機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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赤い夕陽を見た

 

 静かな夜。穏やかな風。美しい星。

 今日の海岸線は、いつもより優しく私を包み込んでくれている気がした。

 ふと、海を見たくなった。私は部屋からこっそりと抜け出した。みんな寝静まっている。かすかに聞こえる寝息を刺激しないように気を付けながら、私は家を出た。

 

 浜辺を海岸線に沿って歩く。月あかりが、体を優しく包み込んでくれる。怖い世界から守ってくれている気がした。

 カガリが、教会に来訪した日から数日経過した。あの日私が気絶してから、覚醒したらもう翌朝だった。彼女は多忙を極めている。しばらくは会えないだろう。

 彼女に、要らぬことを言ってしまったかもしれないと、少々申し訳ない気持ちになる。自覚はしていなかったのだが、やはり凄まじいストレスに置かれていたのだろうか。今度会ったら、謝りたい。

 

 波は静かで、考え事をするには最適なくらいの雑音だった。しばらく、ずっと歩いていられるくらいの速さで歩く。そのあと、少し走り出したが、すぐに足を砂にとられて転んでしまった。

 倒れたまま空を仰ぐ。空気は澄んでいる。星々は瞬き、木々は長閑に揺らぐ。ちょっとだけ疲れた。このまま、ずっとここにいたかった。

 

「こんなところで寝ていたら、風邪を引くよ」

 

 痩躯の青年が、私に声をかける。先ほどから、靴が砂を咬む音は聞こえていた。誰かが近づいているのは気が付いていた。あまり意識しないようにしていたのだが。

 

「キラさんも、夜更かし?」

 

 彼は同意するように頷き、私のそばに腰を下ろす。膝に肘を置き、一緒になって夜空を眺めた。声を発することはない。いくらでも、話すべきことはあったのに、今はそんな辛いことを仕舞い込みたかった。それくらい、優しい夜だった。

 きっと、彼もそうだったのだろう。彼も、ぼうっと空を見つめていた。

 

「カガリは、たぶん…君の言葉を大切にしてくれると思うよ」

 

 キラが、ゆっくりと口火を切る。私は、彼が自分から話し始めるのは予想外だった。

 

「だから、次に会ったとき、もっとたくさん話してみたらいいんじゃないかな」

 

「そうだね…」

 

 彼の言葉を素直に受け止める。彼は、見透かしたように私の心の不安を除いてくれる。きっと私を心配してくれたのだろう…

 

 時間が止まったように、二人星を見る。どれがどの星座なのかわからない。彼なら知っているのだろうか?聞いてみる。彼はゆっくりと話してくれた。知らなかったのだが、星座とは国によって見え方が違うときがあるらしい。私の知らないことを、彼はいつも教えてくれた。

 まるで、兄のようだった。

 静かな時、彼と二人でいると思い出すことがあった。実の兄のこと。兄は、彼とは真逆の正確で、いつも走り回ってて、騒がしくて、ノリが軽くて…でも、二人とも、とてもやさしい人なのは、共通していた。

 だから、真逆だけれど、やっぱり似た者同士だなと思っていた。もちろん、口には出さないけれど。

 

「光…」

 

 夜空に、ピンクの光が煌々とちりばめられる。少々、品のない光だった。穏やかな日には相応しくない、落ち着きのない光…

 光はやむことを知らず、点々と空を汚していた。せっかく星を見ていたのに、邪魔された気分だった。美術館に絵画を見に行ったら、環境保全団体がペンキをぶちまけて台無しにしていたような、そんな不快感。

 

 彼が、急に立ち上がって光を見ている。ずっと、食い入るように見ている。そして、疲れ切ったように、尻から浜辺に崩れ落ちた。腰は大丈夫だろうかといらぬ心配をする。両膝を抱え込んで、体育すわりになって顔を胸と膝の間に納める。まるで、嫌なものから目をそらすみたいに。

 

「あれは…?」

 

「核の光だ…」

 

 彼から、その事実を伝えられる。そうか、あれが…あの光が…ということは、つまり。

 

「核攻撃が、始まったんだ…」

 

 そういうことだろう。私は、彼の絶望したような言を聞き流した。疲れていた。本当はびっくりしたけれど、態度に出せるほどの元気がなかった。

 

「プラントは大丈夫なのかな…」

 

 兄がいるはずのプラント。まだどこにいるのか詳細はわからないけれど、もし兄の居住するプラントが落ちたとしても、私に何か連絡が来ることはないだろう。心配だった。でも、何かできるかといえば、ないだろう。

 カレンの父から情報を―蜘蛛の糸ほどに細いものだが―を得たとしても、闇雲にプラントに赴いても兄は見つけられないだろうと、冷めた自分が告げている。本当は、もっと無我夢中に探すべきなんだろうけれど…

 

「どうなんだろう…でも、人の感情は…」

 

 そう。きっと、人々は恐怖し、また戦争の機運が高まるのは間違いないだろう。

 

「アスランが、プラントに行ったんだ」

 

「アスランさんが?」

 

 アスラン…、たまに、教会に来てはキラやラクスと話している。キラの幼馴染で、ラクスとも友人の様だった。藍色がかった髪で、利発で、賢い青年だった。二年間、彼にもお世話になった。機械工学について、キラと一緒に教えてくれたのだ。私にとって、生きていくために必要だったから。優しい人だ。

 でも、彼はいつも何か焦っていた気がした。

 

「うん。何かすべきと思ったら、居ても立っても居られないのがアスランだから」

 

 キラは、懐かしむように、慈しむように、彼を語る。

 そんな関係の人がいることが、少しだけ羨ましい。

 

「アスランは、真面目なんだ…」

 

 それは何となく感じていた。彼は、きっと真面目で、正義感あふれる人だと。

 

「無事だと、いいね」

 

 うん、とキラが頷いた。

 

 

 プラントに戻り次第、現最高評議会議長であるデュランダルに謁見を求めた。

 三十二歳の若さでプラントの最高評議会議長にまで上り詰めた傑物。アスランも顔は知っていたが、実際に話すのはもちろん初めてのことだった。

 

 彼と少しばかり話した。核攻撃のこと、ユニウスセブンのこと、ミーアのこと。…父のこと。

 ミーアについては驚いた。でも、ラクスが隠居している今、ラクス本人が名乗り出ない限りはミーアがラクスになのだ。議長のこういうところはあまり好ましくないと思った。

 

 ラクスは、今の世界をどう思っているんだろう。ふと、そんなことを思った。彼女なら何か俺のすべきことを教えてくれるような気がした。でも彼女は、今はキラの療養につきっきりだった。キラもラクスも、アスランにとってはかけがえのない友人だった。あまり負担をかけたくなかった。

 

 デュランダルは優しかった。父について気にしすぎるなと言ってくれた。そして、その咎を受ける必要もないと。

 だが、もし少しでも何か力になりたいと願ってくれるなら、どうか力を貸してほしいとも。綺麗に誘導されているような気がしたが、成り行きに任せる他になかった。

 

 そうして、モビルスーツ格納庫に導かれる。

 陰鬱とした地下格納庫。人工灯しか光源はなく、一日中いると気がめいりそううな場所だった。モニターはたくさん、暗いところで煌々と光っている。視力が悪くなりそうだ。

 モノクロで鎮座する機体が、頭上にある光によりライトアップされる。陰影が作られ、その詳細が見える。知らない機体だった。量産機らしくもない。

 

「これは…」

 

「君に託すことができるモビルスーツ…ZGMF-X23S『セイバー』」

 

「セイバー、救世主ですか…」

 

 仰々しい名前だ。傲慢ともいえる。人が、世界の救世主になるだろうなどと…烏滸がましいと素直に彼は思った。

 

 デュランダルは続けて、白いバッヂを渡してくる。羽のようなデザイン。真ん中に意匠された真珠のような宝石が、その価値を高めているような気がした。

 

「フェイス。ザフト軍の特別な者にのみ与えられる、世界を平和に導く力だ。我々が道を誤った時は、君が正して欲しい」

 

「フェイス…」

 

「この機体はこの混迷の世界を切り拓く救世の剣だ。君のような、素晴らしい戦士にこそ相応しい。私は、君こそが真の救世主足りうる、そう確信しているのだよ」

 

 

 カガリの護衛として足を運んだ以来のプラント。かつて…二年ほど前。ザフト軍人として従軍していた時と、あまり変わらない。殺伐としていて、少しばかり物悲しい。いくら綺麗に植物を植えても、人工的に昼夜を作っても、地球らしさを演出しても。

 やはりここは地球ではないのだ。長い地球での生活のせいで、何となくプラントにいるのに違和感を覚えるようになった自分に驚いた。

 

「貴様の護衛とはな…」

 

「まあいいじゃねえか。久しぶりに会える機会なんだし」

 

 かつての頼もしい赤服の同期との再会。普通の人間なら同窓会と称して飲み会にでも行くのかもしれないが、そんな間柄でもない。既に墓で眠っている友人に顔を合わせたいと議長に頼むと、この二人を護衛につけてくれた。きっと、彼なりの図らいなのだろう。三人で、二度と会えない友を偲ぶ。

 

 先日、プラントに大量の核攻撃が仕掛けられた。当然、地球軍からだった。それを決死の覚悟で止めたイザーク隊一行は、その働きからザフト軍でも一目置かれる存在になっている。

 隊員は大仕事をしたばかりであり、少しの休暇を与えたいとの思惑から、議長はアスランの護衛につけたのだった。

 

 皆、背負うものが大きくなりすぎたし、考えることが多くなりすぎた。それに比べて、彼らはあまりにも若く、経験も技術も精神力も不足していた。とどのつまり。こんな若者に背負わせる業にしては、大きすぎるというだけなのだが。

 

 墓地からの帰路。ディアッカの運転でホテルに帰る。必然、車内は最近の事態についての話の比重が重くなる。

 

「知ってはいると思うが、プラントに向けて核が打たれた。民は怒っている。議長も、何とか全面戦争は避けようとしているが、もう戦争は止められないだろう…

 そんな中、一体プラントで何をしているんだ、お前は…!」

 

 イザークの強い瞳がアスランを射抜く。彼は言外に、アスランを責めているようだった。こんな喫緊の事態に、いったい何を油を売っていると。

 アスランにとっても、核攻撃はあまりに想定外だった。ここまでの強硬派がいるなどとは。

 

 核と、ユニウスセブン。父と、母…

 

 アスランの辛く、悲しい過去を生々しく抉る。そんなことは、長い付き合いのイザークとディアッカもわかっている。それでも、イザークはあえて強い言い方をした。それが、アスランにとって最も優しい対話の方法だと知っていた。

 

「オーブにいては、俺は何もできないんだ…情けないけどな。だから帰ってきた」

 

 二人が驚いたような反応を示す。やってきた、ではなく。『帰ってきた』ということ。それはすなわち。

 

「まあ、墓参りだけじゃないとは思ってたけどな」

 

「つまり、貴様は…」

 

「ああ…ザフトに復隊する許可を、議長に頂いた」

 

 二人は驚いたような、でもどこか納得したように、少しため息をつく。こいつは、いつもこうやって相談もせずに大切な決断をして周囲を巻き込むやつだったな、と二人顔を見合わせた。

 まあ、昔に比べたらよっぽど話してくれるようになったのだが。

 

「お前ほどの力、使わずにどうすると言ってやろうと思っていたのだがな。いつもいつも、何もかも勝手に決めやがる!」

 

 フンと鼻を鳴らし、腕を組んで窓の外を見ながらイザークは話す。

 

「でもさ、アスラン。大丈夫なのかオーブは…?」

 

 ディアッカは、この三人で話すときはいつもこういう繋ぎ役というか、まとめ役というか。そんな損をする役回りだ。それを彼は気に入っていたりもする。この友人二人は、面倒くさすぎて逆に面倒を見たくなる。

 

「カガリなら、きっと大丈夫だ。彼女ならきっと…」

 

 それは祈っているような、願っているような。彼もきっとオーブにいて、彼女の力になりたかったのだろう。でもオーブでの彼は、ただの一市民に過ぎず。何かを成す力も立場もない。

 

 イザークは我慢できないといった風に、強い語気でしゃべりだした。

 

「だがな、一つだけ覚えておけよ!貴様には力がある、それは認めよう。

 だが個人ができることなど些末なことだ…復隊する以上、お前も俺も、一介の軍人でしかない」

 

「だからな…あまり独りで抱え込むなよ…」

 

 イザークは、最後のほうは消え入りそうな声でそう伝えた。目線は窓の外を見ていて、どんな顔をしてるのかわからなかった。それくらいのぶっきらぼうな優しさがアスランにとってありがたかった。

 しばらくの沈黙。でも、嫌な沈黙ではなかった。

 

「じゃあ、飯でも行くか!」

 

 ディアッカが少しばかりわざとらしく元気に車を走らせる。二人とも特に反対はない。

 三人の行く末も同じならばいいのに、と。皆、口には出さないが願った。

 

 夕陽の中、車は走る。

 赤い夕陽だ。彼らの色。昔はあんなにも誇らしかった赤色。自分たちの正しさの証明。

 

 でも、正しさとは、誇りとは一体何なのか。誰もわからなかった。

 

 

「アスラン。有史以来、人類は争いを絶やさなかった。しかし、いつの時代も平和は創られるのだ。何者かによって…。人々は、そういう存在を『救世主』と呼んだ」

 

 議長は話す。その語り口は、こちらをすべて見透かしているよう。

 言っていることは論理的に正しく、倫理的に優しく聞こえる。

 でも、傲慢さを隠そうともしないところが、少しだけ気に食わなかった。

 

「彼らに共通しているものは、なんだと思う?」

 

 デュランダルに投げかけられた言葉が頭の中を反芻する。静かな時、特に彼の声は頭に響いた。

 

 コクピットに乗り込む。無骨な配色の配線とモニター、メーターが並ぶ。別に、豪華で洒落たものが特段好きではない彼にとっては、これくらいの意匠が、丁度居心地がよかった。機械いじりが好きだったから。そんなことに、数年ぶりに気が付いた。

 

 機械いじりといえば。オーブを出る際、あの少女に挨拶するのを忘れていた。二年ほど前から、機械工学について少しばかり手ほどきをしてきた少女。オーブで被災した少女。俺たちの戦いで傷ついた少女…

 

 初めて会ったときは、独りで立ち上がることもままならなかった女の子が、どんどん元気になっていく様は。世界もよい方向に向かっているような気がして、なんだか嬉しかった。

 あんな子が、もう戦争なんかからは、無関係でいられるように。

 

『逃げるな!…生きるほうが、戦いだ!!!』

 

 俺を、楽にはしてくれなかった彼女のことを思い出す。

 

 あれからずっと、何もできていなかった。生きていたのに、死んでいなかっただけのような。そんな虚無感、寂寥感、焦燥感…

 

「俺がしたいこと、すべきこと…」

 

 戦争と無縁の…当たり前の幸せを、当たり前に送ることができる世界を。

 

 それが、俺がまだ生きている意味なのかもしれない。

 父が傷つけた、この世界で…

 

「アスラン・ザラ!セイバー、発進する!」

 

 フェイズシフトが作動し、体が赤く染まる。アスランの背中を押してくれるような、力強い色だった。

 ヒトには大きすぎる翼を広げ、世界に飛び立つ。

 自身を救世主と定義するのは、事実か。それとも驕りか。

 

 一つだけ言えることは。

 

 人を導くものと、虐げるもの。どちらも…

 

 

「有史以来。最も多くの人類を救ってきたものは、“力”なのだ…」

 

 独りごちる。この言は誰に向けた言葉か。

 

 傍らに佇む、亡き友への手向けか。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
感想、評価ありがとうございます!今後の励みになります。
感想はすべて読ませていただいております。

少しくどすぎる言い回しになり、文字数がいたずらに多くなってしまっている気がしますので、何とかしたいと思います…

話のテンポが遅いでしょうか?

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