葬儀は死亡の3日後に厳粛に執り行われた。彼女の父は軍の高官。多くの軍・政府関係者や、会社関係者、学生時代の友人などが、早すぎる別れを惜しんでいた。
棺に入った彼女は、とても美しかった。肌は太陽の光を知らないかの如く白く、美しい赤毛はまだ生きているかの如く艶高い。睫毛なんて、私なんかよりもはるかに綺麗だった。
隙を見せたら、動き出すのではないかと思った。何度も目を逸らしてみては、反応を待った。でも、一瞬前の彼女と寸分違わぬ微笑みを湛え、ただ深い眠りについている。
事件の翌日。事情聴取が政府及び警察によって執行された。二度も同じ説明をするのは、体力ももちろんだがメンタルに効いた。カレンの死に様を、何度も反芻し確かめさせられている気分だった。
何も、したくない。
棺が埋葬された。オノゴロ島でも、最も美しいと謡われる海辺が見える墓地の一角に墓は造られた。彼女は、海が好きだったのだと、今更知った。
彼女の両親や家族からは責めたてられ、殴られもすると覚悟していた。しかし、ご両親は私を全く責めなかった。寧ろ、ただ私を心配していた。また、カレンの友人でいてくれたことに感謝された。白髪交じりの穏やかな父と、赤毛と目元がよく似た母だった。
感謝しなければいけないのは、私の方だった。独りぼっちだった私と、仲良くしてくれたのに。私が彼女はその尊い命を散らせた。それを考えただけで、ひどく吐き気がした。でも、吐きすぎてもう吐くものが残っていなかった。
葬儀が終わり、独り切りにしては心配だとラクス達に言われて教会の元自室に連れてこられた。三階に位置しており、窓は小さいが海がよく見える部屋だった。私が出て行ってから、何ひとつ変わらずに部屋は残されていた。しかも、埃一つなく綺麗に整頓されていた。
暫く、独りにして欲しいと頼み、ベッドに倒れ込んだ。清潔なシーツの臭いにつられて、疲れからか眠気が襲ってくる。なんの気力も湧いて来ず、ただただ枕に顔を埋める。
葬儀の終わり際。カレンの父から話しかけられていた。
「ちょっといいかな?」
私に拒否権など、もちろんなく。ただ、彼の話を聞こうと。聞かねばならないと思った。
「君に、渡したいものがあるんだ」
そう言って、彼は私に封筒を手渡す。結構分厚い。ちょっとした文庫本くらいの厚さだった。
「これは…?」
「カレンなら、きっと君に受け取ってほしいものだと思ってね」
彼は遠くを見つめながらそう語った。私のことなど、視野には入っていなさそうに、遠くを見つめていた。
彼自身、まだ彼女の死を受け入れ切れていないだろうに、喪主としての責務を全うした。本当にすごい人だと思った。
「昔…前の大戦のとき、」
続けて、彼は語る。今度は私を見据える。私にしっかりと投げかける言葉の様だ。緊張が否応なく走った。
「君に、似た眼をした男の子を救助したんだ」
「え…」
茫然と、その言葉を受け入れる。
「はっきりと自信を持っているわけではないんだけれどね。少しだけ、彼と話したよ。家族を喪って、悲しんでいた。怒っていた。その後、すぐにプラントに上がってしまったようだった」
それは、まさか…
「娘から、君の事情は聞いていた。どうしても、兄と会わせてあげたいから、手を貸してほしいとも言われていた。私が教えることができるのは、それくらいのことだろう。軍のネットワークを用いても、彼の住所や職業は判明しなかった」
「カレンが、そんなことを…」
彼女の優しさ、健気さ。それを、今でも肌で感じることができる。そう思ったとき、自然と涙が出た。どうして君は、いつもこんなに優しいんだろう。なぜ、優しい人から、いなくなってしまうのだろう…
彼はゆっくりとうなずいて語る。
「本当にそうなのかはわからない。闇雲に探すよりはマシ、程度に考えて欲しい。でも、今日はっきりと君を前にして。目元も、とてもよく似ていると思ったよ」
彼は、幸運を祈ると言い残し、私の前から立ち去った。私は、カレンに出会わせてくれたことや、今の話への感謝とか。あとは、感謝とか、感謝でいっぱいになって、泣きながら頭を下げ続けた。
☆
彼女の父から受け取った封筒を開封する。写真が何枚も入っていた。二人でピクニックへ行った写真、同期入社7人でディナーに行った時の写真、私のタイピングが遅すぎて呆れたカレンに教えてもらってる写真、入社式でガチガチに緊張している私と笑っている皆…
思い返す機会がなかっただけで、こんなにも沢山の思い出を積み重ねていたのだ。それを、そんな大事なことを、喪ってからようやく気づいた。
涙は、もう出なかった。こんなに悲しいのに、涙腺は液体を分泌し切ってしまったようだった。気づけば、喉もカラカラで、声も上手くだせなさそうだった。
腹が鳴る。そう言えば、事情聴取から何も食べてないことを思い出した。
こんな時なのに、腹は減る。でも、身体が動かないのだ。
「薄情な奴…」
彼女を差し置いて、飯を食おうなどと業腹だろう。自分の腹を叩く。何度も叩く。叩き続けて、内出血による青あざができる。まあ関係ない。こんな時に鳴る腹の虫など、殺してしまえばいいんだ。
暫く腹を叩くと、空腹感は少しだけおさまった。代わりに、酷く疲れた。虚無感にも襲われている。ベッドで項垂れて寝ようとすると、ノックが三回され、おずおずと部屋に誰かが入ってくる。
「マユ…?」
ラクスが部屋にやってきた。どうやら、食事の時間なのに降りてこないことを心配しているようだった。それに、彼女も酷く辛そうな顔をしている。
「ラクス、お姉ちゃん…」
今は、独りにして欲しかった。明日から、明日からまた頑張るから。だから、今日だけは。
「ごめん、食欲ないんだ…」
嘘だった。本当は腹が痛くなるほど減っていた。でも、それと同じくらい、食べると戻してしまいそうな気持ち悪さもあった。
「そう、ですか…」
彼女はこれ以上何も言えない。私が食べられないと言ったのだから、無理に食べさせる性格ではないだろう。
「独りにして欲しい…」
そう伝えると、彼女はしずしずと出ていった。その優しさが、今は有り難くて、でもやっぱり寂しかった。
☆
翌日。天気は生憎の晴天。陽の光が強い。心の影を、否応にも強調しているようで、少しばかりイラついた。先日の特殊部隊による襲撃事件は、オーブ政府が内密に調査を進める事になった。ザフトの最新鋭機を用いていたため、十中八九は戦争関連なのだろうが、確たる証拠がないまま訴え出ても全面衝突になりかねない。それに、ラクスがオーブに隠居しているということは、トップ中のトップシークレットだった。
だから、カレンの死は事故死として表向きは処理された。
真相は、未だに闇の中だ。私の力ではどうすることもできない。
さすがに腹の虫が暴動を起こし始め、腹と背の位置が逆転しそうだったため、朝食を摂りに降りることにする。ダイニングではラクスを中心に、子供たちが協力して食事を準備していた。バルトフェルドやマリュー、キラも一緒にコーヒーを飲んでおり、こちらを見て会釈をした。私を視界に入れたラクスは、嬉しそうに微笑んでくれる。
「おはようございます、マユ」
「うん…おはよう」
「おはよう、マユさん。おなか空いてるでしょ?」
「俺特製のコーヒー、飲むかい?」
マリューも私が何も口にしていないことに気づいていたらしい。
そういわれて、空腹感をはっきりと言葉にされると、途端に食事が欲しくなってきた。
バルトフェルドもニヒルなスマイルを浮かべてコーヒーを手渡してくる。拒否権はないようだ。コーヒーを啜る。今日の豆はアタリだ。渋すぎず、かといってコクはある。
「マユ…」
キラが私に語りかける。目と、雰囲気から何の話をしたいのかわかる。きっと、私が戦闘に介入したこと。
「うん…、
あの日。私はあまり、考えることができないまま、状況に流されて
ヒトに、武器を向けたのだ。緑兵が目の前で自爆したときは、目を疑った。あれこそ、まさしく地獄だった。
「また、話すよ…もう少し、落ち着いたら…」
キラも、わかってくれたようで、微笑みながら頷いてくれた。
初めは何となくぎこちなかったが、食事をもらいつつ、暫く会話しているとそんな気分は霧散した。ニュース番組がついている。そういえば暫くの間世間から離れてしまっていた。ぼう、とアナウンサーと事件の映像を眺めていると、緊急速報のテロップが。同時にカンペが男性アナウンサーの前に置かれる。なんとなく、スタジオもざわついているみたいだ。
その内容に、私たちは驚きが隠せなくなる。
『続いて緊急速報です。世界安全保障条約に、オーブ政府が賛同したと本日、公式に発表がありました。繰り返します―』
「なにぃ!?」
バルトフェルドがコーヒーを噴き出しかねない勢いで前のめりにテレビを見る。ラクスやマリューも口元に手を当てて信じられないといった風に目を開いている。キラも、眼に見える反応こそは乏しいが驚いているようだった。
『世界安全保障条約』国家同士が相互に集団的自衛の義務を担う条約だ。
ユニウスセブン落下テロ事件を契機に、プラントを軍事的脅威とみなす機運が地球各地で再度高まりつつあった。そして、それを利用した大西洋連邦の呼びかけにより、地球連合加盟国と地球に国土を持つ全ての国家に加入を要請し始めていたのだが、それにオーブは批准していなかった。昨日までは。
「こんな、馬鹿なことが…」
マリューも声色を震わせながら、顔をしかめている。たった今、これにオーブ連合首長国が加盟した。これの意味することとは。
オーブの理念――『他国を侵略しない、他国の侵略を許さない、他国の争いに介入しない』。
この姿勢が、崩れたことになる。中立国ではなくなった。これからは、地球連邦の一国家として、要請があれば、プラントへの侵略戦争にも加担せねばならない。
「カガリさんは、抑えられなかったようね…」
「ああ…しかし、これはちっとばかし、不味いんじゃないかな?」
ああ、世界はぐるぐると動いている。事は事を、連鎖的に引き起こす。
動き始めたものを、止めることは動き続けるよりも難しいのだ。
☆
「ただいま」
仕事帰り。私は暫くの間、教会の方に寝泊まりすることにした。いろいろ、話すべきこともあると思ったからだ。
ラクスや子供たちが、ご飯を用意して出迎えてくれた。毎日あったかいご飯がただで出てくるのだから、強がらずにこっちで生活しようか本気で悩む。今日のメニューはシチューだった。私はブロッコリーが好きなのを覚えてくれていたようで、私の盛り皿にはたんまりとブロッコリーが入っている。
食卓に、いつもはいない人が座っていた。
「やあ、マユ」
「カガリさん…」
オーブ代表、カガリ・ユラ・アスハその人だ。本来なら首相官邸に籠りっきりのはずだが、兄妹であるキラに会うという名目ならば抜け出せるときもあるようで、偶にこちらにお忍びでやってくる。彼女は育ちは良いのだが、食べっぷりもすごい。シチューをすでにお替りしている。キラは、ずっとスプーンでかき混ぜているが、食事は進んでいないようだった。
全く正反対に見える二人なのに、兄妹なのが少し面白い。私とお兄ちゃんも、こんな感じなのかな?
「カガリさん、なんで仰々しい言い方はよせ!私のことは、カガリお姉ちゃんでいいんだぞ!」
彼女は、胸をそらせてそう言う。昔から、彼女は私にそう呼ばせたがった。しかし、テレビの向こう側の人を軽々しくお姉ちゃん呼びは難しい。愛想笑いでごまかしつつ、私はなぜ彼女がここにいるのかをそれとなく振ってみる。
「今日の報道、観ただろ…?」
報道とは、間違いなく『世界安全保障条約』についてだろう。彼女は、亡き父である前代表、ウズミ・ナラ・アスハを慕い、尊敬している。理念とともに燃えた父。『国を焼いた男』と謗られることもあるが、それでも政治手腕はすさまじいものだった。現に、今までオーブが中立国たりえたのは、彼の功績が大きいのだろう。
「これから、きっとオーブは戦場になる。もう、止められないんだ。私が、情けないばっかりに…」
皆々から、同情の視線が集まる。しかし、世界情勢を鑑みると、この条約に批准しないことはありえないことだった。もし受け入れないのなら、敵性国家とみなし攻撃するなどと脅しをされれば、結局のところオーブは戦場になっただろう。それが、少しでも先延ばしにはされたのだ。問題は…
「今後、オーブの戦う相手を、大西洋連邦に好き勝手に決められる、というのが問題よね…」
マリューの言に、皆同意する。これからオーブが直面する、喫緊の問題であろう。
皆口々に、意見を交わす。皆大人で、賢いから、私は全く話についていけない。
でも、一つだけ。私にしか言えないことがあると思い、発言することにした。
「カガリさんは、ウズミ様を尊敬して、オーブの理念を守ろうとしているんだよね?」
沈黙を貫いていた私が、そう問いかける。カガリは、同意するように首肯した。
「私は…私自身のことを、前大戦でウズミ様の掲げた理念の、犠牲者だと思ってる」
その言葉に、誰もが戦慄し、何も言えなくなる。カガリも、苦しそうに、泣きそうになっている。キラも、悲しそうに目を伏せる。
ここにいるみんな、私の過去を知っている。そして、あの日。何の力もなかった一般人は、この中で私だけだ。私にしか、言えないことがあると思った。
私のような、弱者の視点からでしか、見えないことが…
「ウズミ様は、きっとあれで満足したんだと思う。でも…私みたいな人間をたくさん生み出してしまったのも、事実なんだ」
前大戦のとき、オーブは地球連邦からマスドライバー奪取を目的とした軍事攻撃を受けた。
通称『パナマ攻防戦』、そして『オーブ解放戦線』。これらに対し、ウズミは徹底抗戦の構えを示した。
その結果、オーブ本土はまさしく死地となり、多くの地域、民家、施設が焦土と化したのだ。
…その中には、勿論私の実家も含まれる。
「マユ、大丈夫ですか…?」
ラクスに心配される。よく見ると、周囲の人たちみんなに心配されているようだった。
それも当然だった。この話をすると、必然緊張する。トラウマが呼び覚まされる。顔が白くなっている気がする。息も、少し荒い気がする。
できるのなら、二度と思い出したくないことだった。
でも、今言うべきことを言いたいと思った。
国民と、国と、世界の平和のために戦う。
若すぎる代表に、少しでも手を貸したいと思ったから。
赤髪の彼女の願いを、叶えたいから。
「ウズミ様はきっと、自国の平和だけじゃなくて、世界全体の平和を想ってあの決断をしたんだと、今なら思う。きっとウズミ様のあの戦いによって、救われた命も沢山あるはずなんだ…私は、それも間違ってないと思う。だから…」
実際、あそこでマスドライバーを地球連邦に渡していたら、もっと多くの連邦軍隊が宇宙に上がっただろう。
そうなれば、プラントとの全面戦争の規模は、実の歴史の比じゃないほどに膨れ上がったかもしれない。
「カガリさん、後悔のないようにね。カガリさんみたいな、権力のある人の決断は、多くの人生を変えてしまうから…」
だからこそ、後悔のないように。沢山迷って、悩んで、考えてほしい。
それから、私の記憶は途切れた。どうやら、気絶したようだった。
無理もない。ストレスとストレスが交通事故を起こしたような状況だったのだ。
よく、意識が持った方だろう。
久々に、ユメを見た。家族のユメ。友人のユメ。
カレンも、笑っていた。お父さん、お母さん、お兄ちゃんも。
褒めてくれるかな?私、頑張ってお話ししたよ。辛いこと、悲しいこと、嫌なこと…
大切な人がみんないた。みんな笑っていた。みんなほめてくれた。
だから、すぐにユメだと分かった。
話のテンポが遅いでしょうか?
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丁度いい
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遅いと思う
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速いと思う