魔都精兵のライダーとオトモンの異世界冒険譚 作:ナマズじろう
破滅が来たりて喇叭を鳴らす
黄泉の尖兵どもよ、この尽くを滅ぼす龍を屠ってみせよ
叶わぬならば、滅ぼされるは汝らなるぞ
結界が砕かれた時、最初に襲ってきた醜鬼たちはただの腕の一振りで蹴散らされた。
契約によって生まれ変わったばかりだからか、本来は成長し硬質化したトゲは黒くなるものだが、伴也が生まれ変わったネルギガンテの肉体を覆うのは若い白黒の棘である。
しかし、それでも雑魚醜鬼の群れを薙ぎ払うには十分。
京香との契約により与えられた、友を守り、脅威を蹴散らし、主人と共に戦う伴也の新たな肉体は、桃の力がなければ通用しないはずの醜鬼の肉体も易々を破壊できた。
ネルギガンテの首には奴隷のように首輪がかけられ、そこから伸びる鎖は鞍を備える背中に乗る京香の手に伸びている。
その後ろで彼女にしがみついている遊里は、この生まれ変わった親友の姿に驚きを隠さなかった。
「ね、ネルギガンテ……!?」
画面の向こうで見てきた、そしてなんどもハンターを駆使して狩ってきた、恐ろしくも勇ましく強く興奮を覚えるモンスター。
そのモンスターの見慣れた姿ではなく、見慣れない背中の上の光景──それも画面の向こうではなく、目の前に広がる現実の光景など、彼女にも初めて見る景色である。
「醜鬼どもをああも容易く薙ぎ払うとは、凄まじい力だな……こいつはネルギガンテというのか?」
「そう呼んでいいのかわからないですけど、そうとしか……ごめんなさい。私もいまの状況を飲み込めてないんです」
「それもそうか。人を奴隷にしたのは初めてだが、こんなことになるとは私も予想外だ」
遊里の声を拾った京香が、伴也の変化したスレイブの形態を指す名前を知り、初めて人間と結んだ契約の結果を見て自分も驚いているという本音を漏らす。
「VwwaaaAAAAAA!!」
2人が言葉を交わす間も、ネルギガンテは咆哮を轟かし、襲いくる醜鬼たちを一方的に蹂躙していく。
まともな生存本能などなく、人間に対する殺意ばかり向ける醜鬼は、それを背に乗せ守るネルギガンテの前では一方的に蹂躙される無力な雑兵であった。
今までこの能力で何度も醜鬼を従えて戦ってきた京香だが、醜鬼を奴隷にしても多少力が増しいうことを聞くようになるだけで奴隷にする前とほぼ変わらず、数の蹂躙にあえば容易く破壊される脆い存在であった。
それがどうだ。
今まで無力と思っていた男と契約したら、現れたのは友人を守るためならばと人間を捨てた怪物である。
その力は醜鬼の群れを雑兵と一蹴、相手にもならずに一方的に蹂躙する巨大な破壊を撒き散らす暴力であった。
「そういえば名前を聞いていなかったな」
『今更っすか!?』
「言葉が──!?」
近場の醜鬼は瞬く間に蹴散らされた。
その蹂躙を見て、果たしてまともに制御できるのだろうかと一抹の不安を覚え、声をかけようとした時になって、京香はそういえば男の方の名前を聞いていなかったことに気づく。
するとそれを聞いていたネルギガンテから、変化する前の伴也の声として京香と、そして遊里の耳──否、まるで直接脳内に語りかけてくるかのように頭の中に声が聞こえてきたのである。
「伴也君なの!?」
『そだよー伴也さんだよ。いやね、自分もちょっとどころじゃなくびっくりしてんのよ、だっていきなりネルギガンテになっちゃってるんだもん』
「遊里にも聞こえているのか!?」
「は、はい。ひょっとして京香さんにも?」
『おーい、また自分ムシですか?』
「意思疎通は問題ないようだな。私の言葉はわかるか?」
『遊里は声を聞かないとわかんないけど、京香さんの方は声に出さずとも頭の中まで結構聞こえてくるっすね。制御の不安ならご安心を、この身体しっかり自分の意思で動かせますんで、指示もらえればいくらでも暴れられまっせ!』
「ふっ……上々!」
意思疎通は問題なさそうである。
加えて主人に限っては声に出さないところまで聞き取れるとのことで、京香が声には出していなかった制御に関する一抹の不安にも何の問題もないという答えが返ってきた。
近場の醜鬼は蹴散らしたが、ラージャンは健在だし、周囲からも続々と雑魚醜鬼が集まってきている。
力を試すにはもってこいの戦場に、京香はこの新たな奴隷の力を試すべく鎖を引き指示を出した。
「伴也と言ったか? お前のことだが──」
『この際“ネルギガンテ”呼びでいいっすよ! そんで力みせろって? お任せあれ、一分で殲滅して見せますわぁ!』
「ちょっと伴也君、あんまり激しいのは──ひゃっ!?」
京香の意を汲んだネルギガンテが、咆哮を上げて醜鬼の群れに突撃する。
張り切るネルギガンテが全力で大地を蹴り飛び上がったことで、桃の恩恵で普通の人間とは比べ物にならない身体能力を持つ京香はともかく、普通の人間である遊里は振り下ろされないように京香にしがみついた。
「遊里のことも──なんだこれは!?」
遊里のことも気にかけろと注意しようとした京香。
しかしその指示はしがみついてくる遊里の腕の感触に違和感を感じて自分の姿を見た瞬間に思わず途切れてしまった。
『オラ、雑魚ども! さっきはよくもやってくれたなお返しじゃ!』
ネルギガンテの耳には届いていない。
意思疎通は問題ないが、中身はやはり三下のままであり調子に乗るようなことがあればすぐにこのザマである。
そして京香が驚いたのは、調子に乗っているネルギガンテの方ではなく、自分の格好であった。
なぜか彼女の服装は魔防隊の制服から、ネルギガンテの素材から生産される防具である“オーグ装備”の一式とそっくりな装備を纏っており、鎖を握る反対の手には何故かかなり長い長ネギが握られていたのである。
このネルギガンテの素材から作られるオーグシリーズだが、京香が身に纏っている女性用装備はなかなかに露出が多い。
いつの間にかこんな破廉恥な格好にさせられては京香も混乱するし、加えて刀が消えて代わりにネギが握られているというのも意味不明で余計に混乱を加速させる要素であった。
「待て待て、一体何が起こっているんだ!? 私の刀は!? 制服は!?」
「伴也君、振り落とされちゃうよ! ちょっと抑えて!」
『オラオラ醜鬼ども、このトゲの餌食にしてくれるわ! 遊里に怪我させやがって、テメェら絶対許さんからな!』
「やる気があるのはいいが、背中の主人と友人も気にしろ!」
醜鬼を物ともせず一方的に蹂躙していくネルギガンテ。
その力は京香の想定をはるかに上回り、この苦境を乗り越えるどころか救援が駆けつける前に単騎で容易に殲滅してしまう圧倒的なものであった。
期待以上の力。
今までは奴隷を使うよりも己の腕と愛刀で戦う方がマシであると、自他共に認めるハズレ能力であったそれは、契約した相手次第でこれほどの力を得られるのかと組長たちにすら匹敵──あるいは超えるのではないかとまで思わせる力を発揮するものであった。
京香にとって、新たな奴隷となったこのネルギガンテという力は、自身の目的を遂げるために大きな存在になることが確信できるものである。
それは素直に喜ばしく思う。
だがしかし……だがしかし、である。
能力の影響としか思えないが、この格好とネギに変わった愛刀がどこに行ったのか、この2点だけには不満を言わずにはいられなかった。
「と、ともなりくん……いっかい、とまって……ううっ……もう、むり……!」
『ラストワンだゴラァ! フハハハハ、思い知ったか雑兵ども! 予告通り一分以内に殲滅完了よ、残すは貴様のみだラージャン! さあ、どう料理してくれようか──ぐえっ!?』
「いい加減主人の言葉に耳を傾けんか、バカ者!」
予告通り、一分以内にラージャンみたいな醜鬼を残して、あれだけの数がいた群れを蹂躙し醜鬼を殲滅してしまったネルギガンテ。
その強さは賞賛に値するが、その前にさっきから主人の言うことを無視して自分1人気持ちよくなり暴れているバカな奴隷に、いい加減にしろと鎖を引く京香から一喝が入った。
鎖を引かれ、首が締まったネルギガンテがようやく落ち着く。
事ここに至り、ようやく主人の武器と服装が変わったことと、振り回されてグロッキーになりついに我慢できず虹を吐いてしまった友人の惨状に気付いた。
「オロロロ……」
「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい……鞍、汚しちゃって……」
「気にするな、制御できなかった私とこの好き勝手暴れたバカの責任だ」
『あー、うん。これは自分のせいですな。遊里を背中に乗せてやっていい暴れっぷりじゃなかったですわ』
「ようやく落ち着いたか」
負傷している新種の醜鬼以外の群れを殲滅し標的がなくなったことと、鎖を引いて締め上げたことにより、初戦闘で有り余る力を振り回し有頂天になって暴れていたバカも落ち着きを取り戻した様子。
先ほどまでのハイテンションが一転し、遊里の惨状に流石に罪悪感が上回ったらしく大人しくなった。
「……しかしまあ、ものの見事に殲滅してくれたな」
そして、そのハイテンションのまま暴れた結果を見渡し、京香も感嘆をもらす。
宣言通り一分以内に周囲を埋め尽くしていたはずの醜鬼は殲滅されていた。
文字通り、ネルギガンテの強靭かつ頑強な肉体とそれを動かす圧倒的なフィジカルだけで醜鬼の群れを殲滅して見せた。醜鬼側の抵抗もあったが、ネルギガンテの方はすでに再生している棘が多少折れただけで、肉体は全くの無傷であり、ネルギガンテ自身も痛がるような様子は一切ない。
特殊な能力など駆使しない文字通りの身体一つで撒き散らす暴力は、まるで災害のようである。
(この力があれば、組長──いや、総組長の席にすらも届くかもしれない。そして、私の故郷を滅ぼしたあいつすらも──)
鎖を握る手を見て、この手に入れた新たな力とそれが齎す可能性に思いを馳せる京香。
彼女のこの声はネルギガンテには聞こえていたが、中身は三下のこのバカの関心は背中でいつの間にかネルギガンテの主人にむしろぴったりな格好であるオーグシリーズに身を包んでいたその姿に向けられていた。
『しかし、京香さんの能力って変身まであるんすね。オーグシリーズとか、ネルギガンテのライダーにピッタリじゃないっすか。刀の代わりにネギを握るあたり、ネルギガンテのあだ名もわかってらっしゃる。ひょっとしてモンハンやってました?』
「聞いたことはあるがやったことはない。それからこれについても問い詰めておかなければいけなかったな?」
『あれ? 雰囲気が──』
「この格好はどういうことだ!? そして私の刀をどこにやった!?」
『ぐえぇ、首絞まる!? ごめんなさい、自分にも皆目見当つかないんですけど、自分がネルギガンテになった副作用とかじゃないですかね!?』
「こんな破廉恥で無防備な格好など部下たちや上司に見せられるわけないだろ! 早く戻せ!」
『うわああん、自分の意思じゃないんすよ〜! 能力解除すれば案外何とかなるんじゃないでしょうか?』
「手負とはいえ目の前にまだ醜鬼がいるなかで能力の解除などできるか!」
『奴隷に褒美をやらなきゃいけなくて、その間は無防備になる……ですか。あらら、確かにそれでは能力解除はできませんな』
三下からすればモンハン愛に溢れる格好になったから京香も知っているのではないかと期待を込めた言葉だったのだが、彼女の耳にはこの格好の煽りにしか聞こえなかったらしい。
また鎖を引かれて首を絞められ、本意ではない元に戻せと命令されるが、京香の格好の変化に関しては三下の方も全くわからなかったので、どうしようもなかった。
能力を一度解除してみれば元通りになるのではないかと提案してみたが、京香の能力の副作用により一度能力を解除した際には無防備になる時間ができるらしく、手負とはいえラージャンがまだいる状況ではそれはできなかったので、結局しばらくこの格好でいてもらうしかないようであった。
「く、屈辱だ、こんな格好……」
『京香さんがその格好で恥ずかしがってるの、なかなか面白い──ぐえっ!?』
「躾が必要なようだな……!」
遊里や三下からすればコスプレにしか見えず、むしろハンターの格好では見慣れている、そして自分がしている格好でもないこともあってあまり気にならなかったが、オーグシリーズの装備というのは京香からすればかなり恥ずかしい格好のようである。
羞恥に顔を赤らめながら胸元やへそを隠そうとしている姿が、先ほどまでの凛々しい魔防隊の隊員とのギャップもあり、三下は思わず笑ってしまう。
それに怒った京香は、今回が初対面だというのに早速遠慮がなくなってきている生意気な奴隷の首の鎖を引っ張り、嗜めた。
「とにかく、まずはあの残りの醜鬼を片付けるぞ。このふざけた格好を戻せなかったときは、貴様を殴るから覚悟しろ」
『イエスマム!』
「遊里のことも考えて動け。手が足りなければ私が奴の首を取る」
『じゃあ、遠間で仕掛けてみますわ』
説教するべきことはすでにかなり積み重なっているが、その前にこの目の前の脅威を取り除く必要がある。
今回は遊里への配慮も忘れないようにと注意しつつ倒すように命じると、三下は遠距離で仕掛けてみると返答してきた。
「手があるのか?」
『そりゃもちろん。こちとらネルギガンテなんで、この棘飾りじゃないところ見せてやりますよ!』
ネルギガンテにはまだ隠している手があったらしい。
その肉体に任せて暴れる力も大きな武器だが、加えて飛び道具となる攻撃手段も有しているという。
ならばやってみろとけしかける京香に応えて、ネルギガンテは自ら体から生えている棘を掴んでいくらか引っこ抜くと、それをラージャンめがけて投げつけた。
『オラァ、剣山になりやがれクソゴリラ!』
「なんか違うよ……」
本来のネルギガンテが行う棘飛ばしの遠距離攻撃とは若干違うやり方で棘を飛ばす三下に思わず遊里がツッコむ。
ただし威力はちゃんとあるようで、その攻撃を見て慌てて逃げようとしたが怪我が深く動きの遅れたラージャンの体に多数の棘が突き刺さった。
痛みに悶えるようにその場に転げ落ちるラージャン。
構うものかとネルギガンテは隙だらけのラージャンにさらにトゲを投げつけ、トゲまみれにしてしまった。
棘はよほど痛いのか、のたうち回るラージャンは刺さった場所から血を流しながら這いつくばるようにして動いている。
その行く方向はネルギガンテの反対側で、もはや戦意はなく逃げ出そうとしている様子であった。
もっとも、棘の負傷により這いつくばっての遅い逃げ足でだが。
『よし、これで足は止めた⭐︎ゼ⭐︎』
「その語尾はやめろ、耳障りだ」
『イエスマム……』
調子に乗ってしょうもないことほざいていたので、京香が黙らせる。
耳障りな語尾は主人の命令により封印となり、ネルギガンテは若干しょんぼりした様子を見せた。よほど気に入ったらしいが、はっきり言って本人以外には不評である。
「では、仕留めるぞ」
『イエスマム』
すでにラージャンに戦意はないが、京香は醜鬼に手心など加えない。
その息の根を確実に仕留めるべく、三下に指示を出す。
『じゃあ、今度はあんまり揺れないようにしてっと』
這いつくばってでしか動けないラージャンの足は遅い。
遊里に負担をかけないように早足で歩いても、ネルギガンテの巨体であれば余裕で追いついてしまう。
『はいそこまでー、お疲れぃ』
「今更逃げるなど、許すと思うか?」
必死になって逃げるラージャンの背中を、爪を食い込ませながら棘だらけのネルギガンテの前足が押さえ込み、その動きを封じる。
もはや激昂モードに移行する体力もないのだろう。ラージャンではなく醜鬼なのでそんなものないかもしれないが。
それはともかく、弱りきったラージャンもどきはもがくことしかできない。
「──屈服の時間だ!」
その動けなくなった弱った醜鬼に、情け容赦のない京香のネギによる斬撃が振り下ろされた。
頸椎を狙った一閃。
それはネギでありながら刀であるこのネタ武器にされてしまった京香の愛刀の切れ味を惜しみなく発揮し、ラージャンそっくりの醜鬼の首を断ち切り、薄暗い魔都の空に飛ばした。
ゴトンと首が落ちる。
それを最後に、この最後の一体として残った醜鬼もまた、血溜まりだけを残しその姿を崩し魔都の大地にチリとなって消えていった。
「……終わったの?」
「ああ、この場の醜鬼は殲滅した。安心するがいい、もう大丈夫だ」
「よ、よかった〜……」
『ああ〜、死ぬかと思った……』
「…………」
京香が戦いは終わったこと、危機がさり安全を確保できたことを告げると、2人は揃って安堵した。
遊里は鞍に、ネルギガンテは魔都の大地にへたり込み、緊張の糸が切れた反動からか疲れた様子でだらしなくぐったりとする。
一方で京香は先ほど首を切り落としたはじめて見る醜鬼に、不穏な感覚を覚えていた。
強さは大したことなかったが、体毛に覆われた醜鬼というのは初めて見る。
おまけに証拠を残さないかのようにチリとなって消え、死体は残らず、あるのは醜鬼らしくない赤い血溜まりのみである。
(あのような醜鬼は知らない。だが、あの姿を私はどこかで見ている……)
そしてなにより、その醜鬼の容貌に彼女は見覚えがあった。
彼女の記憶では、それは醜鬼としてではなく、同じ組に所属する最近入ってきた新入りの私室にて見た。
画面の向こうだけの存在、現世にも魔都にも存在しないはずの空想上の生物という設定でのみ存在したはずのモンスター。それに瓜二つの容姿をしていたのである。
(まさかな……)
一瞬、醜鬼が人間社会に存在しておりそこで見たものを模倣するなどという仮説が浮かんだが、そんなことはあり得ないと京香は首を振り自身の考えを否定する。
そして今はそんなことよりも、ひとまずの安全を確保できたことから、早急に済ましておきたいことを──すなわちこの部下や仲間たちに見られるわけにはいかない格好を片付けることにした。
「初めての、それも突然の実戦だったから疲れがあるのは理解している。だが、その前にどうにかしてもらわなければいけないことがあるからな、休むのはもう少し後だ」
『えー! オーグ装備の京香さん、めちゃくちゃ似合ってるのに──』
「こんな破廉恥な格好、仲間に見られてたまるか! 能力を解除するから直ちに戻せ!」
『そんなこと言われても自分にも戻し方わからないんで、能力解除するのはあくまでも一つの案ってことをお忘れなきよう──ぐえっ!? この首輪結構苦しいんで、必要ないときは鎖引っ張らないでもらえます!?』
「主人に口答えするな!」
やかましい奴隷を黙らせてから、能力を解除する。
するとあら不思議、先ほどまでオーグ装備に身を包んでいた京香の格好は光に包まれると瞬く間に元の制服姿に、ついでにネギも本来の愛刀の戻り、オーグシリーズの防具は綺麗さっぱり消えてしまったのである。
「能力の解除により戻るというわけか」
『自分は戻らないようですがね』
「……なんだと?」
能力を解除したところで、契約が消えることはない。
だがネルギガンテがスレイブとしての形態ならば能力の解除により人間の姿に戻るくらいはしそうなものだが、何故か鎖だけが消え伴也自身の姿はネルギガンテのままであった。
──正確には、姿のみがネルギガンテのままであり、その大きさは小型犬程度に縮んでしまったという大きな変化があった。
『……ちっちゃくなっちゃったんすけど』
「……元の姿に戻るくらいはすると思ったんだがな」
『うーん、まあ覚悟していたことだしいいっすよ。一生モンスター姿で生活するにしても、元のサイズは流石にデカすぎるんで、このくらいの方がちょうどいいかもしれないっすわ』
「伴也君……」
伴也は覚悟していたのでそこまでショックを受けていないが、能力を解除しても人間の姿に戻らないというのは生涯をモンスターとして生きることになるということである。
人と契約したことがなかった故に知らなかった、契約の大きな代償。
それを目の当たりにした遊里は、自分を助けるためにモンスターになってしまった親友に罪悪感と感謝から静かに抱きついた。
「ごめんね……あのとき、私の方が契約していたら……」
『ああもう、そういうこと言わない! 男が覚悟決めて啖呵切ったんだから、こういうことだって覚悟してたし後悔なんてしてねえから! こちとら遊里が助かるってんなら命捨てる覚悟もあったんだ、それを思えばモンスターになったくらいどうってことないって。命助けてくれた人に恩を返すための奉公の機会ももらえたんだし、万々歳よ』
「うっ……本当に、ごめんね……!」
『……泣かせるために助けたんじゃないんよ』
卒業とともに離れ離れになっても、いつでも一緒だと信じ合える。
そんな友情で結ばれた親友だからこそ、自分を犠牲にしてでも助けたかった。
そしてしっかり5体満足のまま助けることに成功したし、自分も生き残り、命を救ってくれた恩人に奉公できる機会もあり、おまけにモンスターになったというのに会話までできるなんて恩恵まである。
むしろ欲張りすぎなくらい恵まれた代償がモンスターから戻れなくなるなんて、無いに等しいくらいに安いもの。
納得して契約してこうなった伴也としては、その結果がこんなふうに助けた親友に泣かれるというのはとても困るものであった。
『これは困るなぁ……友達が泣いてるのに、こんな手じゃ涙を拭くこともできないや。京香さん、申し訳ないんすけどハンカチ持ってないっすか?』
「お前、自分が人間に戻れなくなったのに──」
『京香さんまでしんみりすんのやめてくださいよ〜。自分は納得した上で契約したんですって。あいつらぶっ飛ばして親友守れる力を貰えるなら、鬼にも邪にもモンスターにだってなってやるって。だから別に後悔とかは一切して無いっすよ』
「全く……大したやつだ」
底抜けに友達思いで、我が身を顧みない無鉄砲。
そのバカさ加減に呆れもありながらも、眩しいくらいに純粋な友達思いの姿勢に、京香は労うようにその棘だらけの頭に手を伸ばして優しく撫でた。
『あの……いくら小さくなってもトゲトゲだし、あんまりそういうのはやらない方が……』
「気にするな、奴隷に心配されるような柔な主人では無い。それに、どうやらこれがお前への報酬らしい」
『ありゃ、まじで?』
「私自身も驚いている。頭を撫でるだけなど、餌をねだる醜鬼どもの方がまだ強欲だったぞ」
ネルギガンテの頭を撫でる。
それが今回の能力を解除したことで発生する、奴隷になった者への活躍に応じた主人より支払われる報酬。
これは京香の能力の代償であり、この報酬を与えるための行動を取る間は主人である彼女の体はそのための行動をとり無防備となる。
これは奴隷となった対象の欲求に基づいて生じるものではないかと京香は考えている。
醜鬼を従えていたときは餌をやるなどであったが、彼の場合は違うらしい。
頭を撫でられるのが報酬とは、京香も驚く。
その無欲ぶりは、まさに涙を流しながら彼を抱きしめている友人の無事が何よりの報酬だと言っているかのようであった。
「わざわざ褒美にねだらずとも、頭くらい撫でてやったぞ?」
『自分の意思で決めてるわけじゃないんすけど……』
「奴隷への褒美は奴隷が欲しているものだと私は思っている。こうなったのは、お前が願う報酬が彼女の無事だったからではないか?」
『そ、それは……あーいや確かに、考えてみるとそれ以上の報酬はないっすわ』
「伴也君、これ以上泣かせないでよ……!」
『そんなつもりで言ったんじゃないって! うわああん、助けてください京香さん! 自分、女の子泣かせる最低野郎になっちまいますよ〜!』
「はっ、何を言うか。感謝の涙を流させるのは、恥じることではない。むしろ誇れ」
『なんでぇ!?』
……こうして、2人が巻き込まれた魔都災害は犠牲者が出ることなく収まり、3人は無事に現世に帰れる──はずであった。
魔都から現世に戻るため、そして新たな奴隷となったネルギガンテを上司や部下たちに報告し紹介するため、京香の所属する七番組の魔都側の拠点である寮を目指していた。
その帰路は何事もなく、醜鬼に襲われることもなく、無事に到着した。
魔防隊の拠点にはそれぞれ固定化されたクナドがあり、それらは現世側に通じる場所も定まっている安全に帰還できる門である。
それを使って遊里たちを現世に送り届けようとしたのだが、クナドを潜り抜けた先には予想外の光景が広がったいたのである。
振り返れば、何かがおかしかった。
記憶通りの場所に、記憶通りの外観で、記憶通りの形の結界が張られて存在していた七番組寮の建物。
ところがそこには人の気配がなく、組長も組員の姿もなかった。
七番組の管轄する区域は、特に醜鬼の発生が多い。
故に多忙であり組員が出払うことも少なくないので、京香はこの時の誰もいなかった違和感をスルーしてしまった。
誰もいないなら現世側の手続きや報告なども自分が済ませなければいけないなと判断した京香は、ネルギガンテも伴い遊里とともにクナドを潜る。
このクナドの先は、本来高知につながっている。
だが、そのクナドをくぐった先に広がっていたのは、未知の巨大な森林地帯だった。
「何、だと……!?」
固定化されたクナドは、現世側も魔都側も動くことはないはず。
しかし目の前に広がるのは見知らぬ森の中である。
「そんな、バカな……どうなっている!?」
加えて、振り向いた先には先ほど潜ったはずのクナドはなく、同じく鬱蒼と茂る木々が広がる森林のみ。
──そのクナドを潜った先に広がっていたのは、未知の世界だった。