ソードマンの聖杯戦争 作:永谷
「つぎ生まれる時はもう少しマシになってるといいわね」
戦場への扉を開けた途端――むせ返るような血の臭いに迎えられた。
数十人の人間を押し込められる空間に充満していた空気がゆっくりと流れていく。
後ろに居たシロウとリンが息を呑むのが分かる。嗅覚だけでなく、赤く染まった校内を更に赤く染め上げる視覚への刺激に意表をつかれたのかもしれない。
ああでも…ここはまだ戦場じゃない。ここには戦いの臭いはしない。ここで行われていたのは一方的な暴力だ。
そして愉しませることも出来ないガラクタは処分される。ただその一歩手前で俺が意識を逸らすだけだ。
「馬鹿は死んでも治らないというから無理じゃないか」
「っ!」
振り返るキャスターの表情は先ほどフードの隙間から垣間見えた表情とは一転して険しいものだった。
それでもやはり手は逸らされないし、降ろされない。魔術に疎い俺でも分かる――あの程度じゃ俺は殺せない。
キャスターの魔術が通用するシロウやリンは俺の後ろにいるから手が出せない。ここで無防備になっているライダーへ攻撃の手を向けても意味が無い。なら消去法で――人質となるのはマトウシンジただ一人だ。
さて、ここで問題なのは本当にマトウシンジが「人質」となるかだが……
「シロウ、今回はすっきり解決だ。自分の手も汚さず、更に時間を掛けることなく結界も解ける。更に悩みの種だったキャスターもいなくなる。もうパーフェクト過ぎて自分の幸運が怖くなると思わねぇか」
「アホか!助けるぞセイバー!」
「え、えー……どう思うリン」
「どっちにしろ早く片付けるわよ。ゆっくりしてらんないんだから」
軽口を叩きながらマトウシンジの様子を見る。
腕を失ったショックと痛みもあるだろうが、明らかにその理由以上に顔色が酷い。それもそのはずだろう。この教室の彩りを鮮やかにしている赤い血は――キャスターはもちろん、ライダーにも外傷が見当たらないことから――マトウシンジのものだ。
ただの一般人が一人で流すには多すぎる量の血が無駄に床を彩っている。この状況を見て俺はとうに決まっていた結論に再度到達する。しかしそんな俺の思考を無視したまま会話は続けられている。
「随分と遅い到着じゃない」
ああ確かに遅かった。
心の中でキャスターに同意する。
「じゃあ、坊やに選んでもらいましょうか――自分か、この坊やか」
その瞬間、俺は駆け出していた。意表をついた一撃。マトウシンジのことなど既に頭の中には無い、迷いも何も無い一撃をキャスターに叩き込む為に最後の一歩を踏み込んで、容赦のない一撃でその仮初めの命を討ち取る。
「止めろセイバー!!!!!」
声が響いた瞬間。足は床に縫い付けられた。下から振り上げた木刀は標的に当たることなく急停止した衝撃で一度揺れてから宙で止まる。もう合うことなど無いと思っていたキャスターの視線とぶつかり合う。
死角からの一撃にキャスターは反撃など出来なかっただろう。あと数秒声が遅ければキャスターは倒れ、キャスターの手から放たれた魔術はこの教室を更に鮮やかに飾ったことだろう。
全てが憶測。現実になったはずの未来はたった一人の言葉……いいや令呪の一角で憶測と成り果てた。
「シロウ」
「キャスター、お前の要求は何だ」
「シロウ……死人の為に犠牲になるのは間違っている」
「慎二はまだ死んでない…!」
そこで全てを覚悟した。
もとより限界に近かったのだ。碌な供給もないのに動きすぎた。そのせいで―――、
「キャスター、お前の狙いは俺でよかったな?」
「ええ、ご苦労様セイバー。面白かったわよ」
―――ィンッ!
キャスターを目掛けて赤い空を一筋の銀光が駆け抜ける。
アーチャーの遠距離からの援護などもはや無意味だ。
ギンッ、と短く鉄のぶつかり合う音がして、あっけなくその援護は打ち落とされた。
「セ……イバー……?」
呆然とした俺を呼ぶ声を無視して、屋外にいるアーチャーから見えるように窓辺に寄り、口を動かした。
―――早く来ないと脱落するぞ、と。
打ち落とされた…いや、俺がキャスターの方へと向かった瞬間から弓兵は走り出していたかもしれない。
まぁ……そんなことは既にどうでもいいことなのだけれど。
「いくわよ」
「どうぞ」
「士郎!」
「……」
キャスターが懐から短剣を取り出す。それは殺傷能力が低く、明らかに何かを傷つける為のものではないと言うことが分かる。儀式や祭儀などで使われるようなものだろう。その証拠に滲み出る魔力はとても禍々しいと感じる。
トオサカリンのエミヤシロウを急かす声がする。そしてそれに応える声は何もなく、ただ息を呑む気配だけがした。
キャスターから方法は聞いてなかったが、短剣が出てきたというのならエミヤシロウには分かるのかもしれない。これが何の為のものなのか。そしてこれから何が起こり、何をされたのか。
「エミヤシロウ、お前は裏切られたんだ」
トスン、とあまりにも軽い衝撃の後――わずかと言えども確かに繋がっていた回路は断たれた。
そして新しく回路が繋がれる。俺の目の前にいる稀代の魔術師――キャスターに。
******
さて、話は大分さかのぼる。
それは―――そうだな、キャスターとのはじめての会合までさかのぼろう。
柳洞寺の地下にある大聖杯の前でドンパチやっていた次の日。
柳洞寺に思いもよらぬ客人が手土産を持って現れたのを……いや、敵が門番と楽しそうに酒盛りをしているのを絶対零度の視線を座らせて見下ろしていた。
「よぉ」という粗雑過ぎる挨拶と共に上げられたのはワンカップ。呑み始めたばかりなのか透明な瓶の杯にはまだまだ透明な酒が残っていて、昨日やり合った敵であるセイバーの動きにつられて危なげに揺れている。
それを見て「おっとと」とか「零しては悪いだろう」とか「あぁ、お礼だもんな、律儀な人間だった」とか話し合っている男二人を見て―――ブチ切れた。
「そんなに昨日の続きがやりたいの。ええそうでしょうね。私もまだまだ発散不足だったわ」
ゆらりと杖を構えるキャスターに暢気な酔っ払い共が声を掛ける。
「戦場の中での憩いの一時を邪魔するとは随分と無粋だな」
「全くだ。あ、そうだキャスターまだまだあるぞ。鬱憤が溜まってんならお前も飲め飲め。俺はちょっと酒の良さがわからんなー」
「ほう、日本の酒は得意ではないのか?」
「いや酒自体あまり飲まないな。飲めないんじゃないと思う」
首を捻りながら一口含み、口の中で味わってから飲み込む。そしてまた首を傾げるを繰り返すセイバー。
お礼に貰ったからという理由でそこまで飲みなれていない酒を嗜んでいるらしい。そして残すのもあれだからとこうして手土産として持ってきて真昼間から密かな酒宴を興じているということか。
そこまで考えてキャスターは頷いた。
――――――処分しましょう。
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