機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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悪いユメ

───数刻前。

 

「艦長!医務室より連絡が!捕虜が脱走したとのことです!」

 

「何ですって!?」

 

 こんな忙しい時に、艦内トラブルなんてやめて欲しいのだが。

 しかし、捕虜からすれば絶好の逃げる機会なのかもしれない。そもそも、この艦が撃墜されたら彼も共死にするのだ。逃げる機会を伺って逃げ出すのは、生存を考えるのならば当然の判断なのかもしれない。

 

「今は彼に構っている暇はない!とりあえずは放置して──」

 

 ブリッジのドアが轟音と共に開けられる。

 そこには皆のよく知る金髪長身の男の姿が。そう、彼は。

 

「少、佐…」

 

「俺は大佐だっつったろ!!

 艦長さん!モビルアーマーでも何でもいい!俺に出撃させてくれ!!」

 

「そんな…しかし!」

 

「安心しな!逃げるつもりなんて毛頭ねえよ!!

 それに…俺はただ…あんなガキが戦ってんのに。俺だけ何もしないなんて…大人としてカッコつかないだろうが!!」

 

「…大変に危険な戦場です。捕虜の貴方に赴かせることはできないわ…」

 

「こんな時に固いこと言うなよ!そもそも、アンタ達が負けたら俺も死ぬんだぜ!?何とかしてやるよ!!なんせ俺は…」

 

『不可能を可能に…』

 

 なんだか…知らない(知っている)記憶が蘇る。しかし、今はそんな些末なことに気を取られている場合ではない。頭を数度振り、デジャヴのような幻覚を振り払った。

 

「行かせてくれ……!」

 

「………わかりました。整備班に連絡!『スカイグラスパー』緊急発進の準備を!」

 

「艦長さん…サンキュー!」

 

 それを聞いたネオは、踵を返してモビルスーツハンガーへと向かった。

 

 マリューはその背中を複雑な面持ちで数舜だけ見送ったが、直ぐに思考を切り替えた。

 

 ネオは更衣室まで走る。何故だろうか。初めて来た場所のはずなのに。

 にも関わらず、勝手知ったる我が家の様に走ることができる。

 更衣室の場所も、ハンガーの場所も手に取るようにわかった。

 

 何となく開けたロッカーの中には、紫色の意匠が彩られたパイロットスーツが一着。

 

「センスの良い色じゃねえか」

 

 腰に履き入れ、袖を通す。気味が悪いくらいに丁度良いが、同時に久しぶりにすっきりした気分だった。

 

「さてと…行くか!」

 

 ヘルメットを携え、ハンガーまで続くエレベーターへ乗り込んだ。

 不思議と、違和感はなかった。

 

 

『ウォォォォォ!!!』

 

『何!?』

 

 そんな刹那。遥か遠くから、赤色の巨大なビームによる一撃。『ザク』は完全に虚を突かれ、右腕をビームライフルごと持って行かれてしまう。

 

「あの光は…」

 

『大丈夫か?嬢ちゃん!』

 

「おじ…さん」

 

 遠方から高速戦闘機『スカイグラスパー』が急接近する。アグニによる牽制射撃を繰り返す。雪原に爆発が生じ、雪が蒸発し水蒸気となるが、大気により急激に冷却され、霧が周囲を包み込んだ。降雪と相まって、周囲が見えなくなる。

 

 武装を失った上に、視界が悪くなったのを嫌ったか。『ザク』が一度距離を取る為に後退する。その隙を縫う様に、『スカイグラスパー』は巨大な実体化剣をパージして『ストライク』の正面に落とす。

 

『おじさんじゃない!嬢ちゃん!コイツを使え!!』

 

 マユの目の前に降ってきた大剣は、対艦刀『シュベルトゲベール』。

『ストライク』の専用の拡張装備の一つ。元々、『ストライク』は汎用性を高めるために、複数のパッケージを拡張機能として用いて戦う機体。マユはエール以外は使う機会に乏しいが、キラと訓練を重ねたことで既に使用感は把握できている。

 

「ありがとう!おじさん!」

 

 雪原から霧が晴れる。周囲からは先ほどまでの『ザク』を含め、モビルスーツの気配はしない。一度退却したのだろうか。

 

 コックピット内のモニターには様々な点が激しく分布し、鬩ぎ合っている。アークエンジェルと、把握できている限りの敵の位置が表示されたモニターからは、アークエンジェルはもう直に海へと出ることと、西の敵の包囲網が甘くなっていることが分かった。

 

 それは『フリーダム』が『インパルス』ごと大群を南東へ引き付けて大暴れしたからであるが、それを理解できるほど、彼女は大局が見通せている訳ではない。

 

 一先ず、アークエンジェルの方角へと歩みを進めていく。

 

 

「結構乗り心地いいな、これ!」

 

 重力下とは思えない曲芸飛行にて、縦横無尽にザフトモビルスーツを蹴散らしていく。

『アグニ』と、もう一本の対艦刀を装備した戦闘機を駆使し、モビルスーツを近・遠距離両方から倒していく。

 

 そしてついに、ネオは白い『ザク』と対峙する。

 

「お前は…ザフトの!」

 

「そういうお前は…まさか!!」

 

 全くの同時に、二人の脳髄を電撃が貫くような錯覚が走る。

 

「この感覚は…!」

 

「貴様は…まさか!?ムウ・ラ・フラガか!」

 

「違えよ!!そういう貴様は…」

 

 ネオの脳裏に描かれる、失った過去の記憶。

 何故か(覚えていないのに)知っている。この感覚は…

 仮面の宿敵。倒すべき悪。そう、あの日、あの場所で。

 自分たちの運命をかけ、互いに銃を向けて殺し合った…あの男。

 

「貴様は……ラウ・ル・クルーゼか!!」

 

「…ご名答!!流石は、フラガの血統!」

 

『スカイグラスパー』と『ザク』が交錯する。『ザク』は右腕を失っており、防戦一方のため撤退しつつバルカンでの反撃を試みる。

 しかし、その攻撃を最小限の機体制御で完璧に回避し一瞬で接近する。その交錯時にも一切油断せず、対艦刀や『アグニ』で攻撃を重ね続ける。

 

「まさか未だに生きていたとはな…死に損ないの出来損ない!」

 

「ほざけ!」

 

 ネオの操縦技術はピカイチだった。空中をステップするかの様に、器用に弾幕を躱して接近する。加えて、敵の『ザク』は丸腰も同然。このまま押し切れると判断したネオであったが───

 

「ぐおぉぉ!!」

 

 粗方片づけたと判断していた『バクゥ』の増援がもう到着していたらしく、援護射撃を受けてしまう。間一髪でミサイルを回避するも、その衝撃波は大気を地震の如く振動させる。衝撃は鼓膜を揺らし、平衡感覚を一瞬麻痺させる。

 我を取り戻すまでの、僅かな隙を付かれ、『ザク』は完全に気配を消した。

 

「逃したか…!!嬢ちゃんは!?」

 

 ネオは周囲の状況を冷静に評価する。囲んできた『バクゥ』を速やかに排除し、『ストライク』の援護に向かわねばならないからだ。

 

 

 シンは『フリーダム』を撃墜した。残っている仕事は…

 

『ストライク』。こいつだけだった。

 

 対艦刀は『フリーダム』との闘いで破損した。盾もボロボロになっている。

 シンはビームサーベルを引き抜く。頭部バルカンの装填弾数を把握する。

 これだけあれば十分だ。『ストライク』を殺し切るのに、これ以上は過剰だろうと、傲慢ではない分析を行った。

 

 当然だが、空中を通れば目標までは一直線だ。既に距離は詰まっている。彼我の距離は数キロメートル程か。ものの数分で会敵し、剣戟を交わすことになるだろう。

 

「……」

 

 おそらく・・・(いや)、違う。間違いなく。

 

 あいつ(『ストライク』)も気が付いているだろう。一騎打ちは避けられないと。

 

「終わらせる…今日、ここで!!」

 

 帰投していたように見えた『ストライク』であったが、踵を返した。こちらをめがけて突貫してくる。

 

 互いの相対速度は一気に加速する。刹那の邂逅。正真正銘、最後の殺し合いだ。

 

「何もかも!!!」

 

 頭の中は、殺意だけが満ちていた。

 

 

 ミネルバ、医務室内。

 ちょうどアスランの意識が覚醒し、落ち着いて会話ができそうだとの報告が上がった。歓声が上がるブリッジであったが、現在は絶賛戦闘中。顔を身に行ける人員は多くない。

 

 手持ち無沙汰で、特にすることのないルナマリアはアスランの様子を伺いに、医務室へ足を運んでいた。

 

「アスラン!起きたって聞きましたよ!」

 

「ルナマリア…今、外はどうなってる?この戦闘音は、一体…」

 

 外界は多数の爆撃音が鳴り響いている。この喧騒で彼は目を覚ましたのだろうか。彼は見るからに焦っている様に見受けられ、しきりに外の様子を気にかけていた。

 

「今アークエンジェルの撃墜作戦が行われてて…

 シンとレイが、モビルスーツに乗って『フリーダム』と『ストライク』と戦っています」

 

『フリーダム』は、既に撃墜されたとは。起き抜けの彼に言えるほど、ルナマリアは気が遣えない人間ではなかった。

 

「シンが…『ストライク』と!?」

 

「そうですけど…何かありましたか?」

 

 聞き返す前に、アスランは医療用ベッドから勝手に身体を起こし、点滴棒を杖代わりにして歩き出す。

 

 暫くぶりに歩くはずであるのに、足取りはしっかりとしている。強靭なコーディネイターで、かつ現役軍人故ということなのか。

 

 何となくそんな感心を抱いたルナマリアであったが、それを大慌てで医師や看護師が、ついでにルナマリアも嗜める。

 

「ちょ、ちょっと!ダメですよ!こんな身体で動いちゃ!」

 

 ルナマリアは本気でアスランを心配している。アスランの旧友がアークエンジェルに乗っているのは、ミネルバクルーの多くが知っている事だ。それを心配して、居ても立っても居られないのは重々承知しているが、その無茶を通すわけには行かなかった。

 

 それに、アークエンジェルはもう直き沈むのだ。しかも、自分たちが手ずから沈める。それをわざわざ目の当たりにはさせたくないというのがルナマリアなりの親切心でもあった。

 

「俺は…行かないと!シンに…艦長に…伝えなければ…!!」

 

「どういう…こと?」

 

 しかし、アスランの心配の矛先は先ほどから予想と外れている。うわ言の様に、シンの名を連呼し続けているアスランに、ルナマリアの脳内には疑問符が浮かんだ。

 

「ああ。だから…ルナマリア。頼みがある!」

 

「は…はぁ…」

 

 アスランの眼は未だかつてないほどに真剣であったが、ルナマリアはそのテンションについていけていない。

 

 

 アークエンジェルブリッジ内。危険信号(アラート)が鳴らない部品は存在しないほどに、機体には傷がついているが、ギリギリの間際で撃墜されない当艦は、まさしく浮沈艦の名にふさわしかった。

 

「『フリーダム』大破!!パイロットの生存不明!!!」

 

「既に救助用ドローンと救助斑を出してあります!!」

 

「『スカイグラスパー』が『バクゥ』らザフト軍モビルスーツを二十機撃破!!」

 

「西側包囲網突破できました!」

 

「後どれくらいで海岸線に出るか!?」

 

「進路が開けました!この速度なら…五分たらずで海岸線へ出ます!!」

 

 その報告に、ブリッジクルーの心に希望が灯る。

 マリューも、光明が差し込んだのを感じていた。

 

「『ストライク』と『スカイグラスパー』を呼び戻して!!」

 

「『スカイグラスパー』から応答あり!機を見て帰還するとのこと!…『ストライク』も同様の応答が!!」

 

 

「もうひと踏ん張りよ!これ以上…誰かを犠牲にしてはいけない…」

 

 キラが行方不明になったことには全員が動揺している。しかし、彼らも歴戦の猛者。哀しみや反省は、あ後から幾らでも出来ることを知っていた。

 

 そして、彼からの最後の通信。

 

 オーブへ行けとの言葉。

 

 故にマリューは。全員を鼓舞するべく、全力で声をあげた。

 

「オーブを目指す!!」

 

 

「帰還命令!!」

 

『ストライク』のモニターにはその旨の合図。海へ出られる目途が立ったということだ。これ以上の時間稼ぎは不要。

 

 取りあえずは帰還を目指す。再出撃するにせよ、まずは体制を立て直すことから───

 

 現在は幸運にも周囲に敵はいない。今ならば戦域から離脱できると判断し、アークエンジェルへの帰投を試みる。

 周囲にはザフト軍のモビルスーツは見当たらない。粗方履けてしまったのだろうか。幸運に幸運が重なっている。

 

 しかし。けたたましいアラームが鳴る。

 モニターの地形図にはたった一つだけであったが熱源反応を探知していた。

 

 こちらに、一直線に接近してくる。

 まだ距離は遠い。この圧倒的な推力。間違いない。

 

「『インパルス』…!なんてスピードなの…!」

 

『フリーダム』を破壊した機体が、次の獲物である、私へと向かってきている。

 

『ストライク』の推力では、アークエンジェルに到達する頃に追いつかれるかもしれない。

 

 現在、アークエンジェルの残存武装がどれほどのものかわからないが、もしこのまま『インパルス』を引き連れて帰投し、アークエンジェルに攻撃されたら…

 

 自分のせいで、大切な人たちがいなくなる。そんな最悪の未来を想定してしまう。

 

「私が…ここで!!」

 

 食い止めるしかない。その覚悟と使命感。そして、勇気を手に機体を翻した。

 

 こうしてしまったら、もう後戻りはできない。

 

 距離は凡そ二キロメートル。一つ深い呼吸をして目を瞑り、身体をリラックスさせた。

 

「うぁぁぁぁぁあああ!!」

 

 開眼と同時に、『ストライク』を『インパルス』へと駆動させる。

 

 両機が遂に激突する。

 

 

「ハァァァアアア!!!」

 

 シンは『インパルス』を駆り、最後の標的である『ストライク』を猛追する。

 

 一時は帰還を試みていた『ストライク』であったが、今は『インパルス』に正対する形をとっている。

 

 盾を翳し、トップスピードで『ストライク』に体当たりをかます。

 

「ぐぁああああ!!」

 

「あぁああああ!!」

 

 盾と盾のぶつかり合い。『ストライク』も一切譲る気はないようで、一切躱す素振りもなく『インパルス』の攻撃を受け止めた。

 

 両機は互いに絡み合い、そのままドッグファイトへと突入する。

 

 両者は期せずしてほぼ同じ兵装。右腕には対艦刀を携え、左腕にはボロボロの盾。

 中世の騎士のような武装しか持たぬ二機の衝突だった。

 

「うわぁぁぁあああ!!!」

 

『ストライク』がまず仕掛ける。対艦刀で一閃。しかし、あっさりと盾で防がれてしまう。

 

「こんな攻撃!!当たるもんか!!」

 

 返す刀にて、『インパルス』は脚を切り落としにかかる。

 攻撃を受けてから、反撃までのラグが小さすぎる。

 左脚を、一瞬で持っていかれる。膝から下がはじけ飛んだ。

 

 マユはその圧倒的な速度感の戦闘についていけない。

 

 

「速い!速すぎる!!」

 

 これが人のなせる業なのだろうか。

 盾で受け止めたからといって、コックピット内の衝撃はすさまじいもののはず。

 当たり所が悪ければ、脳震盪だって起きても不思議ではない。 

 

 それを全く意に返さずに、返しには神速の一撃。大気を轟音と共に切り裂く対艦刀。

 

 モビルスーツの体躯程の大きさの刃を、これでもかと自由自在に取り回している。

 

「くっう!!」

 

 二撃目は何とか、『ストライク』の全霊を持ってギリギリで回避に成功する。

『ストライク』の関節が軋みを上げる。先刻『ザク』からもらった一撃が、エールストライカーに悲鳴を上げさせている。

 

 股関節が今の無理な動作でイカれてしまったようだ。追撃を躱す為、『ストライク』で無茶な四肢の動きをこれでもかと繰り返す。

 

 骨格、関節、フレームに僅かにひびが入る。そうなれば、もう蟻の一穴だ。全身のパーツが耐えられず、ドミノ倒しの要領で順番に崩壊していくだろう。

 モニターは赤く点滅している。

 煩いアラームが、いずれこの機体が空中分解する可能性を示唆している。

 

 ピーピー!と別のけたたましいアラーム。『ストライク』のフェイズシフトが終了する。モノクロカラーへと転じる。バッテリー残量は枯渇しかかっている。

 無理もない。ここまでチャージなしで、全力で働かせていたのだ。

 

「うぅ…」

 

 防戦一方で、攻撃に転じることができない。『インパルス』は攻撃の手を一切緩めることはなく、対艦刀で連撃を仕掛けてくる。

 今の装甲では全く歯が立たない一撃。そして、威力は必殺。貰えば即死。

 

「こんなところで!!!私は…!」

 

 まだ私は…何も成していない。

 

 こんな未熟な私には。何が正しくて、何が間違っているのか。

 

「そんなのはわからない!」

 

 だけど。

 今、したいことがあって。それを成し得る力がある。

 それが如何ほどに───幸運な事であろうか。

 

「キラお兄ちゃんがいない今…」

 

『ストライク』の顔面の装甲が左半分剥がれ落ち、鉄臭いフレームが露出する。

 

 それでも、その双眸は現実(『インパルス』)から決して目を背けてはいない。

 

「アークエンジェルを守る!!」

 

 それが、今の私にできることだから。

 

「こんなところで!!殺されてたまるかーーーー!!!」

 

 直後。

 

 頭の中で何かが弾ける感覚。

 小さい種が静かに、静かに。それでいて爆発的な感情の渦を伴って弾け飛んだ。

 突如。目の前がクリアーになった。一瞬で、視界の全てを理解できる錯覚。

 世界はスロー再生される。すべての景色を一コマ一コマ、ゆっくりと観察している。降りしきる雪の結晶の形すら把握できる幻想を抱いた。

 

 思考回路は加速する。

 脊髄は燃え上がるように熱くなる。

 中枢のコンピュータは神経系と密に連絡を取り合い、体全体がモビルスーツと一体化していく。

 

 荒かった呼吸は死んだように安静に。

 高かった脈拍は時計の針ほど一定に。

 震えていた心は凍えるほどに冷徹に。

 熱かった頭は機械ほどに正確に。

 

 身体の全てを蹂躙した錯覚と倒錯。万物を超越する全能感。

 

 そして同時に…今まで見えていなかったものに気づく。敵の対艦刀は…実体部分にレーザーを表出していない。

 

 思い出す。クレタ島の時も。先ほどキラとの交戦時に一瞬割って入った時も。

 

 ずっと『インパルス』は、実体部分にもレーザーを表出していた。

 

 現在それができていないということは。

 

 ブラフの可能性を切り捨てる。その時は敗北だ。

 

 レーザーを出せない理由はどうでもいい。

 出せないという事実が覆らないのならば───そこが、対艦刀の弱点となり得る!

 

『インパルス』が、両手で対艦刀を大きく振り下ろしてくる。

 その入射角は、『ストライク』の左肩口から75度。一切のブレや歪みの無い、美しい斬撃。最大効率にてコックピットを破壊する必殺の刃。

 故にその軌道は読み易く。そして御し易い。

 

 狙うは敵の対艦刀───そのレーザー部分に攻撃しても埒が明かない。

 

 真に狙うは剣の側面。入射角とタイミング、全ての呼吸を、『ストライク』と完全に調和させ───

 

 「そこ!!」

 

 真横から、対艦刀を対艦刀で切り伏せる。無防備な実体部分を、側面から大刀にて一方的に切り落とす。

 

 自身の勝利を確信していた『インパルス』が、一瞬行動を停止する。一度、距離が取られる。

 

 それもむべなるかな。

 

 何せ、先ほどまでとは質の全くもって異質なクオリティのパフォーマンスを急にされたのだ。

 何より驚愕すべきは、対艦刀が同じ対艦刀にて側面から一刀両断されたという事。

 

 警戒するに十分値する技術。それ故に、『インパルス』は一度、距離を取った訳である。

 

 しかし、現在のマユに…そのような明確な意思も意味も伴わない、適当な動きは。

 

 得てして、大きな隙を生む事になるのだ。

 

「ハァ!!」

 

 『ストライク』が距離を取られた先の『インパルス』へ対艦刀を投擲し攻撃する。

 雑な攻撃だ。しかし、動揺が拭いきれない今の『インパルス』に、避ける余裕はない。

 左腕の盾で受け止めたが、盾ごと上腕にヒビが入る。

 そのままバランスを崩し、重力に捕まって地表へと落下していく。姿勢制御がままならない。

 

 ───ここだ!これを逃せば、もう私に勝ちの目はない。

 

 一切攻撃の手を緩めるな。全力をもって───殺し切るのだ。

 

 アークエンジェルは山を一つ越えて数キロ先の所まで来ている。この距離ならば…!!

 

「アークエンジェル!!ランチャーストライカー、アグニを付けて射出を!」

 

 すぐさま注文通りの予備パッケージが射出される。

 無人飛行のスカイグラスパー。ものの十数秒で『ストライク』に武装を落とす。

 

『ストライク』は換装を行い武器を補充しようとしている。

 

『インパルス』も換装を自由自在に行い、フレキシブルに戦う機体だ。故に、そのパイロットは十二分に理解しているに違いない。

 

 そのメリットとデメリットを。

 

 換装の瞬間が、間違いなく数刻の隙となることを。

 このタイミングが致命的であると。

 

 そして、このパイロットは決して甘くない。

 

 地表に落下している『インパルス』が姿勢を整え反撃を試みる。直線的な動きだが、非常に速度が速い。

 

 そう。

 

「必ず近づいてくる!」

 

 多少無理をしてでも!!

 

 この致命的な隙を───穿つために!!!

 

 『ストライク』のフェイズシフトは切れている。しかし関係ない。

 インパルスから死角になるような位置で、両脚の外側部から二本のアーマーシュナイダー(小刀)を取り出す。

 

 ランチャーストライカーが落下してくる。パッケージとの接触間際。咄嗟に身体を翻らせ、ランチャーストライカーを『インパルス』にぶつける。換装はしない。全てがフェイクだ。

 そもそも、『ストライク』では空中換装といった曲芸はできない。

 しかし『インパルス』はできる。

 そう。自分ができるのなら、相手もできておかしくないと錯覚してしまうのが人間の性。

 

 予想から大きく逸れた反撃を貰った『インパルス』は、モロにランチャーストライカーにぶつかってしまう。

 大きな隙ができる。

 バルカンにて、ランチャーストライカーを撃ち抜く。直後に大爆発が生じる。特にアグニの爆発は大きい。衝撃もそこそこだ。爆炎も上がり視界を大きく曇らせる。更なる隙が生じた。

 

『インパルス』のフェイズシフトが停止する。

 

 数瞬の隙。瞬き二つ程の瞬刻。最後の活路。

 

 アーマーシュナイダーでコックピットを狙い裂く!!!

 

「うああああ!!」

 

 全力で推進をかける。一直線に踏み込み、懐に入り込んだ。

 

 右手のナイフで、胸部装甲を袈裟斬りにした。コックピットとパイロットが綺麗に露出される。

 

 装甲は完全に切断され、コックピットは外界と開通する。僅かな隙間だ。

 

 でも。今の私なら…そのわずかな空間でも十二分。頭に描くイメージと寸分違わぬ機体捌きで、パイロットを貫くことができる。

 

 そして…今だけは。完全に無防備!!

 

 一つずつ、コマ送りにしたような映像が流れる。

 左手に持ったナイフを鍵を差し込むように隙間を縫うように捩じ込む。

 

 完璧な角度だ。一切無駄のない操縦で最も効率よくパイロットを絶命させる為だけの行動。 

 

 このままもう一突きしたらパイロットへ───!

 

 ふと、気づいた。

 

『インパルス』の装甲が弾け飛んだせいか。当たりどころが悪かったのか、ヘルメットが割れている。

 

 パイロットの顔が見えてしまう。

 

 コマ送りにすら感じるスロー体験。超集中による超感覚。

 

 ───それ故の正確な描出。完璧な把握。完全な理解。

 

「お兄、ちゃ───」

 

 直後。

『インパルス』の頭部バルカン砲から放たれた弾丸が、『ストライク』の胸部の突き刺さった。

 

 弾を貰う迄の、最後の数瞬まで、その顔を見続けたように思う。

 

 世界を憎悪し、絶望した兄の顔貌を。

 

 

『インパルス』が『ストライク』を倒したようだ。映像越しに確認し、ミネルバブリッジ内は歓声が巻き起こる。

 さっさと救助斑を出してやらねばならない。映像越しには、シンは満身創痍であるが命に別状はないように見えた。

 グラディスはほっと肩の荷を下ろしたと同時に、シンの頑丈さに少しばかり眩暈がする。

 

 既に戦況は大方決した様なものである。『フリーダム』や『ストライク』の妨害のせいで、アークエンジェルは海底に入った。既に補足は不可能。

 

 完全に逃亡される形となるだろう。

 

 いくら『フリーダム』と『ストライク』を撃墜したからと言って、ザフト軍の損壊は酷いものだ。

 モビルスーツが数百機、動かぬ粗大ゴミと化したのだから、特に『フリーダム』は一騎当千にふさわしい。

 これからの処理を考えると、憂鬱な気分になるのは仕方がない。

 

 元々この作戦に乗り気ではなく…寧ろ懐疑的であったグラディスからしたら、逃亡されたという結果はあまり悲観することではなかった。

 

 しかし、『フリーダム』を失ったアークエンジェルだ。しばらくは表舞台には姿を現せないだろうと予想している。

 

 これで議長も少しは落ち着きを取り戻してくれたらと、グラディスはこめかみを抑え頭痛を我慢しながらため息を吐いた。

 

 そんな折、突如としてモビルスーツドックから通信が入る。

 緊急通信だったが、精神的に非常に参っていたグラディスは内容の確認をメイリンに対応を任せることにした。

 

 メイリンがインカム越しに何やら騒ぎ立てている。

 …いやな予感がしたため、極力無視することにした。

 

 しかしメイリンの紡ぐ言葉が、グラディスの頭痛を嫌でも増悪させることになる。

 

「艦長!!モビルスーツ整備班からの連絡です!ザラ隊長が…フェイスの権限を用いて、ルマナリア機に乗って戦場へ出たとこのこと!」

 

「……何ですって!?」

 

 

「はは…!やった…!」

 

 シンは笑う。泣きながら笑う。『フリーダム』だけではなく、『ストライク』も撃ち落とした。

 ステラの憎き仇をついに。二つ討ち果たしたのだ。

 たった一日で大健闘だ。こんな大捕物を達成した日は、一生こないかもしれない。

 

「やった…やったぞ…」

 

『ストライク』と『インパルス』は完全に同時に、そのエネルギーを枯渇させる。

 

 両機は雪原に墜落した。

 

「うぅぅぅぅ…」

 

 シンはエアバッグが作動したお陰で、何とか大けがを免れたらしい。

 

 コックピットの装甲が壊れていた為、外界がよく見えた。純白を超える白だ。豪雪があたりを埋め尽くしている。

 どこかの山の中腹だろうか。

『ストライク』は機能を完全に停止させている。コックピットは蜂の巣である。

 

 その隙間から。パイロットと思しき人間がずるりと雪原に落ちた。真っ白な世界に朱くて汚い染みをひとつ、付着させる。

 

 ヘルメットは壊れて、はじけ飛んでいた。

 

 思ったよりも体躯は小さい。少女くらいの体型だ。勝手に大男を想像していたため、何だか拍子抜けしてしまう。

 

 よく見なくても、右肘から先と左腕。あとは右脚が千切れていた。

 

 致命傷だ。よしんばまだ死んでいなくとも、直に息絶えるだろう。

 

 別に満足感はない。達成感も・・・本当のことを言ってしまえば感じない。

 虚無だ。殺し、殺され…その果てにここにいる。

 

 雪がすべてを包み込んでいく。

 俺の心の淀みも。犯した罪も。悲しい記憶も。

 全て真っ白に隠してしまいたい。

 

 数メートル先の死体が半分ほど雪に埋もれた。数秒もしないうちに、あの死体は決して一目のつかぬ銀世界へと消えていくだろう。

 

 もしかしたらその方が幸せかもしれないと。そうやって消えていけることが幸福なのではないかと。

 

 シンは本気で思った。

 

 ただ、でも。たまたま。

 

 その顔が見えてしまって───

 

「マユ…?」

 

 それからのことは…あまり覚えていない。

 

 ただ。酷く混乱していたらしい。

 

 

 ───1週間後。

 ザフト軍駐屯地。とある病院内にて。

 

「それで…それで。それで…そうだ。マユも大きくなったしさ。服とか、アクセサリーとか欲しいだろ…?俺はさ、そういうのあんまりわかんないからさ。だからさ、一緒に買いに行こう…そう。一緒に…」

 

 室内にはピッピッピと繰り返す、医療用モニターの音と。

 

「あとさ。俺の友達も紹介するよ。不愛想だけど優しい奴と、態度も体もでかい二人姉妹。あと整備班にもいるんだ。きっとマユとも仲良くなれると思う」

 

 男の子が独り、眠る少女に優しく話しかける声と。

 

 

「映画も行くか!マユの好きなキュア…プリ、だっけ?兄ちゃん、あんまりわかんないけどさ。なんでもついていくよ…」

 

 全身に無数の管がつながり、人工呼吸器に繋がれている少女の呼吸音だけが響く。

 

 

 男の子は優しく、優しく。

 

 

 優しく優しく、語り続けた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


皆さまからいただく感想や評価、イラストなどが本当に筆者のモチベーションにつながっております。

感想を気軽に書いていただけると嬉しいです。

シンのことが本当に大好きなので、彼の内面をたくさん描写してあげたいですね。

話のテンポが遅いでしょうか?

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