おかえり、高明くん」
諸伏高明は大学時代、この家に居候していたことがある。
高明は子供の頃、両親が強盗に殺され、長野の親族の家に引き取られた。東都にある東都大学に進学するにあたって、大学内の寮を借りようかと思っていたが、親族の知り合いの夫婦が良ければ自分の家に住まないか、と提案してくれたのだ。最初は申し訳ないからと断っていたが、親族の人達に勧められたこともあり、大学生活の四年間、世話になることにした。
春になり上京し、いざ家へ向かうと、その家には夫婦だけでなく、中学生の女の子も住んでいた。その女の子というのが千代子だ。聞けば、彼女は夫婦の実の子供ではなく、夫婦の親戚の子供らしい。彼女は実の母親にネグレクトされていて、児童虐待の罪で母親が捕まったのをきっかけに、子供のいないこの夫婦に引き取られたようだ。実の子では無いにも関わらず、夫婦は千代子のことを大変可愛がっていて、千代子も実の親のように夫婦を慕っていた。既に両親が亡くなっている高明にとって、その光景は無くなった物が戻ったかのようで、とても眩しかった。
四年間の大学生活が終わり、居候した家を去った後も千代子や夫婦との親交は続いていた。その頃にはもう、高明にとって千代子や夫婦は第三の家族のようだった。ちなみに第一は殺された両親と弟の景光、第二は自分を引き取ってくれた長野の親戚だ。
――だから高明が二十五歳になった頃、夫婦が亡くなり落ち込んでいた千代子に声をかけたのだ。長野で一緒に住まないか、と。
結論から言うと東都から離れたくないからと千代子に断られてしまったが、今でも親交は続いている。千代子が長野の高明の家に行くこともあれば、高明が東都の千代子の家に来ることもあった。
高明がこの家にやってくると、千代子はいつも、おかえり、と高明に声をかける。まるで、ここも貴方の帰る家なんだよ、と言うように。高明は、気恥ずかしさと遠慮からいつも、ただいまとは言わないが、千代子のおかえりという言葉を聞く度に胸が暖かくなるのを感じていた。
● ● ●
「それで、結局荷物はなんだったの?」
リビングの椅子に座った高明にお茶を出しながら千代子が尋ねる。
荷物、というのは今回高明が東都に来た理由だ。高明が東都に来たのは千代子に会うためだけではなかった。警視庁から、恐らく高明宛の荷物があると知らされ、その荷物を受け取りにわざわざ東都まで赴いたのだ。尤も、いざ警視庁に行くと担当の刑事が出払っていて、次の日また警視庁へ伺う前に怪盗キッドと一悶着あったりはしたのだが、それはまた別の話である。
千代子の言葉に、出されたお茶を飲んでいた高明は、そっとお茶を置いて、先程警視庁で受け取った高明宛の荷物を思い出し、静かに目を伏せた。
「人生死あり、修短は命なり…。薄々気がついていましたが…弟は…景光は亡くなったようです」
諸伏高明には弟がいる。実の両親が殺された際に別々の親戚に引き取られ、東都で警察官をやっているはずの弟が。
警視庁で受け取った封筒の中には、中央に穴の空いたスマートフォンが入っていた。即座に弟は――景光は、このスマートフォンから情報を漏らさないため死んだのだと分かった。どう見ても中央に空いた穴は弾痕なのだから。景光が公安に配属されたのではないか、とは薄々分かっていた。両親が亡くなってから警察官になるのだと、あれほど宣言していた弟が、警察学校を卒業してすぐ、警察官を辞めると言うはずがない。
「そっか」
高明の言葉に千代子はただそれだけ呟いて、自身もズズっとお茶を啜った。
「何も聞かないのですか?」
千代子は元々あまり根掘り葉掘り質問してくる性格ではないが、それでも死因であったり、なぜ判明したのか聞いてくると思っていた。
そういえば、と高明は思い出す。
居候していた頃もこんな感じだった。高明が出かける度に何処に行くのか聞いてきた夫婦と違って、千代子はただ「行ってらっしゃい」とそれだけ言って見送ってくれた。弟に会うと言った時も夫婦には弟がいた事に驚かれ、根掘り葉掘り聞かれたが、千代子は今日のようにただ「そっか」と言うのみだった。
別に興味が無いと言う訳ではない。高明が夫婦に両親が殺されたこと、それで長野の親戚の家に引き取られたこと、弟とは離れ離れになったこと、東都に来れて弟と会う時間が増えて嬉しいこと、そんな話をしている時、ずっと千代子は耳を傾けていた。
全て話し終わった後、夫婦が辛かったね、大変だったねと今までの大人と同じで悲劇に同情的だったのに比べて、千代子は「弟が生きていて良かったね」「弟くんどんな人なの?」「長野行ってみたいな」と悲劇に対して何とも思っていないようにあっけらかんとしていた。
千代子もネグレクトされていた、という悲劇的で同情されがちな過去があるからかもしれない。ただ、高明にとっては千代子のそんなさっぱりとした部分が心地良かった。そこからだったと思う。それまで夫婦の娘として、居候先の娘としての認識でしか無く、あまり会話をした事の無かった千代子に話しかけるようになったのは。
「変わりませんね」
高明は小さく息を漏らすかのようにクスッと笑った。
「聞いて欲しいの?」
――どうなのだろうか。流石に聞いてくるだろうとは思っていた。実際には聞かれなかったが。
予想と違っただけで不快感はない。寧ろ心地よいとさえ思う。
高明は何も答えなかった。それが答えであるかのように。
「じゃあ、何も聞かないよ」
その沈黙が答えなのだと、千代子もきっと分かっていた。そう言った千代子に答えるように高明が口を開こうとすると、先に千代子が言葉を続けた。
「――でも」
力強く、それでいて平坦に、少しの吐息と共に言葉を置く。
「会ってみたかったなぁ、高明くんの弟さん。きっと高明くんの話で盛り上がったと思うよ」
高明にとってそれは予想外で、それでいて暖かく、そして冷たく残酷な言葉だった。
弟の――景光の死を惜しんでくれる人が他にも居た嬉しさ。もう会うことの出来ない、会わせることの出来ない虚しさ。後悔。
景光が亡くなったことに関して衝撃はあったが、職務を全うしたのだと一人の警察官として自身を納得させていた。でもこうして、二度と会えないのだとそう思わされると、兄として、一人の人間として、様々な感情が押し寄せてきて、もう、駄目だった。
気づけば、涙が一滴頬をなぞるようにゆっくりと落ちた。止まらなくなった涙を声も立てずに流す高明を、千代子はただ何も言わず目を伏せて聞いていた。
● ● ●
「…ところで」
涙も落ち着いた高明に二杯目のお茶を出す千代子に高明は口を開く。
「結婚式はいつになる予定ですか?」
「⋯何の話?」
さっきまで泣いていたのに、何でもなかったかのように違う話をし出す高明に流石の千代子も戸惑った。
「前に見つかったと言っていた幼馴染。一緒に住んでいるのでしょう?」
高明が居候していた頃、千代子に生き別れになった幼馴染がいて探していると聞いたことがあった。一緒に探すと言っても、自力で探したいからと、名前も特徴も聞けなかったが、その幼馴染が男であることは知っていた。
その幼馴染が数年前に見つかったと報告されてから、音沙汰はなかったが、明らかに一人分ではない冷蔵庫の中身や食器、千代子が飲まなさそうなお酒、そして何より男物の靴が玄関に置いてあった時点で誰かと住んでいるのは容易に想像がついた。
それが千代子の探していた幼馴染というのはただの勘だが、高明は今まで自分の勘が外れたことは無いと知っていた。
「⋯そういうのじゃないって散々言ってるんだけどなぁ」
観念したかのように千代子が呟く。
千代子が幼馴染を探していると知った時、幼馴染ととある約束をしたことを聞いた。約束の内容までは教えてはくれなかったが、これだけ探しているということは、結婚の約束などではないか、と予想していた。
見つかった時の千代子の興奮具合からしてもきっとそうなのだろうと思うが、ここで詰めていざと言う時に何も言ってもらえなくなっては困ると、今は千代子の言葉を信じることにした。
「もし本当にそういう関係性でないならば、あまりほいほい家に上げるのは感心しませんが」
「…高明くんって姑みたいだね」
拗ねるように千代子は口を尖らせた。
「そこは、無防備な妹を守ろうとする兄みたいだと言って欲しかったのですが」
「ふふ、兄がいたらこんな感じなんだろうなとは思ってるよ」
● ● ●
千代子の家を出て、最寄りの駅まで向かう。送っていくと言われたが、一人になりたいから、と断った。歩いている途中で電話をかける。
「荷物は受け取ったのか?高明」
2コール目も鳴らない内に、電話の向こうから男の声が聞こえた。
「いの一番にそれですか、敢助くん」
――大和敢助。高明の長野での幼なじみで同じ長野県警の警察官だ。
「仕方ねぇだろ?例の怪盗にしてやられた上に、荷物も受け取れなかったら折角東京まで行った意味ねぇんだから」
「してやられた訳ではなく、見逃したんですよ…。まあそれは良いとして、心配しなくとも荷物はきちんと受け取りましたよ。…私宛でした」
「――そうか。なら早く帰ってこい」
ごく自然に答えるその声に思わず電話越しに笑みが漏れる、すると横から女性の声が聞こえた。
「敢ちゃん、諸伏警部がいないと張り合いが無いってうるさくて」
敢助の幼馴染で同じく長野県警の警察官――上原由衣だ。
「ああ?誰もそんなこと言ってねえだろ、上原」
「あら?しきりに高明なら〜って言ってたのは誰だったかしら?」
「んな事言ってねぇよ」
「言ってたわよ」
電話越しに聞こえる夫婦漫才のようなやり取りに、思わず、ふふっと声が漏れる。
「何笑ってんだ」
「いえ…そんなに寂しかったのなら早く帰らなければ、と」
「だから、誰も寂しいなんて言ってねぇよ!!」
声を荒げた勘助にククッと高明には珍しく大きく笑った。そんな高明が珍しかったのか、電話の先は無言だ。そんなことお構い無しに高明の声は弾む。
「敢助くん、上原さん」
「なんだぁ?」
「どうしたの?」
「長野に帰ったら聞いてください。弟と――妹の話を」
お前妹なんかいたか?と疑問を浮かべる敢助の声と、もしかしたら妹分のようだって言ってた大学時代の下宿先の娘さんのことかしら?と鋭い結衣の声を聴きながら電話を切った。
閑話なので簡単に。
次回テコ入れ回。