機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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前話の続きです。


癒えぬ傷跡

 

 ミネルバは現在、モルゲンレーテで修理中。数日はかかる予定であり、クルーには上陸許可が出た。

 

 ルナマリア達に外に出ないかと誘われた。でも、出る気にはなれなかった。なんでだろう。正直に言えば、戦艦の中は気が休まらない。幸いにして、今日は晴天だ。偶には外に出て太陽の元、バイクでも走らせて海を見たい。そんな気持ちに嘘偽りはない。

 でも、出かける気になれなかった。別に、この国が嫌いなワケじゃない筈なのに。

 

 きっと、思い出すからなのだろう。好きだったこと。楽しかったこと。家族との思い出。・・・戦争のこと。

 

 あまりにも、多くのことを喪いすぎた。それらは二度と元には戻らない。そんなのわかってた。でも、やっぱりまだ。実は父さんも、母さんも、マユも。みんな生きてて、笑って家で待っててくれるかもしれない。

 でも、それを確認しに行くのが怖かった。だって、そんな甘ったるいユメが、存在しないことを痛いほどに知っていたから。

 

 だから、考えるのは余計なことだと思う。考えれば考えるほど、辛いことばかり思い出してしまうから。

 銃の訓練はそういったことを、洗い流してくれる気がした。頭がクリアになって、ただ、ヒトを殺すための技術を淡々と磨いていく。身体を武器と一体化していく感覚。ヒトを殺す為に、自らが生まれ変わっていくーーー

 

「上陸したかったんじゃないのか?」

 

 誰かに、声をかけられるとは予想していなかった。集中力が切れた。修練室のドアの前には、金髪の友人が立っている。一瞬、こちらを少しばかり物憂げに見つめている様にも見えたが、すぐさま普段のポーカーフェイスに戻った。きっと、気のせいだったのだろう。

 

「気になるのなら、行ってきたほうがいい」

 

 そう言い残し、彼はヘッドホンを付け、二つ隣のブースに入って銃の訓練を黙々と開始した。こうなった彼は、暫くは動かないし、話しかけてもこちらを相手にはしないだろう。

 

 シンも、また弾倉に銃弾を詰め直した。

 

 二人並んで、的を撃つ。バンバンと、大きな音がする。その音が、彼から余計で、余分で、余剰な思索を流していく。

 

 でも、それは本当に、余計なことだったのだろうか。

 

 

 何となく。何となくだけど、海を見たくなって。そう思ったらつい、足が向かってしまった。鴎が口々に笑っている。彼らも、もうすぐ帰るのだろうか。遥かな海に向かって飛んでいく彼らは、この世界の誰よりも自由な存在に見えた。

 

 空は茜色に染まっている。もう一時間もすれば、陽は完全に沈むだろう。そうしたら、この辺りは完全に真っ暗になることを知っていた。昔から、よくここに来ていたから。

 

 バイクを近くの埠頭に停め、目的の場所へ歩く。足取りは重くはない。海の美しさに、心が囚われそうになる。いや、囚われたくなる。思考を奪って欲しくなる。

 でも、やっぱり嫌なことを、思い出す。戦争に巻き込まれたこと。怪我をしたこと。家族が、“バラバラ”になったこと。故郷を喪ったこと。

 

 ・・・孤独に打ちひしがれたこと。

 

 不思議と、涙が出た。流す涙すら、喪ったと思っていたのに、性懲りも無く涙が止まらなかった。情けなく、嗚咽が出た。震えが止まらなかった。

 

 息が荒くなる。動悸がする。目がチカチカする。喉が乾く。

 

 海辺には、小さな慰霊碑があった。掃除はしっかりされており、花壇も綺麗に管理されている。

 

 戦争で喪われた、尊き民の命を、偲んでいる。

 

 近くで人影を見つける。茶髪の彼の線はとても細く、肩口に鳥型のロボットペットを乗せている。彼も、ずっとここにいたようだった。誰かを偲んでいるのだろう。願うように慰霊碑を見つめていた。

 

「慰霊碑、ですか」

 

 何故か、つい話しかけてしまった。全くの赤の他人に、いきなり。向こうも少しばかり驚いている様だ。当然だろう、慰霊碑の前で見知らぬ他人に声をかけられているのだから。

 

「そうみたいだね・・・僕も、ちゃんとここに来たのは、初めてだから・・・」

 

 彼は、少しばかり考えてから、そう口に出す。二人の間に沈黙が走る。互いに口を開けられない。

 お互いに、きっと大切なものがあるからここに来たのだろう。それを踏み躙りたくはなくて、何も言い出せない。

 

「折角、花が綺麗に添えられてるのに、波を被ったから、また枯れちゃうね・・・」

 

 海辺にある慰霊碑。そのそばの花壇は、確かに美しかったが、きっと波がそれを洗い流してしまうのだろう。

 

「誤魔化せない、ってことかも」

 

 彼が、驚いた様に反応する。

 

「幾ら綺麗に花が咲いても・・・ヒトはまた吹き飛ばす」

 

 すみません、と言い残し慰霊碑を後にする。彼の反応を見たくなかった。足早にその場を去る。あんな捨て台詞染みたことを言ってしまった。

 

 そんなこと、言うつもりはなかったのに。つい、あの人に八つ当たりしてしまった。もし次に会うことがあったら謝ろう。

 まあ、そんな機会はないだろうけど。

 

 

「まずいな・・・」

 

 艦内蓄えていた蔵書を全て読み切ってしまった。今の機会を逃せば、次に書店に入れるのはいつになるかわからない。面倒だが、オーブの書店に赴く必要があるだろう。

 思い立ったらあとは行動するだけだ。彼は軍服を着たまま、艦を出る。市街に出るのに少々目立つが、私服を持っていないため仕方がない。それに、行くべき書店は既に目星がついている。モルゲンレーテからはそう遠くない。そこまで目立つことはないだろう。

 

 書店は閑散としていた。無理はない。時刻は21時を少し過ぎたほど。書店員もそろそろ店仕舞いか、と思っていた矢先の闖入者だった。

 

 彼は、店員に迷惑をかけない様に速やかに目当ての本を回収する。合計で20冊ほどだろうか。給料の使い道がない彼にとって、数少ない趣味と言えるのかもしれない。艦内で同室のクルーも読書好きであり、気兼ねなく読めるというのもそれに拍車をかけていた。

 しかし、幾ら探しても最後の一冊が見つからない。このままでは、閉店時間の21時30分になってしまう。少々焦りを覚えつつ、本棚を注意深く観察する。やはり、慣れていない書店での買い物は少々手間取ってしまうようで、中々見つけられない。

 諦めるしかないか、と溜息をつくと、隣から話しかけられる。

 

「あのー、もしかしなくても、ミネルヴァのクルーの方ですよね?」

 

 赤毛の少女と、その付き添いの色白の少女に、声をかけられた。

 

「そうだが。で、何か用か?」

 

 彼は、ポーカーフェイスを崩さずに返答する。敵国ではないにせよ、海外で見知らぬ人に声をかけられたのだから、警戒は必要だ。

 

「あ、えーっと。私たち、怪しいものじゃなくて。モルゲンレーテの職員なんです。で、貴方が困ってそうだったから」

 

 彼は、自身の服装のせいで身分がバレたことに少しばかり後悔する。こんな事なら、私服の一つでも艦内に入れるべきだった。今度からそうしよう、と心に誓う。

 

「別に、困ってはいない」

 

「嘘だー、だって、さっきからグルグルグルグル、本を探し回ってるじゃない」

 

 なるほど、彼女はそれが言いたかったのか。確かに、先程までの自分は少々不審者だったかもしれない。しかも、この目立つ隊服だ。

 

「いや、もう諦めたからいいんだ」

 

「待って待って、知らない書店だと、見落としがあるかもでしょ?タイトルを教えてくれたら、探すのに手伝うよ。私達、結構ここ使うから詳しいんだ」

 

 彼は逡巡する。しかし、ここは彼女らに任せてみてもよいのでは、と判断する。どうせ、数分の付き合いだ。精々、利用してやろう。

 

「では、ありがたく。では…コレを。どこにあるのかわからなくてな」

 

「あ、有名なミステリーでしょ?それはね、こっち」

 

 そう言って、グングンと書店の奥に進んでいく彼女。そして、大きな書店の一角に、漸く、その作者のコーナーを見つけた。

 

「はい、ここ」

 

「・・・すごいな」

 

「すごい?」

 

「全部、覚えているのか?」

 

「そんなわけないない!こっちの子が、ミステリー小説が好きでよく探すの手伝わされてるの!」

 

 私はもっと、別ジャンルが好きだなーと、笑いながら彼女は語る。色白の彼女は、どこか恥ずかしそうだ。赤毛の彼女の笑い方や、話しぶりは、どことなく周りを笑顔にするのだろうか。彼もついつられて微笑んでしまう。

 

 館内放送で、そろそろ店仕舞いだと通告される。

 

「そろそろ閉店みたいだね。じゃ、サヨナラ」

 

 赤毛の彼女は手を振り、その付き添いの子は頭を一度ぺこりと下げ、スタスタと去っていく。

 

「・・・感謝を、忘れていたな」

 

 我ながら、失礼なやつだ。いや、しかし。アレは感謝の押し売りであるとも思う。だが、助かったのは事実。うーむ、頭を悩ませながら会計をして、店を出る。艦に戻る間も、彼女達について、少しばかり考えていた。

 

「今度会えば、感謝をしよう」

 

 彼にしては珍しい。未来の約束、誓い、願い。

 寿命が短い彼にとっては。その小さい願いすら、奇跡なのだ。

 

 

 数日経過し、ミネルバはオーブを出航する。

 結局シンはあれ以降、一度も外出はしなかった。

 

 船が揺れ始める。推進剤に点火する。艦内でも響くほどの轟音が鳴る。ゆっくりと動き出す。今はこんなスピードだが、瞬く間に、陸が見えなくなるだろう。振動が、騒音が、彼の心を慰めた。

 

 ふと、窓から外を眺める。まだ陸にいる人が見える。こちらの船出の幸いを祈ってくれているようだ。各々、敬礼しながら送り出している。

 

 指に嵌る人形くらいに小さくなった人影に、見知った顔を見かけた気がした。不思議と、その人物に視線が注がれる。女だろうか?もう離れすぎて、しまい、はっきりとは見えない。

 

 シンは、少しの間食い入るように見ていたが、結局は何を見ているのかわからず、諦めた。

 

 船体が浮上する。オノゴロ島の全容が見える。海に囲まれた、自然の豊かな島。ああ、素直に。

 

 美しいと思った。

 

 

 ミネルバの離水の日。職員は可能な限り、見送りに出ろとのお達しで、私と面倒くさいなあと思いながらも外に出る。

 今日も相変わらずの晴天。絶好の船出になるだろう。少し暑く感じ、上着を脱ぐ。風が気持ちいい。

 

 そのすぐ後に、戦艦がエンジンを灯す。爆音と共に、巨体がゆっくりと動き出す。ぼーっと艦を見つめる。あれに無断侵入して、プラントまで密航すればよかったかな?そうしたら、お兄ちゃんを探すための渡航費を節約できる。

 そんなわけのわからないことを考えつつ、手を振って見送る。途中、窓の向こうで誰かがこちらを見た気がした。そんな自意識”大“過剰な考えを持った自分に、少しばかり嫌気がさす。

 

「あ…」

 

 でも、まあ確かに。気持ちのいい風を浴びて、ようやく思い出した。

 そう言えば、今日の私は半袖だった。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
感想、評価ありがとうございます!今後の励みになります。

この話も、襲撃事件の前に当たるので、いずれ話数の変更を行うかもしれません。

話のテンポが遅いでしょうか?

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