調査2日目…まだ日も登らないうちからドクノオト一行は行動を開始していた。
本日の目標は遺跡のより深みを目指すこと…といってもつくりは割と単純であり地下空間だとかは見つかっていない以上、大袈裟な調査にはならないだろう。
第一、道中にある面白そうなモノを無視できる硬い意志の持ち主などこの隊には存在しないので、寄り道祭りになる結果は見えている。
加えて前日の分析により、この遺跡の周囲で採取したサンプルだけは周辺と明らかに異なる土壌成分構成であることはわかっていた。
それ即ち、この遺跡だけがなんらかの原因で天界から飛ばされてきた可能性が高いということだ。
仮に地下空間やそれに類するエリアが実在したとしても、その時に押しつぶされ崩落している可能性は高いだろう。
というか、すでに隊は散り散りになりメンバー達は己の興味の赴くままに遺跡探索へと踏み込んでいっていた。
『なんてまとまりの無い隊だ!まぁここまでくるといつものことだがね!』
『その通りですね、ドク。付け加えるなら、一番単独行動に出がちでブレーキが壊れていらっしゃるのは貴方です。』
ドクノオトはピニャータと禽竜を連れて南エリアへと歩を進める。
それほど大きな遺跡ではないとはいえ、十歩ごとにしゃがみ込んでは何かを観察し始める2人を抱え、急かす者もいないため到達までに3時間を要したのだった。
『今、僕達の移動距離と時間を時速換算してみたんだ…なんと、ゾウガメより遅かったよ。これは奇怪だと思わないかい、ピニャータ。』
『カタツムリに負けてないならましな方ですよ。』
日当たりが良いのだろう、その周辺から遺跡を覆うものが蔦と苔から乾燥に強い地衣類に置き換わっていた。
ドクノオトが石積みを覆う地衣類をポロポロと崩す。
『古今東西、物体の異界間転送の事例は数多く報告されているし、実行する技術の存在も確認されている。』
『ええ、ですがこれ程の規模を人為的に引き起こすのは容易ではありませぬ。自然現象とみるのが妥当でしょう…或いはより『上』の存在の仕業か。』
『禽竜翁、瞳孔が全開になっているよ。気持ちは大いに理解できるけどね!そしてやはり…コケの下に何か描かれてるな、ピニーちょっと…』
用件も言わないうちにスケッチブックとペンが手渡される。
『さすが、ついでに他のコケも削って絵を探してくれるかい?』
スケッチブックを開き、絵を描き写してゆく。
それは杭に繋がれた四足のケモノと、それに対して何かを投げるヒトガタの絵だった。
『これは…猫かな?それとも犬?天界の動物に関する情報は乏しいが、判別できるかな…』
『ふむ、本体から分化する前に見たもので言うと、尻尾が見当たらないことを除けば天界のハスキートに似ていますな。大型犬に似た獣で、光の屈折をコントロールできる体毛が生えております。横の絵は飼い主ですかな?ボール投げておりますし。』
この糸目男、禽竜は地界でアーユラーと呼ばれる神の分霊体の1つが、どうしたことか独立意思を持って動き出してしまった謎の存在である。
故に多少なり天界の知識を有しており、誌面にも頻繁に未知を提供してくれる存在だった。
『マオウ軍の遺跡っぽさは無いが、微笑ましくていい絵じゃないか。拍子抜けした気分だなぁ。』
さらに横にはその情景の続きと思われる絵の一部が見えていた。
『ム、親切にも続きがある。早速見てみよう。』
次に地衣類の下から現れた絵は頭にコブをこさえたケモノが、ヒトガタの右手と左足をもいでいる様子だった。
『………あー、飼い主ってわけでも無かったらしいですな、まったく。反撃にしても苛烈すぎますがな。』コワイコワイ
『しょうもない奴とその末路ってのは、いつの時代も変わらないものらしい。うん、当時から残る遺跡の落書きについて書くのも文化学的に面白いかもしれない。』
『しかし解せませんな。見たところ、これらの絵は彫刻などではなく単なる顔料で描かれたもので、神代の昔から残っていられるとは到底思えません。ましてやこんな高温多湿な立地で、外気にも曝された遺跡では。』
『顔料の痕が酸化して変色している可能性は?使用されたのが未知の顔料だと仮定すれば、未知の痕跡を残すことも…』
『ともかく、サンプルを採り分析してもらうのが手っ取り早いでしょう。船の設備だけでは不十分な可能性もありますのでな。』
柔らかいハケで絵の表面を一撫でし、付着した粒子を微小な櫛がついた容器で濾し取る。
得られたのが単なる土埃でないことを祈りつつ、2人は次の絵を探しにかかった。
『これは…もう新聞一面大見出しですなぁ。』
またしてもすぐ隣にあった絵は、首と左足だけが胴体に残るヒトガタとバラバラに分解されたケモノの様子を描いていた。
微妙な距離で置かれた杭と投擲物がなんとも物悲しい。
残酷趣味が過ぎるものの見ておく価値はある、なぜかそれをハッキリと感じさせる作品だった。
それらもまとめてスケッチした数分後、彼等は次の絵を見つけ出したのだが…
『この施設の目的がますますわからない…僕が知らないだけで、天界式のアトリエはこんな感じなのだろうか?』
『そんなことは無いと思いますけども…不可思議であることには変わりませんな。』
2人の前に姿を現したのは、膨大な数のケモノとヒトガタが描かれた屹立する石板だった。
大きめのアーチの陰に寄り添うように置かれたそれは、時計が秒を刻む音のように一度その存在に気づいてしまったが最後、頭の中から追い出すことができなくなる異質な存在感を放っている。
描かれたいずれにおいてもケモノとヒトガタはセットで、最初の絵のように微笑ましく遊んでいるものから、ケモノ或いはヒトガタ若しくはその両方の手足がもがれているものまで、様々なパターンがびっしりと等間隔に並んでいる。
妙な統一感があるのは左にヒトガタ、右にケモノの様式が崩れないからだろうか。
『猟奇性が過ぎるが…ここまで並んでいると、絵というよりは文章に見えてくるなぁ。』
禽竜はそのドクノオトの何気ない言葉を反芻する。
『…いや、今日のスカルノーズ卿は冴えておられるやもしれませぬ。ものは試しです、これらの絵を暗号と仮定して考えてみましょう。』
禽竜がノートを広げる。
『なんの目的で作られた暗号かにもよりますが、当時の言語で表されるものなら完全解読は難しいでしょうな。古代天界文字はいくつかの遺跡で発見されておりますが、時代或いは地域ごとに複数種が確認され、そのいずれにおいても解読は難航しておりますゆえ。』
『となるとこの場でパッと使えそうなのは…『数』とかかな?』
禽竜がうなずく。
『試す価値は大いにあるでしょうな。数字には時代を超えた普遍性がございますゆえ。となると、絵の何が数を表すのかを決めていく必要がありますが。』
『やはり手足かな?どっちも千切れて増減しているわけだしね。』
『8進法ですか…そのセンで試してみましょう。スカルノーズ卿は絵の見落としが無いか確かめていただきたく。』
『心得た、ピニャータも呼んでこよう。少なくとも僕よりはずっと数字に強いからね。』
数時間後、ドクノオト達3人は石板を前にああでもないこうでもないと議論を重ねていた。
不幸にも、こういった言語関係において随一の知識量を持つ隊員は、遺跡のどこかへと姿をくらましていた。
大方、似たようなモノを見つけて休息も取らずのめり込んでいるのだろう。
現状、この数時間で確定したとみなせるルールは、絵が表すのは2進法表記の数であること、表す数はヒトガタとケモノ両方の手足+首で最大10桁であること、絵の構成は必ず左から杭→ケモノ→投擲物→ヒトガタであることの3つである。
しかし、そこから先にはどうしても進まない。
どの部位にどの桁を当てはめるのかが全く判明していないのだ。
いくら探せどその順番を示すようなヒントも見当たらず、3人は最初の手詰まりに陥っていた。
『難所ですな。恐らく、我々はまだスタートラインにすら立ててはいないでしょうが。』
『思いつく限りの暗号法は試したんだけどなぁ。』
『浅学ゆえ、お力になれず申し訳ございません。』
ドクノオトは改めてぼーっと絵を見つめ考える。
そういえば、自身はハナからこの絵を暗号としての視点からしか見ておらず、純粋な歴史芸術浪漫への『浸り』がなっていなかった。
何故我々は凄惨極まる歴史を掘り起こすのか?
その一つの答えとして、そこには『美しさ』があるからだろうとドクノオトは考える。
たとえ、火と血に塗れた戦乱の時代でも、後世に地獄と例えられる悪政の時代でも、そこには確かに生き抜いた人々がいて生み出されたモノがあったはずである。
そんな、遠い昔の誰かが紡いだ歴史の記録はどんなものであろうと美しく、掛け値無しに宝物と呼ぶのが相応しい。
だからこそ、スカルノーズ家は何の変哲も無い土器のカケラや、使い古され捨てられたであろう日用品の遺物でさえも蒐集し、記録してきたのだ。
『美しさ』のためなら全てを捨てられる。
そんなドクノオトがカバンを枕代わりに寝そべり、石板全体を見上げる。
全て手書きなのだろう、ところどころに窺える間違いを消した痕が微笑ましい。
手足の起点が安定しない画風からは、普段絵筆など握らない人物が、それでも慣れないことに全力を注いだことがヒシヒシと伝わってくる。
もしかしたら、本当は暗号なんて仕込まれていなくて、愚者が猛獣に石をぶつけて逆襲される様子を、コミカル且つ少しダークに描こうとしただけなのかもしれない。
となれば、これはもう立派な古代のカートゥーンではないか。
頭の中で紹介文の構想を膨らませていたドクノオトだったが、ふと雷にでも打たれたかの如く閃きが湧き出し、思わず立ち上がる。
突然の奇行に禽竜とピニャータがビクッと震える。
『ドク?いかがなされたのですか?ついに来てしまっ…』
『今から僕は石を投げる!2人ともよーく見ておいてくれ!』
ドクノオトの奇行はそう珍しいことではない。
それを重々承知していた2人は、黙って頼みを聞き入れた。
宣言通りにドクノオトが適当な石を拾い、茂みに向かって放り投げる。
本人の運動不足故か、石はあらぬ方向へ飛んでいったものの、幸い何も壊すことは無く別の茂みに消えていった。
禽竜が顔を顰める。
『スカルノーズ卿、貴重な遺跡でそういうことは推奨できませんなぁ。』
『確かに反省すべき点だ、けどこれは必要だった!今僕は絵と同じ右手で石を投げたけど、僕の体はどう動いていた?』
一瞬考え込んだ禽竜がその質問の意図を察し、ポンと手を打つ。
『まずは右足が動き次に右手が動く。反対の左腕は浮き上がり、そのエネルギーは最終的に左足をも浮かせる…それが順番ということで?』
『ああ、桁として前にくるのはヒトガタだと思う。ケモノは何かを投げつけられてから動いているのだから!あと、ケモノの方の桁配置も同じである可能性は考えられる。あとは首の扱いを最初に置くか最後にするか…』
『横槍、失礼します。思うに、首は一桁目ではありませんか?石を投げるにせよ別のことにせよ、生き物である以上頭で思ってからでなければ行動を起こせませんから。』
『ああピニー!最高の仮説が組み上がっちゃったよ!君が居てくれて良かった!』
『もったいないお言葉です。』
『となると、順番はヒトガタ首→右足→右手→左手→左足からのケモノ首→右後足→右前足→左前足→左後足の順番で当てはめてみましょうか。しばしお待ちくだされ。』
禽竜が猛烈な速度で鉛筆を走らせてゆく。
チャチなタイプライターでは追いつけないほどの速度で0と1が紙面に連なり、鉛筆は絶え間なくナイフで削られてゆく。
『これは…何を示してるやら、サッパリですなぁ…』
書き上げられた紙面に浮かび上がったのは、単なる歪な線の集合体だった。
1の部分が線を構成し、0が空白であるのが二進法表現の常識。
しかし、それに従って読んでも意味は見出せず、逆らって読んでも閃くものは無かった。
再びの高い壁に3人はまた顔を突き合わせて考え込む。
『別の法則を探ってみるべきなのかねぇ。』
『…いえ、紙に起こしたわっしが保証します。我々は今、解読への明るい道の中にいる。ここまでに間違いは無い、と心から信じられるのです。原稿用紙さえあれば、今すぐ執筆してもいい。ブレイクスルーまであとほんの1,2手なのです。』
禽竜の熱にドクノオトはそれ以上路線変更を提案することは無かった。
絶対的自信をもって出された主張に価値を感じたからということもあるが、何より自身も現状の解法が正解と大きく乖離しているものとは思えなかったのだ。
スケッチブックから目線を外し、改めて絵の暗号を見つめ直す。
穴が開くほど熱視線を送っても、絵そのものは何も語ってはくれない。
だが、優れた美術家が幾千幾万と観察を繰り返してインスピレーションを得るように、ドクノオトは石板の細かい凹凸や剥がれかけた蜘蛛の卵嚢に至るまで、全てを徹底的に情報として認識し取り込んでゆく。
その中に必要な情報が1%でも含まれていれば大金星、0.01%でも御の字、0.0001%でも偉大な一歩だ。
スカルノーズという一族は、この分析に取り憑かれている。
絶対記憶というわけではなく、共感覚を持ち合わせてもいない。
ただ、何か別の用事で街を歩いていても、目に入った飲食店の看板やカットをミスして少し不恰好になってしまった街路樹に目が留まると、それを延々眺めてしまうような質なのだ。
連綿と行われてきた視界に神秘を見出すその作業に、この青年ドクノオトもまた没頭していた。
青年はこうなるともうテコでも動かない人間である。
それをよく知っているピニャータは、黙って昼食の入ったバスケットを開き始めた。
『禽竜さん、もう良い頃ですのでお昼はいかがですか?ほら、ドクは口開けてください。サンドイッチ押し込みますので。』
『ありがとうミスキプレア。では、大脳に養分を補給するとしますかな。』
『いつも悪いねぇ、窒息しない程度に頼むよ。』
分析中もドクノオトは会話や食事なら人並みにはこなすことが可能である。
だが、不注意になることは避けられず、しょっちゅう食事を落としたり手をフォークで突いたりしていたため、最近はピニャータが口の中に食事を押し込んで対応していた。
ドクノオト本人も悪癖であることは自覚しており、なるべく注意するよう心がけているが染みついた性というものは中々治るものではない。
そんなわけで、今日も青年は巣の中の雛鳥のように口を開けてエサをもらっているのであった。
『ん〜おいしいなぁ。こんな秘境でもローストビーフが食べれるようになったってのは、間違いなく今世紀最大の革命だよ。』
『缶詰ですので多少風味は劣りますが、確かに技術の進歩は感じられます。』
『いやいや、中々どうして侮り難しですな。方向性は少し違いますが、野菜の缶詰が普及してからというものの、壊血病の犠牲者が見違えるように減少したという話もありますし、偉大な技術ですよ。』
(いずれ現代の保存食についても筆を振いたいものだ。)
ドクノオトがそんなことを考えていた時、ふと目線があるものに釘付けとなった。
それはピニャータが手にした、中心に穴の空いた丸いビスケット。
ドクノオトが愛してやまないシナモンの香りが幸福感を掻き立てる一品だが、今回目に止まった理由はそこではない。
突然跳ね起きた青年に、またも2人がビクッと震える。
『…ドク、ビスケットはいっぱいありますから、あまり卑しい行動は謹んでください。』
ピニャータが呆れたように言う。
『ちがうちがう!いや、丸か…うん、アリだね。禽竜翁、食事を終えたら試してみたいことができたんだが、書記を任せても?』
『もちろん。お断りする理由がありませぬ。して、試してみたいこととは?』
ドクノオトが咳払いを一つ挟み、話し始める。
『まずは絵の中でヒトガタが投げているボール…いや石?まぁとにかく投げている物の位置に着目していただきたい。ミクロレベルの誤差はあるだろうが、どの絵でもヒトガタとケモノを繋ぐ杭の間を結ぶ線を8分割できる位置に描かれているはずだ!』
言われてみれば確かに、投擲物の位置は8種に分類することが可能だった。
『なるほど…投げられた物の位置にも意味があったと?口ぶりからして、その先にも気づいておられるのでしょう。お聞かせ願いたい。』
『ええ、前提として僕は勘違いをしていた。この絵が数列として並び、それを読み解けば文章や座標或いは一枚絵が浮かび上がるものであると。だが、そうじゃなかった。初めの並びもパーツではあるだろうけど、そう重要じゃない。並びというなら本当に見るべきは杭と投げられた物だ。ヒトガタが傷を負っているということは、繋がれたケモノの爪牙が届く射程圏内にいるということだろう?当然、射程圏の範囲は杭を中心に円を描くことになり、杭とヒトガタの距離はイコール円の半径と言える。であれば、そこを5等分する投げられた物が示すのは『位置』なんじゃないか?』
『もったいぶりますなぁ。位置とは?』
『失礼、だがよくぞ聞いてくれた!ズバリ、その『絵』が収まるべき位置だと考えている。恐らく、投げられたものの位置をもとに層として重ねつつ円状に配置していけば本当の姿が見えてくると考えるよ。』
一定の説得力はあるものだった。
禽竜もそのレベルなら試す価値アリと捉えて頷く。
『となると次の課題は並びの最初をどこで揃えるかとなりますが、始めの2桁に合わせて左上から右下に向けて斜めに読み解くのはいかがで?』
『ありそうだなぁ、その並び。そいつで試してみよう。ダメだったらそんとき考える。』
『絵と数字の対応はすでに割れていますでな。変換しつつ並べて参りましょう、しばしお待ちくだされ。』
ピースが確かにハマった、そういう感覚だった。
それを裏打ちするように並べられた数字が規則性のある文様を生み出していく。
先程までの毛糸クズが散らばったような文様と、同じ構成成分でつくられているとは信じ難い。
解読法を提案した本人ですらそう思ってしまうほど、劇的な変化であった。
数十分の後、禽竜が鉛筆を置いて一息吐く。
『完成ですな。開始点は投げられた物の位置に合わせておきました。』
浮かび上がったのは精緻な魔法陣のほんの一部、それだけでは意味を読み解けないただの断片だったが、完成直後に突然光を放ち始めた。
ノートが浮遊し、魔法陣の足りない部分が自動的に書き足されてゆく。
進歩を喜びあっていた3人は不意を突かれ、何もできずに魔法陣の発動に巻き込まれ…
光が消え去った後には、3人の姿は忽然と掻き消えただ何も書かれていないノートだけが残されていた。
こーれ暗号として成立してっかなぁ。
だめそだったら気まぐれに直します。