機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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混沌の先に

 

 …夢を見ていた。

 戦争の夢だ。大地は燃えて、建物は壊れ、全ての命は呆気なく平等に失われる。

 

 故郷の空が好きだった。青い空を見ていた。隅から隅まで晴れ渡る気持ちの良い日だった。

 私が愛した美しい蒼穹は兵器が漏らす科学的な煙やビームによって侵され、汚され、蹂躙された。 

 

「……」

 

 呼吸の仕方がわからなくなった。身体中は痛すぎて、どこが痛いのかを訴えること出来ないほどだった。

 

 ずっと涙を流していた。悲しくて、辛くて。そして何より…

 

「まだ息があるぞ!!子供だ!!」

 

「なんて怪我だ…!すぐに運び込め!」

 

 次に起きた時は、病院のベッドだった。簡素な部屋だった。私は、戦争が終わるまでの間、ずっと寝ていたらしい。

 

 只、助かってしまったことに…絶望していた事を覚えている。

 

「マユさん。君が今入ることができる施設です。どの施設の方も良い人ばかりですので、マユさんが自分で選んでください」

 

 私の退院の目処は立っていた。というよりは、戦争で傷ついた人間は多すぎて、私にこれ以上割くリソースはない、というのがその病院の本音である気がした。

 戦争孤児の行き着く先は大抵決まっている。施設か、ストリートか、身売りされるか。

 

 でも、私には選ぶ権利がなかった。なぜならば。

 

「先生。私の腕と脚は…どうすれば良いでしょうか…」

 

 私には、右肘から先と、左腕。それに右脚がなかった。こんな怪我でしぶとく生きていた自分を褒めてはやりたいのだが。生き残ってしまった後の事はあまり考えられずに、治療は施されてしまった。

 

 先生は困り顔を隠さなかった。義手や義足はもちろんあった。しかし、当然それにもお金はかかる。子供である私は成長に合わせて何回も作り直さなければならない。更に、天涯孤独の身であり、身銭を一銭も持たない私には、それらのお金を支払う能力がなかった。

 

 それに当時、決して明文化はされていなかったが。それらの義肢は軍人さん達に優先的に供給されるのが、場末の病院の現実だった。

 病院にたくさんお金を落としてくれるのは、軍であるのは事実なので仕方がない。

 

「脚がないのは。車椅子でも、生きていく人はいます。でも…両手がないと生きてはいけません」

 

 いや、それどころか…死ぬことですらままならないと。そう思った。

 

「先生。私はこれから…どうしたら」

 

 先生は額から噴き出る汗をハンカチで拭いながら、少し待っていて、と言って私の病室から出た。

 私は助かったのか、それとも苦しめられ続けているのか。全くわからなかった。

 数日後だ。相変わらず、憎い位に天気が良い日だったのを覚えている。神父服に身を包んだ敬虔そうな男が私の前に姿を見せたのは。

 

「初めまして。マユ・アスカさん。突然ですが…私のこどもになりませんか?」

 

 

「にしてもさ、シンのやつ。『フリーダム』と『ストライク』を一人で撃破!そんな凄いことをやってのけたのに、なんであんなに落ち込んでんだよ?」

 

「さあ?エースにはエースなりの苦悩ってやつがあるんじゃないの?」

 

 ミネルバは現在、ザフト軍ジブラルタル基地に逗留中である。シンの友人でもあり、ミネルバの整備兵であるデューノ・デュプレとヨウラン・ケントが、軽口を叩き合いながら傷ついた戦艦やモビルスーツの修理に励み続ける。

 

 ミネルバは、この基地に数度目かの出戻りとなっている。彼ら整備兵からすればどこに何が置いてあるのかをソラで言えてしまうほどに同じ場所でずっと働いているわけだ。

 

 その為、作業の効率は最初に逗留した時に比して遥かに良いのだが、その成長はミネルバの破壊によって生じており、整備班としては何とも言えない複雑な気持ちになるというのが本音である。

 

「そういやさ。あの戦いの最期の方、ザラ隊長が出撃してたんだろ?何してたか知ってる?俺丁度ドックにいなくてさー」

 

「シンが雪山で動けなくなってたみたいだから、それの救助をしてたっぽいけどな。俺も仕事してたから、詳しくは知らないよ。何か運んでたみたいだけど…」

 

「あの人、最初は変な感じだと思ってたけど。怪我してんのにすぐ部下を助けに行くとか、実は結構いいヒトだよな!」

 

「俺は最初からいい人だと思ってるよ…でもさ。シンの様子、ちょっとおかしかったよ」

 

 ヨウランは、戦いから帰還したシンの顔を直接見ていた。遠目からしか見ていないが、シンは憔悴しきってるようで、とてもじゃないが話しかけられる雰囲気ではなかったのを覚えている。

 

「俺はまだ直接会えてないけど…そうなの?」

 

「うん。なんていうか…ずっと上の空って感じで…」

 

 エンジェルダウン作戦が終わってからというもの。シンの様子がずっとおかしい。それについては、ミネルバクルーは肌で感じている者も多かった。

 しかし、シンに直接話しかけられる雰囲気出なかったことと、そもそもザフトの損耗率が高すぎて戦後処理に追われたこともあり、なぜそこまでふさぎ込んでいるのか知っている者はそう多くはない。

 

「寒い上に疲れてたんでしょ?シンが小さいことで悩むタイプかっての!」

 

「それはまあ。そうだな…」

 

 軽口は自然と続く。デューノは鼻歌交じりに作業を進めていく一方で、ヨウランは一抹の不安を拭えずにいた。

 

 

 ジブラルタル基地にある専門医療施設。下手な総合病院よりも遥かに整備と人員が整っているその集中治療室にて、とある少女は死んだように眠り続けている。

 

 体中には痛々しいほどに包帯が巻かれ、ありとあらゆる箇所に管が取り付けられ、口は人工呼吸器で塞がれている。

 

 彼女の外傷は列挙しようとしても、しきれないほどであった。その中でも特に命に関わったものとしては、頭部打撲による外傷性硬膜下出血である。治療が遅れた場合は脳機能に不可逆的なダメージを負いかねない為、これに対する可及的速やかな手術が必要と判断された。

 緊急開頭術はミネルバの医務室内で施行された。その後ジブラルタル基地内の医療施設に転院搬送となった運びである。

 

 その他の骨折や切創などに対しての治療が一段落し、集中治療室に入室したのが戦いから二日目のこと。現在はもう一週間経過した。しかし、その傷は余りにも深く、当然ながら彼女は一向に目を覚ます気配はない。

 

 シンは戦いが終わり自身の治療を受けた後は、ずっとこの集中治療室にいる。いるというよりは、この場から動けないという表現の方が適切であろうが…

 シンはベッドの傍の丸椅子に腰かけ、ずっと彼女の顔を眺めている。

 

 アスランと言えば、動けるようになってからは真っ先に二人を救助しに行った。二人が戦っているという話を聞いた瞬間から、冷や汗が止まらないほど、嫌な予感しかしなかったのだが…彼が到着した瞬間は、全てが終わってしまった最悪のタイミングであった。

 

 シンは何を言っているのか聞き取れない。うわ言を呟き続けその場から一歩も動こうとしなかったため、アスランが巴投げの要領で『ザク』のコックピットに投げ込んだ。

 

 アスランがマユと接触した際は、全身のありとあらゆる箇所から出血をしており、脈はかろうじて触れるか触れないほど。出血により血圧が低くなっており、このままでは死んでしまうと判断した。直ぐに回収し『ザク』内に適当に放り込んできた医療用キットを駆使して止血を試みた。彼の人生で、恐らく最も焦りながらモビルスーツを運転したと思う。

 

 その甲斐があったかは、アスランの医療知識では判断できないが。彼女は一命をとりとめたと報せを受けた時は心底ホッとしたものである。

 

「あのー…」

 

 看護師が申し訳なさそうに、アスランに話しかける。時計を見れば、時刻は十九時を既に回っている。病院のセキュリティ上、夜の時間帯に見舞い客がいることは避けて欲しいようだ。

 

 勿論、アスランの階級章を病院に突き出し、わがままを通せばずっといられるのは間違いないのだが…

 

 シンにも休息を取って欲しいアスランからすれば、これをきっかけに動かぬシンを連れて帰れる。この方がシンにとっても良いだろうとアスランも考え、受け入れることにしたのだ。

 

「毎日遅くまですみません。これで失礼します」

 

 アスランは慌ててシンの首根っこを掴みシンにも頭を下げさせて、二人で部屋を後にする。シンは何も語らないが、流石に引っ張られれば自分で歩くので、このままシンの自室まで連れていくのが日課であった。

 

 二人で帰路につくが、特に会話はない。ただ、冬の空は澄み渡り、星々は余りにも綺麗に瞬く。

 それ故に、アスランはシンの顔貌がはっきりと見えてしまったが、何も言うことができなかった。

 

「じゃあ、さっさと寝るんだぞ」

 

 アスランはシンを自室に送り届け別れ際に声をかけた。反応は乏しかったが、今の彼に、これ以上何もできなかったため別れを告げて自室へと引っ込んだ。

 

 その夜。自室でアスランは独りパソコンで調べものを続ける。自身が倒れていたこともあり、その間の知識の埋め合わせや、世界の事件のこと。連絡すべきことなどを、一般のコーディネイターすらも軽く超越した処理能力を用いて、やるべきことを片付けていく。

 

 夜も更けた二十一時ごろ、ふと緊急ニュースが流れる。

 

「デュランダル議長が、緊急会見…」

 

 見逃すわけにはいかない。直ぐにチャンネルを合わせて待機した。

 デュランダルの真意をアスランは未だに計りかねている。

 未だに全貌の見えてこないデュランダルの政治について思索する。

 その日の夜。デュランダルの会見を聞く。

 

「ラクス・クラインの擁立。反ロゴス思想…」

 

 夜が深くなるに連れて、彼もまた思考の海へと深く潜っていく。

 

 

 宇宙には、プラントと呼ばれるスペースコロニーが幾つも点在している。コーディネイターたちは、生まれながらの強靭な肉体を持つ。それ故に宇宙環境に適合した彼らは、自分たちのための宇宙での居住空間を実現した。

 

 プラントは一部の巨大なものを除けば、人口は五十万人前後となるように厳格にコントロールされている。そうしなければ、酸素量や食事量など、多くのモノの収支を合わせることが困難になるからだ。

 

 その為には当然全市民を完全に管理下に置き、絶対数を掌握し続ける必要がある。

 

 しかし、宇宙にも。プラント以外に居住…ないし潜伏するはぐれ者達も当然の様に存在する。

 彼らは得てして、表舞台に立つことが難しい者たちであるのは言うまでもない。

 

『ファクトリー』と呼称される施設も、そういったはぐれ者達の住処の一つ。外見だけは小惑星にしか見えないその宇宙基地は、スペースデブリに囲まれているとある宇宙区域に、それらを迷彩にして浮かんでいる。近年は人が殆ど寄り付かない岩礁宙域地域だ。

 

 ファクトリーは、ターミナルの兵器開発製造拠点として活動している。小惑星帯の岩塊の中に秘匿され続けるその秘密工場では、とある派閥の管轄下の下で、日夜戦いの準備に明け暮れているのだ。

 

「天使は無事にオーブへとたどり着いたとのことです。それに…貴方の宝物も、現在は慎重にオーブ輸送中とのことで」

 

 茶髪隻眼、おまけに隻腕。キャラの濃さで言えば既に交通渋滞しかかっている男、バルトフェルドは自身の仕える主にそのように報告する。それを聞いた彼女は、少しばかり安心したように、嬉しそうに微笑んでいた。

 

「それは何よりです。協力してくださったユーラシア支部の方々に多大なる感謝を」

 

 二人の間にあるのは、そう明るい話ばかりではない。

 

「しかし…どうやらあの子は…現在ザフト駐屯地の医療施設に運び込まれたとかですが、詳細ははっきりとはわかっておりません」

 

「彼女にはいつも辛い思いをさせてしまっています。必ず…探し出して取り戻します」

 

 何故なら彼らは…戦いをしているのだから。

 

 

 シンとアスランが、少女の病室に通い始めてから既に十日ほどが経過した。少女の容態は安定している。しかし、まだ少女は目を覚ます気配はない。

 

 アスランも仕事がないときはできる限りシンとマユの傍にいるように心がけていた。シンがもう少し落ち着きを取り戻した際に、真っ先に話しておきたいことがあったからだ。

 それに何より、彼もマユのことが心配で居ても立っても居られなかったからである。

 

 集中治療室内には現在眠る少女と、シンとアスランが離れて座っているのみ。本日の担当看護師はガラス張りの壁を挟んだ部屋の外で仕事をしている。

 気を遣われたのかもしれない。しかし、好機でもあった。

 アスランがそろそろ二人で話せる頃合いかと思い立ち、声をかけようとした矢先。部屋のドアがノックされ、ゆっくりと開けられる。

 招かれざる訪問者は、

 

「失礼するよ。シン…そして、アスラン」

 

「議、長…!」

 

 ギルバート・デュランダル。プラント最高評議会の議長、その人であった。

 

 アスランが目を見開いて、そして少し遅れて敬礼する。アスランの言葉にシンは少し反応し、デュランダルの顔を座りながら一瞥するも、特に何も反応を示さずに、再度目線を少女へと戻した。

 デュランダルはそれに特に気分を害した様子はなく、部屋にゆっくりと入ってくる。

 

 看護師は慌ててデュランダル用の椅子を用意した。それに笑顔で感謝を述べて、デュランダルは気楽そうに腰を据える。

 

「久しぶりだね二人とも。覚えが確かなら、ディオキア以来かな?」

 

 シンは全くデュランダルに顔を向ける気配がない。その為、必然アスランが仲介役の様な形で話すことになる。

 

「そう、ですかね…ご無沙汰しております。…その失礼ですが、議長はなぜ地球に?」

 

「それは…当然、君達のことを聞いたからだ。」

 

「俺達、の?」

 

「ああ。君達が…とても大変だったと聞いてね。居ても立っても居られず」

 

「失礼を承知で申し上げますが…議長は現在、このような場所で油を売っているお時間はないかと思いますが…」

 

 アスランが、ナースステーションに置かれたテレビを一瞥する。そこには、眼前に座すデュランダルが映っている。先日、彼が行った演説が何度目かの再放送として垂れ流されている。

 

『私とてロゴスの方々に軍を送るなどといった馬鹿な真似は決して致しません。ロゴスを討つ、ということは、そう言った単純な話ではないのです。ただ…彼らの作るこの歪んだ戦争のシステムは、今度こそ絶対に終わらせねばならないのです!』

 

 デュランダルはあくまで、プラント並びにザフト軍は直接彼らに手を下すことはないという方針を貫くつもりだ。しかし、現実を見たらどうだろうか。

 

「ご存じかと思いますが。地球上では毎日のように、議長が公開したリストを使用した市民同士の抗争が起き続けています…」

 

 市民はデュランダルを盲信している。そして、怒りに任せてロゴスのリストに記された要人たちを裁きと称して私刑を行っているのだ。

 

 これでは、実体としてはデュランダルが市民を煽動しているのと何ら変わらない。

 いや、その行動の責任を取ろうとしない分、更に質が悪いとアスランは本音では思っている。

 

「私もこの騒動には心が痛いよ。早く何とかしたいと、日々呼びかけは行っているのだが…民衆の怒りというものの、怖ろしさを垣間見ているといったところだ」

 

『コーディネイターは間違った危険な存在だと。分かり合えぬ化物であると。なぜ、貴方がたは思うのです。そもそもいつ、誰が!それを言い出したのですか!

 …これら信じ難い映像は、全て真実です。私は、このような非人道的な行いを平然と続けるロゴスのほうが、余程恐ろしく思います。

 そしてこれらおぞましい実験は…どれもこれも、我々コーディネイターと戦い続ける為だけに行っている』

 

 映像に映し出されているのは、強化兵士の実験体。廃棄された研究所。ベルリンの虐殺。そして…ジェネシスの光。

 凄惨な映像をこれでもかと詰め込む。市民に、デュランダルの発言への説得力と正当性を錯覚させていく。

 

「あんな映像まで流して…」

 

 人の命や戦争を。プロパガンダとして政治利用していることに、アスランは酷く嫌悪してしまう。

 

「君の怒りは最もだ。私もあのような形で戦争を使いたくはない。しかし…今は一刻も早く、人々は団結させねばならないのも確かなのだ」

 

『己の身に危険が迫れば、人は皆戦います。それは本能です。故に彼らは引き金を引く。そして、撃ち返させた弾丸を、貴方たちに向かわせる。我々の歴史はそのような悲しい事の繰り返しです』

 

 

『戦争が終結すれば兵器は売れない。既存のビルを壊さねば、新たなビルは造れない。平和な世界では儲からぬと!支配できぬと!

 故に…彼らは常に我々を戦いへと導くのです!』

 

『こんなことはもう、終わりにしましょう…!我々は、殺し合いたい訳ではない!こんな大量の兵器などなくとも、人は生きていくことができます!戦い続けなくとも、生きていける筈なのです!!歩み寄り、話し合い。今度こそ、彼らの創った偽りの平和から友に抜け出そうではありませんか!!』

 

 デュランダルの会見は、瞬く間に世界中を駆け巡った。そして、ナチュラル、コーディネイターという人種は関係なく、多くの人の心を動かした。

 

 終いには…世界中の人々はデュランダルの言を信じ、ロゴスという絶対悪を滅ぼそうとしている。

 

「…わかって、います。しかし!」

 

 アスランは努めて不快な表情を出さないように心がけ、デュランダルと対話しようとする。しかし、話がけにアスランの携帯端末に着信が入った。

 アスランが眼だけでデュランダルへ電話への応答の許可を貰うと、直ぐに応じ、数言会話した後に通話を切る。

 

「…すみません、議長。グラディス艦長から少し話があるとのことで…」

 

「構わないさ。今は特別に忙しいだろう。早く行ってあげるといい」

 

 アスランは急ぎ足で、シンにも挨拶をしつつ病室から去った。

 病室に残されたのは、少女と少年。そしてデュランダルのみ。

 

 数刻の沈黙が走る。誰も言葉を交わさない。この空間にある音は眠る少女に繋がれたモニターの規則的な機械音と人工呼吸器の音だけだ。

 

 生命維持装置に括り付けられた少女と、少女に心縛られた少年。

 

 デュランダルはその二人を少し離れた位置から見つめる。

 

 

 アスランが退出してから、幾分か時間が経過しただろうか。

 窓越しに見える陽はゆっくりと、波音を立てずに沈んだ。

 

 夜もふけていく。病院からはもう出て行かねばならない時間だ。デュランダルがシンを車で送っていくと。半ば強引にリムジンの後部座席に詰め込んだ。

 二人で後部座席に並んで座る。軽やかに流れていく街の光が、よく見たら全て軍隊の光であることに気づき、嘔気がした。

 

 陽の沈む様よりも静かに。少年はデュランダルに問いかける。

 

「…議長は。本当に戦争のない世界を…創ることができると思っているんですか?」

 

 酷い経験を、これでもかとしてきた少年の、内から生ずる素朴な疑問だった。シンには到底、そんな世界が出来るなんて思えなかった。

 人は、どう足掻いても戦い続ける。それを、心から知ってしまった。

 

 シンは車窓越しに暗くなった街を臨んだ。そのためデュランダルの表情はわからない。

 

「…ああ。だが、私だけの力では難しい。…君の力も、必要だ」

 

「俺じゃあ、無理ですよ。議長の力に、なれません…」

 

 シンが、うなだれながら訴える。それはさながら告解のようだ。

 

「それは…何故かな…?」

 

 デュランダルは努めて優しく、傷ついた少年を労わるように声をかける。

 

「だって…俺は。俺は…」

 

 シンは嗚咽を上げ、喉頭を震わせている。よく見なくとも目元には涙が溜まり、今にも決壊しつつあった。

 アスラン達に余計な心配をかけたくないと思っていたのだろう。

 シンは彼らの前では努めて気丈に振る舞っていた。

 

「俺は…マユを…!」

 

 思い出してしまう。家族が爆発で焼け死んだこと。天涯孤独となり、独りで故郷を去ったこと。オーブ軍と敵対したこと。ステラが死んだこと。マユと…殺し合ってしまったこと。

 

 そのすべてが感情の濁流となってシンの頭を覆いつくす。涙は勝手に零れ、正しい呼吸ができず、動悸は耳障りなほどに耳朶を撫でる。

 

「シン。事情は聞いたよ。本当に…酷い話だ。辛いことがあったのはわかる。悲しいこともたくさんだ。苦しみも…痛いほどに伝わってくる」

 

 デュランダルは沈痛の面持ちでシンに同情する。誰も何も言わない。只、少年が啜り泣く音だけが暗い車内に木霊する。

 デュランダルはそんな小さな背中に、優しく問いかけた。

 

「ならば君はどうして、戦おうと思ったのか?何故、苦しみを知りながらも武器を取ったのか?」

 

「俺は、俺は…」

 

 思い返す。どうしてここまでやってきたのか。この戦いはどうして始めたのか。何故俺は軍人となったのか。なぜプラントに上がったのか。それどころか、なぜザフトに入隊したのか。

 

 ぐるぐるぐるぐる。頭の中には疑問符が浮かび続ける。同じ質問を誰にでもなく自分に投げ続ける。当然誰もそれに答えてはくれない。

 自問自答ではなく、自問自問。

 

「シン。私は…君のような優しい若者が武器を取り、そして君は更に傷ついた。今も苦しみもがいている。それは悲しむべきことなのだろう。

 しかし…君は逃げなかったのだ。辛く厳しい現実と向き合い。そして世界を正そうとする事を選んだ」

 

 デュランダルが滔々と語り続ける。シンが独りでは出すことの叶わなかった回答。何故、少年は戦うことを選んだのか。

 

「…だからこそ。これは君にとって辛く茨の道になることは承知の上で敢えて言おう。

 戦争で失い。戦争で苦しみ。そして人の痛み、苦しみ…そして不幸を真に理解できる君だからこそ。戦争をなくす為の戦いへ赴くことができると。私は考えているのだ」

 

「俺に……」

 

 そうなのだろうか。わからない。わからないけれど。

 わかっていることは。このままではずっと苦しいのだということ。

 

「着いたよ。君に一目見せておきたいものがあるんだ」

 

 シンはデュランダルに促されるまま、ジブラルタル基地の最奥へと足を進めていく。

 エレベーターで降りる。階層からして、モビルスーツドックへと向かっているようだ。シンの予想通りに、油臭くて明かりの乏しいドックへと達する。

 暗くて辺りが見づらかったが、デュランダルが明かりをともしたせいで、煌々と照らされる巨大な機械が姿を現した。

 

「これを君に託したい」

 

「コレ…は…?」

 

 目の前に座すは一つのモビルスーツ。背部と肩部には無数のコードが繋がり、両脇に挟まれた巨大な機械製のアームで天井に釣られていた。

 ディアクティブモードなのだろう。モノクロカラーのその姿は、巨人が未だ目を覚ましていない事をシンに知らしめる。

 

「ZGMF-X42S『デスティニー』。君の為だけに私が造らせた…君だけの力だ」

 

「俺の…」

 

「私は君こそが。戦争を終わらせるに相応しい『力』と『思い』を兼ね備えていると信じている。そして…

 だからこそ君に。私の最も大切なものを託す事ができるのだ」

 

「俺が戦争を…終わらせる…?」

 

 その力と意志。そんな大層なモノを、自分が…?

 あまり信じられなかった。でも、デュランダルの優しく力強い言葉は…シンの傷つき、渇いた心の中に無抵抗に浸透していく。

 

「そう。これ以上誰かが戦争で苦しんだり、辛い思いをする必要がない世界を。もう二度とこんな悲劇は繰り返してはならない。

 そして…他の誰でもない君の妹が。笑顔で暮らして行ける世界を。私と共に創って欲しいのだ。シン…」

 

 悲劇だった。

 そうだ。誰も彼もが好き好んで戦ったりはしないのだ。まして、兄妹で殺し合ったりなどしたくはない。

 只、この世界が間違っていて狂っているから。だから人は過ちを犯す。

 そして…そんな世界を正す。

 

「マユが…」

 

 笑顔で。小さな少女が笑顔で暮らすことできるように。それだけの願いのために。シンは。

 

「『デスティニー』は余りにも強大だ。その使い方を誤れば世界を正すことも。同時に滅ぼすことも可能だろう。

 私は信頼する君にこそ託したい。この力で…私と共に真に平和な世界を」

 

 シンはその言葉に同意して頷いた。彼の表情はデュランダルにしか知ることができなかった。

 しかし…結局のところは。自分で出した答えが何一つないことに、シンが気が付くことは最後まで無い。

 

 それを受け入れたのは…シンが今一番聴きたくて一番欲しかった。耳障りの良い言葉を彼がくれたからだろう。

 

 長々と話しすぎたと、デュランダルは気さくに頭を下げる。

 シンはそんな姿に恐縮しながら、最後にデュランダルと少し会話を交わして別れた。

 

「『デスティニー』は最新鋭機にして、言うなれば我らの切り札。旗印だ。『デスティニー』という存在そのものが、味方を鼓舞し、勇気ある同胞を救い、世界を守ることに繋がる。

 現状は機密レベルが高く、秘匿された機体なので…アスラン達には秘密にしておいてくれ給え。

 …あと。それ故に授与式は盛大に挙行されるかと思う。君はそういうものは不快に思うかもしれないが…」

 

「いえ、俺は大丈夫です。ありがとうございます…」

 

「そう言ってくれて助かるよ。君にはいつも助けられているね。後…少しだ。後少しで…」

 

 デュランダルは満足そうにシンと握手を交わして去る。その間際。

 

「今は少し休みなさい。そんな顔ではアスラン達を余計に心配させてしまうだろう。

 暫くしたらグラディス艦長越しに辞令が下る。それまでは…しっかり身体を休ませて、大切な妹さんの傍に少しでもいてあげるんだ」

 

「議長…本当に、ありがとうございます」

 

 シンは、深々と礼をした。デュランダルの背中が見えなくなるまで首を垂れ続けた。

 

 

 デュランダル専用の執務室。ジブラルタル基地に突貫で用意させたにも関わらず、彼の好む意匠となっていることに彼は心の中で小さく喜ぶ。

 

 部屋の明かりは敢えて消している。デュランダルが酒を楽しむときはいつも月を肴にする。美しい満月だった。今のデュランダルの満ち足りた心を示しているようだ。

 それを窓越しに眺め、満足そうにウイスキーを傾ける。

 

 部屋にはデュランダル以外にもう一人、金髪の青年レイ・ザ・バレル。

 

「議長…今のシンに、戦うのは無理です」

 

 デュランダルはグラスを口に運びながらその話に付き合うことにした。

 幾分か期限がよさそうに見えるデュランダルに対し、レイは対照的に少し苛立っているかに見えた。

 

「それは…シンの友人としての感想かい?それとも…私の友人としての提案かね?」

 

「…どちらもです。それに今のシンは…到底見ていられません」

 

 デュランダルは満足したようにグラスを置く。縁に指をあて、少しこすりガラスの冷たさを肌で感じる。

 

「だからこそだよ。ああいう時は、やるべき事を誰かに示してもらった方が助かるものだ。余計な思考をせずに済むからね」

 

「ですがそれでは…シンは」

 

 傷ついていくだけだと。金髪の青年は友を憂う。

 

 デュランダルは一つ深い呼吸をする。それだけで、レイはこの場がデュランダルによって支配される錯覚に陥った。

 レイはデュランダルの顔貌を臨む。しかし、丁度月が雲に隠れたのだろうか。彼の湛える表情は全く見ることが叶わなかった。

 

「彼は賢く…そして強い若者だ。アスランや、様々な人々に影響を受け、人としても戦士としても自覚と自立が促され始めている。…でも、それでは困るんだよ」

 

 声色が無機質過ぎて底冷えする。機械より冷たい肉声。

 二人に、静寂が空間を支配する。静かすぎて、何よりも耳障りだった。

 

「貴方は、一体……何を」

 

「レイ、本当によくやってくれた。家族は…ずっと一緒にいさせてあげた方がいいだろう?例えそれが…どういう形になっても」

 

 レイが、デュランダルの真意を気づき…驚愕で声と身体を震わせる。

 

「俺に…シンの妹を連れてこいと命じたのは…」

 

 シンを繋ぎ止める楔。

 

 レイとしてもシンに妹に会ってほしいと思い、デュランダルに協力をしていた。しかし、蓋を開けてみたら、シンの魂と肉体をデュランダルに隷属させる為の首輪であったという遅すぎる気づきを得る。

 

「私はできる限り穏便に済ませたかったのだがね。二人は会わずにいるほうが、彼らの為かとすら思っていた。

 しかし…シンに、実の妹を手にかけさせたのは…誰だったかな。レイ」

 

「それ…は…」

 

 レイが、彼女の回収をしくじったからであると、デュランダルは言外に言っているのだ。レイの額には、冷汗が流れる。デュランダルの方を見ることができない。いつもの優しい表情をしているとは、到底思えなかったからだ。

 

「…故郷を捨て、故郷に刃を向け。そしてあまつさえ…実の家族である妹にまで手を掛けた少年…」

 

 デュランダルが何をいっているのか。レイには全く理解ができない。

 

「そんな彼に…幸せになる権利があるのかな?」

 

 只、恐怖だけを感じ続けた。普段の様相とは明らかに異なる。

 そのせいで、あまり話は頭に入ってこなかった。

 

「レイ。疲れているだろう?今日はもう休むといい」

 

 月が再度この部屋に灯を落とす。そこには…月の女神の優しい光に庇護されたような笑顔で、レイを見つめるデュランダルがいた。

 

 

 デュランダルは月に向かって孤独に笑う。

 シンという最高の戦士を手中に収めた確信。それが彼をこの上なく上機嫌にさせている。

 これで彼の悲願も叶う。真に争いのない世界は…もうすぐそこまで来ている。

 

 争いなき世界に祝福を。力無き者には救いの手を。

 平和を乱すものには神罰を。

 

「デスティニー・プランの守護者足り得る彼に…人間性は邪魔なだけだ」

 

 何せ…この計画は…。

 

「神の真似事なのだから」




最後まで読んでいただきありがとうございます。

皆さまからいただく感想や評価、イラストなどが本当に筆者のモチベーションにつながっております。

感想を気軽に書いていただけると嬉しいです。

SEED DESTINY的には、次の話は「アスラン脱走」ですね。拙作でも脱走するのかはわからないです。

話のテンポが遅いでしょうか?

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