ソードマンの聖杯戦争 作:永谷
「慎二が見つからない?」
朝、いつも通り鍛錬をしようと道場に向かう俺たちを待ち構えていたリンに切り出されたのはライダーのマスターであるマトウシンジの所在について。当たり前だが学校には来ておらず、家にも帰っていないらしい。普段から遊び歩いているということだが、町の巡回がてら探してみても見つからず、こうして協力者であり、マトウシンジの友人であるシロウに報告がてら相談にきたと言う訳だ。
「……そうか、慎二のやつ学校に来てないのか」
「そりゃ完全に敵対してるマスターが二人に、正体不明のマスターが一人潜んでるような場所、罠を張ってるとはいえのこのこ出ちゃこねぇだろ」
頼みの罠はリンの妨害で魔力と言う恩恵を得るまでには時間掛かるし、あの状態のライダーで二人…下手したら三人のサーヴァントと戦うなんて無理な話だ。少し考えりゃ分かる。お前がマトウシンジの立場なら暢気に学校通うつもりか……あ、なんだろ、否定する可能性が100%じゃないあたりに己の不運さに涙がでそうだ。その前に俺ライダーみたいに従順じゃないから見捨てるけど。
じぃ、と呆れと諦めとなにやらが混じった目で見られているのに気付いたシロウが「あ、いやさ……」と慌てて付け足す。
「アイツ遠坂と俺がマスターだって知ってても学校に来てただろ。なのに今は来ていないってことは本当に完全に敵として見なされたんだなって思ってさ……」
エミヤシロウはとてつもなくお人好しで、甘くて、どうしようもないバカだ。でもこいつは自分なりに日常を守ろうとしていてその中にマトウシンジがいるのだろう。だから少しだけ期待したんだろ、お人好しのシロウが「敵対する」と言うほどに怒るマトウシンジの行為をマトウシンジが見直してくれることを。
ま、俺にはシロウの考えなんて分からないし、憶測でしかないけどな。
「シロウ」
「うん、分かってるセイバー。俺は絶対に慎二を止める。その言葉に嘘はないよ」
「そ、ならいいんだけど」
シロウの目には迷いがなくて真っ直ぐだ。それを見てリンが安心するように笑う。
「で、話に戻るけど士郎なら私よりは慎二の行動分かるでしょ。どこか当てない?」
「友人の家にでも泊まってるとか……」
「え、うそ、アイツあんた以外に友だちなんていたの?」
「友だちって言うか……ほら、慎二のやつ女の子に凄い人気あるじゃないか。だからその内の誰かの所に行ってるんじゃないかな。遠坂が探して見つからないって言うんなら町を出歩いてる訳じゃないだろうし」
「あー、そっちかあ……そっち方面は思いっきり見逃してた」
今夜はそっち方面でも当たるか、と呟くリンにシロウが心配そうに声をかける。
「遠坂俺の修行とかも見てくれてるし忙しいだろ、俺の体調も問題ないし分担しないか?」
「それは良い考えだな。二人でいちゃあっちもいろいろ不都合だろうし、妙にシロウを気にしてるようだし」
マスターはもとより、サーヴァントにも目を付けられているあたりシロウの生餌としての能力は計り知れないと思う。
「……そうね、じゃあそうしましょう。それにしてもしくったわ……慎二相手にここまで時間掛けるなんて」
はあ、と溜息を吐くリン。一応他のサーヴァントとマスターの調査もやっているんだろうが、そちらの成果も思わしくないんだろう。聖杯戦争が始まって結構経つし、いつまでも正体が分かってるマスターに梃子摺りたくないのだろう。
「ふむ……手っ取り早く片付けたいんなら町や知人を調べるより手っ取り早い方法があるぞ」
「え!」
「本当かセイバー!」
「敵はシロウを敵視してる、敵の罠は学校に張ってある。ならシロウが学校うろつけば自分から掛かってくるだろ」
「それは……」
「ああ、シロウはおとりとして危険な目に遭うのは当然。学校関係者も危ないだろうな」
でもそれは初めから分かっていたことだ。いつか耐えられなくなって、標的をシロウから純粋に魔力の補給に向けたら知らずの内に結界が発動してました、なんてことにだってなりうる。ま、だからこそリンは学校から目を離さないし、マトウシンジの件でシロウと協力関係になったんだろうけど。
「……士郎、」
「……セイバー、結界が発動しても……皆を助けられる可能性は、あるんだな」
「ああ、前にもいっただろ。時間との勝負だって」
俺の答えを聞いてシロウは考えるように目を閉じた。
静かな朝の道場にコクリ、とシロウが唾を飲む音が響く。
そして少しの沈黙の後、目を開けたシロウが決意を込めて、言った。
「―――分かった、今日から学校に行く」
「なら私も引き続き呪刻を探すわね、まだ見逃しているものがあるかもしれないし」
「ああ、ありがとうな遠坂」
「なんでお礼なんて言うのよ。むしろ囮役を買ってくれた士郎に私がお礼をいうべきじゃない」
「そうかな……うん、でも本当にありがとな、遠坂」
「ちょ、何言ってんのよ!ああもういいわ、朝の鍛錬潰しちゃって悪かったわね、私もそろそろ支度してくるわ」
「あ、そうだなそろそろ……やば、また桜に朝食の用意まかせちまった……」
「…………別に気にすることないと思うけど」
「へ?」
「なんでもー?じゃあね、居間で合いましょう衛宮くん」
時計を見てあちゃぁ、と言う顔をするシロウにリンが何事かを呟くが、聞き返したシロウにひらりと手を振ると黒い長髪を靡かせてサッサと歩いて道場を後にした。その後姿を見送って、リンの態度に何かを感じたのか首を捻っていたシロウがこちらを振り返り「なんかしたかな、俺」と目で問い掛けてきたので笑顔で答えてやった。
「知るか」
そろそろ朝食の準備が終わってる頃だろうので鈍感野郎を置いて俺は一足先に居間に向かう。背後からシロウの俺を呼ぶ声が聞こえたが無視だ無視。一生やってろ。……うむ、本気で一生やってそうな気がする。
******
居間に続く襖を開けると目の前には既に綺麗に食卓が整っていて、その席の一つには既に制服を着たマトウサクラが座っていた。電源が付いているテレビから流れるニュースは特に目新しい物はなく、ここ数日と殆んど変わらない情報が流れている。
「いつも早いな」
「………セイバー、さん」
別に気配を消してたとか言う訳でもないのに俺の出現に気付いていなかったのか、声を掛ければぼんやりとした視線がこちらを向いた。俺の名前を呟いた声はその視線よりもぼんやりとしていて、いつものマトウサクラとは明らかに違う態度に首を傾げる。
そんなに熱中するほどの情報が流れているのかとテレビを見るが相変わらず飽きもせずガス漏れ事件のことだった。そして再度座っているマトウサクラに視線を向ける。ぼんやりと虚ろな目でこちらを見ているマトウサクラの目は少し潤んでいて、頬には赤みが差している。
「顔赤いぞ」
「へ?」
「顔。熱でもあるのか」
「へ、あれ、セイバーさん?ってこれはちがうんです、ちょっと料理してたときの湯気に当てられちゃって」
「そうなのか」
「そうなんです!……その、そんな分かりやすいですか」
ようやく正気に戻ったのかいつも通りに振舞うマトウサクラだったが、さっきの強い肯定の声から一転、急にこちらを窺うような物言いで何か悪い事をしたのを見つかったかのような目でこちらを見上げてくる。
…………ははーん。
「別に俺はそんなこと気にしないぞ」
「え?」
「そもそも年齢制限をつける理由が分からん。飲みたい時に飲む、それでいいと思うけどな」
「……えっと、セイバーさん?」
「ああ、フジムラタイガが酒が足りないって言ってたら俺が飲んだってことにしといてやるよ」
「…………あ、ありがとうございます」
「礼はいらん。いつも上手い料理作ってくれてるし少しくらい融通するのは当然だろ」
「は、はあ」
そもそもフジムラタイガも未成年ばかりのシロウの家に酒を持ち込むのが悪いのだ。こうして魔がさして口にしてしまう人間だって出てくるだろう。ま、真面目なシロウやマトウサクラが保護者の目を盗んで飲酒する、なんて夢にも思わなかったのやもしれんが。しかしマトウサクラが朝っぱらから酒をかっくらうとは……うむ、人は見かけに寄らんとは本当のことだな。
しかしこのままではバレる可能性があるな……俺は酔ったことがないし、酔っ払って赤くなった頬を元通りに戻す方法なんて分からんし……
「冷やしてみるか?」
「え?!」
「赤いの、ばれないか?」
「あ。じゃあちょっと洗面所に行ってきますね」
「おう、気をつけろよ」
「はい、ありがとうございます」
俺の提案を聞いてそそくさと居間をあとにするマトウサクラ。誰も居なくなった居間にテレビの報道の声だけが響く。誰も来てないのに朝食に手を付けるってのもアレだしな。あ、納豆発見。……この国の人間は味覚に関しても自分を痛めつけるのが趣味なんだろうか。あ、嗅覚もか。俺には理解できない。したくもないが。
「あれ、セイバー?桜は?」
「知らん」
「トイレかな」
「……シロウ、それ他のやつらの前じゃいうなよ」
「流石に遠坂や藤ねえの前じゃ言わないぞ俺……て、またこのニュースか」
「内容は変わってねぇぞ。犠牲者もなしだ」
「そっか、なら良かった」
暇潰しに横目で見ていたニュースの情報を返してやればあからさまに安堵した答えが返ってくる。
いつマトウサクラが帰ってくるか分からない状況なので聖杯戦争のことを話すこともできない状況を見たシロウが「お茶でも淹れるか?」と聞いてきたので「頼む」と頷きシロウが台所に消えた所で、どどどどどと慌しく廊下を駆けてくる音が居間に響いた。そして数分の間もなくスッパーンと襖が音を立てて開かれた。
「おっはようー!ふむふむ、今日も相変わらず豪勢ねー!うんうん、これでこそ一日を元気に始められるってものよー」
「藤ねえ、もうちょっと静かに入ってきてくれよ」
「おはようフジムラタイガ、相変わらず元気だな」
「まあね~あ、士郎お茶淹れるのなら私のも入れてくれると嬉しいなあ」
「了解、静かに座っててくれよ」
「りょうかーい、あれ、セイバーさんの分の納豆はないの?」
「いらん」
「納豆のよさが分からないなんてセイバーさんたらお子様ねえ」
「藤ねえ、セイバーに突っかかるなよ……ほらお茶」
「ありがとう流石士郎、いい湯加減だわ」
「あらやっぱり藤村先生でしたか、おはようございます」
「おはよう遠坂さん、やっぱりってどういうことなのよう」
「いえいえ私の口からはとても……あれ、桜は?」
「そういえば遅いな」
「俺ちょっと様子見てくるよ」
「…………」
「なんだよセイバーその沈黙は」
いや、トイレに行ってると思っているのにその女子の様子を見てくると言えるお前についてちょっとな。
とは言わずに「なんでも?」と答えてから「見に行くなら見に行けよ」とシロウをけしかけておく。
流石に酔いは冷めてるだろ。冷めてなかったら……シロウがどうにかしてくれる。多分。どっちにしろ俺にはもう手に負えない事態だしな。
「さ、桜?!」とシロウの慌てた声の後直ぐに、「藤ねえ、ちょっと来てくれ!」と廊下から響いてきた声にフジムラタイガが立ち上がり声の方向へと走る。すぐにその後をリンが追う。俺は居間から廊下に顔を出して耳を澄ます。
「本当に大丈夫ですから」「ダメよ桜ちゃん、大事をとって休まなきゃ」「でも、私……」「とにかく私体温計を持ってきます、救急箱にありましたよね」「お願いね遠坂さん」「ほら桜、取りあえず居間行くぞ」「先輩……私、学校行かないと」「七度以上あったら絶対にダメだからな」「…………はい」
……………。
「ああ―――風邪だったのか」
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