ソードマンの聖杯戦争   作:永谷

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第肆拾話:しばしの休息(後編)

 穏やかな昼下がり。

昼食を終え、早めに夕食の準備を終えようとしてか、それとものんびりと気ままな昼食を摂る為の準備をしようとしてか、はたまたその両方か。

もしくは他愛のない世間話を繰り広げる為なのかもしれない。予測は尽きない。

 

 未成年もいるにはいるが、その殆んどが歳が二桁に満たない幼児ばかりで、夕食と明日の朝食の買出しにやってきたシロウは実に浮いていた。

 

 

だからだろうか、こうも簡単に、前触れもなく唐突に、今までの日常に終止符が打たれたのは。

 

 

「セイバーって卵料理が好きだよな……セイバーが来てから消費量が半端ない」

 

「一応日本の和食の有名どころは抑えておこうと思ってたが……」

 

「ああ、納豆か。あれは癖があるからなあ」

 

「うむ、朝の日本食の定番と教えてもらったから頼んだが……もう絶対いらん」

 

「うーん、癖の強いのはセイバーはダメかあ。発酵食品は大丈夫なんだろ?チーズとか」

 

「ちーず?」

 

「ほら、前に公園で大判焼き食べてただろ。チーズ食べたのセイバーだけだったじゃないか」

 

「あぁ、あれか!あれは納豆とは別もんだろ」

 

「いや発酵食品っていう区切りでは一緒だぞ」

 

「チーズはぬるっとしてないし、むわっと臭くないし、茶色くない」

 

 

 チーズも癖のある臭いはしたが、納豆とは違って食い物なのか疑うような臭いはしなかった。ほのかにとろりと口の中に垂れてきた味は納豆と比べるまでも無く美味かった。また買いに行こう。

 

 

「おっ……」

 

 

 店から出て空手だった両手に荷物を乗せたまま次に周る店について相談していたのだが、納豆を完全否定する俺にシロウが何故か考え込むように悩み始めてしまった。

 うむうむ、若い内に悩めるだけ悩んでおけシロウ。言っておくがまた納豆を出してみろ。本気でその舌引っこ抜く。まぁ、納豆でひと騒動あったからシロウも好き好んで出しはしないだろう。

 そんなこんなで互いに考え込んでいると、少し離れた所から聞き覚えのある声がかけられた。

 

 

「っにい、ちゃああああああんーーーーー!!!!」

 

「ごふっ!」

 

 

 勿論声だけじゃなくて、声の主本体までもがミサイルのように標的に突っ込んできた。

心ここにあらずのシロウがその衝撃に耐えられるはずもなく、無様にコンクリートに沈むかと思いきや、倒れるか、倒れないかの瀬戸際で踏ん張り堪えていた。

 

 

「放せよ」

 

「無理、いうな……っ!」

 

 

 イリヤスフィールの服を掴んだ俺の腕を掴みながら。

 いや、シロウが倒れるのは構わんがイリヤスフィールまで倒れて服汚したら大変だろ。

 

 

「あははっ、シロウったらおもしろーい!ぷるぷるしてる!可愛いー!」

 

「イリヤっ!危ないから動かないでくれ!セイバー、頼む、引っ張ってくれ!」

 

「ノー」

 

「セイバアアアアア!」

 

 

 俺は日本人じゃないのでノーと言える。

全く、いくら周囲も世間話で喋りこむ人間ばかりとはいえここまで騒げば目立つというのに……。

学校を休んで商店街で騒いでいたなんてフジムラタイガの耳に入っても俺は知らん。

……む、これはもしかして俺の監督不行き届きということになるのか?ハハハまさか。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「あー、面白かった!」

 

「イリヤ……もういきなり飛びついてきちゃダメだぞ、危ないから」

 

「はあい」

 

 

 結局、シロウの知り合いなのか分からない人間の一人が「士郎君、大丈夫?」と手助けをし、荷物もイリヤスフィールもシロウの服も無事という結果に落ち着いた。

シロウ自身?フッ。

 

 いつものように人気のない公園のブランコに揺られながら座っているイリヤスフィールの手には、見慣れぬものが握られている。

茶色の三角形の容器に雪のように真っ白な、しかし雪みたいに柔らかそうではない―――それこそバターのようなものがとぐろ状に幾重にも重ねられている……食い物か?―――ようなもの。

 

 シロウ、そしてイリヤスフィール曰く「ソフトクリーム」なるものを付属の小さなスプーンを使って食べている。

 

 

「セイバーは知らないのか?まあソフトクリームの季節じゃないしな」

 

「あらシロウ、寒い時にこそ冷たいものを、っていうのが日本人の考えじゃないの?」

 

 

 夏にはコタツっていう暖房器具に入って、熱々の鍋を食べて我慢大会をするんでしょ?と俺の知らない日本の知識を瞳を煌めかせながら披露するイリヤスフィール。何それ怖い。しかし、

 

 

(―――あぁ、)

 

 

だからシロウみたいな被虐趣味のある人間がこの地では育つのか。と納得。

 

 

「セイバー、イリヤ、その知識は誤解だから……いや、誤解じゃないけど一般的ではないからな。

たしかに、夏にアイスを食べると『冷たくて美味しい』になるから、アイス本来の味を楽しむなら冬、っていうのは聞いたことあるけどさ、日本人皆がそういう考えってワケじゃないからな」

 

「ふうん、でも日本の食事の見方って面白いわ」

 

「そうなのか?でも美味しく食べられるのが一番だと思わないか?」

 

「む、そういう目で見ないで欲しいんだけど……お礼は言うわ、ありがとう」

 

 

 口の端についたクリームをシロウが微笑ましいものを見るような目で見てから指で掬い取る。

一連の動作にちょっとだけ眉を寄せたイリヤスフィールだったが、嫌ではなかったのかすぐに礼を口にしてソフトクリームに取り掛かるべく小さなスプーンを動かす。

 

 

「はい、お兄ちゃん、あ~ん」

 

「ブッ!」

 

「どうしたの?」

 

 

 イリヤスフィールの手ずから食べてくれると信じて疑わない純粋な赤い瞳はじっとシロウを見つめる。

俺には確信犯の笑みにしか見えないが、シロウにとっては嬉しそうにはしゃぐ子供にしか見えないだろう。

蚊帳の外の俺は微笑ましい光景を見るような笑みを浮かべて見守ることにしておこう。

シロウの助けを求めるような目は気のせいだ。

 

 

「いや、それはイリヤのだろ?俺は大丈夫だから……」

 

「これはこの前セイバーが持ってきてくれた一人分じゃ絶対多すぎるお弁当のお返しなのよ?

それとも私はお礼も出来ない子供だっていうの?」

 

「いやそういうワケじゃないけど……」

 

「……それとも私のこと嫌いなの?」

 

「ありがとうなイリヤ、おいしいよ」

 

 

 宥めるように両手を前に上げて首を振るシロウにイリヤスフィールが唇を尖らせて拗ねるように見上げる。それでも尚言い募ろうとするシロウにトドメを指せば呆気なく勝敗はイリヤスフィールに傾いた。

 

 うむ、これほど勝敗の決まっている勝負というのも珍し…くはないな、所詮シロウだ。

フ、そうやって誰にでもいい顔しようとするからこのように困る羽目になるのだざまあ。

 

 

「あ、分けてくれたセイバーにもお裾分けしてあげるわ、あ~ん」

 

 

 ………………取りあえず目が合った瞬間GOサインを出したシロウは死んだ方が俺のためだと思う。

 

 

 

 

士郎SIDE

 

 

 

 

 いくらコートとマフラーで完全防備をしているとはいえまだ冬だ。

それに、ソフトクリームで内側から冷えてしまっては寒いのが苦手だと言ったイリヤには辛いだろう。

頑なに「いらん」「これはお礼よ?」「不要。礼なら他のもんがいい」「あら、感謝の心に難癖つけるなんてセイバーったら子供ねー」「兎に角いらん。要らないったら要らない」「ほらセイバー、溶けちゃうわ。服が汚れたら責任とって貰うわよ」と延々と大人気ない応酬続いているのを眺めているのもなんだし、せめて俺は席を外してやろうという気遣いの下、一人で近くの販売機まで飲み物を買いに出歩く。

 

 

「ほらイリヤ、ソフトクリームのお礼だ」

 

「え?別にお礼なんて……」

 

 

 ソフトクリームを食べ終わったのか、両手でブランコのサイドの鎖を掴みながら話をしているイリヤとセイバーの元へ向かい、買ってきたホットココアをイリヤの膝の上に乗せた。すると丸まった赤い瞳が自分の膝の上と俺の顔を交互に行き来する。嫌いだったら今度はイリヤを連れて一緒に買いなおしに行こうと思っていたが、どうやらそうではないらしく、ちょっとだけ安心した。

 

 

「貰っとけ貰っとけ、子供は甘えてなんぼだろ。シロウ俺の分は」

 

「ほら、ミルクティーでいいか?他はコーヒーだけど」

 

「んじゃミルクティーでいいや」

 

 

 カシュ、と数日前とは打って変わって危なげない手つきでプルトップをあけるセイバー。

俺もイリヤの隣りの空いているブランコの方に座り、プルトップを開けようとしたが、イリヤに動きがないのに気付いて声を掛ける。……まさか缶ジュース飲んだことない、とか……ありえそうだな。

 

 

「イリヤ?」

 

「なんでもないわ、ありがとうお兄ちゃん。そういえばセイバーはミルクティーが好きなの?」

 

「特に好きというワケじゃないがこっちにきて初めて飲んだのが紅茶だったからなこの種類の黄色いヤツ」

 

「ふうん……」

 

 

 白い缶を上げてパッケージの表をイリヤに見えるように持ち帰るセイバー。

イリヤはその西洋風のパッケージに興味があるのかないのか曖昧な相槌を打ちながら眺めている。

ブランコに揺られながら話すイリヤと、その前の柵に腰を掛けながら応えるセイバーは兄妹のようだ。

 

 数日前に敵として現れたのを覚えている。

でもこうして何でもないように他愛のない話をして、暖かい物を食べたり飲んだりして一息ついていると、聖杯戦争なんて嘘のように思える。……でも、嘘じゃないことは理解している。

 ここで聖杯戦争のことを出すのは勿体無さ過ぎる―――だけど、その話をすべきに相応しい場所で出会ってしまったらこんな風に他愛のない話をして、笑い合って、のんびりとした時間を過ごせることなんてないだろう。いいや、絶対にない。

 こうした穏やかな景色の中でも思い出せる。暴風と旋風のぶつかり合い。互いの命を削りあう攻防。

動くことも出来ず、ただ圧倒されていただけの夜。今度は、次は、自分で出来うる限るのことを。

そう思う俺がいるけれど……今度も、次も来なければいいと、この光景を見て思ってしまった。

 

 

 

 遠い遠い、俺の想像も超えてしまえるほどの遠い昔の空。

泣きたくなるくらいに鮮やかで、息を忘れるほどに胸を刺すような紅い空。

 

 幾拾。幾百。幾千。

数えるのも億劫になるほどの死体が無造作に重なって出来たなだらかな丘の上。

そこに一つ、ポツリと伸びた黒い影。

 

それを見て、俺は思ってしまったのだ―――、

 

 

 

 

―――まるで、墓標のようだ、と―――。

 

 

 

 

 勝利に酔うことも、喜ぶこともない。

平穏を守ったことを誇ることも、安堵することもない。

強敵を打ち倒したことに驕ることも、愉悦を感じることもない。

 

まるで死体の丘に立てられた墓標のようにひとり立っていただけ。

 

 死体に視線を向ける訳でも、用は無いと立ち去る訳でもない。

夕日が映っているであろうその上等な夕焼けすらも飲み込む紅いガラス玉は虚空に向けられていた。

 

 

何度も、何度も、何度も―――それが彼の勝利の印。

 

 

 この聖杯戦争の結末を、終着を見届けたい。そう思った。

でも夢の中に見たあの結末は決して見たくない。

 

 

 

「お兄ちゃん?」

 

「シロウ?」

 

「………へ?」

 

「ボケるにはまだ早いぞシロウ。せめて成人して貯蓄してからにしろ」

 

「ボッ…ボケてなんて無いぞ?!ただ平和だなあって思ってただけだっ」

 

「末期症状だな……まぁいいや。どっちにしろ今日は無理だな、また今度ということで」

 

「うん、いつでも来ていいよ。あ、場所わかんないか」

 

「地図書けるか?シロウ書くもん」

 

「大丈夫よセイバー、今お兄ちゃんに教えてあげるから」

 

 

 ぴょい、と軽やかにブランコから降りると、イリヤはトテトテと俺の目の前まで歩いてきた。

 え?え?いったいどういう状況なんだ今。

 

 

「なんかお礼に本格的なお茶会にご招待してくれるんだと」

 

「え、ああそうなのか?」

 

「ええ、その時だけは聖杯戦争には関係なく歓迎してあげる。あ、勿論聖杯戦争でも歓迎してあげるから安心してね」

 

「いや、それは……」

 

 

逆に安心出来ない、と言おうとした所で目の前のイリヤの笑顔がグニャリと歪んだような気がした。

 

 

 

 

 

士郎SIDE END

 

 

 

 




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