ミツゴシを後にしてモブ二人とアホ一人とガンスリンガーが一人、日が落ちて暗くなった王都を全力で走って寮に向かっていた。夕日に向かって走れと言われたワケでも誰かに追われてるワケでもなく、寮の門限が迫っているからだ。ペナルティは夕飯抜きと反省文。育ち盛りの学生には厳しい内容だろう。
全力で走っているせいでヒョロとジャガはバッテバテで速度が出ていないがこの調子ならまぁギリギリ間に合う速度だ。俺とシドはそれに合わせて速さを調節している。
「ヤバいヤバいヤバいって!このペースじゃ門限間に合わねぇ!」
「シド君達が遅いからですよ!」
「人のせいにすんなって。店から出てあの従業員のこと根掘り葉掘り聞いてきたの何処のどいつだ」
「さっき謝ったしチョコレートもあげたんだから帳消しにしといてよ」
この通り謝罪の気持ちも罪悪感など一切無いのが俺達の言動に現れている。急げば間に合う時間に出たのに門限より大事なものがあるとか言って足を進めなかった二人に責任はある。俺ら、悪く、無い。
それで、だ。馬鹿二人を前衛に出して後衛二人で内緒話をするべく言われても気付かない程度に若干距離を置いて追走を開始した。
ミツゴシの中で話していた王都を騒がせている人斬り、それもシャドウガーデンの名を騙る輩がいると聞いてすぐにシドは心当たりがあると言っていたが、その心当たりとやらを共有して欲しい。コイツの予想は何故かほとんど外れないので聞いておけばこっちで何かあった時対応できるようにしておかないとややこしいことになるかもしれない。
そういうワケなので俺はシドにだけ聞き取れる小さな声で会話を試みた。
「で、さっき言ってた心当たりってのは何なんだ?」
「さっきのって、人斬りの?」
「ああ」
「心当たりって言うかもう確信のレベルなんだけどさ」
「ほお」
「間違いなくアレクシアだね」
「………その心は?」
「さてね。けど前に僕も斬られたし、女心ってのは分からないね。何でまた急に無差別通り魔殺人犯になったかなんて、知る由もないよ」
前言撤回だ。コイツの予想なんて当てにならない。
「ガンマに聞いた時アイツ遂にやりやがったって思ったね。一瞬デルタかなーとも思ったけど」
「とりあえず今の会話で分かったのは時間を無駄にしたってのとお前がやっぱりアホだってことだ」
「アホ??アホって言った??それとやっぱりって何??」
「アレクシアのトコは門限が俺らより厳しいし見張りもいるせいで夜な夜な抜け出してどうこう出来ないし、第一アイツにそんな正体を悟られずに人を斬って回れるだけの実力も今んトコ持ち合わせてない」
もし今まで割と一緒にいた奴がシドみたいな裏の顔あるタイプだとしたら俺の見る目が無さすぎる。仮にあったとしても緊急を有するような脅威でもないので様子見する程度か、それかどうにかして首輪を繋ぐか。
「何にせよ、心当たりがそれしか無いのなら捜索はアイツらに任せた方がいいかもな。それか俺がデコイになって斬られるまで待つか」
「……まぁ、レイトなら剣持ってなくても問題ないしデコイにはもってこいかもね」
「どうせお前のことだし人斬りが誰であれ、シャドウガーデンの名を騙る奴を許すワケも無いだろ。命じてくれりゃ今夜にでも決行するぞ?」
荷物だけ部屋に置けばその後は自由にやるつもりではあるが、一応長に許可を貰う方が右腕っぽくてシドも好むだろう。
キィン!
だがシドが俺に命じるよりも先に、遠くから何かがぶつかり合う音が聴こえて同時に口を閉じて音の方へと視線を向けた。
「なあ、今何か聴こえたか?」
「え? 自分は何も…」
前方を走っていたヒョロが音に反応して振り向きながら俺らに訪ねる。ジャガは何も聴こえてない様子でヒョロも音源はよく分かっていないが、俺とシドはすぐに音の正体を察していた。
今聴こえたのは間違いなく剣と剣がぶつかる音。つまり、音の鳴る遠方にて誰かが戦っているのだ。
こんな時間から演習を始めるワケもなく、十中八九ミツゴシで聞いた人斬りが現れたのだろうと察して俺とシドはアイコンタクトで意思疎通を図る。それと同時に、俺達は揃って足を止めた。
「お、おいお前らどうしたんだよ!」
「門限過ぎちゃいますよ!」
遅れて前の二人も立ち止まって声をかけるが、俺とシドは目的地とは反対側へ指差して理由を話す。
しかし、俺とシドの指の方向が何故か違った。俺は今来た道の方を、シドは路地裏の方目掛けて。
「部屋の鍵入った財布忘れ──「うんこしてくる」……た…?」
三人揃ってコイツマジかという顔をしてシドの方を見た。気のせいか? 今コイツなんかとんでもねぇこと言わなかったか? 流石に気のせいだよな? この場を離れる言い訳なんてのは適当でいいがまさか尊厳を利用したサクリファイスエスケープなんていくらなんでも有り得ないよなマイロード??
「あ、あのシド…お前今なんて──「今ここでしないと僕は垂れ流しながら走ることになる」勘弁してくれよマジで」
本当に残念ながら先程の発言は気のせいでも聞き間違えでもなかったのが確定してしまった。
「その真剣な表情…本気なんだな…?」
「おい何でシリアスなムード作ろうとしてんだ止めろバカ」
「門限か尊厳、その二択なら……仕方ないですね」
「何上手いこと言ってんだ腹立つな」
「僕のことは置いて行け…間に合わなくなる前に……ッ!」
「もう間に合ってねぇよ尊厳の死と言う意味では。デッドエンドだわ」
「そしてレイト、後生の頼みだ。僕のことを路地裏まで運んでくれ」
「こんなことで来世の安寧を得てたまるか。お前こそ来世からやり直せ」
ヒョロとジャガが俺らからジリジリと距離を離して行く。コイツら俺に押し付けて自分らだけ帰るつもりか。ふざけんな置いてくな俺もこのアホから遠ざけさせてくれよ。
「さぁ早く行け、僕はもうここまでだ…ッ!」
「ッゥ! ああ、分かった!このことは誰にも言わねぇ!!」
「シド君! たとえ野グソしても僕たちは友達ですからね!」
「行けッ!行けぇぇぇぇぇぇッ!!!」
二人が踵を返して走り去るよりも先に俺はこの茶番劇から抜け出して音のした方へと向かって歩き出した。
「………頭痛てぇ」
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キィンッ!キィンッ!
戦いの音を奏でる会場では二人の魔剣士が鈍い演奏をしている。一人は全身を黒の外套で包んだ仮面の男、もう一人は学園指定の制服に身を包んだアレクシアだった。
黒い外套の魔剣士はゆらりと接近しては歪な型で剣を振るうがそれら全てを軽くいなされる。対してアレクシアの攻撃は教科書に載っているモノと何ら変わりない型の中から唐突に床を撫でるような斬撃で破片を飛ばしたり、壁に追い込んで顔を狙うフリをして腹を攻撃するなどと彼女をよく知る人物が見れば驚愕するようなダーティな戦い方をしている。
異様な雰囲気を纏う魔剣士と華麗な中から卑怯とも言える戦いを行う王族というおかしな組み合わせの命の奪い合いは、アレクシアによるワンサイドゲームと化していた。
今度は魔剣士の方へアレクシアから距離を詰めて顔、腕、胴の順に斬り裂いて最後に足を刺してから軽く跳んで仮面を両足で蹴飛ばした。その反動で剣を抜いて、着地と同時に切っ先を向けて口を開いた。
「諦めなさい。貴方では私に勝てないわ」
黒い外套は様々な箇所が斬られ中から肌が顕になり、血が着いて皮膚にピッタリと付着している。アレクシアの言葉に偽りが無いことが一目で分かった。
「何故罪の無い人を殺すの? それが貴方達の、シャドウガーデンの戦いなの?」
男が少し動くだけで血が零れて地面を汚す。足の甲も貫かれた今、男は最早立つことすらままならないであろうが、未だ膝は頭を垂れない。
いつ死んでもおかしくは無い状態だがアレクシアは構えを解かない。油断は無く、驕りも無い。次何かすれば即座にトドメを刺すつもりだ。黒い外套の魔剣士にとっては絶体絶命の状態のはずだが、そんな男の言葉は決まって同じ内容だった。
「我らはシャドウガーデン……」
「さっきからそればっかりね。それ以外喋れないの? 出身は? 趣味は? 休日は一人で語学教室通い?」
「我らはシャドウガーデン……」
「呆れた。これがシャドウとか言う男の意志なの?」
会話は広がらない。そもそもまともに意識があるかすらも不明だ。何か情報を得られないかと時間をかけて戦闘を行ったがこれ以上続けても意味は無いとアレクシアは判断して魔力を絞る。
「これで終わりよ」
足を全力で踏み込んで距離を一気に詰めて男の胴体目掛け、一直線に剣を伸ばす。柄を両手で握り締めてかけられる力全てをそこに込める。
が、トドメの一撃に放たれた全力の刺突は咄嗟のところで防がれた。だがアレクシアの攻撃はタダでは止まらず、男の剣を弾き飛ばして防御の向こう側にあった肩にダメージを与えることには成功した。致命傷ではないが、片腕はもう動かないだろう。
弾き飛ばされた剣が地に落ちると、カランと音を鳴らした。無傷のアレクシア、一方は片腕を壊され手に武器も持たない魔剣士。剣が落ちた音はアレクシアには勝利を意味するファンファーレにも聴こえたであろう。
それが、アレクシアに隙を産んだ。
「ッ!」
直後、アレクシアは後方より誰かが接近する気配を察して反射的に前転して回避行動に出た。誰が接近して、何をしようとしたかなど目視して確認する猶予など無かったが、前転の最中に見えたのは先程まで自分が立っていた空間に振るわれている一振の剣だった。完全に隙を付かれた致命の一撃を、アレクシアは本能的に察して避けることに成功した。
振り返りながら剣を横一線に薙ぎ払いながらのバックステップで更に距離を置いて、一度深呼吸をして周囲を見渡す。
背後から新たに黒ずくめの魔剣士が二人、それと路地の影から追加で二人、そして上空から三人が現れて、合計八人がアレクシアを囲った。
(新手!? 何でこんなタイミングで…!)
八人の魔剣士は揃って同じ外套と仮面を装備して同じ長さの剣を持って均等に配置に付いているので隙間を推し通って逃げ出すことは叶わないだろう。恐らくは全員が実力者で、複数人同時に相手するのは今のアレクシアには不可能だ。良くて二人、自身の身のことを考えなければ四人はどうにかできるかもしれないが、その二倍の人数相手に立ち回るには実力も経験値も足りていない。形勢が逆転してしまった現実に思わず舌打ちをした。
「か弱い乙女を寄って集って、ナンパならお断りよ」
どこかの誰かの影響を受けて軽口が増えるが、脳内では打開策をどうにか打ち出そうと思考する。しかしそうしてる間にも魔剣士の集団はジリジリと距離を詰めてくる。片腕を使えなくなった重症の魔剣士も剣を拾って片手で構えている。状況のせいで重症の相手すら脅威となった。
「どうしてもって言うなら…まぁデートくらいならしてあげてもいいわよ? もちろん、一体一だけどね」
既に背後は取られているが、全方位に注意を向けることで不意打ちを行わせない。不意打ちの封じ方ならば、連日嫌と言うほど練習している。実践で使用するのは初めてだが、大いに効力を発揮しているようだ。
「こんなにも月が綺麗な夜だものね、美人さんと一緒に何かしたいって気持ちは分かるわ。知らないけど」
わざとらしく視線を天に向け、口を止めずに頭と共に動かし続ける。だが状況は変わらない。
だからこそ、博打を仕掛けるには持ってこいの場面だ。
「ああ、ごめんなさい。月が何かで隠れてよく見えないわね。何かしらあれ」
アレクシアは月を指差しながら微笑んだ。明らかに不利な状況で、一発逆転の手札など持ち合わせちゃあいないが、大胆で、そして不敵に。
自身の中から込み上げてくる恐怖の影を飲み込み、逆に嘲笑うかのように口角をあげて赤い瞳を揺らす。
「よく見えないけど……赤い髪に大きな剣、あれじゃあまるで、姉様みたいねぇ?」
その言葉に囲んでいた何人かが反応して月を見上げた。無論、全員ではない。だが数人、意識を自分で無く空に向けられたその瞬間にアレクシアは駆け出した。
駆け出した方角の三人へと、左の男には抉れて剥がれた石畳を剣で飛ばし、右の男には剣を投げつけ、中央の男には顔目掛けて両足で飛び蹴りを放った。
(行けるッ!)
それぞれの攻撃は致命傷どころか僅かな傷にもなりはしない。だがアレクシアの目的は倒すことではなくその場から離れることにあるため、賭けのリターンはほんの一瞬の隙だけで良い。そして目論見通り、三人の魔剣士を上手くいなして駆け抜けようと両足にありったけの力を込めた。
加減も何も考えずに地面を踏みしめているため一歩、また一歩進む度に床が抉れる。三歩目を踏みしめた辺りから、アレクシアは最高速度に到達しようとしていた。
が、それよりも速く黒ずくめの魔剣士がアレクシアの脇腹を突き刺した。
「ゥがアぁッ!!」
脇腹に侵入した切っ先をそのまま深く刺して標本のように床に固定しようと魔剣士は力を入れるが、アレクシアは身体を捻ってどうにか剣から離れた。けれども無理に離したせいで刺傷はより深い傷となってしまった。
直後に片腕の上がらなくなった魔剣士が接近、切っ先を向けて来たが剣の腹を蹴って攻撃をズラす。だが直後に飛んできた蹴りは止めることが出来ずに傷口に深くめり込んだ。
「アグゥッ!!」
傷口の奥からメキメキと嫌な音が聴こえた。間違いなく骨が折れた音だろう。
逃亡に失敗したアレクシアに敵の追撃がどんどん飛んでくるが、剣は先程投げつけたため防御の手段が無いため回避一択のみ。だと言うのに敵の数は八人もいる。オマケに脇腹を裂かれて骨が折れている。最悪な条件が重なった。
骨が折れて内臓に刺さっているのか、口から鉄の味が溢れ出てくる。それを吐き出してもじわじわと溢れて止まらない。
壁に追い込まれまともに動くことも叶わない状況で、八人の男が静かに佇みながら自分に剣を向けている。誰が見ても、助からないだろう。自力で打開する術など無い。
だからこそ、それを言い訳にしてアレクシアは奥の手を出した。
(これだけは…使いたくなかったけど)
制服のポケットから取り出したのは小さな瓶。その中にあるのは赤い錠剤だった。それは、以前の事件の際にアレクシアがこっそりとくすねたモノだ。
この薬の効力は自分の目で見た。無論、飲んだ者が醜い姿に形を変えたことも忘れたワケでは無い。だがこの場をどうにかするために今のアレクシアにできることは、この薬に賭けることしか無いだろう。
(大丈夫、アイツから習った闘い方を実戦で使えたんだもの。私はきっと本番に強いタイプ。だから、何とかなる)
魔剣士が三度突撃して来るのが見えた。最早迷っている時間など無い。根拠としてはかなり薄い理由で自己暗示のように祈るアレクシアは、瓶の蓋を開けて中の錠剤を口に運ぼうとした。
「ダぁメ。そんなモノは奥の手とは言わない」
突如、アレクシアの顔の真横から轟音が鳴り響いた。目線を向けると白銀に輝く大きな何かを掴む黒い右腕と左手が現れ、その左手が口を覆って錠剤が地面に落ちてしまう。それと同時に、漆黒が音もなく降り立った。
空から現れた漆黒、そして自分の口を抑えたもう一つの漆黒。これが何かを認識するよりも早く、剣を砕かれて呆然としていた魔剣士に刃が一線。刹那、三人同時に赤を撒き散らしながら上半身と下半身が別れを告げた。
漆黒の男、シャドウは剣に付いた血を払って落とす。その動作の瞬間に二人の魔剣士がシャドウに刃を向けるが、アレクシアの隣から轟音が重なって聴こえたのと同じタイミングでそれぞれ頭部を破裂させた。
(シャドウッ! それと…ドレッドと呼ばれていた男!)
「よう王女様、また会ったな」
もう一人の漆黒の男、ドレッドが戦場には不釣り合いな声色で話しかけてきた。
直後に魔剣士が一人横から回り込んで突撃してきたが、再び轟音を鳴らして襲い来る魔の手を追い払った。
「お前の男の趣味や癖にどうこう言うつもりはねーけど、せめて一人に絞った方が…あれ、王族だから重婚いけんのか?」
以前会った時とは違う服装だが、この軽口と見たことの無い白銀のアーティファクトを扱う者が何人もいるはずがない。
しかし妙だ。アレクシアを襲ったのはシャドウガーデンであり、この二人は恐らくそのトップであるはずなのに何故敵対している? 突然の出来事の連続でアレクシアは頭を痛める。
「シャドウガーデンを騙る愚者共……」
残る二人の黒ずくめの魔剣士にシャドウは刃を向ける。
「その罪、その命で償え」
だが一方まだ生きている魔剣士二人はシャドウとの戦闘は行わずにそれぞれが地面や壁を蹴って屋根へと登り、敵前逃亡をする。死を向けられた魔剣士二人の選択は、先程アレクシアが選んだ行動と同じモノだった。
最も、その場から離れた程度で陰から逃れることなど不可能だが。
「愚かな…」
溜め息混じりに愚痴を零すとシャドウは構えを解いてゆっくり追いかけようとする。
「ま、待ちなさい!」
その歩みを、アレクシアの声が止めた。
剣も持たずに背を壁に預けて震えながら立ってシャドウを睨む。そこに殺意は無いが、明確に敵意を込めて。それを理由にアレクシアを斬り捨てるなどシャドウには呼吸を行う様に容易いであろうがその程度の些細なことは今はどうでもいい。
口に溜まった血を吐き出しながら、シャドウに問う。
「この国の王女として聞かせてもらうわ。貴方の目的を教えなさい。何のための力なのか、貴方達の戦う理由、それと…この国に牙を剥くつもりなのか……!」
その問い掛けに対してシャドウは、踵を返して冷たく回答する。
「関わるな。無知のまま幸せを享受しろ」
「ッ! もし敵対するなら…!」
「敵対するなら……?」
何も無かった冷たい言葉から、アレクシアは確かな殺意を感じた。先程の魔剣士など比にならない強大な殺意、並の人間ならこれを浴びただけで意識を失うだろう。だがアレクシアはそれに耐えた。
「その時は貴方を殺す! 今は叶わないけど、いつか必ず…!」
「できるとでも?」
「貴方がいる場所は遥か先。けど、それはいずれ私が到達する場所よ」
アレクシアの言葉を聞いて、シャドウはドレッドに視線を送った。何かを訴えている様だが口笛を吹いて軽く流す。そしてその後、アレクシアの顔を隣のドレッドがグイッと覗き込んだ。突然のことにアレクシアは一瞬ギョッとするが、すぐに顔は退けられた。
「へぇぇ………………?」
仮面の先に見える黄金の瞳が一瞬だがアレクシアの芯を捉えた。数秒にも満たない僅かな時間から、ドレッドは感情の昂りを見出した。
「なるほど、なるほど。確かに前よりも良い目だ。奥底には恐怖があるが、それを押し殺すんじゃあなく勝とうとしてる」
飄々と喋るドレッドは隣を離れてシャドウの方へと歩いて近付く。それにアレクシアは無意識のうちに安堵した。
殺意なら明らかにシャドウが大きいが、恐怖の一点に関してはドレッドが群を抜いている。覗き込まれた時のアレクシアは、心臓を直接鷲掴みにされた様な緊張感だった。あのまま見られ続けていたら呼吸は止まっていたかもしれない。
「だとしたら、この薬を使おうとしたのは減点だな」
そう言ってドレッドが何かを振って見せる。それを見てハッとしてアレクシアは自身の手とポケットを探るが目当てのモノは出てこない。口以外触れられた覚えなどないが、いつの間にかこっそりくすねた錠剤を瓶ごと奪われた。
「前もそこの黒いのが言ってたろ? 偽の力で最強に至る道など存在しない…だったか? まぁそんな感じのことをよ」
瓶を宙に放って何度目かの轟音、中身共々瓶は砕け散ってその破片と空になった薬莢が床に落ちる。
「
また前のように説教のような言葉を残してドレッドはシャドウと共に去ろうとしている。二人をどうにか止めて何か情報を引き出そうとするが、激痛が走ってまともに立てない。そしていつの間にかシャドウは既に去ってドレッドも同じく後を追おうとしていた。
「ま、けどそんなボロボロになるまで戦ったんだ。その健闘を称えてプレゼントを贈ろう」
ドレッドは腰の左側から右手に持つモノとは対称的な漆黒のアーティファクトを取り出してアレクシアに構える。脳裏に死が過ぎったがそこから放たれたのは敵を屠った凶弾ではなく、別の何かだった。
「ヒールトリガー。即効性はねぇけど多分明日には傷も癒えるだろうよ」
撃たれた箇所は正確に傷口に命中して、そこには山吹色に輝く魔力が内部に侵入してゆっくりと治療が施される。けれども確かに傷口である場所に目に見えない速度で衝撃が送られたのだから、当然、アレクシアには激痛が遅れて走った。
「はぁグッ!!?」
「じゃーな王女様。次は正装で逢おう」
あまりの痛みにアレクシアは気絶した。意識を失う直前に見たドレッドのイタズラな笑みに殺意が芽生えたが、それを維持するには体力が無さすぎた。
尚、ドレッドはアレクシアが気絶した後もその場を離れることはしなかった。流石に路地裏に気絶した女の子を放置するワケにはいかないから、と言う理由で仕事をシャドウに押し付けたのであった。
幸いなことにアレクシアが気絶して間もなくに姉であるアイリスがやって来て彼女を急いで連れて帰る。唯一破壊から免れたアレクシアが落とした錠剤を拾って。
その様子を影から見ていたドレッドは明日目が覚めたら面倒になることを察してしまう。前回もそうだったが、シャドウに仕事を押し付けると必ず何かしらの形でサボった分のケアをしなければならなくなると学ぶのであった。
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