コツコツと足音が響き。
目の前を歩く碧い獣の背中を押しながら進む。
扉の前に立てば自動で扉がスライドし、中へと入れば既に全員が集合していた。
オート操縦にて進む輸送機内。
皆が俺からの通信を聞いて、操縦ルームに集まっていた。
操縦席にはミッシェルとヴァンが座っている。
本当であれば、イザベラたちはヴァレニエにて待機してもらうつもりだったが。
彼女たちは不穏な気配を感じていた様であり。
気づいたら全員が乗り込んでいて、メカニックもパイロットも全員集結している。
イザベラは車いすに座りながら、訝しむような目を碧い獣に向けている。
ライオットやドリスは不安げな表情を浮かべていた。
双子の姉妹は平常運転であり、ボケっとした顔で窓から見える景色を見ていた。
アフロ頭のベックは今にも吐きそうな顔をしていて……碧い獣だと紹介しなければ良かったか?
誰しもが名を知っているほどの存在だ。
こいつの強さもそれだけ知られている。
もしも、此処でこいつと戦闘になれば無事では済まないだろう。
それを知っているからこそ、誰しもが警戒心を抱いている。
本当なら操縦席に案内はしたくなかったが、オートでも誰かしらは操縦席に座っていなくてはいけない。
少々狭く感じるものの、俺は壁に付けられた畳まれた席を展開してからそこへと碧い獣を座らせる。
ミッシェルとヴァンが操縦席に座って、反対の壁の席に姉妹とアフロ。
こちら側にはドリスとライオットが座っていて、その真ん中にこいつを座らせた。
両手は拘束した状態であり、不便に感じるだろうがそのまま前で組ませた状態にしておく。
全員が一か所に集まっていれば、不測の事態にも対処できる。
メカニックであるアフロたちでは心配だが。
パイロットして訓練を受けて来た二人なら、対人戦も問題ないだろう。
もしも、何方かが人質に取られれば危険だが……その為に、俺は手に”拳銃”を握っている。
操縦ルームでこんなものは使いたくない。
だからこそ、すぐにライオットにナイフは持ってきたか尋ねる。
彼はすぐに俺にナイフをケースごと渡してきて、俺はそれを受け取ってから抜き放つ。
拳銃をホルスターに戻してから、妙な真似はするなと警告をする。
すると、奴は静かに頷いて大人しくしていた……本当に俺を信用しているのか?
訝しむような目を向けつつ。
俺は何から質問すべきかを考える。
碧い獣のメリウスは既に格納していて。
武器らしきものが無いかは俺がチェックした。
体を触ってチェックをすれば、何故かマスク越しにこいつの荒い鼻息が聞こえて来た。
恐らくは、俺のような人間に体を触れるのが神経に触ったんだろう。
俺はボディチェックを手早く済ませてから、安全の為にこいつの両手を拘束した上で連れて来た。
と言っても手錠何てものは持ち合わせていない。
精々が置いてあった結束バンド程度であり……まぁ気休め程度にはなるだろう。
碧い獣を椅子に座らせる。
そうして、奴の正面に立ってから何が目的か話すように言おうとした。
が、その前にヴァンが奴へと質問をする。
「何で此処に居る……リスクを承知でか?」
「……事情が変わった……ノイマンから我が弟に頼みがある」
「……アイツが俺に? 何をさせるつもりだ」
俺は警戒心を跳ね上げる。
まさか、神との接触によって俺が何を企んでいるのか気づいたのか。
あり得る話だ。何せ、奴は複製体とはいえ神と同じ能力を有している。
この展開だって見えていた筈だ。
だからこそ、碧い獣を使って先手を打ってきたのか。
碧い獣はゆっくりと説明する。
「……我々の元同胞が、妙な行動を取り始めている。奴はノイマンの右腕だった男で、唯一ノイマンが心から信頼していた人間だ……ノイマンは全てを明かさないが。この男が成そうとしている事は、我々にとって大きな障害となるだろう……私からも頼む。どうかお前の言葉でこの男を説得し、我が祖国”シャンドレマ”に連れ帰って欲しい」
「…………ノイマンの右腕か…………目的は分かった。だが、何故俺なんだ。そんな男は俺は知らない」
「――いや、知っている。お前は既に会っているのだから」
「……は? 何を言って……」
碧い獣は両腕を拘束されながらも、俺を見上げて来る。
マスク越しに奴から感じる視線は妙に熱っぽく。
敵意や怒りではなく、信頼や期待を感じるようだった。
俺は得体のしれない感情を向けて来る奴を見つめながら考える。
かつて、俺が出会った人間の中で。
ノイマンを知っている人間がいただろうか。
数は限られている……いや、そもそもがノイマンと言う単語自体、聞く事が限りなくゼロに近い筈だ。
そのワードを出してきた人間は、碧い獣を除けば神くらいしかいない。
あのベン・ルイスですらその名を俺には言ってこなかった。
知っていたのかは分からないが。それだけ気軽に言える名ではないと分かる。
こいつと神以外から聞いた覚えはなく、そもそもが誰も……いや、待て。
思い出した。
いや、最初から憶えていた事だ。
ノイマンという言葉を聞いたことは無かったが。
明らかに普通の人間とは違う存在がいた。
異分子でありながら、警官の測定器による診断を潜り抜けて。
それでも、自分は異分子であると明かした上で、俺に情報を渡してきた人物。
碧い獣について知っていて、ハイランダーと呼ばれる存在も当然のごとく知っていた。
今思えば、奴はどうやってその情報を知ったのか謎だった。
異分子でありながら、測定器を誤魔化す方法を知っていて。
俺の知らない世界を見ているようで……そうだ。アイツだ。
もしも、もしもだ……奴がそうであるのなら……奴の言っていた古い友人は……。
「ジョン・カワセ……奴の言っていた古い友人は……ノイマンの事だったのか」
「……流石だ。それでこそ、我が弟だ」
碧い獣はくすりと笑う。
そうして、奴はジョン・カワセについて説明を始めた。
「奴の名前は色々あるが……今はジョン・カワセと名乗っているらしい。奴は元々、ノイマンの右腕として活動し。異分子の国を起ち上げたのも奴の力があってこそだ」
「待て、ノイマンじゃないのか?」
「ノイマンも関わっているが。その時は父は神との縁も切れていなかった。無暗に動けなかったノイマンの代わりに、奴が異分子の国を作り上げる為に西部にて活動し、短期間で隣国を纏め上げてシャンドレマを建国した。ノイマンの逃亡を助けたのも奴であり、私自身も奴のお陰で命を救われた」
「……そんな事をして、神は気づかなかったのか?」
「分からない。気づいていた可能性もあるが、奴は世界へと自ら干渉する事はしない。代行者を動かさない限りは、知っていてもすぐにその計画を潰す事は出来なかっただろう。ジョンは優秀な男だった。だからこそ、神も奴が国を作り上げる計画を潰す事が出来なかった。異分子だけで構成される国を作ったのも、全ては神の管理下から完全に外れる意思を示す為だった」
碧い獣は淡々と説明をする。
つまり、異分子が自分たちの国を作る程度では干渉する事は無かった。
ジョンは最初からノイマンを王として迎える準備はしていたが。
奴は自らの手腕でそれを巧妙に偽装し、悟られないようにノイマンを神の元から逃がす策を打っていた事になる。
言葉で言うには簡単だが、神を出しぬく事が一度でも出来たと言うのであれば……恐ろしい奴だ。
底の見えない奴だとは思っていたが。
まさか、これほどまでの大物だったとは想像もしていなかった。
そんな大物を俺の言葉で説得しろだなんて……本気か?
どう見ても、成功する可能性は低い。
そもそも、俺はジョンとの関りが薄いだろう。
会って話しをしたのも、北部に行っていた時だけだ。
二回だけであり、まだ俺ではなく碧い獣が説得した方がいい気がする……いや、違う。
「……何で、ノイマンは自分の言葉で説得しない……まさか、出来ないのか?」
「……ノイマンは動けない。映像であろうとも、無暗に彼の姿を映す事は出来ない……この世界で生きる限り。神との縁を完全に絶つことは出来ないんだ……これで分かってくれるか?」
「……つまり、神の探知を恐れてか……それと、お前の説得にもジョンは絶対に応じないからと言う事か……だから、俺だと? 意味が分からないだろ」
明らかに可笑しい。
こうして姿を見せて接触して来ている事自体、かなりのリスクを背負っている筈だ。
ヴァンが最初に質問した通りなんだ。
それを承知の上で、何故、俺でなければいけない。
俺が説得すれば、奴は考えを改めると本気で思っているのか?
俺は眉間に皺を寄せながら、黙ったまま俺を見つめるこいつを不気味に思う。
こいつは何を考えている。こいつには何が見えている。
ノイマンは俺に期待をしているのか。期待をした上で、俺を駒として見ているのか――ふざけるな。
何処まで行っても、奴は俺を利用したいのか。
人生を狂わし、掛け替えのない俺の両親を死に追いやり。
それでも尚、俺に動けと命じるのか。
俺は強く拳を握る。
もしも理性で抑えていなければ。
俺はとっくに目の前のこいつを殴っていただろう。
それはダメだ。
怒りに任せて暴力を振るうのは獣と同じだ。
耐えろ。耐えて繋げるんだ。
こいつらが俺を頼ってきたのであれば、それを利用しない手はない。
駒としてしか見ていないのであれば、俺もこいつらを駒として使ってやる。
「……分かった。結果何て目に見えている。それでもいいなら協力してやる」
「え!? マジで言ってんのか!?」
「ベック……だが、俺も同じだぜ、ナナシ。本気でこいつらに協力する気か? 明らかにやべぇだろ……せめて、そのジョンについてもっと詳しく話せ。お前たちの言う障害になる事って何だ? そもそも、そいつは今何をしているんだよ」
ベックが悲鳴交じりの声を上げる。
ミッシェルはそんな彼を宥めてから、冷静にジョンの情報を渡すように言う。
「ジョンは今、”
「……分からないな……アイツは同胞たちの楽園を作ると俺に言っていた……そんな事をしても、異分子の立場を更に悪化させるだけじゃないか」
「……やはり、そう思うか……何も分からない。だが、きっと意味がある筈だ……少なくとも、お前に接触したという事は、まだ理性が残っている証拠だ」
碧い獣をそう言うが。
無差別に近いテロを繰り返す奴の心に本当に理性が残っているのか。
街のチンピラにも不用意に近づいて危うく刺される所で……いや、アイツは何も起きないと分かっていたか。
何かが見えているんだろう。
その何かは碧い獣にも俺にも分からない。
唯一それを知っているノイマンも、こいつに答えを明かさない。
じれったい上に、無駄に思える事をさせておいて……ノイマンもジョンの事も、理解する事なんて出来やしない。
俺はノイマンを殺す。
その為なら、理解できない相手であろうとも理解する努力はしてやる。
引き受けると言ったんだ。どうせ、もう後戻り何て出来やしない。
「……それで? アイツが何処に現れるのかは、見当がついているのか? まさか、これから探すんじゃ……」
「いや、それは無い。大体の目星はつけてある……本当に現れるかは定かではないがな」
碧い獣はゆっくりと立ち上がる。
俺はナイフを構えながら警戒する。
すると、奴は無言で結束バンドを切る様に訴えかけて来た。
信用はしていない。
そもそも、ノイマンを殺すのならこいつも敵になる。
このまま拘束しておいた方が、精神衛生上は良いが……やむを得ないな。
俺は奴の手を掴む。
そうして、手首同士を結んだ結束バンドを切断する。
奴は手首を軽く摩ってから、ゆっくりと操縦席に座るヴァンに近づく。
奴が横に立てば、ヴァンは視線を向ける事無く表情を強張らせていた……?
「……座標を送る。その通りに進め」
「……分かった」
短いやり取りの中で。
奴がマスクからコードを伸ばして機材に繋ぐ。
そうして、座標のデータを送れば、その場所がモニターのマップに表示された……南部か。
南部地方の何処かであり。
山脈の麓あたりか……こいつらにはうってつけの場所だな。
「……あ、あのー」
「……何だ」
黙って聞いていたドリスが手を上げる。
碧い獣はゆっくりと視線を向けた。
奴がマスク越しにドリスを睨みつけているように感じる。
彼女もそんな空気を敏感に察知してびくりと肩を跳ねさせる。
ドリスはそわそわしながらも、気になっていた事を告げる。
「えっと、これから一応は……仲間になる訳ですし……その何て呼んだらいいのか……それと、そのジョンさんを探すんだったら、そのマスク姿でうろつくのは少々目立つんじゃないかと……す、すみません!」
「…………私の顔が見たいか?」
「……何で俺に聞くんだ」
碧い獣が俺に視線を向ける。
何故か、熱っぽい視線が更に熱くなった気がした。
まるで、目立つとかどうこうよりも、俺に素顔を見せたいような聞き方で……でも、そうだな。
こいつの名前や素顔を知っていれば、接し方も工夫が出来る。
今の状態でもそれなりに信用されているんだ。
もっと懐に入れば、ノイマンにもすぐに会わせてくれるかもしれない。
神の話では、奴を殺した後の死体はどうとでもなるらしい。
恐らくは、あのベン・ルイスが使っていたような特殊な移動装置で運ぶんだろう。
俺の中の鍵も必要なら、俺も合わせて回収してくれる筈だ。
問題なのは、ノイマンと会う前に仲間たちを逃がしておく必要がある必要がある事で。
可能であれば皆にはヴァレニエに残っていて欲しいが……いや、それはまだいい。
考え事をしたせいで、碧い獣が不機嫌そうにしている。
俺は何故か奴に対して謝ってしまう。
「……名はSQだ」
「……それはコードネームか何かか?」
「親衛隊になる時に、我々は名を捨てる。だからこそ、これが今の名だ」
「……そうか……お前が良いのなら……その……素顔を見せてくれないか」
「――!!」
奴は凄まじい勢いでマスクに手を掛けた。
驚くべき速さであり、何かのスイッチを押してガシュリと空気が抜けるような音がした。
奴はゆっくりとマスクを脱ぎ――!
「わぁ」
「やべぇ」
「きれぇ」
皆が驚きのあまり感嘆の息を漏らす。
奴がマスクを脱げば、ふわりとブロンドの髪が出て来る。
綺麗に肩口で切り揃えられた黄金色の髪は美しく。
奴の切れ長の瞳は俺と同じ青色をしていた。
小さな顔にパーツの一つ一つが恐ろしく整っていて。
男の身なりのように見えた服装と奴自身の顔も相まって男装の麗人だ。
そう男装であり――奴は”女”だった。
似ていない。全く俺と似ていない。
俺は奴が兄弟だと言っていたから男だと思っていた。
なのにその下は恐ろしく整った女の顔で。
俺は呆けたような顔でただただ奴の顔を見ていた。
「……ようやく、直接お前の顔が見られた……嬉しいぞ。ナナシ」
「……兄弟……いや、姉か……俺たちには血縁関係なんて無いよな?」
「無い。私の生まれとお前の生まれは違う」
「……じゃ、お前は赤の他人じゃ」
「――姉だ。私はお前の姉だ。それ以上でもそれ以下でも無い」
「いや、違うだろ? だって似て」
「――同じ力を持っている。そして同じ使命を持っている。そして、私はお前を愛している」
「……だ、大胆ですね!」
「……」
碧い獣は堂々とこっぱずかしい事を言って来た。
思わずドリスは両手で口元を抑えて感動していた。
姉妹も窓の景色を見ていたのに、今では面白そうに眺めている。
ミッシェルも操縦桿を握りながら、渋そうな顔をしていて……はぁ。
「……まぁ、どうでもいい」
「――どうでも良くは無い。私はお前の唯一の姉だ。姉なんだ。見ろ、お姉ちゃんだぞ」
「…………警戒していた俺がバカだった…………もう、姉で良いから。黙っていてくれ」
「分かった。お姉ちゃんは黙っている。何かして欲しかったら遠慮なく言え。膝枕でも耳かきでも添い寝でも」
「――静かにしてくれ。頼む」
「……」
口をようやく噤んでくれた
俺は疲れたから少し休んでくると伝える。
ヴァンは乾いた笑みを零しながら手を振り。
ミッシェルも着きそうになったら起こすと言ってくれた。
俺はそれに礼を言いながら、扉を開けて操縦ルームから出る。
コツコツと足音を響かせながら廊下を進み。
仮眠室の前に立ち扉を開ける。そうして中へと入った。
扉は勝手に閉められて、俺は無言でベッドを展開しその上に体を横たわらせる。
毛布に手を伸ばそうとすれば、別の手が毛布を俺の体に優しく掛けて来た。
俺は天上を暫く見つめてから、椅子に座っている馬鹿を見つめる。
「何でいるんだ?」
「――姉だからだ」
「……もう、いいよ……うん」
曇りの無い眼で意味不明な事を言う女。
こんな奴が誰もが恐れる碧い獣で。
俺もイザベラでも敵わない鬼のような強さを持ったネームドパイロットなのか。
あり得ないし、あり得て欲しくも無かった。
俺の頭は混乱の極みであり、静かに瞼を閉じる事しか出来ない。
馬鹿からの熱い視線を感じながら、俺は悪夢を見ない事を静かに願った。