黒いボディースーツを纏った七人の少女たちが見守る前で、一人の少年が必死の形相で攻撃を仕掛ける大男を軽く弄んでいた。大男はこれでもかと言うほどに攻撃を絶えず行い続けるが、少年にその刃は届かない。それどころか、少年の手に持つ銃が一発、また一発と大男の急所をわざと外しながら掠り貫きを繰り返す。
大人と子供の戦い。しかし勝っているのは子供、実力で圧倒的に大人が子供に遅れをとる明らかに異常な光景が繰り広げられているのだが、それに疑問を抱く者はこの場には一人もいなかった。
「おいおいどうした、幹部クラスってのは誰でもなれんのか?」
「舐めるなよ小僧がァァ!!」
子供が煽り、大人が吼える。だが何度剣を振っても子供が纏っているコートにすら触れることができない。大人は完全に遊ばれているし、子供はそれを楽しんでいる。
楽しそうに笑いながら戦う子供は恐らく正気ではない。その証拠に、剣の切っ先がその双眸に紙一重の距離まで迫っても瞬き一つもしないどころか、自ら刃に迫って背後を取るなど、常人では決してやらない行動を何度も行っているのだ。
背後で見ている少女の一人が彼の行動を見て溜め息をつく場面も何度もあった。どうやらこのような奇行に走るのは初めての出来事ではないようだ。
「あの…アルファ様、加勢しなくてもよろしいのですか?」
目の前で繰り広げられる戦いを見ている藍髪の少女、ガンマが金髪の少女に声を掛けた。ガンマはもちろん戦っている彼が負けるとは微塵も思ってはいないのだが、ただ見ているだけの指示に疑問を抱いたためこう問いかけをした。
その問いに対して金髪の少女、アルファは彼の奇行に頭を抱えたままガンマに返答する。
「必要無いわ。それに、私たちが入る隙も無いし、何より彼が嫌がるのよ」
「それは…私たちが未熟だから、ですか?」
ガンマに対しての返答だったが、それに対して今度はツインテールの少女、イプシロンが尋ねる。
「彼と比べたら未熟なのは間違いない。けど理由はそうじゃないの。デルタ、一緒に戦う時貴女は彼の前と後ろ、どちらで戦ってる?」
観客として戦いを観戦している少女たちはいつの間にか女子会のような雰囲気になりつつある。無論警戒を解いているワケでもなければ、油断しているワケでもないが、彼の行動をキッカケにシャドウガーデンを離反させるワケにもいかないのでここで彼の心慮を語るつもりだ。
アルファからの問いかけにデルタと呼ばれた犬耳の生えた少女は答えた。
「ドレッドは……いつもデルタの前で暴れてるのです。デルタの分も残してくれるけど、いつもドレッドが一人でほとんどやっつけちゃうのです」
「そう。彼はいつも誰よりも前に出て戦闘を行うの。例えそれが私やデルタであってもね。けど、別に私たちが足手まといだとは思っていないわ」
今なお眼前で奇行と言われてもおかしくない戦い方をする彼は、楽しそうに嗤う今でも少女たちに対する気遣いを忘れてはいない。それを知るのはアルファと数名だけ。それを理解させるには丁度いい機会だからと、アルファはかつて彼が言い放った言葉を口にした。
「『女の陰でバトルの解説なんかしてる男は死んでもいい。ましてや女の子に戦わせて自分だけ安全地帯でコソコソやるような臆病者に、アイツの隣は似合わないだろ』って、昔ドレッドが私に話してくれたの」
彼の言葉をどこか懐かしそうな表情で語るアルファに、会話に参加していないゼータが隠れて笑みを浮かべる。
「普段私たちのことすごい甘やかすし、傷つけたくないからって一人でやろうとするとか、なんと言うか過保護だよね。本音を言えばもう少し頼ってくれてもいいのに」
「けどレイ……ドレッドの武器、音…大きいから、陽動に……最適…」
「そのせいで陽動ばかりやりたがるから困りものなのよね…」
恐怖の名を冠した心配の種は、今目の前でやってるようにいつも楽しそうに敵を片付ける。不自然なまでに大袈裟に、そして時間をかけて敵を翻弄している。
今回の作戦でドレッドの役割はいつものように陽動だ。大きな音を発してしまう大型の拳銃を両手に拠点に侵入、同時に暴れて兵士を集めて返り討ちにする。七陰とドレッドが同じ場所に留まることで敵の全勢力を一箇所に固めてその間にシャドウが誘拐された自身の姉を救出する、それが今回のプランだった。
ドレッドが無駄に時間と弾薬を使って目の前の相手を弄んでいるワケではない。作戦を正しく遂行している、だからアルファは怒るに怒れない。もちろん必要以上に遊んでいるので叱ることこそできるが、実際それで成果が出てしまっているのだからタチが悪い。
戦闘では無駄に遊ぶしあまり頼ってくれない。だがそれが彼の美点であり、不器用ながらの優しさであることを七陰の全員が理解している。故に、彼はシャドウガーデンのNo.2且つ敬愛する主の相棒でもあり、同時に彼女たちの『保護者』なのであった。
「……はぁ、幹部クラスってのはマジで誰でもなれるみたいだな。トップと何回寝たらその席に座れるんだ?」
「くぅ……ッ!」
楽しそうに遊んでいたドレッドの顔から笑みが消え、遊ばれていた大男、オルバが膝を着いて小さく呻き声を出す。雰囲気の変化を感じ取り、いよいよこの戦いを終わらせようとしているのを本能で察した。
普通に回避しようとしてもそれが叶うことはないと理解している。だからこそ、オルバはここで隠していた奥の手を出す。
懐から小さな瓶を取り出し、中に収められている赤い錠剤を飲み込んだ。直後、オルバの魔力が爆発的に上昇したのをその場にいた全員が感じ取った。突然オルバの筋肉が膨張を起こし、肉体が浅黒く光ながら一回り大きくなる。
「へぇ、面白い芸を見せてくれるんだな。それで、次の隠し芸はなんだ?勿体ぶらずに見せてくれよ」
オルバの急激な変化を目の当たりにしてもドレッドの態度は変わることはない。先程よりも楽しそうな顔ではなく、落胆しているのを表情でも隠していない。わざとらしく
一回り大きくなったオルバの次の行動は、剣による攻撃ではなく床に散らかっている兵士の遺体と剣を蹴りで飛ばすという動作だった。飛んでくる遺体と剣に見向きもせず、ドレッドは引き金を引く。放たれた弾丸は遺体が何体積まれようと何本剣が飛んでこようと関係なく、それを貫いてオルバの身体を撃ち抜かんと真っ直ぐ飛翔した。
「……ん?」
しかし、弾丸はオルバに当たることはなかった。遺体や剣は貫くことはできたがそのせいで弾速が想像以上に落ちていたようで、着弾よりも先にオルバは逃亡に成功していたようだ。
先程までオルバがいた床が切断されて人一人分入れるサイズの穴が開いていた。その穴をドレッドが覗くと下の階層に直結しており、都合のいいことにどうやらホールに隠し通路が用意されていたらしい。
穴の中に一発だけ弾丸を撃ち込み、その音の反響から下の階層の広さなどを把握する。ついでに流れ弾が当たったらラッキー程度の気持ちだったがそれは無かったようだ。
「なるほど、変身マジックの次は脱出マジックか。手品師の才に恵まれたんだな」
「冗談言ってる場合?早く追わないと本当に逃げられるわよ」
みすみす逃してしまったドレッドに対して呆れを隠さないアルファが背後から近寄って頭を抱えながら話しかける。直後に返答を待たずに中に入ろうとする彼女をドレッドは静止する。
「いいよ追わないで。前座はもう終わったから俺らはあとはもう帰るだけだ」
「帰るだけって貴方……ああ、そういうことね」
ドレッドが何を言いたいかを察したアルファは踵を返してその場を離れる。その様子を見た他のメンバーが疑問を抱くが、誰かが代表して聞くよりも先にドレッドが口を開く。
「あの男が進んだ先に人の気配は数人。そのうちの一つはアイツ、だからあとはアイツに丸投げで問題ない」
「アイツ…そういえば、今回の作戦でシャドウ様だけ別行動でしたがまさか……」
「そ。さっきのマジシャンの追撃も拠点の破壊もアイツがやってくれる。クレアさんは……残ってる兵士もアイツが片付けるし、あの人のことだから牢の鍵だけ壊したら自力で帰ってくるだろ」
幽閉された少女に自力で帰れと中々酷なことを強いるドレッドだが、皆その意見に反対はしない。シャドウガーデンとは陰の組織であるため、その痕跡は最低限残さないよう動く必要がある。ドレッドが銃を撃つ度に空になった薬莢が飛び散るためそれを一々拾う必要があるのだが、そこはイータがどうにかしてくれている。
イータの影から形容しがたい謎の黒い物質がうねうねと現れ、空薬莢を回収してそれを一箇所に纏めてくれる。ここだけ聞くとドレッドがイータを好きなようにしてる風に聞こえるが、イータはイータで拾った分だけ実験に付き合うと言う契約を交わしているので普段の戦闘以上に積極的に動いているのだ。
七陰とドレッドの作戦終了の合図として、ドレッドは付けている仮面を外してコートにしまう。それを見た七陰たちも同じく仮面を外してその場を後にする。あとはシャドウが上手くやる、そう確信しているからこそ皆何も言わずに拠点を離れていく。
拠点だった場所に残っているのは兵士の遺体のみ。戦闘の痕跡こそ多少は残ってしまうモノの、誰がどのように争ったかを知るのはシャドウガーデンの一同のみ。これが正しい動きなのかは分からないが、レイトはこれを多分陰の実力者っぽい感じだろうなとアバウトな感想を抱く。
翌日の朝、ゼータから聞いた話だとクレアは無事に自力でカゲノー家に帰還してきたらしい。それを聞いたレイトはやはりシドの姉なだけあってかあの人は只者じゃないなと零し、救出活動は幕を閉じた。
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事件が片付いた翌日の昼頃、シドに誘われてカゲノー家の屋敷に遊びに行くと当然だが騒がしかった。攫われた長女が自力で帰ってきたのだからそりゃ騒がしいだろうなとは思ったが、どうやら理由は攫われたことだけでなかったらしい。
詳しく聞いてみると本来であれば昨日はクレアさんが王都へと出立する大切な日だったようで、帰ってきたクレアさんを労る暇もないくらいに慌ただしくてまともに挨拶する時間も無かった。なんで昨日の今日で呼ばれたのかと思ったら、クレアさんの身支度の手伝いをさせるためだったらしい。屋敷にいる従者は何のための従者だ。
クレアさんの身支度を手伝いながら屋敷の中をウロウロしていると、変装こそしているが見知った顔もいた。七陰のみんなも何人か真面目に働いているようだ。みんな昨夜の疲れも残ってるだろうに、それを顔に出さずに働いているのだから一応No.2である俺が動かないワケにはいかない。
屋敷の従者の人と馬車に乗せる積荷を一緒に運ぶ。何個運んでも荷物が減らない気がして、女の子と言うのは何故本当に持ち物が多いのか不思議で仕方ない。と言うかなんで昨日出発の予定だったのに前日に終わってないんだ。貴族ってのは分からないな。まぁ俺以外みんな殺されてはいるが一応俺も貴族の括りなんだけど。
ちなみにクレアさんの方も帰ってきてすぐ休むことなく身支度を行ってさっさと馬車に乗っていたのであの人も大概化け物じみてる。シドと違って無茶な肉体改造などは施していないらしいが、遺伝子と言うのは恐ろしいなと実感させられる。事件の調査とかもあるだろうから一週間くらい休んだ方が良い気がするんだが…。
手伝いを初めてから数十分程で屋敷の中での活動が終わり、窓の外を見てみるとクレアさんが馬車に乗っているのが見えた。その近くでシドが紅茶を優雅に嗜みながらにこやかに笑ってクレアさんに手を振っている。あの野郎自分の仕事俺に押し付けてサボりやがった。
シドにはあとで何かしら叱ろうと考えてるとふとクレアさんと目が合った。何か言いたげな視線だったがここからだと流石に距離もあるので声も届かない。剣の稽古をしてもらったりここに遊びに来る度に雑談を交えることもあったのでちゃんと挨拶をしたかったのだが、自分勝手な理由で部外者が足止めをさせるワケにもいかないので頭を深く下げて会釈だけで挨拶を終える。若輩者の無礼をお許しくださいな。
その日の夕方、シドに屋上に呼び出された。綺麗な夕陽が辺りを赤く照らしており、何度観てもカゲノー家の屋上から見れる景色は絶景だ。屋上にはシドだけじゃなく七陰のみんなも揃っており、同じく夕陽で赤く照らされていた……のだが何処と無くみんな表情が暗い。何かあったのかと尋ねようとしたが、俺よりも先にシドが口を開いて俺にだけ聴こえる声量で話し始めた。
「いいなぁ王都…。ここよりも遥かに広いし、賑わってる」
アンニュイな雰囲気を醸し出しながらシドが今日巣立って行った姉の行き先に羨望の声を上げる。どうやらクレアさんがいなくなったことに関しては特に何とも思っていないようだ。シドらしいと言えばシドらしい。
「お前も二年後には王都だろ?追いかけなくても待ってれば辿り着くモンに焦がれる必要なんて無いだろうに」
この世界で貴族は15歳になると王都の学園、『ミドガル魔剣士学園』に三年間通うことになるらしい。現在俺とシドは13歳なので、シドもクレアさんと同じように二年後には学園の生徒になる。
「僕以上にロマン派のクセにレイトは変なトコでリアリストだよねぇ。このファンタジーな世界の学園だよ?絶対主人公とかライバルとか、そのヒロインやラスボスもいるはずだって考えたらワクワクしない?」
「お前を学園に解き放ったら何をしでかすか分かんねぇからハラハラしてるよ。ちゃんと友達作れんだろうな?」
「もちろん!モブになりきるためのカモフラージュ技術はキミも知っての通りだからね」
「そういうこと言いたいんじゃないんだけどなぁ…」
貴族は学園に通う。しかし俺はどうするかはまだ未定だ。世間的には一応俺もバーガン家の貴族という扱いなのだが、家督を継いだ覚えも領地を守るために戦場に赴いたこともないので厳密には俺は貴族では無い可能性も大いにある。更に言えば入学する学園はミドガル魔剣士学園、つまり剣を使わなくてはならない。ガンスリンガーだから剣は専門外ですなんて言い訳は学園では通用しないため長居もできないだろう。
それに、俺まで学園に行ったら七陰のみんなはどうするんだ。現状シャドウガーデンにしか居られない彼女たちの居場所を維持するためにはどうしても俺は残る必要がある。だから、シドとは二年後には会えなくなってしまう。
「学園でお前の陰の実力者になるって夢、叶えられたら手紙でも送ってくれよ。そん時はメシでも奢らせてくれ」
「?変なことを言うね。もちろんキミも学園に来るだろ?」
「ガンスリンガーが魔剣士の学園にか?一発撃つどころか持ち歩くだけで懲役モンだろ」
「ダメだよレイト。キミは絶対僕の隣にいてもらわないと」
俺にだけ聴こえる声量から通常の声量に変わるのと同時にシドの雰囲気も変わる。いつものように何を考えてるのか分からない笑顔のままだが、その声色は至極真面目なモノだ。
「キミにとってはそうでないのかもしれないけど、僕にとってキミは大切な右腕。それは他の誰かじゃ成り立たない、キミにしかできない役割だ。だから僕はキミを手放すつもりもないし、キミ以外を隣に置くつもりはない」
普段の言動からは考えられないくらいの真面目な声色で、思いの丈をぶつけられた。突然の出来事に俺は恥ずかしいことに脳の処理が追いつかず、返答ができない。
「僕の夢は、キミの存在が必要不可欠だ。だからキミのことは何があっても手放さないよ」
……コイツめ。自分勝手な言動や行動はいつもの事なのでもう慣れたつもりだったが、こんな真剣な眼差しで言い寄られたら否定なんてそう易々とできないじゃないか。言葉の中身は自分勝手で相手のことなんて考えてもない。だと言うのに、今のシドの言葉には正直に言えば少なからず惹かれるモノがあった。
何がモブになりきるためのカモフラージュだ。こんなただ夢を追うことしか出来ない輩に、その言葉は劇薬だろうが。
「……だとしても、だ。七陰のみんなのことを放ったらかしにするワケにはいかない。保護者ヅラするつもりもねぇが、この子たちのことは──」
「そのことなんだけど…」
突然、背後からアルファが話に割り込んできた。俺とシドの二人は後ろで話に参加していなかった七陰のみんなの方を向いてアルファの声に耳を傾ける。
「…………シャドウ。ドレッド。私たちは、貴方たちの元を離れる時が来たわ」
「「……What's ?」」
問題、解決しちゃった…?
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アルファによる衝撃の告白から数時間が経ったあと、俺は一人ぽつんと帰路についていた。普段ならイータとかゼータとか誰かしらと一緒に帰っているので、一人で家に帰るのは久々だ。
ひとまず、アルファの話を纏めようか。
今回の事件が終わったあと、みんな直帰したワケではなく俺が一人で暴れてる間に集めた教団の情報や資料を調べていたらしい。そして集めた情報を元に俺とシドに教団がどのような組織で、どのような規模なのかを事細かに説明してくれた。
まず第一に、かつて魔人ディアボロスと戦った英雄が全員女性であったこと。七陰のみんな、元悪魔憑きが全員女の子であるのは呪いをかけられた英雄が女性だったからそれが伝播して発現するらしい。道理でシャドウガーデンは女の子ばかりの集団になったワケだ。今後新しいメンバーが増えても同性の仲間は増えない、男は俺とシドオンリーなのだと。
続いてもう一つ、今回教団がクレアさんを攫った理由は英雄の子孫の殺処分のためだった。教団はディアボロスの呪いが発現した少女のことを適応者と呼び、教団に仇なす可能性のある種を芽吹くよりも先に徹底的に処分しているのだと。つまり、教団の連中は七陰のみんなのような悪魔憑きと呼ばれる少女を今も何処かで殺処分するために暗躍しているらしい。金を貰って悪魔憑きをお祓いをしてるとか宣う教会も教団とはズブズブな関係にあるらしいので、それらを救うためには一箇所に留まり続けることはできないのだと。
七陰のみんなを助けられたのは偶然で、本当に運が良かっただけ。彼女たちは救えたが、救えなかった命も多く存在していたのだ。だから教団に対抗するためにアルファたちは俺とシドの元を離れ、世界各地に潜む教団の調査と活動の妨害、同時に適応者の救出をするらしい。
「なんと言うか、シドの夢を叶えるために動いてただけなのに規模がとんでもなくデカくなっちまったな…」
当のシドはそんな彼女たちを快く送り出したが、その時のアイツの表情は珍しく寂しそうだった。まぁそうだろう。夢のために他のモノを余計なモノとして切り捨てられるし周りへの迷惑も考えない奴ではあるが、それでも一人の人間なのだ。前世で俺もそうだったように、アイツも一人は寂しいのだ。
夢を叶えるためと言う目的があっても一人と言うのは誰だって寂しい。それを思い出した俺は、二年後にシドと共に学園へ通うことを決意した。実際に通えるかの懸念点はどうにかする。少なくとも、前世の日本でガンスリンガーになるよりは遥かに楽なはずだ。
剣もどうにか使えるようになってやろうじゃないか。基本的な使い方はクレアさんに教えて貰っている。剣の才能なんて持ち合わせていないが、持ち合わせていないというだけだ。
人間誰しも持ち合わせているチート能力、『努力』を行使してどうにかする。元々銃を使う能力も作り出す能力を持ち合わせていなかった俺でもこうして戦えている。これは転生特典とかではなく、前世からの積み重ねだ。なら、剣だってどうにかできる。と言うかどうにかしてやる。
俺は名前の通り遅咲きの人間だから二年じゃアイツには到底追いつけないと思うし素人に毛が生えた程度の実力しか得られないかもしれないが、やらない理由にはならない。
「ただいま」
けどまぁ、とりあえず今日は寝よう。剣の練習をしようにもそもそも家には剣がない。スライムソードは一応あるが普段ナイフとしてしか使わないので少量のスライムしか持っていないし、家にある長物なんて
寝室に入って羽織っていた上着を脱ぐと、ベッドに向かってそれを放り投げる。寝間着に着替えるのもなんか面倒になったので靴だけ脱いでベッドに入ろうと布団を捲った。
「……ん、レイト、おかえり」
「おかえりレイト。遅かったね」
ベッドの中に何故か今日巣立ったはずのゼータとイータがいた。
「……………………………………………???」
手を離して布団を元に戻す。そして一呼吸置いてからもう一度布団を捲った。
「……?」
「どうかした?」
まだいた。
「え、あの……何してるの……じゃなくて、なんでいんの…?」
シドの告白と合わせて本日二度目の思考停止。センチな気分にはなっていたがシドと一緒に見送ったし、なんならお守りとしてみんなに火薬の入ってない銃弾を渡した。お別れは済んだはずなんだが…なんか帰ってきてた。
「あれ、言ってなかった?私はまだここの近くで調べ物してるからまだ暫くは滞在するって」
「いや初耳なんだけど」
「ここなら安全に研究ができるし…わたしは他の適応者とか、教団に興味無い……」
「お前それでよくあの時あんな寂しげな表情できたな」
「まぁ別にレイトに迷惑かけるワケじゃないんだし、いいでしょ?」
「現在進行形で寝床奪ってる奴の言葉かよ」
「zzzz……」
「ここで寝るな自室で寝なさいよイータさんや」
そんなこんなで、まだ暫くは俺とシドの二人きりと言うことにはならないらしい。正直別れを告げられた時は本当に寂しかったからこそさっきのセンチな気分を返せと言いたくはなったが、まぁ、いいか。
剣のことも学園のことも、明日の俺がどうにかしてくれるだろう。そう考えながら、俺はベッドで寝るのを諦めてリビングにあるソファで一晩を過ごすのだった。