機動戦士ガンダム SEED 運命の繭   作:ドクトリン

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明日への出航

 

「カガリさん…」

 

 カガリの乳母であるマーナから送られてきた手紙。その内容は至ってシンプルだった。ユウナ・ロマ・セイランと結婚すること、代表としての責務を果たすこと。国民が安心できるような、指導者になると…

 

「まあ、仕方ないんじゃないかね。彼女はまだ十九歳の少女だ。一人で政を行うには、あまりにも若すぎる…」

 

 そのために、セイラン家に嫁入りするというのは、理にかなっていると彼は言いたいのだろう。

 バルトフェルドが呟く。こういう時、大人の意見を積極的に出してくれるのが、彼の良いところだ。

 

 また、ユウナとの結婚は、幼少期から決まっていたことだ。カガリが良しとするのなら、もう覆しようはないだろう。

 

「これは…」

 

 手紙には指輪が添えられていた。どうやらアスランが渡したものらしい。彼に返しておいてほしいとも、手紙には書かれていた。

 

「カガリさんって、アスランさんと付き合ってるのは知ってたけど、指輪まで渡してたんだね」

 

 私は何の気なしにそう口に出してしまう。皆の反応からして、どうやらその事実は知らない人が多いようだった。

 そして、そんな彼女が別の男との結婚を選んだ。それ即ち、まあ大人の事情ということなのだろう。

 

「キラくんはどう思うの?」

 

 マリューが神妙な面持ちのキラに問いかける。

キラとカガリはきょうだいらしい。どちらが上とかは知らないけれど。

 

 …もし、お兄ちゃんが結婚するなんてことになったら、式の時、私はどこにすわるんだろう?来賓席とかに座るのかな…

 

 キラが、カガリにプライベート回線での電話を試みる。しかし、一向につながらない。五回以上かけるたが、無慈悲にも一度として電話がとられることはなかった。

 

 ひとたびの沈黙。皆して、迷っている。ここが分水嶺だと、一同は気づいていた。

 

 だから、ちょっとだけ勇気を出すことにした。

 

「電話がつながらないなら、“直接、キラお兄ちゃん”が、カガリさんに会いに行くしかないよね?」

 

 私の言。天真爛漫を装った、子供の言葉。

 擦れた大人には紡げない、無邪気の邪気。

 

 それに、皆少々驚いたり、笑ったり、若干困った顔のヒトもいたけど、皆、最後には首肯して同意した。

 

「電話が繋がらないなら、仕方がないですわね」

 

 ラクスは、キラや皆にそう語る。微笑んでいたけれど、ちょっとだけ、いつもより強めの語気で。

 ラクスとカガリは、とても仲が良かった。きっと、彼女はこの結婚に思うところがあるのだろう…

 

「うん。しょうがないね。僕は結婚する妹に、家族としてちょっとだけ顔を見せに行くだけだから」

 

 キラも、何やら吹っ切れたようだった。少しだけ笑っていた。さわやかな笑顔だった。

 

「マユもラクスも何者かに狙われている。コーディネーターには、この先オーブに居場所はない。

 まあ、拠点を移すには…絶好の機会だな」

 

 バルトフェルドが、ニヒルに笑う。少しばかり興奮している。眼差しが、いつもより邪悪になっていた。

 

「まあ、海賊が姫を…というのは、定番よね」

 

 マリューも同意し、少々困ってはいるが、苦笑するしかないようだ。

 

「マユ。一緒に、来てくれる?」

 

 キラが私に問いかける。もう、蚊帳の外ではいられない私。だから、答えは決まっていたけれど、自分の意思を表明する機会を与えてくれた。

 

「…行きたい。皆、私を連れて行って。私も、もう無関係じゃないから…」

 

 それに…

 

「私にも、できることがあるかもしれないから…」

 

 数刻後。

 キラやバルトフェルドが、何かしら覚悟を決めたように計画を練り始める。マリューも、各方面に連絡を取りだした。

 こうなった以上、彼らは一段落するまではブリーフィングを続けるだろう。ラクスと顔を見合わせ、お茶の準備を一緒にすることにした。久しぶりに二人でキッチンに立つ。

 

 ラクスが、ゴールデンルールに従い鮮やかに紅茶を淹れる。何度か教えてもらったが、不器用な私はうまくできた試しが一度もなかった。

 

 今日も今日とて、手がかかる妹に、優しい姉はいろいろ教えてくれる。

 お茶の淹れ方、コーヒーの淹れ方、クッキーの焼き方…

 私は何度も失敗しながら、何とかバルトフェルドのコーヒーを準備した。彼も「おいしいじゃないか」と褒めてくれた。

 

 空が晴れ渡る、楽しい一日だった。

 

 

 挙式当日。私は、どうやら友人枠として招待されたようだった。国の代表の結婚式に友人枠として参加できるなんて二年前は思ってもみなかった。

 

 しかし、参列はしなかった。

 

 「カガリさん、綺麗だなあ…」

 

 携帯端末で、カガリの衣装を見てみることにした。純白の、美しいドレス。身にまとった彼女はその金髪と相まって絵本のお姫様みたいだった。

 こんな肩を出したドレスは、恥ずかしいし、私みたいなのには似合わないな、なんて思う。謙遜でもなく、事実だろう。

 

 現在私は独りで、モルゲンレーテに出勤中だった。

 …正確には出勤ではなく強盗なのだが。

 

「ごめんなさい、シモンズ主任…」

 

 心の中で、シモンズ達、モルゲンレーテ社員に謝罪する。自分を雇い、身銭を稼ぐ仕事と技術をくれたヒトたち。

 彼ら彼女らに、砂をかけて出ていくことになってしまった。

 

 地下格納庫に忍び込む。バルトフェルド用意してもらったハッキング(クラッキング?)ツールで、容易に開錠できた。どちらなのかはわからない。警報が鳴らず一安心する。

 あの人は一体、何者なんだろうか?

 

 今はオーブ代表の挙式の真っ最中。ある意味、オーブという国からしたら最も祝うべき日だ。

 どうやら、企業の中には休日にしているところも多いようだった。モルゲンレーテも例にもれずその一つであり、こんなに人の気配がない社内は初めての経験だった。

 

 警察、軍もそちらの警護にかかりっきり。民間の警護部隊も、多くが新郎新婦が乗るリムジンの、民への凱旋のための道路交通整備に駆り出されており、モルゲンレーテは不自然なほどに静かだった。

 

 地下格納庫をうろうろして、あの機体の前に足を運ぶ。一番奥のドックに、補完されていた。

 あの日、私が乗り込んだ機体。戦った機体。命を預けた機体…

 

「ストライク…」

 

 彼女の願い。世界の平和。

 それを叶えたいという免罪符を用いて、私は武器をとった。

 彼女は、赦してくれるだろうか…?こんな、矛盾にまみれた私を。

 

 相変わらず、無骨なコックピットに搭乗する。ぬいぐるみの一つでも、おいてやろうか。そんな冗談が出るくらい、ちょっとばかりストレスを感じる空間だった。

 別にとりわけファンシーなものが好きなわけではないのだが、モニターや配線だけというのは気が滅入る。

 こういった意匠が好きな人とは、永遠に和解できそうもない。

 

 そうだ、と思い。あの日、カレンの父からもらった写真のうちの一枚。私と彼女の写真を取り出す。それを、右下にある丁度空いていた位置に忍び込ませた。

 

「これでよし」

 

 オペレーション・システムを起動させる。どうやら、万事完璧に整備されているようだった。バッテリーから電気が供給される。全身の駆動系が賦活化する。巨人は完全に覚醒したようだ。あと数十秒で、スターターが起動し、こいつは空を駆けるだろう。

 ストライクが、飛び立つ時を今か今かと待ちわびている様に震え出した。

 水を得た魚の様な、エサを前にしたオオカミの様な…

 

 ふと、モニターに一つメッセージが。このファイルを開けと書かれている。気になった。完全に起動するまでの僅かな待ち時間。手持ち無沙汰のため開封してみることにした。

 

 ―アンタの考えてることくらいお見通し!絶対、返しに帰って来い!!―

 

 メッセージ。恐らく、シモンズからの言葉。

 そういえば。確かに今日は、不自然なほどに警備体制が手薄だった。

 

 そうか…きっと、見透かされていたのだろう。私が、この機体を取りに来ると。

 

 もしかしたら、マリューと事前にやり取りをしていたのかもしれない。

 そして、そのために万全の整備を完了しておいてくれた。

 

 彼女に、心の中で深く深く礼をする。

 届かないだろうけれど、それでも。

 

 他に、何語だろうか?もう一つ、別のメッセージがある。

 アルファベットで記されている。英語ではない…

 恥ずかしながら学がないので、意味がわからなかった。

 

 頭を悩ませる。少しスクロールすると、ちょっと下には馬鹿でも分かるように、訳を書いてくれていた。

 彼女の気遣いと先回りに、してやられたくやしさと、ほほえましさを覚える。

 

 ―人生は短く!でも、技術は永遠だ!―

               Karen Todaka

 

 彼女が天国から私に向けた言葉なのだろうか。これを読み次第、二人のメッセージは勝手に消去された。

 

 私の技術、知識では、これを復元して読むことはできないだろう。

 シモンズも彼女も、機械工学の知識は私をして一枚も二枚も上手を行っている。

 

 キラに頼めば復元してもらえるかもしれないけれど、このあたたかい言葉は、誰にも見せたくなかった。ガキっぽいのは自覚しているけれど、独り占めしたかったのだ。

 

 それに。いま、ちゃんと心に刻まれた。だからもう振り返る必要はないだろう。

 

 少しだけ涙が出た。でも、もう情けなく泣き叫ぶのは辞めておいた。

 彼女たちの優しさに報いたかったから。

 

 ストライクのコックピットから、四肢に繋ぐ操縦桿が飛び出してくる。感性に従い、四肢を接続する。指先からつま先まで、自在に動く感覚。違和感がないのが、逆に違和感を覚える。中枢神経系が、いつもより喜んでいる気がした。元気に走り出せそうな、飛び上がれそうな錯覚を覚える。

 

 全身コントロールは良好―!

 

「マユ・アスカ!ストライク ブレヴィス、行ってきます!!」

 

 別離の言葉を。最後くらい、元気いっぱいに叫んで。

 

 もう二度と帰っては来れないだろう。

 

 さようなら、私のもう一つの家。もう一人の母。

 

 最高の友よ。

 




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