機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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運命の繭

 

 ああ、ここはきっと、わるいユメだ。

 

 夢の中でさえもみないような、ひどいユメ。

 

 この世に地獄があるとすれば。きっとここがそうなのだろう。

 

 周囲は業火に包まれ。大地は忽然と姿を喪失し。建物は、最初から存在しなかったかの如く、瓦礫となり果てる。

 

 ヒトの潰れる(おと)がする。ヒトの壊れる(おと)がする。

 

 命が喪われる(おと)だ。

 

 身体は神経が焼き切れたように、全く言うことをきかない。

 

 なのに、感情だけは生きている。情けなく生きている。

 

 怖くて、怖くて、怖ろしくて。でも、身体は機能を停止させており、声帯を震わせて泣き喚くことも、涙液を分泌することさえもできない。

 

 ただ仰向けになっている私は、果てしなく高い、青い天蓋を仰ぐ。

 

 飛んでいるのはMS(モビルスーツ)なのだろうか。

 

 実物はしっかりと見たことはないからわからない。

 

 でも、空を飛ぶ巨人ならばきっとそうなのだろう。

 

 青い羽を持つ機体と、緑の亀みたいな機体。

 

 空中でダンスを踊るように絡み合う。

 

 そんな神の戯れにも思える行為で。儚い命は瞬く間に塵と化す。

 

 人々を死へと誘うその姿。

 

 まさしく、破壊の権化だ。

 

 ちょっと遠くで、知っている誰かの声がした。

 

 泣いているのだろうか?啼いているのだろうか?哭いているのだろうか?

 

 辛いのだろうか?悲しいのだろうか?

 

 今すぐ駆け寄って抱きしめてあげたい。

 

 どうか。どうか、泣かないで。愛しい、愛しい。おにいーー

 

 

「行ってきます」

 

 私の暮らす家はオーブの普通のアパート。会社が貸し出している借家の一つだ。

 

 大きくもなければ、小さくもないのだろうか。特徴としては、最近建て替えたばかりで新築の綺麗さをまだ残しているというところか。

 

「今日は何時くらいに帰ってくるの?」

 

「仕事が一段落してから帰ると思うので、はっきりとはわからない」

 

「帰る時はまた連絡してね。夕飯の準備があるから」

 

 隣の部屋では夫婦がそういった会話をしている。

 

 もちろん私は独りで暮らしている。

 

 C.E.(コズミック・イラ)73。先の戦争も漸く一時の終戦を迎えて、二年ほど。人々は少しずつ、少しずつ活力を取り戻し、街は復興の兆しを見せ始めていた。

 

 会社までは毎日歩いて出勤する。戦争で壊された電車、道路は直ぐに復旧されたため、当然使うことはできるのだが、昔から私は歩くことが好きだった。

 

「まあ、お金の節約にもなるしね」

 

 そう独り言ちつつ徒歩通勤する。まだ自称ピチピチのティーンエイジャーであり、歩くことは苦ではない。

 

 生きていくためにはお金は必要だ。

 

 先の戦争で家族を喪った私は、とある男性の方に後見人となってもらった。彼はとある教会の管理人でもあり、無償で私のような戦争孤児を引き取って世話をする活動をしていた。

 

 戦後暫くの間、彼の経営する孤児院で、私はほかの同じような境遇の子供たちと一緒にお世話になった。

 

 盲目の彼は戸籍上は義父(おとうさん)となっている。

 

 しかし、これから先の人生でずっとお世話になるわけにもいかない。いずれは独り立ちして自分の力で身銭を稼がねばならない。

 

 導師からは、そんなことは気にしなくてよいと言ってもらえたのだが、私自身の気質がそれを赦すことができなかった。

 

 そこでとある会社の研修生として他の学生や若手社員に混じりながら、機械工学の勉強をしつつお給金もいただいている。

 

 導師は再度学校に通うべきだ、と言ってくれていたので、これにより双方の要望をうまくきかせているというカタチに落ち着いている。

 

 勤務する会社の名前を伝えた時は、大層複雑そうな顔をしていたけれど。

 

「当面の資金が作れたら教会からは出て行かなきゃな…」

 

とりあえずの目標は独り立ち。そして彼を探すこと。

 

 人生の最終目標は。

 

 導師や新しい家族たちに恩返しをすること。

 

 だから。

 

「今日も一日、頑張ろう」

 

 ちょっとずつでいいから、毎日積み上げていこう。

 

 

「マユ、今日も一日お疲れ様」

 

 上司であるエリカ・シモンズに労われる。私の勤務する会社『モルゲンレーテ』の技術開発員にして、技術責任者。研修生の私とは月とスッポンくらい差のある立場である。勿論スッポンは私だ。

 

「エリカさん。ありがとうございます」

 

 彼女は私の境遇を知っているからか、入社した時から頻繁に声をかけてくれる。現場のボスでありながら、周囲に優しさを振りまくその姿から、皆の母みたいな存在となっている。

 

「今回のOSはどうだった?」

 

「そうですね…足周りと駆動系。その二つのバランスがちょっと良くないなと。また改めてレポートに記載しておきます」

 

「そうなんだよねえ、その辺がもうちょっとブレイクスルーできればな…」

 

 ブツブツと独りごちる彼女。こうなってしまったエリカさんに何を言っても仕方がない。

 

「マユ、アンタもテストパイロットの研修生だからって遠慮せずに今後もバンバン物申して頂戴ね!アンタの小言やちっちゃい気づき一つで、現場で助かる命の数が変わるかもしれないんだから!」

 

 そう言い残しエリカは去る。彼女はいつ帰っているのだろうか?ワーカーホリックを地で行くような彼女は、いつも誰よりも早く通勤し誰よりも遅く退勤する。

 

 お子さんがいると聞いているが、あの仕事人間っぷりを見ていると子供が家で拗ねていないか、つい余計な心配をしてしまいそうになる。

 

 モルゲンレーテ社はオーブ連合首長国のMS開発を担う会社だ。

 

 私の仕事は他でもない、MSのテストパイロットだ。

 

 先の戦争でひどく痛い目を見たオーブは、中立国という国是と折り合いをつけつつも、国防の為に軍拡をせざるを得ないというのが現実だった。

 

 私のような立場の子供を雇ってくれる会社は当然少なかった。

 

 なので、最初は軍人として士官しようと思ったのだが、それは新しい家族たちに猛反対をされてしまった。

 

 しかし私としても引き下がるわけにはいかないわけで、ならばとお姉ちゃんに無理やり頼み込んでこの会社にコネ入社させてもらったというわけだ。

 

 みんな複雑そうな顔をしていたが、士官よりは幾分かマシだと判断したのだろうか、無事に許可が下りたというわけだ。

 

 入職時は技術系の仕事だと言われていたが、適正があったようだ。途中からはMSのテストパイロットとして働いている。

 

 心配性な家族にはまだ伝えていないが、こっちのほうが賃金もちょっと高いので、きっと多めに見てくれるだろう。

 

 しかし、家族には仕事の斡旋までしてもらった。

 

 …恩返しをするために更に恩が積み上がっていくのを感じている。

 

「一生かけても返し切れる気がしないな…」

 

 自嘲気味に笑いながら帰り支度を始める。時刻は午後八時少し前。

 

 お疲れ様でした、と現場に告げて帰宅することにした。

 

 帰路に着く。

 

 既に夜の帷は降りている。私はこの国の夜が好きだった。昨今は大気汚染だのスペースデブリなどと騒がれてはいるが、そんなものは全くの嘘っぱちの様で、一切の曇りのない漆黒の天蓋に、星々が爛々と輝いている。

 

 遠く、遠く。大気圏の遥か先。

 

 地球の重力の影響なんか関係のない、遥かな宇宙に想いを馳せる。

 

 あんな離れたところに人が住んでいるだなんて、未だに信じられない。

 

「お兄ちゃん…」

 

 兄は今どこにいるのだろうか。早く会いたい。抱きしめてほしい。

 

 導師曰く。兄は地球にはいないようだ。

 

 出航履歴に名前があったようで、今はきっとプラントのどこかにいるのだろう。

 

 家族も必死に行方を捜してはくれているのだが、やはり戦後の混乱は想像よりもひどいらしく詳細はまだ掴めていないらしい。

 

 元気ならいいんだけれど。

 

 泣いていなければ嬉しいんだけど。

 

 笑っていて欲しいんだけれど。

 

 いつも肌身離さずに持ち歩いている朱い端末。兄が幼少期に両親から買ってもらった、古臭いモノ。

 

 ストラップはよくわからないゲームの魔物。首が三つもある。昔見た時は、何がかっこいいのかちっともわからなかった。

 

 そんな魔物も、すっかり汚れてしまっており、ちょっとばかし不機嫌そう。

 

 通話機能はすっかり壊れてしまった。でも、録音だけはまだ聴くことができる。

 

『シン・アスカです。ごめんなさい、ただいま電話に出ることができません。用事があればー』

 

 兄の優しい声。これを聴くだけで、兄が直ぐそこにいると錯覚する。

 

 嫌な現実を忘れさせてくれる。

 

「私が、見つけるから」

 

 遥か遠くの星に誓う。儚い祈りを込めて。

 

 

 ふと、目が覚めた。周りは白くて綺麗な壁。シミひとつない白い布団。

 

 すこし消毒液の香りが鼻腔を擽る。

 

 清潔さをこれほどかとアピールされたこの部屋は。恐らくは病院の一室。

 

 窓からは陽光。空は青く、蒼く、高く。

 

 今日外に出歩けばそれだけで気分もよいだろう。

 

「あ、ぁ…」

 

 声が掠れて音にならない。声帯が言うことを聞いてくれない。

 

 他人の喉を取り付けられたみたいだ。声が出せないことに焦燥感を覚える。

 

 体中が痛い。手足の感覚がない。本当に自分の身体なのだろうか。

 

「意識が覚醒している!直ぐに処置を!」

 

 眼鏡をかけた白衣の男性が周囲の人間に指示を出す。それに従い色々なことをされる私。

 

 なす術もなく、起きているだけで疲れてしまいそのまま気を失った。

 

「こんにちは。もう、こんばんは、ですか?」

 

 次に起きたら、窓の外は紅から紫に染まり始めている。アレが茜色というのだろうか。

 

 昼と夜を繋ぐ一瞬の煌めき。その美しさを小さい頃から愛していた気がする。

 

「まだ、話せないなら無理に話す必要はないですよ。私はマルキオと言います。実は、倒れている君を見つけまして。それで…」

 

 少し白髪混じりで、どこか疲れた顔をしている。

 

 神父服を着た見知らぬ彼は落ち着いた声色で滔々と話し始める。

 

「君は、先の戦争で…。とても。とても、傷つきました。だから、そうですね…だからというのも違うかもしれませんが。私と、一緒に…暮らしてくれないでしょうか?」

 

 一度死んだはずの私を現実に繋ぎ止める、優しい声。

 

 その語り口から、私は自身に起きたことを何となくだけれど、理解した。

 

 ああ、こんなのはきっと。

 

 わるいユメだ。

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