プラントを出国したアスランが、まず目指したのは戦艦『ミネルバ』だった。議長に命じられていたのもあるが、何よりもあの戦艦は彼とカガリを救ってくれた艦だった。グラディスやアーサー、その他の面々のキャラクターもある程度は心得ていたし、向こうもアスランのことを知っている。
アスラン的には、非常にやり易い相手であり、無難な選択肢であった。
プラントから地球まで、モビルスーツだけでの移動は骨が折れる。とりあえず地球に接近するまでの間は自動運転モードにし、ミネルヴァへ定期的に打電を送るようにセッティングする。これで、向こうがこちらに連絡を送り返してくるまでは何もしなくて済むだろう。
徐々に、設定した室温が下がり始める。身体の代謝を抑える為だ。いずれ少しずつ眠たくなっていくだろう。
それまでのわずかな時間で、アスランは溜まった連絡やメールを処理する。
プライベート回線を用いたメールアドレスに幾つかの連絡があった。こちらのアドレスに送ってくる相手は限られている。新着のメールボックスを開く。
キラから、一通のメールが送られていた。二人の間のメールは、機密情報を伝え合う場合、幼い頃に二人で作った暗号を元に文章を作っている。万一に、何者かに傍受されてもいいようにだった。
「何をやってるんだ、アイツらは…」
ハァ、と巨大なため息が出る。それもそうだろう。何せ、キラからのメールの内容は以下の通りであった。
『アスラン。色々あってカガリを攫ってオーブを出てしまった。今は、アークエンジェルに乗って逃げているけれど、いずれ国際指名手配をいただくと思う。暫くは逃げつつ身を隠す事にするよ。とりあえずのアテは、スカンジナビアかな。
プラントに行ったアスランは、もしかしなくても、ザフトに復隊してると思う。だから、今後話す機会はあまり取れそうもない。僕たちの今後の計画について、詳細は添付した書類に記載してある。相談事があればメールで。
あと、プラントには気をつけて。ラクスとマユがザフトの特殊部隊に暗殺されかけた。きっと、裏で何か大きなことが起こってる』
「何だこの情報量は…」
徐々に瞼が重くなる。室温が下がっている。酸素濃度も少しばかり低くなる。全身の代謝が抑えられる。意識が保てなくなる。
「キラの、大馬鹿野郎…」
アスランは疲れていた。長距離の移動、復隊、デュランダルとの会談、ミーアのこと。更に、この突拍子もないメール…
ずっとストレス下にあったアスランは、目まぐるしい情報の数々に鏖殺されながら、気絶するように眠りについた…
☆
夢を見ていた。2年ほど前の記憶だろうか。
私がキラからプログラミングを教わり始めた頃。偶々、アスランが教会に足を運んだ日があった。アスランとは、それまであまり話したことがなかった。
「キラ…何を教えているんだ」
「やあ、アスラン」
アスランは少々呆れた様に、モニターの画面を見てくる。キラは、何気なく友人を出迎える様に、気さくに話しかける。
二人は自然と会話を始める。私は、歳上の男性に囲まれて少しばかり緊張する。
「初心者なんだろう?この子は。こんな複雑なコードを書かせるなんて…一体何を考えているんだ」
「途中までマユが書いてくれたからね。それを、下手にいじりたくないだろう?」
「気持ちはわかるが…お前のこういう、横着なところが彼女にも伝染したらどうする…一つキーボードを貸してくれ。キラ、俺と一緒に最初から書くぞ」
「ありがとう、アスラン。でも、ちょっとばかし真面目すぎない?」
「お前がいい加減過ぎるんだ!彼女をスパゲッティ職人にでもするつもりか?」
彼女が頑張って作ったコードを活かそうとしてくれたキラも、ちゃんとしたものをイチから作ってくれるアスランも。
どちらも心から彼女を想っての行動だ。
だから、私のとても心が暖かくなる。それに二人とも、なんだかんだ楽しそうで、微笑ましい。
「めちゃくちゃだ…こんなオペレーション・システムで、こんな大きなモノを動かそうだなんて」
「そんなに変かな?」
キラが、藍色の髪を持つ少年に問いかける。彼らは気楽に話しながらも、キーを叩き続ける。みるみるううちに、二人でコードは完成されていく。アスランは、私の方に優しい目を向けながら、同様に優しく、慈しむ様に語りかけた。
「君はマユといったね。気分を悪くしたのならすまない。
でも、工学…いや、科学系全般を学ぶ上でかもしれないが。忘れて欲しくないものがあるんだ」
「ううん。それより、忘れてほしくないことって?」
「再現性だ。技術というものは、一人の天才だけが再現できるものであってはならないんだ」
「再現性…」
「そう。あらゆる事由を、多くの人がわかる様に整理し、説明し、証明する。そして、全人類がそれを再現し、利用することができる様になる。それが科学なんだ。そして、それがヒトを救うんだよ」
「でもアスラン。コレ、マユしか使わないモノだし…」
「お前は黙ってろ…」
二人は軽口を叩き合い、作業を黙々と続けていく。なんだか、ぐうたらな弟の尻を叩く兄みたいで面白い。キラのことを兄の様に思っていたマユだったので、もしかしたらアスランも、そのさらに上の兄なのかも。なんて考えたりもする。
そうこう二人で言い合っている内に、二人はあっという間にオペレーション・システムを作り直してしまった。
「すごい…もう完成しちゃった」
私は、新しい駆動システムを得たそれを動かしつつ、興奮を浮かべる。
「どうだ?感覚としては?」
「うん!さっきまでと全く変わらないよ!それなのに、こんなに綺麗なコードに書き換えられてる!
すごいね!キラお兄ちゃんも、アスランさんも」
この二人の頭の良さは、やっぱり私とは、根本からして作りが違う様にも感じる。それくらい、あっという間だった。ちょっとばかり感動を覚える。極まった技術というものは、ヒトに感動を与えるのだろうか。
「やっぱり真面目だね、アスラン」
「お前は昔からいつもこうだ…ちょっとでも目を離したら楽をして、手を抜いて…」
「昔の話ばかり。ちょっとオジサンになったんじゃない?アスラン」
「何だと!この、大馬鹿野郎!」
「やめてよね!本気で喧嘩したら僕が君に敵うはずないだろ!」
アレ?最後の方は…こんな事言い合ってたっけ?気のせいだった気がする…昔観たアニメのセリフと、ごっちゃになってる様な…
そろそろ、目が覚める時なのかな?夢が浅くなっていく…
優しく、美しい過去。
☆
丸一日程経過し、アスランは目を覚ます。昔の夢を見ていた気がする。しかし、頭がぼんやりしていてあまり思い出せなかった。
地球圏にやってきたようだった。青く美しい星が視界に入る。地球を見るたびに、涙が出そうになるのは、なぜなのだろうか。
しかし、想像よりも圧倒的に到着が早い。相当な速度を出せるセイバーに、感心を隠せなかった。
「キラのメール。改めて読んでも、訳がわからない…」
正気の行動だと思いたい。そこは信頼している。
しかし…ラクスとマユが暗殺されかけた?カガリを拉致?国際指名手配?
まあ、キラやラクスが考えた末の行動なのだから、恐らくはそうするしか他に手立てはなかったのだろう。地球圏に近づき、ニュースの回線も良くなってきた。
メールに添付されていた書類をサッと読む。詳細をある程度把握し、キラ達の行動原理と目的を理解した。
「なるほどな…」
確かにこの状況ならカガリを連れて行った理由も理解はできる。
こっちのファイルは襲撃事件の時のものか。正規軍にのみロールアウトされている新型モビルスーツ『アッシュ』を用いた暗殺未遂…
「いくら性能が良いとはいえ…こんな馬鹿みたいにアシがつくモビルスーツを使うなよ…」
アスランは、ラクスやマユを暗殺しようとした黒幕の愚かさに少しばかりため息が出る。わざとらしすぎて、翻って、罠なのでは?とすら思えてくる。
しかし…つまりは、コレを自由に管理できる人物による計画ということなのだろうか。だとしたら、プラントでも相当に立場のある人間が黒幕である可能性が高まる。計画の成功に絶対の自信があったのだろうか。だったら、この失敗はその黒幕にとっては痛いはず。
後から自分でもこれについて調べよう、と彼は頭の隅にしっかり記憶しておく。
「強引だし、カガリは怒るだろうな」
彼女の癇癪を間近で観察できなかった事を少し残念に思う。彼女が攫われた時、きっと騒ぎに騒いで仕方なかっただろう。
アレはアレで可愛いと、アスランは思う。ムキになって口を尖らせるところとか、泣きそうになっているところとか。
そういう、ある種情けないと捉えられかねない部分を、躊躇わず人前に曝け出せる所は彼女の美点だと思う。そして、その真摯な姿を見て多くの人は彼女を助けたいと思うのだ。
オーブ関連のニュースを中心に集める事にした。独自の情報網からのものと、キラからの添付ファイルの情報を照らし合わせる。
「カガリ代表が結婚式の最中に行方不明…。ニュースには誰が攫ったかは記載されていない…臨時代表にはユウナが… 世界安全保障条約に、オーブ政府が賛同・・・」
条約に批准したのは、カガリが内政をうまくコントロールできていないからでもあるし、厳しい現実との折り合いをつけたという側面もある。カガリやオーブを責める事はできない。
また、セイラン家はかねてからの批准を推し進めていた。きっと、ユウナの強い後押しもあったのだろう。
カガリの挙式…ユウナ・ロマ・セイランとのだ。キラ達はコレを未然に防ぐためにわざわざこんな事を…
「馬鹿だな…キラも。…俺も」
そんなキラの不器用な優しさが嬉しいと思った俺も…馬鹿だな。
情報を粗方整理し終える頃には、大気圏に突入し始めていた。
その表情は、年相応に穏やかであった。
☆
「認識番号285002、特務隊所属アスラン・ザラ。本日付けで、ミネルバで厄介になります。よろしくお願いいたします」
アスランは敬礼をしつつ、グラディスとアーサーに挨拶をする。二人は事前にデュランダルから聞いていたのだろう。特に驚いた様子はなかった。
「こちらこそよろしく、アスラン。貴方の様な優秀なパイロットがいれば、彼らの生存率も上がるでしょう」
モビルスーツパイロット達の事を言っているのだろう。彼らとも…以前カガリとこの艦で世話になった時に少しだけ話した。
黒髪の青年は…何かひどくイラついていたのを覚えている。
「全力を尽くします。しかし、私は『フェイス』としてこの艦にやってきました。故に、通常の指揮系統からは逸脱する時もあるかとは思いますが、何卒ご容赦いただきたい」
「勿論、そのバッヂの意味を理解していない程、馬鹿ではないわ」
「フェイス!!!『個人的戦績著しく、かつ人格的にも優れている』とプラント評議会並びに議長に認められた者に与えられる!その権限は、現場の指揮官すら凌駕するというあのー!」
「解説ありがとう、アーサー」
「グラディス艦長にも、とのことで。議長からバッヂを預かって参りました。正式な通達は、追って行われるそうです」
「私にもフェイスを…!一体何を考えていられるのかしらね、議長は…」
「ミネルバは、ユニウスセブン破壊に尽力しましたしね!流石は艦長です!!いやぁ、私も誉れ高いです!」
アーサーが自分のことの様に嬉しそうに話す反面、グラディスは複雑そうに白い羽を模したバッヂを受け取る。
(それに、貴方も。アスラン・ザラ)
口には出さない。沈黙は金だ。この青年は、文字通り普通ではない。怪しまれたり、敵に回すと面倒だ、と彼女は素直に思う。
彼は一体何をしようとしているのか。普通に考えて、二年間隠居していた人間がいきなり最前線に上がってくるなどあり得ないし、できない。しかし、それを可能にする能力と経験。そして…覚悟。
二十歳にも満たない彼に、形容し難い恐怖を覚える。彼にここまでさせる覚悟。その原動力の、矛先がどこへ向くのか。
愛嬌は一人前の、少し抜けた副官と、手綱を握れぬじゃじゃ馬。これらを側におく彼女は、誰にも気づかれぬ様にため息を漏らす。
自身が、損な役回りをさせられていることに気づきながら。
☆
「本日より、ミネルバに配属となった。アスラン・ザラだ。急で悪いが、モビルスーツのパイロットチームの隊長となった。
新参者だが、君たちに信頼される様に全力を尽くすよ」
突然やってきて、ふんぞりかえって偉そうにしている"自称"隊長が、彼の同期のパイロット達と挨拶を交わしている。皆々、突然生えてきた部隊長に困惑と驚きを隠せていない。それもそうだった。自分と艦の命運をを預ける部隊長が、こんなぽっと出の奴なのは困るだろう。
ミネルバの三人のパイロットのうち、赤毛の女性であるルナマリアと金髪の青年のレイは、それぞれ『ザクウォリーア』『ザクファントム』のパイロットだ。彼らのパーソナルカラーである、赤と白に彩られた機体が彼らの愛機だった。彼の頼れる同期。誇りの赤服。
二人は自己紹介を求められ、素直に応じていた。ルナマリアはアスランに少しばかり興味を示していた様だったが、レイは対照的に、彼に全くの興味を示していない様子だった。
もう一人のパイロットである黒髪の男。年齢は少年が青年になりかけている頃だろう。とりあえず、彼も右に倣えで挨拶はしておく事にした。正直に言って、こんな奴、信頼できるかと心の中で悪態をつきつつも。
「シン・アスカです…アンタ、一体何しに帰って来たんですか?」
「アンタ、じゃない。アスランだ。好きに呼べとは言いたいが、アンタ呼ばわりは気持ちが悪い」
アスランは、シンに握手を求めた。断れる雰囲気でもないので、受け入れる。しかし、その手が優男のそれではなく、歴戦の戦士のごつごつした、筋肉質な手であった。モビルスーツ乗りの手。指を大きく動かし、操縦桿やメーター、スイッチを操作する故に発達する、手指の伸筋・屈筋群。その厚みに、少しばかり驚く。
シンが呆然と、握った後の掌を見つめていると、アスランがまたしても突然、変な事を言い出した。
「何の為に帰ってきたか、それを教えてやってもいいが…
そうだ。ここに、モビルスーツシミュレータはあるかい?」
☆
『シン・アスカです。ただいま電話に出ることができませんー』
赤い、オモチャみたいな携帯電話を鳴らす。変声期を迎える前の、幼い少年の声。
暫くこの音声ファイルを再生することはなかったのに、最近は頻繁に再生する様になった。住み慣れた教会の部屋から出て。独りで与えられた部屋にいる時、特にこの声が聴きたくなった。
「お兄ちゃんみたいな優しい人が…戦争で悲しい思いをしない様に」
その願いを込めて武器を取るのだ。私にできることは、きっとそれくらいのことだったのだろう。
三人の運命は絡み合う。
それを介するは。
一人の、生き残ってしまった少女。
☆
後日談だが。
「コイツで俺よりスコアが取れる奴は、俺の指揮系統から外れることを許そう」
と、元民間人が大口を叩く。
「いいですよ!やってみてください!」
シンがそれにまんまと乗ってしまい。
「は…八百万点台…!初めてみた!」
二位以下のスコアは全て七百万点台。正確には七百二十万点ほど。その隣には、『S・A』の名前が。
別にアスランの指揮下に入る事に、特段文句はなかったルナマリアと、興味がそもそもなかったレイは置いといて。
アスランからすれば。指揮系統の乱れは戦地では即死亡に直結しうる為、手っ取り早く自分を認めてもらう為の策だったのだが…
「な…なにー!!」
ムキになり、シミュレータに取り組み始めるシン。アスランは、そんなシンを少しばかり微笑ましく見つめていた。
「せいぜい頑張れよ、シン。そうだ。超えることができたら、なぜ俺が戻ってきたか教えてやろう」
アスランがシンの肩にポンと手を乗せ、シミュレーション室を去っていく。アスランからしたら、心の底からシンを応援をしているつもりなのだが、全くの逆効果である事に彼は気づいていない。
まあ、そんな心の機微がわかれば、アスランはアスランではないのかもしれないが。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
感想、評価ありがとうございます!今後の励みになります。
感想はすべて読ませていただいております。
初めて種運命を視聴した当時から、キラとアスランはもっと密に連絡を取り合えよ、と思っていたのでこういう風に表現する機会があってなんだか面白いです。
話のテンポが遅いでしょうか?
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丁度いい
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遅いと思う
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速いと思う