機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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悪意の矛先

 

 『ユニウスセブン落下事件』から早2ヶ月。暦はもう12月に差し掛かっていた。年末に差し掛かるにも関わらず、当然と言えば当然なのだが。地球上のニュースや新聞、SNSでは事件の話題でいまだに持ちきりだった。

 

 被害を受けた地域は数えきれず。中でも途轍もない災害に見舞われたのは、大きな破片が墜落した地域。ローマ、パルテノン、上海、北京、ゴビ砂漠、ケベック、フィラデルフィア、大西洋北部地域などに落下し、壊滅的な打撃を受けた。報道越しに見る街は、最早かつての栄華は想像もできず。ただ、信じがたいほどの巨大なクレーターが残るだけで、元々人の営みがあった地域とはとても思えなかった。

 

 ポーツマスを含むサウスカロライナからメイン州一帯、フォルタレザ、サルヴァドール、スリランカなどで、津波による液状化が深刻であり、国や都市は水没し、12月になった今も、未だに復興の目処は立っていないらしい。

 国際緊急事態管理機構は、すぐさま地球全体に非常事態を宣言した。地球連合軍及び各国の全軍に災害出動命令を発令したのが、事件の翌日の10月3日。それから、今までずっと救援部隊の派遣は続いている。

 

「オーブも今日、第10班の救援軍が出発したらしいよ」

 

 カレンとのいつもの昼食。今日は美味しそうなサンドイッチを食べている。栄養価は抜群そうだ。対して私はおにぎり。私は、昔から大好きなのは米だった。

 世界が大変な目にあっているというのに、私たちはとても恵まれた食事を摂取できている。幸いと言うには顰蹙かもしれないが、オーブにユニウスセブンの破片が落下することはなく、市民はいつもの日常を享受できていた。

 しかし、毎日報道される凄惨な被災地の様子を見て、国民の中には対岸の火事で終わらせてはいけないと言う機運が高まっているようだ。募金は勿論の事、ボランティアとして現地に赴こうとする団体もちらほらと見かけている。

 

「被災地に向かうんだね」

 

「軍人さんは凄いわよね…パパが言ってたんだけど、MSの部隊も、復興作業の為に出動してるらしいよ」

 

カレンとそんな事を話しながらランチを食べる。私たちにできることは何なんだろう。

 

「私は毎日ちょっとずつ募金してる。自分にできることからやらないとね」

 

 カレンは生まれも育ちもしっかりとしたお嬢様である。厳格な両親の下、ちゃんとした教育で育てられてきたためか、ノーブルオブリゲーションの精神がしっかりしている。

 

「私も、できる限り募金する・・・」

 

「マユは普段から、生活ギリギリなんだから。無理しない範囲でね」

 

 私にまで情をかけてくれる、ほんとうに出来た人間だと思う。

 ありがとう、と心の中で友人に感謝を述べる。

 

「話変わるけどさ。マユ、料理作るの上手くなってきたんじゃない?」

 

「わかる?私もそう思うんだ」

 

 カレンは私の作ってきたおにぎりを見つめて感想を述べる。

 先の戦争で両親を喪うまでは料理なんてしたこともなかった。教会に引き取られ、自分で料理を覚えようと頑張り始め、おにぎりひとつ自分でむすぶのに慣れるまで1年以上もかかった。今では、結構上手に作れている気がする。作り始めた当初から見ている身としては、身に染みるものがあるのかもしれない。

 

「私は嬉しい。マユがそういった、料理とか、ごく普通の事を楽しそうにやってるのが」

 

 彼女はしみじみと呟く。その気遣いが、とても優しくて、少し擽ったい。背中のかけないところがムズムズするような、そんな気恥ずかしさを覚えた私は、つい照れ隠しに冗談を言ってしまう。

 

「何、おだててさ!もしかして、私に弁当を作らせようって魂胆!?」

 

「あは、バレちゃった!」

 

 カレンもそんな気がないのに、私の冗談に乗ってくれている。こんな友人と過ごす日々が、いつまでも続けばいいのにな、なんて。

 

 分不相応な望みを、持ってしまったばかりに。

 

 

「お疲れ様です。お先に失礼します」

 

 会社のオフィスに声をかけて退勤する。19時を過ぎたばかりであるが、会社から一歩出ると寒さはひとしおだ。寒さを我慢しきれず、身震いをして体温を強制的に確保する。それで体表から徐々に冷たさが侵攻してくる感じが、少し不気味だった。

 

「あ、マユも今帰り?今日は少し早いんだ」

 

 カレンと偶々帰路で落ち合う。

 

「そういうカレンこそ、今日は残業?」

 

「そうなのよー、新しい『オペレーション・システム』がつい先日完成したしね。ソフト担当としては、やっぱ気合が入って色々試したくなるってワケ。一段落するまでつい夢中になっちゃって」

 

 私たちは昼食こそ一緒に食べるが、退勤時間が合わず、共に帰宅した事はあまりなかった。今日は一緒に帰るということで身体の寒さも少しだけ和らいだ気がした。

 

「ていうかさ、マユはなんで MS乗ってるの?最初は同じ技術班だったでしょ?」

 

 あまりにも今更ながら、当然の質問をされた。

 

「うーん、私も当初はそんな感じで採用されたんだけど、私は勉強あんま得意じゃなかったし。機械工学も、学校の範囲でしかわからなくて、最初は何も仕事ができずに辛かったなあ・・・」

 

そうだったよね、と頷いて続きを促すカレン。

 

「丁度さ、新型の、重力耐久試験機のテスターが風邪で休んじゃった日があって」

 

「あのグルグル回転するやつでしょ?私、絶対吐く自信がある」

 

「そうそう、それ。その代わりのテスターを、たまたまなぜかやったんだけど、全く目眩とか、吐き気とかなくてさ。それで、いろいろ検査したらパイロット適性があったみたい」

 

「そんなテキトーでいいの?」

 

「お給料は高いしありがたいよ。それに、私の成績、結構優秀なんだよ」

 

 一応コーディネーターである私は、身体が丈夫に作られているらしく、耐Gや三半規管、反射神経、運動神経などもそこらのナチュラルと比較してもそこそこくらいには良かったようで。

 『モニターの成績が良すぎて、現場で当てにならない』と冗談半分に主任に笑われたこともある。勿論冗談ってことはわかっているのだが。

 

「マユって優秀なんだー」

 

 テキトーなトーンで返事するカレン。話半分で聞いているよう。私もテキトーに話しているので、それくらいのノリがありがたい。

 いくら街灯があると言えど、太陽が沈めば辺りは暗い。帰路は整然と管理された街路樹に囲まれた幅数メートルのアスファルトであり、季節の移ろいを自然から感じることができる。今は冬。木々は茂りを喪い、コントラストがなくなった枝や幹は、心なしかいつもより色褪せているように見えた。

 

 その寂しさを吹き飛ばしたくて、明るい話題を振ることにする。丁度思い出したのが、カレンはまたしても仕事の同僚からデートに誘われたと言っていた。

 

「そういえば、この前言ってたデートってーー」

 

 そう言いかけた、その時。パンッと軽い音がした。右の上腕に強い衝撃が走る。体軸を強引に拗られる。立位を保持できず、両膝をつき倒れる。

 

「マユ!」

 

 隣でカレンが慌てて駆け寄ってくる。高そうなスカートの膝頭に砂がつく。申し訳ない。私が急に倒れたからだろう。大丈夫、と言いかけるが、私の腕は全く動かない。思考をうまく働かせられずにいると、再度乾いた音。それと同時に、彼女の豊満で健康的な前胸部から、大量に赤い液体が漏出する。その勢いは凄まじく、生暖かく鉄臭い液体が私の顔面右半分を汚した。カレンが無言で倒れ込む。両手を使わなかったからか、アスファルトに顔面を打ちつけた。数秒間、ひくひくと指先を動かした後、ポートレイトに収められた様に活動を停止し、動かなくなった。

 

「カレン・・・?」

 

 何が起きている?右腕は動かない。痛みはない。カレンも動かない。でも、痛がってもおらず、全く音を立てない。情報量に鏖殺され、思考が纏まらない。カレンの股座が微かに湿り出した。外気は冷たく、かすかに湯気が立つ。そういえば聞いたことがある。尿道括約筋が弛緩すると、膀胱に溜められていた尿が漏れ出ると。それは、得てして死んだ人間で生じると。

 いつ知ったかもわからない雑学を思い出す。子供の頃、推理小説で知ったんだっけ?目の前の事象が受け入れ難い。ずっと同じ思考をループしている感覚。

 何が?何で?どうして?

 ぐるぐるぐるぐる、思考の迷宮の虜囚となっている。すると、またしてもパンッと乾いた音がした。

 

「キラ…」

 

オーブ外構、海辺にある教会から、1キロ弱ほど東にある海岸沿い。そこに拠点を構えていたキラと私たち。

 暖かな浜風と、恵みを体現する海が世界の全てと錯覚する様な、美しい半島。そこでずっと穏やかに。争いのない、優しい世界で生きていきたいと、心の底から思ってしまっていた。

 でも、それは偽りの平和で。ともすれば、誰かの不幸の上に危うく成立しているように見えているだけの、仮初の安寧と誰もが気づいていた。

 

 私は『鍵』を持っている。彼を、再度戦争に誘う鍵。

 本当は乗って欲しくはない。彼に自由を、と託した剣が、彼から自由に生きる権利を奪った。そんな矛盾、葛藤…罪悪感。

 それらで雁字搦めになり、鍵を出すことができない。

 

「大丈夫だよ」

 

 彼の、穏やかな声。だけど、もしかしたら。いつもより少しだけ、きっと気のせいだろうけれど、元気そうな声に聴こえてしまったのは、私だけだろうか。

 

「僕が、みんなを守るから」

 

 白い扉が開く。幾重にも張り巡らされたバリケードの先。厳重に、厳密に、厳格に、開かずの間とされていた、最後の扉が開く。2年間地下に封印されていた青き翼。そのベールが剥がされた。

 

『キラ!敵さんのMS反応は10体だ!どれも新型で数も多い!気をつけろよ!』

 

 バルトフェルトさんの声が拡声器越しに響く。

 

『キラ・ヤマト!フリーダム、行きます!』

 

 忽ち轟音を上げて飛び上がる巨体。その背中を見て。彼を想って。

 

 何もできない私は。

 

 ただ、涙を流してしまった。

 

 そんな権利など、私にはないと知っているのに。




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