「……待たせたな」
ガチャリと扉を開けてSJが入って来る。
その手には端末らしきものが掴まれていた。
奴は後ろ手に扉を閉めてから鍵を掛けて、ゆっくりとそれを持って近寄って来た。
その端末は普通の携帯型と呼ぶには大きすぎた。
PCのようなものと一体化しており、無線のようなマイクが取り付けられてある。
SJはそれを机に置いてから、台となっている部分につけられた三つのスイッチをパチパチと入れて起動した。
畳まれていたそれを展開すれば画面には線のようなものが出現し、波のように揺れ動いていた。
モーターの駆動音のようなものが静かに響いて、SJは俺にアドレスを言うように言って来た。
俺は端末を取り出してから、これだと奴に見せる。
奴は一瞬でアドレスを暗記し、パチパチと入力していく。
「……良いだろう。後はお前がやれ。念の為に、会話は此処にいる全員に聞こえるようにする。いいな?」
「……あぁ、それで構わない」
「分かっているだろうが……余計な事は言うなよ?」
低い声で警告するSJ。
俺は静かに頷きながら、奴から渡されたマイクを取る。
奴は俺を睨みながら、通信を繋ぐ為のボタンを押した。
コール音が響き、俺はマイクを口元に充てながら待つ。
ワンコール、ツーコール、スリーコール……出ないな。
何故、出てくれないのかと思ったが。
知らない番号から電話がかかって来れば、誰であれ警戒するだろう。
相手は刑事であり、警戒心は人一倍強い筈だ。
俺は暫く待ち……繋がった。
《……誰だ?》
「ケーニッヒ・グリント警部。俺だ。ナナシだ……別の端末から掛けているが信じて欲しい」
《……ケーニッヒ? そんな奴はうちにはいねぇはずだが》
「……? 何を言ってるんだ。ビントス機械工房の爆破事件で会っただろ。聞きたい事があるから掛けたんだ」
《……はぁぁぁ。んだよ……お前、ナナシ本人か? ビビらせんなよなぁ、全く》
電話の先でグリント警部は安堵していた。
恐らくは、さっき惚けていたのも俺を試す為だろう。
職業柄人を怪しむのは当然だろうが……こんなにも警戒するものなのか?
何だか様子が変だ。
俺はそう思って、グリント警部に何かあったのかと質問する。
すると、彼は気まずそうに言えないとだけ言って来た……守秘義務か。
「……分かった。無事ならそれでいい……それで、本題に入っていいか?」
《……あぁ。何が聞きたいんだ? まさか、あの神父の事を》
「いや、それは片付いた。要件は別だ」
《片付いたって……いや、いい。俺も詮索はしない……あぁ悪い悪い。続けてくれ。で?》
「……あの工房で見つけた煙草の吸殻の中身の……黒い何かを憶えているか?」
《――! あ、あぁ……それがどうした?》
声で分かるくらいに動揺した。
仮にも刑事が此処まで動揺したと言う事は……守秘義務に関係する事か。
「アレを調べるって言ってたが……進展はあったか?」
《…………あった。だが、詳しい事は聞けなかった》
「聞けなかった? それはどういう」
《……調べていた鑑識たちの話じゃ、神の遣いを名乗る連中が調べている途中で奪っていったらしい。分かった事も口外するなってさ……興味本位で奴らについて調べようとした奴もいたが。そいつらは今じゃ行方知らずだ……悪い事は言わねぇ。この件には関わらない方がいい》
グリント警部の声は少し震えていた。
本能から恐怖を感じているんだろう。
これ以上聞くのは酷かもしれないが……SJを見る。
その目が聞けと言っている。
此処で何の収穫も得られなければ、こいつらから何をされるか分かったものじゃない。
最悪の場合、SQに守ってもらうしかないが。
それでは、ノイマンへと続く道が絶たれてしまう。
何としても奴らの信用を勝ち取り、ノイマンに繋げなければいけない。
「……グリント警部。無理は承知だ……頼む。知っている事を教えてくれ」
《おいおい。俺の言った事が聞こえなかったのか? この件は明らかに》
「――大きな事件が起こるかもしれない。沢山の人間が死ぬ」
「――ッ!!」
「待て」
SJが短刀を抜き襲い掛ろうとしてきた。
しかし、寸での所でSQがそれを止める。
冷や汗が頬を伝い流れ落ちていく。
俺は心臓の鼓動を速めながらも、警部に呼びかけ続けた。
「此処で俺に話しておかなかったら。アンタは後悔する……俺も後悔する」
《……俺を脅すのか? そいつは立派な犯罪だぜ?》
「……時間が無いんだ。罪かどうかは後で聞くよ。だから、今は」
《…………あぁくそ。厄介な奴に連絡先を教えたばっかりに……絶対にその事件について後で教えろよ! 絶対だからな!》
「――! あぁ約束する!」
グリント警部はようやく決意してくれたようだった。
SJは舌を打ちながらも椅子に座り直して。
俺は耳を済ませながら、警部からの情報を待つ。
《結果だけ言うが。調べてもアレが何かは分からなかった……いや、まだ続きがあるから待てよ》
「……それで?」
《あ、あぁ……鑑識も頭を抱えてたんだ。何も”無かった”んじゃなく、何も”分からなかった”んだからな……この世に存在する物質じゃねぇ。存在している筈が無い物でな。興味本位であれの一部を実験用のラットに与えようとしたが、どんなに飢えていてもアレだけは口にしなかった……これだけで相当にやべぇもんなのは確実だったんだが。鑑識の中で自称食通のイカれた奴がいたんだが。そいつがあろうことか指についたそれを舐めやがったんだ》
「ぶぅ!」
《……誰かいるのか?》
「……相棒がいるが気にするな。それで?」
思わずヴァンが噴き出していた。
俺も真面目に聞いていなければ今頃は噴き出していただろう。
まさか、あんな得体のしれないものを舐める奴がいたなんてな……。
気を取り直して話を聞く。
すると、グリント警部は少し躊躇うような素振りを見せた……此処が重要な情報か。
《……この話を聞かせてくれたダチが。そいつが舐める瞬間を見ていて、すぐに検査をしたんだよ。何が起きるか分からねぇからな。舐めた本人は何ともないなんてほざいてやがったが……恐ろしい事が起きちまった》
「……死んだのか?」
《いや、死んではいないが……検査の結果、そいつは――”異分子”だって出たんだ》
「「――!!」」
SJとSQが無言で驚いている。
俺やヴァンも少なからず驚いていたが。
取り敢えず、警部にそいつは元から異分子では無かったのかと質問する。
すると彼は当然だと言って、偽っていた様にも見えなかったと聞いていると語った。
《検査結果を聞いたそいつは顔面蒼白でな。家に引きこもったらしいが、その後にアレを回収しにきた連中が奴の事も調べにいったらしい……だが、何故か奴は五体満足で帰って来たそうでな。ダチがどうなったか聞けば、そいつは異分子じゃなかったなんて泣きながら報告して来たそうだ……此処まで聞けば、分かるか?》
「……あぁ」
アレを舐めてすぐに検査をすれば、異分子だという結果が出た。
しかし、少なくとも一日以上時間を置いてから検査をすれば異分子ではないと判断された。
機材の不具合も感じられるが、異分子かどうかを調べる機材が故障を起こす可能性は低い。
間違いがあってはダメであり、それは機材を作る会社も使う人間たちも分かっている事だ。
つまり、この話を纏めれば……アレは人間が口にすれば、一時的に異分子にする事が出来るものと言う事か?
分かる筈がない。
マウスなどの動物は決して口にせず。
口にしたとしても大した結果は得られなかっただろう。
アレは恐らく、人間が初めて口にする事で分かる性質だ。
ジョンはその性質を突き止めた上で、アレを使っていたのか?
……いや、待て。なら、あの場で煙草として転がっていたのは何故だ?
人間を異分子に変えてしまう危険な代物。
あんなものを欲しがるような人間はそうはいない。
例え異分子となる事で身体能力が上がったとしても。
周りから受ける視線や痛みに比べれば羨ましい事なんて無い。
アレを使う事で得られるメリット何て……いや、待て……”人間じゃない”なら?
可能性の一つだ。
動物たちがアレを食さない事は分かっているし、食したところで意味はない。
だが、人間が服用すれば異分子にしてしまう力があるのなら――”異分子”があれを服用すればどうなる?
「……グリント警部。もう一つ聞かせて欲しい……あの工房で亡くなった男は……異分子だったか?」
《――! 何で分かったんだ……遺体は破損がひどかったがその一部を検査すれば、確かに異分子の反応が出た……アイツは普通に病院の検査を受けていて、その時は出なかったのに……こいつは偶然か。それとも、神様の悪戯か》
「……分かってきた気がする。この謎の正体と……奴の目的が」
《あぁ? 奴って誰だよ……てか、お前今何処に》
「ありがとう警部。全てが片付いたら会いに行くから」
《あ、おい! ちょっとま――……》
マイクを戻せば、SJが通信を切る。
俺はゆっくりと息を吐き片手で顔を覆う。
信じられない事だ。いや、思いもしなかったと言った方がいいかもしれない。
「……何が分かった。今の情報でお前は何を」
「……治せるんだ」
「……何て言ったんだ? ナナシ」
「……治せるんだよ……異分子のウィルスを」
「「――!」」
「それは本当か? でも、何で」
二人は驚き、ヴァンは半信半疑だ。
俺はゆっくりと片手を顔から除けながら説明した。
「ノース・カメリアで起きた爆破事件。あの現場の事はお前も知ってるだろ、SQ」
「……あぁ、あの店か。アレがどうした」
「ジョンはあの店を訪れていたんだ。そして、その店主に煙草のように偽装した災厄の一部を与えていた」
「……そんなものを与えて何がしたかった? 人間が服用すれば我々のように」
「そう普通の人間が服用すれば異分子になる……なら、元々異分子の人間が服用すればどうなると思う?」
「……まさか……いや、あり得ない……そんな筈は」
SJは此処でようやく気付いた様だ。
ヴァンやSQも当たりを付けたようであり。
俺は乾いた笑みを零しながら、答えらしきものを明かす。
「店主は死亡解剖の結果。異分子だった事が判明した……だが、殺される前に受けた検査では異分子ではないと判断されている……つまり、殺された店主は殺されるその日までは普通の人間だった事になる……あり得ると思うか? いや、あり得ない……あの場所に災厄の一部を染み込ませた煙草が落ちていて。それを吸った形跡がある。初めてではない筈だ。あんな得体の知れない物を半分以上も吸う奴はいない。恐らくは既に何本も吸っている。それなのに異分子の反応が出てないと言う事は」
俺はSJに視線を向ける。
奴はたらりと汗を流しながら、自らで答えを告げた。
「異分子が服用すれば――”人間になる”という事か」
「……恐らくは……何らかのタイミングで店主は異分子になっていたんだろう。ジョンはそんな店主の情報を何処かで聞きつけて利用したんだ……SQが大神官の暗殺に関わっていないのなら……奴が関わっている可能性が出て来る。そうでなければ、奴があそこにいる理由なんて無い」
「……大神官の暗殺に……奴が……?」
一つ一つの謎が明かされていく。
ノース・カメリアにジョンがいた事は確実だ。
そして、アイツがあそこにいるのであれば、大神官の殺害と無関係である可能性も薄い。
刺客はロボットで、あの工房でロボットの組み立てが行われたのはほぼ確実なんだ。
奴ほどの男がただ一人の店主を悪戯に利用し殺す為に、あそこに現れる可能性は無い。
此処まではいい。
だが、奴の狙いが見えてこない。
ノース・カメリアの件は置いておく。
それを考察するよりも奴の狙いを突き止める方が先だ。
十中八九が、異分子の一部を使った何かが奴の計画の一部だ。
それを使う事によって奴は何かを企んでいる。
その企みとは……街への破壊活動は……。
「……人間たちを異分子に変える事が目的なんじゃないか?」
「……ヴァン、今なんて」
「い、いやさ。異分子を人間に変えるよりも人間を異分子に変えた方が奴のいう楽園を作る事に繋がるんじゃないかと思ってさ……その、重要な役職の人間たちが軒並み異分子になっちまったら流石に神も黙ってねぇだろ? ほら、例えば国々のトップだったり、大神官クラスの人間たちだったりさ。異分子は初めから立場が低いから人間になったとしても……わ、悪い! 俺またバカな事を」
「凄いぞヴァン! その通りだ!」
「え、え? そ、そうかぁ?」
「……確かに、奴の目的が重要な役職を持った人間たちの異分子化であるのなら……奴の行うテロ活動にも意味が生まれる」
「……えっと。それがいまいちピンと来ないんだけどさ……それ意味あるの?」
ヴァンが気になった事を質問した。
ヴァンの考えを肯定したが、俺自身もその点は未だに曖昧だった。
だからこそ、SJの考えも聞いておこうと思った。
彼はゆっくりとコートの袖を捲る。
そうして、腕に装着した端末を操作した。
空間に映像が投射されて……そうか!
「
「……そうか。態と敵を増やし続けて世界情勢を掻き乱す事で……意図的に会議を起こそうとしていたのか」
繋がった。
大神官の暗殺に奴が加わっていた可能性がある事も。
多くの街や都市に対して破壊活動を続けて、大量の市民を虐殺してたのはこの為だ。
世界にとって明確な脅威である事はリストの懸賞金を見れば一目瞭然だ。
奴の行っている事はあらゆる価値ある人間たちにとっての不利益で。
全ては自らを世界の敵とさせて、国際会議を意図的に起こさせる為だった。
そうして、重要な人物たちを一つの場所に一気に集結させるのが狙いで……そうか、そのタイミングでそれを。
意味の無い殺しだと思われていた。
しかし、奴の目的が見えた瞬間にその意味の無い殺しに意味が生まれた。
肯定はしない。これは正道から外れた外道の行いだ。
だが、全く無意味な行為ではなく。奴の持つ異分子の一部から作り出されるそれがあれば――奴の理想に手が届く。
価値無き異分子の中に、価値ある者が大勢加われば。
嫌が応にも、異分子の地位を改善する他ない。
誰が考え付く、こんなイカれた計画を……。
「……ジョン・カワセ……想像以上に厄介な男だ」
「……アイツはノイマンのように完璧じゃない……だからこそ、ノイマンには考えつかない方法を思いつくんだ」
SJはジョンに対して恐怖を感じていた。
そんなSJを見ながら、SQは遠い過去を思い出していた……決まりだな。
目的がハッキリと見えた。
奴の狙いが分かれば、あとはそれを阻止する為に動くだけだ。
「……それで、次に奴が行動を起こす場所は分かっているのか? 大体の目星はつけてあると聞いたが」
「……あぁ、つけてはある……何とか三つにまで絞れたが……」
奴はそう言ってマップを広げた。
空中に投影されたそれを見つめながら、俺は眉を顰める。
「……南部地方内ではあるが……距離は離れているな……これではすぐには移動できないぞ」
「分かっている……悔しいが。これが限界だ……そこで提案がある」
「……まさか、分散させるのか?」
「あぁそのまさかだ……俺がαをこいつがβを……お前はγに向かえ」
「……良いのか? お前は俺を信用していないんじゃ」
俺は試すような視線を送る。
すると、奴は渋い顔をしながら「仕方がない」と割り切る。
「俺やSQなら、個人でもジョンに対処できるが。お前は仲間がいなければ危険だと判断した……本来ならお前から目を離したくはないが……これが現状で一番の配置だ」
「……つまり、俺の担当する場所は……一番可能性が低いと?」
「……」
奴は無言だった。
しかし、それが肯定を意味する事は理解できる。
やはり、こいつだけは俺を全く信用していない。
ノイマンの命令で仕方なく作戦に加えただけであり、鼻から期待なんてしていなかった。
だからこそ、最も可能性の低い場所に俺を宛がっている……別に構わないさ。
信用されていなくとも、ノイマンは俺を必要とした。
そして、俺は奴の頼みを聞いてこうして作戦に加わっている。
その事実だけでも、俺が奴らに対して貸しを作った照明になる。
ノイマンに会わせろとは言えないが。
少しでも恩を作っておけば、後の交渉に役立つだろう。
そう考えて、俺は納得する様に頷いてからヴァンに視線を向ける。
「また危ない事になるが……ついて来てくれるか?」
「……へ、今更じゃねぇか……それに約束しただろ? 一緒に連れて行くってな」
「……そうだったな……そうだ。思い出したよ……俺たちはその案で受ける。もう出発するのか?」
「……いや、お前はテストとやらを受けた後なんだろ……此処で一日休め。仲間たちもだ」
「…………何だよお前ぇ。優しいところあんじゃん。ツンデレか?」
「……ッチ!」
盛大に舌を鳴らしてからSJは立ち上がる。
視線で後は任せたとSQに指示をし彼は去っていく。
残された俺たちは互いに視線を向けてから、静かに息を吐く……疲れた。
まぁ何とかなった。
短い時間の間に、ジョンの狙いも分かったから今はこれでいい。
今はただSJのいうように体を休めよう。
ミッシェルやヴァンも長旅で疲れているだろうからな。
俺はSQに視線を向けて何処で寝泊まりをすればいいのか尋ねた。
「ついてこい。案内する」
無言で奴の後を追う。
扉を開けてから外に出て、そのまま村の中を歩き……ヴァンがひそひそと話しかけて来た。
「なぁこいつもしかして……お前と同じ部屋で寝るんじゃね?」
「……そんな筈はない……と思いたい」
ゆっくりと視線を奴の背中に向ける。
すると、奴は歩きながら視線を一瞬向けてきて――悪寒が走る。
今確かに、怪しげな光が瞳の奥から見えた。
口角も上がっていたように見えたが……き、気のせいか?
急に寒気を憶えて来た。
体ががくがくと震えだし、俺の足が重くなっていく。
俺は必死に足を動かしながら恐怖を誤魔化そうとする。
大丈夫。大丈夫だ……全く安心はできなかった。