「……」
限界まで足を延ばし、足裏でトントンと床を叩きリズムを取る。
静かに瞼を閉じながら、流れるメロディの豪快さに思わず口角を上げてしまう。
狭いコックピッド内で好きなアーティストの音楽を聴く。
モニターに映っているのはキャンプ地で忙しなく動いている職員たちの姿で……いや、他にもいる。
メカニックやパイロット。
軍服のようなものを着ているのはカメリアの奴らだろう。
如何にもな顔つきであり、アレは恐らく十人くらいは殺っているだろうねぇ。
切れ味のいいナイフのような目つきであり、目と目が合えばすぐに噛みついてくるだろうさ。
おっかない連中であるが、アイツ等だって此処にいるのなら”奴”との戦いに参加する事になる。
過去の存在、世界の破壊者、伝説の魔王様……身が竦むような存在だ。
大金が掛かってなきゃ戦うなんて死んでも御免だが。
金払いが良い上に、あのナナシの目的でもあるから戦う事にした。
どんな化け物なのかは想像しか出来ないが、恐らくはそんな想像を軽く超えて来るだろう。
頭の後ろに両手を置きながら、速い曲調の音楽を聴き続ける。
サックスの音色に軽快なピアノの音色。
今の状況にはもってこいであり、テンションが自然と上がって来る。
大事な戦いの前に音楽を聴く事は私にとって必要な儀式だ。
どんな時であろうともテンションが上がっていなければ、いい仕事は出来やしない。
その点、音楽という文化は最高だ。
好きな音色のそれさえあれば、人間ってのは勝手にテンションをぶち上げていく。
最初に開発された電子ドラッグだって、とあるメタルバンドの曲をベースに作られたほどだ。
それほどまでに音って言うのは人間の心に作用しやすい物で――兎に角、これだけで私は良い。
「……我ながら単純な思考……ヴァンの事も笑えないね……何か用かい? 坊や」
《……俺はアサギリだ。その呼び方はやめろ。殺すぞババァ》
「おやおや? 口の利き方がなってないね。ママからマナーは教わっていないのかい? 坊や」
《……殺す。絶対に殺してやる》
通信を繋げて来たのは不知火の所のエース君だった。
短い黒髪に、死んだ魚のような目をした坊やで。
歳は聞いていないが、見た感じでは恐らくは……まだ、十代後半だろうね。
腕だけで伸し上がって来た子供で。
今まで失敗という失敗なんて無かったんだろうさ。
軽い挑発紛いの言葉で、すぐに頭に血が上っている。
ぼそぼそと殺意を滲ませているガキに笑みを向けながら、要件をさっさと言うように伝える。
すると、坊やはムスッとした顔のまま端的に用件を伝えて来る。
《……さっきの説明通り。俺がお前の護衛をする……後の三名は分析機の護衛だ……本当にアレを倒せるだけの武器があるんだな》
「何だい? 信じられなくて聞きに来ただけか。ははは! やっぱりアンタは坊やだね」
《――ッ!!》
怒り心頭と言った感じだね。
私はそんな可愛らしい野犬のような男を見つめながら指を後方に差す。
「安心しな。その時が来れば装備するよ。それまでは温存するけど……それとも、知りたくてうずうずしているのかい? 何だ。年相応に……チッ、切りやがった」
坊やを揶揄って楽しもうと思ったのに。
一人で切れてぶち切りしやがった。
やっぱり坊やだ。あぁいう奴は死ぬほど面白いから好きなんだけどねぇ。
もしも、この作戦が無事に終わればまた揶揄いに行ってやろう。
あの坊やはさっさと帰ろうとするだろうけど……楽しみが増えたね。
思いがけない出会い。
面白い人間と会えたことを喜びながら、私は静かに音楽を消した。
職員たちが慌ただしく動き回っており……そろそろか。
作戦の開始時刻まで、残り五分を切っている。
この敵さんはこの地域周辺に姿を現すらしいが……妙だね。
姿形が無いどころか。
地響き一つ鳴りはしない。
影らしきものも見えない上に、上空を何かが飛行している様子もない。
既に他の傭兵たちは集結しており。
合図があればすぐに発信できるように準備は終えてある。
さっき見たカメリアの兵士らしき奴らも自分たちのメリウスに乗り込んでいた。
職員からは何時でも出撃できるように待機しているように言われたが……何処にいるって言うんだ。
写真で見た限りでは、大きな建物よりも遥かに高い巨体で。
並のメリウスの四倍以上は軽くありそうだったが。
そんなものが陸上を歩行すれば、少なくとも地響きの一つくらいある筈だ。
いや、それが無かったとしても何処からか来れば誰かしらが発見して連絡してくる筈。
にも拘わらず。奴らは私たちに何の連絡もしない上に、カメリアの兵士ですら今メリウスに乗り込み終えたくらいだ。
……アイツ等の出番はまだ先か……となると、姿の見えないSAWの私兵は……。
カメリア兵の姿は確認済みだが。
SAWの私兵らしきものは誰一人いない。
いるのは輸送機やメリウスを誘導する為の職員やレーダーユニットなどを確認している人間くらいで。
その他は傭兵たちのバックアップの為に集まった他会社のメカニックや補助員程度だろう。
奴らは何処にいる。
そして、隠し持っている秘密兵器は何処だ……?
謎の多い連中であり、不気味にすら思える。
爪を隠す獣は知っているが。此処まで露骨に隠そうとする奴らはそんなに知らないよ。
露骨過ぎて臭ってくるほどで……いや、いい。
アイツ等が何処で待っていて、何の機会を伺っているのかなんてどうでもいい。
精々、どこぞでふんぞり返ったまま私たちが奴を仕留めている所を見ていればいい。
全てが終わった後に待っているのは、手柄を立てた私らに対して見合うだけの報酬を支払う作業で……たんまりとふんだくってやるよ。
私はくつくつと笑う。
そうして、モニター越しに見える荒野を見つめて――何だ?
センサーが何かの反応を捉えた。
レーダーも小さな熱源をキャッチしている……メリウスじゃないね。
メリウスほどの熱源ではない。
大きさも人くらいであり、これは……っ!!
センサーをズームさせる。
すると、遥か先の荒野の上に何かが集まっている。
黒い球体状の何かが出来上がっていて、そこからバチバチと電流のようなものが迸っていた。
距離は十キロ……熱源反応は……上がっているッ!
熱量が増大している。
それも急激な上昇であり、黒い球体の大きさもどんどん跳ね上がっていた。
職員たちも双眼鏡でそれを確認したのか。
慌てて持ち場へと戻り、レーダーユニットをフルで展開し始めた。
レーダーユニットとリンクすれば、より鮮明に謎のそれの反応が鮮明に分かった。
メリウスを超えるほどの熱源反応。
その大きさは最初の小ささから大きさを増して――今では、大型の輸送船すら飲み込んでしまうほどだ。
バチバチと激しくスパークするそれ。
メリウスに乗り込んでいた傭兵たちもオープン回線越しに慌てふためいている声が聞こえて来た。
私はそれを聞きながら、指示を待つ事無くスラスターを点火し何時でも飛べる準備を進める。
通信を繋いで坊やに話しかけた。
「アレが敵だ。準備は良いかい!?」
《もうやってるッ!!》
「そうかい。なら、行くよ――ッ!!」
下には人の姿はない。
周りから人がいなくなった事を確認してから、スラスターを噴かして一気に上空へ飛ぶ。
私たち以外にも傭兵たちは空中に飛び上がっていて。
ヴァンたちの乗った輸送機や他の輸送機も勢いよく飛び上がっていた。
誰しもが野生の勘のようなもので危機を察知した。
この判断が正しかったのか――ッ!!
ぞくぞくとかつてないほどに悪寒が走る。
全身の毛が逆立つほどの何か。
殺気のような何かであり、私は迷うことなくレバーを操作し一気にブーストした。
可能な限りキャンプ地から距離を離す。
坊やも一瞬遅れて私を追って来ていて、他の傭兵たちも散開している。
よく見れば、まだキャンプ地から発進していない馬鹿もいる。
「まず――ッ!?」
黒い球体が光る。
瞬間、一筋の光が一直線に進み――通過していった。
轟音が響く。
火柱のようなものが沸き上がり、視界が眩いばかりの閃光で埋め尽くされた。
大地が大きく裂けて、キャンプ地にいたメリウスもレーダーも一気に消滅する。
私は凄まじい突風に耐えながら、姿勢を安定させる。
何とか機体を持ち直しながら、私はキャンプ地を見て――鳥肌が立つ。
そこには確かにメリウスや多くの人間たちがいた。
そこから指示を出してくれる筈の職員たちやメカニックがいた筈だ。
それなのに、そこには何も無い……いや、”黒い大きな線”だけが走っていた。
真っ黒く焼け焦げ、赤熱してドロドロに溶けた砂。
空中にはテントの一部が舞っていて――たった一発の攻撃で、全てが消し飛んだ。
黒い線は奴の下から十キロ離れた此処まで続いている。
あり得ない。これほどまでの高威力のレーザー兵器が存在したのか。
私は恐怖を覚えそうになりながらも、すぐに頭を切り替える。
死んだ奴らに対しては運がなかったとしか思えない。
だが、まだ多くの傭兵が生き残っている上に、カメリアの精鋭たちもいるんだ。
アイツ等、後から悠々と乗り込んでいたのに私たちよりも早くに飛び立っていた……流石だね。
後方には無数の輸送機が飛んでいる。
奴から距離を取る様にこの空域から離れて行っていた。
その中にはヴァンたちが乗っていたものもあり、ひと先ずは安心だ。
……もしかしたら、弱点を見つける前に、アレが必要になるかもしれない……アレを見ちまったんだ……余裕なんて無いよ。
私はたらりと額から汗を垂らす。
そうして、ヘルメットのシールドを展開しながら。
ぐにゅぐにゅと姿を変えていくそれを見つめていた。
巨大な球体から何かが生えて来る。
それがゆっくりと地面について大きな地響きが起きた。
大地が揺れている。そしてその重さに耐えきれず亀裂が走って行った。
砂埃が大きく舞い上がり、散開していた地上を走行しているタンク型のメリウスたちが慌てていた。
巨大な何かが二つ伸びていき、手の形を成していく。
その先にさらに細長いものが生えて、巨大な腕として顕現した。
頭部も出来上がり、その中心に血のように真っ赤な光が灯る。
恐怖。心の底から湧き上がる――恐れ。
奴と目が合った瞬間に、全身の毛が逆立つ。
かつてないほどの悪寒が走り、呼吸が乱れそうになった。
直感で理解した。アレが災厄なのだと。
私は硬直しそうになる体を無理やりに動かして、奴へと向かって加速した。
坊やも遅れて後に続き、他の傭兵たちも加速した。
災厄だから何だ。私たちはアレと戦う為に――此処に来たんだろッ!!
恐怖を塗り替えるように闘志を燃やす。
そうして、奴の真っすぐに狙いながらサイトを合わせる。
いや、こんなの要らない。何処を狙おうとも当たりであり――外れる筈がないッ!!
ボタンを押して弾丸を放つ。
衝撃が伝わって来てマズルフラッシュが発生する。
発射された弾丸は空中で分離し勢いよく飛翔。
敵の装甲に当たり――爆ぜた。
加工が難しい爆裂徹甲弾であり、威力は本物だ。
少しの衝撃であろうとも大爆発を引き起こすもので。
敵機体の奥深くにまで食い込むそれは、敵の内部で強烈な爆発を起こす。
巨大な災厄の装甲に大きな爆炎が上がっていた。
仲間たちは私の攻撃を見て一斉に攻撃を仕掛けた。
バズの砲弾にエネルギー弾。
地上のタンクからの徹甲弾の斉射――まるで、花火だ。
巨大な奴は棒立ちだ。
撃ってくださいと言わんばかりの的であり。
皆は恐れを拭い果敢に攻撃を仕掛けていた。
私も出し惜しみせずに攻撃を仕掛けて――何だ?
敵の砕けた装甲が地面に落ちていく。
そして、その破片がぐにゃりと動いて――人型に変わった。
「――あれかッ!」
人型になったそれは、スラスターのようなものを勢いよく噴かせる。
そうして、空中を飛行するそれらは隊列を組んで襲い掛って来た。
敵はライフルやブレードのような物を持っていて――弾が発射された。
「冗談ッ!!」
敵の銃弾を回避。
すれ違いざまに敵のスラスター目掛けて弾丸を見舞う。
敵はそれを避けられず。スラスターに被弾した部分から爆炎が上がった。
砕け散った残骸が宙を舞い。別の敵はそんな仲間には見向きもせずに襲い掛かって来る――ッチ!
敵から逃れながら、ライフルを畳む。
そうして、腰部に取り付けてからハンドガンを装着した。
迫りくる敵に狙いをつけながら弾を発射。
しかし、敵は私の攻撃が見えていた。
ひらりと回避し距離を詰めてきて――こいつ!!
緩急をつけるような動き。
まるで、此方の狙いを態と外させるような動きで。
そんな敵の動きを見ながら、機体をブーストさせて弾を乱射した。
敵は踊る様に機体を回転させて弾を回避し――下から散弾をぶち込まれた。
残骸が上へと吹き飛び。
現れた草色のメリウスが私の横に並び立つ。
その手にはポンプ式の大型ショットライフルが握られている。
ガシャリと腕を動かせば、空薬莢が排莢されて宙を舞う。
胴体が大きく手足が細長いずんぐりとした形状の機体。
背中には円形上のバックパックを積んでおり、十字方向に延びるスラスターが四ついていた。
《大丈夫か?》
「まぁ何とかね……このまま攻撃を続ければ、もっと厄介な事になりそうだ」
《そのようだな……と言っても、アイツ等は聞く耳持たないぞ》
「だろうね……皆、手柄が欲しいんだろう」
敵からの攻撃を回避しながら、坊やと一緒に宙を舞う。
背中を預けられるほどじゃないと思っていたが訂正するよ。
この男は間違いなく一流であり、射撃センスはかなりのもだ。
私と会話をしながらも、慣れた手つきで迫りくる敵の攻撃を捌いていた。
ブーストし回避。半身をずらしてブレードを回避し、散弾を見舞う。
戦い慣れしており、死んだような目も伊達ではないんだろう。
私は坊やの戦いを見ながら。
彼に死角から迫った敵に弾丸を放つ。
ガスガスと音を立てて、空中でバラバラになったそれ。
坊やは礼も言わずに飛んでいく……どうやら、分かっているみたいだね。
私の護衛の任を与えられていたが。
この状況では護衛何て出来やしない。
いや、もっというのであれば護衛が必要になるのは今じゃない。
カグツチを装備した時こそ護衛は必要になるが、今は他の味方の生存率を上げる作業に徹した方が良い。
少しでも多く味方を生き残らせる事が出来れば、この難局を突破する道も見えて来る。
最悪の場合、私たちは奴へとダメージを与える事が出来ればいいんだ。
多くを求めなければ道はあるが……アレにダメージが届くかどうか。
何も分かっていない馬鹿どもは、まっさきにアレに攻撃を仕掛けていた。
無駄に弾薬を消費し続けて、此方に敵を送り込ませている……笑えないジョークだよ。
通信機越しに聞こえている声から、ダメージが通っていると息巻いているうようだが。
どう見ても喰らっている様には見えない。
砕けた装甲の一部が落ちて、それがメリウスの形となり此方に向かっている。
状況は悪くなる一方であり――爆発音が聞こえた。
見れば味方の一機が墜されたようだった。
スラスターを破壊されてひらひらと落下し、コックピッド部分が勢いよく射出された。
球体状のそれが宙を舞い。地面へと激突する手前で空気を噴出し衝撃を和らげる。
生き残った傭兵は近くにやってきた車に乗り込もうとして――危ないッ!!
メリウス擬きが狙いを定めて弾丸を放つ。
呑気に逃げようとしたそれに当たり、車はズクズクに溶けた……甘くはないね。
逃げようとしても確実に殺しに来る。
まるで、人を積極的に殺すマシーンであり、笑いがこみ上げて来る。
殺意があるのなら、アイツ等も恐怖を感じるんだろう――だったら、やりようはあるッ!!
空中を飛びながら機体を回転。
背後から迫った敵の弾丸を回避した。
そうして、連続してブーストをしながら奴らを引き離そうとする。
しかし、奴らも此方と同じようにブーストしてくる。
敵味方が入り乱れる戦場で、視界に迫る敵や味方を避けていく。
奴らもそれらを回避しようと上昇し――弾丸を見舞う。
連続して弾丸を放てば、頭部と胴体部に命中。
一機を撃墜し、残りの一機が迫り――横からの砲弾で吹き飛ばされた。
その場から離れながら見れば、カメリアの機体が肩のキャノンで敵を墜としてくれた。
そいつは此方に見向きもせずに、他の傭兵を助けに向かう。
どうやら、私たちと同じような考えで動いてくれる人間もいるらしい。
少しでもいてくれるのなら十分だ。
私は無数の炸裂音が響く空中を飛びながら、味方を襲う敵へと接近し――弾丸を放つ。
すれ違い様に、ブレードを振りあげた敵の胴体に三発ぶち込む。
敵は機体を弾けさせながら、残骸を周囲に飛び散らせた。
《あ、ありがとう!!》
「……どうも」
気だるげに返事をするが聞こえてはいない。
私は通信を受信はしているが、此方の声は一切届けていない。
間抜けは慌てて襲い来る敵から逃げていく……アレもSAWが?
恐らく違うだろう。
本命で呼ばれた傭兵の所属する会社が、数合わせで呼んだだけかもしれない。
そうでなければ、一々、戦場で味方に礼を言うようなバカがいる筈がない。
私は悪態を吐きそうになるのを堪えながら、ペダルを踏み加速する。
視覚外からも飛んでくる弾丸。
センサーによる感知と警告を聞きながら回避。
スリルのあるフライトであり、これくらいでなければ張り合いがない。
あんな化け物をすぐに殺せと言われれば肝が冷えるが……やれるだけの力はある。
私はニヤリと笑う。
そうして、ゆっくりと進み始めた巨人を見つめる。
「どっちが勝つか――勝負と行こうか。
心を奮い立たせ、猛然と進む。
迫りくる亡者の群れをよけながら弾丸をぶち込み。
私は笑みを深めながら、体温を高めていった。