ミネルバは現在、モルゲンレーテで修理中。数日はかかる予定であり、クルーには上陸許可が出た。
ルナマリア達に外に出ないかと誘われた。でも、出る気にはなれなかった。なんでだろう。正直に言えば、戦艦の中は気が休まらない。幸いにして、今日は晴天だ。偶には外に出て太陽の元、バイクでも走らせて海を見たい。そんな気持ちに嘘偽りはない。
でも、出かける気になれなかった。別に、この国が嫌いなワケじゃない筈なのに。
きっと、思い出すからなのだろう。好きだったこと。楽しかったこと。家族との思い出。・・・戦争のこと。
あまりにも、多くのことを喪いすぎた。それらは二度と元には戻らない。そんなのわかってた。でも、やっぱりまだ。実は父さんも、母さんも、マユも。みんな生きてて、笑って家で待っててくれるかもしれない。
でも、それを確認しに行くのが怖かった。だって、そんな甘ったるいユメが、存在しないことを痛いほどに知っていたから。
だから、考えるのは余計なことだと思う。考えれば考えるほど、辛いことばかり思い出してしまうから。
銃の訓練はそういったことを、洗い流してくれる気がした。頭がクリアになって、ただ、ヒトを殺すための技術を淡々と磨いていく。身体を武器と一体化していく感覚。ヒトを殺す為に、自らが生まれ変わっていくーーー
「上陸したかったんじゃないのか?」
誰かに、声をかけられるとは予想していなかった。集中力が切れた。修練室のドアの前には、金髪の友人が立っている。一瞬、こちらを少しばかり物憂げに見つめている様にも見えたが、すぐさま普段のポーカーフェイスに戻った。きっと、気のせいだったのだろう。
「気になるのなら、行ってきたほうがいい」
そう言い残し、彼はヘッドホンを付け、二つ隣のブースに入って銃の訓練を黙々と開始した。こうなった彼は、暫くは動かないし、話しかけてもこちらを相手にはしないだろう。
シンも、また弾倉に銃弾を詰め直した。
二人並んで、的を撃つ。バンバンと、大きな音がする。その音が、彼から余計で、余分で、余剰な思索を流していく。
でも、それは本当に、余計なことだったのだろうか。
☆
何となく。何となくだけど、海を見たくなって。そう思ったらつい、足が向かってしまった。鴎が口々に笑っている。彼らも、もうすぐ帰るのだろうか。遥かな海に向かって飛んでいく彼らは、この世界の誰よりも自由な存在に見えた。
空は茜色に染まっている。もう一時間もすれば、陽は完全に沈むだろう。そうしたら、この辺りは完全に真っ暗になることを知っていた。昔から、よくここに来ていたから。
バイクを近くの埠頭に停め、目的の場所へ歩く。足取りは重くはない。海の美しさに、心が囚われそうになる。いや、囚われたくなる。思考を奪って欲しくなる。
でも、やっぱり嫌なことを、思い出す。戦争に巻き込まれたこと。怪我をしたこと。家族が、“バラバラ”になったこと。故郷を喪ったこと。
・・・孤独に打ちひしがれたこと。
不思議と、涙が出た。流す涙すら、喪ったと思っていたのに、性懲りも無く涙が止まらなかった。情けなく、嗚咽が出た。震えが止まらなかった。
息が荒くなる。動悸がする。目がチカチカする。喉が乾く。
海辺には、小さな慰霊碑があった。掃除はしっかりされており、花壇も綺麗に管理されている。
戦争で喪われた、尊き民の命を、偲んでいる。
近くで人影を見つける。茶髪の彼の線はとても細く、肩口に鳥型のロボットペットを乗せている。彼も、ずっとここにいたようだった。誰かを偲んでいるのだろう。願うように慰霊碑を見つめていた。
「慰霊碑、ですか」
何故か、つい話しかけてしまった。全くの赤の他人に、いきなり。向こうも少しばかり驚いている様だ。当然だろう、慰霊碑の前で見知らぬ他人に声をかけられているのだから。
「そうみたいだね・・・僕も、ちゃんとここに来たのは、初めてだから・・・」
彼は、少しばかり考えてから、そう口に出す。二人の間に沈黙が走る。互いに口を開けられない。
お互いに、きっと大切なものがあるからここに来たのだろう。それを踏み躙りたくはなくて、何も言い出せない。
「折角、花が綺麗に添えられてるのに、波を被ったから、また枯れちゃうね・・・」
海辺にある慰霊碑。そのそばの花壇は、確かに美しかったが、きっと波がそれを洗い流してしまうのだろう。
「誤魔化せない、ってことかも」
彼が、驚いた様に反応する。
「幾ら綺麗に花が咲いても・・・ヒトはまた吹き飛ばす」
すみません、と言い残し慰霊碑を後にする。彼の反応を見たくなかった。足早にその場を去る。あんな捨て台詞染みたことを言ってしまった。
そんなこと、言うつもりはなかったのに。つい、あの人に八つ当たりしてしまった。もし次に会うことがあったら謝ろう。
まあ、そんな機会はないだろうけど。
☆
「まずいな・・・」
艦内蓄えていた蔵書を全て読み切ってしまった。今の機会を逃せば、次に書店に入れるのはいつになるかわからない。面倒だが、オーブの書店に赴く必要があるだろう。
思い立ったらあとは行動するだけだ。彼は軍服を着たまま、艦を出る。市街に出るのに少々目立つが、私服を持っていないため仕方がない。それに、行くべき書店は既に目星がついている。モルゲンレーテからはそう遠くない。そこまで目立つことはないだろう。
書店は閑散としていた。無理はない。時刻は21時を少し過ぎたほど。書店員もそろそろ店仕舞いか、と思っていた矢先の闖入者だった。
彼は、店員に迷惑をかけない様に速やかに目当ての本を回収する。合計で20冊ほどだろうか。給料の使い道がない彼にとって、数少ない趣味と言えるのかもしれない。艦内で同室のクルーも読書好きであり、気兼ねなく読めるというのもそれに拍車をかけていた。
しかし、幾ら探しても最後の一冊が見つからない。このままでは、閉店時間の21時30分になってしまう。少々焦りを覚えつつ、本棚を注意深く観察する。やはり、慣れていない書店での買い物は少々手間取ってしまうようで、中々見つけられない。
諦めるしかないか、と溜息をつくと、隣から話しかけられる。
「あのー、もしかしなくても、ミネルヴァのクルーの方ですよね?」
赤毛の少女と、その付き添いの色白の少女に、声をかけられた。
「そうだが。で、何か用か?」
彼は、ポーカーフェイスを崩さずに返答する。敵国ではないにせよ、海外で見知らぬ人に声をかけられたのだから、警戒は必要だ。
「あ、えーっと。私たち、怪しいものじゃなくて。モルゲンレーテの職員なんです。で、貴方が困ってそうだったから」
彼は、自身の服装のせいで身分がバレたことに少しばかり後悔する。こんな事なら、私服の一つでも艦内に入れるべきだった。今度からそうしよう、と心に誓う。
「別に、困ってはいない」
「嘘だー、だって、さっきからグルグルグルグル、本を探し回ってるじゃない」
なるほど、彼女はそれが言いたかったのか。確かに、先程までの自分は少々不審者だったかもしれない。しかも、この目立つ隊服だ。
「いや、もう諦めたからいいんだ」
「待って待って、知らない書店だと、見落としがあるかもでしょ?タイトルを教えてくれたら、探すのに手伝うよ。私達、結構ここ使うから詳しいんだ」
彼は逡巡する。しかし、ここは彼女らに任せてみてもよいのでは、と判断する。どうせ、数分の付き合いだ。精々、利用してやろう。
「では、ありがたく。では…コレを。どこにあるのかわからなくてな」
「あ、有名なミステリーでしょ?それはね、こっち」
そう言って、グングンと書店の奥に進んでいく彼女。そして、大きな書店の一角に、漸く、その作者のコーナーを見つけた。
「はい、ここ」
「・・・すごいな」
「すごい?」
「全部、覚えているのか?」
「そんなわけないない!こっちの子が、ミステリー小説が好きでよく探すの手伝わされてるの!」
私はもっと、別ジャンルが好きだなーと、笑いながら彼女は語る。色白の彼女は、どこか恥ずかしそうだ。赤毛の彼女の笑い方や、話しぶりは、どことなく周りを笑顔にするのだろうか。彼もついつられて微笑んでしまう。
館内放送で、そろそろ店仕舞いだと通告される。
「そろそろ閉店みたいだね。じゃ、サヨナラ」
赤毛の彼女は手を振り、その付き添いの子は頭を一度ぺこりと下げ、スタスタと去っていく。
「・・・感謝を、忘れていたな」
我ながら、失礼なやつだ。いや、しかし。アレは感謝の押し売りであるとも思う。だが、助かったのは事実。うーむ、頭を悩ませながら会計をして、店を出る。艦に戻る間も、彼女達について、少しばかり考えていた。
「今度会えば、感謝をしよう」
彼にしては珍しい。未来の約束、誓い、願い。
寿命が短い彼にとっては。その小さい願いすら、奇跡なのだ。
☆
数日経過し、ミネルバはオーブを出航する。
結局シンはあれ以降、一度も外出はしなかった。
船が揺れ始める。推進剤に点火する。艦内でも響くほどの轟音が鳴る。ゆっくりと動き出す。今はこんなスピードだが、瞬く間に、陸が見えなくなるだろう。振動が、騒音が、彼の心を慰めた。
ふと、窓から外を眺める。まだ陸にいる人が見える。こちらの船出の幸いを祈ってくれているようだ。各々、敬礼しながら送り出している。
指に嵌る人形くらいに小さくなった人影に、見知った顔を見かけた気がした。不思議と、その人物に視線が注がれる。女だろうか?もう離れすぎて、しまい、はっきりとは見えない。
シンは、少しの間食い入るように見ていたが、結局は何を見ているのかわからず、諦めた。
船体が浮上する。オノゴロ島の全容が見える。海に囲まれた、自然の豊かな島。ああ、素直に。
美しいと思った。
☆
ミネルバの離水の日。職員は可能な限り、見送りに出ろとのお達しで、私と面倒くさいなあと思いながらも外に出る。
今日も相変わらずの晴天。絶好の船出になるだろう。少し暑く感じ、上着を脱ぐ。風が気持ちいい。
そのすぐ後に、戦艦がエンジンを灯す。爆音と共に、巨体がゆっくりと動き出す。ぼーっと艦を見つめる。あれに無断侵入して、プラントまで密航すればよかったかな?そうしたら、お兄ちゃんを探すための渡航費を節約できる。
そんなわけのわからないことを考えつつ、手を振って見送る。途中、窓の向こうで誰かがこちらを見た気がした。そんな自意識”大“過剰な考えを持った自分に、少しばかり嫌気がさす。
「あ…」
でも、まあ確かに。気持ちのいい風を浴びて、ようやく思い出した。
そう言えば、今日の私は半袖だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
感想、評価ありがとうございます!今後の励みになります。
この話も、襲撃事件の前に当たるので、いずれ話数の変更を行うかもしれません。
話のテンポが遅いでしょうか?
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丁度いい
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遅いと思う
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速いと思う