クレタ沖での戦いは終わった。とても酷い戦いだった。
海は戦艦やモビルスーツの残骸でいっぱいになり、そこから溢れ出たエンジンオイルは、広大で美しい海原を、これでもかと汚く穢している。
自然愛護だの、地球温暖化だの聞いて呆れる。そんなお題目や綺麗事は、こんな酷い話の前ではなんの意味のない。
そんな感傷には特に浸らず、シンは独り孤独に思考の迷路に彷徨う。
俺は守りたいものを…守ることができたのだろうか。
それはわからない。わからないけれど、こうして生きている。
生き続けてしまった。
俺は…生き残ってしまう時、いつも。いつも、大切な誰かを犠牲にしてしまっているな。
なんで俺だけ…生きているのだろう。生きなきゃならないのだろう。
コックピットを開けて、インパルスの外に出る。遠く、遠く、高く、遙か先を眺める。
蒼穹は何処までも澄み渡り、地中海の風は優しく肌を撫でる。鴎たちは再び騒ぎ出した。海の音は心を静かに、慰めるように撫でてくれる。
いい天気だった。こんな場所に、ずっといられたらと思った。優しい場所にずっと…
幾ばくか惚けて、何かを捉える訳でもなく外に目を向け続けていたら、ヘルメットからうるさいアラームが鳴り響く。
無視する。どうせ早く帰ってこいとかそんなのだろう。しばらく独りにして欲しかった。
…アラームは止まらない。流石に不快になってきたため、しぶしぶ、応答する。
その言葉に…茫漠としていた魂に突然エンジンがかかる音が聞こえた。
「…はい」
『シン!!よかった!やっと返事が!アスランさんが!!見つかっ』
それを最後まで聞く前に、すぐにインパルスのコクピットに飛び乗った。
☆
『アークエンジェル』ブリッジ内。
現在のアークエンジェルは、ギリシャ湾から移動して北へ向かっている。スカンジナビアへの航路を歩んでいるところだった。
帰投したマユとキラをマリューらが出迎える。
「お疲れ様、二人とも」
「いえ。アークエンジェルも、お疲れ様です」
キラは共に戦う仲間たちを見わたす。早いもので二年。それほどの時間をこの艦で共に歩んできた仲間たちの顔は、どれもこれも頼りがいがある。
そして…新たに加わった仲間の姿も。
「オーブ軍第一艦隊所属。アマギ一尉であります!私以下三十四名。乗船許可を願います!」
三十人以上の屈強な男たちが、同時に姿勢の良い姿で敬礼をしている。その身体の分厚さは、巌をも想起させるほどであり、彼らがいかに訓練を積んできたのかが嫌でも伝わってくる。
そんな大男たちが、整然と並び顔の横に手を挙げている様は…小さい少女からすれば威圧感がありすぎて少しだけ目が回るような光景であった。
「アマギ一尉。お疲れ様です…そんなにかしこまらなくて結構ですよ」
マリューがそんな大男を慌てて制する。敬礼こそ解くも、彼らは全く姿勢を崩さずに、次の言葉を紡ぐ。
「オーブと…カガリ様。そして世界の平和のため…
微力ではありますが、私たちの力を使っていただきたいと思いました!我々一同、この艦への乗船を望む所存であります!」
オーブ軍人の中にも、これまでの連邦政府のやり方が気に入らない者がたくさんいるのだろう。連邦のプラントに対する強引な開戦や、安全保障条約によるオーブ軍を強制的に従軍させるやり方、各地の紛争をなくすという名目の反乱分子の排除と鎮圧、そして圧政。
こんなやり方をする地球軍に対して、ずっと貯めていた大きな不満と憤りが、とうとう爆発した形となっている。
そして、正規軍を抜け出し脱走兵となってしまった彼らに…もはや、他に残された選択肢はないのだ。
期せずして、アラスカ後のアークエンジェル乗組員のような立ち位置になってしまっている。
「…僕たちはまだ平和への道を探している途中です。そして…それがまだはっきりとは見えてきていない。
それでも。そんな僕たちでも力を貸してくれますか?」
「当然であります。実は…カガリ様から軍の信頼できる仲間達への連絡は行き届いております。
貴艦と…そしてカガリ様の思い描く未来こそがきっとオーブと世界のためとになると。我々一同、心から信じております。
そして…それがトダカ一佐の最期の命令でもあるのです」
トダカ。今まで話に入っていけず、黙って聴いているのみであったマユが、それにだけは耳ざとく反応して、つい声を上げてしまう。周囲の注目が否応なしに集まり、合計七十ほどのまなこが一斉にこちらを見たことに少し焦る。しかし、そんな内心の焦りよりも聞いておかねばならない。
「…その、トダカさんは…?」
「…単身、『タケミカヅチ』に残られました。全ての責任を…とると。
我々に、オーブの未来を託して…」
「そう…ですか」
トダカは…オーブ国是に反している上に、大敗を喫した愚かな戦いの責任を自らの命でとろうとした。
そうしなければ…ここにいる若者たちにも、その戦いに加担した責任が問われかねないからであろう。
いずれこの国を担っていく彼らの負担や邪魔は…彼が独りですべて、被ったのだ。
後世の歴史書では。国是に反して、敗戦濃厚の戦いを部下の制止を聞かずに最後まで単独で戦った、愚かで馬鹿の指揮官と言われるかもしれない。
オーブの戦いの歴史における、汚点の一つとして捉えられるのかもしれない。そして、それこそがトダカの本望なのだから。
しかし…実際は納得のできない戦場に赴いた皆の責任を、全て背負い地獄へと行った。
記録などは一切残らない。
でも、この場に残った全員の人間の心に深く刻み込まれた。
「……」
マユは考える。彼女の父が…死んでしまったこと。
それについて、自分はいったいどういう感情を抱いているのだろうか。ゆっくりと考える。ゆっくり、ゆっくり飲み込む。
彼は優しく穏やかな人であった。
彼女も同様に、そうであった。
この世界はきっと、そんな人からいなくなってしまうのだろう。
こんな酷い世界だから、いい人から先に神様が解放してあげてるのかなと、たまらない考えるを抱く。
だとしたら。生き残ってしまった私はどれ程の…
涙が出た。マユが傷ましく泣く様をみて、キラ達も鎮痛の面持ちを湛える。
私が何も言わずに泣く様を見て、オーブの軍人さんたちも涙を堪えきれない者もいる。私とトダカさんの関係を知る人は、この中にはいないだろう。でも、心は一つだと思った。
これからの話をする前に、キラから戦闘の疲れをとろうとの提案があり、各々しばらく休むことになった。
次の話し合いは半日後。それまでじっと、いろいろなことを自室で考える。
枕に顔を埋めてあたりを暗くしていると、疲れていたのだろうか。いつの間にか眠ってしまった。
☆
戦争のユメを見た。街が戦場になった。建物はすべて倒壊し燃え上がった。人は潰れ死に絶えた。
偶々生き残ってしまった私は独り、赤々と燃える周囲を見渡す。火の海だ。地獄の業火とはこのことなのだろうか。ヒトが燃える臭いがした。ヒトが死ぬ声がした。
突如、鼻腔と眼球の粘膜を焼き切るほどの熱波が私を襲う。
思わず目を閉じたが、呆然と口を開いていたらその熱気を吸い込んでしまった。喉が焼け、気道に煤がこびりつき、声帯は麻痺したように動かなくなった。
助けも呼べず、ただ泣いた。声は出ない。かろうじてあるのは…恐怖と、それから。
そしてすぐに気を失ってしまい、気が付いた時にはベッドの上。
しばらくは声も出なかったし、眼の粘膜も火傷をしていて。
満足に歩くことなんて…まず無理であった。
家族がいなくなって、友人が死んで、故郷が焼かれて。
生きるということは簡単なことではないと知った。
私は生きる意味と理由がわからなくなってしまった。
だから私は…頑張って生きる意味を考えた。考えるフリをしていたんだ。
結局何もわからなくて。過ぎ去る時をただ適当に、横着して、終ぞ何も考えは纏まらず。今までなあなあでここまでやって来きてしまった。
それでも、私は生にしがみついた。
生きる意味が見いだせなかったのに。
ずっと孤独をぬぐい切れなかったのに。
ただ惰性で日々を重ねていただけであるのに。
違う。どちらかといえば、ただ死から逃げるためだけに生きてきたのだ。
ずっと、自分は何とかうまくやっていると思っていた。
そうやって、何もかもから逃げ続けてきたツケを…今払わされているのかもしれない。
☆
…嫌な夢を見た気がする。でも、内容がうまく思い出せない。
体が固まっていたため、伸びをしてみる。
どんな夢を見たのか記憶を掬いきれず、モヤモヤとした心に整理をつけようと試みていると、自室がノックされた。キラがやってきた。どうやら話があるようで、二人で温かいお茶を飲みつつ対話をすることになる。
キラの顔を見ると、嫌でもアスランのことを思い出す。なんとか抑えつけていた感情の奔流が、ダムが決壊したかの如く暴れ出す。
眠っていた間はずっと見ないフリが出来たけれど。彼は…
「アスランさんが…死んじゃったよ。ごめんね…私が役立たずだから」
敵は強かったし、数も多すぎた。だからキラと二人で役割を分けた。マユが自分でアスランの方に行きたいとキラに申し出た。彼を助けるということが、あの時の彼女の大きな戦う理由であったからだ。
でも、結果としてそれは失敗した。キラがアスランの方は行けば、もっとうまくやれたのだろう。そんなことをずっと考える。
二人でその事実を受け止める。でも…キラはどこか落ち着いていて。その息遣いのやさしさが、逆にマユに緊張感を与える。
「悲しいよ…」
私は思わずつぶやく。
そうだ。悲しいのだ。大切な人がまた死んでいく。死んでしまったら…何にもならないじゃないか。生きていないと意味がないじゃないか。
だって、私は。こんな酷い世界でも、こんな大変な世界でも、私は…
嫌な思考の迷路に囚われる。他のことを何も考えられなくなる。思考はぐるぐる同じところを無限にループする。自身の尾を噛む蛇の如く。
そんな中で…キラは突拍子もないことを口に出す。
「アスランは…きっと。生きてるんじゃないかな」
「…なんで?」
なんでそんなことを言えるのだろう。到底生きているとは言えない倒され方であった。コックピットにビームが一閃。あれで生きているのだとしたら…一体どういう了見なのだろう。
「僕は昔・・・アスランと戦った。何度も何度も」
キラから…過去について滔々と語られる。前の戦争のことは、私に配慮してのことでもあるし、そもそもキラもアスランも話したがらないから。だから、初めてこのことを聞いた。それはとても辛い事実。敵兵として戦場で再会してしまった…二人の少年。二人は何度も戦い、何度もぶつかり合い…そして最後には、死闘を繰り広げたのだ。
二人は幼年学校からの友達だと聞いていた。なんとも酷い話だ。そんなに残酷で、悲劇的な話にわざわざしなくてもいいじゃないかと神に言ってやりたい。
だって、客入りはすでに上々ではないか。こんなたくさんの人が毎日殺し合っているのだから。
「そんなことが、あったんだね」
自然と口から出す音が震える。ギリギリ、声として認識できるかどうかくらいの、震えだ。
「でも・・・今はこうして。一緒に平和を目指すと約束したんだ。それに・・・」
彼の顔貌を覗く。身体はマユの方が低いため、彼の顔はいつも下から見上げるようになる。彼は遠くを見ている。マユではない遠くを。
必然二人の目線は合わない。だからこそ、マユというフィルターを介さない、アスランへ向ける顔がそこにはあった。
この部屋からは決して見えないであろう彼の顔を、キラはじっと見つめているようだった。
キラは…理由はないのだろう。それでも。
それでも、確信を持っている。彼のことを信じているから。
わからないけれど、わかっている。
「アスランが負けたまま大人しくしてるなんて…想像ができないよ」
キラは…確信めいたようにそう呟く。それは神への祈りのようで。未来への願いのようで。星に託しているようで。
でも、悪友のいたずらを先生に秘密にしているような、悪ガキのような顔でもあり。
彼のことを心の底から信じているからこそ、そう感じているのだろう。
そんなキラの表情は今まであまり見たことがなかった。
ラクスの前では、彼は努めてしっかり者であろうと心がけていたし。
こういう子供っぽい笑みを湛える時は…そういえば、アスランについて話す時くらいであろうか。
マユとキラで二人、アスランについて話す時は…アスランから小言を言われたとか、そういうエピソードで盛り上がることが多くて。そういう時もこんな顔をしていた。
キラの心理の根底にある…アスランへの純粋な信頼を垣間見る。
二人の間の固い絆に入り込めない事が少しばかり切なくなるけど、それも当然だったしその二人に支えられここまで生きてきたのだ。
二人の友情の上に、私は立っているのかもしれない。
「そうだね。アスランさん負けず嫌いだし」
☆
激戦を終えたミネルバとそのクルー。当初の目的地はジブラルタル。そこまで航行し、ステラの身柄を引き渡し、そこで補給と支援及び次の作戦を受けることになっていたのだが、それが可能な物資も余裕もミネルバには残ってはいなかった。
そもそも、ミネルバは甘く評価しても中破。シビアに評するなら大破と言わざるを得ないほどに破損がひどい。艦前方は中央カタパルト付近を除いてほぼ壊れ、艦内が剥き出しになっているところもちらほらと認める。
故に現在ミネルバは直近のザフト駐屯地にて戦場で受けた傷をじっくりと癒さざるを得ないことになった。
アーサーとグラディスはその駐屯地に降りたち、戦いの後…つまりはこれからについて話している。
ミネルバがこうなった以上、しばらくはここに滞在するしかないだろう。次の作戦はまだ届いていない。頭痛を隠せなくなる未来の話は一度区切りがついたため、話はいろいろな方向へシフトしていく。
「でも、本当によかったです…アスランが見つかって…」
「ええ…本当に」
シンが敵の大将艦を討ち果たした時とほとんど同じタイミング。無人探索機により、『セイバー』は無事に…とは言い難いが、発見され機体ごと海から引き揚げられた。
セイバーは文字どおりの大破。駆動系は完全に失われており、自力で動くことは不可能であった。
搭乗していたアスランも…到底、無事だったとは言えず。左胸腹部にセイバーのコックピットの破片が突き刺さり、出血がひどく瀕死状態であった。
胸部は肋骨骨折と肺の軽い挫傷のみで取りあえずは放置でよいとのことになったのだが、腹部がまずかった。
脾臓破裂に伴う動脈出血が著しかったのだ。それを止めるべく緊急手術が執り行われた。幸いなことに手術は無事成功し、止血はできたものの、意識はまだ回復はしていない。
未だに呼吸状態も悪く、酸素マスクが外せてはいない。
ジブラルタルを含めた現在地球にあるプラントの医療施設全てと比較しても、全く劣らないほどにミネルバの医療設備は高品質である。
故に、アスランは現在もミネルバの集中治療室で眠っている。
「本当に、死なずにすんでよかった…無念にも、亡くなったクルーもおりますから」
アーサーの言葉に、グラディスも同意する。ミネルバクルーにも、死んでしまった者もいた。あれだけ激しい戦闘であったのだ。むしろ、アスランが生きていることは僥倖であった。彼の治療はしっかりと出来ている。医師の考えでは時間が必要であるが、ゆっくりと回復するはずとのことであった。
「しかし…シンや、ルナマリア、レイも心配です」
先の酷い戦いにより、ルナマリアは左腕の骨折。レイは軽症であるが、擦過傷を負っている。二人とも治療は既に完了しており、あとは経過を見ていくだけだ。
しかし問題はシンである。シンには目立ったケガはなかった。戦闘後も、医師の軽い診察のみで特に異常はないと判断された。しかし、問題がありそうなのは心のほうである。
シンは苦しそうに眠っているアスランと、その傍で死んだように静かに眠るステラの傍にずっと体育座りで座り込みそこから全く動いていない。
戦闘が終わってからはずっとだ。いつ食事や睡眠を取っているのかは定かではないが、ぶっ倒れていないのでどこかでは取っているのだろう。
グラディスやアーサーは、そんなシンを心配はしていたが、ミネルバの損耗が激しく、そちらの修理の手配や調整に意識を割かれてしまい、あまりシン個人に時間をかけられずにいる。
一応、ルナマリアやレイが声をかけに行っているのは度々見ているので、大丈夫だとは思いたいのだが。
こういう時、腑抜けたシンをしかりつけるのは…いつもアスランの役目であったのだが。彼が眠っている今、それも難しいのが現状だった。
「…とりあえず、議長からの指令は、早急にミネルバを修理し、ジブラルタルへ向かうこと。みんなボロボロだけど、命令なんだから仕方ないわ。ミネルバの修理が最優先ね」
アーサーは力強く頷いた。しかし、その額には冷や汗が浮かんでいる。そして当然ではあるが、グラディスの中の不安も消えることはなかった。
☆
シンは独り医務室で座る。糸切れた人形のように静かに目を瞑るステラと、苦しそうに眠っているアスランを見る。
その顔色は窺い知ることはできない。ただ戦闘が終わってからずっとそうして傍に座り、じっと二人の顔貌を見つめていた。
「…」
二人を見ているとわからなくなる。いや、二人を見ていると…よりわからなくなるのだ。
何が正しくて、何が間違っているのか。
何が正解で何が不正解なのか。
そういう、答えの出ない疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡る。独りで何かを考えていても、何も答えを導くことができない。
それでも、嫌なことばかりだから…嫌な考えを除けるために色々考える。でも、直ぐに思考の迷路にぶつかり考えが止まってしまう。
眠たいとき本を読んでいるときに、同じ行の文を何度も読んでしまうような。そういうこれ以上頑張っても何にもならないという行き詰まり感と、全てを投げ捨ててしまいたい投げやりな感情を覚えていた。
二人はまだ覚醒する様子はない。アスランの治療はうまくいったようだ。それに、彼の生来の生命力の高さがそうさせるのか。驚異的な回復を認めているらしい。
それに対して、逆に容態が悪くなっているのはステラだった。彼女は日に日に調子が悪くなっている。今はもう、起きて会話をすることもままならない。
地球軍の強化兵士なのだ。医師の話では、地球軍から何かしらの処置を受けているのではないかとのことである。そして…それが受けられないと恐らくは『調整』が間に合わないのであろうとも。
シンは医務室から出て、食事を摂りに行く。こんな時でも腹は減る自分に嫌気がさす。さっと食べて戻ってこようとの魂胆だ。廊下を歩いていると、向こう側から医師とグラディスが並んで歩いている姿を認めた。何となくとっさに物陰に身体を隠してしまったた。密かに話す二人であったが、周囲からとても静かであり二人の話声が聞こえてくる。
「ザラ隊長の治療はこのまま経過良好にいけば大丈夫かと。
しかし…例の強化兵士のほうが…」
「そちらは…まずそうなの?」
「はい。我々の既知ではない、何かしらの処置をされているのではないかと考えており…それがわからぬ以上は、手の施しようが…
それに、正直に申し上げますとこのまま無理やり延命処置を続けてもかえって解剖時のデータがとりにくくなるだけです」
「…死体のサンプルデータなんて、研究所にたくさんあったもので十分よ。それに…議長も生きた強化兵士のサンプルを欲していらっしゃるわ。とりあえず、延命を第一に考えて」
「わかりました…できる限りやってみます」
そうして二人は去っていく。足音と声の大きさで、二人が遠ざかっていくのがわかった。こちらの姿が見えなくなるまでじっと息を潜めて隠れていた。
いや…まるで足を縫い付けられたように、この場から一歩も動けなかったのだ。
☆
「解剖…」
彼女はプラントの医療技術では助からない。そして、死後彼女は解剖されるのだ。ナチュラルの野蛮で非道な研究の内容を調べ、正すために。
その行為は…確かに大切かもしれない。けれど、致命的に心が痛かった。
あんなに死を怖がっていた彼女を。その死後も愚弄するかの如き所業。それは果たして地球軍したことと、一体何が違うというのだろう。
シンにだって、理屈はわかるのだ。彼女の身体から得られるデータは、今後もし同じようなひどい実験の被害者が見つかった時に、何か助けになるかもしれない。
そんなお題目はわざわざ言われなくてもわかっている。
けれど…そうだからって。それが理屈だの、道理だの、理論的だからって。よってたかって。
じゃあ彼女は一体、誰に助けられるんだ。誰が守ってあげるんだ。
そして何より…俺自身が嫌だと思う。この気持ちは間違いなのか?
俺のエゴなのだろうか。彼女に安らかに過ごしてほしいという、俺の内から生ずるちっぽけな願いは。
わからない。何もわからないのだ。
ずっと悩み続けている。ステラの幸せとは一体。そもそも、彼女はもう幸せになることなんて…できないのかもなんて…考えたりもしたけれど。それをなんとか振り払って。
『君は俺が…守るから!!』
その約束は。誰が為の誓いか。誰が為の願いか。
そんなのは言わなくても決まっている。
「本当に守りたいものがあるなら…自分の力で…」
アスランの言葉を思い出す。頬に受けた痛みと熱は、まだ肌と、心に感じられる。
そうだ。決まっている。
これは彼女を守るという自分への誓いだ。
彼女を守りたいという、自らの願いなのだ。
誰にも…守ってもらえないのは。世界から見捨てられるのは。孤独に打ちひしがれるのは。
とても、とても辛い。
それを俺は知っているのだから。だから俺は…
俺はただ彼女を守りたかったんだ。
争いとか、そういうのとは全く関係のない優しい世界に彼女を送りたかった。そういう世界で笑っているのが、彼女に一番相応しいと思ったんだ。
でも、そんな独りよがりの身勝手で、ちっぽけな感傷では。
何も救えないということを。いずれ僕は…知ることになる。
惨禍は怒涛の如く。僕たちを蝕んでいった。
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