「マユ!」
青色のスポーツカー。何馬力かも知らないが、途轍もないスピードから急停止して、私を庇う様に体を滑り込ませる。車の側壁に、バンバンと複数の衝撃がかかる音が続く。
「無事かい!?」
車上から声をかけてきたのは上司であるシモンズ。いつになく慌てた様子であり、その声からは動揺が隠せていない。
「カレン…!」
赤毛の彼女を一目見て戦慄するシモンズ。その後、無反応のマユを強引に車に乗せて急発進した。慣性に逆らえず、首を強くシートに打ち付けてしまう。
「所長!カレンが!カレンが!」
「もう、ダメだ!」
シモンズは歯噛みしながら、私に現実を突きつける。後ろからはまたしても乾いた音がした。シモンズは車を右左に振りつつ、直撃を避けている様だった。
「一体何が!?」
「虎から緊急通信を受けてね!アンタが狙われてるかもしれないって!だから様子を見に出てきたらコレだ!!」
訳のわからないことを宣う彼女。私が、狙われている?誰に?そんな怨恨に覚えはない。しかも、しかも。
「じゃあ、カレンは…」
私に、巻き込まれた、というー!
「今は余計なことを考えるんじゃないよ!自分の身を守る事だけを考えな!後悔は後からでもできる!!」
そのままモルゲンレーテ社の入り口に車をつけ、社員証を使い社内へ。エレベーターに飛び乗り、地下フロアへ。息はすっかり上がっており、肩で呼吸していたが、少し呼吸は落ち着いた。
「落ち着いたかい?」
シモンズの優しい声で、正気を取り戻す。何が何やら全くわからないが、恐らしいことが起きているのだけは分かり始めていた。そして、取り返しのつかないことが起きたのも。
「…アイツらは、情報によるとザフトの特殊部隊。アンタと、そしてラクス様を狙ってると虎からついさっき報告があった」
「ラクス、お姉ちゃんも?」
シモンズは頷き、続きを語る。
「今さっき、マリューから連絡が来た。今、キラ君がMSに乗って戦ってるらしい」
「な…!」
キラ、お兄ちゃんが?MSに?優しくて、少し抜けてて、あんなにお人好しな彼が、先の戦争で心に深い傷を負い、療養中であることは知っている。正直なところ、そんな彼が戦っているというのは信じられない、と言うのが本音ではあった。
そして、私はシモンズに連れられて、MSの地下格納庫までやって来た。私の権限では入ったことがなかったけれど、ここは新型機の試験運用をしている場所…
施設内の照明が点灯する。巨体の全容が明らかになる。フェイズシフト装甲を使用した機体なのだろうか。ディアクティブモードのMSの色合いはモノクロで統一されており、深い眠りについていることを示している。
「コレは…?」
「MBF-01…『ストライク ブレヴィス』今、マユに託すことができる、マユだけの力よ」
ストライクと呼ばれた機体は、私を見て、自身に見合うパイロットであるか見定めている様だった。その巨躯にかかれば、児戯にも等しく人の命を奪うことができると思わせる、圧倒的な存在感。
それほどまでに、MSは無機質であり、人形でありながらも人間とは程遠い『化物』であることを、痛いほど知らしめた。
「私、に…?」
なぜ、私なんかに専用機が?高々テストパイロットに過ぎない身であるのに…
「"アンタみたいな兵士"ってのはどこにでもいて、アンタはデータ収集役としては、非常に優秀な成績を残してた!だから、新たなOSの試運転機として、旧式の機体だけど、アンタ専用に改造してたのよ!まさか実践投入が最初の搭乗になるなんて、夢にも思わなかったけどね!」
シモンズの手つきは澱みなく、ストライクと呼ばれる機体を目覚めさせていく。
「マユ、アンタとラクス様は何者かに狙われてる。それはもう、回避の出来ないことよ。だからこそ…いえ、それでも!この辛い現実と向き合う、そんな覚悟はある?」
☆
「数が、多い…!それに…」
2年ぶりに動かすMSは、そのブランクを感じさせないかの如く、軽やかに空を駆ける。しかし、流石に多勢に無勢といったところで、10の機体 ー名称は『アッシュ』というのだがー で完全に包囲網を敷かれている上に、付かず離れずの位置を維持されている。網を突破しようにも、教会や民家の盾にならざるを得ないフリーダムは、その場で釘付けになっており突破が難しい。そのまま、じわりじわりと追い詰められつつあった。
(位置取りがうまい!面で制圧しようにも、背中側から撃たれかねない!)
さすがの特殊部隊といったところ。連携は凄まじく、更にはキラの動きを読んでいるかの如く、絶え間無くビームやミサイルを撃ち込んでくるせいで、攻勢に転じることが難しい。寧ろ、未だに被弾をゼロに抑えているキラとフリーダムの技量の底力をある意味で物語ってはいるが、お互いに膠着状態が維持されていた。しかし、戦況が長引けば長引くほど、核動力のフリーダムが当然有利となる。
エネルギーが底をつく前に、一斉攻撃を仕掛けてくるはずである、とキラは読んでいる。そして、それにカウンターを合わせて包囲を抜ける算段をつけ始める。
しかし、その思考は突然の闖入者により中断されることになる。
☆
「覚悟…」
そんな物はない。だって私はただのテストパイロットで、戦争なんてしたことは当たり前だがない。でも、ここにはそんな個人の瑣末な事情を汲み取ってはくれない世界があり、温情をかけてはくれない現実がある。それを、痛いほどにマユは知っていた。
何も力がなかったあの日。戦争に巻き込まれて、瀕死の重傷を負って、家族を喪って、兄と離れ離れになった。
そんな現実の中でも、楽しいことはあったのだ。優しくしてくれた教会のみんな、姉や兄のように面倒を見てくれた彼や彼女。
…気兼ねなく接してくれた親友。こんな私にも、またたくさんの繋がりができてしまった。
守る力。誰かを助けたいと願う時、それを叶えることができるかもしれない力。
グレーを基調とした、油臭い無骨なコクピットに乗り込む。色々な思考が頭を駆け巡る。棺桶の中からの景色は、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。暗く、狭い場所では、否応にも自分について考えさせられる。今までの人生、未来への不安…
世界は優しくはないけれど。現実はうまくはいかないけれど。
もう、事は始まってしまった。
『ストライカーパッケージはソードを装着!街に被害はなるべく出したくない!』
グオングオンと耳障りな機械音を鳴り響かせながら、ストライクはその武器を手にする。
大切な人を守る武器。自分自身を守る武器。
人を殺す為に製造された、巨人と剣。その重みは、一体誰が為か。
「覚悟なんてモノは、まだない。私は…」
ブレヴィス…綴りは『BREVIS』のようだった。映像に映し出される。
「勇気…」
勇気はbraveである。それに近しい意味が込められているのだろうか…
巨人が目を覚ます。目の前の筐体は光を放ち、モビルスーツ・オペレーション・システムが立ち上がる。
General
Unilateral
Neuro - link
Dispersive
Autonomic
Maneuver
(Synthesis System)
次々と浮かび上がる文字の羅列。ストライクの覚醒の時が来たことが、素人目線でもわかる。電磁パルスが作動し、中枢伝達系が熱を帯びる。全区画が直結し、ネットワークにより連結され、中枢のコンピュータで一括に支配される。朝に人間の神経が覚醒するように。太陽が昇るように。巨人はゆっくりと目を覚ます。
Sensory - neural
Expanded
Expert
Defence - force
(S.E.E.D)
新たなオペレーション・システム。その名前を見て、笑顔で嬉しそうに語っていたカレンを思い出してしまった。
それは、つい先日のこと。
『新しい子はね!S.E.E.Dって名前になったの!』
『シード?種?』
『そう!平和の種になりますようにって…』
両手両脚をゆっくりと操縦桿に近づける。四肢の辺り、丁度良い高さに操縦桿が現れる。ここに入れろということか?自身の感性に従い、両腕両脚を接続する。
瞳の奥から光を放つ。カメラが作動する。視界が開け、モルゲンレーテの地下格納庫を映し出す。望遠カメラは、シモンズの顔の汗まで見える。身体がゆっくりと起き上がる。大地に両脚をつける。指先から爪先まで滑らかに稼働する。装甲がモノクロからトリコロールカラーへと変貌する。フェイズシフトが作動したのだ。ストライクの臨戦体制は、万事整った。
あとは。準備ができていないのは、私だけ。
平和を望むこころ。未来に光をと願った少女。彼女の願いを、叶える手助けが。少しでもできたのなら。
こんな世界に、現実に、運命に、抗う為に。
「マユ・アスカ!ストライク、行きます!」
巨体は空中を滑り上がるように駆け上がる。空は高く、大地は遠く、視界は広く。
されど、その大きさは、人間が理解しきれるものではない。
太古より、人間は自由を求めた。そして、遂に空を支配する翼を作った。
しかし、英雄イカロスはその翼故に身を滅ぼしたように。
きっと私たちも、力ある故に争うのだ。
☆
ピーピーと、警告音が鳴り響く。マップ上では未知の熱源がこちらにとてつもないスピードで近づいてくる。方角は南西から。新たな敵か、だとすればまずいかもしれない。ただでさえギリギリで均衡を保っているのに、ここで増援されると一気に形勢が変わる可能性がある。
『キラ!未知の熱源確認!』
「わかってます!ここからじゃ見えません!光学映像出してください!」
『映像出すぞ!』
望遠カメラ越しの、荒い映像がコクピット内に表示される。その姿、忘れるわけがない。アレは…!
「ストライク!」
バルトフェルトも驚きを隠せていないようだ。だが、ストライクという事は…
『ザフトではない!まさか、モルゲンレーテか!?』
全く減速せずにこちらに接近してくる。瞬く間に戦闘域に突入し、肩口に背負っていた対艦刀で緑のMSに迫る。敵も未知の乱入者に混乱しているのだろう、明らかに戦線の乱れが生じていた。
☆
教会に最も近づいていた緑のMS。それに全速力で突貫し、肩口から体当たりを仕掛ける。減速は不要。武器も見せかけで大丈夫。フェイズシフト装甲により、接触時の衝撃は多少緩和される。コレで緑の敵が気絶してくれれば、との思いで思いっきりタックルをかます。
対艦刀を振り翳し、敵に向かって構える。精一杯の威嚇行為。自分を大きく見せる。動物的な行動。ハッタリでも、向こうが想定していない敵の出現に、ほんの少しだけ動揺ができる。
でも、まだ足りない。もっと情報量を与えて、処理能力を落とすために…!
国際救難チャンネルを開き、全力で叫ぶ。
「なんで…こんな事を!また戦争がしたいのか、貴方たちは!!」
世界に吼える。その慟哭は、誰に向けて突き刺さるのか。
『女…?』『想定外だが、始末しろ!』
敵の緑兵は一瞬の動揺を示したが、さすがの練度といったところか。すぐさま陣形を整えてこちらに攻撃を仕掛けようとする。
が、しかし。
『今…!』
その一瞬の隙。瞬き一回ほどの時間をつき、フリーダムは包囲網を脱出する。一斉射撃にて、敵のMS群の戦闘能力を完全に喪失させた。緑兵が膝をついて倒れる。謝罪するかの如く、首を垂れて活動を停止させた。
☆
『この声は…!』
「マユさん…」
私は、その声を聴き。彼女の怒りに触れ、悲しみを想起してしまう。誰かの思考が流れ込んでくる。家族を喪失した。腕を撃たれた。親友が撃たれた。このイメージは、もしかしたら彼女のものか?しかし、なぜこんなにもはっきりと、想像できるのだろうか…?
そのイメージに囚われていると、緑の敵兵が飾って自爆をした。元からその予定だったのか。計画が成功しても、失敗に終わっても、自死を選ぶように教育されていたのかもしれない。命の軽さに愕然とする。
陽が海岸線から昇り始める。新たな朝だ。暁の空の元、二対の巨人が相対する。少し靄がかかり、十分な視界は取りにくい。その夜明けは、清々しさからは程遠い。寧ろ、彼女の戦争を世界が歓迎しているかの如く見えた。
守るためとはいえ、一度でも武器を手に取ってしまった彼女。
その誕生を、産声を。この世界は笑いながら祝福する。
読んでいただきありがとうございます。
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暫く忙しいため、恐らくは数日に一話の投稿になりそうですが、可能な限りで頻度を高めたいと考えております。
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