『月明かりの下で』短編   作:椒 朔月

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望月朔兎(もちづき・さくと)───《炎の銀狼》

長瀬創(ながせ・はじめ)────────刑事

不知火朱輝(しらぬい・あき)──────技師
倉波亜澄(くらなみ・あずみ)─────魔術師


魔剣
妖刀と魔剣 前編 魔術然り


 絶叫が響く。聖堂の真ん中、祝福などなく散った仲間の亡骸を抱えて、男は慟哭する。

 あるものは凍てつき、あるものは焼け焦げ、あるものは磔に、あるものは串刺しに、あるものは粉々に。

 男は叫ぶ。仲間だった()に囲まれて、喉が枯れても、声が枯れても、息が枯れても。男にはそれしか出来ないから。男には力が無かったから。男には、無力以外に何も無かったと理解したから。

「なんで」

 ――お前が弱かったから。

「みんな死んだ」

 ――お前が無様で、無力だったから。お前は無能で、無為で、無謀で、無駄で、無理で、無茶で、無明で無垢で無恥で無味で無愛で無常で無体で無道で無才で無知で無学で無責任無理解無内容無思慮無価値無意味無分別無頓着無秩序無資格無意識無無無無無無無無無無無無無無無無。

 ――お前に初めから、何も無かったから。理想は所詮、幻想でしかなかったから。

「違う」

 男は自責を断つ。己が使命は、ここで首を切ることではないと。

 怨嗟へ、昇華する。

 怨恨へ、転嫁する。

 怨讐へ、逃避する。

「誰がやった? 誰が殺した? 誰が、誰が、誰が」

 繰り返す。忘れぬために、刻み込むために。心臓が、それでしか動けなくなるように。

「人間じゃない。神なんかでもない」

 むしろ、獣や虫の方がずっと近い。だけどそれは、それらよりもずっと醜く、悍ましく、気持ちが悪い。

能力者(バケモノ)どもが、殺したんだ」

 

 

 

「魔術師?」

 都内の片隅、何でも屋を営む望月の元へ、馴染みの客人が顔を見せていた。

「ああ。イギリスから日本に来るんだってよ」

 促されるまでもなくソファに腰かける男の名は長瀬創(ながせ はじめ)。警視庁の刑事で、くたびれたスーツと無精ひげがやけに似合う、いかにもベテラン刑事(デカ)といった風体。歳は三十いくつらしいが、四十代だと言われても違和感のない、独特な風格を纏っている。

「ふーん」

「なんだ、興味ねぇか?」

「まあ。そいつがテロでも起こすんなら別だけどな」

 仕舞いこんでいた来客用の灰皿を出しつつ受け応える。

「テロ……な。ないとも言い切れねぇんだよな」

「へぇ? 前科持ちか?」

「そういう訳じゃねぇさ。ちょっと訳アリっぽいがな」

「訳アリねぇ……」

 この時世、態々イギリスから来日しようなんてやつに、訳が無い方が不自然だとは思うが。

 訝しみつつ、冷蔵庫から缶コーヒーを二本引っ張り出して、

「ほい」

 どさりとソファに腰を降ろせば、長瀬へ缶を片方、無造作に投げて寄越す。

「っぶねぇな。スチール缶だろ、これ。……ホットねぇのか」

 キャッチに成功した長瀬が悪態をつく。

「文句つけんなら自分で買ってきな」

 一蹴すれば、長瀬は不服そうに押し黙った。

 よく冷えたコーヒーを渋々口に流し込んで、話を戻す。

イギリス(むこう)じゃそこそこ名の知れた傭兵らしくてな。それも能力者専門、集団でもなくたった一人で能力者を圧倒する。ついたあだ名が、《人外狩り》」

 感情がかすかに揺れる。

「そりゃ随分とまぁ、物騒だな」

 《人外狩り》――人とではなく、能力者を。戦うのではなく、狩る。

「その仕事は傭兵ってより、むしろ殺し屋に近い。受ける仕事も、能力者の要人暗殺とか、能力者が集まったゲリラの殲滅とか、手を出しにくい能力者を殺す仕事がほとんどらしい。個人的な因縁か思想か。まぁ多分後者だな」

「そうか? 個人的な――それこそ恨みとかじゃなきゃやらない執着ぶりに聞こえるけど」

「ま、それも否定はしねぇけどな。ただ、イギリスの内情とかを考えると、そうとも言い切れねぇのさ」

 懐からシワのついた箱を出して煙草を蒸かし始めた。腰を据えて話すつもりらしい。

 そこそこ長話になることを覚悟しつつ、望月は缶のタブを起こす

「イギリスの情勢については知ってるか?」

「少しはな。内閣が教会に取り込まれて、実質政権を握ってるのは宗教家連中。そこにバチカンのお偉方も手を入れてくる。ってくらいの認識だけど」

 高校での授業内容を三年ぶりに思い出しつつ語る。

「ああ。国のかじ取り自体は教会がやってる。だが、国内まで一枚岩って訳にはいかねぇのさ」

 長瀬の言わんとすることを察しつつ、黙して言葉の続きを待つ。

「教会の他、特に力を持ってんのが魔術師たち。その中心にあるのが、『英国魔術学院』っつー大学だ。件の《人外狩り》も、そこの出らしい」

「魔術師ってそんなにいんのか」

「日本でいう能力者くらいの割合だな。魔術師には、国家転覆もわけねぇ力を持った奴らも居る。そういう事情が絡んで、国内じゃ教会と並ぶ一大勢力なのさ。

 幸い、連中のほとんどは研究者だから、国外にその力を向けはしねぇがな」

「……けど、魔術って言えば、キリスト教じゃご法度みたいなイメージだけどな」

「実際、教会との仲がいいとは言えねぇな。勢力図としちゃ、真っ向からの対立勢力って捉えてもいい。――だが、共通して嫌ってる存在もある」

 どこか陰りのある長瀬の調子に、望月も察したように呟く。

「能力者、か」

 長瀬が静かに頷く。

「お互いそれぞれの理由で能力者を嫌ってる。教会にとっては魔術と変わらない異端。魔術師たちにとっては能力者の存在そのものが自分たちの学問に対する冒涜だ」

 長瀬の口調は自然と硬くなる。

「そんなんだから、イギリスに産まれた能力者は日本よりもずっと強い差別や迫害を受ける。異種族はその性質によるが、概ね同じだ。

 政府に嫌われるだけならまだなんとかなる。一勢力相手でもな。だが、政府と民間のそれぞれに迫害される板挟みじゃ、どうにも立ち行かねぇだろうよ。扱いがひどすぎて、まずまともに生活する道は断たれる。

 言葉を選ばず言うなら、現代版の魔女狩りみてぇもんだな。実際に魔女裁判じみたことだってあるって聞く」

 魔女狩り、魔女裁判。その言葉は、惨状を表すにはあまりに明瞭で分かりやすい。そして他の何より、望月の神経を逆撫でる。

 努めて冷静さを手放すまいと、冷たいコーヒーを一息に干し、話を咀嚼する。

 そして長瀬の先の発言に納得して、少しだけの焦燥を持って望月が口を開く。

「なるほど、だからテロも有り得るってのか」

 排斥思想を持ち込んだ海外勢力によるテロ。それには前例がない訳ではない。望月にしても、そういう相手と戦ってきたのだから。

 渡航するのは一人。しかし、それが《人外狩り》と呼ばれる、集団にも劣らぬ個であるなら、その危険性を否定する理由は消え失せる。

「そういうことだ。現状じゃどんだけ考えても憶測だがな」

 長瀬は紫煙を呑み、やるせなさそうに天井へ吐く。

「いくら予測できるっつっても。まだ何もしてない外人相手じゃ、警察も簡単に手が出せねえ。精々、何か起こってからの後手対応が関の山だ」

 長瀬は、煙の香りが残る口内へ、残りのコーヒーを呷る。

 話を飲み込んだ望月が、意気巻いて問う。

「そんじゃあ、今日うちに来たのは、そいつの関する依頼か?」

 態々仕事の合間を縫って顔を出したのには、相応に意味があるんだろう。

「ああ、その通り――って言いたいんだが、それも上に止められててな。また別の用事なんだわ」

 と、長瀬は調子を一転明るくして、懐から一つのメモ用紙を取り出す。揶揄うような笑みを浮かべたかと思えば、それをこちらへ差し出した。

「お前のガールフレンドからお呼び出しだぜ」

 

 

 

 望月が呼び出されたのは、とある大学の研究室だった。

「遅い」

「長瀬さんに言えよ」

 苛立ちを隠さないその仕草は出会った頃から変わらない。現在では異能工学を専攻し、異能生物学にも手を出しては単位を貪る、異才溢れる女子大生――不知火朱輝(しらぬい あき)は、白衣の袖に通した細い腕を胸の前に組んで、抗議的な眼差しを望月へと向ける。

「流石に二時間の遅刻はルーズがすぎるでしょ」

「あの人にメモ渡されたの、一時間前だぞ」

 不知火は驚いたような呆れたような、絶妙な表情を見せてから矛を納めて溜め息を吐いた。

「分かったわ、あなたに非がないのは認める」

 その言葉に内心で胸を撫で下ろしつつ、気にかかったことを尋ねる。

「ってか、普通に自分で連絡すればよかったろ。お前は俺の番号知ってんだから」

「あなたこないだ携帯変えた時、番号伝えるって言って忘れてるでしょ」

「あー……」

 しまった。以前、仕事中に携帯が粉々になったので、新しく買い直したんだった。仕事で使う連絡先以外、普段中々使わないのですっかり失念していた。

「――」

「……」

 まずい。無言の視線が痛い。

 耐え兼ねて視線を逸らせば、不知火はまた呆れた息をつく。

「まあいいわ。あとで教えてくれれば。とりあえずこっち来て」

 

 望月は不知火の後に着いて、研究室の奥地へ歩を進める。研究室といっても、通常の組織だったそれではなく、あくまでも施設としての呼称である。不知火は高校時代に培ったその横暴さに磨きをかけ、大学の研究施設を丸々一つ、ただの個人で占有しているのだ。大きな棟の一フロアに過ぎないとしても、彼女の優秀さと実績が無ければ夢にすらならないことだろう。

「しっかし、まあ……」

 この扱いというものが酷い。というか、あまりにも私物化が過ぎると望月は来るたびに抱く感想を反芻する。

 始めの部屋から奥に進めば、その片鱗は垣間見える。壁、天井、床の区別なく無尽に這い廻る配線。廊下を埋め尽くさんばかりのそれらは、どれも脇の部屋へ繋がっている。その先には無数の機械類。それらの風通しと冷却のため、常に回り続けるファンの音がゴォゴォと響き、少しでも節電するためか照明も点いておらず薄暗い。

 それら工学に根差した大多数の部屋に加え、一部、異能生物学に関する物品が詰め込まれた部屋も存在する。大量の検体、やけにでかい電子顕微鏡。それ以外は知識のない望月には判別できないが、とにかく大きな機械が複数。検体の中には生きているものも含まれ、無機と有機が蠢く空間は、いっそ魔窟。或いは異界と称してしまったほうが相応しい様相を呈する。

「魔術師……ね」

 彼らの持つ拠点と言えば、ちょうどこのようなものだろうか。と、先刻の長瀬との会話を思い出し、思考する。

「何、今更ハリーポッターにでもハマったの?」

「映画は全部観たよ。高校の頃にな」

 軽口で返してから、長瀬に聞いた話を伝える。尤も、ほとんどの事において不知火の知識に望月が敵うことはないため、態々話したのは日本に来ると言う魔術師のことだけだったが。

 一通り話を聞いた不知火は一度足を止めて、思案するようにしながら口を開く。

「《人外狩り》ね……聞き覚えはあるけど……」

「なんか知ってるか?」

「んんんー……詳しいことは何も……ああいや、少しだけ。その魔術師、魔力が使えないって聞いたことがある」

「……は?」

 魔力というのは、そのまま魔術を使うためのリソースか何かだろう。辛うじて理解が及ぶのは、そこが限界だった。

「つまり一般人と体質的には何も変わらない。それなのに魔術師として名が知れてるって」

 魔力が使えない。畢竟、魔術が使えない。だというのに、魔術師の肩書きを冠する。話を整理して、思考する。聞いてすぐの混乱はそれで消えて。

「いや、そう変な話でもないのか……」

 確かに、一切の異能を持たなくても能力者に匹敵する人間は存在する。或いは武道家。或いは軍人。或いは公僕。或いは一般人の中にでさえ、その者たちは確かに存在している。たとえ無能力者に分類されるとしても、その力は異能と呼んで差し支えない。それは鍛錬の果てに至る境地、もしくは才能が拘束する極地であり、人間の可能性の具現。

 その存在を認める以上、魔術を使わない魔術師も、それほど不可思議でもないのかもしれない。尤も、重要なのはそのカラクリの方で、それについては不明瞭なままだ。

「本人がどうであれ、呼び方なんて所詮、客観が決めるものだしね」

 最後にそう言い置けば、また不知火は歩き出した。

「所詮は評価か……そうかもな」

 その客観に、必ずしも当人が入らないとも限らないが。

 

 不知火に付いて、もう少しだけ研究室を奥に進めば、目的の部屋に到着した。

 他とは画一して片付いた内装。まとまった機材の並ぶ簡素な机に椅子が二つ。これまでの印象と一変して、病院の診察室のようだ。

 望月は何度かここを訪れているが、片付いているのは別に人を招くからではない。ここで行うことを考えれば、単純に物が多くては危険なのだ。

「準備するから、袖捲っといて」

 血を採る看護師のようなことを言いながら、不知火は机の上の機材をいじり始める。言われた通りボタンを外して袖を捲る。

「それじゃあチクってしますよー」

「ほんとに看護師やってどうすんだよ」

「けど実際、多少痛いでしょ?」

「……まぁな」

 少しだけ迷って、望月は強がらずに答えた。

 満足気に笑みをこぼした不知火が望月の腕を持ち上げ、何やら大仰な機材を取り付ける。ちょうど、猫型ロボットが出す空気砲のように、手首から先をすっぽり埋めたそれに、不知火は更に一回り大きい機械を取り付けた。こちらは透明な素材を用いた窓から中身を覗ける構造で、検体を保管するケースの役割を果たす。

「それじゃ、今回も…いや、今回は特に、思いっきりお願い」

「了解」

 返事を聞けば、不知火は少し離れてモニターに移る。

「ふーぅ……」

 一つ息を整えて、機械に飲み込まれた手に力を籠める。温度の上昇。瞬く間に、望月の手を中心に炎が灯る。機械がそれを抑え、ケースへと押し込む。

「壊れないからもっと。手加減なしで」

 最高の技術屋にそう求められ、応えなければそれは据え膳食わぬ男も同義。

 不知火の言葉に全幅の信頼を置いて、望月は全霊で炎の火力を上げる。その光が微かに白む頃、炎の揺らぎが停滞する。初めからそうであったように、()()()()()()()()()()()()そこに収まった。同時に、望月も発火を止めて、ケースには熱気と結晶化した炎だけが残された。

「はい、お疲れ様。流石、最高記録よ」

 温度の上昇やその他機械内の状態を観測していた不知火が、素手のまま望月の手からその機械を外す。どうやら熱は完全に機械の中で密閉されているらしく、それを扱う手は火傷どころか、熱にうめくことすらない。

「これ、保冷剤」

「悪ぃな」

 受け取ってまだ熱の残る手を冷やす。強烈に蒸気を立てて熱を奪われる感覚に、望月が悦の唸りを上げる

「ぁ、あ~~~ぁ……」

「ふふっ、おっさんくさいわよ」

「……っせぇな」

 最近成人したばっかりだぞ。やめろマジで。

「しかし……ほんとどうなってるの、これ」

 ケースの窓越しに炎の結晶を眺めながら、不知火が呟くように言う。以前に聞いたところによれば、鉱物のようでもあって有機物の特徴もある、琥珀や有機鉱物に近しい物質らしい。実験した限りでは、帯びている熱を失い、一定の温度を下回ると溶けて霧散するらしい。不知火の持つケースには、熱を留めることで炎の結晶が融解することを防ぐ効果もあるのだそうだ。

「そんなに変なのか、それ」

「そりゃそうよ。そもそも炎なんて物質でもないのに、どうやって固まってるのかも謎。異能に対して科学的なメカニズムをそのまま当てはめるのが、そもそもお門違いではあるけど」

 まぁそれを無理矢理やろうとしてるのが今なんだけどね。そう付け足して、不知火は肩をすくめた。

 数ヵ月前、不知火に依頼を持ちかけた日から、定期的にその結晶の()()のため、望月はここを訪れている。

 その目的の一つが、望月の能力の解析。その性質の詳細な情報を解析し、能力に異常をきたしていないかを調べる。そういう意味で、この部屋が診察室というのは、あながち間違いでもない。

 もう一つが、その結晶を不知火の研究や開発に活かすこと。それは望月の依頼にも直結する。なにせ、その結晶そのものを素材に使うのだから。

「そーいや。例の開発ってどんな感じだ?」

 完成が待ちきれずに逸る胸中を抑えつつ、思い出したように、あくまでも確認として問いを投げた。

「順調よ。あとは()()()を加工して組み込むだけかな」

 ケースを細い指でつつきながら、簡潔な説明をくれる。

「けど完成はまだ先。素材が揃ったからって昨日の今日って訳にはいかないわよ」

 望月を意図を察して、不知火は釘を刺すように言う。本当、こいつには強がりが効かない。

「ま、品質については保証するわ。かなりの自信をもって仕上げてるから。それこそ、高校以来ね」

「そいつは、俄然楽しみだ」

 

 

 

 不知火と別れて、しかし望月は大学の門ではなく、構内へと足を進めていた。

 回想。採取が終わって多少駄弁る間、不知火が「そういえば」と切り出した。

「さっき話してた魔術師の件。一人その手の話題に詳しい知り合いがいるから、その子に聞いてみてもいいんじゃない?」

 それからも少し駄弁っていて、気づけば夕方に差し掛かっていた。その知り合いもすでに帰ったのではと肝を冷やしたが、不知火曰く「大丈夫じゃない?」とのことだった。

 なんでも、退校時間ギリギリまで居座っているか、4割くらいの確率で泊まり込んで研究に没頭しているらしい。不知火はそんな姿勢を、悪態をこめて「研究バカ」と評したが、同族嫌悪だろうか。

 回想終わり。そうしている間に目的地が見えてきた。

 大学構内の隅に位置する小さな建物。そのさらに隅でひっそりと佇む、ゴシック系のごてごてな装飾で彩られた小さな扉がその入口だ。

 大方、なにかしらの準備室でも占拠したのであろう部屋のネームプレートには、上書きする形で紙が貼られている。マジックで書いたらしい手書きの飾り文字で「魔術研究会」と殴り書かれている。紙の四つ角を接着するテープの内一つが剝がれていて、その仕事の雑さが伺える。

「いかにもだな……」

 全く本当に、色んな意味で、いかにも。って感じだ。が、ここで臆してもいられない。意を決してその扉を開けようと手を伸ばした。

 しかし、その手が触れるよりも先に、勢いよくその扉が横へスライドした。

「失礼なのです。人の城の前で」

 そこに立っていたいのは、一人の少女だった。否、ここは大学なのだから、相手も大学生のはずなのだが、とにかく少女と見紛う容姿をした女だった。

 望月とは頭一つ以上低い背丈に、透き通る金髪が腰まですらりと伸びる。長い前髪が被っても尚陰ることのない、無垢に輝く紫紺の瞳。つま先から頭のてっぺんまでフリルだらけの黒いゴシックロリータで統一したファッションには、ある種こだわりやプライドすら見て取れた。

「出会い頭にあまりジロジロ見られても困るのですが……」

 実時間でまだ一秒と経っていない気がするが。

「仕方ないのです、そんなにこの礼装が気になるのですか貴方」

「いや、気になるっつーか珍し「これこそ! 全魔術防御結界極東活動用換装型Mark.VI!!」

 聞けよ。

「我が魔術研究会の集大成にして研究の粋を凝らしたあらゆる魔術に耐性を持つ結界を衣服の形で成形した魔術礼装! 異能が浸透する日本での活動を前提に異能への耐久性も兼ね備えた超超超スーパーなバトルドレスなのです!!」

 望月はただ、冷えた瞳で少女を見る。

「あ、あれ」

 どこまでも冷たい瞳が、真っ直ぐに少女を貫く。

「あ~、え、えっと~そんな熱視線を向けられても私困っちゃうのですよ~……?」

 欠片の温度も宿らない視線は、微動だにせずに少女を射止める。

「あっと、そのえっと……………………ごめんなさい、今さっき完成したもんでテンション上がってて…………」

 存外、素直なやつらしい。

「はぁ……とりあえず、まずは自己紹介しよう」

 深く息をついて、それで一度流す。

 正直少し、いやかなり。既に帰りたい気持ちが山々なのだが。それでも必要なことだと割り切り、まずは関係を結ぶことから始めよう。

「俺は望月朔兎(もちづき さくと)。あんたは、倉波さん?」

「あっ、はいです。二年の倉波亜澄(くらなみ あずみ)なのです。なんで私の名前…」

「朱輝……じゃなくて、不知火に聞いたんだよ」

「ぬいちゃんが?」

 倉波は、きょとんと不思議そうに首を落として、望月の額辺りに視線を上げた。そこに生える片角に。

「あぁ!望月さんって!」

 何か思い出したらしく、合点がいったと文字が顔面に浮き出そうな程分かりやすい晴れやかな顔を見せて、

「あなたが噂の、ぬいちゃんの彼氏さんですか!」

 心底嬉しそうな笑顔だった。

「なんだ、それ……」

 背筋を走るあらゆる感情と寒気を務めて抑えこみ、望月の声は酷く乾いていた。

「みんな……主に同期の間でなのですけど。『不知火が最近男を自分の研究室に連れ込んでる』って、専らの噂なのですよ」

「……すーっ……」

 絶句。完全に言葉を失って、ただ細く息を吸い込むことしかできなかった。

 そうか。確かに、傍から見えればそう見えるのか。納得できる気もして、しかし受け入れるには事実とかけ離れすぎていた。――否、文言自体は全く以て事実なのだが、しかし本質とはやはりかけ離れている。

「なんだよその悍ましい噂」

「違うのですか? 仲は良いのですよね。呼び捨てだったのです」

 耳聡い奴だ。

「違う。断じて違う。本当に勘弁してくれ。古い仲だから親しいのは間違いねぇけど、恋愛感情(そういうの)は一切ない。マジでない」

「なんだ、つまんないのです」

「マジでふざけるなよ」

「でもそれ、ぬいちゃんが聞いたら怒りそうなのです」

「あー……」

 それも確かに。意見として相違があるとは思わないが、それはそうと完膚なきまでに拒否したうえ「悍ましい」とまで形容したことには腹を立てそうではある。

「いや。けど多分あいつも同じ反応だろ」

「はいです」

 検証済みかよ。

「ぬいちゃんが噂に気付いた頃、既に修復不可能だったのです」

 人の口に戸は立てられぬ、とはこのことだろう。尤も、不知火は不知火で大概なので、噂程度に収まっているのは幸いなのかもしれない。流石に大学構内でワンフロア丸々占有なんて、目立ちに目立ちすぎているし。或いは恨みや僻みを買っていても不思議でもない。そうでなくても、学生の内からあれは秀ですぎているくらいだ。

「ぬいちゃんはみんなの憧れなのですよ。特に同学科生にとっては、高嶺の花というか。天の上の存在というか。だからそういう噂も、みんな知りたがるのです」

 その瞳は羨望と、少しばかりの寂寥を覗かせている。

「良い友人に恵まれたんだな、あいつは」

「そう、なのですかね」

 倉波は少しだけ安堵したようにはにかんだ。

 友として、相手が自分の道を進むことは嬉しい。しかしそれと同等に、手の届かないほど遠くの、見上げる存在となってしまうのは寂しい。そんな感覚を持ってくれる友人は、稀有で得難く、進み続けるには不可欠な存在だ。

 不知火は傍若無人ですらある振る舞いこそすれ、人徳までもを見限っている訳ではないらしかった。

「っていうか、誰が流したんだそんな噂」

「それはもちろん、私なの――ぎゃうんっ!」

 デコピン。それも結構強めなやつで。前言撤回、なんて悪友だ。

 白い額を赤くしながら、倉波は訴えかける視線を向けた。

「何するのですかっ!」

「これで済んだことをありがたいと思いな」

 倉波の抗議は一蹴した。

「で、漫才はこの辺にしてさ」

「まんざい?」

 きょとんと倉波。スルーしておく。

「俺、あんたに聞きたいことがあって来たんだよ」

「聞きたいことなのです?」

「ああ、魔術と、ある魔術師について。不知火があんたなら詳しいからって」

「朱輝、じゃないのです?」

「からかうな」

「はーい。……ぬいちゃんの紹介となれば、半端なことを教える訳にもいかないのです」

 友の名誉を気にしてか。それとも単純に、認めてくれていることが嬉しかったのか。とにかくやる気を出してくれたらしい。

「とりあえず、中で話すのですよ」

 倉波は踵を返して部屋の奥へと引っ込んでいく。変わらず雰囲気のある部屋へ踏み入ることを一瞬躊躇ったが、すぐに振り払って促された通り中へ。

 中は、外見からイメージするよりは多少広かったが、やはり準備室程度の手狭な空間だった。いかにも魔術に使われそうな物品が所狭しと並ぶ書棚。隣にはデスクが一つ。机面には、ノートパソコンと書類、分厚い革装本。それと、こちらに背を向けた木枠の写真立て。床には赤いカーペットが敷かれ、天上には豪奢なシャンデリアがぶら下がる、妙な高級感のある調度品が、狭く薄暗い部屋にはなんともミスマッチだった。

「あまり他の人は来ないので、特にもてなせる物の用意もなくて申し訳ないのです」

「いや、お構いなく」

 第一印象こそお笑いだが、本来こちらはアポなしで無理に訪ねている立場だ。そこまで図々しいことを求めもしない。むしろ手土産を用意するべきだったかと省みる。

「とりあえず、これに座ってなのです」

 言って、デスクの傍らから椅子を持ってきて望月の近くに置き、またデスクの方へと戻っていく。ちょこちょこした動きだった。

「ああ悪い…けど、あんたは……」

 倉波はデスクに置かれた物を端に寄せて、ぴょんと軽やかに跳ねて、机面に腰を下ろした。

「? どうしたのです?」

「いや、なんでもない」

 確かに、不知火と気が合いそうだった。「それで、」と倉波は単刀直入に話へ入る。

「魔術についてなのですよね。そもそも、どのくらい知ってるのです?」

「全然って言っていいかな。具体的な魔術の話はほんとさっぱり。聞いたのは、イギリスの情勢とか、魔術学院ってとこがあるってこととか」

「それじゃ基礎からガッツリ解説するのですよ」

「なるべく簡単に頼む…」

 倉波は嬉しそうに笑み、望月もまた苦くだが笑う。

「まず、魔術っていうのはそもそも、無能力者と一部の異種族だけが扱える、()()()()()()()()なのです」

 体系化、或いは一般化。より実態を表すなら学問化。

 しかし、それが完璧であれば、現代はとっくに魔術により支配されていることだろう。

「とはいっても、結局は才能や資質に大きく左右されるものですし…そもそも、魔術師は基本的に、魔術界隈以外で魔術が広まることを好まないのですよ」

「ああ、それはなんとなくイメージできるな」

 元より異端。そうでなくとも、秘術、神秘。そう称されるものは、隠匿されるからこそ意味がある。その在り方は、秘匿されてこそ確立される。

 それはあらゆる情報戦にも言える、情報的マウントポジション。手の内を容易く明かさない、という基礎中の基礎だ。弱みを知られていてはそこを突かれる。強みを知られていてはそこを掬われる。畢竟、隠されているからこそ、超常の有用性は約束されるのだ。

 尤も、これまで登場した三人は魔術を知っているし、内一人に至っては声高々と手の内を明かしてくれていたので、説得力はぽっかりと欠け落ちているが。

「母数が多いので、当然、そう思わない魔術師もいるということなのですよ」

 思考を読まれたかと錯覚するほど、的確な指摘を入れてくる倉波。中々な魔術師らしい。

「少数ですが、海外にも派生しているのです。けどそれはややこしいのでまた今度なのです」

「ああ、もっと具体的に何ができるのかとか、メカニズムとか。そういうのが気になる」

 言われて、倉波は話題を移す。

「それじゃあまずは、魔術師はどうやって魔術を使うか、なのです」

 首肯して、話の続きを待ちつつ、不知火との会話で出た「魔力」という単語を思い返す。

「まず前提として、生き物は生まれつき、その身体に魔力を宿しているのですよ。異能の有無に関係なく、人間かそうでないかも関係なく。それは絶対なのです」

「それじゃあ俺もか?」

「はいです。望月さんにも魔力はあるのですよ。むしろ下手な魔術師より全然多いくらいなのです」

 それじゃあ自分でも使い方さえ知れば魔術をつかえるのだろうか。そう思考した望月の期待は、しかし続く言葉によって引き下げることになる。

「けど、望月さんには魔術が使えないのです」

「魔術師より魔力があってもか?」

「あれば良いってわけでもないのですよ。どれだけ溜め込んでても、外に出せなきゃ意味がないのです」

 その容姿では中々際どい言い回しをしつつ。えーっと、と悩んだ様子を見せてから、倉波はデスクの引き出しから箱を取り出した。

「なんだそれ」

「モバイルバッテリーなのです。これを魔力を宿した人だと思ってほしいのです」

 魔力を電力、人を機械に例えたいらしい。

「そして、これが魔術を使うってことなのです」

 今度はコードとスマホを出して、繋げて見せる。スマホが鳴って、充電中と示される。

「魔力を結び付けて出力することで現象に干渉する。これが大まかな魔術のメカニズムなのです。

 結びつきがコード、干渉した現象はスマホの充電。って感じなのです。魔術の学問って言うのは要するに、目的の現象にどう結びつけるかを探るものなのです」

 懸命に分かりやすい例えを探して話す姿は新人教師のようで、微笑ましさすら覚える

 話題の転換をニュアンスで示しつつ、倉波は話を続ける。

「基本的にこのコードはないのです」

 倉波がコードを抜き取る。

「魔力を宿してても、これじゃ何にも使えないのです。使えたとしてこの程度。せいぜい火事場の馬鹿力と似たようなものにしかならないのです」

 ぱちぱちと、モバイルバッテリーに内蔵された懐中電灯を点滅させる。

「けど、時々このコードを持っている人が居るのです。魔力を現象へ繋げて出力するパスを持っている。そういう人のことを、()()()()()()()()()なんて言ったりするのです」

「要するに、魔術が使えるかどうかは生まれつき決まっているってことか」

 倉波が首肯。

「人種や土地によって、そういう人が産まれる確率も変わるのです。日本では極端に少ないのですけど、イギリスでは逆に結構多いのです。アメリカはもう、論外な感じなのです」

 そして苦笑した。

 アメリカは合衆国という成り立ち故、能力者や異種族が最も多い国である。それは、魔術師もまた同じことらしかった。

「だいたい、魔術の概要はこんなところなのですけど、他に何か質問とかあるのです?」

「そうだな……」

 聞いた話を咀嚼しつつ思考する。

「一つだけ。魔術師は基本的に魔術を広めたがらないって言うけど、じゃあなんで態々学校なんてあるんだ? もっと限られた人たちで内々に処理すればいいのに」

「それは成り立ちと運営に話が分かれるのですけれど」

 倉波の話出しは早かった。大体の質問には即応できる構えらしい。

「まず、英国魔術学院ができたのは、100年くらい前……ちょうど大戦の最中だったのです」

「それは……つまり魔術を軍事利用するのための養成施設だったってことか?」

「その逆なのです。むしろ、無闇な軍事利用を防ぐために、魔術師たちが安全に研究ができる環境を与える目的で設立されたのですよ。今でもその方針自体は変わってないのです」

「……なるほど」

 その理念は、とても理解しやすかった。かつて自分がいた学園も、守るための場所だったから。

「今ではそれに加えて、適切な魔術の扱いを教えることも目的になっているのです。隠匿の重要性なんて特に、左右の耳が貫通するくらい教えられるのですよ。他にも色々教わるのですけど、まぁだいたい魔術科の大学。みたいな認識でいいのです」

 ますます似ている。というか、そっくりだ。心の中で呟きつつ、なんとなく学園の内情から話を逸らしたくて、適当な問いを投げる。

「やけに詳しいんだな。海外の学校なのに」

 少し気恥ずかしそうに笑って、倉波は頷いた。

「私、一昨年までその学院の生徒だったのです」

「……えっと、魔術学院って、大学なんだよな?」

「はいです」

「飛び級とか?」

「いえ、特にそういうのではないのです」

「じゃあ高校卒業してから渡英したのか」

「正確には高三の九月なのです。向こうは入学時期が違うので」

「学院って何年制?」

「三年制なのですよ」

「卒業は?」

「したのですよ。こっちは再入学なのです」

「今何年だっけ」

「二年なのです」

 そろそろ良いだろう。聞いてしまえ。

「――あんた今何歳……?」

「女性に年齢を聞くなんて失礼なのですよ~」

 両頬に手を合わせて小首を傾げ、あえてあどけない仕草を見せる倉波。

 もうだいたい年齢分かるんだよ。結構きついものがあるだろうが。

「真面目に応えると二十二なのです。四年生と同じなので、別にそんなに上でもないのですよ」

 言葉尻には僅かな圧があった。

「だから、別に敬語も使わなくていいのです。私は子供っぽいですから、そういうのは違和感があるのです」

「そうか、そういうことなら助かるよ」

 堅苦しい上下関係は苦手なので素直に礼を言いつつ、それ以上の発言は控えておいた。

 しかし、不知火と倉波の間に年齢の垣根は感じない。両者ともそれを大して気にするタイプではないだろうが、それでも、まだまだ歳の差がコミュニティに影響する年頃だ。

 知己が新たに得た友とそうして自然な友情を築いていることは、ただ純粋に嬉しかった。

「さて、まぁ望月さんが野暮な質問をする無礼者だってことは置いておくのですよ」

 それについてはいくらでも発言を挟んでやりたい。友人の面白おかしい噂を流す悪友には言われたくない。

「もう一個、聞きたいのですよね。ある魔術師についてとかなんとか」

「あ、ああ」

 また漫才に話が逸れるところだった。気を取り直して、次の問いを投げる。

「《人外狩り》って聞いたことあるか?」

 一瞬、空気が固まる感覚。どうやら地雷を踏んだらしいことに気が付いたのは、続く倉波の声音が酷く乾いていたからだった。

「……どこで、その名を?」

 逡巡。真実をそのまま伝える訳にはいかなかった。片や警察の人間、片や共通の知己。警察からの情報提供などは以ての外。知己の名前を出す訳にもいかない。例え、こちらの質問に答えてくれただけだとしても。詳細が知れず、ただ当人にとっての地雷であることだけが分かっている中で、共通の友の名前を出すことは憚られる。それは彼女の名誉の為でもあるが何より、場合によって倉波の心を深く傷つける形になってしまうから。

「――知り合いから」

 そうして、ただ曖昧な回答だけが残った。

「望月さんは優しいのですね。それとも、ただ気にしいさんなだけなのです?」

 紫紺の瞳が陰る。望月を覗き込むような、瞳。

「ぬいちゃん? あの子は博識だから知ってそうなのです。それとも、また別の人なのです?」

 別人のように鋭い洞察に、正直息を呑んだ。問うのではなく、試す視線。直線的に向けられる瞳孔は、その底を閉ざして――いや、むしろ。蓋の空いた奈落だけがあって、底がずっとずっと遠くへ沈んでしまった。ただ遥か深くの底へ続く、闇しか見えない。

 それは恐らく、彼女の持つ()()()()()()側面なのだろう。不用意に踏み込んだ望月へ、深淵が口を開けたのだ。

「あ、いや。すみませんなのです。言えないから曖昧に答えるのですよね」

 眉を下げて、倉波は苦く笑んだ。

「けど、心配しなくていいのですよ。これでぬいちゃんのこと悪いなんて思わないのです。《人外狩り》の悪名は、むしろあの子なら知ってて当然なのです。ぬいちゃんには、その知識を隠す理由も何もないのですよ」

 倉波の微笑みに嘘はない。垣間見せた深淵も仕舞いこんで。しかし、《人外狩り》の名を語るときだけ、微かに表情が曇って見えた。

「それで、彼について聞きたいのですよね」

 その声はやはり少しだけ重かった。

 話したくないなら無理をしなくていい、そんな口をついて出かけた言葉を飲み込む。今更そうやって後ろ足を踏むのは、無礼な逃避でしかない。

「本当、そんなに気にしなくって大丈夫なのですよ。まさか日本(こっち)にいてその名前を聞くとは思わなかったので、驚いただけなのです」

 強いて調子を戻しつつ、倉波は苦笑して見せる。

「そもそも、望月さんは彼についてどこまで知ってるのです?」

「ほんと少しだけ。その呼び名と、学院の出ってこと。あとは魔術が使えないって」

「ふむ……それじゃあ、まずはその辺りから話すのですよ」

 一つ息をついてから、語り始める。

「本名はショット=ビーツヘルム。《人外狩り》って呼ばれるようになったのは最近なのです。学院に居た頃の異名は、《魔剣遣い》」

()()……」

 音だけが耳に馴染み、本質をとらえきれない単語を復唱し咀嚼する。

 倉波は一つ間をおいて、話の場面を移した。

「ビーツヘルムは学院を卒業と同時に、数人の仲間たちと傭兵部隊を始めたのです。複数の魔術師が手を組んで動くのですから、まず負けることはない。無敵の部隊として一時期は、それはそれは隆盛だったのですよ」

 皮肉めいて語る倉波。

 望月は長瀬の話を思い出す。

 能力者を対象とした魔女狩り。それには当然、能力者との戦闘行為も伴うのだろう。加えて、能力者を排斥することで、異能を用いた犯罪も自然と増加する。それに対抗して秩序を保つ力も必要になる。それらを満たす上で、能力者と同等以上の力を持つ魔術師で構成された部隊には、絶えず需要があったのだろう。

 しかし、その想像は続く倉波の言葉に裏切られた。

「戦っていたのは、主に同じ魔術師や教会側の組織が多かったのです。請ける仕事についてもメンバー同士で持ち寄るか、リーダーのビーツヘルムが決めるか。どの道、納得のいく形での戦いを好んだのですよ」

「能力者じゃないのか」

「むしろ、社会的に立場の弱い能力者を護る動きの方が強かったのですよ。助けた能力者を、長く拠点に匿っていることも多かったのです」

 驚いたが、それはただ、イギリスの情勢を聞いての先入観を破られたからだけではない。驚きの大半を占めるのは、そんな男が今や《人外狩り》なんて異名を得ていることだった。

 倉波の重い声が、その驚きへ回答する。

「でも、それも長くは続かなかったのです」

 迷うような間があって、躊躇いがちに言葉を紡ぐ。

「彼らが庇護した能力者の中には、魔術師であるビーツヘルムたちを信じられない人が多かったのです。その日助けた能力者は特に、その色が強かったのですよ」

「……それは……」

 嫌でも思い出す。嫌でも、重ねてしまう。

「最初は、ただの体のいい八つ当たり。溜め込んできた怒りを発露する相手が欲しかっただけなのです。ただ罵声を浴びせるだけ。ただ不満をぶつけるだけ。それはもう、ビーツヘルム達にとっては慣れっこだったと思うのです」

 思い起こすのは、三年前の青に黒を差す怒号。庇護下の人間から向けられる嫌悪と畏怖。

 重ね見る記憶は、大陸を挟む遠い国での事を想像するのに、この上なく適当な凡例となる。

 眉根を寄せる望月。倉波は更に、でも、と切り込んで。

「それはやがて膨張して、不安と憎悪に変貌するのです。『魔術師たちは助けるふりをして利用するだけだ』と。騙して実験材料にするとか、売り飛ばすとか。彼らにしては仲間がそうなることが日常茶飯事だったのですよ」

 痛ましい程に乾いた語り口。

 その先にある惨事を予見しつつ、望月は黙してその続きを待つ。

「そんな中で、魔術によって殺された能力者が見つかったのです。それを皮切りに負の感情が爆発して……能力者たちは、ビーツヘルムの仲間達へ、反逆を始めたのです」

 そこに真偽の精査は必要ない。不安を抑圧する者たちにとって、同族の死が意味するところは『そらみろ、やはり()()()()()()じゃないか』という悪意の証明。思い違いかもしれない。敵の奇襲だったのかもしれない。何かの間違いか、正当防衛であったのかもしれない。だが、()()()()()()()()()()。そこに悪意を信じる材料がある。それだけで、引き金としては充分すぎるのだ。極限を強いられてきた集団ヒステリーとは、どこまでも人を鬼にする。

 嫌というほど、思い知っている。痛いほど、分かり切っている。

 反逆って言い方はちがうのかな。そう言って倉波の零した笑みは、酷く芝居臭かった。

「拠点内部から動かれたのに加えて、徒党を組んだ能力者の数は魔術師たちの倍以上。魔術師は敵。それを庇う能力者も同罪の裏切り者。彼らは徹底的に、その殺意を満たしていったのです」

 闇討ち不意討ち騙し討ち囲い討ち縛り討ち同士討ち。仮初の正当性の上で、外道の全てが肯定される。正しくなくとも、正しいと信じ込める。

 惨劇の地獄を思い浮かべて、やり場のない感情に、望月の奥歯が軋む。

「部隊は壊滅。ほとんどの仲間が死んで、残ったのはビーツヘルム一人だけ。それは単に、()()()()()()()()()()()()()()

 その後も、彼は傭兵を続けたのです。ただし、より活動を絞って。能力者だけと戦い、殺し続ける専門家。《人外狩り》として」

 《人外狩り》――能力者でもなく、異能でもなく、人外。初めは異種族もまとめてそう呼んでいるのだと考えた。しかし、それはもっと単純な話。

 ビーツヘルムは()()()()のだ。自らと同じ人間なのだという臆面を。人と戦っているのだという戒めを。あったかもしれない共生という理想を。そして決めたのだ、異能の獣を狩り続けることを。

 人から外れた人外(バケモノ)を。戦うのでなく狩る。だからこその《人外狩り》。

 ただ、忘れる訳にもいかない。能力者との戦闘に不可欠な力、魔術を、その本人は使えない。

 望月の思考に応えるように、倉波はそのままビーツヘルムの解説へ話題を移す。

「まずは訂正から。ビーツヘルムが使えないのは、あくまでも魔力。魔術が使えない訳ではないのですよ。より正鵠を射るなら、魔力を使えないのではなくて、()()()()()()、なのです」

「……? なんか違うのか?」

 意味を掴み損ねて首を傾げる。魔力を使うためには出力する必要がある、それが魔術の基礎ではなかったのか。と、望月のそれは理解からくる理解不足だった。

「魔力は基本的に出力して使うもの。ですけど、魔術師にはもう一つ選択肢があるのです。それは()()()で魔力を操作すること。俗に『魔力循環』なんて言ったりするのです。拳法とか好きなら『氣』って言えば分かりやすいのです?」

 倉波は自分の胴体の前で手をくるくる動かしながら、感覚的な内容を喩える。

「氣。なるほど」

 実際、かなりイメージを掴みやすかった。

「単純な身体能力の強化は基本。体力の消費を抑えたり、肉体を硬くしたり。感覚を鋭くしたり傷を治したりもできるのです。特に上手い人はもげた腕をくっつけるとかもできるのです」

 こんな風に。と、倉波は取り出したペンで自身の指を傷付けたかと思えば、血の滲むその傷をこちらに見せる。

「ちょ――」

 やりたいことは察しつつも、素っ頓狂な声をあげる。

 倉波の指が幽かに光を帯びたかと思えば、滲んだ血すら内側へ引っ込んで、小さな傷はさっぱり消えてしまう。

 望月の戸惑いは他所に、倉波は淡々と話を続ける。

「これも魔術の基礎の一つなのです。特に、戦闘を目的とする魔術師にとっては、高水準の習熟が必須……というより、前提なのです。

 ビーツヘルムはそれが飛びぬけて、異常に上手い。それこそ、もげた腕をくっつけるなんて朝飯前なのですよ」

「……なるほど。戦闘技術の基礎がずば抜けてる達人タイプってとこか……」

 こくりと頷く倉波。

「ただ、それはただの魔力の使い方であって、魔術とは言えないのです。他とは別口なのですけど、彼は魔術も使います。そのための道具が、ちゃんとあるのですよ」

「それが魔剣か」

 《人外狩り》の旧名を浮かべる。はいです、と倉波はそのまま魔剣の説明へと移る。

「魔剣っていうのは、魔術的効果をもたらす刃物の総称なのです。魔術師が加工したものが大半で、偶に自然にできる物もあるのですけど、その話はややこしいのです」

「木炭と石炭みたいなもんか」

「だいたいそうなのです」

 適当に流された。

 人工と天然、良い例えだと思ったが。相手の気持ちを解すような効果もなかったらしい。

「魔剣は体内の魔力を自ら吸い上げて、刻まれた魔術として出力するのです。要は外付けの出力デバイス。さっきの例えで言うと、ちょうどコードみたいなイメージなのですよ。

 元々は、魔力を使えない人間でも魔術を行使できるように作られた物なのですけど、自分で魔力を操作できる魔術師は、よりその真価を引き出せるのです。ビーツヘルムほど高度な魔力循環となれば、まるきり別物なくらいに」

 それが《魔剣遣い》と呼ばれた所以。誰よりも魔術を使えない魔術師が、誰よりも魔剣を扱える。ある種皮肉じみた唯一性を讃えるものだったのだろう。

「彼はそこに魔術を極める道――魔道を見出したのです。戦って、戦って、戦って。魔剣を極め続ける。学院卒業当初の彼は、ただそれだけを求めていたのです。だから、傭兵を始めた頃だって、正しいと思う戦いだけをして。無為な殺戮なんて、むしろ大嫌いだったのですよ。けど、それが歪んだのも、多分……」

「仲間の壊滅――」

 倉波の表情に再び落ちた陰りを見て取って、続く言葉を代わる。小さな仕草で頷いて、それでも口を動かそうとする倉波の姿は、潤んだ声で懸命に紡がれる言葉は、張り裂けそうなほど、痛ましかった。

「人は獣に。戦いは狩りに。勝利は殺害に。彼の中で意味が摩り替って、より深く、魔道の沼に沈んでいく。暗く、昏く、冥く。復讐と憎悪以外を自分には許さないような……私には、彼がそう見えるのです。彼は……()()()は――」

「もういい」

 もうそんな、泣き出しそうな顔は、しなくていい。

「話してくれてありがとう。もう充分すぎるくらい伝わったよ」

「……はい、です」

 感情を飲み込んで、倉波はか細い声で言った。

「悪かったな、色々話させて」

「いえ……私が話したかっただけ、なのです」

 目をこすって、今にも零れそうな涙を堪える。それでも零れた言葉だけを、彼女の口は紡ぐ。

「来るのですよね、《人外狩り》が」

 逡巡。そしてすぐに答えは出る。

「ああ。どうやらそうらしいぜ」

「戦う、のですか?」

「……多分、そうなるんじゃねぇかな」

 ほんの少しの、しかし沈痛な間が流れる。

「一つだけ、お願いしてもいいのです?」

「なんだ?」

 一瞬の間。しかし永遠に近い迷妄の末、倉波は意を決して言い、願った。

「どうか、勝って欲しいのです」

 

 

 

「危なかったのですよ」

 望月を帰した後。倉波は独り言ちる。

「もうすぐで、泣き出しちゃうところだったのですよ」

 デスクチェアに腰を下ろす。机面に突っ伏して、入口――つまり、望月の居た方へ背を向け続けていた写真立てを指で撫でて。在りし日をおもいみる。

「最後とか、昔の呼び方が出ちゃったのです」

 二年も前の。たった二年前にはあった日々が、今はどうしても愛しい。

 たった二年前の。二年もの時が過ぎた別れが、今はどうしようもなく愛しい。

「けど、多分必要なことは全部、聞いてくれたのです。あの人ならあなたを止められる、気がするのですよ」

 抑え続けてきた痛みを抱いて。それは、惨劇への無力感。その結末への、傷にも似た祈りだった。

「ツェル、あなた何しに来るのです?」

 木枠の写真立て。今と背格好の変わらない自分と、反して背の高い彼が並ぶ写真。背景には、いつも思い出すあの学院が聳える。

 二人の手にはそれぞれの賞状。肩に羽織るぶかぶかのガウンを目いっぱいに広げる自分は幸せそうで。ガウンをひったくられてワイシャツ姿の彼は仕方なさそうに苦笑していた。

 初めて会った日に見せてくれたものと同じ笑顔。異能があると足蹴にされた子供を庇った私を、可笑しがって、そして認めてくれた時の、温かい笑顔。

「あの時のあなたは、すっごく優しかったのです」

 昔から君は仕様がない。いつもいつも飛び出して。私が突っ走りたくっても、君が先を駆けるから、追うことしかできなくなる。君から離れたのは、そんな君の隣に並んで走るためなのに。君はもう、私と同じ方を向いてはくれないの?

「大事な時はいつも、一人で戦おうとするのです」

 頬に何かが伝って、耽る気持ちが眠気を誘う。

「これで、最後に、するのですよ……」

 袖を濡らす感覚を覚えながら、倉波は意識を手放した。そうしてまた、夢の中で思い出す。

 

『護る? 能力者を? ははっ、お前面白ェこと言うんだな』

『そうやって馬鹿にしてればいいのです。私は本気なのですよ』

『してねェよ。実現した時ァきっと、良い世界なんだろうな。楽しみだ』




 最後まで読んでいただきありがとうございます。
 読むのはほとんど身内だと思いますが、読んでいただいた時にくらいは誠心と敬意を以て、拙い敬語で話そうと思います。

 苦手分野である設定説明100%みたいな回で、特に激しい展開の動きもないので、前書きで書いた通り冗長で退屈でだったかもしれませんが、描写しておきたいことと示しておきたいことを並べると、今の技術ではこの辺りが限界でした。
 用語と設定が羅列される様はFFの説明書みたいですが、どうか優しい眼で見てやってください。
 そこそこ長く筆を執らない期間が続いてから、久しぶりにしっかりと小説を書いたので、正直「前の自分ならもっとやれたな~」って感覚があったりもしますが。そこをブランク関係なく定着させるのも必要な練習かーと、真摯に受け止めておこうと思います。
 技術面の釈明はこの辺りで。
 次は表現についての釈明ですが、自分は結構イギリスって好きですよ。皮肉や他意無く純粋に。人生の内に行きたい国を話すなら、まず挙げる国ではありますね。
 実際は結構美味しいらしい料理とか食べたいですし、向こうの紅茶も飲んでみたいですね。あとは観光地とか偉人ゆかりの地とかを巡って、自分の眼で見てみたいものです。
 個人的に、宗教やオカルトと結びつけやすい国のイメージもあったので、それをこの世界観に反映したらこのようになった次第で。重ねて申しますが、貶める意図は一切合切ありません。
 本当に、釈明はこの辺で。

 大事なことは作品から読みとってほしいので、ここでの内容の補足はあまりしないつもりなのですけど、登場させた新キャラについては少し言及しておきますか。
 倉波亜澄ちゃんは、本編を書きながらなんとなく作りました。イメージは「ステレオタイプの可愛い」でした。元々はただの解説役だったんですけど、味気ないな~とか思ってたら、いつの間にか重い設定が生えました。初めの怒涛さは、マジで変なテンションになってる時だけ発動するんですが、オタク気質なので好きな物について話すのが好きなのは変わらないです。正直情緒不安定さがだいぶ出てしまったなと思いますが、感情豊かなのと、望月が地雷を踏んだせいが大きいです。割と芯がある子だったりはします。
 まだ登場してない《魔剣遣い》こと《人外狩り》こと《ツェル》こと、ショット・ビーツヘルムくんは、この話の構想と一緒に年単位で寝かせてたキャラになります。ちゃんと強いです。
 初めに登場した刑事の長瀬徹さんは、「なんか望月って仲良い刑事さん居そうだよな~」くらいの気持ちで生み出されて、こっちも年単位で寝かせてました。いつか書くかもしれない長編にも準レギュくらいで登場する予定だったりします。この人は大して強くないですけど刑事としては優秀な方です。多忙+上との関係で、常に胃を痛めてる社畜公僕さんです。

 後編はがっつり戦闘を書きます。八割くらい戦闘で埋めたいな~なんて考えています。いわば前編は起承転結の起承。後編は転結。っていう風な分割ですので、次回は躍動する濃密なバトル描写を書けるよう、また頭を抱えようと思います。
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