機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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天使の落日

 

 オーブ首長国連邦、オノゴロ島。オーブ政府内閣府代表執務室。

 

 豪奢というよりは、濃いエンジ色の絨毯が敷き詰められた部屋は、居る者を落ち着いた雰囲気にさせる。

 中心には濃い茶色を呈す美しい木目の机が鎮座する。代表専用の執務机である。

 その上に置かれた端末には、当然かの世界へ向けられた放送が映し出されている。

 

「一体なんだいこのふざけた声明は!!」

 

 オーブ臨時代表であるユウナ・ロマ・セイランが大声で喚き散らしている。

 

 その内容は当然デュランダルの記者会見に対してである。会見の折には、ロゴスを人類が戦うべき世界の絶対悪と断ずる発言とともに、ロゴスの主要メンバーと思しき人物の個人情報が顔写真付きで公表されていた。

 それだけならば、ユウナはここまで慌てることはなかったであろう。

 

 問題は…主要なメンバーと深い関わりがあった、ロゴスではない企業役員や政治家の名も公表されているのだ。

 今の所、その一覧にはユウナの名は幸いにもない。

 

 しかし、ユウナが知る限りではあるのだがロゴスのメンバーではない人物の名も記載されている。とある立食パーティーで会った男だ。酔った勢いで機密事項をペラペラと自慢話の様に口走る、不用心で馬鹿なで軽薄な政治家であった。

 そんなある意味でユウナ以上に警戒意識の不足している男がロゴスに入れるわけがない。

 しかしその男ですらまるでロゴスであるかのように喧伝されている。

 言うまでもなく、ユウナはロゴスの一員ではない。本音を言えば、入れてもらえるものなら入れてほしかったのは事実であり、その為にずっとロード・ジブリールに振りたくもない尻尾を振り続けていたのだ。

 しかし、もはや民衆はそんな言い訳を許容してくれないだろう。

 ロゴスであろうがなかろうが。真実であろうが虚飾であろうが、結局のところはどうでも良いのだ。民衆は正義の指導者デュランダルを信奉し、戦争で蓄積された鬱憤を晴らすかの如く、各国では暴動や反乱が生じている。

 人々が銃を持ち、爆弾を持ち、高層ビルになだれ込んでいる。市民革命だ。

 リストに公表された人物がいると思しき施設を襲撃し、次々と私刑が行われている。

 情報の真偽が大切なのではない。民衆はその怒りを向ける矛先が示されたことに喜びと昂ぶりを覚えている。

 

 そして、法の下の裁きからは程遠い罰を身勝手に与える。さながら、魔女狩りの様相だ。

 

 ユウナは世界中で勃発する凄惨な光景を代表室で独り冷や汗を額に浮かべ、歯噛みしながらモニター越しに見つめている。

 

「さっさと逃げないと…!」

 

 ユウナは焦って、大切な荷物をできる限りカバンに放り込んでいる。金で装飾された印鑑、一張羅のスーツに合わせるために買った革靴、大量の紙幣…目に入るモノを、片っ端から詰め込む。

 

 もちろん、ユウナがロゴスではないと考えているかの政治家が本当はロゴスであった可能性は残っている。しかし、もしそうでなく。

 デュランダルにとって、都合の悪い人物の名が意図的に含まれているのだとしたら。

 

「いつ、あんなふざけたリストに入れられるかたまったもんじゃない!」

 

 ユウナ、ひいてはセイラン家がロゴスであるロード・ジブリールと密接な関係であったことは事実なのだ。

 もし、それをデュランダルが知り、セイラン家も処刑対象と判断されたら───。

 

 二十四時間三百六十五日、デュランダルに銃を突きつけられているのと同義だ。

 

 そう迅速に判断したユウナは、生存本能に従いサッサと逃げることを選択する。幸いにも、宇宙へ上がるためのシャトルが一機待機状態で余っていたはずだ。それを代表権限で動かして、宇宙かどこかへとんずらすれれば───!

 

「失礼します!臨時代表!!」

 

 ノックもそこそこに、オーブの一般兵が大慌てで代表室に入り込んでくる。彼の息は荒く、どこか遠いところから全力で走ってきたようだ。肩で息をきらし、額には大量の汗が浮かんでいる。

 

「“臨時”は要らない!いったいなんだこんな忙しいときに!!」

 

「実は…!レジスタンスと名乗る軍が、カガリ様を引き連れて内閣府を占拠しました!」

 

「はあ?」

 

 おおまぬけ声を溢したのち、代表執務室には武装したオーブ軍たちが雪崩れ込む。

 

「ユウナ・ロマ・セイラン!国家反逆罪の嫌疑により、貴方を逮捕・拘束いたします!」

 

 ユウナは両手を挙げ、腰が抜けたようにヘロヘロと美しい絨毯の上にへたり込んだ。

 

 

 ザフト軍宇宙艦ミネルバは現在、ベルリンの仮設駐屯地に駐在している。ベルリンの街が先の酷い虐殺によって受けた被害は甚大であった。

 文化も、自然も、命も。余すところなく踏みつぶされ、滅ぼされた大地には、終わってみれば焦土と傷病者が残るばかり。

 

 ミネルバクルーを含むあたりのザフト軍は、その救助、支援、援助を命じられていた。先の戦闘が終わってから数日経過した現在も、その命令に従事している。

 

そのブリッジ内。彼らの指導者デュランダルの生命を聞き、若きザフトの兵士たちは感嘆の意を唱えざるを得ない。

 

「議長の会見すごかったな!」

 

「ロゴスって奴ら絶対許せねえよ!」

 

 民間人だけでなく、ザフト兵士にも、『反ロゴス』思想は、一瞬で、迅速に蔓延した。

 

 グラディスはそれを肌で感じ、デュランダルの手腕に驚愕して舌を巻く。

 

 あの発表は、タイミングとしては完璧と言わざるを得なかった。

 

 実際に『デストロイ』が蹂躙し、それをザフト軍が決死の覚悟で止める。そして、その悲劇の映像を編集して世の中に流布する。

 このような映像。百人が見たら千人が、ザフトが正義だと言うだろう。

 しかし、グラティスが所有する情報を精査し冷静に状況を俯瞰して考えると、少しばかりの違和感を覚える。

 

 ザフト軍の諜報機関は、今よりはるか前から既に『デストロイ』の情報を入手していた。更にはロゴスのメンバーという、超がつくほどの機密情報すらすら、ここまで詳細に調べ上げ、把握していたデュランダル一派の諜報能力がありながら、にも関わらず、その虐殺を未然に防ぐことへの努力ではなく。

 

 それが起きるまで、虎視眈々と息を潜め。その直後を狙いすましたように、敵を『真の悪』として公表するその姿勢。虐殺を利用し、民衆のマインドを完全にコントロールするデュランダルの手腕。

 

 それにグラディスは恐怖する。政治家として民衆の思考をコントロールする能力。もはや洗脳の域に達している。

 勿論、敵の作戦を事前に把握し未然に防ぐなど、困難でありできないことの方が多いだろう。

 しかし、このタイミングの良さ。まるで、この虐殺を待ちわびていたかのように邪推してしまった。そんな嫌な考えを払いのけるように、頭を数回振って踵を返して艦長室へ戻ろうと足を運ぶと、その途中でアーサーから声がかけられた。

 

「艦長。作戦部から、新たな通達です。…その、エンジェルダウン(アークエンジェルを撃墜せよ)とのことで…」

 

 

 アークエンジェルはベルリンから離れ、スカンジナビア王国に逗留中。しかし、一行の長い世界旅行も終わりの時がやって来た。

 

「オーブ政府と軍は既にレジスタンスにより掌握され、ユウナ・ロマを筆頭とした、ロゴスとの関与が疑われていた閣僚も、既に全員が拘束されました。これからは、軍主導の取り調べの後、しかるべき裁きを受けるでしょう」

 

「タイミングを伺ってはいたようですが、どうやらデュランダル議長の演説が最後のきっかけとなったようですね。ロゴスと関与が疑われている者を、現在の社会情勢で代表に据え続けるのはリスクが大きすぎますから」

 

「カガリ様達の準備が万事整っていたからこそ、迅速な行動が可能でした。本当に、ありがとうございます」

 

 アマギ一尉たちが頭を垂れて感謝する。

 

「どういたしまして…というよりは、本番はここからでしょう。オーブという国そのものを、もう一度しっかり立て直す必要があります」

 

「はい。ここからは…我々オーブ軍人の役目と心得ます!」

 

「既にオーブ軍から電報が!受け入れはいつでも、とのことです!」

 

 それを聞いたマリュー・ラミアス艦長が静かに号令を出す。

 

「オーブへと帰還します。アークエンジェル総員、出港準備を急げ」

 

 天使はゆっくりと立ち上がる。

 

 

「アークエンジェルを撃墜する!?」

 

 グラディスから聞かされた次の作戦は意外なモノであった。

 

「それが、司令部からの命令よ」

 

 作戦立案書に以下の様に記されている。

 

『その目的も示さぬまま、唯戦局を混乱させ戦火を拡大させるアークエンジェルを今後の情勢を鑑み放置できぬこの脅威を取り除く作戦である』

 

「あの艦って私たちを助けてくれた艦、ですよね」

 

「そういう側面があるのは否定しないわ。しかし、国際指名手配中のテロリストという事実も揺るがないの。討伐できるときにやってしまうというのは…当然とも言える。これは本国の決定よ。もう覆すことはできないわ」

 

 本部から通達された作戦の概要が、巨大なモニターに示され供覧される。どうやって仕入れたのかは不明であるが、アークエンジェルの潜伏先と思しき場所と航路予想図、周辺のザフト軍の連携まで事細かに記されている。

 周囲のザフト軍艦隊が予定航路に包囲網を敷き、山脈の中腹にある袋小路へと誘い込む。最終的にはミネルバと激突させ討ち果たす方針らしい。

 

「ユーラシア北西に位置するザフト軍総出での大規模な作戦です。失敗は許されないわ。…わかってるわね、シン、レイ」

 

「…言われなくても、やってやりますよ」

 

「全力を尽くします」

 

 ミネルバから出撃命令が下ったのは、シンの駆る『インパルス』と、レイの操る『ザク』。レイ機の修理は万全だ。『インパルス』も、ベルリンでの戦いでそこまで深手を負ったわけではなく、いつでも出撃の準備は出来ている。しかし、ルナマリア機は修繕が間に合わなかった上に、骨折が完治していない。出撃が見送られたのも当然であった。

 

 ルナマリアはシンを心配しているようであり、少し居所が悪いようにシンに目配せをしている。その視線に機敏に反応したようで、シンは気丈にふるまうことを意識した。

 

 公表はされていないが、シンが連合に返したパイロットが、『デストロイ』を操縦し、ベルリンの街を破壊したことは、ミネルバクルーの中では周知の事実となっていた。そして、シンがそのパイロットに、並々ならぬ感情を抱いていたことも一部の人間は知っている。

 

「大丈夫だよ。大丈夫。俺は…」

 

 その言葉を、その場にいる誰もが鵜呑みにしたわけではなかった。それでも、シンが前向きに、努めて元気に見えるように振舞ったことは伝わってきたため、誰も口を出すことは出来なかった。

 

「…では、ミネルバ発進準備急げ」

 

 数舜の逡巡の後、グラディスが総員に指示を下す。それに従い、全員が持ち場につく。ミネルバの発進のための準備がされていく。

 

 それを邪魔しないように隅に立ちながら、シンは横目で作業を眺める。

 ただ、作業を無心で眺め続けていた。

 

 

 金髪の青年は独り、個人の通信用に使用を特別に許可されている小部屋で、定例通信を行う。

 勿論相手は時の指導者であるデュランダルだ。

 

「レイ、報告ありがとう。いつも頑張ってくれているね」

 

「恐縮です」

 

「レイ、次の作戦のことは聞いているかな?」

 

「艦長から伺っております。アークエンジェルを、撃墜せよと」

 

「私としても心苦しいのだがね…しかし、かの艦は『世界の平和』を乱しすぎる」

 

「…同感です」

 

「レイ、次の作戦において折り合って頼みがあるんだ。勿論、熾烈な戦いになるのは間違い無いだろう。そんな中で、私のような軍人ではない者の甘いもの頼みなど、果たせなくても何も気にすることはないのだが…言うだけ言ってみても、良いかな?」

 

「勿論です。作戦に支障を来さない限りで、できるだけ遂行します」

 

「ありがとう。その言葉がとても嬉しい。それで頼みというのは…」

 

 

 スカンジナビアの極寒の大地は、山々をすっかり雪景色へと変貌させる。そこて生きていける生命は、濃い体毛に覆われた恒温動物しかいないであろう。

 人間が裸でこんなところに放り出されたら、一時間と持たずに低体温症となり、心停止へと陥る。

 

 冬山を見ていると、いつもそういう妄執に駆られる。若い時から軍人であり続けたウィラード隊の隊長であるこの男は、その恐怖心故にこの年まで生き残り、こうして部隊を持つ程までになったのだろう。

 軍人として最も大切なことは、任務に忠実であること。そして、部下の命を預かる者として最も大切なのは、引き際を弁えること。

 この二つの天秤を上手に揺らし続けた者だけが、こうして生き残ることができるのだ。

 

「…マルマルロクより入電。セクションスリー、ポイントヒトハチサンロクにアンノウン。アークエンジェルです」

 

「動いたか。司令部に報告。それとデータベースを修正。既にそれはアンノウンではない…『エネミー』である、とな」

 

 ブラックコーヒーを飲みつつ、部下に指示を出すウィラード。

 柄にもなく、僅かながらの昂りを覚えていた。

 

 ウィラードは当然、先の大戦でも多くの戦場を駆け回った。アラスカ、ヤキン・ドゥーエ。これら生と死が常に隣り合わせになる感覚を覚えながらも必死に采配を取りここまで生き残ってきた自負がある。そんな歴戦の彼ならば当然、聞いていた名声がある。先の大戦を終わらせた伝説的モビルスーツと戦艦。

 

 それを自らの手で堕とすことができる喜びと恐怖。年老いたとしても、戦士であるならばそれを覚えずにはいられない。

 

「音に聞いた『フリーダム』と『アークエンジェル』だ。

 我々で天使を堕とし、彼等から空を駆ける自由を奪うのだ」

 

 

 ミネルバブリッジ内。メイリンが電報を受け取り、作戦は開始される。

 

「司令部より入団です!『エンジェルダウン』が開始されました!」

 

「…本艦も発進する。緊急浮上。目標『アークエンジェル』!」

 

 

地上からは『バクゥ』が、空からは『ディン』や『バビ』がアークエンジェルを襲撃する。

 

 多数のミサイルとビームライフルによる射撃。アークエンジェルはこれらを、地形と持ちうるすべての武装を駆使して撃墜し続ける。

 

「取り舵10。山脈の陰に回り込んで!『バリアント』『ヘルダート』『イーゲルシュテルン』撃て!!続いて『ウォンバット』準備急げ!」

 

 戦艦の頭脳であるマリューの指示のもと、アークエンジェルは攻撃を躱し続ける。しかし、既に後手後手に回り始めている印象であった。

 

「艦長!迎撃だけでは当艦が持ちません!!我らに敵モビルスーツの撃墜の許可を!」

 

 アマギを筆頭に、オーブ軍兵士達が立ち上がり艦長に申し出る。彼らの意思は既に固まっているようだ。

 しかし、ラミアスからしてみればその覚悟に感謝こそすれど、受け入れることは決してできない。

 

「…いけません。我々は現在ゲリラ兵です。オーブ軍兵士に戦わせたという事実が、オーブ国の国際的信用に大きく傷をつける事になります」

 

「しかし、このままでは…!」

 

「…わかっています。…キラくん」

 

 ラミアスを含めるブリッジ内クルーは全員、キラの顔貌を見る。キラも覚悟はできていたのであろう。ラミアスが言い出さなければ、きっと自分から出撃を志願していたに違いない。

 

「…キラくん、大変な戦場になります。いつも貴方を頼りにしてしまってごめんなさい。

 でも、オーブ兵士の皆さんをここで戦わせる訳にも、失うわけにもいきません」

 

「大丈夫です。僕もマリューさんも、みんなも。僕達は。

 僕達にできる事をやるだけです。それに…頼りにしてくれて、ありがとうございます」

 

『艦長、ボウズ!『フリーダム』はいつでも出撃できますぜ!』

 

 モビルスーツドックから、マードック整備長の頼もしい言葉が届く。

 それを聞くと同時に、キラは駆け足でブリッジを後にする。

 

「ありがとうございます。では、『フリーダム』発進準備急げ。彼の進路を開く!総員、眼前の敵を振り払え!」

 

 

 アークエンジェルが戦闘に入る数刻前。未だに艦は静かに、雪で覆われた山脈の間を縫う様に走行している。

 しずしずとアークエンジェルの営倉はノックされた。一声かけてから開けられる。営倉とは名ばかりの一般兵士用の部屋であるのだが、ネオが入っている間は便宜上そうなっているのだ。

 

 この部屋には両手両足を拘束された捕虜である自分しかいないのだから、そんなに気を遣わなくてもいいといつも言っているのに、自分に食事を運んでくれる少女は頑なにノックをし続けている。

 

「おじさん、ご飯だよ」

 

「おじさんじゃない、まだお兄さんだ…」

 

 サンキュー、と言いながら食事にありつく。軍人であるネオの筋肉量は途方もなく、それは同時に代謝量が膨大であることを意味する。故に、すぐに腹が減ってしまう。この限られた捕虜生活において、食事の時間が数少ない憩いの場となっていた。

 

 暫くの間無言でバクバクと喰らいつく。腹が減ってはなんとやらだ。少女は飯を食べたのだろうか?そんなことをふと考えたが、捕虜の自分が気にしても詮なきことかと飲み込んだ。

 

 直後、アークエンジェル全体が爆発音と共に揺れる。アラームが鳴り響く。赤色のランプが警告を示す。

 

『総員、第一戦闘配備!繰り返す──』

 

「戦闘か…大丈夫かよ、俺に構ったりして」

 

 ネオは何の気無しに少女に話しかける。言外には独りにして欲しいという意を込めているのだが、通じていないのか無視されているのか、少女は未だ出ていくそぶりを見せない。

 

「どうだろう。多分ダメだろうね。でも、私がブリッジにいてもできることなんてないし…」

 

 そう言ってマユは、営倉に設置されたモニターを勝手に付けて戦闘の経過を見始める。

 

「なんだこりゃ!!とっくに囲まれてんじゃねえか!!!」

 

 その映像は凄惨なものだ。アークエンジェルという戦艦一つを墜とすために、ザフトはいくつの戦艦とモビルスーツを準備したのだろうか。

 モビルスーツだけでざっと数えても百は超えそうな量である。

 

「ザフトの奴ら本気だぜ。本気でこの艦一隻を落とすのに、全力をそそいでやがる…!」

 

「…」

 

 マユが無言で立ち上がったのを見て、ネオは思わず声をかけてしまう。

 

「行くなよ、嬢ちゃん」

 

 マユからは反応はない。しかし、聞こえているのだろう。こちらに背を向けてはいるが、立ち止まって話を聞く体制をとった。

 

「あのな、俺は人でなしのろくでなしだが…それでも。

 君みたいなガキが銃をとらなくて済む様に戦ってきたつもりだ。…命を無駄にすることはない。この包囲網だ。この艦はいずれ落ちる。そうなる前に降伏と投降をすれば、きっと悪いようにはならないだろう…」

 

 少なくとも、出撃するよりは危険が少ないと、彼は言外にそう言っているのだ。

 

「うん。ありがとう。でもいかないと…」

 

 マユの意思は固い様で、ネオの言を聞きはしても、聞き入れる気はない様だった。

 ネオはそんな落ち着いた様相の彼女とは対照的に、ついヒートアップしてしまう。

 

「こんなゲリラ紛いのことをやっても、何にもならないってことがなんでわからないんだ!?」

 

 無駄なのだと。お前らのやっていることは。そんな、子供でもわかりそうなことをなぜ受け入れないのか。それをネオは問いかける。

 幾ばくかの静寂が流れる。艦の外からは爆撃音が木霊する。大気が震動し、艦も揺れている気がした。心なしか、いつもより廊下は騒がしい。

 そんな中でも、少女はひどく冷静そうに見えた。

 

「だったら…」

 

 少女は静謐さをかき乱す様に、少し声色を震わせながら語り出す。

 

「だったら、子供は…戦う自由もないの?」

 

 それはネオに問いかけているのではない。世界に問いかけているかの如く。

 

「力がないから失って。力がないから救えない」

 

 そんなの、嫌ってほど知っていた。

 全てを失ったあの日。両親は死んだ。兄は遠くへと去った。故郷は燃えた。

 そして、ようやくできた友も彼女を置いていなくなっていく。

 

「…でも、力があるとかないとか関係ない。子供だとか大人だとか関係ない。私はただ。良くないことを良くないって、嫌なことを嫌だって言える人でありたいんだ」

 

 子供の戯言なのは理解していた。世の中にはどうしようもない事がたくさんあって、自分の力では何も救えないモノが飽和している。

 それでも。それを見てみぬふりをして、死んだ様に生きていくことに意味はないと思ったから。

 

 ネオは彼女から途方もない圧力を感じてしまい、つい尻込みしてしまう。歴戦の戦士である彼すら凌駕しうる熱量を幻覚してしまう。

 

「…その結果、お前の大切な人が悲しむ事になるかもしれないってことは。それはわかってるのか?」

 

「わかってる。皆優しいから。もう知る術はないけれど。でも知ってるよ」

 

 その言が。その寂しそうな背中が。

 もう既にこの世に存在しない存在に思いを馳せているのだと、察しの悪いネオにも理解できた。

 

「…そうか。だったら、もう何も言わねえよ。まあ、せいぜい頑張ってくれや。この艦が落ちると、俺も死んじまうんだからさ…」

 

「うん。ありがとう、おじさん」

 

 少女はそう言い残して営倉を後にした。

 後に残されるは。力を失い、現実から目を背けている大の大人唯一人。

 情けなく独り、項垂れた。

 

「おじさんじゃねえよ…」

 

そう独りごちた。しかし狭い部屋に反響しただけで、誰も返答はしてくれなかった。

 

 

《『インパルス』『ザク』パイロットは、コックピットで待機してください!》

 

 ミネルバ内にはメイリンの館内放送が響く。スピーカー越しにも彼女が焦り気味に指示を出しているのが伝わってくる。

 戦況は苛烈している。予定通り、山脈の中腹、袋小路となっているポイントはじっくりと誘導できている。

 直に『インパルス』と『ザク』が投入され、最後の仕上げが行われるだろう。

 

「シン。行くぞ」

 

「…ああ」

 

 二人は既にパイロットスーツに着替えている。ヘルメットを携えて、ハンガーへと歩みを進めた。

 

「二人とも、気をつけて」

 

 ルナマリアが不安げに二人を見つめる。特に心配しているのはシンの方だろう。シンのメンタルの調子は、シン本人以外誰も把握していない。

 いや、シン本人ですら掌握できていないのかもしれない。

 

「ルナマリアは心配しすぎだ。シンも、大丈夫だな?」

 

「ああ。大丈夫だ。俺が…俺が今度こそ」

 

 シンはルナマリアの方も、レイの顔も見ずに、独り自分の掌を見つめながら呟く。

 ルナマリアからすればその様子があまり大丈夫そうには見えなかったが、いつまでも引き留めるわけにもいかずに別れた。

 

 ハンガーへと続くエレベーターに乗る。一分ほど二人きりの時間だ。レイはゆっくりと語り出す。

 

「シン。この戦いが終わったら話しておきたいことがある」

 

「何だよ…いきなり。仰々しいな」

 

「大した事じゃない。俺の…いや、私の生まれの話だ」

 

「レイの小さい頃の話か、確かに聞いた事なかったな」

 

 エレベーターは到着の合図を簡素な音で提示する。それは二人の時間の終わりを告げる鐘だ。そして、辛い現実を見ろという合図でもあった。

 

「俺も誰かに言うのは初めてだ。だから…死ぬなよ」

 

 

『コアスプレンダー』のコックピットに搭乗する。中は暖房が効いているはずなのに、肌寒かった。

 シャッター一枚を隔てた外界は極寒の大地であり、それを想起するからこその悪寒という事にした。

 

 無言でコックピット内のスイッチやハンドルの点検をする。点検は既に終わっているのだが、発車前のルーティンというやつだ。

 何となく色々弄っている間は、余計な思考を流して集中できる。

 

 ハンガーが動き始めた。搭乗機がゆっくりとコンベアーに乗せられる。ガコンという大きな音と共に、愛機が発着場へと続くエレベーターに乗せられた。

 

 この間は比較的暗い。最低限の灯りしかついていない『コアスプレンダー』専用のエレベーター内の暗さを知っているのは、もしかしたらシンだけかもしれない。

 そんなどうでもいい事に今更気づいた。

 

 頂点まで辿り着いてしまう。防火シャッターが開かれる。真っ白な空と大地が、どこまでも続いていく。

 そんな穢れなき世界を幾許かだけ臨んだ。

 

《『コアスプレンダー』発進どうぞ!》

 

 発進の合図が出された。戦いの火蓋はいつだって、矮小な自分に切る権利などはない。

 唯、流されるまま。促されるがまま。赦されるがままに。

 敵を屠る存在となろう。

 

「シン・アスカ、『コアスプレンダー』行きます!」

 

 ───ああ、きっとそれが一番。何も考えなくて済む。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

転勤や何やらで忙しく、久方ぶりの投稿となってしまいました。これからはものんびりと個人のペースで続けていくので、読んでいただけるだけで幸いです。

皆さまからいただく感想や評価、イラストなどが本当に筆者のモチベーションにつながっております。
感想を気軽に書いていただけると嬉しいです。

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