機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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戦闘の描写は難しいです。
工夫したものを考えるのも、それを表現するのもかなり困難です。



残る命

 

 エーゲ海は、ギリシャに面する海だ。複雑に入り組んだ湾には、容易にモビルスーツや戦艦を隠すことができる。

 その中の一つ、小さな島と湾に潜伏するのは地球軍艦。そのブリッジ内では、『ファントムペイン』とその司令官であるネオ・ロアノークが戦いの時を今か今かと待ち侘びる。

 

「しかし…上手くいくのでしょうか?オーブ軍のお飾り参謀の拵えた作戦など…」

 

 彼の副官が少しばかり自信がなさそうにネオに語りかける。この艦にはネオを除いてミネルバがクレタ島の北側ルートを通る情報を知らないため、その不安は当然と言えば当然である。

 

「そんなの今更言っても仕方ないだろ?

 それに…最近ウチはいいとこ無しだからな。こう不幸続きだと、次こそはうまくいく気がしないか?」

 

「私は…あまりそういった迷信染みたモノは信じられなくて…

 『アビス』の修繕は完了しておりますが、前回は敗北…

 しまいには、『ガイア』の脱走を許してしまいましたから」

 

 実際にあった事とはいえ…こうやって嫌な事を並べられると、ファントムペインは何か憑かれているのではとネオは思う。

 一度、お祓いにでも行った方がいいのではないだろうか。

 

「まあ、大丈夫さ。なんたって次は…俺も出る」

 

 仮面の男は不敵に笑う。

 しかし、余裕そうな態度を崩さない彼も…実はかなり追い詰められている。次こそは、完膚なきまでにあの艦を叩き潰すと決めていた。

 

 

 艦内に第一次戦闘配備の案内が流れる。想定された交戦地域には、まだ至っていないはず。恐らくは…この艦は奇襲を受けたのだ。

 艦内が大きく揺れる中、地を這うようにできるだけ早く更衣室でパイロットスーツに着替え、中央カタパルトに繋がるエレベーターに向かう。エレベーター内は独りだ。外の喧騒に比べたらやけに静かに上昇するなと思う。

 狭く、静かな密室の中では、否応なく自身と向き合うことになる。自分の守りたいもの…すべき事。先程アスランに言われた言葉。

 それらが頭の中を、ビリヤードのブレイクショットさながらに乱反射しては消えていく。頭の中は…色々な思考でぐちゃぐちゃだった。

 エレベーターが止まり、走って中央カタパルトに鎮座する戦闘機に飛び乗る。

 彼の愛機『コアスプレンダー』は、万全の準備がされていた。今か今かと飛び立つその時を待っている。

 

 無言で出撃準備を行なっていると、同期であり友人でもある男からの通信が入る。

 

『シン。大丈夫か?』

 

「大丈夫だよ…お前も気をつけろよ、レイ」

 

 淡白なやり取りだけをして、一方的にこちらから通信を切った。何が大丈夫で、何が大丈夫ではないのか。それすらもわからない。

 

《『コアスプレンダー』、発進どうぞ!》

 

「シン・アスカ!『コアスプレンダー』、行きます!」

 

 シンは戦場へ駆ける。逃げるように。戦っている時が、彼にとっては一番…何も考えずに済むのだ。

 

 

 穏やかで観光地にもなっている地中海のクレタ沖。そこはある日突然に、唐突に。酷い戦場へと豹変した。

 青く澄んだ空はモビルスーツと戦闘機、ミサイルによって侵される。

 美しい海には屈強な戦艦がこれでもかと並び、落下する兵器と死体によって穢され続ける。

 

 戦艦『ミネルバ』の正面にはオーブ軍、側面と後方からは地球軍が攻め入る。まるでこちらの航路を完全に読み切っていたような完璧な戦闘配置である。

 その網にまんまと入り込んでしまった『ミネルバ』は完全に包囲されてしまった。

 誤用ではあるが、例えるならば前門の虎後門の狼といった具合か。

 まさに必死の布陣。『ミネルバ』はクレタ沖にて、不沈艦としての生涯を終えようとしていた。

 

 

「くっそぉー!」

 

 シンは『インパルス』に乗り、ミネルバの鼻先を守る。前方にはオーブ軍艦隊とモビルスーツ軍。ざっと数えても二十はある戦艦と、その何倍もいる『ムラサメ』に、たった独りで向かい合う。

 

 レイとルナマリアの『ザク』隊は、後方及び側面の守備についている。『セイバー』が戦えない今、正面はシンの腕唯一つに託された。

 

 しかし、流石に多勢に無勢だ。いくらシンがザフト軍の誇るスーパーエースであるとはいえ、個人の力が覆せる戦況というものにも限界がある。ここまで状況が悪い戦場はシンも初めてであり、否応にも焦りが勝る。

 しかも…敵はオーブ軍モビルスーツ『ムラサメ』部隊。その連携はこれまで戦ってきたどのモビルスーツ舞台よりも洗練されており、崩すのは容易ではない。一機落とすのに、エネルギーと集中力のリソースをかなり割かれてしまう。

 これを何度も何度も続けていくと…いずれは綻びが出るだろう。

 

 しかも…オーブ軍と戦うということは、シンにとって強烈なストレスとなっていた。強大すぎる敵そのものと、故郷と戦うという二つの要素がダブルパンチでシンに襲いかかる。

 

「このままじゃ…負ける!」

 

 シンは探す。戦況を覆す突破口を。

 血眼になって探し続けていた。しかし、時間が経過するにつれ…あるはずのそれは、じわりじわりと小さくなっていた。

 

 

「挟撃されている!完全に航路が読まれてるんだ!」

 

 『ミネルバ』ブリッジ内。副官であるアーサーは煩く騒ぎ立てる。彼は基本的には優秀で人当たりも良い。副官としては完璧な男だが、こうすぐに慌てるところが、彼を万年副官たらしめているのだろう、と艦長であるグラディスは思う。

 

 しかし…口には決して出さないが、グラディスも全く同じ感想で、同じ焦りを覚えている。完璧にこちらの航路と目的地を読み切らないと、ここまで迅速に包囲網が完成することはないだろう。

 

 一体どこから情報が?などという現在直面する必死の状況を覆さねば意味のない思考を振り切り、指示を出し続ける。

 

「左舷被弾!ダメージ甚大です!」

 

「ダメージコントロール急げ!消火も迅速に!」

 

 アスランが出撃できない今のミネルバに、艦から離れて遊撃が出来る駒はシンしかいない。ルナマリアとレイは艦の上に立ち、懸命に援護射撃を続けているが、それだけでは結局、敵を近づけないことはできても敵を倒し切ることは難しい。

 

 敵の絶対数を減らすことができるのは、やはりシンしかいない。

 しかし、シンは明らかに本調子ではなさそうだ。

 予測にしかならないが…これまでのストレスや睡眠、栄養不足が祟っているのだろう。艦長としてクルーの健康管理を怠ったツケをこのような形で払う事になるとは、とグラディスは舌を打つ。

 

 チラリと横目で、ブリッジクルーの一人として懸命に指示を出し続けるアスランを見る。彼も焦りが見られる。

 全員口には出さないが、心の奥底で気づいていた。このままでは…『ミネルバ』は沈む。

 

「艦長」

 

 アスランが突然立ち上がり、頭上に座るグラディスに目を向ける。彼の言いたいことは、すぐにグラディスにも理解できた。いや、この場にいる全員が…心の中ではその言葉を待っていたのだろう。

 

「俺に…出撃させてください」

 

 その発言に騒つくクルーたち。無理もない。彼の駆る『セイバー』は、現在絶賛修繕中。何とか形だけは戻っているが、その中身が十全とは言い難いだろう。その発言に対し、アーサーは慌てて止めようとする。

 

「しかし、『セイバー』はまだ修理が完了していない…!危険すぎます!」

 

「…このままでは、ミネルバは沈みます。俺が…俺が出ます」

 

 誰もが言えなかった事実を全員に突きつける。アスラン以外のクルーは、その重た過ぎる事実に顔を顰めている。

 誰も彼も、自分が本当に死ぬとは思ってはいないのだ。死とはそれだけ、身近ではないものである。

 しかし、彼は自らの意思でその死地に飛び込まんとしている。その覚悟と精神力。それらがアスランには全て整っていた。

 

 しかし、唯一不足していたのは力。彼の力を発揮させることができるモビルスーツが、今のミネルバにはない。

 

「…いいわ。そもそも『フェイス』である貴方に、私達が命令する権限はないもの」

 

「ありがとうございます」

 

 アスランは敬礼をした後、走ってブリッジを出る。

 何かが変わる。戦況が上向く。

 そんな希望的観測を…彼はさせるのだ。

 

 

 アークエンジェルブリッジ内。白い天使は期せずして地球軍と同じくギリシャ湾の小さい孤島に身を隠していた。

 

「このままじゃ…アスランさんが…!」

 

 ミネルバは必死の状況。完全に包囲されたかの戦艦は、じわりじわりと首を絞められ続けている。あと数刻もすれば…その縄はミネルバの首を締め上げる。

 

「ここで、アスランを喪う訳にはいかない。オーブ軍と地球軍を止めましょう!」

 

 キラがモニターを見つつ、険しい顔を湛えて静かに決意を固める。

 彼がここから戦うは、オーブ軍と地球軍。その二つにずっと関わってきた彼にとっては…重い決断になるだろう。

 

「…では!アークエンジェル発進準備!」

 

 マリューの鶴の一声で白い戦艦は活動を始める。いつでも戦況に入り込めるように準備はされていたので、後十五分もすればこの艦は空を駆ける天使となるだろう。

 

「私も…でます!」

 

 マユが、静かに。それでいて強い瞳で、キラとマリューに語りかける。その顔貌は…今まで見てきた彼女とは違う。強い意志を感じた。

 

「私が今、できること…やりたい!」

 

 キラとマリュー、それにアークエンジェルブリッジ内クルー全員がその言葉に強く頷いた。

 

 

 ミネルバのモビルスーツ格納庫まで走った。そこまでの経過は何も覚えていない。何も考えず、パイロットスーツを着た。何も考えず、ただ走ってここまで来たのだった。

 

 ミネルバに新たに配属された整備兵から、簡単な説明を受ける。現在何ができて、何ができないのか。説明を受けながら、アスランは使用可能な武装を頭の中でピックアップしていく。

 

「しかしザラ隊長!修理も途中だし、テストもまだできてません!

 何が起きても責任は取れませんよ!」

 

「構わない!ありがとう。発進準備が出来次第すぐに出る!」

 

 モビルスーツコックピット内に乗り込む。まだ電源が作動しておらず、狭く、薄暗い空間だ。じっと、この戦場について整理する。最前線で戦っていたモビルスーツ部隊よりも、ブリッジで見ていたアスランの方が、戦場を俯瞰できていた。

 

 じっと考える。冷や汗が止まらない。心拍が速くなっているのを感じる。手が少しばかり、震えているかもしれない。

 

 電源が入り、モニターが明るくなる。メインカメラからの映像が、モニターに映し出される。あらゆるメーターが作動する。明るくなったことで、コックピット内がひしゃげているのに気づいた。そういえば、強い水圧を受けたのだったな、と今更ながらに思い出す。

 

 モニターが付いてすぐ、グラディスからの通信が入る。彼女は基本的にアスランに戦場は一任しているため、こういった個人通信は珍しいことだ。

 

『アスラン…私から言えることは一つだけ。

 必ず全員で生きて戻ってきなさい!』

 

 それだけ言われ、一方的に通信を切られる。後ろでは、アーサーが両拳を突き上げ険しい顔で同意していた。

 彼らの優しさに、少しだけ緊張と不安がとれる。

 そうだ。守るべきもの、するべきことを再確認できた。

 こういった小さいことだけで…救われることがある。

 

「アスラン・ザラ!『セイバー』発進する!」

 

 彼は自ら戦場に舞い戻る。それは運命か、宿命か。

 

 

 あの時…デュランダルにシンと強化兵士について報告した時。

 議長から言われた事を思い出す。

 

『タリア。一つ、頼み事があるのだが』

 

「…何でしょうか?」

 

『もし…アスランが出撃したいと言ってきたら、許可してやってくれないか?

 彼もを一人の戦士だ。戦うべきと彼が思ったのなら…背中を押してあげて欲しい』

 

(ギル…貴方は一体、何をしようとしているの…)

 

 

『シン!、ルナマリア!レイ!』

 

 よく知る声が戦場に届く。彼らの隊長にして…もう一人のエースである『セイバー』が、戦場に帰ってきた。それにモビルスーツ部隊が気付く。

 

「アスラン!『セイバー』は修理中のハズじゃ…!」

 

『今はそんな事に構っている時間はない!作戦を伝える!』

 

 アスランの提示した作戦は至ってシンプルだ。

 完全に包囲された今、退くことも、避ける事ももうできない。それならば…正面突破する以外に方法はない。

 つまり、鼻先のオーブ軍を突破し、包囲を抜けて逃げ切るという事。

 

『無茶なことを言っているのは百も承知だが…俺とシンで、ミネルバの正面をこじ開ける!レイとルナマリアは、変わらず側面と後方の敵を叩け!』

 

『了解。左舷側は俺がなんとかします』

 

『…わかりました!でも、やれるかわかりませんよ!』

 

 レイは相変わらず冷静だ。その氷のような冷徹さが、こんな不利な状況でも変わらないことに、シンは素直に舌を巻く。

 

 打って変わってルナマリアは珍しく弱音を吐く。空中を埋め尽くさんとするモビルスーツ群を相手にしているのだ。それも仕方がないだろう。

 

『やるしかない!…それにシン。後から、ゆっくりと話したいことがある。だから…全員死ぬなよ』

 

 そう言われて通信は切れる。『セイバー』は、縦横無尽にオーブ軍に突き進む。修理中の機体とは思えないほどの活躍だ。

 

 シンは、そんな完全ではない機体を使っている男に負けていられる程軟弱ではない。俄然開けたような気がした視野で動く、モビルスーツに接近し、ビームサーベル一手で叩き切る。

 

「やってやる!やってやるさ!」

 

 

 地球軍艦ブリッジ内。作戦司令官であるネオ・ロアノークは戦況が少しばかり動いた事に気づく。

 

「赤いのが出て来てから、ミネルバが少しばかり元気になったな…

 黒海の時は最初からいた奴だが…

 何で遅れて出てきたのか…その秘密が必ずある。俺も出るぞ!」

 

 ネオは副官に指揮を任せ、パイロットスーツに着替える。

 彼も彼の愛機も…久々の出撃に、少しばかり興奮しているように感じた。『ジェットストライカー』を背負う彼の機体が自由に空を舞うだろうことは、想像に難くはない。

 愛機である赤紫のパーソナルカラーに塗装されたモビルスーツ『ウィンダム』に乗り込む。

 

「ネオ・ロアノークだ。『ウインダム』出るぞ!」

 

 黒い仮面を見に纏い、戦場に駆ける。

 目指すは赤色の機体。恐らくは…敵の要。

 

 

 ミネルバの前方をシンと共に駆けるアスラン。シンが単騎で戦っている時よりはマシな状況にはなっているが、依然として旗色はかなり悪い。

 しかし、アスランの提示した方針にミネルバクルーが一丸となったお陰もあり、先程までよりは抗えるようになっていた。

 突如、敵の布陣が少しばかり変化した。それを、最前線に立つアスランは肌で感じ、ミネルバブリッジがら戦況を俯瞰するグラディスも勘づく。

 

「敵が配置を変えて来ている!恐らくは…」

 

『ヤツらが来るわ!』

 

 グラディスから、緊急コールがかかる。やつらとは・・・

 

「地球軍の…アイツらか!」

 

 敵軍のエース。ファントムペインの二機。『ガイア』は既にいないことは確定しているが、残りの二機が確実にこちらに迫り来る。

 

 そして予想通り、空からは『カオス』、水中からは『アビス』がその姿を現す。

 そして…更にもう一機。一際目を引く、赤紫に彩られた『ウインダム』。恐らくはアレが…敵の指揮官機。

 

「『ウインダム』は俺がやる!シンは残りの二機を!」

 

 想定にない敵は、アスランが自分で対応する事に決めた。

 データのない機体。これをシンに相手せるのは、アスランにとっては気が引けた。

 また、シンの強みは『インパルス』のスピードと、各シルエットによる対応力。いざとなれば、シンは空中・水中の両方のフィールドで、敵機体と対等以上に戦うことができる。

 それに現在の『セイバー』は満足に飛行することは難しい。二機の相手を同時にするのが難しいということもあった。

 そういった事を瞬時に加味して、アスランは未知の『ウインダム』を相手する事に決めたのである。

 

「グゥ!速い!」

 

 新たな機体『ウインダム』の猛スピード。ただの量産機ではないとは思っていたが…このスピードに耐えられるナチュラルがいることに、アスランは驚愕を隠せない。

 

 『ウインダム』は、ユニウス条約締結後から開発がスタートされた、ダガー系モビルスーツの後継機だ。

 実は…ネオの機体はジェットストライカーのリミッターを解除したのみで、『ウインダム』そのものの機体スペック自体は、量産機との差は全くない。

 

『コイツ!できる!』

 

 ネオも、『セイバー』のパイロットの技術の高さに舌を巻く。彼が一対一で交戦し、ここまで生き残ったモビルスーツ兵士はこれまで経験したことがない。

 戦場で少しばかり昂り始めたネオは、より『ウインダム』のスラスターを加速させる。

 

『だったら、このスピードについて来れるかな!?』

 

「まだ速くなった!」

 

 アスランは、空を縦横無尽に駆け回る『ウインダム』に、徐々に追い詰められる。ビームライフルを適宜織り交ぜ、近づけばビームサーベルでのせめぎ合い。この緩急の付け方が、歴戦の猛者であると感じさせた。

 アスランは相手のスピードに対抗するため、更に自機のスラスターを吹かせざるを得ない。でなければ、完全に相手への攻撃手段がないのだ。

しかし…突如、『セイバー』のモニターから強いアラームが鳴り響く。

 

「何!」

 

 十全に整備されていなかった『セイバー』だ。最大までスラスターを吹かせた際に、少しトルクが狂ったのか。機体バランス制御が効きにくくなる。一瞬だけ生じる隙。防御も回避もできないその一時。

 

『おやおや…そんな機体で、ノコノコ戦場に来てはいけないなあ!』

 

 ネオは歴戦の戦士。アスランの一瞬の隙を決して逃さない。中距離から確実にコックピットを貫けるようビームライフルを構え、即座に指をかける。『セイバー』はまだ制御が効かない。指が絞められるーー

 

「まずい!防御がーー!」

 

 直後ーー。『ウインダム』の持つビームライフルが、何者かのビームにより貫かれる。ライフルは無惨にも爆発し『ウインダム』は一度後退せざるを得ない。

 

『何だ!』

 

 そこに降り立つ一つの剣。そして、『セイバー』を庇うように前に立つ。彼にとっては知った姿。しかし、その背中は…もしかすれば初めて見るかもしれなかった。

 

「ストライク…!」

 

『おいおい、マジかよ…!』

 

 少しため息をつきながら、ネオは悪態をつく。

 戦場に新たな不測事態が生じた。しかも今度は…明確にこちらを敵視している。

 ネオはまたしても自身に振り返る不幸を、心の中で呪う。

 

 

 『ミネルバ』ブリッジ内。全員が突然の闖入者に動揺し、敵か味方かの判別を始める。しかし、誰も答えを出すことができない。

 その中で一人。館長であるグラディスは、1秒でも速い選択を迫られる。冷汗を隠しきれないが、これを利用しなければ必死なのも事実。

 やけになっているのも否定はできないが、ここは、このトンチキな乱入者に賭ける事にした。

 

「彼らを援軍と認定!全力で前面のオーブ軍を突破する!」

 

 吉と出るか凶とでるか。グラディスの悪運は…あいにくだが強い方である。

 

 

「『セイバー』が、動けてない!」

 

 マユは…アスランが駆るモビルスーツが不調であることに気付く。

 明らかに精彩を欠いた動き。よく見たら、背中のスラスターから黒煙が出ている。様子からして、被弾したというよりは整備不足だろうか。

 マユが『セイバー』の様子に目を取られていると、その一瞬を逃さず『ウインダム』が襲いかかる。

 

「くぅ!」

 

『オイオイ!横入りして余所見かい!』

 

 鍔迫り合う両機体。そのパワーは完全に互角。それも当然だった。

 

『ストライク』と『ウインダム』は、コンセプトが似ているーというよりは、完全に同じと言ってもよい。

 

 ユニウス条約により戦艦に配備できるモビルスーツ数に制限が生じた為、安価で数の有利をとる戦法がとれなくなった地球軍は、保有枠内で戦力を拡充するために既存機のマイナーチェンジでなく高性能な次世代機を求めた。そうして造られたのがこの『ウインダム』。

 『ウインダム』は、カタログスペック上では第1次連合・プラント大戦の名機『ストライク』と同等とされた量産機。

 しかも、各部の軽量化とスラスターの追加により機動性はダガー系より遥かに向上されている。当然ストライカーパックの運用も可能で、ダガー系に比べて汎用性も全く落としてはいない。

 戦闘性能は『ストライク』と同等とされるが、より軽量化に成功し、スラスターの追加やバラエティに富んだ武装を含めた総合性能は『ストライク』以上と言わざるを得ない。

 特に機動力と運動性能は…遥かに上回っていると言っていいだろう。

 

 その性能差故に…両機の差はジリジリと、しかし確実についていく。

 

『『ウインダム』でストライクには負けられんなぁ!』

 

「速い!」

 

 ネオは予備のビームライフルと、ビームサーベルを駆使して、近距離中距離を全て利用して『ストライク』に襲いかかる。

 しかし、唯ではやらせないと今度は『セイバー』が庇う形で『ウインダム』と応戦する。スラスターを失った『セイバー』には、最早高速戦闘能力は残っていない。ビームライフルを牽制に使い、なんとか『ウインダム』を懐に入れさせないように心がける。

 

「アスランさん!」

 

『やはりマユなのか!キラは…『フリーダム』は!?』

 

「『フリーダム』は…ミネルバの後方で戦ってる!」

 

『何故こんなことを!』

 

 アスランはこんな時にでも、マユに問いかける。

 いや、こんな時だからこそ…か弱き少女を思いやる。

 

「アスランさんを…助けたいから!」

 

『!!……助かった!だが…君みたいな子が無茶をする必要は…!』

 

「違うよ!無茶だけど!無謀だけど!…無理じゃない!」

 

『!!』

 

 アスランやキラ、ラクスはいつもマユを…優しく、親切に保護し続けた。

 それはひとえに…彼女に再び、辛い思いをさせたくはないから。

 その優しさは…彼女を救いもしたし、同時に彼女を縛りつけたのかもしれない。彼女の自分の脚で生きるという意志を…

 

 羽が折られた鳥を、羽を治した後も、優しく籠で飼い続けるような。

 そんな過保護とも言える優しさ。

 それは、決して間違いではないのだ。それがなければ…マユは既に死んでいたのかもしれない。

 

「難しいけれど!私も…生きたいから!」

 

 しかし、彼女は今まさに、巣立とうとしていた。それを…アスランのエゴで、妨げる事はできない。

 

『…わかった。だったら、まずはここを生き残る!』

 

 

『『フリーダム』!なんでこんなところに!』

 

 ルナマリアとレイが応戦する艦の尾部。そこに突如として舞い降りた翼は、地球軍モビルスーツ群に応戦し始める。

 ルナマリアは当然のように困惑をしている。しかし…珍しい事に、常に冷静沈着を貫くレイも、少しばかり動揺しているのが伝わって来た。

 

「わからん!しかし…味方のようだ。『フリーダム』に後方を任せ、俺たちは側面を守るぞ!」

 

 二人いるとはいえ、側面及び後方を守り続けるのは骨が折れたのも事実であった。

 グラディスが味方機と認定をしたこともあり、ここは賭けに乗ることにする。

 しかし…レイは静かに考え続ける。感じ続ける。

 人類の希望、夢…その結果。そして己の宿敵。

 

「キラ・ヤマト…!」

 

 お前は一体…何をしようとしている。

 

 

 アスランが、マユと共闘し『ウインダム』と交戦している。

 マユのおかげで、少しばかり周りを見る余裕ができたアスランは、シンの様子がおかしい事に気付く。

 

「まさか!」

 

 アスランはハッと気付く。ステラを迎えに来た青年二人が、『カオス』と『アビス』のパイロットであるという事実。

 それにシンは、『ガイア』のパイロットであるあの少女に執着していた。ともすれば、異常なまでの執着。

 アスランがディオキアで…シンを迎えに行った時の少女と同一人物であった。

 シンは、きっとあそこで知ってしまったのだ。敵が…自分たちと何も変わらぬ、笑ったり泣いたりする人間であることを。

 しかも、彼らは実験体である。その酷い研究所を見たシン…

 

 まさか…シンにとっては初めてとなる、敵の顔を知っている状態なのか?

 だとしたら…マズイ事になる。シンは優しく、正義感のある青年だ。しかし致命的に経験不足ではある。

 さらに、最近はずっと彼は強いストレス下に置かれていた。頭の中に敵の顔や、あの少女の顔が出て来ていても…全くおかしくはない。

 彼の予想は当たる。それも…今回は悪い予想だ。

 

 その瞬間。『インパルス』に致命的な隙が生まれる。

 いつものシンには、絶対に生じない…必殺の間。

 『カオス』が…無慈悲にも、その背中に向かいビームを撃つ。

 視界がスローモーションになる。周囲が赤く染まる。

 待て、それは…!!ダメだ……!

 

「シーン!!!」

 

 

 シンは、『セイバー』に加勢した機体を見て、安堵を示す。平生と比較して、明らかに『セイバー』の動きは悪い。

 何者かは知らないが、アスランに加勢してくれるというのなら…こちらに集中ができる。

 

『よそ見すんなよな!』

 

『ここで殺す!』

 

『カオス』と『アビス』。こよ二つには苦しめられて来た。アーモリーワンで『インパルス』に乗った時から…ずっと長い付き合いだ。

 

 まさか…残りの『ガイア』にステラが乗っているなんて思いもしなかった。彼女は今でも、深い眠りについている。

 もしかしたら…いやきっと。ステラを迎えに来た、あの青年二人が、これらに乗っているのだろう。そう考えると…敵の顔を知っているというだけで、彼の刃は鈍ってしまう。

 

「くっそ…」

 

 こんな事は初めてであった。撃たんとする敵の顔貌がチラつくのも、明確な殺意を持って此方に迫る敵の顔がわかるのも。

 長期間にわたる睡眠・栄養不足とストレスにより本調子ではない彼。

 そんな彼に追い打ちをかけるようにその重い、重すぎる事実…それが若すぎる彼に重くのしかかる。

 

『コイツ!今日は弱いぞ!』

 

『アビス』が海中からバラエーナによるビーム狙撃を仕掛ける。単調な攻撃だ。これを盾で受けると…その隙に『カオス』がビームにて背後から『インパルス』を撃つことができる。故に、ここは回避が必要。

 そんな事は…普段のシンならば容易であり、思考を要する動きですらなかった。

 しかし。いつも自分が絶好調である訳ではない。ともすれば、その体調管理も、常勝の戦士たる条件。

 

 シンは思わず盾で受けてしまう。少し体勢がよろける。

 

『終わりだ!今日こそ沈め!』

 

 あ、これはまずい。『カオス』がうしろからーーー!

 

 シンが振り返る前に…『カオス』から無慈悲にビームライフルが放たれた。

 だが…それはシンに届く事はなく。

 何者かからの体当たりにより、『インパルス』はギリギリの所でそのビームを回避できた。

 そのビームの軌跡。そこを見上げる。

 そこには『セイバー』の姿があった。

 

 その様子は、スローモーションで見えた。

『セイバー』のコックピット…やや左側だろうか。

 そこを無惨にも貫く一筋の光がある。

 

「アス…ラン」

 

 赤い騎士は突然、メデュサに睨まれたように。

 

 物言わぬ石像のように固まり、地中海に墜落した。




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