ソードマンの聖杯戦争   作:永谷

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第肆拾伍話:問われる世界

 

 

桜SIDE

 

 

 

 

 先輩が作ってくれた卵粥を食べ終えて、水差しから水を一杯。

 水を一口飲み、シンとした室内を眺める。段々と調子は落ち着いてきていて、少し熱っぽく感じるものの、いつもの様に家の事をこなせるだろう。

 「食器は置いといてくれていいからな」と注意してきた先輩を思い出し、胸がじんわりと暖かくなっていく……はずなのに、胸が苦しい。先輩がいて、私のことを心配してくれて、この振って沸いたような幸せな時間を過ごせばいいだけなのに……どうしようもない不安が胸を締め付けてくる。

 

 

(……ライダー)

 

 

 心配する私に少しだけ拗ねたように反論して、心配は要らないと安心させるように笑ってくれた。

 それどころか私のことが心配だと別れるまで気に掛けてくれていた――私の、私だけの味方。

 ライダーは兄さんについているから、ライダーと会う機会なんて先輩の家に滞在することになってから皆無といっても良かった。連絡の手段なんていくらでもあるのにわざわざライダーに言付けを頼んだ……お爺様が何を考えているのか分からない。

 

 

(何か……、どうしよう……)

 

 

 何か出来ないかと考えても、直ぐに何も出来ることなどないと絶望し、どうすればいいのかも分からず絶望する。

 今までと同じだ。ライダーが危険なことを分かっていても、助けたいと思っても何も出来ない。何の案も浮かばない。

 

 鬱々と悩んでいると――静寂になれた耳にコール音が届いた。

 

 続くコール音にふらりと立ち上がる。

 一人になりたくなくて。話せることも、相談できることもないのに、――ただ先輩に会いたかった。

 

 

(……先輩)

 

 

 見つかった時に会話が長引くように、理由を作り出す為に、空になった器を載せたお盆を手に部屋を出た。

 部屋を出て、廊下を歩き、居間の前の廊下に辿り着き……

 

 

「待て慎二っ!」

 

 

 電話の相手の名前を知って、足が止まった。

 電話の内容は分からないけれど、電話の向こうに返す先輩の声は段々と不穏なものが混ざっていく。

 身体が、動かない。息が止まる。思考は既に止まっていて、先輩の声だけを聞くだけ。不安に早まる鼓動を抑えるように、縋りつくように、胸に空の食器とお盆を抱え込む。先輩が私の名前を口に出して、冷や汗がドッと出た。直ぐに走り出して、電話を切ってしまいたい。そんなことをすれば怪しまれるというのに。

 足は動かない。視界が歪む。息が出来ない。立っていられなくて壁に寄りかかってそのままずるずると座り込む。

何も考えられなくて、考え付かなくて、常ならば痛みを感じるほどに食器とお盆を抱え込んで、ただただ救いを求めるように何も無い前方を向いて会話を聞いている。

 

 

「――なぁ、マトウサクラ」

 

「――、ぇ?」

 

 

 私の意識を逸らす声は直ぐ近くの、居間と庭を遮る障子の奥から聞こえてきた。

 

 

「ライダーが助けたい奴はライダーの生死が分かると思うか?」

 

「え、あの……」

 

「敵に助けを請うほど切羽詰ってるんだ。よっぽど味方がいないんだろうよ……だからさ」

 

 

 フ、と微かに笑うような息が漏れた、気がした。

 姿も顔も見えないというのに、嘲るような笑みを浮かべる様を思い起こすような楽しそうな声で続ける。

 

 

「分かってないんならいってやろうかと思ってな――お前の味方はいなくなったってな」

 

「………………」

 

 

 何を、いってるんだろう。セイバー、さんは……。

 そんなもの元からいなかった。ライダーがいなくなっても今までどおりに戻るだけだ。

助けなんて無い、光なんて無い。あの地下室でこれまでと変わらない日々が続いていくだけ。でも大丈夫。私には先輩がいる。こうして先輩の家に来て、食事の用意をして、一緒に食べて、それだけで私は笑える。私は幸せ。

 そう、それだけでいい。私なんかには勿体無さ過ぎる……

 

 

(あ、れ……?)

 

 

 座り込んでいた床の感覚が遠のいて、まるでどこかに放り込まれたような感覚に陥る。

『味方がいなくなる』そんなの、私には居なかった。あの暗い地下室に放り込まれて、助けて欲しいと思っても誰も来なくて、とうの昔に諦めている。私の味方をしてくれる人なんて……

 

 

『サクラ、私はあなたの味方です』

 

 

 言ってくれた人なんて……――

 

 

「~~~~~っっ!!!」

 

 

 私に出来ることなんてない――分かってる。

 私にライダーの危機を救う考えなんてない――分かってる。

 私に手を貸してくれる人なんていない――分かってる。

 

 でも立ち上がった。先輩はまだ兄さんと話している。急いで部屋に戻り、食器とお盆をベッドに投げ出し、財布だけ掴んで、庭に繋がる廊下からサンダルをつっかけて庭に降りた。先輩がどうしているか分からない。今から学校に行って間に合うのか、行って何をするのか、そもそもライダーに会えるかすら分からない。私の足を動かしていたのは、

 

 

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!)

 

 

 ただただ繰り返される否定する言葉と、胸を締め付けてくる恐怖と不安から逃げ出したい。それだけだった。

 

 

 

桜SIDE END

 

 

 

「なっ……な、なんなんだお前っ!」

 

 

 突然現れた黒衣の人物にあからさまにうろたえ、その動揺を隠すように声を荒げて間桐慎二は誰何した。

しかし、その相手が小柄な女性――しかも何の武器も持たず、酷く無防備な――を見てあからさまに安堵し、次いでそんな女性に自分が少しでも怯えたのかと思うとすぐさま怒りを覚え始めた。醜悪な感情の混ざった荒々しい言葉使いを気に留めることもなく黒いローブを纏った女性はあっさりと身を明かした。

 

 

「私はキャスターよ」

 

 

 キャスター。七人いる英霊の中で最も魔術を得意としたクラス。魔術師としては聖杯戦争において最強といっても過言ではないだろう……が、英霊同士の白兵戦となれば話は別だ。中には近接戦闘にも精通したキャスターもいるのかもしれないが、目の前にいるキャスターのサーヴァントは明らかに近接戦闘に向いてはいない。

 事前に知っていたサーヴァントのクラスについての情報と、目の前の存在を照らし合わせてそこまで考えると、慎二は拍子抜けしたとでも言うように首を振り、上から見下すような口調で話し始めた。

 

 

「キャスターねえ。こそこそと柳洞寺で隠れてた奴が今更僕に何の用だよ。ああ、この状況を見て僕と手を組みたいって訳?なかなかか」

 

 

 言葉は最後まで空に乗らなかった。

 

 空気が歪み、熱いなにかが左肩に当たり、直ぐ横を通り過ぎた。綺麗に並べられた机と椅子が吹き飛び、通り過ぎた何かに押し退けられた空気が熱を持って慎二の背中を舐める。しかしそんなものを気にしている余裕など彼には無かった。

 背中を押す熱気よりも熱い――それが痛みだと気づいた時には、確かに数分、いや数秒前には確かにあった左腕の先がすっぱりとなくなっていた。そこにあったのは、赤い世界を更に深める赤い赤い血の飛沫。

 

 

「――は、が、あああああああああああっッッああああああッッ!!??」

 

 

 呆けた顔で眺めていた目が驚愕と痛みと恐怖で染まり、絶叫が教室に木霊して響き渡る。

 そこで初めて笑みを浮かべ、悠然と構えていたキャスターの表情がうるさそうに歪められた。

 

 

「たかが腕一本でうるさいわね。私は名乗ったはずよ、キャスターと。

あまりにも無防備だから何かあるかと思ったんだけど――違ったみたいね」

 

 

 噴出す血を止めようと押さえ、自分が流した血の海に沈み、もがく慎二を見下ろして嗤う。

しかしそんな言葉も、止まることなく流れ続ける叫び声のせいで向けられた本人は気付くことが無い。

 

 

「ライダ、ライダアァアアァァ!なに、なにしてんだよ!あああああ、はや、はやく殺せ!早く!!」

 

「無理よ。私の魔術があのライダーに破れる訳がないでしょう」

 

「なんでだよ、なん、な…で……!」

 

「サーヴァント同士が戦うのに理由なんて要らないでしょう?そして無防備なマスターがいればそれを狙う、何かおかしかったかしら?ライダーのマスターさん?」

 

 

 クスクスと笑う声。キャスターに見下ろされながら、なにかを喚きながら、血の道筋を作りながら慎二は自分のサーヴァントの方へと這って行く。残った手を伸ばしたくとも、左腕を抑えずにはいられないらしく、肩と足を使って蹲るライダーの元へと向かう。

 

 辛うじて首を動かせるのか――それともキャスターがそうしたのか――、自分のマスターが血の跡を残しながら近付く様を見てライダーが唇を噛む。

たったそれだけしか出来ない。自分が大怪我をし、死にそうだというのに動くこともしない。そんなライダーを見て慎二は怒りと痛みで頭がおかしくなりそうだった。それでもこんな所で死にたくなくて、必死に命乞いをする。

 

 マスターだから狙われたというのなら、マスターじゃなければいい。そもそも僕は本当のマスターじゃない、そうだ、僕がこんな役立たずを呼ぶわけが無い!

 

 そんな身勝手なことを考え、ひたすらに叫ぶ。

 

 

「僕はっ……僕はマスターなんかじゃな、いっ!!こんな使えないや」

 

「あら、本当にそれだけだと思っていたの?馬鹿ねえ」

 

「―――は?」

 

 

 嘲笑う声に、内容に、慎二は呆けた声しか出せなかった。

 

 

「気付かないと思った?この馬鹿げた結界を私の責任にしようと企んでたことに」

 

「な――、え?」

 

「あら、私のはやとちりだったかしら。まあいいわ」

 

 

 呆けて言葉にならない声しか上げない慎二に少しだけ考える振りをして、直ぐに思考から抜け出したキャスターは至極軽い調子で続ける。

 

 

「そんな勘違いされるような行動を起した貴方が悪いのよ」

 

「は?」

 

 

 キャスターのローブの隙間から華奢な手が覗く。空に向けてピタリと止められた手の平の先には慎二がいる。

 

 

「つぎ生まれる時はもう少しマシになってるといいわね」

 

「馬鹿は死んでも治らないというから無理じゃないか」

 

「っ!」

 

 

 カラリとまるで隣のクラスに遊びに来ましたというかのように気楽に扉が開けられた。そちらに意識と上げていた腕をやりそうになり、キャスターはかろうじて手を止めることが出来た。

 

 

「シロウ、今回はすっきり解決だ。自分の手も汚さず、更に時間を掛けることなく結界も解ける。更に悩みの種だったキャスターもいなくなる。もうパーフェクト過ぎて自分の幸運が怖くなると思わねぇか」

 

「アホか!助けるぞセイバー!」

 

「え、えー……どう思うリン」

 

「どっちにしろ早く片付けるわよ。ゆっくりしてらんないんだから」

 

「随分と遅い到着じゃない」

 

 

 わざわざ声を掛けてきたという点で分かった。目の前にいる死に掛けた人間が人質になる価値があるのだと。

そうでなければ、魔術を放つと同時に自分は切り捨てられていただろう。わざわざ魔術を放たないよう声を掛けてきたという無駄な行動が何よりの証拠だ。お人好しのセイバーのマスターとその友人である間桐慎二。セイバーがどう思おうとセイバーのマスターは見捨てることなど出来ないだろう……つまり、分は自分にある。

 

 突如沸いて出たセイバーのマスターたちに一瞬驚いたものの、キャスターは口元に笑みを浮かべなおす。

 

 

「じゃあ、坊やに選んでもらいましょうか――自分か、この坊やか」

 

 

 





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