黒閃を狙って出せる呪術師 作:黒い閃光ってカッコいいよね
黒閃。
それは、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生まれる空間の歪み。それが起きたとき、打撃の威力は平均して2.5乗ほどに跳ね上がる。さらに、黒閃を放つと本人はゾーン状態に入り、より黒閃を打ちやすくなると共に自身の呪力の性質を真に理解できるようになる。
このように黒閃とは非常に打ち得のあるものだが、前述の通り、黒閃を放つには打撃との誤差0.000001秒以内に呪力を衝突させなければならない。そのため、黒閃を放つのは困難を極め、狙って出せる者は存在しないとされる。
それゆえに、呪術界において、黒閃を打ったことがあるかどうかという壁が存在するのである。
しかし、もしもその黒閃を狙って出せる術師が存在するとしたらどうだろうか。
某県某市某所、とある少女は黒い閃光を発した。その黒い閃光の犠牲となったのはそこらの路地裏に居た蠅頭。十歳程度の少女とはいえ、十分な呪力の乗った少女のパンチの2.5乗という威力は、4級以下の蠅頭を木っ端微塵にするのに十分だった。
「おおう…」
少女はやや間抜けな声を出した。てっきり彼方へぶっ飛んでいくかと思ったら跡形も無く粉々になるとは夢にも思っていなかったからである。
「これ、そんなに強かったんだ…」
これ、とは黒閃のことである。黒閃を放つのは少女にとって初めてのことではない。
あれは己の術式を知覚する前のこと。自身の呪力を知覚し、操れるようになって数刻と待たずして、少女は黒閃を放った。犠牲となったのは彼女お気に入りのぬいぐるみ。なんとなく思いっきり殴ってみたら黒閃が起きてしまったのだ。ぬいぐるみはぶっ飛び、強く壁に打ち付けられた。バラバラにならなかったのは、幼女ゆえの力の無さである。
今しがた蠅頭を打ち砕いた己の拳を暫く見つめると、少女は小さく言った。
「……もっかいやってみよ」
次の標的となったのは犬と人を組み合わせたような呪霊。一見すると人面犬のようだが、指の形が人間のそれだったり、ところどころ毛が生えていなかったりと非常に醜悪な見た目をしている。その身から感じ取れる呪力から見るに、おおよそ3級相当の呪霊のようだ。
呪霊は少女が自身を狙っていることに気付いた。犬のように唸り声を上げ、血走った目を少女に向けてくる。しかし、少女はそれに怖気づく様子は無く、淡々と呪霊の方へと歩を進めていった。
そして、呪霊はしびれを切らしたのか少女に向かって飛びかかった。
「黒パンチ!」
少女が拳を振り抜き、呪霊の頭に当たると同時にそう叫ぶ。黒い閃光が走る。呪霊の頭は弾け飛び、残った胴体も回転しながら遠くへ飛んでいった。
ちなみにネーミングについては、少女が「黒閃」という名称を知らないがゆえに起きた悲劇である。
「うへぇ」
飛び散った呪霊の肉片に少女は顔を歪める。日常生活ではまず見ないグロテスクな光景だ。幸い、少女は術師らしく少々イカれていたために少し気持ち悪いと思う程度で済んだ。黒閃を決めた後の”ハイ“な状態であるのも要因の一つかもしれない。
「よし。もっかいやろ!」
黒閃をキメると脳内物質が分泌される。それはもう過剰なまでに。キメればキメるほどハイになるのだ。
「黒パンチ!」
「黒キック!」
「黒頭突き!」
路地裏に潜む低級呪霊たちが次々と祓われていく。少女はどんどんハイになっていき、底知れぬ万能感に襲われていく。それは日が沈むまで続き、我に返った頃には午後六時を下回っていた。
「あっ!やばい!もう帰らなきゃママに怒られる!!」
少女の門限は5時。もう1時間以上過ぎてしまっている。今すぐ家に帰らなければ、いや、今帰ったとしても間違いなく少女に雷が落ちるだろう。少女はそれを恐れ、もう少し帰るのを遅らせようとも考えたが、悪足掻きすればするほど状況が悪くなるということを少女は短い人生の中で学んでいた。
少女は渋々帰るために踵を返そうとしたその時、声がかかった。
「すみません」
「?」
声をかけてきたのは黒いスーツを着た男。少女の脳裏に不審者の文字が過ぎる。
「貴女、先程祓いましたよね?」
「……はらう?」
「あの化け物が見えてますよね?」
少女はここまで聞いて確信した。この大人は不審者であると。
少女は母親によく言い聞かされていた。知らない大人についてってはいけないと。そして、少女には黒閃による影響で拭えない万能感があった。
ゆえに、少女はこの不審者を撃退すべく拳を振り抜いた。
「実は私も見え―――」
「黒パンチ!」
「ヴハァッッッ!?」
少女の拳が男の腹に突き刺さる。当然のごとく黒閃が走り、男は血を吐き出しながら飛んでいった。
「あっ!?」
遠くの方で大の字になって倒れる男を見て少女は我に返る。少女の頭に過ぎるのは黒閃を食らって弾け飛んだ呪霊の数々。彼女の拳を食らって、誰一人として生還したものはいなかった。
少女は“もしも”を思って顔を青く染め、男の土手っ腹に風穴が空いていないか恐る恐る確認しにいった。
(良かった…)
男の腹はしっかりとあった。スーツが深く凹んでいるのが、見たところ男は死んでいなさそうである。その事実に少女はほっと胸を撫でおろした。
次に少女は冷や汗を掻いた。まだ生きた年数が少ないとはいえ、少女は人を殴ってはいけないことなど知っている。
(は、犯罪者になるかもしれない)
そうなれば母親にどれだけ怒られるのか分かったものでは無い。下手したら魂を抜かれるかもしれない。実際はそんなことは母親は出来ないのだが、少女の母親に対する恐怖はそれほどのものだった。
母親の怒りを恐れた少女は地面を強く踏みしめ、黒い閃光を走らせ、アスファルトに大きなヒビが出来るほどの勢いで、その場から去っていた。
これ以降、呪術界ではとある場所には黒閃を撃ちまくる呪術師がいるという噂が流れるようになった。
そしてこれは、のちの特級呪術師、
続かない。何故なら、先の展開を考えていないから。
ちなみに主人公の名前は黒閃→黒い→暗そう→倉山クロ