機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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仕事関係で慌ただしく、投稿が遅れて申し訳ありません!

誤字脱字についても、いつもご指摘ありがとうございます。
しかし、まだ全て確認できておりません…




ステラ

 

 ドイツ首都、ベルリンの街――既に街と呼ぶにふさわしいのかは定かではないが――は、一柱の、全長五十メートルはあろう超巨大モビルスーツによる、侵略の渦中にあった。

 そこに映し出されているのは、破壊と、殺戮と、蹂躙。

 何かを接収するための侵攻ではない。ただ、全てを焦土にせんとするだけの行動。

 このような戦いに、いったい何の意味があるのかと問われれば。一つだけ言えるのならば、ただ、プラントに与する都市と市民を…破壊したかっただけであろう。

 

 そんな悲惨な光景をモニターで見ながら、マユはモビルスーツの発進準備を始める。

 パイロットスーツには既に着替え、コックピットに搭乗した。モビルスーツ・オペレーションシステムが起動する。ゆっくりと時間をかけて、『ストライク』に覚醒を促す。

 

「こんなことを…」

 

 こんなことを許したくはない。そう心から思う。そして、今の彼女にはそれに抗える力がある。

 それは、どれほど不幸(しあわせ)で、どれほど幸せ(ふこう)なことなのか。

 

 燃える街からは、人々の怨嗟の声が幻聴のように聞こえてくる。悲しみ、驚き、苦しみ。それらが心の中にいたずらに入ってくる。

 

 そろそろ発進の時間だ。モニターの右下には、発進までのカウントダウンを告げるタイマーが、その持ち時間を減らし始めている。あと十分ほどで、この機体はベルリンの極寒の空に放り出され、その身を戦火に晒すであろう。

 

 思えば、ずいぶん遠くまでやってきた。オーブから、ほとんど地球の裏側までやってきて、初めて雪を見た。そして、多くの敵と戦った。戦って、そして…

 

 生きたいと願っている。それがどれほど無謀でどれほど愚かしいことなのか。こんな世界で、人がまっとうに生きていくということがどれほど難しいのかを、実感し続けている。

 

 愛機がハンガーに釣られて、バックパックや武器、盾をその身に宿す。既に暗い発射用コンベアに足を接続した。眼前には、未だ開かぬシャッターがある。

 それをじっと見つめる。こちらは右舷ハッチのハズだ。反対側には、『フリーダム』が待機しているだろう。

 

 そんな左側から、轟音と共に何かが飛び立つ音がした。先んじて彼はその翼を雪に晒してくれた。私を守る傘のような翼だ。

 彼が共に飛んでくれるというだけで、私は少しだけ頑張れる気がした。

 

 ハッチがゆっくりと開いた。狭く暗いドックと極寒の空と接続される。突然吹き荒れる風と雪が、機体ごと私の肌を凍らせる気がする。

 窓が開き、直接耳に、ベルリンの人の声が聞こえた気がした。

 違う。既に知っている。

 聞き飽きるほどに聞いていた。

 あの日からずっと私が、私自身の心が発していた叫びと、よく似ていた。

 

『ストライク、発進どうぞ!』

 

「…マユ・アスカ。『ストライク』、行きます!」

 

 この叫びは恐怖と…悲しみ。そして怒りというやつだ。

 

 

 赤紫の『ウインダム』のコックピット内。隣で進撃する『デストロイ』、もといステラを眺めながら、ネオはその行動の意味を未だに考えていた。

 

 ベルリンに至る前にも、三つの都市を完膚なきまでに破壊してきた。破壊の限りを尽くした。それほどまでに、ステラと『デストロイ』は圧倒的であった。

 老人、子供、男女。一般人、軍人、自然、人口物。

 そんなの全く考慮しない。ただ、目に映るもの全てを踏み倒して、ここまでやってきた。

 

 それをステラに命じたのは…他でもない、ネオ自身だ。

 上層部からの命令をそのまま下ろしたとはいえど、ステラに直接指示し、作戦の指揮を執っているのは間違いなくネオ・ロアノークである。

 

 故に、彼女の罪と業を、全て背負うため。その為に、『デストロイ』の行う虐殺と蹂躙の全てを自身の眼に焼き付け、魂に刻み込む。

 決して忘れないであろう。こんなことを…

 

 そうして、暫く茫然としながら『ウインダム』に乗り続け…ベルリンに入ったとき。

 

 真っ先に眼前に立ちふさがるは、かの大天使であった。

 

「またしても、アークエンジェルか…」

 

 あの艦にはいい思い出がない。そして、全く乗り気ではない今作戦において、真っ先にそれを妨害してきたのがかの艦であるという事実は、ネオ自身に嫌な予感を想起させるに十分であった。

 

「ここが…俺の年貢の納め時、かもな…」

 

 部下たちに決して聞かれぬように、通信機能を切りつつコックピット内で独り言ちる。

 

 いや、聡明で優秀な『ファントムペイン』だ。彼らも、自身が地獄に堕ちるであろうことは、きっと理解しているだろう。

 故に…申し訳なくなる。本当ならば、もっと理想や大儀をなせる戦場に、彼らを赴かせたかった。

 いや、もはやこの世界にそんな尊い戦場など、残っていないかもしれないなとネオは独りで達観する。

 

 そんなセンチな感傷に浸っていると、ステラからの通信が入った。

 

『ネオ…アレは、落としていいの?』

 

 作戦内に記載されていなかった艦の登場に、彼女自身困惑しているようだ。

 

 故に…優しく、できるだけ彼女を慈しむような口調で語り掛けることにする。

 

「…俺達が遊撃に回る。ステラは、予定通り好きにやってくれて構わないよ」

 

 そう言い残し、『ウインダム』の部隊を引き連れて『デストロイ』の傍を離れる。目指すはアークエンジェルから飛来する二つ機体。

『フリーダム』。そして…

 

「今度こそ…ケリをつけようじゃないか、『ストライク』…」

 

 ネオは先んじて前線へと突っ走る。その様は、死に場所を求めているようであった。

 

 

 

 街を踏み潰すは『デストロイ』。背中を押すは地球軍モビルスーツ部隊。それを阻まんとするは、ザフト全軍だ。

 将棋の駒がぶつかり合うような気軽さで、お互いを喰い合い、殺し合っている。

 

 アークエンジェルから発進した『ストライク』の中。

 遥か高い空から、マユはこの街の現状を改めて見つめる。

 

「こんなこと…!やめろ!!」

 

 マユは怒る。そして、悲しむ。

 ここまでの激情を自分が晒すことができるなど、知らなかったほどだ。

『ストライク』の武装の全てを用いて『デストロイ』を食い止めにかかる。

 しかし、その黒い巨体の武装の豊富さと手数の多さは、その巨大さに顔負けしないほどの多彩さだ。全くこちらを寄せ付けない。

 

 両側頭部には、計4基の対空防御機関砲『イーゲルシュテルン』が。背部フライトユニットには4門の長射程大出力ビーム砲「アウフプラール・ドライツェーン』、フライトユニット円周上には計20門のビーム砲熱プラズマ複合砲。

 胸部前面には連装大口径ビーム砲の『スーパースキュラ』が一撃必殺の攻撃を連射し、さらにはマリオネッターの如き気軽さで動かす五指すべての先端に、合計10門のビーム砲『5連装スプリットビームガン』仕込まれ、自由自在に動き牽制射撃を行ってくる。

 

 そのほかにも、マユには把握しきれない武装がたくさんだ。。余りにも多岐に渡る武装が、一斉に意思を持った生命体として襲いかかってくる。それらを回避するのに必死で、攻撃に転じることができない。

 

 そして、全てを十全に使い切っているこの操縦士の腕前。まるで自分の手足のような気軽さで武装を十全に操い切る。

 それらを完全に用いるパイロットの技量に、舌を巻かざるを得ない。

 

「近づけない…!」

 

 さらに、赤紫の『ウインダム』率いる地球軍モビルスーツ部隊との連携も完璧と言っていいほどだった。『ウインダム』や『ストライクダガー』の部隊が遊撃として敵を引きつけ、抑え、撹乱している間に、『デストロイ』は破壊を続ける。

『フリーダム』を駆るキラも、その連携に翻弄されている。しかも、今回の彼の敵は…指揮官機と思しき、マユと死闘を繰り広げた赤紫の『ウインダム』だ。その機体の、『デストロイ』との連携は、他の汎用機に比べ別格であり、キラを全く近づけさせない。

 

『フリーダム!!邪魔をさせるわけにはいかん!』

 

『この動きは…!!なぜ…!』

 

 赤紫の『ウインダム』が手練であることは間違いないのだが、それにしてもキラの動きがいつもより散漫な様だ。

 まるで、他の重要なことに気を取られているような、忙しなさを覚える。あまり集中ができておらず、攻撃も回避も杜撰であるような印象である。

 

 そして、結局出撃しても『デストロイ』全く進行を食い止めることができないマユは、内心で焦りを覚え始める。

 

 これができなければ自分たちは何のために武器を持って立ったのか。その意義が。価値が、この戦いで示されようとしている。

 

 じわりじわりと、汗が滲む、極寒の寒空と隔絶されたコックピットの中は暖房が有効であり、寧ろ蒸し暑いほどだ。既に交感神経は昂り上がり、汗で蒸れたヘルメットは若干曇り始める。

 視界が少し悪くなった気がしたが、恐らくは焦りによる思考の曇りだろう。不安を押し込めて、何とか活路を見出す。

 

「どこかに…!どこかに!」

 

『マユ!単騎では、他の機体を相手しながら『デストロイ』に近づくのはかなり難しい!僕たちの連携が必要だ!!』

 

「…!わかった!」

 

 

 ミネルバがベルリンに着いた時には、既に本格的な抗戦が始まっていた。

 既に先んじていたザフト軍隊は半数が撃墜されており、現在『デストロイ』含む地球軍と本格的に交戦できているのは、アークエンジェルからのモビルスーツ部隊しかいない、と言っても過言では無い。

 

『艦長!ベルリンに、『フリーダム』とアークエンジェルが!』

 

『また、あの艦が…!平和の使者、世界の調停者きどりということかしら。この前は助けられたけれど、今回はどうなるかわからないわ。

 とりあえず、味方艦と認定。でも気を付けて。協力できることを願いましょう』

 

「何だよ…コレ!」

 

 酷すぎる街をモニター越しに見て、シンは憤る。

 

『シン!レイもルナマリアも、生憎まだ出撃できない!

 アークエンジェルは何を考えているかはわからないけれど、この件に関して利害は一致していると願っているわ!

 あのふざけた敵を必ず打ち果たしてきなさい!』

 

「言われなくても…やってやりますよ!

 シン・アスカ!『コアスプレンダー』、行きます!」

 

『コアスプレンダー』が飛び立ち、他のフライヤーと合体する。『フォースインパルス』が起動する。意思を持った巨人は、黒い大巨人に挑む。

 しかし…

 

「くそ!」

 

 全く敵に近づけない。多数の『ウインダム』に阻まれる。敵の数は、ざっと数えても二十は超える。それに加えて『デストロイ』の猛攻だ。

 距離を置いての牽制射撃くらいしかできることがない。

 しかし、

 

「『フリーダム』!…『ストライク』!」

 

 アークエンジェルから、二機が降り立ち、協力をしてくる。ならば…彼らが作る隙を全力で利用させてもらおう。

 

「ここだ!」

 

『フリーダム』の射撃により、『ウインダム』の包囲網に穴が開く。『ストライク』の陽動が、『デストロイ』の射撃を数本誘導する。

 その一瞬の隙を利用し、『デストロイ』への接近を試みるが――

 

『やめろ!!』

 

「ぐあぁ!」

 

 赤紫の『ウインダム』からの横槍が入った。この機体は先ほどまで『フリーダム』の相手をしていたように見えたが、突然『インパルス』へと本格的に標的を変更し、その進路を妨害してくる。

『フリーダム』が抑えきれなかったことに内心苛立ちながらも、思考は冷静に敵を分析する。

 

 きっとコイツはあの島でステラを引き渡した相手。ネオと呼ばれる男だろう。声の特徴も一致している。

 …立ち塞がるというのなら!

 

「コイツ…!落とす!!」

 

『インパルス』のビームサーベルを抜き、盾と剣で鍔迫り合いに持ち込む。マシンパワーでは、『インパルス』の方が若干上だ。確実に押し込めるはずである。

 

「邪魔を…するな!!!」

 

『ボウズ!!!…アレに乗っているのは…ステラだぞ!』

 

「な…!」

 

 一体何を言っているんだコイツは?ステラは…今ごろ。

 

 だって、約束したじゃないか。彼女は…彼女は!

 

「嘘だろ…」

 

 訳がわからない。彼女は今頃戦争とか無関係の、何処かの町でゆっくり暮らしている…暮らしていて欲しいと願っていた。

 それなのに…どうして!こんな破壊行為を行うことになっているんだ?

 

 何を言っているのかわからない。

 何も考えられない。突然の情報で、思考が彼女で埋め尽くされる。外界の情報を取り入れることができない。呆然と飛んでいると、『デストロイ』の胸部に構えられる『スーパースキュラ』が光って…

 

「あ…」

 

 ダメだ、死―――!!

 それを意識した直後、途轍もない衝撃が頭上から発生する。

 

「うわぁああ!」

 

『死にたいんですか!』

 

『ストライク』に右肩を蹴られ、間一髪で太いビームを回避できる。助けてくれたのは、女性の声だ。

 そんなことはどうでも良くて、シンは死の間際を自覚して、交感神経が覚醒する。血流が沸騰したように熱くなり、直ぐに我に返った。

 

 そして同時に、忘れてはならない事項を思い出す。

 

「あそこには…あそこには…ステラが!!」

 

 彼女がいるんだ!俺が守らなきゃ!助けなきゃいけなんだ!

 

「俺が…俺が!」

 

 俺が何とかしないと!

 

『またしても邪魔をするか!『ストライク』!!』

 

『ぐぁ!!』

 

『ストライク』と『ウインダム』が戦闘を始める。『ウインダム』からのシンへのマークが緩くなる。

 絶好の機会。今なら近づける。この隙を逃してはならない。彼女に会いに行ける!

 

「ステラァァ!!!!」

 

『デストロイ』の正面に立つ。コックピットに直面する。確実に視界に入っているはずだ。

 彼女に届くように強く語りかける。

 

「俺だ!!シンだよ!!」

 

『シン…!』

 

 返答がある。間違いなく彼女の声。少しばかり元気そうな声色で安心したけれど、やっぱり不安そうだ。その不安を少しでも拭いたい。振り払ってあげたい。

 

「そうだよ!会いにきたんだ!!」

 

『何で…ここに!』

 

 ステラの声は、困惑と動揺が隠せていない。しかし、言葉は通じる。だったら、止められるはずなんだ。

 

「君を守るって…約束したから!!」

 

 君に約束したんだ。そして。自分に誓ったんだ。

 ステラ…君を守りたいって。

 

「君は死なない!!俺が…守るから!!」

 

 届くハズだ。だって、実際に攻撃は落ち着いている。『デストロイ』はその力を抑え始めている。だから、まだ!

 まだ間に合うんだよ!きっと!

 

 

 赤紫の『ウインダム』を駆るネオは驚きを隠せない。

 ステラは、黒髪の少年との記憶を消去されているはずだ。戦闘兵器に、感情や思い出は不要であるから。既に、彼どころか、スティングやアウルのことすら思いだせないはずだ。

 しかも、スイッチが入った彼女を鎮めるとは、全く想像もしていなかった。

 

 ステラはずっと、恐怖に囚われ続けていた。死の恐怖だ。

 そんなステラは死を振り払うために。そして自分を守るために、ひどい世界と戦い続けたのだ。

 

 彼女を守れと、戦争から離せと少年に言われた。

 ステラを死から死の恐怖から引き離すには…彼女を戦場に送り続けるしか無い。そして、戦争から彼女を離してしまうと…彼女は『処置』を受けられず…死ぬ。

 ネオができることは…ないのだ。

 

 板挟みだ。どうしようもない。そうならば…せめて。

 彼女を生きながらえさせる方を選んだ。戦い続けた先に…万が一、億が一で、平和に暮らせるかもしれないと思ったからだ。

 死んでしまったら、元も子もない…

 

 しかし、少年の必死の呼びかけを聞いてしまう。彼はステラを本気で、戦わずして止めようとしている。そんな少年の姿を見て、心が動いてしまう。

 

「お前は…本気で…!」

 

 ステラを救おうとしているのか。そして、破壊衝動に囚われていたステラが、それに呼応し止まりかけていた。

 

 

『デストロイ』の中は…狭くて、コードが多くて、モニターが多くて。何が何やらわからない。でも、わからなくても。身体がつながっているから、操縦はできる。

 私は『生体コンピュータ』だから。パーツでしかないのだ。だから、言ってしまえば座っていれば良いのかもしれない。

 

 思えば。ネオと再開して、それから気がついたらここに座っていた。

 辺りを見渡すと、街は燃えて、建物は壊れて、人は死んでいる。

 

「ううう…」

 

 何も覚えていない。何もわからない。何も知らないんだ。

 眼前に立つモビルスーツから、誰かの声が聞こえてくる。語りかけてくる。誰かわからない。でも、でも。

 知っている気がするんだ。だって、優しい声だから。訴える声だから。悲しんでいる声だから。

 私を、心から想ってくれているのが…痛いほど伝わってくるから。

 

「わたし、は…」

 

 心の底。大切に仕舞っていた、優しい記憶がある気がする。

 でも、その引き出しをどうしても開けることができない。鍵が厳重に掛けられた金庫のように、全く歯が立たない。

 

 死。私を追い詰めているもの。私を苦しめているもの。私を陥れるもの。

 

 何でこんなに死が怖いのだろう。

 違う。逆だ。なぜ、他のみんなは。こんな酷い世界で、死が恐ろしくないのだろう。

 世界は…あまりにも醜く、不安定だ。

 薄氷の上に立つ、偽りの平和。

 他者を蹴落とし、他者を倒して、他者を滅ぼして、偽りの幸せを謳歌している。

 

 怖いよ。死ぬのも。こんな世界でのうのうと笑顔で生きている人も。

 

 でも、こんな私を…守るって約束してくれた人がいた気がする。

 

 その人は辛そうで、悲しそうで、必死で生きているような人であったけれど。

 でも、声は誰よりも優しくて、身体は誰よりも温かくて、穏やかで。

 祈るように、願うように、優しく約束してくれた。 

 

『君は死なない!!俺が…守るから!!』

 

 ピンクゴールドの貝殻のネックレス。

 コックピットに乗り込む時、ネオに渡されたものだ。あの時は、ネオが私を想ってくれたのだと、飛び上がるほど嬉しかった。

 でも。

 

 …………………………………………………………そうだ。

 この貝殻を渡したのは。これを返してくれたのは。

 ずっと忘れていた。ずっと、彼が。彼が心にずっと側にいてくれたんだ。

 

「シン………!」

 

 シンだ。シンだ。シン!シン!シン!!!

 

「シン!…シン!」

 

 優しい、黒髪の少年との思い出が湧水のように溢れ出す。

 ステラの心を覆う黒い影を、晴天が晴らしていく。

 

 

『君は死なない!!俺が…守るから!!』

 

「一体、何が…?」

 

「ストライク』のコックピットの中。『インパルス』が『デストロイ』の眼前に立ち、説得を試みているようだ。その甲斐があったか、明らかにその攻撃は止んでいる。赤紫の『ウインダム』も、その変容を見て驚きを隠せず、攻撃の手を緩めてしまっている。

 

 突然静まり返った戦場。その閑静さに驚きを隠せない。そして…

 

 スピーカーを介して、爆発音や破壊音で、ところどころ聞こえづらく、ノイズが走っている。しかし、遠くで叫ぶ、『インパルス』に乗る若い男。

 あの男の声を、私は知っている気がする…

 

「頭が…痛い…!」

 

 でも、思いだせない。

 何かが致命的に引っかかっているのに。

 頭の奥底で、何者かがのたうち回っているのに。

 心がこんなに痛いのに。

 

『■■・■■■です―――』

 

 頭の中に、何か引っかかる。嫌な予感だ。気持ち悪い感覚だ。

 

 呼吸が荒い。正常な息ができない。心臓の音がうるさい。頭が痛い。喉が渇く。手が震える。心が痛い。

 

 わからない。わからない。一体、この声は…この音は!!

 

 指が震える。既に、『デストロイ』へのロックオンは済んでいる。しかも、敵はそれに気が付いていない。

 

 しかし、トリガーを引くことを拒否してしまう。この声を聞いてから…人を撃つことを、なぜか心が、全力で拒否している。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 周囲を目線を動かしてぐるりと見渡す。

 

 街は焼けた。空は黒煙で汚れた。大地は血で穢れた。ベルリンの美しい街並みは、もはや文明の気配はない。

 ただ、焦土と、数えきれないほどの死体だけがそこにある。

 

 それを見て我に返る。

 私はここに、この酷い虐殺を止めにきたのだ。

 人々の悲しみを止めにきたんだ!こんな酷い世界を何とかしたいと想って武器を取ったんだ!

 

 こんなところで、こんな訳のわからないところで…!

 

 キラ、ラクス、アスラン、カガリ…

 

 シモンズ、マリュー、バルトフェルド、マルキオ…

 

 カレン、トダカ…

 

 ……お兄ちゃん。

 

 頭の中で、何かが地団駄を踏むように騒ぎ立てる。そんな煩わしい存在を、何とか強引に抑えつけて、従える。

 

『ただいま電話に出ることができません。用事があれば――』

 

 みんなが…みんなが笑顔で!!!

 生きていける世界を!!

 

 ―――だから。曖昧で、所在のない感情を…一息に飲み込み咀嚼する。

 

 呼吸が荒い。―――そうだ。落ち着いて…落ち着いて。そうして、はっきりと世界を見渡すのだ。

 正常な息ができない。―――そうだ。こんな世界で私はまだ、どうしようもなくみっともない息を続けている。

 心臓の音がうるさい。―――そうだ。心臓が、その存在の確かさを、私に示してくれている。

 頭が痛い。―――そうだ。こんなにも頭痛が酷いのは、冷静な思考の副作用だろう。

 喉が渇く。―――そうだ。乾きも潤いも。それすらも私の生を実感させるものであろう。

 手が震える。―――そうだ。()()()()()()()()()()()は…まだまだ自由自在に動かせるじゃないか。

 

 心が痛い。―――そうだ。こんな酷い世界を受け入られぬ者と…私の…魂の叫びだ!!

 

 この酷い現実を…!世界を…正す!

 その強さを!力を!覚悟を…!私に!

 

「ううううァァア!!」

 

 私は…自らの意思で…力で!『デストロイ』を討ち!

 

 こんな惨劇を終わらせる!

 

 だから――――引き金を―――!

 

『シン・アスカです。ごめんなさい、ただいま電話に出ることができません。用事があれば――』

 

「あ……………」

 

 直後。ビームライフルは、ベルリンの曇天に色鮮やかな軌跡を描いた。

 

 そして、『デストロイ』の胸部へ、一筋の光となって届き…かの機体を貫いた。

 

 

「ス……テラ!」

 

『デストロイ』を操縦するステラは混乱しているようだった。

 

 でも、シンに気づいてくれたのだろうか。攻撃をやめている。ずっと、落ち着いている。

 

「ステラーーー!!!!もうやめよう!もう、帰ろう!!こんなことしちゃいけないんだ!!」

 

『シン…!私!……シンと―――』

 

 その瞬間。光線が黒い大巨人の胸部を的確に貫く。直撃だ。ビーム兵器を真正面から貰えば、どのような装甲も無事ではいられない。

 

「ステ……ラ」

 

 死んだのか?ステラが…そんな…

 …いや違う!黒の大巨人は、まだその動きを止めない。

 よく見ると、ギリギリでコックピットから左側に外れているのか。しかし、中にいるパイロットは無事では済まないだろう。もしかしたら、大怪我をしているかもしれない。

 

 だから、助けなければ!そう考え、ゆっくりと近づく。

 

『デストロイ』の破壊された装甲の隙間から…コックピットが僅かに観察できる。

 そこには元気な彼女の姿など当然なく―――!

 

「あぁああああああ!!」

 

 シンは、声にならない叫びをあげてしまう。

 ステラの身体は…左肩口から先が潰れてしまっていた。破壊された装甲の破片が直撃し、左腕を損壊したている。血しぶきが上がらないのは、創が捩じられ、ぺしゃんこになっているからであろうか。

 左腕が消滅したステラは、苦しそうに泣きながら、呻き続けている。

 

『痛いよ…シン。痛いの……守るって…』

 

 しかし、そんなステラに反するように。いや、寧ろ彼女の恐怖に呼応するようにであろうか。

 『デストロイ』はゆっくりゆっくりと、狂気を取り戻し、再び破壊行動に従事し始める。

 

『うわぁああああ!』

 

「ステラ!!だめだよ!!」

 

 ステラは混乱している。怪我をして、痛みがひどいのだろう。疼痛と、自機の損傷による混乱を拭いきれず、大声を喚き散らして大暴れを続ける。

 

 シンの声は全く気づいてくれていない。全く止まろうとしてくれない。

 

 故にシンは、思い切って『インパルス』のビームライフルと盾をを手放し、『デストロイ』の眼前で両腕を広げて存在感を示す。

 何とか必死に、彼女を止めようとする。

 

 しかし『デストロイ』は止まらない。再度全ての砲門を開放し、目の前のシンを含め、眼前と周囲の敵を全て薙ぎ払おうとする。

 そのビームは…当然『インパルス』に直撃する―――!

 

『ダメだステラ!!ボウズ!!!!―――ぐぁああ!」

 

 赤紫の『ウインダム』が、暴走しかかる『デストロイ』を止めにかかる。

 『デストロイ』の指先から放たれるビームから、『インパルス』を守らんと盾を構える。

 しかし、自機以外の機体を庇いながらの全方向の防御などできるはずもなく、『インパルス』を庇いネオは撃墜され、ベルリンの大地に落下する。

 

『ネオ!!!!!!』

 

 更に巨大な絶叫をステラは上げる。もう止まらない。誰にも止められない。

 恐怖する死が直近まで迫り、更には大切な存在であるネオを、自らの手で撃ってしまったステラは。

 

 いよいよ、思考の混乱と動乱の渦中に囚われてしまった。

 彼女は…もう、自分自身が何で、何が何やら理解できていない。

 癇癪を上げた子供でさえ、もう少し聞き分けは良いだろう。

 

 ステラは、髪を振り乱し、手足を振戦させ、歯をガタガタと揺らしながら、『デストロイ』を暴れさせる。世界のすべてを破壊し尽くすまで終わらない攻撃を続ける。

 

 結果としてその生命は破壊のためだけの行動を出力している。

 

 全てのビーム砲門が、全周囲に無造作に開かれる。砲門の先が光りを帯びる。あと数秒で世界は終わる。

『インパルス』も、『ストライク』も。直後に撃墜され死ぬだろう。

 

 胸部の『スーパースキュラ』がゆっくりと光る。左側は既にビームライフルで破壊されているが、それでもまだ動くようだった。

 パワーをチャージし始めた。完了まで後一秒ほどか。

 シンはもともと避けるつもりはない。マユは全く動くことができない。

 

 シンは走馬灯のように思考を走らせる。

 死ぬ―――このままでは、俺は死ぬ。嫌だ。でも、動きたくない。彼女を…放っておけないし、倒すことなんて、絶対にできない。

 

―――守ると、約束したんだ。守られるべき存在だと、思ったから…

 

 だから…!!

 

「ステラーーーー!!!俺が…!!守ってみせる!!全てから!」

 

『シ……ン…』

 

『スーパースキュラ』の光が…ほんのわずかであるが、シンには小さくなったように見えた。

 

 そし何より…顔がはっきりと見えないはずの彼女が少し、微笑んだんだ! 

 

 だから…まだ話せばきっと…!

 

 しかし、そこに降り立つは―――

 

『ハァアアアア!!』

 

『フリーダム』があらゆるビーム、ミサイル、全角度、全方位からの、数十にも及ぶ攻撃を、曲芸の如くかいくぐり、一瞬で胸部へと接近した。そしてすぐに、ビームサーベルでコックピットを貫く。

 的確な攻撃だ。一撃で、『デストロイ』の中枢伝達系を砕く。発電系が燃え上がる。駆動系は馬鹿になる。

 

 モビルスーツという鋼鉄の人形へ、絶命を齎らすに充分な一撃。

 

「ステ…ラ…」

 

 コックピットの周りが炎上する。身体全体が誘爆し、右腕がもがれる。左膝が黒煙を出し、もげる。それに伴いバランスを失い、ゆっくりと倒れ始める。同時に、首元が爆発し燃え盛る。

 スローモーションのように、鮮明に観察できた。

 

 そして遂に…黒い大巨人は。

 糸の切れた人形のように、爆炎と閃光にまみれながら…背中から崩れ落ちた。

 

 突如として訪れる、真空の様な静寂。

 

 後に残るは、死んだ街並みと死体のみ。

 

 気が付けば…雪がしずしずと振っており、あたりの風景が白く彩られる。

 

 モビルスーツも同様だ。既に物言わぬ『デストロイ』は、燃え盛る部分もあれば、雪化粧に覆われる部分もあり、その存在そのものが矛盾を内包する存在かに思えた。

 

 その雪は、あらゆる破壊や殺戮を、平等に覆い隠した。

 真っ白な世界は、欺瞞に満ち溢れているようだった。

 

 

 デュランダルは自分の執務室で、ミネルバから送られてきたベルリンの虐殺を眺める。

 

「醜いな…」

 

 彼は素直にそう思う。こんな争いを続ける世界を心から醜いと思う。

 

 歴史の、本当のことを述べるならば。

 人類は本来、戦いを避けて歴史を形成してきた。歴史家が語る多くの戦争の背後には、戦争に至らずに和解した多くの闘争があったことは、言うまでもないだろう。

 

 武力衝突とは、通常は選択されない、蛮行そのものである。

 これらは西暦の政治学者や経済学者が既に示している。

 ヒトは利益を求める限りは、戦いをなるべく避ける傾向にあるのだ。

 

 しかし、この現実はなんだ?

 いたずらに戦火を広げるばかりか、無辜の民を虐殺している。

 なぜこんなことをするのだろうか。

 人は本当に…愚かで、見苦しい。

 

「世界は…真に正しい、導き手を望んでいる…」

 

 デュランダルの口調は厳しく険しく、人生において既に多くの事柄を諦めてきたような達観した口調にも聞こえる。

 

 しかし、その顔貌は―――どこかしら愉快そうであり、嘲笑うかのように目を細め、愉悦を隠しきれぬかの如く口角を吊り上げる。

 その心中やいかに。

 

 誰にも聞かれぬ自室で独り、誰に伝えるでもない言葉を口に出す。

 

 返答は当然ありはしない。自分の発する言葉が、静かな執務室に少しばかり反響するだけだ。

 そんな孤独の静けさを、彼は楽しんでいた。

 

 

『フリーダム』の最後の攻撃により、『デストロイ』は完全に沈黙した。

 もう、この街を穢す存在はどこにもいない。

 突然、死んだように静まり返る世界。電池が切れた時計のように、これまでの喧騒は喪失した。

 

 降りしきる雪が、かすかな物音すら吸収し、より深い静寂を演出している。

 

 その静けさ故に…マユの頭の中で『インパルス』のパイロットの声は響いた。

 

 兄の声なのか。スピーカー越しで、戦闘の途中だ。声変わりもしているかもしれない。

 マユは確信が持てずに、ずっと茫然としていた。

 

 マユが動けずにいると、その間に『フリーダム』は『デストロイ』を破壊した後、赤紫の『ウインダム』に近づき何かを回収している。

 

 その後ゆっくりと『ストライク』に近づいてくる。

 既に戦闘は終わった。武装は解除されている。私を率いて、母艦に撤収する腹積りだろう。

 

 平生ほどの余裕があるのなら、先ほどキラが何をしていたのか気になったであろうに。

 

 今はそんな余裕が持てなかった。ずっと何も言い出せないし、全く動けない。

 

 頭の中は外してしまった自責の念と、あの声が乱反射して…ぐちゃぐちゃになっている。

 

『帰ろう。マユ…』

 

 私は言葉で返答はしなかった。ただ無言で従うのみ。二人、アークアンジェルにゆっくりと帰艦する。

 

 その道中で…私は震えて震えて、何とか我慢しようと思ったけれど、とうとう泣いてしまった。

 

『どうしたの…?』

 

 キラから心配する声。余計な心配をかけてしまったことも申し訳なく思った。

 

「…」

 

 土壇場で外してしまった。手が震えたのか。

 ―――いや違う。心が震えたのだ。

 あの声を認識してから、何もかもに手がつかない浮遊感と地面が崩れる浮動感を自覚している。

 

 殺せなかった。あんなに酷いことをやっている敵を屠ることを躊躇してしまった。あれを止めるために、ゲリラとしてのうのうと出てきたというのに。

 決定的なチャンスを手にしたというのに。

 それすらも為せない私の、存在価値は…?

 

 そして、彼は兄なのか。一体、何がどうなっているのか。

 

 何もわからない。考えても答えは出ない。

 

 何も為せなかった無力感と、兄が戦場にいたかもしれないという恐怖がごちゃ混ぜになり、思考の迷路へと誘う。

 

「…ごめんなさい。ごめんなさい…ごめんなさい……」

 

 誰に向けた謝罪かは、自分でもわからなかった。

 ただ泣きながら、赦しを請うようにずっと、謝罪の言葉を吐き出し続けた。

 

『マユ…帰ろう』

 

 キラは、余計な詮索は何もしなかった。

 

 共に帰投する間、私はずっと泣いていた。何とか堰き止めようとしたけれど、涙が止まらなかった。

 そんな私を支えるように、傍で一緒に飛んでくれた。

 

 

 あの時の私は…引き金を引いて、敵を殺すことばかり考えていた。

 

 そして…敵を撃ち損ねたことを。人を殺し切れなかったことを、私は人生で初めて謝ったんだ。しきりに、謝り続けていたんだ。

 

 でも、それは…お兄ちゃんに、自分の……何ていうのかな。醜いところを見られてしまったから、だったのかな…?こんな自分を、見られたくなかったのかも…

 

 まあ、それは置いといてさ。…うん。そうだね。私もそう思う。

 この時から、もう。

 

 私たちは…後戻りができなくなったんだろうね。

 




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