ソードマンの聖杯戦争 作:永谷
予期しない訪問者が去り、山の魔女が去った柳洞寺の地下。
広大な洞窟、聖杯戦争のシステム面を担う大聖杯、それら全てを見下ろせる天井の人が入り込めない僅かな隙間。数分前に起きたサーヴァント同士の争いというにはお遊びといえる諍いを終始眺める目―――そしてその諍いを間接的に止めた存在が一つあった。
それはなにも出来ない一匹の蟲。ただ眺めて情報を本体に届けるだけの役割を持った蟲だ。
湿った空気が篭る地下室。入ったものが必ず顔を顰めるような匂いと気配が充満する密室。
キイキイとザワザワと耳から犯すような声と音が響く虫かご。そこでほうと安堵の息を吐いた小さな影―――間桐家の当主間桐臓硯の姿があった。
深く皺の刻まれた顔には安堵と怒りと不快感と……様々な感情が表れている。老爺の頭に残っているのはたった一つの言葉。
『だってここで壊しちまえば終わるじゃねぇか』
憎憎しいほどにあっけらかんと、何でもないことのように言い切ったサーヴァントの言葉。
「たかが聖杯にくべられるだけの生贄の分際で………」
あの言葉を聞いた瞬間、あれが何を言っているのか理解出来なかった。
しかし動揺と、怒りなどの感情はすぐに切り離され、やるべきことを行動に移していた。
孫に電話で遠坂の若当主の襲撃予定を早めさせ、大聖杯を破壊しよう等と戯言を抜かしたセイバーのマスターを危機的状況に送った。
狙い通りにセイバーが地下洞から立ち去った時に今まで抑えていたものがあふれ出してきた。
しかし感情のままに動くことがどれだけ愚かなことかを臓硯は知っていた。
そもそも、この老人にはそんなことをするだけの余裕などない。それを知っているのは他ならぬ臓硯自身だった。
「価値の分からぬ虚けものにやれるようなものでわないわ」
セイバーのマスターに焦がれているもう一人の孫を動かしやすいように手を出さずにいたが、これまでだ。だが、最優と呼ばれるサーヴァントに、数段にランクが落ちたライダーが勝つのは難しい。
(なに、やる気が出ぬのならば出させてやればいいだけのこと)
かか、と嗤う。
「さて、どうするかのう」
まるでその呟きに応えるようにキイキイと蟲が鳴いた。
士郎SIDE
「んじゃ、俺帰るわ」
スチャ、と手を上げてそれだけ言うとセイバーは一度も振り返らずに遠坂の家を後にした。
セイバー曰く、
「本来ならここに残ってやってもいいんだが、シロウとアーチャー………てめぇら仲悪すぎ。こんなんじゃいざとなった時シロウが逆に討ち取られるんじゃないかと心配でマスターの安全を第一に考える俺としてはだな、やっぱ確証が欲しいわけですよ。
という訳でせめて何事もなくシロウの家まで遅れたら俺も安心だから送ってけアーチャー☆」
…………らしい。
勿論俺もアーチャーも反論したが、休戦協定の条件として出された「緊急時の護衛」の件を踏まえるとセイバーの心配は最もだ、と他ならぬアーチャーのマスターである遠坂が頷いてしまったので勝ち目はなかった。セイバー一人でも無理なのに遠坂まで加わったら勝てるわけがない。
「はあ……」
「あら衛宮くん、休戦しててもやっぱり私の家じゃ憂鬱かしら」
「なっ!そんなこと」
「分かってるわよ。セイバーのことでしょ」
ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべる遠坂に机に突っ伏してしまいたくなる。
溜息を吐いただけで考えてることがバレるなんて……俺って分かりやすいのかな。
「ちょっと心配だったけどそれなりにうまくやれてるんじゃない?」
「………あれでか?」
「士郎の安全のこと考えてくれてるじゃない。初対面で「チェンジってあり?」って聞かれたって割には大進歩だと思うけど。むしろどんな魔法使ったの?って感じよ」
「む」
遠坂の言ってることは間違っていない。確かにセイバーはいろいろと性格や行動に問題があるけど、ちゃんと俺のことを考えてくれている。
鍛錬だって付き合ってくれているし、今日だって敵サーヴァントに襲われているのを察知して助けに来てくれた。今こうして遠坂に魔術師のことやサーヴァントに関することを相談できるのも、セイバーのおかげだ。これで不満なんて言ってはいけない……けど、やっぱりアーチャーは苦手だ。
それに……
「セイバーと桜が一緒なのか……」
「何か問題なの?」
「へ?俺口に出してたか?」
「ええ、ばっちり。で、桜とセイバーがどうかしたの?」
心配だったら一刻も早く話を終えて家に帰ればいい。
しかし遠坂が折角話に乗ってくれてるし、真剣にこちらの話を聞いてくれている。
………遠坂だったら何かいい案があるかもしれない。それにセイバーも遠坂のことは一目置いてるようだし、遠坂から言ってもらえればセイバーの要らない警戒も解けるかもしれないしな。そうと決まれば話は早い。
「実はさ、」
俺はつい先日あった出来事を踏まえ、不安を遠坂に相談していた。
士郎SIDE END
「おい」
リンの家から出て数歩歩いた所で後ろから声を掛けられる。
振り返れば突き刺さるのは鋭い鷹の目。黒い鎧と赤い外套が夕日の暖かい光に照らされて僅かにオレンジ色を帯びている。腕を組んだまま、見下ろしてくる顔の眉間には皺が刻まれている。
………こいつずっと眉間に皺よりっぱなしだよなぁ。戦ってるワケでもないのに。
折角優秀なマスターを引き当てたんだからもうちょっと楽しそうにしてもらわないと、シロウを押し付けられたこちらとしては一言もの申したくなるし、ちょっかいだしたくもなる。
他人の不幸は蜜の味。にっくき弓兵の不幸で飯が美味い。っていうだろ?
「セイバー、貴様は何を考えている」
「だから俺はシロウが心配なだけだっつの。リンも『最もね』って言ってたじゃねぇか」
「たわけ。そんな詭弁が通じるのは凛だけだ」
ですよねー。うむ、この皮肉屋を見ているとリンやシロウの純粋さの大切さがわかる。
どうせどうにもなんないんだし、大人しく流されておけば良いというものを……ッチ。
「……まさかとは思うが、私がエミヤシロウと付き合っていれば絆されるとでも思っているのか?」
「ほだされてくれんのか?」
だったらこれから全身全霊を掛けて、今まで培ってきた知識と経験すべてをもって、シロウのおはようからおやすみまでシロウに付きっ切りにしてやるが。
まぁ、んな簡単に敵マスターに絆されるようじゃサーヴァントじゃねぇわなコイツは。
「ハッ、本気か?」
「そこまでお気楽な頭は持ってねぇよ。俺は俺のやりたいようにやる」
「…………まさか嫌がらせとは言うまいな」
「はははまさか」
「凛には後で詫びておこう。小僧の利用価値がなくなったと。
なに、最優のサーヴァントと呼ばれるセイバーを脱落させるのだ問題はない」
「おいおい、ちゃんと否定したじゃねぇかよ。それに聖杯戦争は夜になってからだってバーサーカーのマスターも言ってただろうが」
「なに、冗談だ。貴様にあわせてやっただけだセイバー」
「わーい、クソ弓兵ったらユーモアのセンス最悪ー」
ちゃっかりと手にしていた双剣をしまうと、嫌みったらしく口端を上げて肩を竦めるアーチャー。
うむ。こいつの成長過程がぜひとも見たい。
やりたいようにやってるのは本当なんだがなー。………ま、敵の言葉を鵜呑みにするわけねぇか。
「俺はやりたいようにやらせてもらうさ」
夜まで続きそうな魔術師談義なんて聞きたくなんぞねぇのである。
「………そうか」
「おう、じゃぁシロウのこと頼むな」
「フン、凛の命令には従うさ」
「それ聞けりゃ安心だ」
ひらりと手を振って帰路に着く。学校の結界見に行くってのも良いが……いや、止めとくか。
この時間帯だと人が多いだろうし、どんなものかも詳しく分かっていないのに一人で突出するのは愚の骨頂。折角協定を結んだんだし利用しない手はねぇだろ。
「だが……」
聖杯戦争は無期限ではない。敵が動くのもそう遠くないだろう。結果がどうなるか誰が残るかも分からんが、この協定もすぐに終わる。
「この状況をどう使うか、だよなぁ」
完全にシロウのお守りから解放されたワケではないが、何か起こればリンとリンの命令を受けたアーチャーが迅速に対処してくれる。つまり今まで以上に好きに動けるというワケだ。十分好き勝手やってた?ははは馬鹿な。
「んー、なるようになれだな」
取りあえず帰ってシロウが遅くなる旨を話し、夕飯を食おう。
士郎SIDE
遅い時間に家に帰ってきて、遅い夕食を終えて夜の鍛錬を終えた後。とっくに外は夜の闇に染まっていて、道場の床は蛍光灯の白い明かりが反射している。
魔術のこと、遠坂のこと、家に着く前に話そうと頭の中で組み立てていた報告は、家の前でアーチャーに言われた言葉によって新たに生まれた疑問に押しのけられた。
「なあセイバー」
「んあ?」
鍛錬で乱れた息を整えて軽く道場の床を拭き終えたらしいセイバーに話しかける。
こいつ粗雑な所とか面倒臭がりな所とかあるが物は大切にするんだよな。意外に。
「俺は聖杯なんていらないけどさ、もし聖杯が手に入ったらセイバーはどうするんだ?」
「お?何か叶えたいもんでも出来たのか。うむ、折角命掛けてんだから手に入れたときの対応とか気になるよな」
「いや、俺は使わないぞ。セイバーが使ってくれ」
俺は聖杯が目的じゃないし、聖杯戦争だってセイバーが主体なんだからその賞品を受け取るのはセイバーで間違いじゃないと思う。そう、間違っていないと思っているんだが………俺の主張を聞いてうへぇとうんざりした顔をされるとその、凄く困る。
しかしそれも一時のことで、流すことに決めたのか直ぐに歪んだ顔を正して考える仕草をする。
「俺の願いねぇ」
『聖杯を得れば叶わなかった無念を晴らせるだろうし、短い時間であれ、人間としてこの世界に留まれるのだから』
そうアーチャーは言っていた。
聖杯戦争という短い期間だけの今でも人生を謳歌しているのだ。ならセイバーは聖杯を手に入れて第二の人生を送るのかもしれない。
「そうだな、美味しいもの食べられて、自分のやりたいように出来ればなんでもいいさ」
「それが…セイバーの願いなの、か?ってもう叶ってるようなもんじゃないか。後者はその………出来てないかもしれないけど」
「ん。だから聖杯なんて俺らには必要ねえ。そっちの方がお前にも都合いいだろが」
「それはそうだけどさ。………でも、あらゆる願いを叶える願望機、なんだろ?他にないのか」
「そりゃこっちの台詞だっつの。生きてるからこそって思うがなぁ………あとよ」
腕を組み首を傾げていたセイバーだったが、もののついでで思いついたようなタイミングで言い聞かすようにピ、と指を立てた。コレは遠坂が何かを説明する時にする仕草だ。
「あらゆる願いを叶える願望機、なんつーのは言い過ぎってもんだ。
どんな偉才だろうと優秀であろうと、このシステムを作ったのが人間ならば絶対に欠陥があるだろうよ」
誇大広告ってヤツだ誇大広告、コレくらいが限度です、って書いとけ。とブツブツいうセイバー。
しかしそんなフザケタ口調も一息ついて抜け落ちた。さっきまでこちらに向けられていた視線は顔ごとこちらから見えない方に向けられている。
「人間が作った物に欠陥はつき物なんだよ」
『お前は一振りの剣なのだから』
「ま、それだけ覚えとけばいい。それに生き残れるかも微妙だしな、お前が!」
「なんでさ!………いや、まあそうだろうけどさ」
一瞬頭に過ぎった言葉が引き金に怒鳴りそうになるが、その前にセイバーに言葉を取られる。
しかしそれでよかったのかもしれない。自分の過去が覗き見られてるなんて嫌だろうし、防ぐ手なんて俺には思いつかない。これが原因で協力関係を破棄されたら困るのは俺だし……って俺本当セイバーに悪いことしてるなあ。
(明日の夕飯は奮発しよう)
皆でわいわいと鍋を突くのもいいかもしれない。
士郎SIDE END
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