ソードマンの聖杯戦争   作:永谷

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第参拾睦話:月下の逃走戦

 夜の街を飛び、峠道を越え、寺院へと続く参道を駆け抜けて辿り着いた先。闇と化した木々が並ぶその間、月明かりを受けてぼんやりと浮かぶ石段。その終着点である山門を見上げながらあたりに漂う空気を訪問者は睨みつける。

 

 

「へぇ、流石ってところか」

 

 

 以前訪れた柳洞寺と今セイバーの目の前にある柳洞寺は別物だ。いや、建物は何ら変わらない。変わったのは取り巻く空気。冬木の町の住人達から集められた魂―――魔力が空気を淀ませている。

 この膨大な量の魔力をかき集め、貯めるためなのだろう、土地の命脈はとうの昔に山に住む魔女によって汚されている。

 

 ここは彼女の陣地。彼女の為に彼女が作り、彼女が勝つ為に用意された場所。ならばそれ以外の人間にとってこの地は―――死地だ。

 

 

「―――行くか」

 

 

 一度だけ己の思考の渦に沈むように目を閉じたが、それは瞬きのように一瞬。赤く光る目と呟かれた声には決意が灯っていた。人とはかけ離れた跳躍力を利用して目の前に立ちはだかる階段を駆け上がる。

 流れていく景色は目に入らない。あと一息。あと一歩。数秒前までは遠くに見えた山門が目の前に現れる、というところでセイバーは足を止めた。

 夜というのに開け放たれた山門。訪問者を迎えるがごときその門の前、月を背にしてゆったりと立つ一つの影。

 見たことも無いほどの長い長刀。当たれば折れてしまうのではないかと思うほどの長い刃はその考えを嘲笑うかのように鋭く、月明かりを反射した刃は闇夜に走る一筋の光のようだ。セイバーも速さを重視してはいるがその身に纏う物は軽鎧。しかし立ちはだかる人物は防御など捨てたと言わんばかりの―――、そこまで考えてセイバーは口元を歪める。

 

 

(捨てたのではなく、邪魔なのか―――その重りが)

 

 

 その潔さ。自分の剣技に確固たる自信を持ったその姿勢。目の前に立ちはだかる男こそセイバーの名に相応しいのではないかと思う。

 

 

「うちのマスターを引き取りに来た」

 

「目的はこの先か―――ならば構えよセイバー。我が名は佐々木小次郎、此度はアサシンのサーヴァントとしてこの門の守りを任せられている」

 

「悪いが名乗り上げるほどの名は持ってないんでな、割愛させてもらうぜ」

 

 

 名乗りたくない名を名乗らせるほど悪趣味ってんなら、と言った所で侍は首を振った。

 

 

「よい。名前で敵を知ろうとするほど無粋ではない。それに、渡されたものをそのまま返すなど、貴様はそれほど素直な質ではあるまい」

 

「あぁ、俺らの間に交渉なんざ必要ない」

 

「そうだ。我らに言葉など不要。敵を知ろうとするならば―――」

 

 

 ヒヒュ、と刀が闇夜に翻る。アサシンの足運びに伴ってジャリ、と砂が鳴る。階段の上と下という位置の違いはあれども互いの場所への距離は三十メートルほど。やろうと思えば一息のあとには武器を交わし、剣技を凌ぎあうことになるだろう。

 

 

「この刀一本あれば事足りる。そうだろうセイバー」

 

 

 アサシンは楽しそうに笑う。聖杯からの「敵サーヴァントを排除しろ」という声に加え、純粋な人間という敵。抑えきれずに溢れ出る殺気を柳のように受け流していた男は居ない。一触即発。どちらかが、いやこの状況下で何かが動けばそれが開始の合図となる。

 

 その状況にセイバーは―――クハッ、と嗤った。

 

 

「言っただろう、俺らの間に交渉なんざ必要ない……一戦交える必要もないってことだよ」

 

「っむ!」

 

 

 アサシンが行動するよりも早く石段を蹴った。元より上段にいたアサシンが有利なのは分かっている。しかし三十メートルほどの距離を疾走するアサシンよりも、横に飛ぶ俺のほうが早かった。

 山門に続く正規の一本道。そこを外れればサーヴァントにとって鬼門といわれる柳洞寺に張られた結界に飛び込むことになる。この結界は確かに厄介な物だ。だが俺よりも対魔力の低いアーチャーに出来て俺に出来ないことなどない。

 

 

「悪いな、こっちは急いでんだ。また酒持ってきてやっから見逃せ」

 

「悪いが出来ない相談だ。既に一人見逃してやっているのでな、これ以上はあの魔女に何を言われるか分かったものではない」

 

「気にも留めてねぇじゃん」

 

 

 月明かりを遮断した木々が乱立する林の中、木々の間を縫って走る。門番というのならば門からかなりの距離を取れば諦めざるを得ないだろう。俺達にも言えることだが、襲撃者は俺らだけではないのだ……の割りには追いかけてきてるけど。

 

 

(俺もあまり離れる訳にはいかないな……離れると音による状況把握が難しい……仕掛けるか)

 

 

 月に照らされた夜空を侵食するように精一杯伸ばされた葉と葉の間。そこから一瞬だけ、柳洞寺の白壁の奥、ローブを翻して空に浮かぶ一つの影を見た。確かに尽きることの無い魔力を集めてるにしても、随分と大盤振る舞いしていたキャスター。たかがシロウに対しての攻撃法としては過剰すぎる。ならば傍にアーチャーがいる。んで、シロウとのラインはまだ切れてない……つまり、アーチャーが救助しているということだ。多分。

 

 

「いや、そんな面白いとこ見ないで何見るよ」

 

 

 アーチャーがシロウを気に食わないように、シロウもアーチャーのことが気に食わない。そんな二人が雨のように降り注ぐ魔弾を協力して回避する、という光景が思い浮かばない。思い浮かばないような光景を見て見たい。あ、ついでにシロウが手遅れになる前に助けねぇとな。

 

 整地されていない凹凸の酷い地面に手をつき、足で速度を殺して林の中で止まる。同時に白い塀の上、瓦の上を跳び越すようにしゃがんだ状態から足を伸ばして地面を蹴る。

 

 

 

 

 瞬間。

 

 

 

 

 ザクリ、と突き立てる様な殺気を肌で感じた。

 

 

 

 

 

「飛ぶ鳥を落すのは―――私の得意とするところだ」

 

 

 

 試すような、楽しそうな、期待するような、そんな声。瓦の上、石段よりも足元が危うい場所に立っていてもその姿勢がぶれることは無い。

 

 

 

「最優のサーヴァントと呼ばれるセイバーのサーヴァントよ、その剣技―――試させてもらおう」

 

 

 

 あれほどキャスターの魔術による破砕音が響いていたというのに、今は止んでいる。チリリと肌を焦がすような刺激を感じる。これは殺気だ。敵意だ―――そして予感だ。

 

 アサシンはサーヴァントとしては異質な存在だった。

 通常のサーヴァントであればその身に纏う物一つとっても膨大な魔力を秘めている物が多い。それがそのサーヴァントの象徴である武器であるのなら尚更。しかし随分と特徴のあるアサシンの持つ長刀からはそこまでのものは感じなかった。普段なら脅威と感じない。だが、高まっていく殺人衝動とこれまで培ってきた経験と直感が言う。

 

 ―――アレは自分に害を為せる敵だ、と。

 

 つまり最優先事項。即座に抹殺しなければいけない。他に興味を向けるな。コロセ。コロセコロスコロセコロセル、アレはニンゲンだからカンタンにコロセル。何故ならば、オレはソノタメに作られタ。テキを殺すタメに鍛えアゲラレタ―――一振りの剣。

 

 

「んっ―――グ!」

 

 

 全力で排除しようと無意識に魔力が放出される。

 

 

(いや、ダメだ。キャスターと、アーチャが、いるとは、え……殺しては、ない、…る)

 

 

 

 ガリガリとこちらの意識を削ってくる聖杯からの声と内から響く声がうるさい。あぁやるよ。やる。こんな悪趣味な戦争一生続けようとするほど暇人じゃねぇんだよ!でもちょっと待て!殺意の肯定に一瞬声は弱まるが、すぐにやかましく脳を揺さぶる。まるで極度の眠気に襲われたかのように一瞬意識が遠ざかるが、ある一言によって意思が固まる。

 

 

 ―――お前が死ねバ、誰が後ろの■■を守るのか。

 

 

 自由に身動きが出来ない宙でアサシンの技を受けるなど愚の骨頂。あっちは自分の技を繰り出す条件が揃っているというのに俺には揃ってない。ならば―――あちらの揃っている条件を尽く壊せばいい。

 逃げの一手を打っていたこちらがヤル気を出したのを見てかアサシンの口元に笑みが浮かぶ。こちらは既に落下し始めていて、数秒後には柳洞寺の内側に入るだろう。一般的な刀では距離を縮めなければ刃は届かない。しかしアサシンの射程は長い。

 

 

 

「秘剣―――」

 

 

 

 勝負は技が繰り出される前。アサシンの呟きを合図に、セイバーは素早く構えると同時に行動に移っていた。

 

 

「らぁ……っ!」

 

 

 短い気合と共に、セイバーの大降りではあるが十分に速さの乗った腕から銀光が射出される。塀の上に構えるアサシンと塀を越え、落下しているセイバーの距離は近距離というには遠く、かといって遠距離と言うにも中距離というにも近すぎる。そんな曖昧な距離から投擲された何か。バーサーカーなら一瞬怯む程度……いや、怯みもしないだろう一撃。むしろサーヴァントならば誰も傷付けることが出来ない一撃。何故ならば

 

 

「ふっ!……む?」

 

 

 打ち落とす対象をセイバーから目前に迫るものに変えてアサシンはその長刀を振るった。手ごたえは殆んど無かった。面白いほどあっけなくその一撃は無力化したのだ。夜の柳洞寺にカラァンカランと鉄の軽い音が響く。音の発生地に素早く目を向ければそこに横たわるのは見事に切断された鉄パイプ。英霊であるサーヴァントに傷を付けられるほど時を経た訳でも、魔力を通された訳でもない、何処にでもあるような鉄パイプがそこにあった。

 

 

「悪いな、秘剣はまた今度見せてもらうわ」

 

 

 パン、と軽い破砕音。

 グラリと揺れるアサシンの視界の端に捕らえたのはこちらに腕を突き出しているセイバー。既にその足は柳洞寺の中に付いていた。つまりアサシンは侵入を防げなかったのだ。己の役割を果たせなかったにも関わらずアサシンはその口元に笑みを浮かべていた。

 

 

「その言葉、忘れるな」

 

「ん」

 

 

 軽い返答に頷いて、アサシンは直ぐに崩れかけていた体勢を整える。既にセイバーは第二撃目を構えていた。

 

 

「ふっ、ははは!その小石か、私の体勢を崩したのが!」

 

「まぁな、そんな高い所から高みの見物よろしく神様の振りしてっから罰当たったんだよ」

 

 

 セイバーが目を付けたのはアサシンの防御力の低さ。そして立ち位置だ。

 何か飛来してきても避けることが出来る素早さと、身のこなし、それが出来なくとも打ち落とせる剣技。立ち位置は塀の上という限られた場所。加えてささやかな物とはいえ瓦の凹凸、斜面がある。今までいた石段とは断然違うのだ。それ故行動が限られてくる。勿論横に避ければいいが、アサシンは攻撃態勢に入っていた上冷静な判断は二人の距離が許さない。咄嗟に打ち落とすか回避するかの判断を求められるのだ。ならば攻撃態勢に入ってたのだからそこからそのまま動いた方が早いのは当然のこと。

小石は保険として林の中で拾っておいたものだ。先の攻撃が上手くかわされ、標的がセイバーに移ってきた場合の為の保険。武器である鉄パイプを失ったのだからセイバーは無手である。小石ではサーヴァントであるアサシンを傷つけることも攻撃することも出来ない。

 それならば他のものを攻撃すればいい……例えば、足元の瓦とか。セイバーの宝具により、彼の手から離れるまではCランク相当の宝具となる。たかが小石と侮る無かれ。魔力放出でランクの上がった筋力を持って放たれる小石である。それは十分凶器となるであろう。勿論セイバーの手を離れた地点でタダの小石なのでそこまで莫大な被害は期待できないが。

 以上のセイバーの企みによりセイバーは結界の内部。柳洞寺へと侵入できたのだ。

 

 

「しつこく追ってきたのにやけにあっさりだな」

 

「私は門番だ。その妨害を超えて通った者の背中に切りつけるほど無粋ではないのでな」

 

 

 腕を組んだまま肩を竦めてみせるアサシンに「そうか」とだけ告げてシロウ達のもとに足を向ける。

 

 

「ま、仕事頑張ってくれ」

 

「そうさせてもらおう。こうして刃を交えるだけでも私はいいが、あれはそうではないからな」

 

「……交えたか?」

 

「技というのは別に剣や槍を持って交わすだけのものではあるまい。その点で言えば貴様はセイバーというには少し風変わりな存在だな」

 

「おぉ良く言われるわ。聞き飽きたくらい」

 

「そうか。ではそろそろ戻らせてもらおう。貴様もマスターを連れ戻しに来たのではないか?」

 

「あぁそうだったそうだった。このまま帰ろうかと思っちまった」

 

 

 冗談を混ぜつつ笑いながらアサシンと別れた。最後に再戦の約束をきっちり約束させられたが、まぁそれが果たされるのもすぐだろうよ。

 

 

「取りあえず迎えに行くとするか」

 

 

 柳洞寺がこの時間帯に相応しいように静かになってから大分経つ。出来ればキャスターやアーチャー相手に地雷踏んでなきゃいいけど……シロウだしなぁ。

 

 





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