【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る   作:オタリオン

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102:この世の悪となろう(side:ジョン)

 ぽちゃ、ぽちゃと水が滴り落ちる音が響く。

 明かりは無く、天井の隙間から差し込む光だけが頼りの廃倉庫内。

 目の前には椅子に縛られて目隠しをされた全裸の男がいた。

 傍に控えていた仲間の一人が電気バトンを再び起動させて――男の体に押し付ける。

 

「アアアアァァァァ!!?」

「……」

 

 バチバチと電気が迸る音が響き、水浸しの全裸の男は絶叫した。

 暫くそれを見つめてから、僕はスッと手を挙げる。

 すると、バトンを持った仲間はゆっくりとそれを彼の体から退けた。

 

 肉の焼け焦げたような臭いに、アンモニア臭も漂ってくる。

 よく見れば、最初に掛けた水以外に色のついたものが……不快だな。

 

 眉を顰めそうになるのを堪えながら。

 僕はゆっくりと用意された椅子に座る。

 浅い呼吸を繰り返しながら、目隠しをされた彼を静かに見つめる。

 

 SAWでそれなりの地位を与えられたこの男。

 他の役職のある人間と違い、こいつには野心があった。

 他の仲間を出し抜いて自分がトップに立つのだと……くだらないな。

 

 そんな野心の所為で、この男は仲間たちから見捨てられた。

 命を狙われるような愚かな行為を犯して。

 命からがら逃げて来たかと思えば、僕たちに助けを求めて来た。

 別に助ける分には構わない。それなりの働きをしてくれた上に、必要な情報も流してくれたから。

 

 

 ――ただ、こいつは僕たちにとっての不義理も働いていた。

 

 

 男は震えながらも、何故、協力者に対してこんな真似をするのかと聞いて来た。

 唾を飛ばしながら、怒りと恐怖の混じった声で叫んでいる。

 僕はそんな彼を静かに見つめながら、答えを明かしてあげた。

 

「僕たちの仲間の情報を渡したのは――貴方ですよね」

「――っ。な、何を」

「ノイマン。彼の情報を知っているのは僕だけです。しかし、何故か。SAWの中にはノイマンを知っている人間もいた……可笑しいと思いました。災厄の事については代行者たちから聞いていたとは思いましたけど。何故、ノイマンの事を知っているのかと……探っていましたね。彼の事」

「ち、違う! わ、私は!」

「正直に話してください――誰から、彼の事を聞いたんですか」

 

 僕は努めて冷静に質問した。

 最悪、僕や他の仲間の情報は漏らしてもいい。

 それらはほとんどが偽装されたものであり、真実はこれっぽっちもないから。

 名前は幾らでも変えられて、経歴だって塗り替える事は出来る。

 しかし、ノイマンの名だけは広まってはいけない。

 

 彼にも複数の名前はある。

 しかし、ノイマンという名前だけは特別な意味がある。

 神は知っていて当然だ。そして、僕も彼の傍にいたから知っている。

 不本意だが代行者の中にも、その名を知っている者は少なからずいるだろう。

 だが、何故、ただの企業の犬如きが彼の名前を知っているのか――腹立たしいよ。

 

 静かな怒りを心の中で燻ぶらせる。

 すると、彼は震える声でその名を明かせば助けてくれるのかと聞いて来た。

 僕はキョトンとしたような表情を作りながら「殺すつもりなんてありませんよ?」と言う。

 彼はその言葉が真実であると信じ込んで、安心したように口を割ろうとした。

 

 

 ――瞬間、彼の体に異変が現れる。

 

 

「う、ぁぁ、あが―――ッ!!!?」

「――シールド」

 

 僕が言葉を発すれば、彼の周囲に小さなエネルギーフィールドが出現した。

 一瞬遅れて、彼の体が風船のように膨らみ――破裂する。

 

 びちゃびちゃと内容物が飛び散り、エネルギーフィールドに触れた肉片がジュっと蒸発する。

 口を割ろうとした瞬間に、彼の体は爆発した。

 まるで、それを明かす事は許されないと言わんばかりで……またか。

 

 見た事は三度ほどある。

 ノイマンの名を知っている人間がいて、誰から聞いたのかと聞けば決まってこうやって破裂する。

 恐らくは、小型のナノマシーンを仕込んでいたか。そうなるように、”リプログラミング”されたかだ。

 前者であるのなら、技術力を持つ人間たち全てが容疑者となる。

 もしも後者であるのなら…………何故、こんな事をする。

 

 不用意にノイマンの名を広めて何の得がある。

 この名前に価値を見出す人間は限られていて。

 そのほとんどがこの名前の意味にすら気づかない。

 それなのにだ。彼の名を広め回っている人間は、正体を明かされないようにこんな悪趣味な仕掛けを用意している。

 

 意味が分からない。それに意味なんて無い筈だ。

 

 ただの趣味か。それとも、我々に対しての挑発か……それなら、やはり代行者の中に……。

 

 僕が静かに考えていれば、隣に仲間であるミックが立つ。

 浅黒い肌に筋骨隆々の体で。

 異分子でありながら元傭兵として多くの活躍をしてきた男。

 冷静沈着であり、その濁り切った瞳で多くの命の最期を見て来た。

 根は優しく。特に子供に対しては甘い程だ。

 

「……ボス。代行者が例の男を探っているようです」

「……そうか……いや、何れは気づくとは思っていた……だが、まだ真実には辿り着かないだろう。彼の事を神自身が調べるまでは……災厄が現れるのももうすぐだろう。彼らが全てを終わらせる前に、此方も動く必要がある……ミック、お前はついてこれるか」

「……もとより覚悟は出来ています」

「そうか」

 

 周りの仲間たちが僕に視線を向けて来る。

 皆、覚悟を決めた戦士の目をしていて……なら、進もうか。

 

 椅子からゆっくりと立ち上がる。

 仲間に撤収を指示して、踵を返して去って行く。

 コツコツと靴の音を鳴らしながら、うち捨てられた廃倉庫から出て行く。

 焼けるような紫外線に、生暖かい風が吹く荒野。

 停まっていた車の扉が自動で開き、僕はその中に入って行った。

 ミックたちも車に乗り込んで、静かに発進していく。

 

 窓から見える景色を眺めていれば、後方より爆発音が小さく響き閃光が上がる。

 荒野の中にぽつんとあった倉庫の一つ。

 それが爆破されて、残骸がひらひらと舞っていた。

 

 彼は災厄を倒す事が出来るだろう。

 己の力を認識し、それを受け入れる事が出来るのであればだが。

 

 問題ない。

 ノイマンにとっては重要な鍵でも。

 僕にとっては彼という存在はそれほど重要ではない。

 あくまで保険であり、もしも計画が失敗した時の為のセカンドプランだ。

 

「……使う事が無い方がいい……でも、神は……」

 

 奴は人智を超えた存在だ。

 幾ら弱体化しようとも、その思考能力は人類を遥かに凌駕する。

 そんな人間と純粋な知恵比べで戦いを挑んでも、勝てるのはノイマンくらいだ。

 僕は凡人であり、メリウスの操縦でも知略でもエース級とは程遠い。

 

 正攻法で挑んだところで、肩に落ちた埃を払うように消されるだけだ。

 それならば、どうすればいいか――奇策で挑むしかない。

 

 奴らが想像する事の斜め上を行く。

 そうしなければ、此方の考えを読み取られて潰されてしまう。

 潰される前に進むしかない。

 気づいたが最期であり、その前に全てを終わらせる。

 

 時間を掛けている暇は無い。

 最短の時間で、より多くの駒を進めていく。

 神との勝負で勝てる唯一の方法は、奴の思考の外を突く事だけだ。

 

 奴が僕たちの考えに適応する前に……どうなる事か。

 

 僕はくすりと笑う。

 これより先は地獄であり、仲間も一般人も関係なく”大勢が死ぬ”。

 その地獄を作り出すのは僕たちで……いや、僕自身が作り上げるんだ。

 

 悲惨な未来、全てから憎まれるような仕事。

 それなのにも関わらず、僕は何故か笑っていた。

 楽しい訳じゃない。嬉しい訳でもない……ただ純粋に笑えて来るだけだ。

 

 全てが終わった時には、僕はもう何処にもいないだろう。

 大いなる使命を果たす為の代償は僕自身であり。

 それで事足りるのであれば安い物だ。

 

 

 笑おう――笑う事しか出来ないだろう?

 

 

 地獄を作り出す張本人が悲しみに暮れても意味はない。

 責任と後悔で押しつぶされているようでは、誰もついては来ない。

 笑うんだ。全力で笑い続けろ――それが僕だから。

 

 世界の敵のように、この世全ての悪として振舞え。

 そうすれば、僕の計画は円滑に進み。

 最後の仕上げで、より確実な結果が得られる。

 

 歴史に残る最大の汚点。

 神が拭う事が出来なかったシミとなろう。

 

 死して消える事のない呪いを受けようとも。

 死んだ後に苦しみしか待っていなくとも――後悔だけはしない。

 

 僕は役者(アクター)だ。

 この広い世界という舞台で自らに与えた役を演じる男。

 何の才も無い凡人が、たった一つの理想を掲げて舞台で舞う――素敵じゃないか。

 

 全ての人間が否定しようとも。

 仲間たちやノイマンですら僕を認めなくなっても。

 僕だけが己を肯定し続ける。

 全ての行動に意味があり、価値があったと信じて……幕を下ろす。

 

 車の中から見える景色。

 見渡す限りの荒野であり、整備された道や街以外はこんな光景ばかりだ。

 世界を生み出した神。そんな神が、この世界のありようをどう思っているのか。

 

 僕は知っている。

 ノイマンから聞いた話で知っていた。

 ”前の”世界は、これほどまでに荒れていなかった。

 自然があり、個性を持った景色が広がっていたらしい。

 

 古城や機械たちの墓場に。

 何処までも続く線路に、水の都……神の”心”じゃないのか。

 

 この世界は、神そのものだ。

 神の心を表すのがこの世界で。

 神の心が荒れているからこそ、荒野が広がっている。

 

 ノイマンが教えてくれた。

 過去の出来事を、神の最大の失敗を。

 そして彼女はそれを後悔し続けて――その過ちを正そうとしている。

 

 誰も間違ってなんかいない。

 全ての人間の考えは正しく。

 神の考えも僕は否定しようとは思わない。

 

 だが、それを認める事は出来ないんだ。

 

 ノイマンにはノイマンの考えが。

 神には神の目的が。

 僕には僕の理想がある。

 

 全てが叶った世界なんて存在しない。

 誰かの考えを受け入れると言う事は、誰かの希望を捨てる事に他ならない。

 誰かが我慢し続ける世界なんて僕は嫌いだ。

 それならば、その誰かが夢を見続けられる世界を僕は作りたい。

 

 世界から否定され、誰からも見捨てられた彼ら。

 残酷な世界でも抗い続けて、希望を抱き続ける彼らに――楽園を。

 

 その為なら何だってする。

 どんな事でも実行できる。

 あの日、ノイマンと袂を分かった時から決めていた。

 

 僕が死ぬその時まで、僕は僕らしく生きて見せると。

 

「……ノイマン……例え君が敵になっても……僕はもう道を譲りはしないよ」

 

 かつての親友の名を零す。

 運転席にいるミックには聞こえていない。

 車内には僕だけであり、他の仲間は別の車に乗り込んでいた。

 

 彼が今、何をしているのかは分からない。

 自分の国にいるのは分かる。だけど、彼の”今の状態”までは分からない。

 

 戦える状態でなくとも、彼は生きている。

 もしも死んでいたのなら、神が動かない筈は無いから。

 

 袂は分かったが……それでも、彼は今でも僕にとって親友だ。

 

 無事を祈ろう。

 そして、彼の残して行った彼の武運も祈りたい。

 

「……また、会うんだろうな……その時は、また一緒にご飯を……いや、どうかな」

 

 くすりと笑いながら、指で窓に触れる。

 少し温かなそれから感じるほのかな熱。

 彼と初めて会った時に食べたステーキは美味しかった……きっと彼と食べたからだろう。

 

 彼を通してノイマンの姿が見えた。

 まるで、親友と一緒にご飯が食べられたような気がして嬉しかったんだろう。

 それは幻覚で、彼は彼でしかないのに……寂しいなんて思えるなんてね。

 

 ノイマンは絶対にそんな事は思わないだろうけど。

 僕は少なからず、彼に会いたいとは思っている。

 もう二度と会う事は無いと分かっているから、寂しく感じていたんだろう。

 ナナシと会う事を決めた理由に、そんな私的なものが含まれていたと知れば仲間たちはどう思うか。

 

 窓から指を放す。

 そうして、景色から目を逸らして前を見る。

 

 もう十分だ。楽しい想いでに浸るのは――切り替えろ。

 

 役者になりきれ。

 最後まで演じきれ。

 お前は何だ。お前は誰だ。

 僕は敵だ。平和を壊す存在で――この世の悪となる者だ。

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