機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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感想を読ませていただくと、誰一人としてアスランの生存を疑っていないのが面白かったです。


散る命

 

 最初に会った時は…胡散臭い奴って印象だったっけ。

 アレックス?とかいう偽名を使って、わけのわかんないサングラスをつけて。アスハの護衛だとかなんとか。

 それから…ミネルバに乗りこんで。ユニウスセブンの破壊に出撃して。気がついたら直属の上司になっていた。

 上司になってからもなんだかすごく絡んできて。

 

 ルナやレイもいるのに、俺ばっかりに説教して。

 でも強かったし、それにいい人だったよ。

 初めの印象がちょっとアレだったから…認めるのはシャクだったけれど。

 

 平和とかさ、正義とかさ。

 そういう…なんかちょっとだけ小っ恥ずかしいことを、ずっと真剣に考えてた。

 オーブのこともさ…なんか凄く気にしてて。

 だからなのかな。俺がオーブをちょっと悪く言っても…アンタが庇ってくれるから、なんだか愚痴も言いやすかったよ。

 

 そこからは…何だろう。色々あったな。

 最近は、まあ結構いい感じだった気もするんだ。

 

 殴られたのはショックだったけれど…でも。

 俺のことを考えてくれてるのはさ。まあ…伝わってきたから。

 

 だからアスランは…

 

「アスラン――――――!」

 

 シンは思う。

 一体何が正しくて、何が間違っているのか。

 

 アスランは…ここで死ぬべき存在であったのか。

 だとしたら…運命とはなんと残酷なのか。

 この酷すぎる世界は…一体なにをまもってくれるのだろうか。

 

 我慢できず、涙が出てきそうになった。よくわからない感情も、表出しそうだった。

 けれど、それら全てを一息に飲み込んだ。

 

「俺は…俺は………!俺は!!!」

 

 突如…頭の中で(何か)が弾け飛ぶ感覚。思考は一気に開け…クリアーとなる。

 モノクロの世界に色彩が。画像のピクセルが突然多くなったような。意識の表層から…深淵まで。全てが澄み切ったような。

 

 ぐちゃぐちゃした、乱雑に配置されたモノが一斉に取り払われたような開放感。

 

 雨に濡れて前が見えない車のフロントガラスをワイパーで綺麗にした時ような。曇ったメガネのガラスを、綺麗に拭き取った後のような。

 今まで…何かに遮られていたモノが…全てくっきりと見えた気がする。

 

 今までは細かい事ばかりを気にして、大切なことが見えていなかった様に思う。

 でも今は…些末なことが、何も気にならない。

 

 左手に持つ、エンジンブースターの出力レバーを、全力で前に倒す。機体が最大加速し、メーターが振り切れる。一息でトップスピードに躍り出る。

 今まで精彩を欠いていた『インパルス』が、突如として洗練された狩人の動きへと変貌する。

 

『コイツ!急にー!!』

 

 一息だ。特に予備動作は必要がなかった。

 全力で直進する。『アビス』からの迎撃…しかし杜撰な狙いだ。機体を最小限捻るのみで回避する。

 フォースインパルスの右手に携えたビームサーベルを投擲する。

 完全な直線で進んだサーベルは、『アビス』コックピットを真正面から貫き…乗っていたパイロットを一瞬で絶命させる。

 投げナイフの要領で敵を屠る、まさに神業の域。

 

『アウル!コイツ…!』

 

『待て!スティング!何やら様子がおかしい!一度引くぞ!』

 

『ウインダム』を駆るネオは、『インパルス』の様子が豹変した事を敏感に察する。彼程の戦士ならば…その判断は迅速だった。

 

 しかし…シンはそんな事は許さない。『カオス』の前に回り込み、決して撤退を許さない。

 

『悪ぃ、ネオ。俺は…ここまでかもな!』

 

『カオス』と『インパルス』が刃を競う。互いに洗練された動き。

 明確な殺意と殺意のぶつかり合いだ。

 

 しかし…シンの心中は凪いでいる。

 穏やかな水面のように…

 彼は至極落ち着き払いつつ、純粋な殺意のみを表出している。

 

 

「アスランさん…」

 

 彼についての思い出が…湧水のように溢れてくる。

 

 彼は少し変わっている人だった。初めて会った時から、なんか壮大な科学の話をしてきたし。説教臭いところもある。

 でも…真面目で、純粋で、優しかったんだ。

 それに私が困っているのを知ってからは、色々な手助けもしてくれたね。

 いつも忙しそうにしてたけれど、それでも時間があれば会いにきてくれたことが、とても嬉しかった…

 

 だから…死ぬことなんてないんだよ。

 だって…アナタみたいな善い人が死んじゃったら。もうこの世界は…

 

「……………!!」

 

 突如…頭の中で何かが弾け飛んだ感覚。

 そして…もう、吹っ切れてしまった。

 

 ああ、これが…こんな世界で…私は。

 

 

「スティング!!チッ…」

 

 ネオは『ウインダム』を駆り、一瞬で戦場を離れようとした。しかし、スティングが捕まったため、フォローに入る。進行方向を百八十度転じ、背後から『インパルス』に切りかかるコースに進路を切り替えた。

 その軌跡は鋭角だ。とてつもない加速度が身体にかかっているだろう。

 しかし、ネオは多少横に体軸を振られたのみで意に返さずに突進する。

 その進行を邪魔するのはもう一つの機体――――『ストライク』。

 

「邪魔だ!!!悪いが…圧倒させていただく!」

 

『ウインダム』が音速の斬撃にて、一刀に伏そうと試みる。

 しかし、かの機体もそれに応戦し二対の巨人が激突する。

 

『ハァ―――!!』

 

「グゥ!中々やるな!」

 

 思わぬスピードに虚を突かれたネオは、そのまま『ストライク』により『カオス』と分断され一対一の状況が作られる。

 

「オイオイ…タイマンなら俺に勝てるとでも…?」

 

 舐められたもんだなとネオは心で嘆く。

『セイバー』や『インパルス』にでさえ、ネオは負ける気が更々していなかったのだ。

 にも関わらず、こんな非正規のゲリラ兵になど…自身が負ける理由を見つける方が難しい。

 

 彼女が普通のパイロットであるならの話ではあるが。

 

『ハァ!!』

 

「何だこの速度は!」

 

 ネオが『ストライク』の反応性と運動性に驚愕する。

 それは、単純なカタログスペック上の機体の運動性能ではなかった。

 寧ろ運動能力自体は、理論上ならば『ウインダム』の方が優れているはずなのだ。

 それにもかかわらず…こと斬撃のキレという一点において、『ストライク』が僅かに速くなるのは…ひとえにパイロット性能の差。

 ネオはそれを痛感せざるを得ない。

 これほどモビルスーツを手足のように自由自在に動かす奴を、彼は知らない。コイツは…このネオ・ロアノークを上回る程の…機体制御能力を持っている!

 

 ネオは褌を絞め直し、『ストライク』に相対することに決めた。

 

『うわぁああああ!』

 

「どんな手品を…!だが!」

 

 このパイロットは直線的で、直情的過ぎる。この反応の良さと速度はピカイチであるが…圧倒的に経験が不足している印象だ。

 『斬る』スピードはだけ評価するが、『斬り合い』となると歴戦の戦士であるネオが、確実に上回る。

 

 数合切りあうだけでわかる。操縦技術の妙な高さと、それに比べてアンバランスな戦闘経験の未熟さ。歪過ぎて思わず目をそむけたくなる。

 これでは…折角のスピードがもったいない。

 

 既に完璧に間合いは見切った。ビームサーベルの届く範囲―――数センチメートル単位で、掌握できている自信と確信がある。

 

 あとは…カウンターの一発で仕留めるとネオは決心する。次の切り合いで、幕引きだ。

 

「ちょっとだけ焦ったぜ…『ストライク』!!」

 

 最後の一撃。『ストライク』が半身となり右腕を後方へ。サーベルを大きく振りかぶる。この立ち会いで幾度となく見せられた予備動作。『ウインダム』の胸部にビームサーベルが一閃。速度という概念すら置いていこうと試みる神速。しかし…読み易く、御し易い。

 その位置は…元からネオが敢えて晒していた隙…仕掛けた罠。

 ネオがこの未熟なパイロットをまんまと懐に『入り込ませた』のだ。

 

 僅かなバックステップを最小限のスラスターを吹かせて作りだす。そして…直後にスラスターを逆噴射。一歩分だけ踏み出し、必殺のカウンターとなるビームサーベルを胸部のコックピットに向かい放つ――――!

 攻守逆転。これで…終い。

 そのつもりであったのだが―――!

 

『ハァァアアア!』

 

「斬撃が、伸びる!?」

 

 ネオはその右手を見て驚愕する。『ストライク』は…最後の斬撃でのみ、ビームサーベルを手の幅一つ分だけ長く持っていた。

 

 つまり彼女は…ネオに読まれていることを、読んでいたのだ。

 ネオが今まで完璧に掌握していたと思っていた間合いは…実は、『マユが自ら把握させていた』距離。

 その彼我の距離を…最後の一撃だけ手の幅一つ短縮させる。

 

 経験値不足を逆に利用した戦法。自身の未熟さと、相手の経験値を…逆手に。

 

 これが…マユが現在できる、最高の一撃。

 攻守は再度、逆転する。

 

「グオォォ!!」

 

 ネオは反射と勘、これまでの経験全てを総動員しギリギリコックピット正面への直撃を回避する。しかし…中枢駆動系を貫かれた『ウインダム』は目の光を喪いそのまま重力に囚われて落下した。

 

 足の下では…一般兵と思しき青い『ウインダム』が赤紫の機体を回収し、地球軍艦へ脱兎のごとく帰還した。

 進む先には、数多の地球軍戦艦がある。これ以上、追いかけられる心配はないだろう。

 

「すまない、スティング…」

 

 そして、ネオは本心からスティングに謝罪する。悪いが…こうなってしまっては手助けは難しい。

 ファントムペインには…いつも負担をかけてばかりになってしまった。 

 

「覚えておくぜ…『ストライク』!!」

 

 ネオは激しい痛手を負った。奪取した三機のガンダムもこれで全て喪失した。虚無感と、やるせなさ、無力感で…空虚な心が満たされる。

 

 しかし…そんな空っぽの心を…内側から満たし始めた何かがあった。

 何か…心の奥底に沈んだものが騒ぎ始めた予感。

 

『ストライク』を知っている気がする。勿論、地球軍兵士ならば誰もが知っているような伝説の機体だが…なぜか、懐かしく感じたのだ。

 

 彼の…黒い仮面がひび割れ、ゆっくりと砕け散る。どうやら、『ウインダム』の破片がどこかに当たっていたようだ。あのうざったい仮面を外す絶好の理由ができて、少しばかり嬉しくなってしまう。

 そう言えば…仮面を外して太陽の光を浴びるのは、本当に記憶にないくらい久しぶりであった。

 

「過去、か…」

 

 あった方が幸せなのか。ない方が不幸でないのか。

 

 こんなクソッタレな世界で、ネオはつまらないことを呟き、心の底にある何かの栓を…強く強く、締め直した。

 

 

「ハア…ハア…」

 

 何か…余計な思考がなくなって。全てが吹っ切れた。そうしたら、なんだか思考がクリアーになって。

 ただ…敵を殺すためだけの動きを導き出していた。

 

 そして、殆ど無我夢中で赤紫の『ウインダム』を撃退した。

 

 いや違う…殺そうとしたのだ。

 明確な殺意をもって…敵を初めて相対した。

 敵も私を殺そうとしていたし…私も敵を殺そうとした。

 

 その事実に…否応なく身体が震え出しそうになる。

 

 暫く茫然として…動けずにいると、背後から青の『ウインダム』が迫りくる。

 

 そのビームサーベルの軌跡を、ぼうっと眺めながら…近づいてくる死のイメージをする。

 

 ああ、ここで私は―――、

 

 すると…その『ウインダム』の、更に背後からビームライフルによる軌跡が五本。それが、四肢と頭部のみを完全に消滅させた。

 

 寸分違わぬ精密射撃。こんな大道芸じみたことができるのは…世界広しと言えど、彼と『フリーダム』しかいないだろう。

 

「…キラさん」

 

 マユの視界の先。凡そ二百メートル程離れているだろうか。そこには蒼き翼を携える白い機体。

 

『マユ…』

 

 キラが、心配そうに通信にて語り掛ける。彼も…アスランが喪われたことはきっと知っているだろう。

 しかし、彼はマユの前では決して弱いところを見せない。それが…彼の優しさでもあり、マユにとっての寂しさでもあった。

 

 マユは…キラと話すことで…アスランの命が喪われた事を再度自覚する。

 少しだけ…涙が出そうになった。しかし、根性で堪える。

 

「悲しむのは…後でもできる。今…できることを」

 

 そのまま、ミネルバ後方の『フリーダム』と合流した。

 

 彼女は既に、力強く羽ばたこうとしていた。

 

 

『インパルス』を駆り、シンは『カオス』を墜とさんと空を蹴るように駆ける。

 

「ハァァァア!!」

 

 シンは完全にキレている。それも、キレキレの方だ。

 当然、内心はブチギレている。力のない自分に。何も守れない自分に。こんな酷い世界に。

 

 しかし、感情を完全に分離させる。何も考えない無我の境地。

 敵を屠る為だけの最適で正確で冷静な肉体の表現・出力を本能が自動的に施行する。

 普通のモビルスーツパイロットと結果としては同じ動きをしていたとしても。

 思考を一切しないシンと、それ以外の人間では…圧倒的に技の「起こり」のスピードのケタが違う。

 

『ガイア』を駆る青年スティングは…戦士として確かに一人前ではあったが、思考と戦略、ブラフを用いて詰将棋のように戦うタイプであり…その相性は最悪と言える。

 

『見えねぇ!』

 

 それが彼の最期の言葉。目を見開きながら『インパルス』のスピードにただただ圧倒され続けた彼は…シンが突き出したビームサーベルにより『カオス』のコックピットを貫かれ一瞬で絶命した。

『カオス』が生き絶え地中海に沈み、爆発する。それに対して…シンは特に何も感じない。

 いや…何も感じないよう思考を切り替えたのだろうか。

 彼の眼は氷のように冷徹で…表情は仮面の様に変わらない。

 

 次の瞬間には、別の戦場―――オーブ軍艦隊の方へ飛び込んでいった。

 

 

 ミネルバブリッジ内。『セイバー』が撃墜されたことに一同悲鳴が起きる。

 グラディスは焦る。まさか…彼が倒されるとは思っていなかった。彼ならもしかしたら、この不利な状況を何とかするのでは、と夢想を抱いていたのは否定しない。

 

「すぐにモビルスーツ回収機を出して!もしかしたら生きているかもしれない!」

 

 言われるまでもなく、モビルスーツ回収のための無人潜水艦が投下される。頑丈なワイヤーでミネルバと繋がっているそれは、自動で『セイバー』のGPSを追跡し、回収してくるはずだ。

 

 しかし…それは『セイバー』が無事である、という前提の話。

 

 それはそれとして、アスランを失ったミネルバが…この状況を乗り越えられるかは、まだ誰にもわかってはいなかった。

 

 

 オーブ軍艦隊『タケミカヅチ』ブリッジ内。

『セイバー』を撃退したことに、ユウナ・ロマは歓喜の声をあげる。

 

「やった!遂に忌々しい赤モビルスーツを倒したぞ!

 その調子でミネルバを堕とせ!!」

 

 ユウナは得意げに、想定通りと言いたげである。それに対して…他のオーブ軍人は険しい顔をせざるを得ない。

 薄々ではあるが…あの機体にアスラン・ザラが乗っている事は、『フリーダム』や『ストライク』とのやりとりから察している者もいた。

 

 その中には当然…艦長であるトダカもその一人である。

 トダカは…平和を想う一人の青年の尊き命が、また一つ喪われたことに哀しみを覚えつつ…何か覚悟を持った瞳で次の命令を下す。

 

「…全艦隊、前進!!『タケミカヅチ』も前進する!」

 

「そうだ!さっさとやれ――ハァ?」

 

 ユウナは言われたことが理解できていないようだ。まさか、大将艦である『タケミカヅチ』が、前線に赴くとは…全く想像していない様子。

 

「ミネルバを討つのでしょう!ならば…当艦も前へ出なければ!」

 

「でも、この艦は空母だし…!」

 

「くどい!艦長は私です!

 ミネルバ撃墜の名誉、必ずやユウナ総司令官殿にお届けする!」

 

『タケミカヅチ』は前進する。その先の運命は…艦内の誰もが気がついていた。

 

 

 ミネルバは包囲をわずかに抜け、前進に成功した。

 『インパルス』、『ザク』二機と『フリーダム』、『ストライク』により、ある程度の地球軍艦隊とモビルスーツの数は減ってきている。

 

 更に、大将機であると推察される赤紫の『ウインダム』と、エース機である『アビス』『カオス』も撃墜されたことで地球軍の間での動揺が著しいようであった。

 すでに地球軍モビルスーツ隊の動きに精彩は欠いており、側面及び後方からの攻撃の圧は小さくなっている。もはや…彼らに戦意があるものは少ない。

 ルナマリアはミネルバ前方に移動して、前方でミネルバを爆撃するオーブ軍『ムラサメ』と交戦を開始した。

 レイの『ザク』は、変わらず後方と両側に睨みを効かせる動きを続ける。

 

 そんな中で…シンの向かうはミネルバ前方のオーブ軍艦隊。数は二十七艦。全て…沈めてみせよう。

 そして、中心に座すは『タケミカヅチ』。アレを撃沈させることができれば…この戦闘は終わるはず。

 

 オーブ軍艦隊も最後の一押しだと考えたのか。

 全軍前進し、距離を詰めてきた。最後の巨大な激突が始まる。

 

「メイリン!ソードシルエットを!

 それとデュートリオンビーム!!さっさと出せ!」

 

 ミネルバに命令し、フォースからソードシルエットへ換装する。体色が、トリコロールカラーから赤を基調にした色に変化する。

『ソードインパルス』は、三つのシルエットの中で最も近接戦闘に特化している。手に携えるは大刀である対艦刀、『エクスカリバー』。

 その絶大な破壊力は…モビルスーツは勿論、文字通り、戦艦ですら一刀両断する力を持つ。

 デュートリオンビームが照射される。このために、シンは常にミネルバの鼻先で戦うのは、こういった相性の良さがある。

 速やかに再充電を行い、彼の駆る『インパルス』は再度完全な姿となって戦場に復活する。

 これこそが『インパルス』の底力。どれだけ傷つこうとも。エネルギーを失おうとも。幾度となく蘇り、戦場を制する。

 まさにリビングデッド。敵を屠る、シンのためだけの剣。

 敵の喉笛を噛みちぎる迄、その巨人は決して進撃を止める事はないのだ。

 

 シンと『インパルス』は、雨の如く降り注ぐ砲弾やミサイル、ビームをかいくぐり…オーブ軍艦隊へ接近する。

 勿論、その行く手を阻むはモビルスーツ『ムラサメ』部隊。

 三機一組のチームを編成して戦う彼らが…シンの進撃を阻む。

 

『行かせん!!』

 

「…!!」

 

 シンは全ての敵の動きを読み切っているよう。全ての動きを回避するまでもない。

 先んじて敵に対艦刀による一刀両断にて、一瞬で『ムラサメ』部隊を壊滅させる。

 

 そのまま一目散に突進する。時折緩急を付けるなどといった、やわなことはしない。最高の出力と最速のスピードにて、敵本丸に接近する。

 

 何度も何度も、『ムラサメ』部隊と敵艦隊が道を遮ってくる。しかし、シンは決して臆さない。ここで怯めば…敵の一斉放火にて、『インパルス』が瞬く間にハチの巣にされることは目に見えている。

 

「ハァアア!!」

 

 対艦刀とビームブーメランにて、全ての敵を切る。屠る。殺す。

 

 当然、こんな戦いをしているシンには、被弾は避けられない。左脚と引き換えに、敵『ムラサメ』部隊を一つ壊滅させる。また進む。阻まれる。壊す。進む。

 

 過去を断ち切る。思いを…すべてを切り伏せんとする。

 

 その姿。正しく、鬼神。その力は…

 

 そして、既にオーブの本丸は『インパルス』の接近を許してしまっていた。

 

 

『タケミカヅチ』ブリッジ内。

 ユウナ・ロマが慌てふためきながら、トダカを責め立てる。

 

「ほら!!言わんこっちゃない!さっさと撤退を…!!」

 

「ここで逃げれば!!誰があの艦を落とすのです!!貴方が決めたのでしょう?他でもない貴方自身が…」

 

「でも、死んだら意味が…」

 

 その言葉を遮るように、トダカはユウナを突き飛ばす。そして、何か覚悟を固めた様子で、艦内にいる船員全てに話しかける。

 

「艦員に告げる!!これより…『タケミカヅチ』は最後の攻撃に入る!これは艦長である…私の独断である!

 故に…降りたい者は、今すぐに艦から降りろ!」

 

「私は…残らせていただきます」

 

 副官のアマギを含め、多くの船員がその場に残る意思を示す。しかし、それをトダカは許すわけにはいかない。

 

「ダメだ!!もし…その力。オーブの為にあるのだと心からそう思うのならば…アークエンジェルへ行け!」

 

「…ならば!トダカ一佐もご一緒に!」

 

「くどい!この戦場の責任と咎は…私の命をもって償う!

 …貴様たちは、オーブの若い力だ。これからのオーブと…そしてカガリ様を頼んだぞ」

 

 トダカの決死の覚悟を感じたのか。アマギらは一瞬だけ渋面を湛えたが、直後、精悍な顔つきに戻り敬礼と共に、艦長からの最期の命令に準じた。

 船員はトダカ以外を残して全員救命ボートに降りた。彼らは…こちらを見てずっと敬礼をしてくれている。

 彼らとの付き合いは長い。短い者でも数年…長い付き合いの者ならば…もう十年ほどになるだろうか。

 

 アマギ一尉。会った当初の彼は、どことなく頼りがいのない男であったものだが。

 見違えるほどに成長してくれた。その他の皆々も、皆真の強い、よい男たちだ。

 自信をもって送り出せる。

 若き、未来ある彼らに…罪を背負わせるわけにはいかない。この戦場の…全責任を取れるのは。ユウナを覗けばトダカのみ。

 彼らは…オーブの為の力だ。私は一時、それを借りているだけ。

 私の為の力ではない。

 いずれ帰ってくるカガリ様とオーブへ…お返しをする時が来たのだ。

 

 アマギ一尉を筆頭とした船員や、モビルスーツ部隊長のババ一尉たち…多くの盟友を想う。

 若い力が芽生えた。オーブはきっと大丈夫だ。

 

「先に逝く。今まで…ありがとう」

 

 誰にも聞こえない艦内で独り、皆に敬礼をして感謝を伝える。

 これ以上の言葉は、彼らの間では無粋だと思った。

 国を想う気持ちは皆同じ。ならば…今更それを言葉にする必要などはない。

 ただ…最大限の感謝だけは言いたかった。

 

 愛娘は既にこの世を去ってしまった。父より先に逝くとは…お転婆にも程がある。再会したら、一度しっかりと叱りつけて…力強く抱きしめよう。もう二度と、離さないように。

 あと、心遺りは妻のみか。彼女にも…たくさんの負担をかけてしまった。彼女は、私なんか比較にならない程に強い人だ。だから、いつも甘えてしまったな。最期のワガママをどうか赦さないで欲しい。

 

 そういえば…娘の友人を思い出す。彼女は兄と出会えたのだろうか。それも…心残りだ。

 彼女の兄、彼の心を救うことは私にはできなかった。

 彼女たちには…寄り添って生きていってほしい。この酷い世界でも、決して負けないように。

 彼女は、強い瞳を持っていた。オーブの若き益荒男にも負けぬ強い眼だ。

 だから…私なんかの力がなくとも、きっと大丈夫だろう。

 

 長く生きると…執着も、未練も増える。

 首にかけていたロケットを開き、写真を見つめる。中には家族三人での写真が。

 いつ撮ったのかさえも、鮮明に思い出せる。

 妻と娘が…穏やかに…笑っている。

 

「………フッ」

 

 ロケットを強く、強く握りしめた。少しだけ、笑みが出た。

 こんなに自然に笑ったのは…いつぶりだろうか。

 これより…『タケミカヅチ』は最後の攻撃に出る。

 活路はない。あるのは…遺した意思のみ。

 地中海の空は青く澄み渡り、海は全ての汚れを受け止めて尚、輝くように美しい。

 ああ、前途洋々。視界良好。

 

 

『インパルス』で…最後の攻撃に出るシン。

 もう敵将は、眼と鼻の先だ。

 モニターに目を凝らしてよく見ると…既に『タケミカヅチ』からは多くの船員が脱出を図っている。

 

「逃がすもんかよ…!」

 

 シンのイラつきはより高度なものになる。さんざんこちらを撃っておいて…自分たちが負けそうになったら命乞い。

 こんなの、卑怯じゃないか。だって…お前たちは…地球軍とつるんで、アスランを!!

 

「……!」

 

 既に勝敗は決しつつある。これだけの猛攻を重ねても…ミネルバを落としきることができなかったオーブ軍『ムラサメ』部隊は、逆に既に『タケミカヅチ』へ『インパルス』の接近を許してしまっている。

 隣では…壊滅し敗走している地球軍。

 

 その差はもう歴然。だから、白旗を上げられれば…これ以上は戦う必要はない。

 しかし…降参宣言は上がらない。

 まだ、抵抗する意思があるのか。それとも…死を求めているのか。

 

 そんなことは、シンにはわからない。何もわからない。わかりたくもない。

 

 辛いんだ。怖いんだ。悲しいんだ。

 

 シンが『タケミカヅチ』に降り立ち…ブリッジに向けて対艦刀を構える。

 右肩口に大きく振りかぶる。もう敵は…目と鼻の先。

 これを振り下ろせば…この酷い戦いは終わる。

 中には一人だけ人影が見えたような気がしたけれど…見なかったことにした。

 

              『死ぬのは…嫌!!!』

 

 『はい、マユでーす。でもごめんなさい―』

 

        『過去には…いつか自分の為に向き合ってやれ』

 

『何が正しいのかなんてわからなくなっちゃうけど。これを見るだけで、なんだか頑張ってよかったなーって』

 

『本当に大切で、本当に大事な物があるなら!俺なんかに頼らず…自分で考えて、自分の力で守り抜くんだ!』

 

 友たちの…いろんな言葉を思い出す。

 頭の中でピンボールように乱反射する。

 乱響する。声と声が共鳴し、知らない音が作られる。

 

 呼吸が荒い。正常な息ができない。心臓の音がうるさい。頭が痛い。喉が渇く。手が震える。心が痛い。

 

 頭の中は…ぐちゃぐちゃになっていた。

 故に…それを否定する。

 

 呼吸が荒い。―――違う。一切合切、整った呼吸だ。

 正常な息ができない。―――違う。気管支、肺胞の端まで、把握できる程だ。

 心臓の音がうるさい。―――違う。脈拍は平生と全く変わらず、一定のリズムで血液を身体に循環させている。

 頭が痛い。―――違う。頭の中は…氷のように冷たく冷静だ。効率の良い殺し方を…それが知っている。

 喉が渇く。―――違う。今から喉を潤す。それを夢想するからこそ生じる幻覚だ。

 手が震える。―――違う。怖いのではない…このまま止まることができないだけだ。

 

 心が痛い。―――違う。魂が叫んでいるのだ。止まるなと!

 

 守るため…!生きるため…そのために!!

 俺は!俺が!!

 

「うおおおおあおおおああおあおお!!」

 

 シンは…己の衝動(インパルス)に従い。

『タケミカヅチ』のブリッジを、一刀のもとに切り伏せた。

 

 特段、彼に快感はなかった。

 

 

 マユが『フリーダム』と供に…アークエンジェルへ帰投している。

 

 既に趨勢は決していた上に…結局、アスランを救うことはできなかった。

 地球軍は壊滅状態。オーブ軍も、既に白旗を上げようとしている。

 実際、旗艦である『タケミカヅチ』からも、続々と船員が下りている。

 両陣営のトップに冷静な思考の者がいれば。

 これから虐殺でも起きない限りでは、きっとこれ以上の人命の損傷はないだろう。

 

 この戦場に…マユたちが介入する理由は…もうなくなってしまった。

 一体、何をしにきたのだろう、と自問自答する。

 自身の無力感と…喪失感。それらにより、一挙手一投足が遅延する。

 キラに言われ、二人でアークエンジェルへ帰投しようとその進路を取ったときであった。

 

「……!!」

 

 心の…奥底で。嫌な…ひどく嫌なイメージ。

 

「………トダカ、さん」

 

 少し振り向く。彼女はもう、戦場から大きく離脱してしまった。

 きっと…大丈夫であろう。

『タケミカヅチ』の艦長である彼も…きっと脱出したに違いない。

 

 振り切るように、『フリーダム』と並走する。

 嫌な感覚は…喉にへばりついたガムのように、気持ち悪く残り続けた。

 決して忘れてはいなかったのに。こういう悪いカンは…よく当たるんだってことを。

 

 それを、見ないフリをしているだけなんだってことを。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

個人的ではありますが、今回のマユの戦闘の描写は良いものが描けたのではないかと思っております。自画自賛になってしまいますが…
また、感想などでどのように皆さんが感じたか教えて頂けると嬉しいです。
なかなか自分の納得がいくものを描写するのは難しく、いつも投稿直前に迷ってしまいます。

皆さまからいただく感想や評価、イラストなどが、本当に筆者のモチベーションにつながっております。
感想を非ログインの方でも書けるよう変更いたしましたので、また気軽に書いていただけると嬉しいです。

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