機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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人気投票、面白かったです。
私も投票したマユは50位ということで、出番数に比べ非常に順位が高く、やはり人気なのだなと感心しました。

皆さんの推しは何位でしたか?

ちなみにモビルスーツはセイバーに投票していました。


明けない夜

 

 プラント首都アプリリウス市。

 ザフト軍将校の一人であるイザーク・ジュールは執務室で書類仕事に忙殺されている。このところ宇宙域では目立った戦闘はなかった。しかし、戦闘だけが彼の仕事ではない。一部隊の指揮官である彼は様々な会議への出席や資料作成、今後の戦況予測会議などあちらこちらに引っ張りだこである。十分な睡眠を取ったのはもう何日も前の話だ。

 しかし、彼を睡眠不足に陥らせたのは何も仕事だけではない。いや、ある意味で仕事関連ともいえるのだが。

 ミネルバに搭乗していたアスランとプラント本国にいるイザークは、適宜メールにて情報共有を欠かしてはいなかった。アスランからのそれが中途半端に途切れたため、嫌な予感はしていたのだが。

 

 『セイバー』の撃墜。そして現在、アスランは集中治療室で眠っているとの報告。一時は戦死かとさえ思われていたことに比べれば、命があるだけ幾分かマシではあるのだが。

 相変わらず、奴は自分の命だけは軽いと本気で思ってそうなところに、イザークは更にイラついてしまう。

 そして、イザークの頭痛を専らひどくさせるのは、やはりアスラン・ザラ。コイツからのメールを読み終え、静かに眉間に皺を寄せる。そして独り静かに誰もいない部屋で独り言ちた。

 

「どこも面倒ごとばかり…」

 

 その顔貌は厳しいものだ。だが同時に…悪だくみをしているようにも見えた。

 

 

 地球軍基地内。先の戦いで痛い敗北を喫した地球軍は、近くの駐屯地でその傷を癒している。

 ネオもその一人だ。彼の『ウインダム』は真っ先に修理され、直ぐに飛び出せるようにはなっている。三機のガンダムを失ったのだから、戦えるモビルスーツを集中して直すのは当然だった。

 

 第81独立機動群『ファントムペイン』のエースであった三人の強化兵士は既にいなくなってしまった。ネオは物悲しさと申し訳なさを隠せず、独り深夜に空を仰ぐ。

 

 黒い仮面は壊れてしまった。あれから、つけろつけろと言われ続けているが、適当にはぐらかしている。いずれは逃れられないのかもしれないが、今しばらくは許してほしい。

 

 独り、夜の帳が落ちた世界で前の戦いについて考える。あの『ストライク』。あれが妙に引っかかる。それに『フリーダム』と宇宙艦『アークエンジェル』。どちらも先の大戦で、連合ザフト関係なく大暴れをしたのだから、覚えていても何ら不思議ではないのだが。

 

 彼が忘却してしまった過去の、微かに残った燃えカスに、再度火を灯すような、何かしらの激情に駆られてしまう。

 

 もしかしたら…俺は先の大戦でアイツラに撃墜され、その恨みが本能で残っているのかもな、なんて考えたりもして自嘲してしまう。

 ネオは生憎ではあるが、そんなオカルティズムは嫌いではなかった。

 

 そんなすべての生物が寝静まった夜。突如、そんな閑静な世界をぶち壊すかの如く、部下から非常通信が入る。こんな深夜にかけてくるのだ。喫緊の事態に違いない。数コール目で通信に応答する。

 電話口の言葉で、ネオは否応にも仕事が増えることになる。

 

「なんだ」

 

『夜分遅くに失礼いたします大佐!強化兵士が見つかったとのことで――』

 

 

 シンはゆっくりと独り覚醒する。真っ暗だ。時刻は深夜零時にさしかかるところ。場所はミネルバの自室だ。

 ミネルバは修理中とはいえ、こんな夜更けに作業をする者などはいない。こんな時間でも起きているのは、深夜帯の警備を任されている兵士くらいであろう。

 その為か、辺りはしんと静かであった。生きている物など一つもないような夜の中で、唯一生命を感じるのは同室の友人。レイは死んだように静かにか細い寝息を立てており、その寝姿は平生から泰然自若に落ち着き払う彼らしく、綺麗な気をつけをしているような仰臥位だ。

 

 同室の友人を起こさないように静かに部屋をでようと試みる。そろりそろりと抜き足差し足で移動する。部屋を出る間際にもう一度振り返り、同室の男が寝ていることを確認しようとすると突然、見ているところあたりから声が響いた。

 

「どこへ行くんだ?」

 

 落ち着き払ったレイの声だ。そう言い放った後、レイはゆっくりと起き上がり、いつもと全く変わらぬ様相で立ち上がる。その立ち姿は眠気など微塵も感じさせず、平生と変わらぬ朝を迎えた人間にしか見えない。

 そもそもとして、シンが彼を出し抜こうなどとは百年ほど早かったのだろう。人の気配や機微に敏感な彼は、シンが日中からそわそわと落ち着かない様子である事に気づいていた。それもあり、深夜にシンが動き出したことを察したわけである。

 

 レイからの問いかけに、シンは何も答えることができない。ゴクリと唾液を嚥下する。額から汗が流れる。

 レイを誤魔化すことは最早不可能である。ならば説明して理解してもらうしかない、とシンは思考を切り替える。

 

「…ステラを助けたくて」

 

 か細い声だ。こんなに静まり返っているのに、レイにさえ届かない程の小さい声で、シンは呟くように答える。

 

「彼女を地球軍に返すと?」

 

 レイの冷静な声色だ。常日頃から全く変わることのない、怜悧で冷徹で、凍てついている。

 

「ああ。でないと、彼女は…」

 

「死んでしまうだろうな」

 

 レイも、シンやアスランを気遣って医務室に赴くことがあった。彼も鈍感ではない。

 ステラの容態が芳しくないことなど、とっくの昔に気づいていた。

 

 二人の間に沈黙が走る。深い、長い沈黙だ。次の言葉を発することが、シンにはできない。どれくらいそうしていたかはシンにはわからなかったが、レイが続きの語りを紡ぎ始めた。

 

「彼女を…助けたい。それがお前の望みなんだな」

 

 レイは立ち上がり、真っ直ぐにシンを見つめている。その相貌の鋭さは、シンの肝を冷やすに足る鋭さである。

 だからこそ、シンは真摯に、誠実に答えることにした。それが、友人に向けた最大の誠意であると知っているから。

 

「なぜ、彼女にそこまでこだわるんだ?」

 

 レイからの問いかけ。当然のものと言えるだろう。

 しかし彼は別に、特段怒ってなどはいなさそうだ。ただ純粋にシンの心情を探ろうとしているかのようで。

 もしかしたら・・・これはシンの思い込みかもしれないが、シンを理解しようと歩み寄ってくれいるのかもしれない。そういった風に落ち着いた声色であった。

 それを敏感に察したか。それともそもそもレイに嘘をつくつもりなどなかったのかは定かではないのだが、シンは自身の内面を素直に吐露する。

 

「…ステラとは、ディオキアで初めて会った」

 

 それから語る。海に落ちたのを目撃したこと。飛び込んで助けたこと。死を恐れていたこと。泣いていたこと。思いっきり抱きしめたこと。

 

「――守るって、約束したんだ」

 

 それなのに敵として、不幸な再会をしてしまったこと。

 ブルーコスモスの造る、非道な実験体であったこと。

 日に日に弱っていく彼女に、何もしてあげられないこと。

 そして・・・再度実験材料にされてしまうかもしれないこと。

 

 話していくうちにシンの中でも再度、心が整理されていく。今何を想い、何をしたいのかが少しだけはっきりとする。

 ようやく、シンはわかってきたのだ。ステラをどう思っていたのか。

 

「彼女は…救われなさすぎる。だからせめて…生きていて欲しいんだ。俺の、ワガママかもしれないけれど」

 

 救われぬ者に救いの手を。それはヒトとして当たり前の心情。自然な美しい感情だ。

 しかし、そんな純粋な気持ちを阻害するものはこの世界にはごまんとある。

 戦争、貧困、圧政、支配、生まれ、社会・・・

 そういった多くの不純なモノが、その純粋な気持ちに横槍を入れる。

 そうしてヒトは、ヒトに優しくすることが難しくなっている。

 

 しかしシンは真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに。そんな垣根を飛び越えて、ただ彼女を救いたいと言う。

 それは世間知らずの大うつけ。全くヒトらしくはないのかもしれないが、同時に世界で最も…ヒトらしい。

 

 レイは実感する。彼女を救いたいというシンの願いを。

 そして、現在採れる数少ない手段は…

 

「だが…彼女を返した場合、また酷いことに使われるかもしれない。

 それを理解しているのか?」

 

 シンはディオキアで出会った『アビス』と『カオス』のパイロットを思い出す。

 彼らは強化兵士として『調整』を受け続け、戦闘のためにのみ生きることを許された…造られた存在。

 故に彼らの命や身体は極端な言い方をすれば、モビルスーツやモビルアーマーの一部品でしかない。そういう風に地球軍は彼らを扱っている。

 そして。そんなところに彼女を返すのかと。

 その覚悟はあるのかと。レイはシンに尋ねているのだ。

 もしかすれば、また酷い扱いを受けるかもしれない。彼女が酷いことをさせられるかもしれない。再度敵として、刃を向け合うことになるかもしれない。

 

 シンは何も答えることができない。シンだって馬鹿ではない。そんなこと、何度も何度も考えて、神経が擦り切れそうなほどに思索し続けた。

 そして。それを理解しているからこそ、彼は何もいうことができないのだ。

 

 暫くの沈黙の後シンは答えた。

 その相貌には不安が残っていたが、それでも。

 

「それでも。ステラには…生きていて欲しいんだ…だってあの子は…」

 

 ゆっくりと、自身の発言を噛み締めるようにゆっくりと話す。

 ようやく理解した。ステラに固執してしまう理由。

 彼女に、生きていて欲しいと願ってしまう理由。

 彼女を絶対に守ると、己の魂に誓った理由。

 

「………死んでしまった妹に、少しだけ似ていると思ったんだ。だから…」

 

 世界から無惨にも切り捨てられたあの子に。戦争に殺されたあの子に。救われることのなかった妹に。

 

 当然、妹に似ているというだけが理由ではない。でも、言語化できていなかった感覚の一つがようやくわかったような。ジクゾーパズルのピースが一つ綺麗に埋まったような。そんな、腑に落ちる感覚。

 その声は震えていないだろうか。聞こえるに足る音として出力されていただろうか。レイにちゃんと伝えることができただろうか。

 

 そんな事は、シンにははわからない。レイはやはり顔色を崩さない。ただじっと静かに邪魔をせず、そして誰よりも真剣に、シンの言葉を受け止めている。

 

 レイに心情を吐露し、漸く少しだけシンは自分のぐちゃぐちゃになっている感情を紐解くことができた。

 だからであろうか。目頭は海水につけられたように痛く、喉は取り外され砂漠に放り出されたように乾き、魂は沸騰するように熱いのに…

 少しだけいつもより、自分のことを冷静に見ているような気がする。

 

 レイはシンの心からの言葉を聞き、強く頷き受け入れた。

 そして、これはシンの勘違いかもしれないのだが…僅かにほんの少しだけ微笑んで言葉を紡いだのだ。

 

「わかった。協力しよう」

 

「そんな…そこまでレイがしてくれなくても」

 

 この場を気づかなかったふりをしてくれるだけでよい。

 レイにまで、迷惑をかけるわけにはいかないと、シンは焦りながら止めにかかる。しかし、レイの覚悟も本物のようで、引き下がることはない。

 

「いいさ。どの道、お前一人では警備の突破は難しい。

 それに、どんな命も…生きられるのならば、きっと生きたいだろう」

 

 レイが少し目を細めて滔々と語る。その眼差しはシンを見ているようで見ていない様相であった。

 

「…シン、一つだけ約束してくれないか」

 

 レイにしては珍しい、少しだけ言い淀んだ口調。こんなふうに、躊躇いがちな彼をシンは初めて見た。その様子が違うことを鋭敏に察したシンは、静かに続きを待つ。

 

「お前は……」

 

 レイのその言葉にシンは強く強く頷く。これは、二人だけの約束だ。

 

 この時、シンはもちろんのことであるが・・・レイでさえも気づいてはいなかった。ともすれば、気づきかけていたのかもしれないが。

 レイにとっては。シンがここまで感情を曝け出してくれたことが、少しばかり…いや、とても。

嬉しかったのだろう。

 

 

 時刻は深夜一時ごろ。シンが覚醒してからおよそ一時間経過した。それだけ長く、レイも話し合っていたことになる。

 

「それで、帰すアテはあるのか」

 

 レイが言っているのは、ステラをどこへ返還するのかということ。シンは確信とまではいかないにせよ、ある程度自信を持って頷き答えていく。

 

「魘されながらステラは、うわ言のように『ネオ』と呟いていた。だから地球軍のネオって奴に会えれば、きっと」

 

レイは逡巡しながらも考える。彼はそんな得体の知れない『ネオ』という男など、微塵も信じることはできなかった。しかし、シンの言葉と直感を信じたかった。故に少しでも成功率を上げる為に提言をする。

 

「…それだけでは弱いだろう。

 『ガイア』の型式番号と熱門照合だ。それを同時に秘匿回線で打電し続けろ」

 

 二手に分かれた。

 シンは医務室へそろりと忍び込む。夜間帯担当の女性看護師を音もなく気絶させる。ザフト軍に入る時、一通り体術の訓練を行った彼にとって、軍属でもない女性を一瞬で倒すことなど造作もないことだ。

 ステラが寝ているストレッチャーを運び出す。その間、レイはエレベーターを下ろした。管制室に移動し、警備の数人を静かに気絶させる。コンピュータを起動して、『コアスプレンダー』の発信準備を開始する。

 許可されていない出撃準備が開始され、基地内にアラームと警報が響き渡る。その音に釣られて、巣穴から働き蟻が出てくるように、休んでいたザフトの兵士が飛び起きてくる。

 

 しかし、既に万事の準備はできている。シンはステラとコアスプレンダーに搭乗した。あとは、レイが右手レバーを押し出せば、ハッチは開く。

 シンはじっと、額に汗をかきながら開かずの扉が開かれるその時を静かに待つ。鼓動はやけに速い。しかし、冷静な自分もいる。

 これは衝動からくる行動でもあり、理性的な行動でもあるのだ。

 レイからの通信が入る。どうやら、今から開かれるようだ。

 

『シン、今からハッチを開けるぞ。

 …それと、お前は戻ってくるんだな?』

 

 気のせいかも知れないのだが、レイの声色はほんの僅かに震えたようだった。それをシンは知ってか知らずか。ゆっくりと返答をした。

 

「…ああ。ステラ、行くよ」

 

 レイが強引に発信許可を下す。コアスプレンダーの滑走路が明るく照らされる。全ての条件は綺麗に整い、その戦闘機が飛び立つことを阻む者は何もない。

 シンは一つ深呼吸した。肺は凍てついた空気が占領する。その冷気が、シンを少しだけ落ち着けた。

 直後、愛機を空に駆り立てる。背後から追随してきた各フライヤーとドッキングし巨人が目を覚ます。

 

 陽はまだ出ておらず空はとても暗い。よく目を凝らしてみると、曇りがかっているようだ。もう少ししたら振り出しそうな天候。

 上下前後がわからなくなりそうなほど暗く、昏く、闇い、澱んだ世界だ。シンは黒い空で、飛んでいるのか、それとも落ちているのかあまりわからなかった。

 

 彼は独り、深淵へと堕ちていく。

 

 

「ステラが見つかったってのはどういうことだ!?」

 

 ネオはおっとり刀で管制室に駆けつける。既に広い部屋は喧噪で満ちており、何かしらの騒動が起きていることを否応にも感じさせる。

 

「先ほどから『ガイア』の型式番号と熱門照合、そして『ネオ』というワードが打電されてきます。

 それも定期的に…これは一体?」

 

「そのポイントには何が?」

 

「カメラでは現在、異常は認めず――

 いえ。何者かがポイントに接近!熱門照合…型式番号ZGMF-X56S 『インパルス』です!」

 

「オイオイ…これは一体、どういうことなんだ?」

 

 ネオは焦りを隠せない。こんなケースは全くの想定外だ。インパルスのパイロットがどこのどいつかなど知る由もないし、ソイツが何を考えているのか全く見当がつかない。

 

「総員、第二戦闘配備。といっても出られるのは…俺の『ウインダム』だけか…

 まあいい。応答してみろ」

 

 部下が迅速に回線を開く。すると、インパルスのパイロットと思しき男―――声の高さから、まだ少年から青年くらいであろうか。その男から返答が訪れる。

 

『――こちらインパルス、ネオへ。ステラが待っている。ポイントS228へ独りで迎えに来い。

 繰り返す――』

 

 ネオは腕を組んで考える。数刻の後、その迷いは晴れたようであった。

 独りウインダムに乗り込み、指定されたポイントへ向かう。

 

『本当にお一人で行かれるのでしょうか?』

 

 心配を隠せない副官から通信が入る。彼は優秀であるが、少しばかり慎重すぎるきらいがある。そんなところをネオは評価もしているし、同時に良くはないとも思っている。

 しかし、結構出たがりなネオと慎重な副官の相性は、実は悪くはない。

 

「俺しか出られんしな。それに、向こうさんも俺をご指名らしい…

 罠だとしても、何かしてみなければ何もわからんさ。後を頼むぞ」

 

 

 インパルスを駆り、シンは先に指定ポイントにたどり着いた。ここは、地球軍基地からもプラント駐屯地からもめっぽう離れた小さい島だ。どちらかに横やりを入れられる可能性は低い。

 

 あまりにも軽すぎる少女を抱える。彼女の息は荒い。顔面は蒼白で、額には脂汗がにじみ出ている。

 素人目で見ても、容態は悪そうであった。

 それに、ずっと何かを呟いている。不安なのだろうか。そんな彼女を心配させたくなくて、ゆっくりと語り掛ける。

 

「大丈夫だよ。『ネオ』がきっと、来てくれるから…」

 

 ネオという言葉に少しばかり反応し、眼を開いた彼女であったが、直ぐに目を閉じる。もはや、開眼さえ難しいようだ。そんな彼女をじっと労わるように抱えなおすと、機体内にアラームが鳴り響く。

 光学レンズが遠くの敵影を捉える。そこには赤紫の『ウインダム』。先の戦いでも、参戦していた機体であった。

 ウインダムは静かにインパルスの傍に着地し、コックピットから金髪の男が姿を現す。

 顔はよく見えなかったが、金髪の男性という情報がどことなく友人を彷彿とさせた。

 地面に単独で降り立った彼は大声でインパルスに呼びかける。

 

「来たぞ!ネオ・ロアノークだ!!言われた通り一人で来たぞ!」

 

 シンも、逃げも隠れもする気はなかった。ゆっくりとコックピットのハッチを開放し、少女を抱きかかえてケーブルで降りる。

 

「行くよ、ステラ…」

 

 二人が地に足をつける。男が二人向かい合う。

 シンの視線は鋭い。自身より背丈がはるかに高い男に全く億すことはなく、金髪の男から一切視線を切らず。

 少女を抱えた少年は強く強く…ネオに語り掛ける。

 

「死なせたくないから…帰すんだ!!

 …だから、絶対に約束してくれ!この子を…決して戦争とかモビルスーツとか!

 そんな『死ぬ』ようなこととは程遠い!優しくて、あたたかい世界に帰すって!!」

 

 シンの慟哭。心からの声だ。喉がはち切れそうなほどに、大きく叫ぶ。

 それは何もできない自分への怒りでもあり、彼女の生を想う願いでもある。

 

 それを痛いほどに感じたネオは…つい、一瞬の迷いが生じ何も言えなくなってしまう。

 

「………約束、するよ…」

 

 金髪の男は、返す言葉を少しだけ言い淀んだ。

 しかし、それでも。

 ステラを見るその目がとてもやさしいモノであったから。

 その感情にだけは、嘘は吐けないと思ったから。

 だからシンは納得して彼女を引き渡すことに決めた。

 

 ゆっくりと一歩ずつ、両者は歩み寄る。近づきステラを優しく受け渡す。

 金髪の男が、少女に何か小声で話しかけている。それを聞いた少女は、嬉しそうに微笑する。

 それを見て、ステラの居場所はやはりあの男の傍であることを実感する。少しばかり寂しかったけれど、でも彼女が穏やかに笑っていてとても安心した。

 

 でも、…あんな風に笑う様をミネルバでは終ぞ見ることができなかったなと心の中で寂しく思ってしまう。

 

「ありがとう、と言わせてもらう」

 

「…別にそんなのはいらない!でも、さっき言ったことは…」

 

 そんな未練がましい気持ちを振り切りたくて、つい大声で怒鳴るように会話をしてしまう。情けないなと自分でも思った。

 

「ああ。…わかっているよ」

 

 会話はそれだけ。ネオは少女を抱えて身を翻す。その背中から僅かに見える少女の姿を見て、シンは最後に渡したいものがあったことを思い出す。走って追いかけ、懐からピンクゴールドの貝殻が入った小瓶を取り出しステラに渡す。

 それはディオキアで、シンがステラから受け取った貝殻。彼女は、これを見ているときはずっと穏やかで、笑っていた。

 それを強烈に覚えていたシンは、きっとこれが彼女に安らぎになると信じて渡すことに決めていた。

 

「この貝殻は…ステラがくれたんだ。これが好きみたいだった。優しい顔をしていたんだ。だから。忘れないで…ずっと」

 

「シ…ン」

 

 ステラは微かに笑いながらそれを受け取った。最後に笑顔を見せてくれたことが、シンにとっては何より嬉しかった。

 

 その笑顔を見ていると、やっぱり一緒にいたいと思ってしまった。だからそれを振り切るようにインパルスに走って、直ぐに飛び去った。

 

 先ほどまで降り立っていた島を振り返る。めっぽう高度を上げてしまった。もう島は点のようにしか見えない。いや、何かで滲んでしまい視界が悪い。誰かの嗚咽が聞こえる。でも、それを気にしないふりをした。

 

 家族を思い出す。全てを喪った日を嫌でも思い返した。

 別離とは、シンのトラウマを強烈に穿つ。

 

 でも今回の別れは悲しい別れではないはずだ。

 俺はようやく守りたいものを守れたのかもしれない。

 

 もう二度と彼女に会うことはないのだ。それに、俺が往くのは戦いの道。

 …故に会う必要はない。

 

 彼女との道が交わることはないと信じたい。そう思った。

 

 …どうか元気で、笑顔で。さようなら。

 

 

 ネオはウインダムの中で、ステラを抱えながら独り黒髪の少年を思う。

 インパルスのパイロットだ。戦場を超えていくごとに成長していくその腕前。

 あの恐ろしい成長を鑑みるに、若く優秀な奴であろうとは予想していたのだが…予想より遥かに若く、ネオは驚きを隠せなかった。

 

「あんなボウズまで、戦ってるなんてな…」

 

 糞みたいな世界だと思った。本来ならば、社会に庇護されるべき存在。そんな彼が、モビルスーツに乗り敵兵と戦っている。

 

 それに…奴は純粋だった。ネオが喪った心だ。ヒトの善性を本気で信じる気持ち。

 世界がまだ救いようがあると。人類が全員、救われる権利があるのだと。

 本気でそう思っているかのようで。

 

「若さ、か」

 

 それは…初対面でしかも敵兵であるネオでさえ例外ではない。

 

『死なせたくないから…帰すんだ!!

 …だから、絶対に約束してくれ!この子を…決して戦争とか、モビルスーツとか!

 そんな『死ぬ』ようなこととは程遠い!優しくて、あたたかい世界に帰すって!!』

 

 少年の強い眼と言葉、そして魂に触れてしまった。

 少年の熱が伝導し…彼の失われた心が燃え滾る錯覚を覚えた。

 

 …そして、つい本音が漏れそうになった。

 

 もし本気でステラの幸せを想うのならば、彼女を帰すべきではないと。

 

「…」

 

 本当に優しい大人なら嘘を吐かずにいるべきであった。

 でも…少年の縋るような瞳と祈るような口ぶりと、願うような表情が。

 

 “それ”を突き付けることに躊躇いを与えてしまったのだ。

 

「ボウズ。ステラは…戦うことになるよ」

 

 世界はそんなに優しくはないのだ。そんな普通の善性が通じるほどの世界では最早なくなってしまっている。

 世界は醜い。お互いのどちらかが滅びるまでは、この戦争は止まらない。

 

 でも、そんな酷い真実を、あの場であの少年に突き付けることは。

 彼自身がその事実を…本心から認めてしまうようで、できなかったのだ。

 

 彼も…きっとどこかに優しい世界があると。錯覚したかったのだろう。

 

 




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