【本編完結】ガンダム種運命 RTA ザフト軍人チャート 作:Damned
キルケーのマゾを見たので初投稿です。
「だが君が言う世界と私が示す世界、皆が望むのはどちらだろうね」
よく通る音色には不思議な説得力がある。すべて正しいと思えるような、人を酩酊させ判断力を奪うもの。出会うタイミングが違えば、自分も彼を支持していたかもしれない。そう感じさせる声だった。
「今ここで私を討って、再び混迷する世界を君はどうする?」
議長の言葉に、嘘はない。あるのは無慈悲な現実と、それを変える覚悟であった。
デュランダルはうっすらと笑んだ。キラの背後から、レイが拳銃を構えている。照準は当然、彼の後頭部に。キラは気付いていないらしい。多くを抱え、捨てることもできない彼には、それほどの余裕がないのだろう。
「覚悟はある」キラは言った。「僕は戦う」
その言葉と同時、レイがいる背後の扉が開いた。出てきたのはアスランで──銃を突きつけられているのを目にして、レイに銃口を向けた。
「キラっ」
デュランダルのそばにいたグラディスもまた、条件反射のように銃を構える。部屋の中の空気が一気に張り詰めて。
二つの銃声が、ほとんど同時に響く。
引き金を引いたのはレイと──逆の入り口に身をひそめていた、アンヘラだった。
しかし撃たれたのは、デュランダルだけ。
二発の弾丸を食らったデュランダルは、わずかに飛沫を散らしたあと、背もたれへと体重を預けるように崩れ落ちた。
「レイ……?」
思わず、グラディスはその意図を問いかける。その行いは、背信か、それとも。
「……やあ、タリア。撃ったのは、君か?」
隣人に出会ったかのような調子で、場に不釣り合いなほどに穏やかに、デュランダルは問いを口にした。
「いいえ、レ──」
「私ですよ。議長」
それとよく似た調子で、アンヘラ・レズルタートはグラディスの言葉を遮った。膝を折ったレイが言葉にならない呻き声を漏らし、しゃくり上げるのが聞こえる中で、彼女を呼ぶ。
「少し、来てくれないか」
もう抵抗する力がないと見て、銃を突きつけたまま、アンヘラは歩を進める。
「随分と優しいようだね、君は」
微笑んで、デュランダルは彼女を評した。ザフトに弓引き、自らを死に至らしめる弾丸を放ったアンヘラに対しても、怒りや恨みのいろはない。
自分が致命傷を負わせた、と断言した彼女。レイのためか、これから死にゆく自分のためか。どちらでもいいが、デュランダルにとってはどうしても気になることであった。
蒼き清浄なる世界のために、アズラエルの名を背負ってまた戦うのか。尋ねた彼に、躊躇いなくアンヘラは肯定した。
「そんなくだらないことの為に口を開いたのですか?」
心の底から失望した、と言わんばかりに冷え切った瞳と視線が絡み合う。アンヘラに言葉を返そうとするが、最後まで喋ることはかなわなかった。
「もういいですよ。楽にしてあげます」
銃声が、重ねて響く。
頭部と胸部へ一発ずつ。的確に急所を貫かれ、床に崩れ落ちるデュランダルを、グラディスはそれを抱きとめた。
数秒にも数分にも感じる静けさが、部屋を支配する。それを打ち破ったのは、彼のすぐそばに立つグラディスであった。
「行きなさい」
深く、後悔を噛みしめた声だった。
「……この人の魂は、私が連れていく。それから……ベルネス……いえ、ラミアス艦長に伝えて。子供がいるの。男の子よ、いつか会ってやってね、って」
キラは頷いた。彼女はここで、デュランダルと『運命』を共にするのだろう。無理矢理連れて帰っても、自死するに違いない。助けたくとも、それ以外では救われぬ命。ここで果てることこそが救い。ならば、それをどうすることもできなかった。
彼女は最後の最後に、『タリア・グラディス』であることを選んだのだ。
「レイも、行きなさい」
言葉に応じることは、できなかった。移動することもかなわず、涙を流し、震えるレイをアンヘラが抱き抱える。少女のように細いその身体は、デスティニープラン、そしてギルバート・デュランダルという支柱を失った今、普段よりもいっそう頼りなく見えた。
遺伝子に縛られる必要など、ない。誰も、未来のレールを敷かれることがない明日を、呪われた出生があっても、レイは信じたくなってしまったのだ。戦いの中でぶつけられた、シン・アスカの言葉を。
彼女の腕の中で揺れる中、レイは声なく叫んでいた。──ギル、ごめんなさい。でも、彼の、シンの、未来を、明日を。
その遺伝子で、強いるのは嫌だった。
それが、メサイア攻防戦と呼ばれた戦い。
数か月後に世界平和監視機構コンパスが設立されることになるだが、この世界の誰にも想像することはできなかった。
あれから、世界は混迷の一言であった。
議長が提案したデスティニープランと、双方が失った多くの国民と一般人。ロゴスの壊滅後、大きく混乱した地球の経済界。そして、混乱に乗じて現れたブルーコスモス過激派の残党。連合とオーブ、プラントの三つの陣営が同盟を結んでも、彼らはコーディネイターを化け物と排斥し、いまだ抵抗を続けていた。
アンヘラは正式にザフトを脱退し、元いたユーラシア連邦に戻っている。ロゴスは壊滅、ブルーコスモスの盟主であったジブリールは元より、アズラエル財団の代表理事たるブルーノ・アズラエルも行方不明という名の死亡。
政治・経済的な混乱に乗じて、アンヘラ=
そこにたどり着くまでに、一体どれ程の時間がかかるかは分からないが、連合とザフトの双方を見て、財団への加入を決めたものもいた。
ともかく、その様な形で、ロゴスという後ろ盾をなくしたアズラエル財団は動いている。
オーブの首都・オロファト。内閣府官邸のホワイエに、一人の女性が立っていた。
短く切りそろえられた金髪に、切れ長の青い双眸。中庭を眺めているアンヘラ・レズルタートは、近付いてくる気配に振り向いた。
「──誰です?」
「俺だ」
ざらりとした音質の声が、誰何の声に答える。鮮やかな色の髪にエメラルドの瞳。ザフトの赤服を着用しているその青年は、わずか二ヶ月前に死闘を繰り広げた彼、ハイネ・ヴェステンフルスその人であった。
「アンヘラ……いえ、レズルタート理事。護衛もつけず、何をしておられるのですか?」
「以前と変わらず接していただいて大丈夫ですよ、ハイネ。ここは公的な場ではないのですから」
相変わらず丁寧な言葉で、しかし温かさを感じさせるもので首を振る。
二人が話すのは、メサイア攻防戦以降これが初めてだった。幾度も武器と言葉をぶつけ合い、最終的にフライトユニットを犠牲にする形で何とか勝利した彼女は、停戦後すぐに後地球へ降りてしまったから。
アンヘラにとっては、都合のいい逃げでもあった。
あれだけの舌戦を──嘘とはいえ彼を陥れる罠と発言した時点で──繰り広げた上、明確にブルーコスモスと関与しているとわかる行動。嫌われるに決まっているし、自分なら顔も見たくない。
そんな物は建前で、本当のところは『気まずい』というただそれだけであるが。彼以外になら一切そう思わないのに、彼にだけは逃げという一択を取ってしまう。情けないことこの上ない。
ややあって、隣に立ったハイネが口を開く。
「……なあ、アンヘラ。もう、プラントには戻らないんだよな?」
それは個人的な願いであり、自身の気持ちに整理を付けるための問いかけ。自らの計画のためにザフトに入隊した彼女は、二度と帰ってくることは無いのだろう。
「ええ」
アンヘラは肯定した。
「私の望みは、この組織を在るべき形に戻すこと……本当の意味で『蒼き清浄なる』世界にすること。そして、兄の残した技術の犠牲者を、これ以上増やさないこと」
彼女がブルーコスモス前盟主・ムルタ・アズラエルの妹であることは聞いていた。特に反コーディネイター色の強いユーラシア連邦と深い繋がりがあり、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦では前線に立っていたという。
アズラエルの所業は、ロード・ジブリールとロゴスの悪行により隠れ、明確にはされていない。
しかし、彼女の口ぶりからして、エクステンデッドのような技術はそれ以前から存在していたのだろう。世界の情勢から考えても、アンヘラが見ている世界は半世紀でも訪れない、と断言出来る。きっとその人生を、正しい『蒼き清浄なる世界』にする為に捧げるのだ。
「ですが」
短く切って、アンヘラは視線を中庭へ戻す。生憎の雨で天窓が閉じられているが、照明に照らされて「これはこれで」と思わされる光景であった。
「……この身に許されるのであれば、罪を贖うのとは別に、やりたいことがあります」
巡礼者にも似たその佇まいに、ハイネはふ、と笑う。
「奇遇だな。俺もだ」
ザフトの軍人であり、フェイスの称号を捨てるつもりは今、ハイネにはない。それでも、もうひとつの道を見出していた。彼女に同じ道が見えているのなら、その道が重なることが許されるのなら。
それを口にすることは、できなかった。
たとえ同じ想いを抱えていても、恐れが勝っていた。
ハイネも、アンヘラも。
「……だから、よ」
すっと腰を引き寄せて、ハイネは彼女を抱きしめた。耳朶にかかる息さえも明瞭に感じられる中、アンヘラに言い切る。
「全部終わったら、迎えに行く」
いっとう優しく聞こえる声に目を伏せて、アンヘラは頷いた。
「ええ。その日まで、待っています」
ごく短い抱擁のあと、二人はまた、先程の距離へ戻る。
あまりに早くて、遅すぎたこの期間。この戦禍の果てに、待っているものが滅びではないとすれば──今度こそ、形にできるだろうと。そう、思えた。
たとえそれが、いつになるか分からぬものでも。
ブルーコスモスの残存兵力を率いるミケール大佐は、今なお抵抗を続けている。かつてロゴスの幹部であり、ブルーコスモスの盟主・ジブリールの死が明確になってさえ、その忠誠は揺るがない。
むしろ、殉教者を得た信者のごとく、歪んだ理念は継承され、世界中に刃を向けるテロリストと化していた。ただの軍人だったはずのミケールは、各地のブルーコスモスと共に、争いの種を撒き続けている。
共にホールの入口へ戻った二人は、既に到着していた三人に会釈する。
「お待たせして、申し訳ありません」
「いいえ。わたくし達も今しがた、到着したところです」
答えたのは、かつて『プラントの歌姫』と呼ばれたラクス・クライン。強い覚悟を内包したその瞳は深みを宿している。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
着衣を整え、ジャケットにシャツ、ネクタイを締めた彼女は、色だけで見ればムルタ・アズラエルにも似ていた。
「改めて、今日はよろしくお願いします。レズルタート理事」
「ええ。こちらこそ」
柔和な微笑みを向けたアンヘラに、オーブ代表首長のカガリ・ユラ・アスハが小さくため息をつく。
「正直なところ、簡単にできるものではないと思っている。この世界にはまだ、それだけのことをを考える余裕はない」
「それでも、成さなければなりません。わたくし達は。戦争を終わらせる為だけではなく、未来を始めるために」
それが、戦火を経た者たちの決意であった。
舞台へと上がる。既に世界は、彼女らの言葉を待っていた。画面の向こうの人々も、いまカメラとレコーダーを握っている彼らも、平和のために紡がれる始まりを求めていた。
理解している。真の意味で世界が変革するには、恐ろしいほどの厳しく、長い道のりが待っていることを。
ブルーコスモスの残党、経済界を含めた世界の混乱、そしてナチュラルとコーディネイターの間に存在する深い溝。
それでも、歩みたい未来があるのだ。
それを形にしなければならない。悲しみ、怒り、痛苦の果てに今ある静寂を、僅かにでも世界へ広げるために。
この日、カガリ・ユラ・アスハの名のもとに、『世界平和監視機構コンパス』の創設が宣言される。そしてその代表に、ラクス・クラインが就任することも。
その先に待つ未来は、予想だにしない方向に進むことになる。
しかし、ただ一つ確かなのは──この世界の理不尽に抗い続けた者たちが、始まりを形にしたことであった。
さらりとしたシーツの感触と、点滴のひんやりとした感覚だけが、レイ・ザ・バレルの世界を構成していた。
──自分だけが生きていることに、酷く罪悪感を覚える。
メサイア攻防戦が始まったあの時から、否、デスティニープランに、ギルバート・デュランダルに身を捧げると決めた時から、レイは死を覚悟していた。
それなのに。
あの時、あれだけ許せなかったはずの存在に引鉄を引けず、遺伝子に縛られる未来をどうしようもなく許せず、彼を撃った。
シンの言葉が、どんな杭よりも強く、レイの心に突き刺さっていた。
──誰だって、生きてきた人生は違う。
──だから、お前はレイだ。
そんな、論理的と言うには感情的で、感情的と言うには論理的な言葉によって、己の中にあった『ラウ・ル・クルーゼ』は流されていったのだ。
控えめなノックに、「どうぞ」と答える。開いた扉から見えたのは、見慣れぬ制服に袖を通したシン・アスカと、金髪の少女の姿。名前は確か、ステラだったか。どちらも同じ装いで、色だけは、ザフトの赤と共通している。
「……ずっと会えなかったから。具合、どうだ?」
「悪くはない。だが、病室には飽きたな」
政治的な理由か、それとも他にあるのか、ミネルバ隊の中で唯一、レイだけがこの空間に閉じ込められている。
「もうすぐ、異動だって。レイも」
「……異動?」
「ああ。新しく平和維持の為の組織が立ってさ。オーブとプラント、大西洋連邦が協力して出来たんだ。これ。そこの制服なんだけど」
シンは立ち上がって、くるりと回ってみせた。
「似合っているな」
「ありがと。連合とザフトの制服足して二で割ったみたいだよな」
「似合ってる。ステラも、そうおもう」
幼く、どこか脆さを感じさせる声であるが、以前会った際より遥かに健康に見える。返還した時点でもう長くはない、と認識していたが。
子供の方が感情の機微に鋭いというが──否、彼女は子供ではないのだが──、それは彼女にも当てはまっているらしい。ステラは微笑んで、レイに頷いた。
「ステラね、なおしてもらった。ちょっとずつ、元気」
「治してもらった……? すまないシン、ずっとここに居たせいで、情報が入ってきていないんだ」
エクステンデッドの技術は、薬物を使用し記憶さえも書き換えるという恐ろしいもの。それを元の人間に戻すなど、不可能なはずである。連合に技術があったのか、それとも何者かが見つけたのか。
デストロイと共に撃墜された後、二人がどうなったか。レイには知る手段はないのである。
まず、アンヘラの行いから始まった。彼女がロドニアで見つけたらしい情報を秘匿し、シンに渡したのだという。そしてしばらくが経ち、デストロイ共々死んだと思われていたが、アークエンジェルに拾われたこと。
そのデータを開いたのがアークエンジェル内だった。その中にはエクステンデッドに投与された薬、調整のために使用された機械『ゆりかご』の内容といった重要なものが記されていたのだという。それを利用して、エクステンデッドの
なるほど、そういう経緯だったのかと考えると同時、ジブラルタルにて掛かっていた彼女の嫌疑を思い出す。アスランやメイリンと同じ、ロゴスのスパイ。前者は冤罪であるが、後者は違う。アンヘラは議長を撃った。そんな内容だったはずだ。
それが、本当であったというのか。
「……アンヘラは、ブルーコスモスだって。自分で、言ったんだ。父さんも、母さんも、マユも、殺したんだって」
複雑な感情が見え隠れしていた。
オノゴロでシンの家族が死んだのも、エクステンデッドが『製造』されたのも、彼女が兄を止めなかったのだと。
その言い方に、アンヘラならやる、とレイは感じた。
どこか達観していて、しかし精神的に脆い女性。周囲への気配りを忘れぬアンヘラの行いは、シンの心の底にある怒りを発散させるものだったのかもしれない。
彼女が脱走の際、調整中のテセウスを奪い、ヘブンズベースではそれが圧倒的な力で蹂躙していたのは覚えている。中身がアンヘラであるとの確証は持てなかったが。
のちにメサイアの内部で会った時、生きていたのかと驚いたくらいだ。ハイネがコクピットを貫いた、と昏い瞳で報告したのを知っている。彼が乗艦していたのは短い期間であったが、アンヘラに対し彼は『ベタ惚れ』の一言であった。
「……俺は、ラウだった。そのはずだった」
レイは苦笑した。遺伝子において自分は彼。デュランダルは少なくとも、そう認識していた。
「役割がなくとも、今はお前たちと生きていたいと、そう思える」
シンも、ステラも、それを黙って聞いていた。
「クローンとして製造された俺は、あと十年も経てば老人と変わらぬ状態となるだろう。元の人間の年齢が、それくらいだったからな。それでも、俺は生きていこうと思っている。俺はラウではない。そう、お前が言ってくれたからな」
それが嬉しかった、とレイは自嘲のいろも含んだ笑いを零す。
「シン」
「どうした?」
「俺は、許されるのだろうか」
未来を望むことを。
恩人でもあるデュランダルを殺した自分が。
それに答えたのはステラだった。
「ずっと前のこと、思い出せないの。でも、あしたは作れる。だから、レイのもの。ステラも、あしたをもらった。ステラのもの」
過去だけでなく、未来も弄ばれるはずだった少女は、そう断じた。
過去は変えられないが、未来は選べる。それを許す世界ならば。レイはほんの少しだけ、自らが撃った彼への後ろめたさを、減らせた気がした。
──私ですよ、議長。
アンヘラはそういったが、自分の放った弾丸が致命傷になりうる肺を貫いたことを、レイは知っている。
「いいんだよ、レイ。お前が好きに生きていいんだ」
それは、神に赦されるよりも温かい言葉だった。
残されていない時間でも、やれることはある。時間の長さではなく、どう使うかが重要なのだ。
それを知った時、ようやく『生きる』ことができたのだ。
レイ・ザ・バレルという一人の人間として。