申し訳ありません。
それはそれとして、HGゲルググメナース買えませんでした。
アークエンジェルブリッジ内。
『ターミナル』から送られてきた情報を全員で共有する。
ターミナルは、各国の非戦派が集まって結成された非政府組織だ。
第一次連合・プラント大戦の折、プラントの独立戦争が核戦争はおろか地球生命の根絶寸前まで発展した事実は、各国上層部の非戦派に大きな恐怖をもたらした。そして、そのような戦争を調停または介入することができる組織として、『ターミナル』は創設された。
ターミナルは、シーゲル・クラインが造ったレジスタンス組織を前身としている。その為、ラクス・クラインは勿論のこと、中立及び平和を謳うオーブ首長国連邦とも関わりは深い。
「ラクスさんやカガリさんの方は…大分準備が整ってきたようね」
「はい。オーブ軍と共に、機を見てオーブへと戻るタイミングは近いでしょう。アマギさんたちも、独自のルートでオーブ軍内部と連携をとってくれてます。
タイミングを調整できれば、ユウナ臨時代表を含めたブルーコスモスと繋がっていた要人の捕縛および政府機能の奪還は十分に可能だと考えます」
「できるだけ早く帰りたいね。こういう計画は知っているヒトが多くなるとどこからか漏れるってのが通説だし」
「もう一つの頭の痛い問題は…これよね」
「こんなモノを造るなんて…」
記されていたのは、とあるモビルスーツの設計図だ。いや、最早巨大すぎて、モビルスーツと呼べるのかすら怪しい。
ブルーコスモスが主導し、地球側内部で極秘に開発していたようだが…その想定される破壊規模は、全員が目眩がするほどに大きなモノである。黒く巨大な…破壊の象徴。
アークエンジェルは、ターミナル所属の戦艦というわけではない。
しかし、補給や支援など、様々な援助を受けているという事実がある。それにより、うっすらとした上下関係は存在しているというのが現状だ。
そして、ターミナル本部がこの情報を渡してきたということは…コイツが暴れ出した場合、出撃せよと暗に通告されたに等しい。
アークエンジェルの面々としても、非道な虐殺は到底認められるものではないので、それはそれで別に構わないのだが、嫌でも現場に緊張は走る。
「この機体が世の中に出てしまったら…!」
キラは想像もしたくない惨状を、厳しい眼で見つめる。もうすぐそこまで迫る悲劇だ。
☆
まだインパルスが帰還していないときのことだ。
レイは先に捕縛され、事情聴取をシンと同じように受けていた。
グラディスは、レイまでもこのようなばかげたことをしでかした事実に、頭が痛くなる。
「レイ…一体、何を考えているの?これも…議長の計画の範囲内なのかしら?」
「いえ。議長は全く関与しておりません。今回のこの行動は…俺自身の独断、俺が・・・やりたくてやったことです。
なので…処罰は軍法に従ってください」
「横柄ね…貴方、立場をわかってるの?」
「重々承知しているつもりです。なので、艦長が俺に遠慮する必要はありません」
どちらが取り調べているのかいるかイマイチわからなくなるほどに、堂々たる立ち居振る舞いを崩さないレイに、グラディスは頭痛がしたが、もう仕方がないと、シンが返ってくる前に懲罰房にぶち込んだ。
レイがやけに満足そうであり、グラディスはなんとも言えない苛立ちと、少しばかりの嬉しさを覚えた。
☆
シンが事情聴取を受ける部屋は、意外にもグラディスの部屋であった。もっと暗くて、辛気臭いイメージのある取調室みたいなところに入れられると思っていた。寛大なのか、それとも、ミネルバには最早そんな余裕すらもなくなったのか。そんなことは知らないが、少しばかり何とも言えない気持ちになる。
警備兵に連れられた部屋にはグラディスとアーサーの二人が、テーブルの向かい側で座っている。テーブルには、取り調べに定番であるかつ丼やピザなどは一切ない。部屋の端には、記録用の兵士がパソコンを構えてこちらを観察している。聴取の記録をつけるつもりだ。
シンは現在、逮捕・連行されている。当然ながら、その両腕には手錠がはめられており、それが少々不快ではあった。
しかし、シン自身も特段抵抗の意思はないため、それについて文句は言わない。聴取は速やかに進んでいく。
「シン。独断での捕虜の解放、クルーへの暴行。それに、モビルスーツの無許可発進、敵軍との接触…
こんな数え役満みたいな軍機違反はこれまで聞いたことがありません。
貴方のしでかしたことは…軍法第3条など、多くの規律に違反しています。つまりは重罪です。即刻、現場判断での銃殺刑が妥当といった程のね。それを承知の上で、貴方は戻ってきたということね」
「…はい」
「なぜ、こんなバカげたことを?」
「あのままでは彼女は死んでしまうところでした。それは、艦長もご存知でしょう。だから…」
「そうかもしれないわ。でも、それとこれとは関係がないことよ」
「関係なくなんかないです。ここの医療じゃ…彼女を救うことなんてできない。それなのに、皆して、寄ってたかって解剖とか、データがとりにくくなるだとか。そんなの酷いじゃないですか。
それに、彼女だって実験の被害者なんです。自分の意思であんな身体になったんじゃない…なのに誰も!配慮も心配も、何もしていない!連合の強化兵士だからって…!」
死んでしまっても、当たり前だ。しょうがないんだみたいなことを、どいつもこいつも。口を揃えてそんなテンプレートな回答ばかりで辟易とする。そんな、心底うんざりした様子のシンを、グラディスは険しい顔貌を湛えながら見つめる。
「地球軍は、非道で、野蛮なことをたくさんしています。
でも…だったら、彼女を解剖しようとする俺たちは、それと一体何が違うっていうんですか?
こんな酷いことを認めたくないから…俺は戦ってきたんです!」
「…貴方の気持ちは理解できるわ。だからといって、貴方の行動が認められるわけではないの。
かの少女は連合の強化兵士であり、我々は彼女の身柄をジブラルタルまで届けるように指令が下っていた。
個人の勝手な思惑でそれに反していたら、我々がプラントが国として集団を形成し、規律を作って戦ってきた意味がありません。
この件は…司令部に報告せざるを得ないわ。それまでの間…シン・アスカに懲罰房入りを命じます」
「…わかりました」
シンもグラディスも最後まで厳しい表情を崩さないままに聴取は終了となった。アーサーだけはそんな二人をおろおろ、冷や汗を額に浮かべながら見ていたが。
☆
シンとレイが共謀して捕虜である強化兵士を逃がしたという事件は、ザフト駐屯地で大きな混乱を巻き起こした。
シンはステラという少女に、何か特別な感情を抱いていそうなことは、ミネルバクルーの中では周知の事実であった。そのため、無茶で馬鹿なことをするものだと評されることはあれど、ある意味では意外な顛末ではなかった。
どちらかと言えば、レイのほうが意外というよりは…ありえないという評価になるだろう。
レイは士官学校のころから、少し物静かなところはあれどとても優秀で真面目な青年として有名であった。
それ故に、今回の事件に加担したことは、シンよりも皆にとっての動揺の種となったことだろう。
そんな二人は今現在、ミネルバの懲罰房に入れられている。一応部屋は区切られているが、お互いの身動きの音すら聞こえるほどの距離と静けさであった。
ここにぶち込まれる前に、当然ではあるが二人は逮捕された。
彼らは各々別々のタイミングで、グラディス達からの事情聴取を受けた。その後に隣接する懲罰房に入れられたということだ。
営倉の中は暗い。光量が少ないのだろう。薄暗く、少しだけ湿気も強く感じる。
房の一部屋には、硬いソファにもベッドにもなりそうな長い直方体の椅子と、綺麗でもなさげなトイレがあるだけだ。まあ、ダメなことをしでかしたヤツを入れるところなのだから、こんなもんだのだろうとシンは飲み込む。
レイは静かに息をしている。ここに入れられているのは殆どシンのせいだというのに、その落ち着き具合といったらシンに少々貸してほしいほどである。
二人の間には、暫くは会話がなかった。しかし、お礼や顛末を伝えねばと思ったシンは、壁越しに顔の見えない隣人に語り掛ける。
「ごめんな」
「なぜ謝る?お前に詫びてもらう理由などない。あれは…俺自身の意思でやったことだ。
彼女を、無事に返せたのか?」
「うん…」
「なら、よかったな」
「…ありがとう」
沈黙が訪れる。シンもレイも少しばかり疲れていた。深夜に起きて、大立ち回りを演じたのだ。時刻はまだ五時になったところか。さすがに少し眠くなり、頭がくらくらしてきた。
「彼女は…幸せだったのだろうか」
レイはそう呟く。レイにしては珍しく抽象的な話だ。
彼はもっと理論的で、科学的な。白黒はっきり決着がつくような話を好む気がしていた。
このような生についての哲学的な問いをされるとはシンは思ってはいなかった。
レイもやはり疲れていたのだろうか。普段から冷静沈着な彼にしては珍しく饒舌だ。
突如として、シンに疑問を投げかけた。
シンは声は出さずに雰囲気だけで説明を促すと、レイはゆっくり、滔々と語りだす。
「いや…ふと思っただけだ。強化兵士にされ、戦争の道具にされて。
自分の命の使い方を勝手に決められて。そして戦わされた。きっと、彼女に自由意志はなかっただろう。
…そんな存在も幸せになる権利くらいはあるのか。それとも…」
そのような権利すらも、持ち合わせていないのか。
レイはそれをシンに問いかける。
シンは暫く考えこむ。
ここ最近シンがずっと考えていたことだ。彼女の幸せは、一体どういうカタチならば達せられるのか。
「彼女は…いや、違うな…
こんな醜い争いばかり続ける
「…レイはどう思うんだ?」
シンは、レイの考えが知りたくなった。あまりこのような話をしてこなかったから、レイの考えを知りたいと思った。それに、単純に自分より賢いレイなら、何か答えを知っているのかも知れないとも思ったからだ。
「…俺は、全ての人間が幸せになる権利を持っているとは思えないな。
なぜなら…、人は生まれそのものが平等ではないからだ。
国籍、人種、宗教、出身、言語…ヒトを区別するものは様々だ。
果ては、存在の根幹をなす遺伝子にまでも、ヒトは自由自在に操る術を身に着けた。
きっと、個人が所有する権利も平等ではない。そんな人類が平等などとは聞いて呆れる。
幸せになる権利を持つ者と持たぬ者。どちらもいると考える方が自然だろう」
レイの顔は見えない。しかし、言葉尻や口調から諦観の様子だけはなんとなく伝わる。
諦観というのか、それとも哀悼というのか。最早、人にも未来にも希望を持っていないような、そんな静かで落ち込んだ口ぶりだ。
その考えは、確かに妥当性があるとシンは思った。だけれど、致命的に、何か認めたくない気がした。
「俺は…彼女は一人のふつうの人間だと思った。ただ、ちょっとだけ、寂しそうに見えただけで。
それに、幸せになる権利がどうのとか、そんなことを考えること自体、あまり意味がないと思うんだ。
だって…生まれや出自、経歴とか。そんなのは関係ないって、
生き方や、死に方が運命づけられているなんて…そんなことはないって思いたい」
信じているのではない。信じたいのだ。そういう世界があると。皆が幸せになれると。そう思わせてくれる社会が欲しいと。
「それが…お前の未来か」
レイは、シンの回答に満足したのだろうか。それは定かではないが、その直後からぷっつり糸電話の糸が切れたように会話はなくなった。
シンはさすがに疲れてしまったので、あくびが漏れてしまった。
頭の半分は寝ている。眼がぐるぐるして、瞼がとてつもなく重たい。開眼を維持できない。ふわふわして、身体がぽわぽわと温かい。
レイは静かだ。彼の顔貌を覗くことはできない。レイも、眠ってしまったのだろうか。
閑静な部屋は、わずかな物音さえも反射し、反響させ、強調する。
シンが静かに横になっていると、どこからか微かな…ほんの小さな嗚咽が聞こえた気がした。
でも聞こえないような気もしたし、幻だった気もする。
夢見心地で耳に入った、どこかにいるそのヒトは泣いているようだった。
その涙の理由はわからなかったが、もう泣かないでほしいと思った。
☆
プラント最高評議会議長、デュランダルは、彼の執務室で報告書を処理している。
その中には、ミネルバのことも当然含まれる。
アスランの負傷、ミネルバの修繕予定期間。強化兵士の開放。シンとレイの処分…
これらは、ある程度喫緊の事態として対処せねばならないと仕事の比重を少し重く設定する。
そうして思考を巡らせていると、タイミングよくグラディスからの通信が入った。すぐに繋ぐように指示を出す。
『議長。ご無沙汰しております。事前に報告はさせていただきましたがシンとレイの件で…少々お話が――』
シンとレイ。彼らの処分を考えろとのことだ。別にデュランダルはこの二人の行動で特に不利益を被ったとは思っていない。そのため、どのような処分でも文句を言うつもりはないのだが、相談された以上、それなりに誠意をもって答える。
「彼らも…若い青年だ。時として過ちを犯す事もある。それに、
そんな報告書はないのだがそういうことととして対処しておく、と目線でグラディスを制す。彼女はそれを聞いて、大きく目を見開いたが、何も口に出すことはなかった。
その他の話題――ミネルバがいつ頃発進できそうか、アスランの容態など、話は移っていく。
「アスランが生きていたのは…不幸中の幸いだった。とにかく今は、彼も含め皆治療に専念してくれ…と言いたいのだがね。
実は、ミネルバにはそろそろ出航してもらうことになるかもしれない」
『と、いいますと?』
デュランダルは、モニター画面をグラディスに供覧する。モビルスーツの設計図と思しきデータが映し出された。
「地球軍が製造しているこの超巨大モビルスーツ…いや、最早モビルスーツなのかすらわからないほどに、巨大なモノだが。
とにかく、こんなふざけた兵器はさっさと討伐せねばならないだろう。現在のミネルバの近くだとスエズに大きな地球軍の研究施設がある。まだ正式な決定はしていないが、恐らくはスエズへ行ってもらうことになるだろう」
スエズは大規模な地球軍基地があるところでもあり、地球連行にとっての地中海の要所だ。デュランダルは、本気でユーラシア西を征服しようとたくらんでいるのか。
ご武運をとお互いに言い合い、グラディスとの通信を終了した。彼女も、多大なストレスを抱えているのだろう。化粧のノリと声のハリが普段よりも悪かったように思える。
アスランの敗北は概ね予想通りだった。寧ろ、記録を見るにセイバーのあの破損状態で生きているという方が、正直に言えば信じられない。
彼はやはり何かに憑かれているのだろう。
強化兵士を失ったのは痛いが、死体があればいいだろうと素直に思う。それにもともと彼らを救う道理などない。
ただ客観的に見て、儚く美しいかの少女が、ひどい実験の被害者であったというプロパガンダが欲しかったのは事実ではあるのだが、それも必須条件ではないのだ。
それよりも問題はシンとレイだ。シンはやはりこちらの予想をいつも超えてくる。それは見ているこちらを飽きさせない。
また、レイが独断でシンに協力したということならば、きっとそれがシンにとって大切なことであったのだろう。
彼は再度、手元の資料を注視し、諜報員からの報告書を読んでいく。
黒く、圧倒的な存在の設計図だ。その想定される破壊規模の莫大さは、記載されている数字を見るだけで頭が混乱しそうだ。
敵を全て滅ぼすという思想を、全く隠そうとしていない。
「『デストロイ』。ブルーコスモスも、こんな代物まで用意するとはな…」
デュランダルはその期待の設計図を見て、早急に今後の戦況予測に組み込ませねばと思索する。この規模の機体を開発・生産できる場所など、地球広しといえども限られているだろう。地球軍にとっても軍事産業の要所をいくつか評価させ、積極的な攻撃目標に再設定させなければと考える。地中海ならば、スエズといった具合に。
しかし、コーディネイターをここまで過剰に排斥しようと企む者もそう多くはいないだろう。間違いなくブルーコスモスが裏で糸を引いている。つまり、その母体であるロゴスとも関連しているということ。
自然と導き出せる黒幕はブルーコスモスの要人でもあり、ロゴスにも所属する者。
その人物は既にピックアップできている。後は、どのように追い詰めるか。それが勝負である。
「ロード・ジブリール。…ようやく、貴方を処理できる日が来る」
事前に打てる手は先んじて打つべし。彼の好きなチェスも、一手対処を遅らせるだけで戦局が大きく傾くことなどたくさんある。そう言いたいかのごとく、彼は膨大な情報の処理と対処を考え、部下たちに送信していく。
彼がこの若さで議長にまで上り詰めた理由の一つは、この仕事の処理能力であることは間違いないだろう。
彼は、どこか愉快そうに執務をこなしていく。
☆
シンとレイは数日後に営倉から出ることを許された。何かしら処罰があると思っていたが、どうやら議長の鶴の一声で無罪放免になったらしい。違和感を覚えるが、これ以上の面倒事は避けたかった為、甘んじて受け入れることにする。
シンは軽くシャワーだけ浴びて、医務室に足を運ぶ。そこで、ルナマリアとメイリンと偶々遭遇する。どうやら、自分から見舞いをしていない時は代わり?にやっていてくれたようだ。
「シン!アンタよく無事だったわね」
ルナマリアが何も処罰されずにノコノコと出てきたシンの背中をバンバン叩く。メイリンは、その光景を見て少し苦笑いを浮かべていた。
「わからんないけど、議長がそう決めたらしい。
まあ…俺とレイくらいしか、今戦えるモビルスーツパイロットがいないってのもあるんだろうけど」
現場の事情を汲み取ってくれたのだろうか。お偉いさんの考えることはよくわからないが、藪蛇をつつくのも面倒なので、ここは素直に従っておこう。
「それより、アスランは?」
「今は眠ってる。医師の話では、時々目を覚ますとかもあるらしいけど、傷が傷だしね…」
「そっか…」
まだ完全には回復していないアスランだが、時折目を開けるほど元気になっていると聞いて、少しだけ安心できた。
そうして、留置されていた間の変化などを二人の姉妹に聞いていると、突然艦内放送が鳴り響く。
『モビルスーツパイロット及びブリッジの職員は、今すぐにブリッジに集合せよ繰り返すーー』
三人は顔を見合わせて、頷いた。
☆
地球軍基地。ネオはステラを回収できたと上層部に報告すると、すぐさまに次の指令を言い渡される。
そして、眼前に座すは漆黒のモビルスーツ。黒光りする流線型と、大木より太い四肢がその存在感を否応にでも強調する。
その機体の搬入作業を眺めながら、傍に佇む少女の頭を撫でる。彼女は、ネオに頭を触られて嬉しそうに微笑む。
彼女は引き渡され次第、すぐに『処置』を受け体調は大分改善していた。
「ネオ…」
「ステラ…」
彼はそんな穏やかな彼女をこれから死地へと向かわせる。それは、別にネオが決めたことではない。ネオが決める権利をもつことでもない。軍人である以上、戦場は選べないし、戦う相手も選べないのだ。
ステラやスティング、アウルがいつどのような過程で強化兵士になったのかは、ネオは知らない。それでも、彼ら彼女らは年相応に楽しそうに笑う子供達であることを、ネオは知っていた。
そんな子供達を戦場へと送り出す。若いインパルスのパイロットのことも思い出す。
こんな子供達を戦わせない為に戦争をしているはずなのに、一体何の為に軍人として戦っているのかわからなくなった。
「戦うの…?」
「……ああ。私たちは…戦わなくちゃならない。
でないと…怖い人たちが来て…私たちを殺すだろう…
だから…だから、戦わなくちゃ…ならないんだ」
ネオは努めて感情を押し殺し、ステラに言葉を伝える。感情を表出してしまうと、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「怖い…人たち…死ぬのは…嫌…嫌よ…イヤ…」
「俺も嫌さ…だから、頑張らないといけないな…」
ステラは完全にスイッチが入ったようだ。今か今かと、戦う準備を進めている。こうなった彼女は、もう誰にも止めることはできないだろう。
ネオは作戦室で、副官と作戦を煮詰める。と言っても、今回の作戦は上が好き勝手に決めて降ろしてきただけのものであり、変更する権利などはないのだが、形式上は行わねばならない。
その作戦の概要も、最早作戦と言えるのかとどうかわからない杜撰で、凄惨でめちゃくちゃな内容だ。まるで、いたずらに戦火を広げようとするかの如き破壊の連続が、そこには記載されている。
そして、命令に従い、今からネオたち『ファントムペイン』は…多くの市民を虐殺するだろう。
「こんなクソみたいな計画を、上の方々は練っていたんだとさ」
「…こんな機体を用いて、民間人のいる街を焼くなどとは。なんということでしょうか…」
あり得ないことだ。攻撃目標に設定された街は、確かに親プラント派閥である。しかし、だからと言ってその街を、人ごと焼き払うなど、一体誰がこんなことをやりたいと思うのか。
「適正な部品なんだとさ…上の方々にとって、ステラは」
机に拳を叩きつける。作戦書がバラバラと床に落ちるのを、気にも留めない。右手が熱く痛むが、そんなことは全く気にならなかった。
自分が不甲斐ないばかりに、ガンダムはすべて敵に撃破され、スティングとアウルを喪い…終いにはステラをこんなモノに乗せることになった。
正直に言えば、疲れてしまった。
そもそも、なぜ俺は戦っているのだろう?大佐という立場があるからだからか?別に、大した大義や正義もない。世界をどうこうしようとなんて思ってもいない。
強いて言えば、一日でも早くこんなくそみたいな戦争が終わればいいと思っていた。
しかし、これは一体何だ?
この巨大な黒いモビルスーツで、することが…民間人を大量に巻き込んだ虐殺と都市の完全破壊。
こんなことが本当に戦争の終結に繋がるのか?
本来軍人ならば上の命令に従うのは当然である。
しかし、ネオはよくわからなくなっていた。
「記憶がある奴ってのは、こういうときに決断が鈍るのか。
それとも逆に思い切りがよくなるのか…」
結局のところはネオにはどうしようもないのだ。ただ、ステラを生かし続けるためには…勝ち続けるほかない。その価値を、戦争の道具としての価値を証明し続けるしかないのだ。
ステラは数多くの死や破壊、絶望と引き換えに、初めて生にしがみつく権利が与えられる。
『死なせたくないから…帰すんだ!!
…だから、絶対に約束してくれ!この子を…決して戦争とかモビルスーツとか!
そんな『死ぬ』ようなこととは程遠い!優しくて、あたたかい世界に帰すって!!』
島で出会った、黒髪の少年を思い出す。彼との約束を俺は守れなかった。そんな自分がどうしようもなく情けなく、消え入りたくなってしまう。
心の底からかの少年に謝罪する。この懺悔はきっと彼には届かないだろうが、それでも関係はない。ただ、そう思いたかった。
「ステラは…最期まで面倒をみなきゃな」
その後は…さっさと軍なんて辞めて。貯めた金でどこか見晴らしのいいところに家でも建てて…釣りとか農業で生計を立てたい。
積んでる本もたくさんあるしな…
☆
「ターミナルから緊急暗号通信!
謎の巨大な黒い機体が、ユーラシア中央より出発。モスクワから始まり、既に三都市を破壊!市民、および都市の被害は甚大です!
現在は…ベルリンに向かっている模様!!!これは…モビルスーツです!!!」
管制室に座る誰かの声が響く。新顔の私は、まだ全員の顔と名前が一致していないため、誰が発した音なのかはわからない。
モニターが映る。一見ひどい降雪で、はっきりと街並みが見えないと思った。どこかの田舎の映像かと一瞬勘違いした。しかしよく目を凝らすと、そもそも街は既に殆ど原型を留めていないだけである。
既に蹂躙され切った後の街が、映像に浮かび上がる。黒い機体が、赤赤とした炎に包まれた都市を破壊している。よく見ると燃えているのはビルや家屋、屋台、学校、果てには…ヒトだ。
ビルは死んだように横たわり、家屋は炎上し、道路は分断されている。人々は混乱と恐怖に陥り、どこに逃げる暇もなく殺されていく。
その巨人が一歩歩くだけで、アスファルトは割れ、ガラスは飛び散り、人は潰れていく。
破壊、損壊、毀損。どのような言葉を用いても表しきれないほどの破壊の権化がそこには座し、我が物顔で街を蹂躙していた。
「ひどすぎる…」
私は、その光景を見て顔が真っ青になったような感覚を覚えた。どこかで見たことがある光景だ。アレは…あそこにあるのは。
かつてみた地獄だ。心の奥底、一番深いところをずっと占領している風景。
地獄だった。赤い炎は血を想起させ、倒れゆく街並みは死の象徴に相応しい。
これが地球軍のやり方なのか。こんな作戦にいったい何の意味があるのか。
戦術的意味がどうなのかなんて、素人の私にはわからない。
だけど、あそこにあるのはどう見てもただの破壊行為でしかなかった。
こんなことを続けていたら、世界は本当に…本当に。
私は頭がおかしくなりそうだった。吐き気もしたし、実際に戻しそうだった。でも、酸っぱい香りがしたモノを何とか再度飲み込んだ。気持ちが悪かった。
「キラお兄ちゃん!!こんなのは…こんなのはダメだ!ダメだよ!」
皆、心はひとつだ。こんなふざけたことは、何としても阻止せねばならない。
「僕も…同じ気持ちだ!皆、行きましょう!」
「アークエンジェル総員、緊急で発進準備!!目標、ベルリンの超巨大モビルスーツ!」
☆
「なんだよ…コレ!!」
シン達はブリッジで見た光景は、アークエンジェルにてクルーが見たベルリンとほぼ同じ。
虐殺と蹂躙。そして焦土と死体。
違うとすれば、ザフト軍から送られてくる映像の為、当然ザフト兵の死体が多々画面に映るということだろうか。
バクゥ部隊が踏みつぶされた。ザウートの部隊が、背負うビーム砲からの一撃で消滅した。ジンが肩口のミサイルでなすすべもなく墜落した。
わけがわからない。なんで、こんなことを平気でできるのだ。
平和とは、戦争とは、命とは。
そんなもの、全く関係ないと言わんばかりの破壊行為だ。
こんなことは、戦争ですらない。
「プラント本国より緊急通達です!!ミネルバ含むザフト全軍はただちに出立し、ベルリンへ直行せよとのこと!」
俺が…俺が止めて見せる。誰にも言わずに、心で誓った。
………。…………。
僕は…この時までは、まだ…自分の守りたいものを守れるって信じてたんだ。
頑張って、頑張って、頑張れば…いつか、きっと。直ぐじゃなくても、いつかたくさんのものを守れるって。
失った以上のものを、守れるんじゃないかって。
そうしたら…僕も。
だけどさ。だけど………。
………。
……うん、知ってる。でも、そんな簡単な話じゃなかったんだよね。
お兄ちゃん。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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