骸慧博物誌   作:プルプルマン

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郵便局のダンボールが優秀過ぎますわ〜


一九二三〇五二二

そこは、太い木々が鬱蒼と茂った模範的密林だった。

視界の9割方は目に優しいカラーで占拠され、一歩を踏みしめるごとに正体不明の物音や鳴き声が上がる。

文明の到来そのものを拒むような秘境で、尚その深奥へと向かう酔狂な者たちがいた。

一団の頭はオーギュスト・ウル・ドクノオト・スカルノーズ、博物学の奴隷と揶揄される一族の中でも稀代の傾奇者である。

今、彼等はサーペルタ自治区で新しく発見された神代の遺跡アーチ・ド・アストローヴォ、それを取り囲む熱帯雨林を踏破せんとしていた。

案内を務める竜人の青年が手を挙げ、休憩の合図を出す。

人智の及ばない野生のエリアでは、落ち着いて休息を取れる場所は滅多に無い。

故にその合図に反論する者は無く、一行は高木に囲まれたやや開けた場所に腰を下ろすこととなった。

貴重な休憩時間であるにも関わらず、皆早々に辺りを這いずり回って植物や小動物を採集し始め、竜人の青年は呆れ顔を浮かべている。

しかも、一行のリーダーが率先して実行しているのだからどうしようもない。

そんな職業病を遺憾無く発揮している彼等をよそに、ピニャータは竜人の青年を労うように金貨を手渡した。

『ここまでのチップです、お納めください。地図上では今日の日没までに着くとのことですが、いかがでしょうか?』

『先生方が健脚で驚いてまさぁ。もうあと10ロンもいけば着きますよ。』

彼等の単位で1ロンは約500m、つまりあと5kmも歩けば例の遺跡はあるらしい。

未だ太陽は天頂に届いていない。

『この分だと拠点設置後、ちょっとした調査までならできるかもしれませんね。』

『ピニー!ピニーったらピニー!凄いものを見つけたぞ!見てくれ!』

スカルノーズ青年の子供のような声に彼女は溜息をついてそちらへ振り向く。

その時、隊員のホイッスルが鳴った。

短く一回、危険接近の合図だ。

すぐさま全員が集合し、円陣を組んで武器を構える。

『鳴らしたのは誰だ!』

スカルノーズの問いに答える者はいない。

『ドク、ナノストムス博士が来ていません。恐らく…悲鳴すらあげられない状況にあるのではないかと。』

『一刻を争うか…マナナンガルさん、救出を依頼しても?』

青年は隊の中でも一際異質な存在感を放つ人物に声をかける。

マナナンガルと呼ばれた男はニヤリと笑い木々の間へと姿を消した。

 

 

 

文化魚類学者ナノストムスは強力な力で土の中に引き摺り込まれ、呼吸すらままならない状況にあった。

咄嗟にホイッスルを吹くことはできたものの助けを呼べる状況ではない。

力の主は牙か爪か、鋭い何かで彼の足首をガッチリ押さえつけており、力任せに脱出することもできない。

死を覚悟した彼の耳に軽い調子の声が届いた。

『なんだ、ウロカクシの幼虫かぁ。今助けてあげるから感謝したまーえよ。』

程なくして彼は懐かしき木漏れ日を浴びることができた。

土の中から引っ張り出され、心配そうな顔を浮かべる隊員達との再会に安心感を覚える。

足に重量を感じそちらを見やると、そこには自身を引き摺り込もうとしていたモノの正体、全長80cm程の黒い芋虫が噛み付いていた。

しかしそれはもうピクリとも動くことはなく、体の切り傷から薄緑色の血を流しわずかに筋肉を硬直させるばかりである。

『ウロカクシ、この地域に特産する大型の鱗翅類だ。幼虫は地面に潜り小型哺乳類を餌にすると聞くが…本当だったらしい。』

『ああスカルノーズ卿、皆さん、助けていただきありがとうございます。』

『いや、礼ならマナナンガルさんに。彼が迅速に見つけてくれなければどうなっていたか。』

ナノストムスは鉤爪のような武器を手入れしていた男に頭を下げる。

紫のポンチョを纏った男はウインクで返した。

彼はバイン子爵から是非にと推薦され隊に加えたフリーのトレジャーハンターだが、前評判通り確かな実力を持っているようだ。

どこにあんな武器を隠していたのかわからないのは不気味だが、日々新たな魔法が生み出され、未知の能力がごまんとあるこの世界で追求するほどではないだろう。

『ふむ、まだ三齢でよかった。怪我も軽そうですな。応急処置をすればすぐに歩けるでしょう。』

『それはよかった、では予定を30分遅らせて出発することにしよう。ガイドさんもそのつもりでお願いする。』

『うちらぁそれで構いませんよ。こんな金払いのいい人達だ、いくらでも待ちまさぁ。』

竜人の青年は実に正直者だった。

 

 

 

 

『ここがアーチ・ド・アストローヴォか!なんというか…よく見つけたなぁこんなの。』

日がやや傾いた頃、スカルノーズ一行は目的の遺跡に辿り着いていた。

遺跡はほぼ全面を蔓植物に覆われた石積みの小さな構造物が点在しているというもので、知らない者に見せても十人中九人はただの岩場としか思わないだろう。

だが、構造物が一枚岩に見える程精巧な石積みの技術とほぼ土に埋もれた水路跡、何より中心に鎮座する傷一つない小さな逆十字のオブジェがそこが神代の頃から存在することを示していた。

心は既に遺跡の中へと飛び込んでいる一行だが、ピニャータがホイッスルを吹く音で正気を取り戻す。

長く一回、注目の合図だ。

『皆様のお気持ちは重々承知しておりますが、まずは拠点です。事前に決めた通り設立にかかってください。私はナノストムス博士のサポートをしておりますので、何かあればお申し付けください。始め!』

ピニャータの手拍子と共に学者達は一斉に作業へと取り掛かった。

周りが見えなくなりがちな学者達の実質的まとめ役だけあって、彼女の一声はよく人を動かす。

一行はキビキビと働き、木々の間から差す光が橙色に染まる頃には簡易的な拠点が完成したのだった。

『もう行っていいかなぁ!走ってしまっていいかなぁ!』

『ドク、暗くなる前には戻って来てくださいね?では、皆様くれぐれも足元にはお気をつけて。マナナンガルさんは追従して警護をお願いします。いってらっしゃいませ。』

我先にと駆け出す少年心の申し子達を見送り、彼女は拠点で雑務をこなしていくのだった。

 

 

 

スカルノーズ青年が最初に目をつけたのは、かつて神への叛逆を試みた邪智暴虐のマオウ軍がシンボルとして掲げて以来、世界中で忌避されるハメになった天地を違える逆十字のオブジェだった。

周りの構造物と比較して明らかに新しく見えるそれは、台座の劣化具合でかろうじて周囲と同じ年代のものと推測ができる。

夕日を浴びて黄金のように輝くそれを前に、彼は感動に浸っていた。

『まさか現代で新しくマオウ大戦時代の遺跡が見つかるとは…まったく世界というものはいつだって僕を驚かせてくれるっ!』

隣に立つ、普段は糸目の歴史学者も目を見開いている。

『このレベルの興奮…20年は味わっとりませんなぁ。それでいて保存状態も良い。間違いなくカミヨマテリアル製でしょうな。』

カミヨマテリアル、この世に幾つか現存する神代の遺物に使用されているとされる正体不明の物質である。

その形状や性質は幾星霜の時を経て尚変わらず、威光を保ち続けるという。

目の前のオブジェがそれによって造られているのは間違いなく、年代を考慮するなら周囲の構造物もそれに準ずる物質でできている可能性が高い。

『本当に、よく埋もれず残ってくれていたものだ…ああ記す手が止まらない!』

『近隣の竜人曰く、100年程前までは集落の一部であり公衆便所として利用していたとか。なんとも微妙な気分にはなりますが、お陰で埋もれず残っていると思うと、尚微妙ですなぁ。』

『まったく、マオウ軍の印がある場所を厠とは祟られそうな話だね。』

『いやいやスカルノーズ卿、祟りとは死んだ者が起こすもの。マオウは生きて封印されておりますぞ?面白いジョークですな!』

テンション最高潮の2人が腹を抱えて笑う。

『まぁこれだけ複雑に発達した水路網があるなら、そう使うのは理に適ってる。彼等の話だと排泄物はそのまま集めて肥料にしていたんだっけ?』

『そうですな、尤もこのシンボルがマオウ軍のモノとわかってからは厄災を恐れて逃げ出したそうですが。』

『まーそうするよねぇ…』

オブジェをスケッチし、数枚の写真を撮った青年はそのまま真横の壁に着目する。

彼はランプを灯し、壁にペンを這わせた。

『見てくれ、禽竜翁。セメントやそれに類するものを使わずまったく隙間ない石積みがなされている。おそらく誤差は0.1mmも無いだろう。』

『この地域に同様の建設技術が発達・伝来した記録はまったくありませぬ。やはり謎が多い、唆られますな。』

ランプの炎が揺れ、そこで彼等は初めて気づく。

灯りを必要とする程辺りは暗くなり既に空には星が瞬いていることに。

『ヤバい!ピニャータに叱られる!』

彼等は木の根に躓きつついそいそと拠点に向かうのであった。




アーチ・ド・アストローヴォはアンコール=ワットとマチュピチュを足して2で割った後、更にボロボロにした感じでイメージしていただければ幸いです。
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