外の壁に二度の攻撃をされた。その報告を聞いて現場に向かったのはこのミドガル魔剣士学園を襲ったテロリストの集団。それを統べる一人の男、レックス。叛逆遊戯の二つ名で知られる軽薄そうな男の部下が、壁に刺さった銃とその弾丸を発見する。
シャドウガーデンの名を騙る見た目通りの愚者は、それを見てニヤリと笑った。
この学園の中で大勢の部下が殺されている。その死体の傷を見るに剣やレイピアと言った武器を使っていると推測していたが、壁に埋まったそれを見て、本物が現れたことを察した。
銃が刺さった位置と角度からレックスの部下が敵の潜む場所を逆算。その結果大まかな場所と階数を導き出してすぐに大勢の部下と共に、汚らしい笑みを浮かべながら示された場所へと向かう。
その先に、何が待ち受けているのかも知らずに。
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部下の指し示した場所へ向かっている最中、突然銃声が聞こえてきた。前を歩く部下だけでなく、全員の耳に。その音で10を超える人数で構成された集団はピタリと足を止めたが、悲鳴も無ければ集団の誰かが倒れるもしないので、再度足を動かす。
だが歩き出した数分後、再び銃声が響いた。
前方の部下も後方も誰一人と倒れていないのを確認して音の鳴る方へと意識を向ける。
そして三度歩き出したが、また更に数分後に同じく銃声が聞こえて足を止めた。
誘っている。この銃声は攻撃によるモノではなく、自分の居場所を敵に知らせるためのモノなのだと集団はようやく気付く。慢心か、単に舐めているだけなのかは定かではないが、わざわざ居場所を教えるのだから相当な自信があるのだろうと察する。
前進を続ける部下とは別に、レックスは後方の部下に二手に分かれるようジェスチャーで指示を出す。それを受けた半数の部下は目的地へ向かって挟み込めるように校舎を駆ける。
二組の部隊が音の鳴る場所に向かう。銃声が聞こえる。その感覚がどんどん短くなるにつれ、やがて狭い廊下に辿り着いた。
角から音源地を覗き込むと、そこには窓枠に座ってマスケット銃をクルクルと回している紅いコートの男と黒いスーツの少女がいた。
それぞれの部隊が二人を目視し、しばらく待つと男は持っていた銃を床に放つ。一発しか撃てない銃を撃つ光景を見た二組の部隊はぞろぞろと現れて二人を囲んだ。
しかし二人はそれを見向きもしない。窓枠から降りて剣を構えることも、動く素振りも見せない。それが二人の不気味さを醸し出す。
前方に並ぶ四人の部下が銃を構えて二人を狙う。もう片方の部隊も同じ展開をして完全に挟み込む。しかしそれでも何も動きはない。
そんな二人を見て痺れを切らしたのか、レックスは近くにある窓を割って威嚇した。
「これはこれは、まさかとは思ったが…マジで本物がいたとはなぁ。はじめましてだ本物さんよ」
殺意の籠った声で二人に挨拶をするレックスに、男の方がようやく反応を湿した。窓枠から降りて、二つの部隊に挟まれる戦場のど真ん中で、奇術師の仮面を付けた男はギロリとレックスを観察するかのように一瞥。数秒後、溜め息をついた。
「はぁ…」
窓枠の反対側の壁に寄りかかって、懐から本を取り出した。それをおもむろに開いて読み始める。
「またハズレか」
「ああん?」
殺意を隠さない。銃口も向けられている。狭い廊下で逃げ場など無い。だと言うのにも関わらず、紅いコートの男も黒いスーツの少女もレックスと周囲の部隊に一切の興味を示さない。あろうことか、ハズレだと吐き捨てる。
「てめぇ…この状況が分かんねぇのか?」
男は答えない。変わらずページを捲る動作以外何も無い。その態度がレックスの怒りを加速させる。しかしここで感情を見せては隙になる。敵に煽られることなんて慣れているレックスはここで一度頭を冷やして冷静になった。
「俺はレックス。叛逆遊戯のレックス様って言やぁ誰を相手にナメた態度取ってんのか分かんだろ?」
「叛逆遊戯………ああ、道理で」
名を名乗ってようやくまともな反応を見せる男にニヤリと笑う。だがそんな表情に冷水をかけるかのように、男は本から目線を逸らすこともせずにただ淡々と感情を感じさせない声色で言葉を紡ぐ。
「年長さんのお遊戯会なら、この程度のレベルでも納得だ」
慢心じゃない。舐めている。今の言葉でそれを確信したレックスは銃を構える部下に指示を出す。
「撃て」
この学園の中で魔力を使えるのは自分達だけ、故にこのようなおもちゃであっても敵を殺すことができる。舐めた態度をとってはいるが、誰であろうと関係なくこれで殺せる。言葉には表さなかったが煽られたレックスの感情は怒りでいっぱいだ。
ここに来るまでに遭遇した死体の山のことなど知らないし興味もない。どんな種があったとしても殺してしまえば関係ない。レックスの決して賢くない脳で至った結論によって、男を挟んでの銃撃、合計六発の真っ直ぐでない鉛玉が大きな音と共に男を襲う。
銃声を聞いただけでレックスは勝利と男の死を確信した。両方の口角が持ち上げられ黄ばんだ歯を見せる。
が、鉛玉の飛んだ場所に男はいなかった。
「は……?」
パサリ、と音を立てて本が一冊地面に落ちた。それを読んでいたはずの男の姿が無い。レックスは確かに勝利を確信していたが、かと言っていけ好かない態度の男から目を離すなんてことはしていない。にも関わらず男の動きは見えなかった。
銃を撃った部下達も一拍遅れて男がいないことに気付いて、その後ろにいる部下も事態に困惑してザワつき始める。
「ど、何処に隠れやがった…?」
後方で待機していた部下もレックスも、全員が抜刀して辺りを見回す。突如として消えた男を必死になって探すが何処を見てもその影すら掴むことが出来ない。
男が姿を眩ませて何処かに潜む間に前列の部下は弾丸と火薬、雷管を詰め込んですぐに次を撃てるようにと準備をする。
「おいてめぇら、弾を込めたら何処でもいいから撃ってアイツを引き摺り出───「ばぁ!」ひっ!!?」
レックスの目の前に音も無く奇術師の仮面が現れる。それに驚き悲鳴をあげるのと同時に、狭い廊下に轟音が複数回響き渡った。眼前で起きたマズルフラッシュに怯み、幾度もの戦いを積んでいるはずのレックスは瞼を閉じてしまう。反射的に手に持つ剣を乱雑に振るが後方へ跳ぶことで難なく避けられる。元いた場所に跳んで戻った男は地面に落ちた本を拾って続きを読むことはせず、懐にしまった。
至近距離でのマズルフラッシュで目を閉じたレックスが己の失態に気付いた時には既に遅く、目を開けるとレックスの周囲にいた部下達が頭部二箇所から血を流して何人も力無く崩れ落ちた。
「んなッ!この傷は…!」
量産された死体にあった傷痕と同じ。レイピアでやられたと思い込んでいたそれの正体は、この紅いコートの男が持つアーティファクトによるモノだと気付いたレックスの行動は早かった。
自身の身体から魔力を糸状に引き伸ばして大量に放出、それを壁や天井に縫い付ける。
「てめぇら!糸を出して周囲に巡らせろ!」
凶弾の餌食にならず生き残っている部下達は動揺しながらも、レックスの指示に従って糸状の魔力を無数に放出。結界のように散りばめられたそれは、何処から弾丸が飛んできても対応するために発案された対遠距離武器用の戦略だ。
見て分かる通りレックスは決して賢くは無い。だが戦闘の一点に置いてはその脅威度合いは別格と言っても過言では無いだろう。
シャドウガーデンの情報が正しく伝達されることは、目撃者のほとんどが死んでいるため無いに等しい。しかし、その中で一人だけ異なる者がいれば嫌でも目立ってしまう。そのためシャドウガーデンは全身黒いローブを纏っていること、仮面で顔を隠していることに加えて、紅いコートの男が両手に飛び道具を持っている。この三点だけは知れ渡っているのだ。
飛び道具の対策なんてこの世界で実力のある者なら必要は無いが、シャドウガーデンに敵対する組織にはこの対策が必須となる。故にレックスも自己流で策を練っていた。それがこの、糸の結界だ。
一言でこれを表せば魔力の防壁。視認性と広範囲展開の二点にのみ重きを置いたモノだが、糸は脆い作りで攻撃なんてとても防げる代物では断じて無い。
ならば何故こんな結界を広げたか。その理由は至ってシンプルだ。
「どうだ!糸だ!てめぇに分かるか?これはそのアーティファクトの攻撃は防げねぇが、
男のアーティファクトを見て避けることは不可能で、身体に触れれば即死とまでは行かなくとも致命傷を負うことになる。ならば、何処から来るかが分かれば対処可能。レックスの少ない脳みそで叩き出したこの答えは満点とまでは行かなくとも、少なくとも赤点は回避できる。
最も、紅の恐怖を避ける手段など存在しないが。
「おお、お遊戯会の次はあやとりか。にしては見栄えも悪いし特別上手くも無いし────」
両手に持っていたアーティファクトを折って、半透明の刃が伸びた。前後それぞれの部隊が展開した糸の結界にそれを投げた。弧を描いて飛来したそのナイフになったアーティファクトが、無情にも結界を断ち切り、更には何かに惹かれるように男の手元へと戻ってきた。この動作を二度三度と繰り返し、結界は一分と持たなかった。
「──糸も安物ときた。で、これで俺の何を止めようって?」
アーティファクトを元の形に戻して挑発する。レックスの用意したこの秘策は飛び道具だけを持つ相手になら効果はあっただろうが、どうにも相手が悪い。
銃弾を感知して動くのであればそれ以外のモノで対処すればいい。男が一つのことしかしてやれない能無しならばそれで良いが、ここにいるのは恐れを知らぬ生粋の
両手に持つアーティファクト、拳銃と呼ばれるそれがどんなモノかも知る術の無い人を殺める武器をまるでおもちゃの様にクルクルと指で回転させて遊ぶ男にレックス含めた全員が戦慄を覚える。
本物はとても強く、そして恐ろしいと言うのは誰もが聞いていた。しかしそれを目の当たりにしないと、人は信じない。だからこそ、対面するまでは舐めていた。剣を携帯することも握ることも無く、飛び道具で戦地に立つ紅いコートの男ならば容易に超えることができるだろうと。
実力を備えているはずの男達が、そんな甘い考えを持って討伐に動いたことを全員が後悔した。
「く…クソが…ッ!アーティファクト頼りの腰抜け野郎が調子乗りやがって…!」
「ステゴロの方が好みかもしれねぇが、生憎こちとらガンスリンガーだ。じゃれ合いたいなら野良猫拾って仲良くミルクで乾杯してな」
「うっせぇ!!おいてめぇら、こうなりゃそこの女から狙え!シャドウガーデンなら誰でもいいんだ!そっちの死体だけでもあの痩騎士に拝ませてやれ!!」
「痩騎士?」
生き残っている部下が落ちている銃を拾って男ではなく少女を狙う。既に弾の込められたそれは引き金を引くだけで破裂音と共に鉛玉が飛び出す。が、少女はそれを見向きもせずに、背後から伸びる黒い何かによって弾は全て防がれた。
黒い何かは、今放たれた弾をびゅんと遠心力を乗せて前列に並ぶ部下に投げ返して銃を壊す。更にそれだけに留まらず、銃を握っていた両手まで砕いた。
「ドレッド…。わたし、何もしなくていいって…言われたのに……」
これまで無言だった少女はようやく口を開いた。銃で撃たれたことへの怯えでなく、自身に攻撃を向けられたことへの不満を口にした。この一言だけで少女も守られるだけのか弱い存在ではないことを一同揃って理解し、恐怖する。
「悪い悪い。けどあの程度ならイータでもどうってこと無いだろ?」
「約束…破られた……。抗議…」
「後で実験付き合うから許してくれよ。夕飯もオマケしてやるから」
「お風呂と…寝るのも……追加で、許す」
「
紅いコートの男、ドレッドとスーツの少女、イータの目線に殺意が乗る。ただ見られただけにも関わらず視線に映る部下達は心臓を強く握られたかの様な錯覚に陥り、寒気と震え、嫌な汗が止まらなくなって目の焦点が段々と合わなくなって来る。
ドレッドの両手に、仮面の奥にある瞳と同じ黄金色の魔力が込められる。同時にイータの足元から先程弾丸を受け止めた黒い何かが出てくる。
「な、なんだこれ…!」
「うわぁ!!動けねぇ!」
「やめ、助けてくれ!!」
その黒い何かは狭い廊下をゆっくりと包み込むように伸ばされ広がり、レックスとその部下は足を拘束されて動けなくされる。悲鳴に近い鳴き声をあげ、慈悲を求める声もするがそれを聞き入れることなど有り得ない。
「何なんだよ…。てめぇら、一体何なんだよ……ッ!!」
レックスも周りと同じく悲鳴の声を零す。まともな攻防も行われることなく殺されることを察してしまったのか、心臓をバクバク鳴らして目に涙を溜める。
「一個聞きたいんだが、さっき言ってた痩騎士ってのがお前らのお遊戯会の主役か?それとも、我こそが主役だって勇敢な奴はいるか?」
己の命が短いことを悟った一同は泣き叫ぶ。自分達が殺した生徒も同じ様に慈悲を求めたが殺された。なら、自分達だけその慈悲を受け取れるだなんて虫のいい話はある訳がない。そんな正常な思考に至ることはできず、恐怖で脳を蝕まれた一同はただ叫ぶことしか出来ない。中には自分の足を斬って拘束から逃れようとする者もいたが、激痛も虚しく新たに拘束が強まるだけだった。
「お前らは知らないとは思うが教えてやる。主役って奴は何でか知らねぇけど、銃が当たんねぇらしい。だから、この中に主役がいるか確かめてやる」
黒い何かが廊下を全て包み込み、次第に外の太陽の光すら入らない闇が覆われた。一同が最後に見たのは、ドレッドが両手で回していた銃を自分達に向けている姿。奇術師の仮面を付けているはずなのに、その姿を見た全員はドレッドの仮面の向こう側から歪な微笑みを浮かべている様に幻視した。それが幻視で無いと知る者は、誰もいない。
「お前は、果たして主役になれるかな?」
何も見えなくなった闇の中で、スチャッと音だけが聴こえた。
「───
刹那、ドレッドの両手から幾重にも弾丸が放たれる。マズルフラッシュで前方、後方、左右と腕を曲げて様々な方向へと銃を向けて何度も何度も引き金を引き続けて死を放つ。
黄金色の魔力に包まれ放たれた弾丸は肉を断ち、骨を砕き、血を溢れさせる。しかしその工程を経てもなお、弾丸は止まらない。一発一発の弾丸が、壁や床、天井を跳ねて何度も一同に降り注ぎ続けている。
イータが展開した黒い何かの正体はスーツの素材にもなっているスライム。ただし、イータのは自身で改造を施した特別性で使い方次第で巨大なゴーレムにも、蛇にもなる。そのスライムで一帯を包んだのは拘束のためだけでなく、ドレッドの弾丸を跳ね返して追加攻撃を加えるための専用結界。それに加えてドレッドが角度と速度、何処にどう撃てば跳弾するかを全て計算して放たれたモノだ。
留まることなく放たれ続ける弾丸は止まることなく跳ね続けるが、それらはドレッドにもイータにも当たることなくレックスとその部下一同にだけ身体を貫き続ける。
「ガ…ッ、ガァァァァアアアアアアッッッ!!!!」
幾度となく響き渡る轟音によってレックスの悲鳴は掻き消され、部下の一同の叫びも耳に入ることはない。未来に遺言を残すことも、仲間に死を伝えることも無く、無情に鉛が命を奪っていく。
そして数秒後、止まることなく跳ね続ける弾丸は互いにぶつかり合って地面に落ちていく。全ての弾丸が残らず地に落ちたことを確認したイータは展開していたスライムを元の場所へと引っ込める。
再び廊下に光が差し込む。そこにあるのは大量の肉片と骨、破れた黒い外套と砕けた金属片、そして血溜まり。数秒前までは確かにドレッドとイータを挟み込むように何人もの魔剣士がいた。だがしかし、人がいた形跡はあれど、誰がいたかなんて言うのは誰にも分からない程に凄惨な光景が二人を囲っていた。
銃を撃ち終えたドレッドは、再度銃をクルクルと指で回しながら地獄絵図の様な廊下に一言ボソリと呟いた。
「
辺りに広まる血溜まりよりも鮮やかな紅いコートをバサリと靡かせて、両手のそれぞれを腰にあるホルスターにしまおうとする。
が、回転を止めた瞬間にバギッと嫌な音が聴こえた。
「………………」
「………………」
ホルスターにしまわずに銃を一瞥してみると、スライド部分は割れ、ハンマーは砕けて中のバレルは花が咲いたかのように先端から裂けていた。情けなく伸びきったバネがボトりと落ちて、足元で跳ねる。
「………………レイト…」
「あー……………うん、ごめん、やり過ぎた」
血なまぐさい廊下の中心で、イータはジト目でドレッド……ではなくレイトを睨んだ。
ガンスリンガーって単語も、実はここから持ってきました。