機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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おだやかな日に

 

 アークエンジェルは、現在スカンジナビア王国に逗留中。

 スカンジナビア王国は、連邦から独立し、中立を謳う国の一つである。ユーラシア西に位置するこの国は、連邦政府には賛同せず、未だに独自の政権を貫いている。ユニウスセブン事件からの地球連邦の強引な開戦に反発して、こういった独立を訴える小国が、世界各地で散在し始めていた。

 連邦に加盟していないが故に、下手に手を出すことはできず、アークエンジェルの潜伏先としては理にかなっている場所だった。

 

 アークエンジェルの司令室にてキラとマリューの二人が会話を続ける。

 

「とりあえず。ここまで来られれば、ひと安心よね」

 

「そうですね…何せ、急に出てきてしまいましたから…」

 

 二人で、地図と資料を照らし合わせて相談する。各所にいる、クライン派やバルトフェルドの部下とも密に連絡を取り合いつつ、今後の計画を練ることに余念はない。

 

「今は下手には動けないわね」

 

「はい。情報が圧倒的に不足しています。元々の計画も、大分前倒しになってしまいました」

 

「とりあえず、暫くはここに滞在することをクルーの皆に通達するわね」

 

 お願いします、とキラは司令室を後にする。

 半分追い出されるようにオーブから出航した手前、彼らの完全な準備はできていない。今は、まだ、雌伏の時であった。

 

 

 マリューからの艦内放送。端的に言えば暫くは移動がない為、各々準備をしつつ、まあ気楽に過ごせという旨だった。

 

「ふーん。じゃあ、結構暇なんだ」

 

 与えられた部屋で独り言ちる。このまま、何もせずに過ごすというのも癪だ。限りある時間を有効に使うというのも大切だろう、ということでとりあえず自室から出て艦内を回ってみる事にする。

 

 初めて乗る戦艦…それも宇宙艦だ。艦内は無骨で、機械が剥き出しなところも多い。ところどころに配線コードが散見され、無機質さを演出している。小説にある様な怪し気な研究所もこんな感じの意匠なのかもしれない。

 

 艦内を周遊する。クルーの自室、食堂、館長たち、偉い人用の部屋…サッと見て周り、何となくの概要を掴む。

 ふと、小さな扉を見つける。鍵は開いており、とりあえずは入ってみる。扉の向こうは展望デッキというのだろうか。停泊中のアークエンジェルの、デッキの外に出て、スカンジナビアの景色を一望できた。

 

「すごい…」

 

 北欧。豪雪の山々。極寒の大地。今、北半球は真冬の季節だった。

 フィヨルドは、氷河の侵食作用によって形成された複雑な地形の湾や入り江のことだ。全長は十キロを優に超える長さの峡江に、その身を隠しつつ、アークエンジェルは停泊していた。

 

 オーブの様な、オセアニア気候とは真逆の気候。

 刺す様な寒気は、全ての生命活動を停止させるようだ。山に美しい陰影をつける雪は、その存在自体が奇跡のように白い。強い風により瞼を開くことすらままならない。夕陽だけが、私に微かに暖を与えてくれるが、もうじき失われるだろう。

 

 これが地球。これが自然。これが…世界。

 いつも以上に冷たく感じる両腕で、身体を抱きしめ暖を逃さない様にする。歯が震え出した。身体も勝手に震え出す。熱が不足しているのだろう。

 

 実感する。自分という存在が、ちっぽけで。世界から見たら、路傍の石ころ位の、何者でもないことを…

 

 そんなことを考える。今まで、オーブ以外の国を知らなかった。海外旅行なども、行った事がなかった。

 北オセアニアに位置するオーブは、一年かけて基本的に暑い。雨季乾季で天候に差はあれど、赤道にかなり近いからだ。

 故に、ここまで気候が異なる場所に来ることになり、カルチャーショックを強く受ける。

 初めてかもしれない。あの日、生き残ってしまった私が。

 

 こんなにも、感動しているのは…

 

 それほどまでに、美しく、雄大な自然に圧倒されていた。

 

 

 流石に寒くなりすぎた為、大慌てで艦内に戻る。普段から冷たい指先はより一層冷たく、感覚は全くといっていいほどになかった。

 

 少し身体を暖めるために、艦内を再び歩くことにする。何となく避けてしまっていたモビルスーツ格納庫以外は大体回ってしまった気がしたので、ようやく、最後のこの場所に辿り着いた。

 

 格納庫には麻黒い肌の、筋肉質の男性…確か、マードックというヒトが、大声で整備班に指示を出しているところだ。

 私も、モルゲンレーテで技術班をしていた頃は、ああやってシモンズにどやされていたのを思い出す。

 何となくぼうっと眺めていると、見知った顔であるキラと偶々遭遇した。

 

「やあ、マユ。一体どうしたの?こんな所で」

 

「手持ち無沙汰で暇だったから色々見て回ってたの」

 

 特にやる事がありここに足を運んだわけではなかった。別に、他にやるべき事があるというわけでもないのだが。

 アークエンジェルのことを何も知らない私は、整備について特に関われることはない。返って邪魔になるだけだろう。

 

「うーん。アークエンジェルは、暫くの間動かないだろうからね。上陸もあまりできないだろうし…そうだ。時間があれば、これをやってみたらどうかな?」

 

 モビルスーツドックの端にに鎮座するグレーの筐体。操縦桿を模したシートと、周囲にはモニターがたくさんある。

 まるで、モビルスーツや戦闘機のコックピットの様だった。

 

「マユは『ストライク』に乗るんだし。アークエンジェルには、パイロット用の戦闘シミュレータが用意されてるんだ。

 コレは…前の大戦の『ストライク』のパイロットの戦闘データを基に作られたシミュレータだから、結構実践的だと思うよ」

 

 マユがモルゲンレーテで使っていたモノに、少し似ている。コックピットを模した席に向かうと、案の定というかなんというか、四肢に繋ぐであろう操縦桿があった。

 

(絶対コレ、モルゲンレーテ製だ…)

 

 モルゲンレーテ社の準備が全て手際良く行われている事に、少し恐ろしくなる。

 …まるで、機を見て、何か大きな事を起こそうと準備していたような。考えるだけで末恐ろしくなる。

 

「ストライクを運用する上で、色々勉強になると思うんだ。よかったら、やってみる?

 ああ、勘違いしてほしくないのは…マユに、戦えって言いたいわけじゃないんだ。ただ…」

 

「わかってる。私も…何かしたい時、何かできる力があった方がきっと幸せだと思うから」

 

 キラは同意するように頷く。

 彼はあくまで、私が決めることだというスタンスを崩すことはない。

 戦うこと。守ること。生きること…

 

 それはある意味では優しく、ある意味では厳しい言葉だ。

 自分の行動の責任は自分で取る必要があると、暗に彼に言われているようだった。でも、間違った選択をしてしまっても、彼はたくさんフォローしてくれる人だ。だから、やっぱり優しいのだ。

 

「わかった。とりあえずやってみるね」

 

「じゃあ、早速始めよっか…

 ステージ1『アーマーシュナイダーで敵モビルスーツを倒せ!』から始めよう」

 

「…ちょっと待って」

 

 前途は多難。彼女の終わらない特訓が始まる…

 

 

「インド洋での、カーペンタリア基地との戦い。それに、ガラナハンのローエングリンについても。どちらも、見事だったなシン」

 

「別に。アンタ…じゃなくて。アスランに褒めてもらいたくてやってるんじゃないですよ。

 でも、誉め言葉は素直に受け取っておきます」

 

 ミネルバのデッキで、夕陽を見ながら独りで佇んでいたシンに、アスランがそう話しかける。他の建物より背が高いミネルヴァから見る街の景色は、夕陽に彩られているのも相まって、とても美しかった。

 

 未だにアスランのシミュレータスコアを上回れていないシンは、大人しくザラ隊の一人として任務を全うしている。任務中も口では少々嚙みつく時もあるが、基本的にアスランの指示には従っていた。

 

 アスランも、シンを頼りになるエースとして運用をしている。また彼自身も第二のエースとして活躍し、無難な立ち回りを演じていた。

 ザラ隊の四人は攻撃力、連携、安定感など、総合力において三人のころに比べて各段にレベルアップしていた。

 シンは多くの戦場で経験を積み重ね、着実に成長していた。

 

「街や人的被害を最小限に抑えつつ、横暴な活動を続ける地球軍を追い払う…

 なんだか、ヒーローにでもなったみたいですね、俺たち」

 

 シンが、陽電子砲台ローエングリンゲートの恐怖から解放された市民たちを見て、嬉しそうにそう語る。純粋な瞳だ。

 …世界を正しく導けている様な錯覚。

 

「戦争は、ヒーローごっこなんかじゃないのにな…なんでだろう。俺たちは、こうやってもてはやされてしまうな」

 

 アスランは独りでこの状況を憂う。

 市民の笑顔や涙を、素直に直視することができない。

 それも仕方がない。市民の笑顔の傍ら…裏路地では、今まで幅を利かせていた連邦兵士達がこぞって縄で縛られ、市民の手により集団リンチを受けている。…果てには市民に銃殺されている者もいた。

 

 今まで行ってきた業のことを鑑みたら、報いは当然なのかもしれない。しかし、それを仕方ないモノだと素直に受け入れられるならば、彼は戦場に帰って来てはいないだろう。

 

 カーペンタリア基地…インド洋での戦いもそうだった。民間人は連邦政府により、ほとんど奴隷の様な労働を課せられていた。結果として、シンやアスランはインド洋基地を壊滅させて民間人を解放した。

 アスランは、指揮下に入っていたシン含めた全員に、敵が降伏した後に戦闘行為の一切を禁じた。いたずらに戦う行為は殺戮と同義だと、特にシンを説得したからだ。

 故に、投降した地球軍人は全員捕虜としてある。彼らに話を聞くと、上層部の方針に、地球軍兵士全員が賛同していたわけではないだろうということは容易に想像できた。

 

 結局のところ、みんなが皆、板挟みなのだ。

 自分のしたいこと、すべきこと、されたこと…いろいろなことに、雁字搦めにされ、抜け出せなくなっている。

 

「いいじゃないですか!喜んでるんだから…!

 それに、この人たちは今、絶対に救われたんです!それは、間違い無くて…」

 

 シンが強く反発する。彼も…戦争で家族を喪ったと聞いていた。故に、こういう『理不尽』が、許せないのだろう。

 その気持ちは、痛いほどにわかる。

 

 しかし、だからこそ。

 敵を許さず、理不尽を許さず。

 …果てには友人と本気で殺し合ったアスランだからこそ、シンには正しく力を使って欲しいと思った。

 

 …昔の自分に、少し似ている気がしたから。

 こんなことを言うと、シンはきっと怒るだろうから、彼は余計なことは言わなかった。

 

 シンの力は本物だった。彼は強い。

 故に…その力は、多くのモノを救えるだろうし、扱いを違えば多くのモノを傷つけるだろう。

 

「こんなことは…局所的な火消し…所詮、姑息的な手段に過ぎない。

 争いの種に対する、抜本的な解決にはなっていないんだ。

 この戦闘で亡くなった地球軍の者にも当然家族がいる。大切な人がいる。だから…死んでいい命なんて、本当は無いはずなんだ…

 もちろん、俺たちの今の戦いで救われる人も沢山いる。それは否定しない。でも、やっぱり俺たちは…」

 

 『何と、どう戦うべきなんだろう…』

 

 彼は戦場に出るたび、その言葉を思い出す。二年前、友人に投げかけた言葉。一緒に考えよう、と共に誓った言葉。

 あれ以来、ずっと考え続けている。しかし、答えはまだ見つからない。死ぬまで、見つからないのかもしれない。

 

 戦場で英雄となるには彼は優しすぎた。かといって、死んで楽になるには…あまりにも強すぎた。

 その矛盾が、彼を苦しい現実に縛り続けている。

 

「俺たちは?」

 

「いいや、何でもない。疲れただろ?今はゆっくり休めよ、シン」

 

 シンの肩にポンと手を置き、去っていくアスラン。なんだか、子ども扱いされているみたいで嫌だったけれど…

 でも、アスランに認めてもらえてるみたいで、それがなんだか少しだけ嬉しくて。そんな自分を認めることもできなくて。

 だから、シンは複雑な気分だった。

 

「なんだよー!もう!」

 

 そう叫び、シンはシミュレータ室へ向かった。今日こそ、アスランの記録を上回るために。

 

 

「シン・アスカか」

 

 アスランは独り、与えられたミネルバの自室で呟く。

 彼女と同じ、アスカという名前・・・同じく、オーブで被災したという二人。

 偶然の一致なのだろうか・・・

 

「『ザラ』くらい、珍しいファミリーネームだったら簡単だったんだが」

 

 そう自嘲する。『アスカ』など、オーブでは普遍的な名前の一つだろう。そもそも、アスカ地区という場所すら存在しているのだ。その場所に先祖の縁があれば、アスカ姓になることも珍しくはないはずだ。

 

 それに・・・もし違っていた時。シンにとって、触れられたくないであろうトラウマを掘り起こすことになりかねない。

 それに、シンはかつて言っていた。

 

『オーブで・・・俺の家族は!アスハに殺されたんだ!』

 

 だから…きっと、本当に死んだのだろう。そんな悲しい過去を彼に思い起こさせたくはなかった。

 アスランにとっては…ユニウスセブンの話をいたずらにされる程に、心が痛くなる事なのだろう。

 誰にでも触れられたくない大切なことくらいある。

 それくらい、アスランは知っていた。

 

 折角、良好な関係を築けているのに。いや、良好だからこそ、このぬるま湯に浸かっていたくなる。

 

「マユに…兄の写真でも貰ってこればよかったな・・・」

 

 後悔しても時は戻らない。それに、マユのトラウマをいたずらに刺激するのも、正直避けるべきだろうから、やはり写真は貰えなかっただろう。

 

「ルナマリアやレイに、それとなく訊いてみるか・・・?」

 

 うんうんと唸る。もし兄妹なら、二人は会うべきだと思う。家族がもう一人も生きていないアスランにとって、家族の存在というのは特別な存在だと思う。

 しかし、赤髪の少女は何を考えているのかイマイチわからないほどに話しかけてくるし、金髪の青年はアスランと必要最低限の会話しかしない。シンを含む三人で、アスラン的に一番気が置けない仲なのが、実はシンなのであった。

 それも、シンは怒るだろうから言わないが。

 

「下手な事を言って、シンを傷つけたくはない、か。

 難しいな…人間関係は…」

 

 独りベッドに横になり、腕を枕にして考える。

 やはり、アスランは人付き合いが苦手であった。

 

 

 デュランダルから密命を受け、アスランの部屋には盗聴器を仕掛けてある。アスランがミネルヴァに合流する前に、施工は完璧に完了した。

 彼の入るであろう部屋なら、ある程度予想はついたし、工事も簡単だった。

 その仕事は完璧だった。決して、バレることはないだろう。

 アスランの口から出る情報を、少しも漏らさずにデュランダルに伝える義務があった。

 

『マユに…兄の写真でも…』

 

「!」

 

 遂に見つけた。思わず息を呑む。シンから聞いた事がある名前。デュランダルが発していた名前。アスランの口からも、同じ名が…

 マユという少女は、一体何者なのだろうか。

デュランダルに目をつけられ、アスランの口から出て来て、シンの妹と同じ名前…

 そんな好奇心が少しだけ沸いたが、それは猫をも殺す猛毒だ。

 自身の内から生じた感情に蓋をし、速やかにデュランダルへの報告書を作成し静かに送信した。

 

 

 独り自室で、ピンク色の携帯電話を開いたり閉じたりして物思いに耽る。

 アスランに言われたことを考える。

 正義とは。大義とは。力とは一体何なのだろう?

 

 難しい。余計な思考を飛ばすことで今までなんとか正気を保ってきたのに。思考は彼を混乱させる。辛い気分にさせる。

 

 初めて会った時から、少しだけ、いけすかない奴とは思っていた。偽名を名乗り、アスハの護衛をして、結局彼は何もしていない。口だけの男だと思った。

 

 そんな奴が自分の上司としてやってきた。なんだコイツ、と思ったけれど、実力は本物で指揮能力も高い。

 悔しいが今の自分では、到底太刀打ちはできないだろう。

 

「あそこの人達は救われていた。なのに、なんで…」

 

 彼は、あんなに辛そうなのだろうか。

 よくわからない。でも、わからない事が、なんだか気持ち悪くて。

 いっぱいいっぱいになったけど、沢山考えたいと思った。

 

 自室の扉が開く。不在の同室人が、帰ってきた。

 

 

 遅くなってしまった。同室人は、もう寝ているかもしれない。そう思いながら音を立てずに部屋に入るが、シンまだ眠っていなかった。

 

「シン…まだ寝ていなかったのか」

 

「レイ、遅かったな」

 

 シンは、ピンクの携帯電話をパカパカと弄びながらこちらを見ずにそう返事する。

 視線を手に持っていた端末に一瞬向けてしまう。彼がピンクの古い端末を弄るときは、決まって思い詰めている時だった。

 長い付き合いだったが、実はあまり、自分のことを語りあわないのが、シンとレイの関係だった。お互い、不用意には踏み込まないからこそ、仲良くなれたともいう。

 

「シン…」

 

 シンはいつもの様子とは違った。少し落ち着いた、ともすれば元気のない友人の姿だった。また、何か考えているのだろう。

 

「なんだよ?」

 

 シンは、相変わらずコチラを一瞥もしない。ただ、ピンクの携帯電話を開いては閉じ、開いては閉じている。心ここに在らずとは、この事だった。

 

「アスランに、何か言われたのか?」

 

「うん…」

 

「アスランも、きっと多くの経験をしてきたのだろう。楽しいことや、苦しいこと。それに、辛いこと…だからこそ、言えることもある」

 

 シンは大切な友人だった。だから…困っているなら助けたいと思った。

 

「だから…シン。過去には、無理に向き合う必要はない。でも、いつか…自分の為に、向き合ってやれ」

 

 いつか。そう語り、彼は布団に潜り込んだ。

 

 何を言っているのだと言いたげに、漸くコチラにしっかりと目を向けるシン。思ったよりも元気がありそうで、少しだけ安心した。

 

「なんだよ…急にさ」

 

「何でもない。明日も早い、電気を消そう」

 

 二人は以降、何も会話をしなかった。

 だから、レイの言葉はずっとシンの頭に響き続けた。

 

 

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